逢瀬

作者:藍鳶カナン

●逢瀬
 夏の夜の眠りに沈む街の一画に、ひときわ深い眠りについた地があった。
 そこは閉じられた遊園地。
 郊外の大型レジャー施設に客を奪われ閉園を迎えた街中の遊園地は、最新の設備を備えたシネマコンプレックスや洒落たマンションに生まれ変わるための取り壊しを待つばかり。
 当然敷地は高い衝立のごとき柵に囲まれていたが、小柄な少女が柵と地面の隙間から中へ潜り込むのは容易なことだった。
 懐中電灯を手にした少女は夜の遊園地を小走りに駆けていく。
 西洋風お化け屋敷の扉を飾る悪魔はもちろん、幻想的なメリーゴーランドさえも夜の闇に懐中電灯で照らし出される姿は少女の背筋をぞくりと震わせた。けれど。
「こ……怖くても頑張るもん、ママに逢うためだもん……!」
 勇気を振り絞った少女が目指すのは、遊園地の片隅の、ミラーハウスの奥深く。
「中学生のひと達が言ってたもん、夜のミラーハウスの中で、会えなくなった人にもう一度逢える『逢わせ鏡』が見つけられるって……!」
 幸いにも施錠されていなかったミラーハウス内、懐中電灯のみで進む鏡の館には幾重にも少女が映しだされ、大きく小さく、時に奇妙に歪んで少女の足を竦ませる。
 それでも己を叱咤して、期待と興味に頬を紅潮させて進んでいくと、正面の鏡に、自分と大人の女性の姿が映った。
「ママ……!! ――じゃ、ない!?」
 歓びに輝いた少女の顔が一瞬で怯えに変わった、直後。
 影色の魔女が大きな鍵を少女の背から心臓に突き立てた。
 そう、少女が逢わせ鏡を見つけたのではなくて、少女の後ろに出現した『パッチワーク』第五の魔女・アウゲイアスの姿が鏡に映っただけ。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 命ではなく『興味』を奪われて、少女はミラーハウスの床に倒れ込む。
 ゆらりと立ち上がったのは、流動する鏡で作られた人型の、顔の部分にモザイクを宿した――生まれたてのドリームイーター。

●逢わせ鏡
 蛍火のごとき炎がその胸に揺らめいた。
 子供達の他愛ない噂、虚構をまことしやかに彩った都市伝説。
 その類の話だと解ってはいても――ミルラ・コンミフォラ(ヒースの残り香・e03579)の胸に燈る地獄の炎は、逢わせ鏡の話を聴いた時、静かに熱を増したのだ。
 だが同時に、ケルベロスとしての勘が彼の胸にひとつの危惧も浮かび上がらせた。
「『興味』が狙われる……って話だよね」
「はいっ! ミルラくんが危惧したとおり、噂の逢わせ鏡を見に行こうとした女の子が例のドリームイーターに『興味』を奪われるのが予知されました!」
 笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)はきっぱりそう告げて、少女の『興味』を奪った魔女のドリームイーターはすぐ姿を消すが、このままでは少女の興味から現実化したドリームイーターが事件を起こすと続ける。
「けど、みんなならその前にこのドリームイーターを倒せるはずです! それに、この敵を撃破できれば『興味』を奪われた女の子も目を覚ますんです! だから――」
「……うん。僕達――俺達で、倒しに、いこう」
 言い募るねむにそう頷き、ミルラは胸に息衝く炎を感じながら仲間達へ瞳を向けた。

 逢わせ鏡への興味から生まれたドリームイーターは現在ミラーハウス内に留まっている。入り組んだミラーハウスの中で戦うのは難しいが、このドリームイーターは『逢わせ鏡』を信じていたりその噂をしている者がいるほうへ引き寄せられるというから、ミラーハウスの外へ誘き出すのは簡単だ。
「ミラーハウスの前は広々としていますし、一般のひとびとが来ることもありませんから、思う存分戦ってくださいっ!」
 相手は出逢った者に『私は誰?』と訊いて、正解を答えられなかった者を襲うというが、此方も相手を倒すつもりで出向くのだ。どう答えても戦いとなれば相手もケルベロス全員を敵とみなすはず。
 逢わせ鏡のドリームイーターの力は、鏡の輝きで多くの敵の心を惑わせる術、乱反射する光で多くの敵の状態異常を深める術。そして、自身の傷や異常を修復する術だ。
「ちなみにポジションはジャマーです!」
「なかなか厄介だね。……けど、怯んではいられない」
 静かに、決意を秘めてそう紡ぎ、ミルラはこの場に集った仲間と瞳を見交わした。
 興味を奪われた少女のためにも、必ずこの敵を倒す。それは揺るぎない決意。
 だが、ふとした思いが胸をよぎる。逢わせ鏡のドリームイーター、その輝きに惑わされた心は、何を映すのだろう。
 会えなくなった人にもう一度逢える。
 そんな逢わせ鏡の話が――甘やかな毒のように、胸を灼く。


