超獣乱麻

作者:真鴨子規

●信州怪奇行
 塩尻峠。別名塩嶺(えんれい)峠と呼ばれる、長野県塩尻市と岡山市を繋ぐ山道である。
 その中腹にある廃病院の裏手の林には『何か』がいるという噂があった。
「ハローボンジュールコニャニャチワー。視聴者の皆さんご機嫌麗しゅー。ただいま私は塩尻峠、件の山林へとやって参りましたー」
 その道なき道を、1人の少女がハンディカメラを片手にゆっくりと進んでいた。
「オカ研恒例企画『謎の生物の実態を追え』! 本日はこの峠に出現するという『窮奇(きゅうき)』の姿をカメラに収めるべく! はるばる信州の国までやって参りました!」
 それは遙か白亜紀から生きてきただとか、人間の生き血を吸うだとか肉を喰らうだとか、目にした者は地獄へ落とされるだとか極楽浄土へ行けるだとか、そんなありふれた怪談話だった。いわゆるツチノコやネッシーといった未確認動物学(クリプトゾオロジー)の類である。
「窮奇というのは、どういう姿をしているの?」
「えっとねー、ぱっと見山羊みたいな四足動物? 灰褐色の短毛でー、角が2本生えててー、基本肉食? でも草ももっしゃもっしゃ食べる、みたいな?」
「もっと面白い特徴はないの?」
「首! 首が3つもあるの! あと前足が3本! あとでかい! 4メートルはあるんだって!」
「へえ。興味があるわね」
「そーだよねぇうんうん。そそられるよねぇ気になっちゃうよねぇうん。
 ――ところであなた、どちらさま?」
 ざくん、と。
 少女の胸に鍵が突き立てられた。

●噂話に物の怪は寄る
「窮奇というのは後付けの名前らしい。由来は中国神話に出てくる怪物の名前だったかな? 最初に出回ったのはごく普通の野生動物のコラージュ画像でね。それを信じちゃった一部のオカルトな人々が、生息地やら逸話やらを散々に付け足して生まれたのが信州の窮奇という訳だ」
 人間の想像力ってすごいよね、と宵闇・きぃ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0067)は面白がって言う。
「今回、そんな窮奇に対する並々ならぬ『興味』を奪いに、パッチワークが第五の魔女・アウゲイアスが現れる。例によって今回君たちが戦うことはないが、その魔女によって生み出された強力なドリームイーターを退治しなければならない」
 興味を奪い、その興味の対象となった怪物体を具現化する――そういう能力のようだ。
「具現化した窮奇は、人間を見付けると『自分が何モノであるか』を問うのだそうだ。ここでの正解を言ってしまうと、コラージュ画像の元となった動物の名前だね。それを言い当てると見逃してもらえるが、間違えると殺されてしまう、ということらしい。まあ、見敵必殺の君たちからすればあまり関係のないことだね」
 それから、ときぃは付け加える。
「おびき寄せに少しコツがいる。窮奇は、自分のことを噂している者に引き寄せられる性質があるらしい。だから、窮奇の噂話をして誘導する必要がある。なに、元々が荒唐無稽な噂ばかりの怪物だ、テキトーにでっちあげた噂を語ってやれば寄ってくるだろう」
 よってたかって窮奇に尾ひれを付けてやれ、ということか。それで誘き出せるなら易い話だ。
「あ、そうそう。周辺には被害に遭った少女と同じオカルト研究部の部員がうろうろしているから、近寄らせないようにね」
 逆に言えば、彼らに窮奇が引き寄せられないよう、おびき寄せは念入りにやらなくてはならないということになる。
「人間の想像力は、神や悪魔さえも生み出せる力を持っている。それを起源にした怪物だ、弱いはずがない。くれぐれも油断せず、戦いに挑んで欲しい。
 それでは発とう。この事件の命運は、君たちに握られた!」


参加者
アンノ・クラウンフェイス(ちっぽけな謎・e00468)
ノル・キサラギ(銀架・e01639)
ラティクス・クレスト(槍牙・e02204)
ラズ・ルビス(祈り夢見た・e02565)
柊・おるすてっど(地球人のガンスリンガー・e03260)
アルベルト・アリスメンディ(ソウルスクレイパー・e06154)
外木・咒八(地球人のウィッチドクター・e07362)
禍神・戮(殺人卿・e20532)

