ケルベロス大運動会~ガンジスに抱かれて

作者:黄秦

 度重なる「全世界決戦体制(ケルベロス・ウォー)」により世界経済は大きく疲弊した。
 この経済状況を打破する為、おもしろイベントで収益を挙げようという試み。
 ――それが、ケルベロス大運動会なのだ!
 ケルベロス達に通常のダメージは効かないため、世界中のプロモーターは、普通なら危険過ぎるために使用できなかった「ハイパーエクストリームスポーツ・アトラクション」を、ここぞとばかりに持ち寄った。
 そして、第1回ケルベロス大運動会の開催地に決まった『インド』の各地に、巨大で危険なスポーツ要塞を造り上げたのだ。
 さあケルベロスたちよ! インド各地を巡り、ハイパーにエクストリームでデンジャラスなアトラクションに挑戦するのだ!

 売り出し中の芸人かよ、ケルベロス!
 的な些末なツッコミは世界経済の危機の前には黙殺である。

●インドに行こう
「……と言う訳で、バラナシでヒール活動して欲しいの」
 更紗は愛用の金魚柄の傘をくるくるとまわす。
「オッケー、わかったんだぜ! ……すいませんもうちょっと詳しく」
 別に張り合う訳でもないが、尻尾をくるくる回す羽野間・風悟。先っぽに炎が揺れる。
「えっとね『ケルベロス大運動会』の会場を提供してくれた、インド政府の偉い人たちのお願いで、インド各都市でヒールすることになったの。
 でね、『やってもいいよ!』って言ってくれるケルベロスの皆さんを大募集なの。
 ヒールする場所はインドの観光地にもなってるから、ヒールが終わったら観光しちゃうのもいいなあってと思うの。
 インドって、カレーの国なのよね? 象さんに乗れるのよね? ヨガで空飛べるのよね? いいなあ、とっても楽しそうなの」
「最後ちょっと待て」

●バラナシ・ガンジス・沐浴体験
 目的の都市はバラナシ。日本ではベナレスと呼ばれることもある。
 広大なるガンジス河沿いにあり、ヒンドゥー教の一大聖地と言われる都市だ。 
 ヒンドゥー教の信者は、ガンジス河で沐浴を行う習慣があり、『ガート』と呼ばれる沐浴場で行われる。そのため、ガートの周辺は自然に街のようになり、大きなものは、巡礼の聖地や観光地にもなったりもする。
 そんなガートの一つが、酷く被害を受け、復興が進まないのだと言う。
 現地の人々は、ガートはもとより、沐浴に来た旅行者のために、宿泊施設などの復興を特に希望している。
 建物が多少ファンタジックになっても、喜んでくれるだろう。
 ガートを復興した後なら、ガンジス河で、沐浴を体験できると言う。希望するなら、ガンジス河の周遊も可能だそうだ。

「という訳で沐浴体験ができるの。
 インドの人たちは、ガンジス河で沐浴をして、自分の心に溜めた悪いことを、清めてもらうんだって。
 風悟君も沐浴して、ごめんなさいして、悪いことを水に流してもらうといいの」
「何気に失礼だし、上手いこと言ったつもりか!? ……まあ、ガンジス川で泳ぐなんてめったにできる経験じゃないしなー」
「泳ぐのは迷惑になっちゃうからだめなの。ちゃんと沐浴するの」 
 沐浴することで『業』を浄化すると信じるインドの人々は、ガンジスの流れに身を浸し、真摯に祈りを捧げる。
 朝の太陽が河面も人も赤く染めあげる光景は、信心の無い者にさえ、侵しがたい神聖を覚えさせると言う。
 夜になれば、礼拝の灯が水面を照らし、祈りの歌が夜の帳を震わせて、本当に此岸と彼岸の境に来たかのような神秘的な雰囲気を醸し出す。

●だから、インドに行こう
「インドって、いろんなことがごっちゃごちゃな国なのね。そして、ガンジス河はごっちゃごちゃを受け入れてる神様なんだって。だから、生も死も嬉しいも悲しいも沐浴所も火葬場も一緒にあるの」
「最後ちょっと待て。……と言いたいとこだが、ほんとにあるんだよなー。けど、さすがにその辺は立ち入り禁止だろ?」
 うん、と頷く更紗。
「なの。なんでもありだからルールやタブーもあるの。でも、じょーしきとかりょーしきで判断すればたいていのことはへーきだと思うの」
 ガンジス河の悠久に触れることで、価値観が一変する人もいると言う。
 そうならなくとも、日常で溜まった心身の疲れを洗い流し、癒してくれるだろう。
 舟に乗り、岸辺に連なる独特な独特な構造の建物群を見て回るのも楽しそうだ。