参加者
ルトゥナ・プリマヴェーラ(慈恵の魔女・e00057)
紫・恋苗(紫世を継ぐ者・e01389)
ダンテ・アリギエーリ(世世の鎖・e03154)
ミルラ・コンミフォラ(ヒースの残り香・e03579)
神宮時・あお(忘却ノ未来・e04014)
パーカー・ロクスリー(浸透者・e11155)
ムジカ・レヴリス(花舞・e12997)
ステラ・ラプストラテスラ(幼語りのパストゥレル・e20304)

■リプレイ

●遭わせ鏡
 希うのは旱魃と洪水にも似ている。
 会えなくなったひとに、せめてもう一度――そんな願いは胸の裡を灼けつくような渇きで焦がし、時に感情の奔流となって理性を呑み込み押し流す。
 惑うよう揺れる胸の炎。ミルラ・コンミフォラ(ヒースの残り香・e03579)も希う想いを痛い程に識っている。だからこそ。
 願うのを咎めるなんて、できやしない。
 ――ね、知ってる?
 夏夜に眠る街のなかでもひときわ深い眠りに沈む閉じられた遊園地、時が止まったような静寂の底でムジカ・レヴリス(花舞・e12997)が逢わせ鏡の噂を囁けば、ミラーハウスから流動する鏡で作られた人型が現れる。
『私は誰?』
 そこだけ数多の彩が煌くモザイクの顔が問えば、ムジカが強気な笑みを覗かせて、
「会いたかったわ、倒さないといけないドリームイーターさん」
 答えた瞬間、流動する鏡の腕が夏の夜に翻った。
 瞳も心も眩まさんばかりの輝きが彼女を含む後衛陣へ襲いかかる。だが逢わせ鏡の輝きはムジカでなく、油断なく狙撃の機を窺っていたパーカー・ロクスリー(浸透者・e11155)へ向けたものと見えた。
 彼としてはディフェンダーに回答を任せ敵の攻撃を惹きつけてもらい、その機に――との目算だったが、当のディフェンダー達は問答に応じるつもりはなかった。敵遭遇時の対応を策に含めるなら事前に提案し皆と対応を擦り合わせるべきであったし、何より。
「チッ。こっちが戦う気で来てる以上、どう答えようが答えまいが関係ないってことか」
「ええ。そもそも敵同士だもの、問答には付き合わないというのもありじゃないかしら」
 合わせ鏡ならぬ逢わせ鏡、それが本当に逢わせてくれるなら――。
 敵を惹きつけるまでもなくムジカを庇って光を受けたルトゥナ・プリマヴェーラ(慈恵の魔女・e00057)は胸奥に萌した想いを唇に乗せることなく華やかな爆風を巻き起こす。
 迷いは一瞬、それならとムジカが癒し手の浄化を乗せて舞わせた鎖が後衛陣の足元に守護魔法陣を描けば、味方へ向けかけた銃口を翻したパーカーが新たに狙撃点を獲りなおした。その気配に紫・恋苗(紫世を継ぐ者・e01389)は安堵の息を吐き、
「解ってたけど、前衛から狙われると限ったわけじゃないわよね」
「何処にいたって安全じゃないって、覚悟はしてる。ひとまず後衛は俺に任せて」
 互いの攻性植物に黄金の果実が実る様に頷きあう恋苗とミルラ、二人のジャマーが前衛と後衛に三重の加護を燈せば、
「んと、リシア、一緒にお願い!」
 分散させるか逡巡しつつステラ・ラプストラテスラ(幼語りのパストゥレル・e20304)もアスファルトから噴き上げた雷壁とウイングキャットの羽ばたきで前衛の加護を更に確かなものにしていく。
 厚い加護の光越しにダンテ・アリギエーリ(世世の鎖・e03154)は敵を見遣り、
「私は誰って言われりゃ、私は愚か者――って返したいとこだったんだけどねぇ」
「それ、続きあんだろ?」
「当たり。坂口安吾さね」
 背に聴こえたパーカーの言葉に笑って、強大な破壊力を乗せた砲撃を鏡の人型へ見舞う。
 続きは言うまでもあるまい。かの作家とて己自身を知らないと綴るのだ、この手の問答は実りあるもののほうが少なく、ゆえに永遠の命題ともなるのだろう。
「……『私は誰?』なんて……貴方は、ボクが、誰か、知って、いますか……?」
 相手から答えはないと識りつつ神宮時・あお(忘却ノ未来・e04014)は緩やかな水流めく夜風に舞い、小さくも鮮烈な流星となって逢わせ鏡のドリームイーターへと落ちた。
 だが地に叩きつけられた敵から迸る光はやはり後衛へ向かう。
「催眠は受けてなくても、この感覚、気持ちいいものじゃないわネ」
「受けてても気持ち悪いがね。ハッ、どうせならグラマラスな姉ちゃんに逢わせろっての」
 夜の遊園地に乱反射した光が体内から心の芯まで駆け巡る苦痛を堪え、ムジカが招くのは緋紅の髪を鮮やかに躍らす爆風、七色の風にケルベロスコートを煽られながら、パーカーは嘲笑と銃口を鏡へ向けた。彼には曖昧なものしか見えず、なのに催眠は刻まれそれを深めに来るのだから性質が悪い。
 鏡の喉元を撃ち抜いたのは石化の魔法光線、ざらりとした石の彩りが混じった鏡へ地獄の炎を映し、恋苗は己の心を振り切るように地を蹴った。
「会えないはずのひとに逢わせてくれたって――そんなの、まやかしよ」
 叩きつけるのは喪ったひとを補うために得た炎、鏡の胸と両肩に燃え上がった炎が天使の娘の瞳を揺らす。言い切った言葉が強がりに聴こえるなんて百も承知。
 だけど――己にそう言い聞かせなければ、逢わせ鏡の噂に縋ってしまいそう。 

