黄昏刻の神隠し

作者:朱乃天

 空は西日が傾いて、日中の暑い陽射しが少しずつ和らいでいく夕暮れの頃。
 小さな村の森の奥深く。そこに古びた神社が鎮座していた。
 過疎化が進んで人口の減少が進行している現状下において、参拝客の足は遠退き、手入れも行き届かなくなった今ではすっかり廃れた状態だ。
 そして半ば廃墟と化したその神社には、奇妙な言い伝えがあるという。
 誰もいない黄昏時にお参りをすると、『神隠しの巫女』が顕れて、この世ならざる世界に連れて行ってしまう――。
「面白そうな話じゃん! 本当にそんな巫女がいるのかどうか、確かめてやる!」
 そうした噂話に興味を惹かれて、実際に会ってみようと森の中を進む一人の少年。
 いかにも活発そうなその少年は、好奇心の赴くまま脇目も振らずに草木を掻き分け、ついに神社へ辿り着く。
 気が付けば空は一層赤く色付いて、眩い夕陽に照らされた神社は神秘的に佇んでいて。
 現世と常世の境界線に立っているような、朧気で不思議な感覚に少年は囚われていた。
 その時だった。茜色に染まった景色が一瞬ぼやけたように揺らめいて、不意に何かが少年の胸に突き刺さる。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 闇を纏ったような魔女がそう囁きながら、少年の心臓に刺した鍵を引き抜くと――少年は意識を失いその場に崩れ落ちてしまう。
 第五の魔女・アウゲイアスが奪った少年の興味は、青白い炎と化して人の形を成してゆき――長い黒髪を靡かせながら、御神刀を手に携えた巫女装束の少女がそこにいた。

「ドリームイーターが新たな動きを見せてるよ」
 ヘリポートに集まったケルベロス達を前にして、玖堂・シュリ(紅鉄のヘリオライダー・en0079)が今回の事件について話し始める。
 不思議な物事に強い『興味』を持って、実際に自分で調査を行おうとしている人がいる。
 そうした人達の興味がドリームイーターに奪われてしまっているようだ。
「興味を奪ったドリームイーターは姿を消してしまうけど、『興味』を元に現実化した怪物型のドリームイーターが、事件を起こしてしまうんだ」
「……その興味の正体が、『神隠しの巫女』というわけか」
 神隠しの噂が絶えない神社がある。そんな話を耳にした御堂・蓮(刃風の蔭鬼・e16724)の予感が的中し、シュリは彼の言葉に小さく頷いた。
「そこでキミ達には、ドリームイーターの被害が出る前に、撃破をお願いしたいんだ」
 そのドリームイーターを倒すことができたなら、『興味』を奪われてしまった被害者も、無事に目を覚ましてくれるだろう。
 シュリは言葉を続けて、詳しい状況についての説明をする。
「『興味』を奪われたのは10歳くらいの少年で、森の奥にある廃神社が現場になるよ」
 そして興味が具現化した『神隠しの巫女』は、御神刀を手にして青白い炎を纏った巫女の姿をしている。
 神隠しの巫女は人と出逢うと、『私は誰?』と訊ねてくるらしい。ここで正しく答えられないと、その人物を殺そうと襲いかかってくるのだが。何れにしても戦う以上、ケルベロスが取るべき対応は考えるまでもない。
 更に、神隠しの巫女は自分のことを信じていたり噂している人が近付くと、そちらに引き寄せられる性質がある。その性質を利用して誘き出せれば、有利に戦うことも可能だろう。
 巫女の姿をしたドリームイーターは、刀を振るい、青白い炎を自在に操り、また神楽鈴を奏でて動きを封じる等の攻撃方法がある。
「切欠は些細な好奇心でも、本当にあの世に連れていかれたら元も子もないからね」
 この世に迷い出た悪夢を、どうか安らかに眠らせてほしい――黄昏時に魂が彷徨うことのないように。


