クロウリークロウの鉤爪

作者:犬塚ひなこ

●殺人鬼の噂
 切り裂き魔、クロウリークロウの噂を知っているかい?
 鉤爪男が狙うのは碧の瞳の少女ばかり。夜な夜な街に繰り出して、クロウリークロウは得物を探す。肉を裂き、目玉を抉るその鉤爪はいつも真っ赤に染まっている。
 特に月のない夜には、殺人鬼クロウリークロウに気を付けて!

 そんな都市伝説を信じ込んでいる少年が居た。
「皆はウソだっていうけど僕だけは分かってるからな。あの廃墟には絶対に鉤爪の殺人鬼、クロウリークロウがいる!」
 彼は年の頃にして小学四、五年生程。携帯電話のライトを明かりにした少年は街外れの建物へと踏み込む。近所でひっそりと噂されているのは古びた廃墟に怪人が棲んでいるということ。勿論、それは誰も本気では信じていない滑稽な話だ。
「ふっふー、証拠を見つけたら皆に自慢してやるんだ」
 しかし、好奇心と興味を抱いた少年は廃墟に潜むという怪人を本気で探していた。彼が内部を勇ましく探索していた、そのとき。
 突如として彼の胸を鋭い鉤爪――ではなく、大きな鍵が貫いた。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 其処に現れたのはパッチワークの魔女、アウゲイアス。少年の心を覗き、鍵を引き抜いた魔女はそれだけの言葉を口にした後、踵を返して去って行く。
 廃墟内に倒れ込んだ少年は意識を失い、その傍らには揺らめく影が現れた。
 それは次第に人らしき形を成し、少年が思い描いていた鉤爪の殺人鬼の姿となる。背の高いシルクハットを被った紳士風の怪人はおもむろに腕を掲げた。その手は両方が鋭い鉤爪になっており、男はニヤリと笑う。
 それが、ただの都市伝説でしかなかった存在が仮初めの現実となった瞬間だった。
 
●クロウリークロウの怪
「鉤爪の殺人鬼の噂っスか。確か映画でもそんなのがあったっスね」
 ほらあの有名な、と話したコンスタンツァ・キルシェ(ロリポップガンナー・e07326)は話が逸れかけていることに気付いて首を振る。ヘリオライダーの未来予知があったのだと思い返した彼女は机を勢いよく両手で叩いた。
「そうじゃなくて事件っスよ事件! ドリームイーターが少年の『興味』を奪ってしまう未来が予知されたっス!」
 その興味とは先程コンスタンツァが話した『鉤爪の殺人鬼』、その名をクロウリークロウと云う都市伝説めいた話に向けられたものだ。誰が流したのかは分からないが、街外れの廃墟に殺人鬼が棲んでいると聞きつけた少年が噂を本気で信じて探索に向かった。
 そして、魔女に興味を奪われた少年の想像が形となり、新たなドリームイーターの怪物と化してしまったのだ。
「このままだと怪物が廃墟から出て人を襲うみたいっスね。ということで皆さんに協力をお願いしたいっス」
 そして、よろしくっす、と告げたコンスタンツァは仲間に笑顔を向けた。
 現場は三階建ての廃墟。
 一階部分はロビー、二階は廃材が散らばった物置、三階は崩れ掛けており足場が悪いらしい。敵は一体だが、相手は廃墟内の何処を彷徨っているのか分からない。
「どうやらドリームイーターは、自分の事を信じていたり噂している人が居ると、そっちに引き寄せられる性質があるらしいっスね。一番戦いやすいのは建物の一階にあるロビーなので、待ち伏せはそこがおすすめっス」
 ロビーで噂をする人員、物陰に隠れて奇襲を狙う人員を分けて上手く誘き出せば有利に戦えると話し、コンスタンツァは説明を続けていった。
 敵は殺人鬼だけあって鉤爪を使った攻撃に長けている。
 必殺の一閃が出た場合、手練れの者でも一、二撃でやられてしまう可能性があるので気を付けて戦うしかないだろう。しかし、皆で協力すれば勝てない相手ではないはずだ。
 また、敵は『私の名前を当ててみなさい』という旨を問いかけて来ることがあるのだとコンスタンツァは語る。
「今回の答えはそのまま『クロウリークロウ』で良いっスけど、ちゃんと答えられなかったら八つ裂きにされてしまうみたいっス」
 戦うケルベロスにとっては襲い掛かってこられようとも対峙するだけ。特に意味のない問答に思えるが、逆手に取る方法もあるかもしれない。コンスタンツァは以前に自分が関わった戦いを思い返しながら、説明は以上だと締め括った。
「厄介な事件っスけど、解決できるのはアタシ達だけっス!」
 何に興味を持つかは人其々であり、知的好奇心を持つのは悪いことではない。ぐっと拳を握ったコンスタンツァは戦いへの気合いを入れ、明るい笑顔を浮かべた。