■リプレイ

●林の中
 背の高い雑木林が空を覆う山中を、7人のケルベロスが進んでいた。獣道を踏み締めて、より奥まった方へと向かっていく。
「オカ研部員いましたよー、2、3人膝かっくんしてきました」
「やめてあげましょう……」
 最後の1人――8人目、柊・おるすてっど(地球人のガンスリンガー・e03260)が意気揚々と合流するのを、禍神・戮(殺人卿・e20532)が呆れ顔で諫(いさ)めた。
「さて、噂をすれば現れると言うことですが」
 戮が視線を配ると、アルベルト・アリスメンディ(ソウルスクレイパー・e06154)が林の合間にキープアウトテープを張り巡らし始めた。戦いのフィールドを整えるのだ。
「ボクが聞いた話だと、さっき見た病院では昔、既存の動物を組み合わせて新種の生物を作り出す実験をしていたらしくて。ほとんどの実験体はこの病院が廃院する時に処分されたんだけど、一匹だけ逃げ延びた奴がいたんだって」
 にこにこと笑顔を浮かべながら、アンノ・クラウンフェイス(ちっぽけな謎・e00468)が更に続ける。
「で、それがこの辺りにでる怪物の正体。どう、何だかワクワクしてこない?」
「俺は某国の軍事機関の陰謀って聞いた!」
 片手を挙げてノル・キサラギ(銀架・e01639)が別の噂をする。
「とある国が生物兵器を開発してて、いろんな動物を掛け合わせてて。でもある時それが逃げたんだって。某国は隠蔽したんだけど、ネットの噂では目撃されててさ。いろんな物を混ぜて作って。中には……人間も使われてるとか」
 言い終わると、ノルは身を震わせた。自分で言って恐ろしくなったようだ。
「オレの聞いた噂だと、そいつは山羊の体、獅子の頭、毒蛇の尻尾を持ってるらしい」
 またも突飛な話が飛び出す。ラティクス・クレスト(槍牙・e02204)だ。
「ギリシャ神話のキマイラと形状が全く一緒だから、元は同一のものでシルクロードを通って西洋・東洋両方に広まったらしいな。キマイラと同一だから炎も吐くらしい」
「じゃあ、元になった動物ってライオンなのか? ラティ」
 ノルがラティクスに問いかけるも、首を傾げ合う。
「僕は実は廃病院で行われた黒ミサで呼び出された悪魔だって聞いたんだよー? ヤギに擬態してるんだってー」
 アルベルト曰く、病院は今や黒魔術師の隠れ家になっているのだという。勿論でまかせであるが。
「窮奇は人の言葉を理解できるらしいです。人の話を聞いて、善人だと判断したら頭から食べ、悪人だと判断したら捕まえてきた野獣を贈るのだとか」
 中国神話の悪魔ですからね、とラズ・ルビス(祈り夢見た・e02565)が語る。
「窮奇は4凶のなかでも最弱で数合わせのために存在する雑魚妖怪……。元が山羊なもんだから妖怪になっても臆病なんだよね」
 冗談めかしておるすてっどが繋げる。それを最後に引き継ぐのは外木・咒八(地球人のウィッチドクター・e07362)だ。
「実は日本の妖怪の鎌鼬と同一で、風神の一種って話もあるらしいな。雪国での伝承が多くて、気付けば傷ができてる不思議な風なんだとか。まあ、窮奇は四足動物で、鎌鼬はイタチだのって言われてるし、同一っていうのもなかなか無理なこじつけだと思うが」
 これで噂は打ち止めだ。咒八たちは注意深く周囲を探る。何せ深林の中だ、どこから敵が現れるかも分からない。当然の警戒であると言えた。
 ただし、それは杞憂に終わる。
 いつの間にか暗雲立ちこめ、生暖かい風が吹いていた。
「我が名を問う」
 隣り合っていた戮とラズの背後――。透き通るテノールの幽玄な声に、全員がそちらを向く。
「汝らに我が名を問う。我は、何モノなりや」
 草食動物らしい面長が3つ。大地を踏み締める前足も3本。ともすれば神聖な気配を纏った獣――しかし、禍々しく捻れ混じった頸部がそれを否定する。
 超獣乱麻、ドリームイーター『窮奇』が現れたのだった。