●逢わせ鏡
 夏夜に沈む閉じられた遊園地。
 賑わいも歓声も二度と聴こえぬ時の止まった夜の夢の国は、確かに秘密の魔法がひっそり息づいていたとしてもおかしくない風情だけれども。
 少女の一途で切実な、ママに逢いたいという願いを。
「叶えてあげたいけどあげられない……だから、せめて!」
「……はい、このドリームイーターは、必ず、倒します、です」
 想いの強さそのままに爆ぜるムジカの魔力、七色の爆風に五枚の翼を揺らして、ナイフの刀身に鏡像を映したあおは逢わせ鏡のドリームイーターへ魔力を解き放つ。
 だが、迸った魔力は両者の中間で眩く弾けて消えた。
 威力は絶大でも命中率は五割に満たぬ術が鏡の乱反射に相殺されたのだ。
「厄介ね……もっと雁字搦めにしてやらなきゃ」
「同感。長引かせるのは酷ってもんさね、多分」
 敵にではなく、恐らくは逢わせ鏡の噂に惹かれているだろう仲間の幾人かにとって。
 僅かに眉を寄せた恋苗が夜風に奔らす攻性植物が鏡の両脚と腰を捕えて締め上げたなら、ダンテが宙に躍らせた猟犬の鎖が鏡の左腕に巻きつき砕かんばかりの勢いで引き絞られる。けれど左腕に罅が奔ると同時、翻った鏡の右腕から光が溢れだした。
 逢わせ鏡の輝き。
 咄嗟に巨大な鉄塊剣で防ごうとしたダンテは手にした剣の思わぬ軽さに息を呑む。そう、今夜の剣はいざという時に聖域を描くための星の剣。
 だが剣を翳すより速く視界が緩く波打つ蒼に覆われた。
 艶やかな蒼の髪には大きく巻いた夢魔の角。
「大丈夫よ、ダンテちゃんの分は私が……、……――」
「ルトゥナ!!」
 二人分の光を引き受けた彼女の意識が大きく揺らいだ。身の丈を越える黒き斧の柄を握る手に力が籠もる様にダンテが声を上げる。
 名を呼ぶ声が、光の繭の外から聴こえるように遠かった。
 眼前の存在に過去や記憶を読み取る力などはなく、ただ、惑わされた己の心そのものが、会えなくなっても想い続ける相手を投影するだけ――。
 理屈ではそう分析できても眼前の存在が喪った家族に見えた気がすれば、ルトゥナは眦を震わせた。逢いたい家族達。けれどそこに行方の知れない弟の姿を見てしまったら、彼にも二度と逢えないのだと自分自身で決定づけてしまうようで。
「ダメー! 鏡の思いどおりになんかさせないんだから! 恋苗ちゃん、手を貸して!!」
「ええ。さあ、シャッキリ目を覚まして頂戴ね」
 癒し手の浄化を重ね即座にムジカが躍らす鎖、三重の浄化を含ませ恋苗が振りまく薬液、足元の守護魔法陣と頭上から降りそそぐ癒しの雨の効力で知らず詰めていた息をほどいて、後方を振り返りかけていたルトゥナは毅然と鏡に向き直った。
「……会えないひとに逢えて、伝えられなかった言葉を伝えられたら――」
「素敵だよね、ほんとにそうできるなら、幸せになれるひと、いっぱいだよね!」