参加者
朽葉・斑鳩(太陽に拒されし翼・e00081)
フィオレンツィア・エマーソン(ハウンドチェイサー・e01091)
ミチェーリ・ノルシュテイン(青氷壁の盾・e02708)
御堂・蓮(刃風の蔭鬼・e16724)
ザンニ・ライオネス(白夜幻燈・e18810)
楝・累音(襲色目・e20990)
巴江・國景(墨染櫻・e22226)
シェラアデル・イングリッド(ヴァルキュリアの鹵獲術士・e24636)

■リプレイ


 青く澄み渡った昼下がりの夏空も、陽射しが西に傾くにつれて幽かに赤く色付き始める。
 滲んだ赤は時間が経つに従い広がって、世界は眩いばかりの橙色に塗り替えられていた。
 木々が生い茂る深い森の先には、朽ちた神社が夕陽に照らされながら佇んでいた。
 人の喧騒から離れた静かな自然の中で、ひぐらしの鳴き声だけが響いて哀愁漂う雰囲気を醸し出している。
 この世ならざる世界に迷い込んだかのように錯覚させる空気が、神隠しが本当に起きそうな気配が、この場所なら確かにあってもおかしくないと思わせる。
「……何か出そうっていう、この空気が怖いっす。おや? あそこにいるのはもしかして」
 神隠しの噂話に、人ならざるものの存在に畏れを抱きつつ。ザンニ・ライオネス(白夜幻燈・e18810)は乱れた赤銅髪を掻きながら、入り口に聳え立つ鳥居を見やると、その脇に人影らしきものを見る。
「あの子が例の少年かい? どうやら気を失ってるみたいだね」
 シェラアデル・イングリッド(ヴァルキュリアの鹵獲術士・e24636)が鳥居に凭れるように倒れている人影を確認し、彼こそが件の少年だと察知する。
 少年は意識を失っているだけで、外傷などは見当たらない。少年を保護したシェラアデルとザンニは、彼を避難させようと二人で安全確保しながら離れた場所に移動をさせる。
「さて……二人が戻って来るまで、俺達は敵を引き付けよう。皆、よろしくお願いします」
 御堂・蓮(刃風の蔭鬼・e16724)は少年を移動させる二人を見送った後、残った仲間達に向かって頭を下げる。蓮にとって今回は見知った顔も多くて、心強い限りと仲間の存在を頼もしく思った。
「こちらこそお願いしますよ、御堂殿。さて……黄昏時と呼ぶには頃合いでしょうか」
 巴江・國景(墨染櫻・e22226)が柔らかい物腰で挨拶を交えながら空を見渡すと、目に映るのは一面が茜色に染まった綺麗な夕焼け空だ。
 昼と夜の境目に訪れる束の間のひと時は、生と死の狭間に魂が囚われているかのような、不思議な感覚に陥ってしまう。
 影が濃く伸びて、人の姿が朧気に映る光景は、幽世の入り口が開く刻を告げているようでいて。その中心に鎮座する廃れた神社に参拝すると、神隠しに遭うというのも思わず頷けてしまう程である。
「神隠しの巫女ね……時折聞く話だけどさ、神隠しって一体どこに連れて行かれるのかな」
 朽葉・斑鳩(太陽に拒されし翼・e00081)は赤銅色の髪に咲く白い鬼灯の花を揺らして、冗談めかして気さくに笑いながらも、神社の厳かな雰囲気に興味を惹かれつつあった。
「この国の神話の中に『現世と常世の境界線』の話があったわね。最後まで信じることが、願いが叶うカギだったかしら」
 フィオレンツィア・エマーソン(ハウンドチェイサー・e01091)は古くから伝わる神話を引き合いに出して、神隠しの伝承に思いを馳せていた。
 ケルベロス達が神隠しの話をしながら社殿に近寄ると、彼等と異なる一つの影が顕れる。鮮やかな赤に彩られた世界において、その存在だけが青白い死の光を身に纏っていた。
「ここにいる私は……誰ですか?」
 青白い炎の中にいる巫女が、ケルベロス達に語りかけてきた。自分が何者であるかの問いかけに、楝・累音(襲色目・e20990)は淡々とした口調で答えを述べる。
「自分が何者かも解らんか……元の正体がなんであれ、お前は今『神隠しの巫女』だ」
 巫女は彼の言葉に対して何も語らず、夕陽に融けるかのように姿を消してしまう。直後にシェラアデルとザンニが合流したことで、神隠しの巫女との邂逅を図る為にもう一度噂話をして引き寄せようとする。
 そして再び彼等の前に姿を現した神隠しの巫女は、先程と同様に問いを投げかける。
「この神社の巫女さんでしょう。お賽銭箱はどちらです?」
 今度はミチェーリ・ノルシュテイン(青氷壁の盾・e02708)が、少しとぼけたように答えをはぐらかす。すると神隠しの巫女は納得がいかなかったのか、手にした御神刀を抜いてミチェーリに斬りかかってきた。
 正解を言えない者は殺そうとする。敵の特性を利用して襲撃に備えていたミチェーリは、身体を捻りながら巫女の攻撃を回避する。
 人の噂によって産み堕とされた夢喰いが人の命をも喰らう。そのような悲劇を食い止めるべく、地獄の番犬達は戦いに身を投じていった。


