●壱
度重なる「全世界決戦体制(ケルベロス・ウォー)」の発動は、世界経済を大きく動かした。
良き風もあったが、戦争は疲弊するもの。ほとんどは悪いものだった。世界は疲れ果て、経済は停滞してしまった。
この経済状況を打破するため、大きな民衆、経済が動くイベントを開催し、収益を挙げる計画が発案された。
それこそ、ケルベロス運動会。
疲れさせたのが自分たちならば、また生き返らせるのも自分たちの使命。
時を同じくして、世界中のプロモーターたちが立ち上がる。ケルベロス達を主役にした、イベントの開催を企てた。
その栄えある第1回ケルベロス大運動会の開催地に選ばれたのは『インド』。
インド各地に、巨大でデンジャーでハッピーで時々しんみりするスポーツ要塞を作り上げた。
昼も夜も、熱帯夜も関係ない熱いイベントを盛り上げよう。
ケルベロス達よ、インド各地を巡り、プロモーターたちがこぞって作り上げたイベントを見事成功させてみよ!
●弐
「ケルベロス大運動会の会場を提供してくれたインド政府からの要請で、インド各地のヒールを行う事になったよ!」
いつもより倍以上の資料をばさばさと持ち、マシェリス・モールアンジュ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0157)は集まったケルベロス達を見回した。
「有志による活動になるけど、ヒールを行う場所はインドの観光地にもなってるよ。折角のインド、ヒールをした後に観光を……と言っても、皆に行ってもらうのはちょっと特殊な場所」
マシェリスはそう言って、少しだけ眉尻を下げた。
「皆に行ってもらうのは、カルカッタっていう都市なんだ。ボランティアで有名だから、聞いたことがあるかも知れない。
市街地がかなり痛んでて、市民生活が不便になっている地域だよ。
壊れた家に大家族が住んでいたり、道が悪くて車が通れなかったり、水道が壊れたままで、水汲みが必要だったり……。
市民の人達に話を聞きながら、必要なヒールを行ってほしいんだ」
マシェリスはヒール後のこともどこか憂いのある表情で話していく。
「よければ皆にはヒールした後も、ボランティア活動を手伝ってほしい。
『死を待つ人の家』はウィッチドクターでも治療できない重病人の世話をする場所。
『孤児の家』は名前のまま、孤児院だよ。10歳以下の子供達が共同生活をしてる場所なんだ」
一つ一つの場所を丁寧に説明する。住民たちが何を望んでいるかを。
「『死を待つ人の家』では、患者さんへ皆のヒールでも痛みが和らぐかも知れない。悲しい気持ちや死への恐怖をやわらげたりして欲しいんだ。もちろん、それ以外のこともできる限りしてあげてほしい。
『孤児の家』では、親の愛を知らずに育った子供達が大勢いる。お腹を空かせていたり、……強い皆なら遊び相手に適任かも」
ケルベロス達と子供達が遊ぶ姿を想像したのか、マシェリスはくすっと笑みを零した。
しばし間をおいて、マシェリスは静かに語っていく。
「観光でもなんでもないけど、世界にはケルベロス達でも救えない、ケルベロス達に負けずに頑張って生きている人たちが大勢いること、知ってほしいかなって」
傍で黙って聞いていた綴・誓示(地球人の刀剣士・en0156)がすっと近づいてくる。
「俺も何か手伝えることがあるだろう」
「いろんなことしてあげよう!」
マシェリスはそう締め、皆に満面の笑顔を向けた。
●街並みを癒す
壊れた下水道やでこぼこの道。手を加えるところは多い。
ヒールをしながら袖を引っ張られて、下に顔を向ければ少年たちが目を輝かせて群がっていた。言外の「お菓子ちょうだい」に綿菓子は微笑ましく思いながら配っていく。
泰地はいつも通り、マッスルポーズを決めながらヒールを施していく。みるみるファンタジックな外見に生まれ変わる街頭に満足そうに頷いた。