 未練を断ち切るようにルーンを輝かせ、偉大なる斧を鏡へ打ち下ろしたルトゥナの言葉をステラが継いだ。あおの分も光を浴びた彼女も鏡に見た残酷な幸せを克服して前を向く。
 寂しくないよ。
「鏡なんかなくたって、いつでもお空から見守ってくれてるんだから!」
 ――『ステラ・マジカ』、赤色!!
 解き放つは父と母から受け継いだ知識と力を統合し、ステラ自身が完成させた星辰魔法。赤き星の河が翻って仲間達を強く鼓舞するけれど、声音に滲んだ逢わせ鏡の奇譚への憧れを隠しきるには、彼女はまだ幼くて。
「強いな、ステラは」
「……ほんと、です、ね」
 だのに誘惑を振りきる僅か九歳の少女の強さに、ミルラの声音には羨望が滲んだ。
 残酷な鏡を破壊すべく彼が打ち込むのは小さなカプセル、反射的に敵が翳した左腕の罅に喰い込んだそれが弾けて神をも弑するウイルスで瞬く間に胸の芯まで鏡を冒す。流星の軌跡描いて翔けたあおが敵の脇腹を砕けば、その衝撃で鏡の左腕も砕け散った。
 夜の遊園地を、心と身体を駆け巡る惑乱の光。
 瞳も心も眩ますそれに抗うのもまた光。
 黄金の、雷光の、更には星の光も重ね、癒し手から間断なく注がれる浄化も併せて誘惑を克服しては立ち向かう。
 それでも――眩く苛烈で、優しく残酷な光の中に『彼』が見えた気がすれば、恋苗の瞳と声が潤みかけた。たとえ逢えても遠いあの愛おしい日々は戻ってこないのに。自分は地獄の炎で『彼』を補ったはずなのに。
 けれど彼女の亜麻色の髪に咲くバイオレット・レナは、またの名を初恋草。
 初恋の花を戴く娘の心を、初恋の誘惑が強く深く冒していく。
 理性を呑み込み甘い毒のごとく心を灼く光の中で、ミルラもまた愛おしい女の幻を見た。幻だと解っているのに、己へと差し伸べられる華奢な手を取る誘惑に負けそうになる。手を掬えばあの日零れ落ちた彼女の命も掬える気がして、触れあえば彼女が名前を呼んでくれる気がして――。
 だけれども。
「何を見てるか知らんが、そいつは只の映し鏡だからな!」
 夜風を貫いたパーカーの声と銃声、そして鮮烈に煌く星が二人の心の傾きを一瞬止めた。
 鋭く煌いた星は、遥か高みからミラーハウスに向かって急降下しその屋根上から夜空へと駆け上がるジェットコースターのレールに跳弾させた彼の銃弾。突如脳天から撃ち抜かれたドリームイーターが堪らずよろめいた隙に、仲間達から二人へ癒しと浄化が注がれる。
「彼は二度と帰ってこない。分かってるのよ、そんなこと」
「そうだね。彼女はいない。もうどこにも」
 地獄の炎で『彼』を補ったのだと証すよう恋苗が鏡へ炸裂させる炎の一撃。ミルラも胸に息づく炎が優しい輝く様に泣きたい心地で笑んで、茨の魔力を織り上げた。
 寂しくない。
 今ならステラを羨むまでもなくそう言える。
 だって、この胸のあかりは君が遺してくれたもの。
 ――恐れるな、……俺は未だ、戦える。
 戦うことが、君との逢瀬。

