深夜、月明かりさえ差し込まぬ暗い森の中。せまい間隔で生える木々の間を、一人の男が歩いていた。無精ひげを生やし、らんらんと輝く瞳はどことなく怪しげな雰囲気を感じさせる。それもそのはず、男はある噂話を確かめる為にこんな辺鄙なところまで踏み入っているのだ。
「森の奥で月夜の晩、死んだ人間が現れる……肉親、恋人、恩人、親友。訪れた者と一番結びつきが強い死人が、ね。なんともロマンティックな話じゃないか」
うっそうと生い茂る森の中を歩く男の言葉は、やけに響く。夏だというのに蝉の声すら聞こえぬ静寂さをかき消すように、男はぶつぶつと呟き続ける。
「まぁ、尤も? 私にはそんな相手がそもそもいないのだがね。しかしそれはそれで、いったい誰が出てくるかということに興味がわいてくる……おお?」
そうして、歩み続ける男の視界が突如として開いた。森の中に産まれた、ぽっかりとした空間。頭上より注ぐ光が、そこに佇む存在を浮かび上がらせている。
「……女、か?」
男の呟き通り、そこに居たのは一人の女。黒いフードを被り、青白い肌をしたその姿はまさしく死人といえる。
「ビンゴ……なぁ、あんた。ちょっと良いか?」
噂は本当だったと笑みを浮かべながら、男は女へと歩み寄る。情報を得ようと口を開くも、返答は速やかに、それも予想外の形で返された。
「……あ?」
心臓に突きたてられた、巨大な鍵。呆然とそれを見下ろす男とは対照的に、女は淡々と言葉を紡ぐ。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
女が鍵を引き抜くと、男はばったりと倒れ伏す。そしてそれと入れ替わる様に、円形の鏡を全身に取りつけた骸骨……ドリームイーターが現れるのであった。
●
「今度は、いろんな人の『興味』がドリームイーターに奪われ始めたっす!」
集ったケルベロス達を前に、オラトリオのヘリオライダー・黒瀬ダンテは開口一番にそう切り出した。語るところによれば、不思議な物事や噂、珍説に『興味』を持ち、その調査に向かった人々がドリームイーターに襲われ、それを奪われてしまう事件が発生しているらしい。
「件のドリームイーターはもう姿を消しているみたいっすけど、興味を基にしたドリームイーターが生まれているみたいっす。このままじゃ、同じように興味を持った人が襲われる危険性があるっす!」
そうなるまえに、ケルベロス達には発生した怪物型ドリームイーターの撃退を頼みたいのだ。
「このドリームイーターを倒せば、興味を奪われた被害者も目を覚ますはずっす!」
ドリームイーターは山梨県南部の森林地帯に現れる。満月の夜にもっとも姿を現しやすく、自らを信じていたり、噂をしている人間の元へおびき寄せられる性質を持っているようだ。
「ドリームイーターは丸い鏡を身に着けた、顔にモザイクのかかった骸骨の姿をしているっす」
ドリームイーターは元となった噂を基にした技を使用してくる。相対した者の『亡くなった親しい人物』の姿を取って襲い掛かる技、鏡から月光の如き魔力光を放つ技、骨の体で舞うように接近戦を仕掛ける技の三つである。
「更に、ドリームイーターは『自らが何者か』を問いかけてくるみたいで、その答えによって反応が変わるっす」
問いかけは『自らが亡くなった人物であるか否か』。認めれば攻撃を緩め、拒否すれば苛烈に攻めたてる。単純な法則だが、例え嘘でも相手を親しい人物だと認めることは、人によって強い心理的抵抗があるだろう。
「……まぁ、それによって相手の狙いを操作できるかもしれないっすけど、ね」
ともかくとして、現れた以上は倒さねばならない。ドリームイーターが消えない以上、被害者も目を覚まさないのだ。
「死も、死んだ人間も忘れてはならない……が、こんな形で突きつけられる謂れもない。速やかに片づけてやるとしようか」
ダンテの話を聞きながら、ヨハンナ・シュタインホフ(レプリカントの鎧装騎兵・en0139)はそうつぶやく。
かくして、ケルベロスたちはヘリオンへと乗り込むのであった。
参加者 | |
