度重なる「全世界決戦体制(ケルベロス・ウォー)」の発動により、世界経済は大きく疲弊していた……。
「そこでです!」
セリカ・リュミエールは、胸弾む気持ちを抑えようとはせずに、嬉々とした表情でメンバーへと発表。
「この経済状況を打破する為、おもしろイベントで収益を挙げようという事になりました! それが、ケルベロス大運動会です!」
世界中のプロモーター達が、危険過ぎる故に使用できなかった『ハイパーエクストリームスポーツ・アトラクション』の数々を持ち寄り、第1回ケルベロス大運動会開催国であるインド各地で、巨大で危険なスポーツ要塞を造り上げたのだ。
「ケルベロス大運動会の前夜祭的なイベントとして、インダス川遠泳大会が行われる事になりました。泳ぎが得意だという方、或いは運動会を前夜祭から楽しみたいという方は是非とも参加してください」
速度や距離を競ったり、地元のテレビ局とタイアップしてパフォーマンスを競ったり、インダス川流域の住民と交流する事ができるようだ。
「今からはインダス川の指定区間、10kmの遠泳で最速タイムを競う『最速泳者決定戦』の説明を行います。優勝者は、『インダス川最速』と褒め称えられること間違いありません。興味のある方は、資料を渡しますので是非受け取ってください」
ケルベロス最速泳者を目指す猛者、思い出作りをしたい者、ただただ妨害したい者など。それぞれの思惑を交錯させながらも、セリカのもとへと参加者が集う。
●スタート
「実況はわたし、神白鈴がお送りしますっ!」
人々の声援に埋もれぬよう、精一杯の声でマイクに語りかけるのは神白・鈴(天狼姉弟の天使なお姉ちゃん・e04623)。
本日は泳ぎでなく、カメラマンと実況役を担当。
鈴は大空からカメラをズームアップ。レンズの先には、狗衣宮・鈴狐(なでりんこ・e03030)と神白・煉(死神を追う天狼姉弟の弟狼・e07023)の姿が。
開始前から小競り合いしているようだ。
「ふん! 煉くんになんて負けないんだから!」
「覚悟しろ鈴狐! 今回は勝つ!」
喧嘩するほど仲が良い。鈴は思わずクスリと笑ってしまい、マイクから口を離してしまう。
スターターピストルを持った人物が手を掲げ、選手たちの表情が引き締まる。
いよいよ決戦のとき。
ピストルが鳴り響くと同時、我こそがスピードキングだと、猛者たちが一斉にインダス川へと飛び込んでいく。
大逃げタイプの選手は、始めが肝心だと後陣を大きく引き離す。
勇猛果敢な山之内・涼子(おにぎり拳士・e02918)も、当たり前に大逃げタイプ。
「最初から全力全開フルパワー!」
同タイプの選手すら突き放そうと、傾らかな勾配坂をグングンと前進。
トップの背後まで追いつくが、中々に距離は詰まらない。トップを走る銀山・大輔(鷹揚に構える青牛おじさん・e14342)もまた化物。
豪快に腕を回し、豪快にも水しぶき巻き上げながらのバタフライ。水の抵抗を無くす必要などないと、猛々しくも泳ぎ続ける。
涼子や背後を泳ぐ者たちは臨むところだと、スピードを緩めるつもりは毛頭ない。
先頭集団が全長50mを越える滝にまで到着。
貫禄ある滝に、多くの選手が一瞬の動きを奪われる中、ジョルディ・クレイグ(黒影の重騎士・e00466)が水の壁をお構いなしに突き進む。滝の裏側に到達すると、そのままにロッククライミング。
「これくらいなら、いけそうだな……」
次いで、神崎・晟(竜頭竜尾・e02896)は翼を広げ、滝登り。圧し掛かる水流もなんのその。
翼を持たぬものは崖を登り、翼を持つものは滝を登っていく。
2パターンにも様々な攻略方法があり、鎖やワイヤーで登る者、仲間とともに協力して登る者など実に多種多様。
多くの選手が登り始めたタイミング。
「気を付けてくださいねー!」
崖上から注意を喚起するのは衣雅・蒼獅(小さな勇者・e18369)。蒼獅は選手ではなく妨害役。
「紗神さん、お願いします」
「あいよ」
同じく妨害役である紗神・炯介(白き獣・e09948)が、怪力無双にて多数の巨大岩を滝に向かって投擲開始。