「私に出来ることはココでは少ないですが……、それでもケルベロスとして、皆さんのお力になれればと。私に出来ることなら、なんでもやりましょう」
そう言い、水道などの重要なライフラインを中心にヒールしていくソラネ。細かいものまで何でもござれだ。
同じく街をヒールする陽治も、水回りは特に清潔に、と余念がない。衛生と利便性に配慮を忘れずに。昔、カルカッタと似たような地域へ派遣されていた経験もあるせいか、少し懐かしさも感じつつ。
ククロイは主にでこぼこになった道路を広く修復しにかかっていた。治癒の雨を降らせ、車輪の通れないでこぼこを直していく。
フロルとレイニーも街のヒールに尽力している。
「以前の街並みを取り戻してやりたいよなァ」
どんな姿だったのだろう、そう思いを馳せながらヒールをしていく。その姿を見ながら、フロルは想いに耽る。
「……『喜びの都市』。その愛称に少しでも貢献できたなら。それもきっと喜ばしいこと、ですよね」
そっと視線を上げると、レイニーと視線が合った。笑い合い、きっとそうであることを願いながら。
電気の配線も気にしつつ、住人たちが少しでも使いやすいようにと気を配る舞花。その横顔を眺めながら、ヒールを進んでかけていく虎次郎。住人のためを思って配線された電線は絡み合うことなく、各家庭に。
その電線の先、壊れた家を優先的に直すひろま。
「戦争に勝てたのは世界のみんなの協力のおかげなのだ。インドのみんなにも恩返しするのだ!」
張り切るヒールは力強く、家々をファンタジックに彩っていった。
●孤児の家
子供達は期待に目を輝かせていた。大勢のケルベロスたちが子供たちの相手をしてくれる。何をしてくれるのだろう。何を語ってくれるのだろう。
続々と到着するケルベロス達に子供たちは群がった。
小さいテーブルに子供たちに囲まれる鬼人とヴィヴィアン。
「ババ抜き知ってるか?」
まずは簡単なもの。子供たちは目を輝かせたまま、首を横に振る。
ヴィヴィアンと二人でまずは実演。
持ってきたトランプを子供たちに渡した鬼人は、自分達がいなくなった後もこうして笑い合いながら生きていてくれればと願った。
「ヒーローごっこは万国共通で楽しいし、少年少女に大人気なのデス! ワタクシがそう決めマシタ!」
クローチェと万里はまるで漫才のような掛け合いをしながら悪者とヒーローになり切っていく。
万里は一人の子供を抱き上げて大げさに宣る。
「全員動くな! この子がどうなってもいいのか!」
「人質を取るなんて卑怯デス! ならばこちらは秘儀! 皆で突撃なのデス!」
声をあげたクローチェの合図で、万里に子供達とクローチェが突撃していく。様相は混乱。
いつしか子供たちに交じって二人は大声を上げて笑い、遊んでいた。
【銀楼】の一行は子供たちに喜びと満腹をプレゼント。
小さい子を抱き上げ、顔を見合わせて笑いかけるリーズグリース。隣で子供を肩車する天音はちょっと自信ありげに微笑む。
「肩車……高い高い……」
それだけで喜ぶ子供に、二人は顔を綻ばせて。
その傍らで鬼ごっこを始めた時雨とマリィ、それに器用にあやとりをしながら子供たちの輪から鬼となって散る葉月。
「尻尾は……やめてくださいね……」
ふるりと震える時雨の尻尾は、もちろん物珍しさに構われて。
「私は身体能力には自信があるからね! 絶対に負けないよ!」
葉月から、子供を抱えて逃げるマリィ。
「走るのは遅いけど、飛ぶのはちょっと早い……」
「私もまぜてー!」
そこに料理を手伝っていたリーズレットが混じれば一層賑やかに。
「皆、出来たざんしよ♪! 手を洗ってから……パーティ―の始まりざんしヨ♪」
笙月の呼びかけに散った時より素早く集まる子供たち。メニューは笙月たちが作った食材で作られた、リゾッド風の炊き出しと、けんちん汁。