「だから、ケルベロスの皆さん、インドでのヒール活動よろしくお願いします! なの。ふーご君も行ってくれるなのね?」
「おう、全然いいぜ! ガンジス河で沐浴体験か。思ったより面白そうじゃん」
 ひょいっと身軽に跳ねて、風悟は椅子から立ち上がる。
 
 古の戦士たちは、沐浴によって身を清め心を正して、戦場に臨んだと言う。
 同じようにガンジスによって心身を浄化し、戦場……ケルベロス大運動会に臨むのも悪くはないだろう。
 


■リプレイ

 現地の人々に『母なるガンガー』と呼ばれ敬われる大河、ガンジス。
 その流れに沿って作られたガートは、沐浴を行う場所であり、人々の社交場であり、生活の場でもある。
 だから、そこを破壊された現地の人々は、ケルベロスたちの施すヒールに大きな期待を寄せていた。


「治療するぞ! さァするぞ!!」
 ククロイ・ファーは超全力で修復にあたる。癒しの雨、術式展開、ガンガン癒す。
 相馬・泰地がポージングで癒しの波動を繰り出した。
 ケルベロスたちの尽力により、修復は順調に進んだ。やがてガンジス川のほとりに、ちょっぴりファンタジックな建物が並ぶ。
 辛い思いをしただろう子供たちを楽しませてやりたいと、ヒカト・グランと鏑木・蒼一郎は、ヒールの傍ら、空中遊覧のサービスだ。
 子供たちは我先にと空を飛ばせてもらい、はしゃぐ。
「子供は元気で無邪気だな」
「しっかりつかまっててくれよ!」
 遠慮も何もなく押し寄せる子供たちに、多少閉口したものの、2人のサービスは子供たちに大人気だった。
 その笑顔を見て、蒼一郎とヒカトもまた、嬉しくなるのだった。


 大小合わせて1000を越えるヒンドゥー寺院は、外見も祀られる神も多種多様だ。
 1トンの黄金でメッキを施した寺院。血のような赤で塗られた、死と破壊の女神の寺院。インド地図がご本尊の寺院。
 ヒールでの変化など、正直、些細な変化なのではとすら思わせる。
 観光客目当てのぼったくり商売人を躱し、一人バラナシを観光するガロンド。
 通りかかった猿の神ハヌマーンを祀る寺院にふらりと入る。ご本尊ゆえか、猿がたくさん住み着いていた。
 そして、おやつのバナナを猿に奪われまいと格闘する、羽野間・風悟がいた。
「……何でここで食べてるんだぃ?」
「食う?」
「いらん」
 猿たちがガン見してて怖い。
「インドってのは『混沌』だねぇ」
 自分の中の屈託は隠し、ガロンドはインドの印象を表した。
「……インドの昔話でさ。悪魔がお姫様を攫おうとするんだけど、そのために用意した罠は、美しく澄んだ小川だったんだと」
 風悟は、いきなりそんな話をし始めて、ガロンドは面食らう。
「何も混ざってないのは不自然なことで、自然なものは全てを含むから濁ってるってのが、こっちの人らの考え方なんだってよ」
 おもしれえよナ? と締めくくると、風悟はまたバナナを食べようとする……が、猿に奪い取られた。
「うぉるぁああ! バナナ返せやぁあ!?」
(「やれやれ……」)
 再び猿と死闘を繰り広げる風悟に別れを告げて、ガロンドは寺院を出る。ご本尊に参拝し損ねたことに気付くが、戻る気にはならなかった。
「てか、牛多い! 超多いよ!」
 道の真ん中に寝そべっているのまでいる。落とし物を踏みそうで怖い。
 近所に外出さえ稀な、籠・みかんにとって、インドはちょっとハードルが高かった。
 一方、灯渡橋・頼は、テンションがストップ高だ。いきいき溌剌、観光を楽しんでいる。
「みかん、このお酒オールドモンクって言うんだって!」
「『文句』!? お姉ちゃんへのお土産にピッタリかも」
 頼の持ってきた、おっさん(修道士)ボトルが面白い。すると頼、今度は煙草を取り出した。
「ハーブの煙草でニコチンはないんだって!」
「あ、やめときな……あー」
 みかんの止めるのも聞かず、深く吸い込む。
「! う、げほっ、げほっ! ……ぷへぇ」
 いわんこっちゃないと、背をさすってやりながら、みかんはけたけた笑う。インドは大人のハードルも結構高いのだった。

