手薬練引いて待ち侘びる蝉の夢

作者:奏音秋里

 夏のあいだ、絶対に一度は耳に入る、蝉の声。
 最早、それは自然から入ってくる音の一部だ。
「みんな、ごめんな……」
 そんな蝉の声が、更には生き様が大好きで、店を開いた男性がいる。
 日本全国をまわって集めた蝉を展示し、販売もしていた。
 育て方の指導もするし、アフターフォローも完璧。
 だったのだが。
「蝉、最高にクールでかっこいいのに、駄目だったな」
 まったく、売れなかった。
「そりゃそうか……」
 冷静に考えてみれば、分かるようなものだが。
 夏になれば、幾らでもそこら中で鳴いているし。
 寧ろ家のなかに蝉なんて飼っていたら、煩くて適わない。
「こんなに早く店を畳むことになるとはなぁ……残念だ……」
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『後悔』を奪わせてもらいましょう」
 吐いた溜息はしかし、誰にも届くことなく消えてしまう。
 男性の左胸を、大きな鍵が貫いたのだ。
 倒れる彼の傍には、異形のドリームイーターが生まれていた。

「う~ん。自分ならなんの店にするっすかね~??」
 斜め前を見上げながら、黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)が呟く。
 空と料理を絡めて……とか、可能性を探ってみたり。
「ってことで皆さん! またドリームイーターが出現したんす」
 ダンテは、気を取り直して説明を始める。
 標的となったのは、自分の店を潰してしまい『後悔』をしている男性。
 奪われた『後悔』を元に創られたドリームイーターによる事件を、防ぎたい。
「新たな被害者が出る前に、このドリームイーターを倒してもらいたいんす。そうすれば『後悔』を奪われた男性も、意識を戻してくれるはずなんっす!」
 ドリームイーターの外見は、蝉。
 後足で二足歩行をし、前足を手のように動かす、成人男性くらいの蝉。
「店へ近付けば、ドリームイーターは無条件に皆さんを招き入れてくれるっす。そのまま店内で戦うことになるんすけど、広さとか光源とかは問題ないみたいっす」
 入店後は、速攻で攻撃を仕掛けてもいい。
 ただ、ドリームイーターはケルベロス達を客としてもてなしてくれるだろう。
 サービスを心から楽しめば、ドリームイーターの戦闘力が減少するとの報告もある。
 ちなみに。
 満足させてから倒せば、意識を取り戻した被害者は、すっきり前向きになれるらしい。
「皆さん以外のお客はいないんで、遠慮なく戦っちゃって大丈夫っす!」
 ダンテ曰く。
 ドリームイーターは、途轍もなく大音量の鳴き声で此方の平静さを狂わせてくる。
 また足許すれすれを飛行して、此方の行動に悪影響を与えてくるのだとか。
「後悔することは誰にでもあるっすケド、前を向いて歩き出すための原動力にしてもらいたいっすよね。皆さんの力で、この人に希望を取り戻して欲しいっす!」
 そう言ってダンテは、ケルベロス達をヘリオンへと案内する。
 依頼の成功と皆の無事を、心から祈って。


参加者
ラトウィッジ・ザクサー(悪夢喰らい・e00136)
桐屋・綾鷹(蕩我蓮空・e02883)
草間・影士(焔拳・e05971)
矢武崎・莱恵(オラトリオの鎧装騎兵・e09230)
ヴォルフラム・アルトマイア(ラストスタンド・e20318)
小花衣・雅(星謐・e22451)
猫夜敷・千舞輝(毎日が猫曜日・e25868)
ペル・ディティオ(破滅へ歩む・e29224)