---|---|
深月・雨音(夜行性小熊猫・e00887) |
メイザース・リドルテイカー(夢紡ぎの騙り部・e01026) |
ファン・バオロン(アメジストブレイズ・e01390) |
レイ・ヤン(余音繞梁・e02759) |
鈴木・犬太郎(超人・e05685) |
レフィス・トワイライト(宵闇の支敗者・e09257) |
神藤・聖一(白貌・e10619) |
一色・紅染(脆弱なる致死の礫塊・e12835) |
●無き姿を影は纏う
「興味を力にするパッチワークの一人が動いた、か。第六魔女の作ったドリームイーターもこの前倒したし、これをきっかけにパッチワークに関する情報を手に入ればいいが」
「にしても、ドリームイーターって、不思議な存在だよな。興味に後悔、嫌悪や驚きから産まれるなんて。太郎もそう思うだろ?」
鬱蒼と茂る森の中。繁茂した雑草をかき分けながら、九人のケルベロスが奥へ奥へと歩みを進めている。鈴木・犬太郎(超人・e05685)とレイ・ヤン(余音繞梁・e02759)の言葉が示すように、彼らは興味から生まれ落ちたドリームイーター、その討伐が今回の目的であった。
「亡くなった親しい人物、か。巫山戯た悪夢だ」
噂が元々、何を意図して作られたのか。それを知る術はない。単なる興味本位のオカルトか、藁にも縋る想いか。始まりがどうあれ、ファン・バオロン(アメジストブレイズ・e01390)の言葉通り、今では悲劇を振りまく悪夢でしかなかった。そうして黙々と歩み続けるケルベロスだったが、突如として視界が開ける。
「今夜は満月……にゃ。あはは……月様、まんまるいにゃ……はっ、はにゃ……」
「気を強く持て、戦友殿……しかし、どうにも嫌な感じがするな」
丈の低い草が生えた、円形の空間。頭上に冴え冴えと輝く満月に、深月・雨音(夜行性小熊猫・e00887)は内から沸き上がる衝動を感じながらも目を逸らす事が出来なかった。そんな彼女に気を遣うヨハンナ・シュタインホフ(レプリカントの鎧装騎兵・en0139)も、妖しさと寒々しさを敏感に感じ取っているようだった。
そんな中、ドリームイーターを誘き寄せるべく、真っ先にうわさ話の口火を切ったのは、メイザース・リドルテイカー(夢紡ぎの騙り部・e01026)だった。
「……そうそう、こんな満月の晩には死んだ者に出会えるらしいよ?」
「ええ。それも、一番……近しかった、相手が」
メイザースの言葉を継ぐのは一色・紅染(脆弱なる致死の礫塊・e12835)。控えめな言葉と共に、腰にくくりつけられたランプがチラチラと揺らめいた。
その時、満月が雲に隠れ、ほんの一瞬だけ周囲の闇が密度を増す。再び空が晴れ、月明かりが戻ってきた空間に。
『……我は』
ドリームイーターは姿を現していた。鏡を纏った骸骨じみた姿。しかし出現を驚く間もなく、その姿がじわりと変わり始める。全身の丸鏡が鈍く発行すると、骨の身体に肉が張り付いてゆく。レフィス・トワイライト(宵闇の支敗者・e09257)にはそれが葡萄色の髪をした少女の姿に映り、神藤・聖一(白貌・e10619)には長い金色の髪を揺らし、微笑む女性の姿へと変化したように見えた。
『我は汝の愛する者なりや?』
声は無機質でありながら、今は亡き親しき者の姿で発せられる問い掛け。それに対し、二人は。
「違うさ、だって君は、僕が……したんだから」
「所詮、紛い物だ。躊躇いもない。ただ、消えろ」
明確な否定を叩き返した。ドリームイータはそれを受け、姿を維持したまま構えを取る。
『認めぬならば……汝も死者の影となるがよい』
満月の下、影との戦いが始まろうとしていた。
●死の影と踊る
「先手は貰うぞ……ツバキ、足を止めさせろ」
「相手の攻撃も、中々厄介なものが多いからね」
まず真っ先に動いたのは聖一とメイザース。ビハインドの金縛りで相手の動きを封じつつ聖一は紙の兵士を散布し、メイザースは金色に輝く林檎を掲げる事により、霊的な耐性を高めつつ戦闘陣形を形成する。そうして準備が整ったところで、犬太郎が前線へと飛び出した。