参加者
七奈・七海(旅団管理猫にゃにゃみ・e00308)
コンスタンツァ・キルシェ(ロリポップガンナー・e07326)
深景・撫子(晶花・e13966)
霧城・ちさ(夢見るお嬢様・e18388)
京・和紗(白毛金狐・e18769)
龍・鈴華(龍翔蹴姫・e22829)
セリア・ディヴィニティ(揺らぐ蒼炎・e24288)
キーア・フラム(黒炎竜・e27514)

■リプレイ

●噂の怪人
 月の無い夜に現る鉤爪の殺人鬼。それがクロウリークロウ。
 物陰で息を潜めながら、ケルベロス達は都市伝説として密かにこの街付近で広まっている噂話を思い返す。
「殺人鬼、というだけで物騒な話ですけれど……怖い噂があったものですわね」
 深景・撫子(晶花・e13966)は小さな溜息を吐き、実在しなくて良かったですわ、と呟く。しかし、今はそれがドリームイーターによって現実化している。セリア・ディヴィニティ(揺らぐ蒼炎・e24288)は双眸を鋭く細め、辺りを注意深く見遣った。
「切り裂き魔……か。先日、地球の歴史やらを学んだ際に似た様な伝承を見かけた様な気がするわね」
 噂話があるということは元になった事件や人が在ったはず。そうだとしてもあまり気持ちの良い話ではなさそうだとセリアは首を振った。キーア・フラム(黒炎竜・e27514)も黒尽くめの姿で闇に融け込みつつ、囮組が陣取るロビーの中央に目を向けた。
 其処ではコンスタンツァ・キルシェ(ロリポップガンナー・e07326)や龍・鈴華(龍翔蹴姫・e22829)達が件の殺人鬼の噂話に花を咲かせている。
「クロウリークロウって知ってるっスか?」
「えー、一体どんな噂なの?」
 コンスタンツァが問い掛ければ、ボクスドラゴンの鈴々を連れた鈴華が興味津々な様子で聞き返した。
「碧の瞳の美少女を狙う殺人鬼らしいっスまじやばっス。アタシみたいなかよわい美少女がうろちょろしてたら血祭じゃねっスか」
「碧の瞳の少女ばかり狙うって、そういう趣味なのかなぁ?」
「学校ではこういう話は定期的に流行りますし興味はありますが怖すぎたり危ないのはだめですわね。もっと幸せな気分になるお話はあったりしませんの?」
 霧城・ちさ(夢見るお嬢様・e18388)が怖々と震える中、傍らのウイングキャット・エクレアが警戒を強める。
 少女達が其々に盛り上がる中、他の仲間と共に陰に隠れている京・和紗(白毛金狐・e18769)は頭を空っぽにしてふるふると首を振っていた。その理由は、聞こえた話などから怖いものを想像しないようにしているからだ。
 そして、和紗が改めて囮組を見遣った瞬間――。
「来ました! 行きましょう!」
 自分達以外の存在が一階に現れた気配を悟り、七奈・七海(旅団管理猫にゃにゃみ・e00308)が床を蹴って飛び出した。まだ被害も浅い今のうちに終わらせてしまおうと決意を抱いた七海に続き、ちさや撫子が敵の背後に姿を現す。
 鈴華達が身構える最中、クロウリークロウはニヤリと笑って此方に問いかけた。
「さあさあ、私の名前を当ててみなさい」
「クロウリークロウ、貴方を燃やし尽くしてあげるわ……感謝しなさい」
 例の質問が来たと感じたキーアは正解を口にしながら自らの周囲に黒炎を滾らせ、稲妻の突きを解き放つ。
 鋭い一閃が敵を穿つ中、反してコンスタンツァはわざと間違いを言葉にした。
「アンタが何者かって? そりゃジェイソンっしょ! あ、フレディだっけ」
「さっき名前聞いたの、なんだったっけ?」
「包丁さん?」
 続いた鈴華とちさは敢えてとぼけてみせた。それによってクロウリークロウは三人を睨み付けるように向き直る。
 問いに間違った回答を出して攻撃を誘導する。それが今回の狙いと作戦だ。
 鉤爪が鈍く光り、双方の眼差しが交差する。
 そして――戦いの幕があがった。