■リプレイ

●壱
 店の前に立つと、既に素晴らしく煩い蝉の大合唱が響いている。
 戦闘準備もばっちり整えて、ケルベロス達は店の扉を開いた。
「カブトムシとかクワガタが売られてんのは見たことあっけど、蝉は珍しいよなー」
 如何にも興味ありそうに、桐屋・綾鷹(蕩我蓮空・e02883)はぐるりと店内を見回す。
 隣人力のおかげもあり、店主兼ドリームイーターには快く迎えられた。
「蝉の鳴き声を聞くと、夏が来たって感じるよね。蝉ってミーンミンミンとかツクツクホーシとか、あとカナカナカナ? カナカナカナって鳴き方は、ちょっとおかしいよね」
 矢武崎・莱恵(オラトリオの鎧装騎兵・e09230)も、店主へと笑いかける。
 具体例が出たことで、此方側に、より一層の親近感を抱いたらしい。
「セミなー。夏のあいだは割とうるさいやんなぁ、あの声。ゆーても、あの声が無かったら無かったで寂しい感じもするから、複雑なトコやんなぁ。あ、ウチ別に虫がアカン系でもないし、セミもそんな嫌いちゃうで? 地面に落ちとるやつが急にミ゛ミ゛ミ゛ミ゛って叫びながらバタバタするん以外は、やけど」
 手だけ動かして、猫夜敷・千舞輝(毎日が猫曜日・e25868)も蝉の真似をしてみせる。
 作戦の第1段階である店への潜入は、無難に完了した。
「あら……あら、あらまぁまぁまぁ!」
 最後尾で店内へ入ると、きょろきょろせずにはいられない。
 ラトウィッジ・ザクサー(悪夢喰らい・e00136)の眼が、輝きまくっているではないか。
「蝉専門店って……興味がヤバいもの! 蝉かあ! うんっ。ニッチだ! でも、こういうの……大好き! アタシ、昆虫が好きなの。日本に来たばかりの頃、すごい量のクマゼミを見て! 育てたいって思って調べたんだけど……餌の関係で、難しいらしくて。諦めちゃったの。だから、今一度チャレンジなのだわ! 半外飼いにしたいし、蚊帳とか必要? ねえ、アドバイスをちょうだい!」
 首を絞めんばかりの勢いで、店主に迫るラトウィッジ。
 正直、怖い。
「ちょっとラトウィッジさん、抑えて抑えて」
 あいだに入って、興奮する仲間を落ち着かせて。
 改めて、小花衣・雅(星謐・e22451)が口を開いた。
「蝉って色んな種類がいるのね。ご教授願えるかしら。暑いだけの夏に、新しい刺激がもらえそうだもの」
 本心では、蝉を楽しむという感覚は、よく分からない。
 けれども被害者の心理状態が少しでもマシになるのなら、それに越したことはないから。
「その話、俺も聴いてみたい。蝉は夏の風物詩だが、鳴き声や種類をあまり気にしたことがないな。どんな蝉がいるんだ?」
 草間・影士(焔拳・e05971)も雅と一緒に、店主へと歩み寄った。
 蝉について詳しくないのは本当だし、新たな知識を得ることを楽しみたいとも思う。
 そしてなにより、店内を案内させることは戦場の下調べも兼ねていた。
「俺も俺も! 名前の由来とか性格、あと普段なにを食っているのかも気になるぜ」
 ということで。
 雅と綾鷹に影士の3人が、店主と一緒に店をまわることになる。
 ほかのメンバーも、ついてきたり離れたり、思い思いに店を楽しんでいた。
「蝉の種類ごとに鳴き方が違うんだよね? なんで鳴き方が違うのかな? あと日本以外の蝉で面白い鳴き方の蝉っているのかな?」
「ウチ、ひぐらしの鳴き声って聴いたことないねん。なんか山の方におるんやって? あのセミ。あ、どうせやし色んなセミの鳴き声、聴き比べとかさせてくれへん? 本物のと違てもええから。ほら、鳴き声CDみたいなやつで」
 道すがら、莱恵や千舞輝のリクエストにも対応。
 調査時に録音したという音源やインターネットを駆使して、希望の声をお届けした。
 ひとしきり案内が終わると、続いては蝉の飼育方法を教わることに。
「飼うとなると広いスペースが必要そうだ。思うままに飛ばせてやりたいもんな。あと、蝉って確か樹液を吸うんだったか。いい木も用意しなくちゃだな」
「ウチも訊きたいことあったんや。セミのエサにスイカとかあげる話あるけど、あれって実際どうなん? っちゅーかそもそもエサってなにがええん? 樹液? どこにあるん?」
 家を想定して、ヴォルフラム・アルトマイア(ラストスタンド・e20318)は説明を聴く。
 その方が、真実味が増して店主の話も盛り上がるというものだ。
 千舞輝も日頃の疑問を、遠慮なくぶつけていく。
「夏の夕方にさ、神社に行くと蝉の抜けだした穴があって。それで、よく探すと羽化していたなぁ。しばらく見とれていたよ」
「すごいな! あれ動画でしか見たことねえから、生で見てみたいんだよ。あの小さい古い身体から出てくる気合いと、それに見合う脱皮した後の美しさはすっげぇやべぇからな」
 講座が終わると、ヴォルフラムの想い出話に。
 これには綾鷹も大興奮で、店主に頼んで、長年の念願を果たしたのだ。
「長いあいだ地中にいて日の目を見るのはわずかな期間だけ、ってのも確かにクールだな」
「クマゼミとか透明な羽がカッコいいよな。店主の好きな蝉はなんだ?」
「ほらぁ! 正面から見たお顔がねっ、三角形なの! かわいい~!」
 影士もヴォルフラムもラトウィッジも、お気に入りの蝉ができたらしい。
 むしろラトウィッジは、店主側にまわって皆に蝉を勧めているではないか。
「長生きせず、只管に暑さを増やすような騒音。世間一般からの評価などそんなものだ。ましてや簡単に手に入る以上、買う理由がない。潰れたのも頷ける」
 此処まで入り口で黙っていた、ペル・ディティオ(破滅へ歩む・e29224)だが。
 店主の満足した様子を見てとり、いよいよ口を開いた。
 ペルは、敵を倒す以外の行程にはあまり気が乗らなかったのである。
「さて、遊びは終わりだデウスエクス。縛ってやろう、余り動いてくれるな」
 全身を覆い隠すローブの所為で、顔も手も足も、なにも見せていないペル。
 ケルベロスチェインを放出し、ドリームイーターを捕縛した。
「さっさとやっちまおうぜ。お前じゃなくて店主から説明が聴きてぇんだよ虫野郎」
 即座に綾鷹も動き、不意打ちのグラインドファイアを喰らわせる。
 ホイールのまわる音が、蝉達の鳴き声をかき消した。