見たことも食べたこともない料理を物珍しそうに口に運び、美味しいと口を揃えて笑顔を作る子供たち。【銀楼】の一行も混じり、鬼ごっこからのパーティーは賑やかさを増していた。
世界一甘いお菓子、グラブ・ジャムンを持って子供たちに振舞うスノーエル。そんな婚約者を微笑ましく眺めるミシェルの視線に気づいたスノーエルは、
「あ、これはみんなの為だからミシェルは食べたらダメなんだよ? 作り方は覚えたし、作ってあげるから今日は我慢して、ね?」
そう言って笑いかける。ミシェルはわかっています、という風に静かに微笑んだ。インドなのに執事服をかっちり着こんでいる。
小学校低学年くらいの子供たちを捕まえ、必要な家具や椅子などの数を確認するレクス。娘のヴァルリシアは、持ってきた端切れや布、布団などを手に、採寸を図ろうと子供達を捕まえていた。
(「親が居ないってのは本当生きにくいからなあ……」)
「ここはこう縫うんですよ」
破れた服の補修の仕方、アフターケアも忘れないヴァルリシア。
【色町】の三人は、それぞれ得意なことを子供たちに与える。
イスクヴァは相撲を子供達相手に取り組む。全力全身で。疲れ果てて、子供達と地面に寝転んで、伝えたいことを言う。
「親が居ないことを悲観するな。私にも家族は居ないが、紫睡とエメリローネが居てくれる」
エメリローネは元気づける歌を歌う。
「私には、紫睡と、いすくばがいる。二人とも親じゃないけど、おんなの人だけど。いっしょにして、すごく、うれしい人」
「うれしいの?」
子供の純粋な問いかけに、エメリローネはぎこちなく頷く。
そこへカレーを用意した紫睡が現れた。二人を労い、集まる子供たちにカレーを振舞っていく。
「孤児と言う境遇は想像できても、共有する事は出来ないかもしれません。……ですが、二人を見ていると私なんかでも居場所は作れるのかもしれないんですね」
三人は視線を交わし合い、そこに確かな繋がりを感じる。
自称『旅役者のお姉さん』メリーナは室内で紙芝居を用意した。照明を落とし、日本の昔話を熱演していく。一人全役、我ながら器用なものと思いながら。
閉演、子供たちは物語に引き込まれ、物語の住人となっていた。
「おねーちゃんすごい!」
メリーナはそっと得意げに微笑んだ。
コマや竹とんぼを器用に作るキソラに比べ、作るのに苦労する子供達から受け取り作り直すサイガのは少し不格好。
「にーちゃんへたくそー」
「うるせぇ」
竹とんぼを飛ばしても明後日のほうへ、上下が吹っ飛んで散り散りに。散々な結果にサイガの顔も思わずしかめっ面。
「大丈夫、ソコのにーちゃんは予習してアレだぞ」
笑いながら指差され、益々しかめっ面のサイガ。子供たちは笑顔が絶えない。
響花は持ってきたトランプやすごろくで遊びながら数字を教えた。一、二、三……数すらも数えられない子供たちに丁寧に教えていく。覚えたてのことを何度も繰り返した。
シルディの詠唱と共に小さい雪の小人が現れ、雪を降らせた。初めて見る白い雪の花に子供たちは唖然と眺めた後、爆発したように弾けた。
「さあさあ皆、きてきて~! 雪の降るところではね、この雪を転がして大きくして雪だるまっていうのを作ったりしてあそぶんだよ! 誰が一番大きいのを作れるか競争しよ~」
綴さんも一緒にどう? と呼びかけられ、誓示は一緒に遊ぶために腕をまくる。
「雪はそんなに長くはたないだろうけど、忘れられない思い出となるといいな」
「忘れられないだろう。初めてみる雪なのだから」
誓示の言葉に、シルディははにかみ笑うと子供たちの輪に入っていった。
調理場の外の影から覗き込むように中を見る子供たちの姿があった。中にいたのはラリー。鬼のような形相で包丁を持ち、じゃがいもとにらめっこしている。
「お嬢様、人間には向き不向きがございます」
隣に突然現れたリリーナがラリーの手からじゃがいもを取って流れるような包丁さばきで綺麗にじゃがいもの皮を剥いていく。