●鉤爪の脅威
 先手は奇襲によって敵の背面を取ったケルベロス達が取った。
 セリアはこのまま攻め込み続けようと心に決め、埃だらけの床を強く蹴る。跳躍によって天井近くまで飛び上がったセリアは怪人の脚部に狙いを定めた。
「先ずは、足を縫い止める……」
 足がある内はあの爪も止められそうにないから、と放った一閃は見事に敵を貫く。だが、この程度で弱ってくれる相手ではないことは承知していた。
 即座に攻撃に移った撫子は銃を構え、幾重もの銃弾を敵に見舞う。このままでは実際に事件が起きてしまいかねない。
「男の子の為にも、殺人鬼さんには早々に退場して頂きましょう」
 戦いへの思いを言葉にした撫子の弾丸は敵を次々と貫いていった。七海もすぐさま仲間達に続き、獣めいた身のこなしで以て敵に跳びかかり、相手の顎に獣腕を叩き込む。
「頭が高い――伏せなさい」
 勢いのままに怪人の顔を掴んだ七海は更に跳躍し、両腕による連撃をくらわせた。一瞬の大技で敵の体力が大幅に奪われ、体勢が揺らぐ。
 その機を逃さず、和紗が床にケルベロスチェインを展開し、味方を守護する魔法陣を描いていった。援護の力が仲間に巡る中、ちさが黒色の魔力弾を撃ち出し、エクレアが清浄なる翼を広げて仲間を守護する。
 更にキーアが黄金の果実をみのらせて聖なる光で味方を包み込んだ。
 鉤爪を鳴らす敵の姿はまるで悪夢のようで、コンスタンツァは過去に見たB級ホラー映画とそれに纏わる姉との記憶を思い出す。考えるのは止めようと首を横に振ったコンスタンツァは身構え、銃口を敵に向けた。
「殺人鬼だかモンスターだか変質者だか知んねっスけどアタシ達ケルベロスがこてんぱんにやっつけてやるっス」
 刹那、放たれたのは卓越した銃捌きからの射撃。脳天をぶち抜こうと飛翔する弾丸は激しい威力を持って敵に迫る。
 だが、その一閃は鉤爪によって弾かれてしまった。
 甲高い音を響かせた怪人は反撃に移り、鈴華を狙って鉤爪乱舞を放つ。それを受け止めようと構えた鈴華に何度も鋭い斬撃が見舞われてゆく。
「鈴々……お願い!」
 あまりの痛みに相棒竜に呼びかけた鈴華。その声に応えた鈴々は自らの属性を主人に与え、傷を癒していった。
 ありがとうと告げた鈴華は痛みを堪えて自らに降魔の力を宿す。そして、お返しだとばかりに華麗な蹴撃をクロウリークロウに見舞い返した。
 敵の一撃は重いが、相手はたった一体。
 自らが纏う地獄の炎を槍に宿らせたキーアは敵の姿を漆黒の瞳に映し、更なる攻撃を放ちに駆ける。
「その両手の鉤爪は飾りかしら? 殺人鬼なんて言っても大したことはないわね」
 不敵な言葉と共に叩き込んだ一閃が焔を巻き起こして迸った。キーアの力が敵に不利益を与える様を見遣り、撫子も怪人を狙い打つ。
「遠慮なくいきますわ。八つ裂きにされるのは御免蒙りたいですもの」
 そして、撫子は煙水晶の花を作り出す。立ちのぼる煙の向こう側、浮かび上がった影はクロウリークロウを狙って揺らめきの一閃を見舞う。
 見る間に怪人に痺れが与えられいくが、相手は余力を残している様子だ。
 それならば攻勢を続けるのみだと判断したセリアはオウガメタルを鋼の鬼に替え、鋭い鋼拳を撃ち込んでゆく。
 ちさも鉤爪の殺人鬼を改めて眺め、癒しの準備を整えた。
「都市伝説や噂話は興味もありますしみなさまとすると楽しいかもしれませんがこういう事態になるとなると怖いですわね」
 そして、自分達の手で少年を救い出さなければならない。エクレアが援護に回る中、ちさは必殺の一閃に備えて身構え続けた。
 そのとき、怪人がコンスタンツァに狙いを定める。気を付けて、と七海が呼び掛けた声に頷きを返した少女だったが、迫る鉤爪は避けられそうになかった。
 次の瞬間、鋭い爪が身を抉る。
「痛い、っスけど……その自慢の鉤爪を折ってやるっス!」
 一撃で体力の殆どを持っていかれたが、コンスタンツァは気力で耐えながら反撃に移った。敢えて下がらなかったのは仲間を信頼しているからだ。
 コンスタンツァによる重力破壊の一閃が見舞われる中、和紗はすぐに気力を解き放って仲間を癒した。
 怪談やホラーの時節ではあるが、現実になってしまうと困りものだ。言葉はなく、視線だけで皆を守る意志を示した和紗の瞳には強い意志が見えていた。
 更にちさが元気の出るお弁当を投げることによって衝撃を癒していく。鈴華も傷付いた仲間を護ることを心に決め、華麗な立ち回りで敵の横に回り込んだ。
「負けないよっ! だって、みんなと一緒だからね!」
 炎を宿した激しい蹴りを放ち、鈴華はひといきに敵を穿つ。燃えあがる火が敵を焼き焦がしていく様を横目で見遣った鈴華は今だよ、と仲間に呼びかけた。
 七海は頷き、やればできると信じる心を魔法に変えていく。そして、一気に放った閃光は怪人に身が凍りつくほどの魔氷を与えた。
 炎と氷に包まれた鉤爪怪人へと更なる一閃が迫ってゆく。それはキーアが迸らせた攻性植物の毒撃だ。
「あと少しよ……貴方が焼き尽くされる刻は、もうすぐ」
 徐々にではあるが敵が弱り始めていることを感じ、キーアは薄く笑む。
 セリアも気を引き締め直して今一度の攻撃に入ろうと狙った。そのとき――頭の奥が焼け付く様なノイズが走る。これは、と掌を握ったセリアは何故だか記憶の欠片が集まる感覚をおぼえていた。
「――此処に宿るは、氷精の吐息」
 だが、戦いの中で躊躇は出来なかった。凍てつく冷気のオーラを放ったセリアの瞳は真っ直ぐに敵に差し向けられている。敵の傷跡はまるで氷の華が咲いたかのように、衝撃は枷となって巡っていった。