●合わせ鏡
 夏夜に咲き乱れる幻想花。
 織り上げられたミルラの魔力が光の茨として芽吹き絡みついて這い廻って鏡の首を潰す。
 逢いたいひとがいるのかもわからない。
 けれど幻とはいえ逢いたいひとを見たらしい彼らの様子に、何故だかあおの胸は疼いた。壊れかけのヒトガタ。あお自身にはそうとしか思えぬ己が逢わせ鏡を望むのは烏滸がましい気がして、少女は眼前の鏡の終わりを望む。
 ――後には、何も残らない、美しくも、悲しい、破滅の、詩。
 夜の遊園地に透明に響くのはあおだけが紡げる古の唄魔法。
 禁忌の唄が逢わせ鏡のドリームイーターの半身を崩壊させた。
 だが銀色に光った鏡がどろりと流動する。鏡が己が身を修復しようとする。崩壊した鏡が再び人型を成す。しかし不意に流動が鈍った途端、ふつり輝きが曇って鏡の右脚が崩れた。神殺しのウイルスが癒しを鈍らせたのだ。
 会いたいけれど逢えない。
 それは興味を奪われた少女だけでなく、その母親だって同じはず。逢えなくてもきっと、ママは娘の目覚めを望むはずだから。
「それだけでも叶えるために――あなたには還ってもらうワ!」
「会いたくても逢えない、その想いを弄ぶお前を……許すことはできない」
 癒し手の使命から解放された今この時、ムジカは迷わず夜空に舞った。纏うのは淡紅色の光の小花、爪先から螺旋を描き彼女の脚を咲きあがる光の捩花に、いつかの朝の感覚が甦る心地でミルラは瞳を細めた。
 あの瞬間、確かに自分は満たされた。
 喪えど忘れられなくて、けれどきっと、逢えなくても繋がっている。
 夜空から急襲する夏花の娘の影を馳せ、ミルラが揮うはエルフの俊敏さを活かした神速の槍撃。鮮烈な夏花と稲妻が鏡を貫けば、パーカーのガトリングガンから光が爆ぜた。
「ハッ、とっとと砕け散りやがれ!」
「鏡に映る面影なんて、いらない!」
 無数の弾丸が鏡を穿てば、ステラが神速の稲妻で襲いかかる。鏡に映った逢いたいひと。けれど鏡に触れたって、あの恋しい掌のぬくもりには届かない。
 だがなお鏡が光を燈さんとする様に、恋苗が冷えた声音を洩らした。
「……いい加減、目障りだわ。何もあたし達に見せないで。あたし達を惑わせないで」
 途端に彼女の許から迸るは紫の荊、癇癪が爆ぜるような勢いで襲いかかり鏡を絡めとった荊は、抗うそれに棘を喰い込ませ石のごとく硬直させる麻酔を注入する。
 紫荊の烈しさと声音が帯びた苛立ちに、ダンテは恋苗が見た残酷な幸せの眩さを識った。だけどそれは、逢えずともその存在への愛情が彼女達の胸に確かに在る証。
 一年前の夏と何処か似た心地で、ダンテは詠唱を紡いだ。
「主よ、誰か、あぁ、誰か私に、愛せるような人を見つけてくれ――」
 虚ろを地獄で補う心の臓、そこから漏れでた黒き光が靴先まで伝う。モザイクの顔に叩き込んでやりたいところだが、型を決めても狙撃手ならぬ身に部位狙いは叶わない。
 不意に沈んで鏡の視界から消えるダンテの身体。
 瞬時に身体ごと回転した蹴り足が鏡の首元を砕けば敵の全身に亀裂が奔った。その奥から輝きが迸るより速く、ルトゥナが指先に魔力を凝らせる。
 会えないひとに逢える。
 それはなんて眩い、至福の瞬間。
 けれどそれだけじゃ終われない。
「私は立ち止まってしまうもの。だけど――私は、止まるわけにはいかないから」
 撓やかな指先から滴り落ちた血の雫。
 それがアスファルトを透過し大地に触れた、瞬間。
 六つの頭を持つ強大な地龍がアスファルトを割り砕いて夜空へと伸びあがり、逢わせ鏡のドリームイーターを頭から呑み込んだ。
 地龍が消えれば、最早そこには鏡のかけらも残っていなかった。

 逢わせ鏡が本当にあるのなら、そこに見えるのは残酷な幸福だ。
「少女が『興味』を奪われて良かった……と思いたいところだったけどねぇ」
 倒せば目覚めるということは、興味はドリームイーターとともに消滅するのではなくて、少女へ還るということか。複雑な心地でダンテは嘆息したが、
「けど、この遊園地、なくなっちゃうんだよね」
「だな。何もかも本当に夢の跡……ってわけだ」
 寂しげに辺りを見回したステラが呟けば、軽くパーカーが頷いた。
 夏が終わればきっと逢わせ鏡の奇譚そのものが――夢の泡沫となって、ひっそり消える。

作者:藍鳶カナン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年8月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 6
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