「俺は沢山亡くなった人をたくさん見てきた。だからこそ、すでに亡くなった人を弄ぶお前には負けられねぇ!」
手にする二振りの刃。その片割れである巨剣に地獄の炎を纏わせるや、頭上より思い切り叩きつける。攻撃を受け止める骨の身体だが、それは犬太郎の目の前で瞬く間に肉を纏い、姿を変えた。日本刀を携えた、威厳ある老境の武人。それは彼の祖父の姿そのものであった。
『我は汝の愛する……』
「そんなの、認められる訳ないだろうがっ!」
だがドリームイーターが問いを言い終わる前に、犬太郎は返答を叩きつけた。対するドリームイーター、姿を維持したまま淡々と反応を返してくる。
『認めぬならば、汝も死者の影となるがよい』
刹那、ドリームイーターの丸鏡から月の魔力が解き放たれる。幾条もの光線は夜闇を切り裂き、戒めの力と共に前衛を薙ぎ払ってゆく。
「まん丸鏡に、月の光……あ、あははっ。もう、止められないにゃ」
本来ならば相手の動きを封じる一手。だが、事前に準備を整えていた事により、その効力も大幅に削がれていた。そうして、間髪入れずに反撃を行ったのは雨音。暴れ狂う本能を擦り切れそうな理性で押さえながら、獣の如き動きで頭上から奇襲を掛ける。
『死は常に汝と共にあり』
傷を斬り広げる一閃に、ドリームイーターは変化を解除し、骨身の姿で迎撃する。刃は相手の肋骨を一本斬り飛ばすも、ほぼ同時に影の貫き手も受けてしまう。
『死の影に絡め取られよ』
「そうはいくか。壁役としての務めは果たさせて貰うぞ!」
追撃の拳打を叩き込まんとするドリームイーターだったが、両者の間にブレイブマインの爆風を背に受け加速したファンが身をねじ込ませる事により防がれる。しかし一瞬、ファンの視線が骸骨の虚ろな眼窩と交差してしまう。すると、再びドリームイーターの外見が変わりゆく。骨の身体とは正反対の、引き締まった体つきを持つ黒髪の青年へと。
『我は汝の愛する者なりや?』
「そういう手合だと承知の上で来てはいるが……やはり気分は悪いものだ。逆鱗に、触れてくれたな……!」
理解はしている。それでも、納得など出来ようはずもない。だが、否定すればする程に影は攻め立てる。ファンも蹴撃を放ち応戦するも、亡き青年の姿は執拗に彼女へと纏わりついて離れない。
「くっ、どこまでも、愚弄して!」
「……たとえどんなに私そっくりの模造品がいても、誰も本物の歌には叶わない。死神さえも私の歌に伏すのだ。癒しの歌を聴け、さすれば」
体と心を削り合う格闘戦。それを中断させたのはレイの紡ぐ歌声だった。美しさの中に力強い鼓舞を秘めたその歌は幻影を消し去り、更にボクスドラゴンのタックルによってドリームイーターを引き剥がす。
「あれは飽くまでも姿を真似た紛い物……そうだと分かっていても尚、過去の傷をこじ開けてくる」
「肉体面だけでなく精神面まで削られるとは、厄介な。余り近寄りたくないものだな」
そうして距離を取るや、レフィスとヨハンナの二人は遠距離より追撃を浴びせかける。無数のミサイルが弾幕を張り、視界を奪ったところを竜の幻影が焼き尽くす。これにはドリームイーターも堪らず、鏡を盾代わりに転げ回る。
『死は常に汝と共にあり。逃れ得る事能わず』
死者の姿を映せば相手の戦意を揺らがす事が出来ると、ドリームイーターは本能的に知っている。だからこそ、攻撃の手を緩めさせる為に模倣し続けている。見た者の、最も親しき死者の姿を。
「はい、確かに、貴方は……私の」
齢八十程の、白一色の髪と髭を蓄えた老翁。それが紅染の瞳に映るドリームイーターの姿だった。冒涜とも取れる相手の行為に対し、紅染は心を軋ませながら、絞り出すように肯定を示す。自らを認める返答によって生まれた隙、例え心が悲鳴を上げていようとも見逃しはしなかった。
「怨んで、いますか? 憎んで、いますか? 大丈夫、それは、僕だって……」
鋼によって固められた拳が、振り上げるように繰り出される。拳が厳しい眼差しの顔面へめり込む光景、だがそれも一瞬で、瞬きをする間に相手の姿は骸骨へと戻っていた。