その後、美味しそうなカレーが完成した。うなだれるラリー。
チェレスタを中心に子供達が集まっていた。チェレスタの優しい歌声が響き渡る。子供達は安らかな表情で聞き入った。
婚約者のリューディガーは少し離れた場所で聞き入りながらそっと目を閉じる。
(「傍で子供たちと歌うチェレスタと共にいると、まるで本当の家族になったようだ。この時がいつまでも続けと、願わずにいられない」)
(「貧困の中でも逞しく生きる子供達の姿に、私の方が元気を貰ったりもして」)
視線を交わし合いながら思わずにいられなかった。
子供達と缶蹴りをして遊び疲れたロディ、翼はこれまでの旅の事を語っている。両目を輝かせて聞き入る子供たちに、ロディは思う。
「オレ達ケルベロスに出来るのは、明日に続く今日を守る事だけ。それでも、この子達ならその先の明日を拓いていけるよな」
隣に座った翼も、頷いた。悲しいことも辛いことも、楽しいことも。
「それでもあたし達はこの現実を生きていくしかないのだから、そのための元気をチャージする。ちょっとでもみんなが笑顔になってくれれば、嬉しいな」
遊び疲れて座る子供たちを眺めながら、二人笑い合う。
グラビティを使用し、子供達を驚かせた有理に一人の少年が息荒く語り掛けてきた。
「大きくなったら、ケルベロスになる!」
一瞬驚いた仕草を見せたものの、すぐに有理は静かに頷いてみせた。それは、遠き日に亡くした妹と同じで。
ナガレが鞄いっぱいに詰め込んできたのは、絵本だった。剣を手にした少年の、心躍る冒険譚。魔法使いの少女が起こした、ささやかな奇跡。様々な見たことも聞いたこともない、色々な世界の一遍。
子供達を集めて、少しずつ丁寧に読み進めていく。
「本にはセカイが詰まってる。読めば読むほど心が震えて、『外』はなんて広いのかと思った。何処にでもいくことができ、何にでもなれると思った」
ナガレの言葉は今は難しくても、いつかきっと子供たちの胸に届く。それは魔法のように。ある日突然。
「真面目に聞くのよ。これは近い将来に必ず必要となる事だから」
子供たちを前に眼鏡をくいっと上げる仕草をするのは瑠奈。教えるのは簡単な読み書きと、計算。
それと、子供達がもし怪我をしても手当できるように、と簡単な手当の仕方も教えていく。呑み込みの早い子供たちは手当のほうはすぐに会得した。読み書きは少しだけ時間がかかりそうだったが、とても前向きに取り組んでいた。
その姿を満足そうにみて、瑠奈はふっと笑う。
リィリスは福笑いを持ってきた。まずは自分から、と取り組んだものの、顔にならず子供にも義視にも笑われてしまう。
義視も負けてられないと、体を張って全力で変顔をする。
「さあ、僕を見て! こんな変顔、イケメンには到底できないでしょう?」
「よっしーさん、凄い顔……! ほら、みんな見て……福笑いより面白いかも……!」
リィリスの言葉に子供達も義視のほうを見る。吹き出す子供達。
(「そういえば、最近あまり笑ってなかったかも……ありがと、よっしーさん」)
心は触れあい、二人の周りは笑顔が絶えなかった。
手作り感満載の衣装で登場したのは雉華。ヒーローよろしく、子供達にやっつけられて伸びたフリ。
「……ま、子供は遊ぶのも仕事でスし。コレもお仕事でスよ」
本気で取り組んで心残りはない。きっと。
煙草をグレッグに止められた鷹斗は不満そうに口を尖らせた。
「……今はこれはやめとけ」
「グレちゃんは真面目すぎるんだよなあ」
テレビウムのレムが流す映像に、子供達は食い入るように見入る。
「全く泣けるほどイイ子だぜ」
途中でレムはグレッグの膝の上に乗った。『父親』が不満そうにレムを引っ張る。
「嫌じゃないの言うこと聞きなさい」
覚えているのか、覚えていないのか。
●死を待つ人々へ
【ライブズ】の面々は、歌を届けに。
「マチャヒコ達は貴方達の病を治すことはできないけれど、笑顔になってもらいにやってきました」