 迷路のようなバラナシの街並みを、【魔女の家】の皆で散策する。
 鉋原・ヒノトは迷わないようにと気を引き締めるけど、異国と言うより異世界のようで、圧倒されてしまいそうになる。
「みてみて! アレなんだろう」
 森光・緋織が呼んでいる。珍しい物を緋織はたくさん発見していた。今度は何を見つけたのだろう。
「 皆、大丈夫? 緋織、流されてない?」
「だ、大丈夫!」
 ミルラ・コンミフォラが呼びかけ、流されかけてた緋織、慌てて合流する。お互いに声かけあって迷子防止だ。
「ん? どうしました?」
 さっきまで藤守・景臣の後ろについて歩いてたメリッサ・ルウが呼んでいる。
「ラッシーのお店ですって! 飲んでみたいなぁ」
 そわそわとお誘いするメリッサ。
「俺も飲んでみたい!」
 ヒノトが元気に手を上げた。 
「では美味しいものでも食べて休憩しましょうか」
「そうだね、せっかく来たのだから、色々食べてみようか」
 影臣の提案にミルラも頷く。皆、異論はない。
 ヒノトは、モモと言う、小籠包や水餃子に似た食べ物を買っていた。
「味はどうでしょうか?」
 景臣、一つ口に入れてみる。小籠包よりスパイシーで、少し癖がある。いかにもインドらしい味わいだ。
 熱々のモモの後にラッシーを頂く。とろりと濃いヨーグルトの甘酸っぱさは、熱くて辛い物のあとには丁度良い。
 飛鷺沢・司と、雨海・怜司の2人も、色んな店を覗いて歩いてる。
 司はサモサを頬張る。熱々ほくほくのジャガイモに、カレー味、間違いのない組み合わせだ。
「美味い」
 思わず零した司を、さりげなく窺う怜司。彼はパコーラを食していた。
「怜司のは何? ……へえ、天ぷら?」
「どうせなら食べたことの無いものと買ったみたけど、なかなかスパイシーで美味しいですよ」
 一口交換しようと提案する司に怜司も頷いて、お互いに差しだしお互いにパクリ。そしてお互いに、美味しいと言いあった。
 次に2人が入った土産物屋には、ローズマリー・シュトラードニッツとケーゾウ・タカハシがいた。
「たまには、全然違う服もいいね。ケーゾウも似合ってんじゃん」
 ケーゾウにプレゼントされたサリーを着て、ローズマリーはご機嫌だ。
(「計 画 通 り ! ローズマリーの民族衣装姿が見られればそれで良し!」)
「……やっぱり、なんか企んでる?」
 隠しきれない下心を見抜かれたケーゾウ、慌てて首を振って否定する。
「まあいいけど。ちゃんとエスコートしなさいよ! あたしを満足させられたら、ご飯くらいは奢ってあげない事もないわよ?」
「箸より、あーんがいいんだけどなあ」
「調子に乗らない!」
 なんだかんだと、仲良く観光である。
 また別の店では、エルディス・ブレインスが茶器を見ていた。加美・さやかに、茶器を見繕ってもらおうと店を巡っていたのだ。
「シンプルなのが良いですね……おや?」
 振り向くと、チャイグラスを物色していたはずのさやかが、いない。
「そう言えば、方向音痴と聞いていたような……」
 エルディスは探しに向かう。携帯で連絡すればよい所だけど、そこはそれ。 
「エルディス! どこだー!?」
 さやか、迷子である。
 現地人たちが、案内するよチップくれと寄って来るのがいたたまれなくて無暗に逃げ出し、エルディスに見つけてもらうまで、迷い彷徨い続けたのだった。