●都市伝説の消失
 攻防は続き、鉤爪は容赦なく振るわれた。
 狙われ続ける鈴華達の体力が大幅に削られることもあったが、後方で戦線を支える和紗やエクレアの的確な回復支援、前列で庇いに向かう鈴華と鈴々、ちさの活躍もあって衝撃は散らされていた。
 更に攻撃を続けるセリアや撫子、七海が敵の力を削りつけている。
 銃を構えたコンスタンツァはふと、クロウリークロウの噂について考えた。噂では碧の瞳の少女ばかりが狙われると云われていた。
「もしかして前にこっぴどくフラれたとか? 逆恨みはだめっスよ、男を上げてリベンジするッス。そうすればアタシみたいにステキな恋人ゲットしてリア充になれるっス!」
 想像を口にした彼女は其処ではっとする。
「きゃーーーっノロケちゃったっス恥ずかしっス!!」
 コンスタンツァは銃を乱射する勢いでぶんぶんと手を振った。思わずふっと口元を緩めた七海は鋭い闇を映す一閃を敵に見舞う。
 その一撃によって敵の不利益が増える様に気付き、キーアも稲妻めいた突きを放った。撫子は再び黄昏を発動させる。
「男の子の悪夢が早く終わりますよう、精一杯頑張りましょう!」
 呼び掛けた言葉に確かな思いを籠め、揺蕩う煙を放った撫子は勝利だけを見据えていた。行動を阻害する痺れが敵を阻むが、相手も最後まで抵抗しようと狂乱の鉤爪を烈しく振るってくる。
 それが鈴華に向けられたことを悟ったちさはすぐさま前に飛び出し、痛みを肩代わりした。そして、すぐに反撃に移ったちさは縛霊の一撃で敵を縛りあげる。
 尚もニヤリと笑う怪人だったが、その動きはかなり鈍くなっていた。隙を突いた和紗はちさを癒す為に祓魔・鈴鳴を発動させる。
 ――祓イ給ヘ、浄メ給ヘ。清冽ナる鈴ノ音ヲ以テ、彼ノ魔ヲ祓イ給ヘ。
 魔を祓い、強めた癒しの術は涼やかな鈴の音を響かせながら優しく巡った。和紗が最後まで背を支えてくれると察し、セリアは手にした刃の駆動音を鳴らす。
「貴方はヒトの想像の産物。その実力は想像の範疇に収まる。想像を超える事は無い。……なら、負ける訳がないのよ」
 セリアは激しい音を鳴り響かせ、チェーンソー剣を振り下ろした。其処へ撫子が銃弾を放ち、七海とコンスタンツァも連携に続いてゆく。
「これで……終わりにしましょう!」
「アタシの目はだれにもやんねっス。クロウリーゴーホーム!!」
 七海の一撃は重力集中による加重、更には部分獣化による筋力増加によって恐ろしいまでの衝撃を生み出した。猛り狂う闘牛のオーラを纏い、コンスタンツァが解き放った赤い銃弾も深く巡る。
 最早、敵は何もできず終わりを待つだけ。
 鈴華は翼飛行により天井まで舞い上がり、龍閃蹴を見舞う為に力を溜める。
「龍の力を纏い、紅い血を感じる! これがボクの必殺キック!」
「私の炎は決して消える事の無い黒炎……さぁ、終焉をあげるわ」
 続いたキーアが両の掌から黒い焔を巻き起こす中、鈴華はそのまま敵の頭上目掛けて一直線に必殺蹴撃を見舞った。爆発と炎上が戦場を焦がす中、キーアが放った黒炎が呪いの如く怪人に絡みつく。
 そして、炎が消えた一瞬後――鉤爪の殺人鬼、クロウリークロウは地に伏した。