『死は、常に汝と共にあり……逃れ得る事能わず』
ゆらりと、何事もなかったように立ち上がるドリームイーター。その顔面にはヒビが入り、ポロポロと骨片が剥がれ落ちていた。しかしそれでもなお、全身に取り付けられた鏡には、今は亡き者の姿を映し続けるのであった。
●足引く過去を顧みて
『月光は死の影を映し出す』
「っ、損害は最小限に留めねばな!」
双方の距離が空く中、ドリームイーターは再び月の魔力を解き放つ。狙いは先程効果の薄かった前衛ではなく、その奥にいる後衛。咄嗟にヨハンナがドローンを展開するも、妖しき輝きがそれごと一帯を塗りつぶした。
「その姿に殺されかけるのは悲しいけど……でも、やっぱりもう一度見れるっていうのは、ちょっと嬉しいね」
辛うじて攻撃を逃れたレイの視線の先には、優しく微笑む女性の姿があった。敵の策略だとしても、もう会えぬ相手を垣間見れた事に少しだけ喜びを感じてしまう。
『我は汝の愛する者なりや?』
「……違うよ。だからどうか、ゆっくり眠って」
だが愛するが故に終わらせねばならない。否定の言葉と共に、炎に包まれた蹴りを放つ。それは丸鏡の一枚を粉々に打ち砕いていった。
「威力は多少軽減されたが、それでも厄介だね……!」
「時間を稼ぐ、その間に体勢を立て直してくれ!」
身体の自由が制限されるのを感じ呻くメイザースを背に、犬太郎が前へと一歩踏み出す。ドリームイーターの意識が、問答を否定した己へ向いた事を感じながら眼前へと立ち塞がる。
『死の影に絡め取られよ』
「その手はもう通用しないぜ! 俺のたった一撃を、全力で完璧にお前へブチ込む!」
高速で繰り出される連撃は着実に体力を奪う。が、頑丈さという点では彼も負けてはいなかった。攻撃後に出来る隙へ、耐えきった犬太郎の反撃が繰り出される。ドリームイーターとは対照的なたった一発の拳打、それは肋骨の中心を確実に捉え、砕く。
『死は常に汝と共に……!?』
「我が手に掴み取れぬもの無し。先は後れを取ったが、もうそうはいかん……死者を愚弄した報いを受けろ!」
殴られながらも、衝撃を利用し後ろへ飛ぶドリームイーター。そのまま魔力照射を狙うも、思念の腕が全身を鷲づかみにする。その主であるファンはそのまま相手を地面へ引きずり倒すと、足の骨を蹴り砕いた。
「死者は死者らしく、ただ静かに……」
足の骨が砕かれた事により、ドリームイーターの動きは大幅に鈍っている。限界を見せつつあるデウスエクスへ、トドメを差さんとする紅染の拳など避けようはずもない……故に。
『我は汝の愛する者なり』
「っ!?」
ドリームイーターは再び死者の姿を纏った。自らを認めた相手ならば、必ず躊躇するだろう。その狙い通り、紅染の拳が一瞬だけ動きを止めてしまう。当然、ドリームイーターは無防備な胸元へと貫き手を伸ばし。
「ただ模倣するだけでなく、それで相手の心につけ込むのか。貴様は噂話ですらない……ただのデウスエクスだ」
巨大な縛霊腕に握りつぶされた。淡々としていながらも、怒気と殺気を孕ませる聖一は地面へめり込ません程に相手を押し潰してゆく。それでもなお足掻くドリームイーターは鏡へと魔力を籠め……次の瞬間、鏡が撃ち抜かれた。
「みなさんのお手伝いをするわ。少しでも力になれば!」
それは戦闘開始直後より、物陰より援護の機会を窺っていたセレスティンの支援射撃であった。たった一発だけだが、出鼻を挫かれたドリームイーターにとっては致命的だ。
「……もう、容赦はしないよ」
斯くして、紅染の無慈悲な一撃が再び顔面を打ち抜いた。前歯が砕け飛ぶ程の衝撃に、地面をバウンドし宙へ浮かぶ骨身の身体。
「一度は命を奪った。例え、二度目であろうと躊躇はしない」
その身体へ、レフィスの投擲した大鎌が食らいつく。高速回転する刃は無惨に相手を切り刻み、左腕を肩ごと断ち切った。ごしゃりと、無様に落下するドリームイーター。
『我は、死者の影……愛する者の、写し身。切り捨てられる、はず……が』
「そうそうその姿にゃ、本当にそっくりにゃ! でも……それだけにゃ」