「この世ならざる世界、ねぇ。本当の地獄は自分の心の中に棲んでいるのよ」
 戦闘における衝動がフィオレンツィアの気持ちを昂らせ、鼓動が高鳴り地獄の炎が彼女の全身を覆い尽くして、自身の戦闘能力を上昇させる。
 夕刻となり日中の暑さは和らいできたものの、戦いを挑むケルベロス達の心は熱く激しく燃え滾る。大地を駆ける斑鳩の両脚に炎が宿り、灼熱の蹴りを神隠しの巫女に見舞わせる。
「神隠しには興味があるけど、知らない場所に連れて行かれてるなんて御免だよ」
 行き着く先があの世であるなら尚の事。単に命を奪うだけの存在ならば、倒すより他にはないと累音が憤る。
「神隠しのその先か……一遍連れて行かれてみれば解るんじゃねえか? 最も、こっちにはそのつもりは毛頭ないけどな」
 累音が掌を翳すと空間が歪んで竜の幻影となり、紅蓮の炎が噴き荒れて巫女の身体を灼き焦がす。
「人が何の痕跡も残さず消えるなど、偽者にできる筈がありません。後ろは任せて下さい、絶対落とさせませんから」
 所詮は興味から創られた紛い物。外見だけの成り代わりにしか過ぎないと、蓮が言い放ちながら紙兵を展開させて加護の力を施した。
「(人から興味を奪うことは、歩き出すきっかけを奪うこと……!)」
 ミチェーリは自身も知的好奇心が強い為、興味を利用するドリームイーターの卑劣なやり方に、静かな怒りを燃やしていた。
「極北の地を吹き閉ざせ……!  露式強攻鎧兵術、“雪風”!」
 心は熱く、頭の中は冷静に。冷気のオーラを一極集中させた手を氷の刃とし、居合い抜きの如く振るった手刀は吹雪を起こして敵を巻き込んでいく。
「幽世へ連れて行かれるなら見てみたいものですが。幽世へ誘われるのは……さあ、何方が先になるのでしょうね」
 戦いの最中であっても國景は穏やかな態度を崩さず薄ら微笑んで。しかし視線は見据える敵を射殺すように。手にした日本刀は雷を帯び、紫電の如き速さで鋭い突きが放たれる。
「この鎌で切り裂いてあげる。どんな声で鳴いてくれるかな?」
 シェラアデルが不敵な笑みを浮かべながら、禍々しい大鎌を神隠しの巫女へ投げつける。旋回する刃は嬲るように巫女を斬り刻み、愉悦を満たしてシェラアデルの元へと帰還した。
 攻撃を浴びせ続けるケルベロス達だが、神隠しの巫女に効果を及ぼすまでは未だ至らず。巫女を覆う青白い炎が揺らめいて、軽快に舞いながら眼前に立つ斑鳩を薙ぎ払おうとする。
 刹那、累音が咄嗟に間に割り込んで、全身から溢れる闘気で炎の舞いを受け止めた。
「斑鳩、護るのは任せておけ」
 身に纏う白糸の杜若が死の炎に炙られながらも、累音は一歩も退かずに友を庇い続ける。
「ありがとう、カサネ。それじゃ、遠慮なく攻撃に専念させてもらうよ」
 我が身を護ってくれた友人に感謝の弁を述べ。斑鳩が拳に降魔の力を篭めて、冥府の炎を掻き消すように魂喰らう拳撃を打ちつける。
「ここは自分の出番っすね。今すぐ回復するっすよ」
 回復役のザンニが癒しの力を凝縮させた桃色の霧を発生させて、累音が負った傷をすかさず治療する。
「『興味』を糧とし奪うドリームイーターね。何にせよ、ドリームイーターは倒すのみよ」
 フィオレンツィアの橙色の瞳に、明確な殺意の火が灯る。惨殺ナイフに意思を込め、斬り裂く刃の軌跡に朱色の飛沫が描かれる。
 多少の反撃を受けた程度では、ケルベロス達は動じない。互いの信頼関係があればこそ、個々の役割に専念できているからだ。
「――喰らえ、そして我が刃となれ」
 蓮が古びた書物を開くと、本に宿った思念が赤黒い鬼のような影に変貌を遂げていく。具現化した霊力の塊は鋭利な爪を振り翳し、風圧が刃と化して神隠しの巫女を斬り払う。
「國景、呼吸を合わせて連携を!」
「了解です。いつもと同じように仕掛けましょう」 
 ミチェーリの呼び掛けに軽く頷き応じた國景は、太刀を逆手に構えて気力を溜める。
 最初に動いたのはミチェーリだ。巫女に向かって突進しながら高く跳躍し、落下の加速で威力を増した蹴撃を叩き込む。彼女の重い一撃を食らってよろめいた、その僅かな隙を決して逃さない。
 國景が素早く駆け寄り間合いを詰めて、地獄の炎を纏った太刀を豪快に振り回し、攻撃を重ね合わせて追い討ちを掛ける。
「炎よ、龍となりて我が敵を焼き尽くせ!」
 シェラアデルの魔力が竜の姿を象って、燃え盛る焦熱の息吹が巫女を包んで灼いていく。
「手数の上では自分達の方が有利っすね。このまま押し通していきましょう」
 攻撃の手を緩めず攻め続けることにより、敵の消耗は徐々に蓄積されて、ケルベロス側に流れが傾きつつあった。ザンニはそうした状況を読みながら、紙兵を配置させて手堅く守りを固めるのであった。