●月が浮かぶ夜
 廃墟に静けさが戻り、敵の姿は幻のように消えていく。
 ちさは消失する影を見送りながら、エクレアをそっと撫でてやった。
「こうしてドリームイーターが絡んでいるとはいえ都市伝説を目の前で見れるというのは凄い事ですわね。噂が本当だったわけではなく……というのは残念ですけれど」
 少しの無念を言葉にしながらも、ちさは勝利に安堵を覚える。
 そうして、仲間達は戦いの傷を癒した。和紗は周囲を見渡しながら廃墟に被害は無いと判断し、階段を指差すことで皆を二階に誘う。
 きっと其処では眠らされていた少年が目を覚ましているはず。
 和紗が起き上がっていた少年に駆け寄る中、キーアは辺りを警戒したが、特に何の変わりもない廃墟だということが分かった。
 鈴華は不思議そうにケルベロス達を見る少年に笑顔を向ける。
「無事だった? 大丈夫? 怪我はない?」
「う、うん……!」
「良かったー♪」
 少年が頷くと、鈴華は明るい笑みで無事を喜んだ。そうして、ちさや七海によって事情が説明されると少年はそうだったんだ、と俯く。
「デウスエクスはどこにでも潜んでいます。特に怪しい場所には一人で近づかないよう気をつけるんですよ」
「一人で肝試しはキケンっス! めっス! おねーさんとの約束っス!」
 七海が注意を促し、コンスタンツァが冗談めかしながらも笑みを向けた。約束代わりに、とコンスタンツァが手を差し出すと、少年はその手をそっと取る。
 ごめんなさい、と告げる彼は素直に反省しているようだ。すると、良い子だね、と鈴華がぎゅっと少年を抱きしめ、その頬が赤く染まった。
 微笑ましい様子に撫子はくすりと微笑み、事件を思う。
 何かに興味を持つことでこうして狙われるだなんて、ドリームイーターにも困ったものだ。しかし、今回は自分達が全てを解決できた。
「誰かが不幸になる物語は、ただの物語のままで終わりましたから」
 撫子が穏やかな言葉を紡ぐと、セリアも静かに頷く。
 好奇心は猫を殺すという諺があったが、誰も何も被害に遭ってはいない。セリアは仲間と少年に声をかけ、出口を示した。
「さあ、もう夜も遅いから家族が心配するわよ。帰りましょ」
 帰る場所も待つ者も居ない天涯孤独の身であるセリアは、帰る場所がある少年を眩しいものを見るような瞳で見つめる。帰ることが出来る、戻るべき処がある。それだけでもきっと、掛け替えの無い幸せなのだから。
 昏い闇にひそむ殺人鬼の物語はこれでおしまい。
 深く廻る夜空の雲はいつの間にか晴れ、街には優しい月の光が降りそそいでいた。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年8月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。