「一緒に歌いませんか?」
シィは患者たちに語り掛け、メロディを口ずさむ。一人、二人、少しずつ歌い手が増えていく。
「ももおねーさんだきゃアレですよな。ケルベロスでなくっても、いつかここに歌いに来てたんじゃニャーかと思いまさ」
物九郎はごく真面目に、しかしちょっとからかうような含みをもってももへ語り掛ける。
ももはニッと挑戦的に笑うと、メロディをぎこちなく口ずさむ患者たちに向き合った。
「私の知ってる歌いっぱい教えてやるから、そっちも教えろよな!」
ももが発するオーラが静かな熱狂を生む。
皆で歌を披露したあと、静かな、しかし力強い拍手が響いた。
ノルンは一人、点結律針でもって患者の間を回る。ぐったりしている者、血が滲む者を中心に束の間の癒しを施していく。
一人、歌い終えて緊張した面持ちの輝凛が一人の老婆に問いかけた。
「その……死ぬって、やっぱり怖い……ですか? 僕だったらもっと……取り乱すだろうなって思ったから。どうしてそんなに、穏やかなんですか?」
「……死ぬのは怖いけれど、でもいつかお迎えがくるからねぇ」
ちょっと別の方法で死が来ただけさ、と軽く語る老婆に悲壮感はない。
ベッドの間を回り、患者に癒しの波動を使用していく泰地。ボディビルの健康的な体は特に老人たちに好評である。
重症者の部屋にまっすぐ向かい、ヒールを使用しながら喋れる者に問いかけるセス。
「目の前に迫った死、どういう気分だ?」
安らかな表情をしたやせ細った男性は、静かに微笑んだ。セスの言葉に、純粋な何かを感じたからだ。
「安らかだよ……とても」
それが男性のシンプルな答えだった。
そのすぐそばで患者の痛みをヒールで和らげるソラネ。話し相手になれれば、と世間話をしている。
「ここは、私たちの住む場所からは遠い場所……いつでも気軽に行けるわけではありません。人の身を超えたケルベロスと言っても、手の届かないことはまだ沢山あるのですね……」
目の前にいるのに救えない命。それがもどかしかった。
(「ケルベロスになれなかったら私もあっち側にいたのかな」)
メロウは誰にも見つからないように、影からそっと患者たちにサキュバスミストをかけていく。
患者と直接接するのは怖かった。だから、そっと陰から楽しい思い出をわけてあげる。それしかできなかった。
(「私がもらった楽しい時間を、せめて、少しだけでも」)
眼鏡の奥の瞳をそっと伏せて。
アルマジロ変身して現れた和は、患者たちを和ませる。持ち込んだラベンダーやカモミールの香りで消毒液の匂いの病室を満たせば、それだけで患者たちは穏やかな顔になった。
「大丈夫だよ。一人じゃないよ。おつかれさま」
努めて笑顔で、和とボクスドラゴンのりかーは患者たちを癒した。
他のボランティアに混じり、食事の提供やベッドシーツの取り換えを行う陣内。
共に訪れた眸は痛みのひどい患者の手を握り、エメラルドの光で癒していた。それを横目に見ていた陣内も、そっと猫と共に患者にヒールを施していく。
「……眸からは、人の生き死にってのは、どんな風に見えるんだ?」
何気なく陣内から問いかけられた言葉に、眸は患者に触れたまま思考する。
「ヒトの尊厳といウものは、ワタシには理解が難しい。しかし、命があり、ヒトはこんなにも暖かい。そノことが何物にも変え難イ」
陣内はその姿を見ながら思う。愛に満ちた人というのは、多分彼のような「人」のことを言うのだろう、と。
女性患者の胸に手をあて、一冊の本を取り出す鞠緒。鞠緒は本をそっと捲ると、歌を歌い始めた。
軽やかで明るくのびやかな歌声。
歌は、女性患者の思い描く『理想』の未来だった。明るく、温かく、優しい。
女性は涙を流して、鞠緒の歌声に聞き入る。
歌い終わった鞠緒に、女性は涙を浮かべたまま礼をいう。
「とても優しい歌、ありがとう」