 眩しい程に赤い夕焼け空に、少しずつ深い藍色が入り混じる。
 夜の世界が顔を覗かせて、闇の中へと手招きしているかのようであり。
 神隠しの贄となるモノを、今や遅しと待ち望んでいるようでもあった。
「闇から闇に渡り、悪を屠るのが私の矜持であり正義。常世に行くのは、私達ではないわ」
 これまでの損傷具合から、後ひと押しのところまで追い詰めているとフィオレンツィアは判断し、ここは火力を集中させるべきだと力を振り絞る。
「其の拳は神速。どんな硬い壁でも貫き通す!」
 目にも止まらない速度で繰り出されるフィオレンツィアの拳の連撃が、猛雨の如く激しく打ち込まれて巫女の体力を確実に削いでいく。
 しかし神隠しの巫女は倒れず、最後まで抗おうとする。神楽鈴の奏でる音色は、聴く者の動きを封じ込める霊力を持つ。魔性の鈴の音は、蓮に向けて鳴らされたのだが――その前にミチェーリが身を挺して立ち塞がった。
「今回は私が貴方の盾になりますよ、蓮」
 ミチェーリは表情一つ変えずに、青い瞳でチラリと蓮の方を見る。守りは自分に任せて、攻撃の方を頼むと合図するように。そうした彼女の思いを汲み取って、蓮は巫術を駆使して御業を召喚させる。
「一気に畳み掛けましょう。これで決着を付けます」
 御業は巨大な腕となって巫女の身体を掴み取り、逆に相手の動きを抑え込む。
「僕の力じゃ決定打にはならないだろうけれど。塵も積もれば何とやら、だ。――貴様の魂、少し味見してやろう」
 シェラアデルは動きが鈍ったところを狙い澄まして、降魔の力を纏った手刀で巫女の腹部を刺し穿つ。
「貴女が誰であれ、望む生き方は許されないのです。在るべき場所へ戻してあげましょう」
 國景が掌の上で気を練り上げて、炎の塊を作り出す。巫女に目掛けて撃ち込まれた煉獄の炎は、生命を貪るように喰らいつく。
「形あるものは何れ壊れる。ならば形を成さぬものは――」
 人の興味から生じた魂なき怪異は、ただの幻影にしか過ぎない。この世にあらざる化生を断つべく累音の手に握られた小刀には、栴檀の花実を高彫した小柄と笄が装飾されていた。
「白き菊色汚すは蘇芳。避けてくれるなよ」
 刀を振り抜き放たれた剣圧は、貫く刃となって襲いかかって、巫女は避けるも間に合わず致命傷を負ってしまう。
 もはや立っているのが精一杯の状態にある巫女に対して、斑鳩は持てる全ての魔力を拳に集束させて最後の一撃に賭ける。
「――高貴なる天空よりの力よ、無比なる炎と雷撃にて全てを焼き尽せ」
 天空から降り注がれる雷と、体内から湧き上がる炎の力を融合させて。雷鳴轟き閃光と共に雷霆の矛が撃ち込まれ、神隠しの巫女は爆炎に飲み込まれて跡形もなく消え去った――。