●弐
 戦闘の進むにつれて、樹木が倒れたり机や椅子がばらけたり。
 そのたびに皆、なるべく早く決着をつけようと改めて思う。
「ごめんなさいね! アタシ達が助けたいの、アナタじゃなくて、奥にいる彼なの! さぁ、享受せよ!」
 ラトウィッジの吐いた息は、大量のクマゼミの群れへと変化して襲いかかった。
 相変わらず、戦闘が始まると悪人顔に変貌しているではないか。
「アレク!」
 名を呼べばそれだけで、ビハインドへの指示は伝わった。
 手近の鉢を飛ばして怯ませた隙に、ヴォルフラムの痛烈な一撃が突く。
 ドリームイーターの衣装は、もうぼろぼろだ。
「私達もいくわよ、アステル!」
 雅の霊力の網に捕縛されたドリームイーターへ、ウイングキャットのリングが飛来する。
 主のもとへ戻る相棒は、いつも一所懸命に戦ってみせるのだ。
「ネコマドウの三・藪から猫。火詩羽、いまです! てなー」
 ポケットから取り出した10円玉を宙に、千舞輝もウイングキャットに合図を出す。
 暫しの無音……からの、店の奥から高速で飛んできて、ネコパンチだ。
「行くよ、タマ! 融合だぁ~!!」
 元気に言って、ボクスドラゴンを肩車する莱恵。
 そのままゲシュタルトグレイブを振り回しつつ突撃すれば、頭上では鳴き声が響き渡る。
「絶対強えやつには絶対治らねえ一撃……ってのは、当たり前だろ?」
 莱恵の物理攻撃と同じ箇所を狙って、綾鷹が漆黒の斬霊刀を振るった。
 完全に気配を消した状態からの一太刀は、空間ごと紫の霊気に覆われる。
「飛んで火にいる夏の虫だ、燃えよ」
 右の掌を向けて放ったドラゴンの幻影が、炎を放った。
 もう虫の息となったドリームイーターの姿に、ペルは攻撃の時機と判断したのである。
「よく見て躱せ。じゃなきゃ、かすり傷じゃすまないぞ。それに、その素早い動きも見切ってしまえば自分を傷付ける刃になる。精々気を付けることだ」
 影士はゆっくりと懐へ歩み入り、しかし次の瞬間には手刀の下りて終わったあとだった。
 遅れて到達する衝撃波が追撃となり、その微かな生命を奪い去る。
 ほんの少しだけ地面を離れたが、その身が再び大空へ羽撃くことはなかった。
「癒しの風よ、吹き抜けろ」
 戦いを終えた仲間達へ、雅が西から温かく優しい風を呼び込む。
 窓から見える蒼空を仰ぎ、冥福を祈った。