ラームスは患者たちに触れることなく、看護師に自作の痛み止め薬を渡していた。
「……ケルベロスとはいえ外部の、あまり信頼ならない人からの薬ではあるが、せめて彼らの苦しみが少しでも和らいでほしいと思う」
最後がどうか安らかでありますように、と願いながら。
「怖いのは先が見えないからってのもあるかもな。まっ、先が分からないのなら好き勝手に妄想しておけばいいんだよ。あとは着いてみてのお楽しみ、だ。……つっても早まるような真似すりゃ地獄行きだから、今をしっかり生きようぜ」
ククロイは患者たちの話し相手になっている。フランクな語り口調は患者たちの緊張をほぐした。
患者たちのシーツ、服をクリーニングするシアと、その横で患者たちに何気ない雑談を語り掛ける翔子。
「私の故郷、先生と以前過ごした時の事を思い出しますわね」
シアがぽつりと語る。
「危機的集落に流行り病が重なって、先生はたまたま村に居ただけなのに、皆さんの手をさすって最期まで見届けて下さっていましたわね」
「ケルベロスも、ウィッチドクターも、出来る事はたかが知れてるってね。結局人には人が必要なんだよね」
施設を回り患者たちの姿をみて言葉を失う宴。
「ウィッチドクターのぼくが見ても、もう、救えない方々なんですね。……いえ。救えない、なんていうのは、少し違います」
そう言い、妙齢の女性に近づく。
「おや、おばちゃん化粧してないのに、恥ずかしいわ」
照れたように笑う女性に宴は、歯が浮くような甘い台詞をかける。
「大丈夫、綺麗ですよ。ぼくとお散歩デートでもいかがですか? 見慣れた近所の風景も、素敵なデートコースにしてみせますよ」
本気になっちまうよ、とまだも軽口を言う女性に、宴は本気だと言うように女性の手を取った。
リルンは患者たちをヒールして回っていた。
「今私に出来ることを精一杯やらなきゃな」
オウガメタルから放たれる粒子は雪のように舞い降る。
奥まった部屋の患者を診て回る茜。手を蹄に変化させて、ヒールを優しくかけていく。
「今まで楽しかったこと、辛かったこと教えてください。……慰めにもならないかもしれませんが、わたしたちが病すらも打倒します。あなたのことをわたしは忘れません」
語り掛けられた患者は、力なく笑って、静かに語り始めた。
エリオットはヒールをかけながら、己の無力を嘆いていた。
(「僕は己に課した誓いのため、幸せを願う人々のために、立ち止まらずに歩み続ける。これからも、ずっと……」)
メルヴィナはヒールを施した後、インドの民謡を歌い患者たちを楽しませた。一緒に口ずさむ患者もいる中、ひと時、楽しい時間が流れた。
エンジュとレスターは個室に隔離された少女を見舞っていた。
「怯えないで。別れは、誰もが通る道。命は巡って、また誰かと出会うために生まれるの」
少女を励ますように、レスターと手を重ね、少女の手を握る。その人の生を刻み付けるように。
「俺は貴方の事を忘れないよ」
レスターの手がエンジュの手ごと強く握られる。小さな手は、すがるように握り返してきた。その手をそっと離し、レスターは個室を出た。一人、涙を流す。地獄化した涙は、人前では流せなかった。
(「エンジュは優しい。俺にとってなくてはならない人。守りたい」)
ケルベロス達の癒しによって、患者たちはひと時の安らぎを得た。きっと彼らの最後は君たちの記憶でぬり替えられている。
作者:狩井テオ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年8月11日
難度:易しい
参加:69人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 5/素敵だった 12/キャラが大事にされていた 2
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