月の羽衣

作者:雨屋鳥


「良かったぁ、晴れてる」
 夜中の砂浜。女性が浜沿いの道路に車を停車させると砂浜へと降りて、海面に反射する月の明りに目を細めた。
「天女が渡る月の橋……ここに違いないわ」
 海の上に月の光で出来た橋を渡る美しい女。そんな話を聞いた彼女はその噂を集め、情報に一致する場所にたどり着いたのだ。
「満月の日を選んだし、今日は快晴だし……これは絶対っ」
 月の橋と天女が現れる。と続く言葉は、頭上から落ちてきた女性の姿に喉に詰まる。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
「ぇ……あ?」
 彼女は、自分の体を見下ろした。痛みはない。感触もない。ただ山羊の頭をかたどった何かが自分の胸に沈み込んでいるのが見えた。
 それ以上彼女の意識は続かなかった。眠りに着くように彼女は砂浜に体を横たえる。
 彼女の傍らで、透けるヴェールを何重にも重ねたような何かが立っていた。薄く桃色と黄色に月の光を返すヴェールの中はただ透明な空間しか見えないが、垂れて靡く羽衣の動きに中にいる何かが女性の姿をしている事だけは理解が出来た。
「ワタシ、ハ……ダレ?」
 その誰何の声に返す者はいない。


「海にかかる月の橋を渡るもの……聞くだけでも美しいですね」
 ダンド・エリオン(オラトリオのヘリオライダー・en0145)が言葉を口にして少し微笑んだ。
「だが、それだけでは済まない」
「そうですね」
 白髪のドラゴニアンの男性、レスター・ヴェルナッザ(凪の狂閃・e11206)が緊張感のないダンドを正す。
「この噂に興味を持った女性がドリームイーターに襲われる事件が起こりました」
 女性の興味を奪い、新たなドリームイーターを生み出した山羊の頭蓋の鍵を持つドリームイーターは既に姿を消している。
「しかし、生れ出た新しいドリームイーターはその近辺で事件を起こそうとしています」
「そいつを狩る、だな?」
「はい、このドリームイーターを倒すことが出来れば昏倒した女性も目を覚ますはずです」
 彼女を助けるためにも、とダンドは重ねてドリームイーターの撃破を依頼する。
「このドリームイーターは細かいモザイクを布の様に纏い、月光に似た光を使った幻影と共に攻撃に利用してくるようです。また、光をヴェールに変えて自らの体の修復も行うようです」
 加えて、とダンドは言う。
「人を見つけると自分が何者かを問いかける、という行動をとるようですね」
 その答えが自分に見合ったものであればなにもせず去り、そぐわない答えであれば答えたものを殺そうとするらしい。
 そのためか、自分の事を信じる人間、もしくは噂をしている人間のそばに引き寄せられるように現れるのだという。
「この性質を上手く使えば、誘い出し有利に戦えるかもしれません。問い掛けに正しく答えられたなら、おそらく攻撃を仕掛けない限りあちらも攻撃を仕掛けてこないはずです。
 綺麗な夢を汚したくはありません。皆さんよろしくお願いします」
 ダンドの言葉にレスターは一つ頷いて。
「海か」
 静かに呟いた。


参加者
シュミラクル・ミラーゲロ(ヴレイビングキャンセラー・e01130)
シェナ・ユークリッド(ダンボール箱の中・e01867)
スノーエル・トリフォリウム(クローバーに幸せをこめて・e02161)
黒谷・理(マシラ・e03175)
池・千里子(総州十角流・e08609)
レスター・ヴェルナッザ(凪の狂閃・e11206)
白鵺・社(愛結・e12251)
薊・狂(狂い華・e25274)