左腕を失い、骨は砕かれ、よろめきながらも、ドリームイーターは姿を模倣し続ける。欠損した姿であろうとも、それは愛すべき者そのもの。それを認めながら、雨音は両手の霊刀を振り下ろす。
「あの時に抑え切れたらよかったけど、お前だともうコロコロしていいにゃ!」
声音は普段と変わらない。しかし、月光に照らされた彼女の顔は涙にまみれていた。刃は幾度もなく振り下ろされ、その度にドリームイーターは削れてゆく。そんな機械的な遣り取りを終わらせたのは、暗闇を払う光球だった。
「もう、そこまでにしておこう……良い子は『おはよう』。悪い子は、『おやすみ』の時間だよ」
メイザースの生み出した光球の輝きは、ドリームイーターを太陽の光で焼き尽くす。自らとは正反対の煌めきに、青白い骨の身体は瞬く間に炭化してゆく。
『我、ハ……汝の、愛ス、る』
「あぁ、確かによく似ている、けれど……ごめんね、君をあの子と認める訳にはいかないんだ」
炎に包まれる、若い青年の姿。心抉られる光景だったが、それでもメイザースの意思は変わらない。
『あ、アあ……』
末期に掛けられた否定の言葉。それにより、張りつめていた何かが途切れてしまったように。
ドリームイーターは、跡形もなく燃え尽きるのであった。
●死を想う
戦闘は終結し、深夜の森に静寂が戻る。ゆるやかな風が、戦いで火照った体を冷やしてくれた。
「これで一先ず終わり、か?」
「みたいだけど……皆、いろいろと思うところがあるようだね」
汗を拭うヨハンナの横で、労わる様にボクスドラゴンを抱き上げるレイ。彼の言葉通り、ケルベロスたちは満月の下、それぞれの想いに浸っているようだった。
「偽物とは判っていても、この手で叩き潰すというのは存外堪えるものだな……」
ファンは自らの掌を見つめながら、そう悲しげにつぶやく。戦闘中の燃えるような怒りが引いた後に去来したのは、言いようのない寂しさだった。
「……………」
それはレフィスも例外ではないようだった。空に浮かぶ満月をじっと眺め、静かに物思いに耽っている。戦闘中、躊躇なく攻撃できるといって、それが過去を完全に断ち切れている事を示している訳ではないのだ。
「くぅ……にゅぅ……」
「疲れ切って眠っちまったか。ま、無理もねぇぜ」
一方、雨音はレッサーパンダに変身し、戦闘中の激しさが嘘のように寝入ってしまっていた。精神的にも体力的にも消耗したのだろう。犬太郎はそんな様子に苦笑を浮かべながらも、風邪をひかぬようにそっと自らの上着を掛けてあげていた。
「……ふぅ。周囲の修復は一通り終わったよ」
「そう、ですか。ならもう、ここにとどまり続ける理由も、ありませんね」
仲間たちがそうしているうちに、メイザースは周囲一帯の修繕を済ませていた。人の来ない森深くとはいえ、荒れ果てたままでは忍びない。それを受け、紅染は自らの感傷に区切りをつけながら仲間たちへ言葉を掛ける。一人、また一人と立ち上がり来た道を戻る中、最後尾の聖一は一瞬だけ、背後の空間を振り返った。
「貴様は、幻とは言え彼女を貶めた……当然の報いだ」
全てが消え去った空間へそう言い残すと、彼は仲間たちと共に再び歩み始める。足を止める者はもういない。
それは先に進むことを諦めないという、彼らの意思を表しているようであった。
作者:月見月 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
|
種類:
公開:2016年8月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
|
||
得票:格好よかった 4/感動した 1/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 2
|
||
あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
|
||
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
|