暑さも忘れて無心で岩を投げ続ける姿は、もはや鬼。
物理ダメージは効かないケルベロスとは言え、当たれば痛いし、滝壺へだって落ちる。
「ちょ、この滝……登るの!? リズ姉ぇ~」
瑞澤・うずまき(ぐるぐるフールフール・e20031)は動揺を隠せず、バディであるリーズレット・ヴィッセンシャフト(焦がれる世界・e02234)の肩を揺すってしまう。
誰もが嫌がる環境下、修羅野・トキ(くノ一オババ・e08968)の目が光る。
トビウオの如く水面から飛び出したトキが、岩を足場に一瞬で頂上にまで到着。
「フォフォフォ、伊達や酔狂でババアはやっとらんわい」
トップに躍り出たトキは、第1CPを目指してそのままに泳いでいく。
誰もが考えてしまう。
本当に老婆なのかと。
●第1CP
滝を登りきり、しばらく泳ぎ続ければ、障害物となる流木が選手の行く手を阻む。
守屋・一騎(戦場に在る者・e02341)が仲間の体力を温存すべく、流木を薙ぎ払いながらも泳ぎ続ける。
『河原』のメンバーで優勝を狙う3人ならではチームプレー。
「いっちゃんごめん! 今度何かご馳走するから……っ」
新条・あかり(点灯夫・e04291)は一騎に感謝を告げながらも、しっかりと後ろを付いていく。
一騎の目の前に巨大な流木が運悪く流れてくるが何のその。
「負けられない戦いがここにある……っ!」
ブラックスライムを両手に纏わせ細切れに。
個人で優勝を図るテンペスタ・シェイクスピア(バニシングデウスエクス・e00991)が、細切れになった木片を拝借しビート板の代用。これもまた、体力温存する手段の1つだろう。
しかし、簡単には体力温存させてはくれない。正面からは獰猛な魚たちが迫り、テンペスタは木片にて魚を捌いていく。
水中呼吸にて潜水している選手も、例外なく魚たちが集まってくる。その中でも一際、というよりも魚群が1人の少女に群がる。その者の名を忍足・鈴女(キャットハンター・e07200)。
よく見れば、鈴女は襲われているのではなく、従えている。
多量の魚を網に入れ、引っ張ってもらっているようだ。
「勝利とは知略の元に輝くのでござる」
試合の前日からレース会場へと忍び込み、動物の友にて手懐けた成果だろう。前もってレース会場を確認したからこそ、スムーズに事を進めていた。
が、不測の事態。鈴女の全身に植物のツルが絡まり、捕獲されてしまう。
前日には無かった3つめの障害物、妨害役が設置した攻性植物だ。
一度捕まってしまえばタイムロスは免れず、月篠・灯音(犬好きの新妻・e04557)も釣り上げられるかのように宙吊りに。
「わわ!?」と予想外の障害物に驚く灯音だが、植物のツルが一瞬で切断。
ガチンコ勝負ながらも、旦那である四辻・樒(黒の背反・e03880)が見逃すわけがない。密かにもナイフを投擲したようである。
「行くぞ、灯」
「うん♪」
主人のファインプレーに惚れ直す灯音が、樒の背中を追いかける。
●第2CP
無法地帯である場所で、多くの選手が体力回復に専念する中、事件は発生。
スバル・ヒイラギ(忍冬・e03219)が回復しようとしたとき、
「うお!?」
煉と鈴狐の水中バトルに巻き込まれ、激しくも巻ぞい。多量の水を被りながらも、ヒイラギはやりやがったなと笑みを浮かべる。
「お返しだ!」
オウガメタルを輝かせ、上空から『ライジングダーク』を照射。
猛暑日で激しくも照りつける黒光が、煉と鈴狐を含む先頭集団へと降り注ぐ。
それだけでは終わらない。
「悪いけど何でもありの勝負やからね」
数少ない他選手への妨害も視野に入れていた、丸口・真澄(緑マル・e08277)がグラビティを発動。高周波ノイズが潜水している選手の聴覚さえ阻害。
潜水泳法でひっそりと泳ぎ続けていたアーティア・フルムーン(風螺旋使いの元守護者・e02895)でさえ、たまらずに顔を出してしまう。
皮膚を刺激する熱、鼓膜を刺激する音波を追い払うべく、葛城・祢々(はらぺこ刀剣士・e14137)はエアシューズを最大出力。発生した大波によって浮き輪で浮いていたミック・マーベラス(文明に慣れすぎたわんこ・e00368)を中心とした選手が川沿いにまで追いやられる。