●その名を問う
「……ライオン?」
 さっきの話の流れで、ノルが疑問符を付けながら答える。
「否」
 向かって右側、赤い目をした窮奇が言う。
「ヤギだろ?」
「否」
 青い目をした向かって左側の窮奇の首が、断固とした口調でアルベルトの答えに首を振る。
「中国の悪神にして風神、四凶の一」
「否否」
 金色の瞳をした中央の窮奇の首がラズを見遣る。
「クダモノ!」
「…………」
 威勢良く答えるおるすてっどに、全ての窮奇の首がやれやれといった風に横に振れた。
 めんどくせぇ、と咒八が吐き捨てるのを見て、窮奇はその6つの目を爛と輝かせ、唸り声を上げた。
「無知蒙昧、知らぬならば是非もない。己が無知を恥じながら、忘我の海の彼方へと消え去るが良い」
 怨、と窮奇は鳴き、同時に雷鳴が轟いた。ラティクスはふんと鼻を鳴らし、ゲシュタルトグレイブを構えた。
「見敵必殺――だ。元からそんな問答に意味なんかないぜ」
「だね。おびき寄せに成功した時点でこっちのものだよ」
 と、こちらはバスターライフルを持ち出すアンノ。
「さあ――死合おうか、窮奇」
 斬って捨てよとばかりに斬霊刀をかざし、戮の掛け声と共に戦いは始まったのだった。

●窮奇
「どちらが先に沈むか……勝負しようか!」
 生気に満ちた表情で、アルベルトは初手から切り札を放つ。『odi et amo』――闘争本能の目覚めと共に往く高揚に任せ放つ弾丸が、窮奇の首元に命中する。
 小気味良い音と共に窮奇は後方に跳躍すると、5本の脚を器用に使って木々の間を飛び交う。
「逃げるな、戦え。息の続く限り眠るように戦って……」
 意図的に臀部を振りながら、おるすてっどが祈りのような詠唱を掛ける。『茨姫の誘い』は魔方陣から茨を召喚し、窮奇を地面に縛り付けた。
 身動きの取れなくなった窮奇は左首の口を大きく開く。口内がカッと赤く明滅したと思えば燃え盛り、『焔玉』が放たれる。
 痛み分けだ。火球は茨を散々に千切り、おるすてっどが防衛に展開したブラックスライムに着弾、爆風を撒き散らした。
「おっと、これは……。ディフェンダー! しっかり守れ!」
 身体のあちこちの火を払いながら、おるすてっどは声を張り上げる。
 ――炎の威力は、甚大。敵のポジションはクラッシャー、それも強力な手合いだ。ディフェンダー以外がダメージを受ければ、一撃で戦闘不能とまではいかないものの、大きな痛手を負うことは想像に難くない。
「あはっ、空想の産物にしてはすごいパワーだね。それとも空想の産物だからなのかな?」
 アンノは好戦的に口元を歪め、攻撃の狙いを定めた。
「癒やします! どれだけ強い攻撃だろうとも、私がいるかぎり突破させません!」
 ラズがエレキブーストをおるすてっどに掛ける。素早い対応だ。これだけ手厚い回復ならば、そうそう破られはしない。
 回復の隙を埋めるように、ミミック『エイド』がガブリングで牽制する。ラズは頷いて、窮奇の行動を注視する。
 窮奇は再び跳び回り、ケルベロスたちを翻弄せんと走る。
「素早いね。なら――コードXF-10、魔術拡張(エクステンド)。ターゲットロック。天雷を纏え! 雷弾結界(カラドボルグ)!」
 地面に脚を付けた一瞬を狙って、雷の銃弾が敵の四方を包囲した。ノルの攻撃だ。林の隙間を縫うように奔る十字の青い軌跡が、窮奇の身体を貫いた。
「ねー、ラティ。お前の技のひとつも窮奇って名前じゃなかったっけ?」
「おう、弐式が窮奇だ。風の刃を飛ばすヤツな。――は。噂を元にしたドリームイーターか。まさか叢雲流の技名の元となる怪物と戦えるとは。これは面白い戦いになりそうだ」
 動きの止まった窮奇の頭蓋を、ラティクスのスターゲイザーが捉える。
 窮奇は威嚇するように臼歯を剥き出しにしてその攻撃に耐える。
「謎の生物とか、そういうのの噂話はまあ気にならなくもねえけど。興味を奪うってのもたちの悪い話だな。……ったく、めんどくせえけど片付けてくるぜ」
 敵と同じクラッシャー、咒八が敵に肉薄する。掌底が窮奇の顎を打ち上げ、窮奇の身体を吹っ飛ばす。
 窮奇は空中で一回転して体勢を整えると、再び木を足場にして中空を舞った。
「無駄だよー、そんなことをしても。スナイパーの前じゃあねぇ」
 いい的だと、アンノは笑う。その手の銃口からゼログラビトンを放ち、素早い敵を撃ち抜いた。
 呻きと共に、窮奇の右首の口が開き、極寒の冷気と共に突き刺すような斬撃が飛ぶ。
「死点に坐せ」
 その攻撃は、既に攻撃態勢を整えていた戮の『剛羅』によって弾かれる。戮は爆発するような加速と共に宙を抜け、氷の衝撃波諸共に、敵の胴を一閃した。
「皆様、戦況は上々です! この攻勢を維持して、戦いましょう!」
 ラズの掛け声に全員が頷き、そして次なる行動に繋げられたのだった。