●参
 店内外の被害を確認してまわり、床に倒れていたホンモノの店主も発見。
 顔の前に手を置くと、穏やかな寝息を立てている。
「願わくば、夜が明けるまでの微睡みを」
 ヴォルフラムが唱えると、店主の心も静かな夜闇に包まれた。
 楽しくいい夢を視られるようにと、願う。
「お、気付いたか!?」
 そして少ししてから、店主は眼を覚ました。
 影士も皆も、安堵の表情で待ち人を迎え入れる。
 諸々の説明を済ませると、納得してお礼を述べてくれた。
「さてと。お店のなかを元通りに直さないとね。このままお店を使うのか、それとも引き払うのかわからないけど、ちゃんと元に戻さないとすっきりしないよね」
 あとの心配は、ぐちゃぐちゃにしてしまった店のことだけ。
 折角やり直すチャンスがあるのだからと、莱恵は張り切る。
「……我は此処にいよう」
 無理をしないでと残した店主のもとには、ペルについていてもらって。
 7人とサーヴァント達は、店を可能な限りもとの状態へ戻す作業へととりくんだ。
「やる気出んなぁ……って痛いわ、火詩羽! 分かった、やったらええんやろ!?」
 はずだったのだが、隅っこで皆の様子を伺う千舞輝。
 ウイングキャットの容赦ない蹴りが腕や背中に直撃し、渋々ながら手を動かすことに。
「あ、駄目よ、アステル! それは食べものじゃないの!」
 同じくウイングキャットをつれている雅は、蝉を追い回す相棒を窘める。
 と同時に気力溜めも発動して、店内の破損個所を修繕。
 店主の了承を得て、作戦は総て完了した。
 それからケルベロス達は、戦闘前にドリームイーターへ訊ねたことを、改めて質問する。
 彼曰く。
 蝉は、知られているだけでも、日本に約30種、世界には約1600種が存在。
 日本では、アブラゼミ、ツクツクボウシ、ミンミンゼミにクマゼミなどがよく見られる。
 クマゼミ以外は鳴き声から名が付いており、クマゼミは見た感じが熊に似ていたから。
 イワサキクサゼミやエゾチッチゼミにオガサワラゼミなんていう蝉もいるのだとか。
 性格は……ぶっちゃけよく分からないが、あまり攻撃的ではない。
 成虫になると、基本的には樹液しか摂取しないから、西瓜はあげなくてもいいらしい。
 だから籠で飼うより、庭やベランダの木を囲って、そのなかに放すのがオススメ。
 蝉より目が細かければいいので、蚊帳でも大丈夫っぽい。
 ある程度の広さがないとぶつかってしまうので、其処は蝉と要相談だ。
 鳴き方の違いは、蝉の身体のつくりに由来している。
 より詳しく言うと、音を響かせる腹内の空洞の広さや、腹弁の動きが異なるためだと。
 日本以外の蝉については、絶賛調査中なので、と返答を控えられた。
 ちなみに。
 店主の好きな蝉は、ハルゼミ。
 透明な羽に黒や褐色の外見とやや小さめのサイズが、最高にクールなのだそう。
「よかったら、蝉、数匹購入したいんだけれど! それから……アタシと、お友達にならない? アタシ達、絶対に仲よくなれると思うのっ! ねっ、いいでしょ!?」
 ラトウィッジの申し出に、店主はとても喜んで首を縦に振った。
 客が来ただけでなく、友人までできるとは、なんて素敵な日なのだろう。
「蝉は土のなかで長い時間を耐えて耐えて、時期が来たら羽化して飛び立つんだろ? 蝉好きなアンタも、こんだけ苦しい時間を過ごしたんだ。新しいことに、飛び立てる筈だぜ?」
「蝉はペットには向いていないな……飼い続けるというよりは、幼虫から羽化させて外に放す。そういうほうがいーんじゃないか? 蝉が好きなら、別の関わり方をすればいいさ!」
 と、綾鷹とヴォルフラムを中心に励まして、店をあとにする。
 姿が見えなくなるまで、店主はずっと手を振ってくれたのだった。
 ちなみに。
 店主の胸を刺した相手について綾鷹が問うも、記憶は曖昧。
 残念ながら、有益な情報を得ることはできなかった。

作者:奏音秋里 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年8月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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