『白銀騎士団』カジミェシュ・タルノフスキー(機巧之翼・e17834)は陸地へと座礁しそうになるが、逆境をもろともせずに爆破スイッチを押し込み、爆風を利用した危機回避。
爆風はさらなる大波を生じさせ、多くの選手を巻き込んでいく。
ミア・プレッツェル(メロウピオニー・e22125)や晟も、旋刃脚やフォートレスキャノンの反動で波から脱出しつつも距離を稼ぐ。
そのグラビティが他選手にヒットしたり、防ぐべくグラビティを使用したり……。
小さな種火が、次第に大きくなっていく。
ローカスト・ウォーを彷彿とさせる、ケルベロスだらけの戦争が勃発。
極めつけだった。
呉鐘・頼牙(漂流者・e07656)が、前方向にて大量の『とある者』を発見してしまう。
「これは……鈴女?」
ギョッとするような光景。数多の鈴女の分身が、川沿いの凹んだ場所に引っ掛かっているのだ。前日に鈴音が第2CPへ散布したらしいが、川の流れによって同じ場所に流れ着いたらしい。
嫌な予感しかしない頼牙は、すぐにその場を離れることを選択。
その行動は正しく、他選手の放ったグラビティが、鈴音の分身へ衝撃を加えてしまう。
刹那、1体、2体……、10体……。まるで火薬庫へ火を点火したかの如く、超特大の爆発が周囲一帯を根こそぎ吹き飛ばす。
その中に本物の鈴女が混じっていたのは、気のせいだろうか……?
●第3CP
首位を独走していたトキが、苦悶の表情を浮かべながらも今にも溺れそうになっている。
「ううう……持病の発作が……」
しかし、これはフェイク。体力温存しながらゴールを目指すべく、溺れたフリをしているだけ。
悪役スイマーにも関わらず、島・笠元二(悪役勉強中・e26410)の身体が自然と動いてしまう。
ライフセーバーでもあり、飲み友達を助けたい気持ちが勝ったのだろう。
「トキ! しっかりしなさい!」
笠元二におぶられたトキは、シメシメとほくそ笑む。
上手くいったと考えていた。
「? どこに行くのじゃ?」
「どこって、病院に決まっているでしょう! レースは棄権よ!」
暴れるトキをお構いなしに、笠元二はコースアウトして病院を目指す。
トップを走る2人が思わぬ形でリタイア。
やり取りを見ていたミラン・アレイ(蒼竜・e01993)が首を傾げていると、周辺から不穏の気配を感じ取る。
それは主だろうか?
距離を置こうとするミランに対し、梅林寺・マロン(インフィニティポッシビリティ・e01890)は積極的にも気配を辿っていく。
マロンは前もってこの一帯で、よく観測されている生物をリサーチしていた。
その生物の名をインダスカワイルカ。
ついには、マロンの水面下に大きな影が。
マロンは喜々とした表情を浮かべながらも、主であるイルカと一緒に泳ごうとする。
が、それは主ではなかった。
驚くマロンが、そのまま水中深くまで沈められていく。
突如マロンが消失してしまった故に、周りの選手が細心の注意を払おうとする。にも関わらず、反比例するかのように周りの視界が霧がかっていく。
皆守・信吾(激つ丹・e29021)の足に強い感触が。
不十分な視界の中、メンバーへと信吾は叫ぶ。
「ここは俺に任せて先に行け! 必ず追いつく!」
深く息を吸い込み、そのまま水中へと潜ってしまう。
「む、ムチャシヤガッテ……! 絶対後で追いついてくるんだよっ」
涙を拭いながらも、あかりと一騎は先へと急ぐ。
信吾が引きつけている間は、視界が不明瞭だろうと被害はない。選手がそう判断するのは至極当然。
しかしながら、
「きゃっ……!」
巻雲・双葉(お役に立ちますよ・e05781)が川底にまで引きずり込まれていく。
関・白竜(やる気のないおせっかい・e23008)の際どい水着、V字サスペンダー型の紐部まで掴まれ、そのままに沈んでいく。
1人、また1人……。
セレナ・アデュラリア(白銀の戦乙女・e01887)も足を掴まれてしまう。
「主は1匹ではない……?」
セレナは冷静にも主との対話を試みようとする。
万が一のエンカウントを覚悟して、動物の友を活性化させておいたのだ。