「ぼへーっ……」
 ヒールを超頑張ったククロイは、力尽き抜け殻と化して、ガンジス河を眺めていたと言う。


 陽が落ちても暑さの引かない宵闇の中、プージャが行われる。
 朗々と響く祈りの歌声に合わせて、男たちが松明を手に、ガンジス河へ向かい、舞いを捧げる。振るわれる炎が尾を引き、暗い河面を照らす。
「……思ってたより賑やかだな」
 もっと辛気臭いのを想像していた、と英・虎次郎はう言う。
「綺麗、ですよね……」
 炎に見入る卯月・舞花。だけど、この賑やかささえ、舞花の心が晴れさせてくれない。
 ――どうか少しでも、多くの人の願いや祈りが叶いますように、と。
 眼を閉じて祈る舞花と、彼女を見つめる虎次郎。
(「どうか、お前の願いが叶うように」)
 2人言葉少なに寄り添って、互いが互いのために祈っていた。
 一方、レスター・ストレインは、自分の葬った魂のために祈りを捧げる。 
「荘厳な光景だね……心が浄められるよ」
 欺瞞で偽善だとしても、自分にできるのは、ただ祈る事だけと思ってしまうから。
 隣で祈るゲリン・ユルドゥスは何を思うのだろうと窺えば
「あれ、どうしたの?」
 屈託ない笑顔を向けて来る。
「ボク、みんなが幸せになって、死んじゃった人も無事に天国にいけるように何百回も願うんだ!」
 ああ、どこまでも天真爛漫なゲリン。
「レスターくんの祈りも天に届くように、歌に込めて、火の光に願うよ!」
「……ありがとう、ゲリン」
 償える過ちも、滅ぼせる罪もありはしない。――ならば、せめて、死ぬまでずっと覚えていよう。
 祈りの歌は夜に響き、舞い踊る炎と灯りが宵闇を照らし、いよいよ境界を曖昧にする。
 生明・穣と嘉神・陽治は、朝の光とは違う燈火の揺らめきに別世界への繋がりを感じている。
「何れ生きる者はその先に行くのだろうがそれまで良く生きたい」
 穣は陽治の手を握る。
「限られた時間を生きるからこそ、その中を必死で生きようと思える物よ」
 陽治はその手の感触にしっかりと応えた。


 朝まだき、東の空がうっすらと白み始めたころ、ガートには既に多くの人が集っていた。
「……大丈夫かな? この格好、変じゃないかな?」
 水着の上からなれない民族衣装を身につけて、恥ずかしげなフィオ・エリアルドは暁星・輝凛に尋ねる。
「ふぃおりんは何でも似合うね! カワイイ!」
 親指立てて褒める輝凛。ちょっとだけ強気に手を差し出して。2人手を繋いでガートへ向かう。
 まだ暗いから、足元には注意して。
 ガートの階を慎重に、ディー・リーは一歩づつ降りる。広大なガンジスの懐へ降りる度、厳粛な気持ちになっていく。
 いつになく真剣なディーに、イジュ・オドラータはどうしたのと尋ねた。
 『懐かしいのだ』とだけ、ディーが答えたその時、爪先が河面に触れた。水が思いのほか冷たくて、イジュは、僅か、足を引いた。

 流しきれない煩悩を抱える人たちもいる。
 輝凛はフィオの濡れた衣服がぴっちりとついた姿に煩悩炸裂、慌てて水を被っていた。フィオはキョトンと彼を見る。
 レーネ・ロスヴァイゼの祈る姿が美しいから、つい揉んでしまう霊仙・瑠璃。業は増すばかりだ。