 剣戟の音が鳴り止み再び静寂に包まれた神社では、少年を介抱するケルベロス達がいた。少年はまだ目覚めてはいないが、意識が戻るのは時間の問題だろう。
「好奇心は悪いことではないですが……。勇気と無謀は違うということを、頭の片隅にでも置いといてもらえると嬉しいっすねぇ」
「そうだな。これに懲りたら冒険は程々にするように言い含めておこうか」
 今回の件で少しは反省くれればと、ザンニとシェラアデルは互いに顔を見合わせ苦笑交じりに溜め息を吐く。それでも犠牲を出すことなく無事に終えられて、安堵の表情を浮かべるのであった。
「彼が目を覚ましたら、私達が目にした『神隠しの巫女』の話を語ってあげましょうか」
 もちろん、話せる範囲である程度伏せながらだが。ミチェーリは少年が不思議なことへの興味を失くさないことを願いつつ。目を細めながら少年の顔を暫し見つめた。
「さて、と……。折角だし、神社の方もちょっと綺麗にしていこうかしら」
 フィオレンツィアは朽ちた神社をふと眺め、放置したまま立ち去るのは忍びないと思って掃除をし始める。
「私も手伝いましょうか。このままにしておくのは寂しいですからね」
 國景も彼女に同意して、社殿に上がって中の清掃を行った。その奥の棚に御守りが仕舞われているのを発見すると、國景は一つを手に取り、この地の安息を瞑目して祈る。
 その後も全員で協力して清掃作業を続け、気が付くと、空は仄かに薄明りの残る幻想的な藍色に包まれていた。
「騒がせて悪かったな、神とはいえ忘れられるのは寂しいものだ」
 掃除もひと段落して片付けを終えた後、蓮は社殿の前で柏手を打って参拝をする。
 人の勝手で棄て去られ、利用された神も被害者だ。人の理不尽さに一抹の侘しさを感じつつ、傍らで主を心配そうに見守る空木に気が付くと、頭に手を添え不安を拭うように優しく撫でた。
「結局、君は何者だったのかな……?」
 斑鳩は参拝している間も、巫女のことが頭から離れずに考え込んでいた。もしかしたら、彼女はこの神社の――そんな風に思うと切なさで胸が苦しくなってしまう。そんな彼の心を知ってか知らずか、累音が茶化すように呟いた。
「さてね? それこそ正体は神のみぞ知る、ってやつだろ。あんまり遅いと置いてくぞ」
 その言葉に励まされたのか、斑鳩は頬を緩めていつもの調子を取り戻す。
 時々この神社に逢いに来るなら、彼女もきっと寂しくないだろう。そう誓いながら神社を振り返り、暮れゆく空を見上げながら静かにこの地を立ち去った。

作者:朱乃天 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年8月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 0
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