何故だろうか? 主は対話を拒み、セレナをも水中へと誘ってしまう。
動物の友の効果は、『地球』の『動物』と仲良くなることにも関わらず。
謎は深まるばかり。
「これは食い出がありそうですねー!」
耳はピコピコ、瞳をギラつかせながらも、一津橋・茜(紅蒼ブラストヘイム・e13537)はバトルガントレットをはめ込む。
そして、その場に浮遊しながらも獲物が掛かるまで待機。
スピードキングの称号よりも食い気。実に彼女らしい。
足が掴まれたと同時、容赦ない一撃が水飛沫を上げ、霧をも吹き飛ばす。
「ありゃ? ……そういうことですか」
茜が残念がる理由。主の正体が食べ物にはならないと知ってしまったから。
「バレちゃいましたか」
その正体は、バイオガスにて姿をくらましていた妨害役の蒼獅と炯介。攻性植物を用いて、川底にまで選手を沈ませていたようだ。
種が分かれば何も怖いものはないと、選手はゴールへと急ぐ。
浮かび上がってきた白竜は考えてしまう。
自分へ襲いかかってきたものは、本当に2人だったのだろうかと。
●栄光を掴むのは
最後の一直線。
首位争いは激化。
先頭集団の殆どが差しタイプであり、大逃げ・先行逃げ切りタイプの選手も、少数ながらも食い込んでいる。
追い上げタイプも怒涛のラッシュ。
「歓声を手に入れてみせるわ!」
『白銀騎士団』の仲間のため、何よりも自分のために羽丘・結衣菜(マジシャンエルフ・e04954)が全力遊泳。
千里・雉華(君代の桜紋・e21087)も花嫁姿、ウェディングドレス風水着で距離を詰めていく。かなりのインパクトだ。
村人や仲間たちの歓声が聞こえると同時。
選手たちは持てる体力を振り絞りラストスパートをかける。
ミランが翼と尻尾を展開。抵抗が増すだけに全身が攣りそうになる。それでも両翼で水を扇ぎ、尻尾で水を掻き、全身全霊の泳ぎでごぼう抜き。
ミランを含めた3名がほぼ横ばいになる。
ラスト10メートル。
今だけはマイペースではないと、蒼竜族の少女が滾る。
重騎士の本分は勝利にこそあると、不退転の男が猛る。
その2人に必死に食らいつく者の士気を高めるのは、互いに支え合い泳ぎ続けた仲間の声援だった。
歓声のボルテージがマックス。
すなわちは、王者が決定した瞬間。
鈴が王者の名を高々に発表する。
「最速泳者決定戦、スピードキングの称号を手にしたのは……! 瑞澤うずまきさんです! おめでとうございます! 盛大な拍手をお願いします!」
リーズレットの声を力に変え、1位でゴールしたのはうずまき。
「……ボクが1位? ……皆! ありがとう!」
息を乱し、祝福する人々に手を振りながらも、うずまきは感動の涙を流し続けてしまう。
●戦いの後は
選手たちが沖に集結し、休息中。
うずまきの首にはリーズレットお手製のメダルが輝き、リーズレットの左手にはうずまきの右手が握られている。
2人だけではない。一同が苦難の後の喜びを分かち合っていた。
個人で参加した者たちは、新しい仲間との出会いを祝し、笑い合う。
チーム同士で参加した者たちは、全員無事にゴールできたことを心から喜び、さらなる友情を育む。
恋人同士で参加した者たちは、大切な思い出をまた1つ築き上げ、互いに口づけを交わしながらも愛情を一層深める。
うずまきが、ふとインダス川に目を向ける。
「あれは……」
川からひっそりと顔を出した本物の主、インダスカワイルカが称賛を送るべく、高々と跳躍した瞬間だった。
入賞者
1位 瑞澤・うずまき
2位 ミラン・アレイ
3位 ジョルディ・クレイグ
4位 カジミェシュ・タルノフスキー
5位 狗衣宮・鈴狐
作者:凪木エコ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年8月11日
難度:易しい
参加:36人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 3
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