 ガートに来てもまだ眠たそうな蛇荷・カイリ。
「ほら、いい加減に目を覚ましなさい」
「つめたっ!?」
 笑う弘前・仁王に冷たい水をかけられてやっと覚醒するカイリ。
「あ、そ、そうよね、私が沐浴体験しようって仁王に誘ったんだったわっ!」
 白み始め、朝もやに朱の混じり始めた空、揺らめきにその輝きを映すガンジス。
 美しさに二人、息をのむ。
 仁王は、その空に祈りを捧げる。過去の罪、現在も形を変えて続く罪、戦う限り生まれるだろう罪。
 冷たい水に身を浸し、それを浄化したいと願うのだ。
(「大事な人と一緒に、これからも進んでいきたいのです」)
 改めて沐浴に励むカイリ。水は冷たいけれど、身も心も清められていく気がする。
(「仁王と一緒にいるために私もずっと、綺麗なままで生きていけるようにがんばらなきゃっ……!」)
 水無月・鬼人は一人、流れに身を浸す。
「罪の意識を少しでも、軽く出来るんなら、やってみるか」
 心のどこかで無理と思ってはいても。助けられなかった命、苦しみや哀しみを防げなかった罪を、出来る事ならば洗い流してほしいと願ってしまうから。
 水を掬おうといれたての間をすり抜け流れていく。それを見つめて鬼人は思う。悠久の時の間に、どれほどの罪と業が流れていったのだろう、と。
 さやかにも落としたい業がある。子供の頃の記憶がない自分を、時に強く責めてしまう事だ。
(「辛くても悲しくても受け止めなけりゃ前に進めねぇのに」)
 冷たいけれど穏やかに、さやかに触れては流れ行く。まるで、最初にその苦しみを洗い流そうとしているかのようだった。
 流れに身を任せれば、この胸の滾りも流れて消えてしまうのか。ディーは知らず、手に救った聖水を睨みつける。
「本当に大事なものなら、きっとその芯は流れていかないよ」
 イジュは優しく、そう囁いた。
「巡る陽、始まりの灯、やさしいあなたの光をお恵みください」
 謳うように紡いで、水を掬えば、朝の光が煌めいた。
 太陽が顔を出した。薄灰色の夜を払い、大河も人もなにもかもを、鮮やかな朱に染めていく。
 イジュも朝焼け色だ。それが、ディーの背中を押す。
「共に来て、よかった」
 眉間のしわを緩めるディーを見て、イジュも嬉しくなるのだった。
(……穏やかな気持ち。今は過去も戦いのことも忘れて、頑なな私を洗い流すように……)
 ミチェーリ・ノルシュテインの願いを込めて、掬った水を身体にかける。
(業、悪い気持ち……。スターブルーに負けたことへの拘り、でしょうか。失敗は、ココロにちゃんと刻んで。拘りは、全て流す……)
 フローネ・グラネットも、心からの祈りを込めて、願いを込めて身を清める。
 全てし終えて冷たい水に身体を浸した2人、言葉もなく微笑んだ。朝焼けに包まれて穏やかな心地で、自然と手を繋ぐ。
 ああ、どこまで、この神秘は広がっていくのだろう。
 キアラは、昇日の眩しさに目を細める。いつかの敵を思い出させる、赤。
「ねえアイリ。赤いの……アグリム軍団の置き土産みたいな言葉も、戦いの中で敷いてきた道も何もかも流さへん」
 アイリは黙って聞いている。
「踏み出す足が遅れないよに、煩悩とかはこの河に持ってってもらっちゃお」
 うん、とアイリは頷いた。
「明日へ歩くために、ね」
 赤く昇る太陽に身を晒し、2人の祈りを捧げた。
 穣と陽治は、2人での良い時を重ねたいと願い、何れ皆が平安に暮らせる時が来ればいいと願っていた。

 どうして涙が零れるかわからなくて、緋音は河に身を沈めた。
(「……こいつはきっと……アタシ自身のせいだ……」)
 もし、自分の弱さが、涙となって零れているのなら
(「すべてを受け入れてくれる河、今だけこの涙を許してくれ……」)
 何度も身を沈めては流す涙を全て、ガンジスの流れが攫って行った。
 ノル・キサラギは、ガンジス河の力を借りて、かつての自分の罪と向かい合いたいと祈る。
(「もう、あの頃の俺には、戻らない。どんな困難と向かい合ったとしても」)
 答えを確かめるように、河に身を沈め身を清める。
 一度全てを洗い流して、初めて出会う人。再び本当に、共に歩んでいくひとが緋音だといい。それが、ノルの願い。
 全てを終えたノルは、緋音の元に行く。振り向いた緋音は、いつもの強い彼女だとノルは確信していた。
 犯した罪も為した善もなくなりはしない、
 だけどもし、背負うにはあまりに重く感じるのなら『母なるガンガー』はいつでもその腕を広げて微笑むだろう。
 『混沌』とはこうしたものかと、ガロンドは自然に思っていた。
 全て『ここ』に在るならば、何を取ろうと捨てようと、変わりはないのかもしれない。
(「……生まれ変われたかね」)
 
 太陽が完全な姿を見せ、新たな朝を告げ、祈りの時は終わった。
「「よし、これでまた明日からがんばろー!」」
 2人合わせて凡そ260文字のごめんなさいを水に流した、チロ・リンデンバウムとルル・サルティーナが、気合を入れていた。


 何はともあれ沐浴体験はこれにて終了。
 もうすぐ、ケルベロス大運動会の幕が上がる。
 ケルベロスたちは新たな気持ちで、戦場(運動会場)へと向かうのだった。

作者:黄秦 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年8月11日
難度:易しい
参加:41人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 2
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