●興味の化身
 戦いが始まってから8分が経過していた。
 防御の布陣は盤石。強烈な敵の攻撃を悉くいなし、反撃に転じることができている。
 だが、パッチワークが第五の魔女・アウゲイアスによって生み出されたドリームイーター・窮奇は、尋常ならざるタフさで以てケルベロスたちを迎え撃っていた。
「油断せずに、てヘリポートで宵闇君言ってたけど。ほんと強いねえ!」
 勇む笑顔で――心が弾むような心象を抱きながら、アルベルトはシャイニングレイで敵を射貫いた。
「人の想像力は、本当にすごいですよね。善きもの、悪しきもの、何でも生み出せる力……。狙われるのも、そういう力だからこそ、なのかもしれませんね」
 険しい表情で、ラズは前衛を回復しつつもエイドに指示を飛ばす。
 愚者の黄金をばらまくエイドの方を、窮奇は煌めく瞳で忌々しげに睨み付ける。その途端、雷鼓が轟き、迅雷がおるすてっどたちを襲った。周囲の木々が幾本も一瞬で灰に帰し、林に小さなサークルが出来上がる。。
「クダモノのくせに――お返しっ!」
 おるすてっどの大器晩成拳が3つの首を均等に殴りつける。
 3本の前脚を地面に噛ませ、窮奇はその衝撃をやり過ごす。
「かまいたちなのに風の技が使えない!? やはり某国の陰謀で改造されたのでは!?」
 1人青い顔をして、ノルは敵を蹴り飛ばす。
 その様子を見て、ふんとラティクスが鼻を鳴らす。
「窮奇って言えばものによっては風神、日本ではかまいたちと混同されたりするんだがなぁ。やっぱ噂程度の具現化じゃ精度としてはこんなもんか」
 ハズレだと吐き捨てながら、ラティクスは槍の穂先を地に跳ねさせ、闘気を風の力に変え、敵を睥睨する。
「疾れ《風刃》! 見せてやるぜドリームイーター――叢雲流牙槍術、弐式・窮奇!」
 薙ぎと共に迸る疾風がうねり、大蛇のように渦巻く。風は堅牢なる結界となり、窮奇の素早い動きを止めた。
「よし、そのまま囲んどけラティクス――安らぎへの憧憬に沈め!」
 風に紅の粉塵が混じる。咒八の操る『剃刀花(レッドスパイダーリリー)』。死に最も近い花弁の毒が、更に窮奇の身体を蝕む。
「次で決着だ――行け!」
 石化の魔法、ペトリフィケイションを発動させる戮。その後ろから―― 
「終焉(おわり)の刻、彼の地に満つるは破滅の歌声、綴るは真理、望むは廻天、万象の涯(はて)にて――」
 アンノが両腕を左右に大きく開く。その掌の先それぞれで、漆黒の深淵が膨張する。
「――これで終わりかな? もうキミの勝利は想像できないしね――」
 見開かれた双眸が、窮奇のそれと交差する。
 具現した2つの球状領域が、両手の指揮に合わせて流動し、窮奇の身体と重なり合う。
「――開闢を射す!」 
 3つの叫声が木霊する。
 それ以上の破砕音が空間を引き裂く。
 地鳴りと共に地面が抉り取られ、半ドーム状の穴隙が生まれる。
 窮奇は――2つの球の中心に置かれたドリームイーターは、足場ごと円の中心に吸い込まれるようにして、消えていった。

 どこかで鳥が鳴いている。
 そんな音に気がつく頃、林は静けさを取り戻していた。

 窮奇は消滅した。ケルベロスたちの勝利である。
 しかし、神がそうであるように、或いは悪魔がそうであるように、空想上の生き物は決して殺すことができないものだ。その絶対性故に、信仰を集め、畏怖を集め、科学によって生きる現代社会の裏で生き続けている。
 いつまた、あのような怪物が現れないとも分からない。
 この世に、人間が存在する限り。

作者:真鴨子規 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年8月11日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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