■リプレイ


 月だけが浮かぶ暗い海辺に小さな灯りが点る。
「海に月の光でできた橋を渡る美しい女が現れる、か」
 腰にランプを提げた男が、呟く。レスター・ヴェルナッザ(凪の狂閃・e11206)が見つめる先で、月光が波に揺らめいて月に伸びる橋のように輝いていた。
「眩しい位の月夜だな」
 黒い着物を羽織ったヴァルキュリア、薊・狂(狂い華・e25274)が素足で浜の砂を踏む。
「天女ってあれだろ、衣引っぺがして嫁にする奴。いっぺん拝んでおきてえもんだよな」
 と黒谷・理(マシラ・e03175)の気だるげに言った言葉にシュミラクル・ミラーゲロ(ヴレイビングキャンセラー・e01130)が風貌に反して粗暴な口調を言葉端に滲ませながら返す。
「つうとエロ目的ってことですか?」
「いや、無くは無いけど高く売れそうじゃん、衣。えらい綺麗で軽いんだろ?」
「確かに話で聞く限りだと、月夜の下で見ると綺麗にみえるんでしょうね」
 シェナ・ユークリッド(ダンボール箱の中・e01867)がヘリオライダーの説明を思い返していた。
「天女さんってことだけど橋を渡るのは何となく織姫さんっぽくも感じるかな。きっと見たら願い事叶えてもらえちゃったり……とか?」
「天女に織姫ねぇ。願いを叶えてくれるって、そんな上手い話あるのかねえ」
 彼らに続いて浜に降りたスノーエル・トリフォリウム(クローバーに幸せをこめて・e02161)の言葉に白鵺・社(愛結・e12251)がもしかしたらと推測を口に出す。
「願いの代償にお前の魂寄越せーみたいな理不尽なお化けかもしれないよ?」
「代償、か……月の橋を渡る天女がなにを求めて地にやってくるのか知る由もないが、彼女をこの地から無事に帰してやるわけにはいくまい」
 社の冗談めかした言葉に、その目的、失ったものに思いを馳せた黒衣の少女、池・千里子(総州十角流・e08609)は気配を感じて振り返る。俄かに月明りが増した気がした。
 それに一瞬遅れ、他のケルベロスも視線を向けた先。
「ワタシハ……ダレ?」
 桃と黄に光沢を放つモザイクを纏う何かが立っていた。
「ワタシ……ハ」
「海月のバケモノだろう」
 その問いにレスターが囁き、
「天女様だろ?」
「きれいな天女さん、素敵です」
 狂が憧憬を目に、シェナが思う事を素直に伝える。
「あなたが何者なんて私にわかるわけないじゃない」
 そしてシュミラクルがはぁ、とため息を吐き、ぶっきらぼうに言い放った。
「テメーはテメーでしかねーんだよ。わかったか阿呆が。自分の欲しい答えだけ言ってもらいたかったら妄想の世界にでも浸かっときなさい」
「……ソウ」
 ただ言葉を聞いていたドリームイーターはそのシュミラクルの言葉に反応を示す。
「アナタ」
 それまでただ風に流れるだけだったモザイクの布が初めて意思を持つように波打ち、翻り、広がる。
「シアワセナノ、ネ……ネタマシ……イ……ッ」
 消え入るような声と共に淡い光がシュミラクルに放たれた。
 

「……っ」
 シュミラクルの視界は重複して見えていた。映る像は羽衣の光沢を成していたモザイクの色に乱反射を起こしている。二色の月が空に輝いている。
「まあ、うまい事釣れましたね」
 感覚を乱される不快に汗を浮かべながらも、思惑通りに自分に攻撃を放ってきたことに笑みを浮かべていた。
「マシュちゃん、お願い」とスノーエルが言うと薄桃の柔らかい体毛を持つボクスドラゴンがその加護を周囲へと施していく。スノーエルはシュミラクルへと脳を刺激する電撃を放ち、その影響を弱めていく。
 歪む視界の端で周囲に広がったモザイクを裂くように光の弾が走った。
「邪魔をさせていただきます」
 シェナが放ったプリズム光を輝かせる弾丸はモザイクの塊に着弾し、その体を激しく波立たせた。
 その隙に千里子が、モザイクによる異常を緩和させる紙兵を散らしている。
「お前は何者でもない。人の噂から生まれた、ただの哀れな幻だ」
 罪はない。と彼女は告げる。
「コロス……ノ」
「それがせめてもの餞だ」
 断じた千里子の言葉にそれが音を返すことはなかった。空気の壁をぶち破るような音と共に砂が爆発する。音を置き去るように飛び出したモザイクの塊と入れ替わるように拳を突き出した体勢の理が、水を払うような仕草で手を振っていた。
「掴めねえか」
 殴打の瞬間、羽衣を掠め盗ろうとしたが触れる事すら叶わなかった。届かなかったのではなく、感触がなかったのだ。衝撃を吸ったモザイクは光に解けるように霧散していた。
「殴る感触も殆どねえのは、やりづれえな」
 そう零し、吹き飛んだドリームイーターにもう一度肉薄する。
 迫るモザイクの塊に鋭刃が閃いた。刃の起こす微かな風に靡くようにドリームイーターは社の攻撃を掻い潜る。
「自分は誰か、だっけ? それは何か望む答えがあるのかな」
 その問いに答えはない。
「そのヴェールで顔を隠してるのは、見せられない理由がある? それとも、それこそが探し物なのかな」
「アナタハ、シラナイ」
「ああ、知らないね……っ」
 社へと放たれた柔らかい光。同様に接近しようとしていたレスターは、それに跳躍してそのままドリームイーターの頭上を飛び越え、砂を散らして着地する。警戒して体を反転させたドリームイーターの背後から眩い光燐が槍の様に迫るが、宙を滑るようにそれは攻撃を躱した。
「つれないな」
 光を体に戻しながら、狂は揶揄すように言う。
「その色、見せてくれよ。なあ」
「ええ」
 狂の言葉をシュミラクルが受け取った。ぶれる感覚に不快を覚えながらも操り人形じみた挙動から掌底を打ち込むように腕を突き出し、
「お返しよ」
 縛霊手から至近距離で放たれた巨大な光弾がモザイクの体を包み込んだ。


 光からまろび出たドリームイーターにレスターが武骨な鉄塊剣を振るう。銀炎を纏う剣は、モザイクの体を強かに打ち付けて、弾ける炎がその体を覆っていく。
 次いでシェナの放った竜の幻影に身を躍らせながら、ドリームイーターは光を自らに纏わせ体を取り戻した。だが、その姿は、はじめと比べると明らかに薄くなっている。
「舞い踊れ、天女よ」
 千里子が地面へと叩き付けるように鋭い跳び蹴りを放ち、理の降魔真拳が纏う羽衣を弾けさせる。
「あんたの悪夢は……」
 それに続いて手を向け、心を抉る弾丸を打ち出そうとした社はその直前に、体が大きく揺さぶれた。大波に揺られるような、天地が回る感覚に吐き気すら覚え、狙いが大きく逸れる。
「……幻」
 先ほどの攻撃の影響が出たのか。だが、それもマシュにかけられた加護にすぐ消えるだろう。社は、頭を軽く振るいドリームイーターを見つめた。
 シュミラクルの暴風を纏った蹴りに体を舞わせたドリームイーターは狂の放つ拳を躱し、再び回復を図る。
 折り重なり、その数すら判然としなかったその体はもはや、数える程度の幕しか残っていなかった。
「尽きろ」
 レスターが竜骨の剣を振るう。銀炎は岸壁を打つ荒波の様に弾け、連撃はモザイクの布を切り飛ばしていく。
 連打の末にはじき出されたドリームイーターは、だがすぐに立ち上がる。シェナの放った時空凍結弾をモザイクの光で相殺すると、残る力を振り絞るように幻惑の淡い光を照らす。
「そうはいかないんだよっ」
 最も消耗していた社へと放たれた光は、直後スノーエルが放射したオーラのヒールによってその幻覚を遮断される。
「……っ」
 息と共に神速を持って打ち抜かれた理の拳に、増して軽くなった体は海へと放り出された。
 そして、それが着水する前に飛び出した千里子が降魔の拳を固め、その体へと攻撃を連ねる。ただの一度瞬く時間の間に、舞うような流麗な動きでその身に殴打を繰り返す。
 だが、その攻撃を半ばですり抜けたドリームイーターは海面に触れることなく浮かんで、無防備な攻撃体勢の千里子へと攻撃を加えようとし、唐突に波の中へと引きずり込まれた。
「生憎、あたしはアンタと違って上品じゃねェ」
 腰ほどの高さの水にもがくドリームイーターを沈めてバトルオーラを滾らせ拳を握る。
「ぶん殴らせて貰うぜ――覚悟しな」
 狂は血に飢えたように恍惚に笑んで、水を吸ったように急激に重くなったように見えるその体に、拳を撃ち落とした。


 最後の一撃を加えると、辺りは暗く影を落としていた。空にはいつの間にか雲が流れ、月の明りを覆い隠していたのだ。
「アンタは何を求めていたンだろうなァ」
 跡形もなく消えたドリームイーターに狂は呟く。
「それじゃあな、天女様」
 呟いて、彼女たちは浜へと戻っていく。
「……ぅ」
「……目が覚めたか」
 レスターが呻いた女性が目を開けた事に気付いて言う。
「大丈夫?」
 と社が女性に声をかけると上体だけを起こした女性は顔を顰めて頭を押さえた後、慌てたように自分の胸をまさぐった。
「傷はないよ、災難だったね。家まで送っていこうか?」
「……車があるので……少し休んで自分で」
「はぁー! 疲れたわねー」
 とシュミラクルが海を眺めて、声を上げていた。
「でも久々に毒吐けてすっきりしたわー。彼女さんには悪いけど、これも仕事ってことでね」
 幻覚からくる頭痛も消え去って快活に、海から上がってくる仲間に手を振った。
 スノーエルが女性が目を覚ましたのを見たあと海を眺めて言う。
「事実はどうあれ、天女さんはいたら素敵だよね」
 雲が薄れ始めて、月光が海に落ち始めていた。
 スノーエルの言葉にシェナが同意してその光景を見つめる。
「そうですね。何かすてきなものが出て来そうな景色ですから」
「ん?」
 海から上がった千里子が砂を拾い上げたのを見た理が彼女を振り返る。彼女は海面に映る月光を見つめていた。
「私はお前のことを忘れない」
 弔いの言葉と共に千里子が拾った砂を橋の上へと撒く。
 光を返すばかりの月の橋は何物も天へと導くことはなく、撒いた砂はゆっくりと海の底へと沈んでいった。
「だから、安らかに眠れ」
 告げると彼女は海に背を向けた。
 レスターは浮かび上がる光に煙草をくゆらせる。
 月光の橋の向こうに天国などはない。と思いつつも、海を見ていると死を思い返してしまう。
「つくづく、海には縁がある」
 吐き捨てるように嘯き、もう一度煙草に口をつけた。
 

作者:雨屋鳥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年8月11日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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