黙示録騎蝗~愛は深く激しく狂おしく

作者:神南深紅

●繭街
 山肌に穿たれた入り口はさして目立つものではなかった。もうずいぶん前から放置されていたらしく、崩落した岩で人ひとりがようやく出入りできる程度だったが、雑草は押しつぶされたようで何者かが大量に出入りした跡がある。
 その奥には……不気味な別世界が広がっていた。照明もない暗がりをぼんやりと照らすのは、どこからともなくふわふわと漂う仄かな毒をはらんだ淡い燐光。何者かがズルズルとはい回る鈍い音。続いて響くのは何か粘着質のモノがかき回されるような不気味な音だ。それらは空虚な心しか持てなくなったローカスト達だった。
「きゃしゃあああああぁぁぁぁ!」
「ひゃあぁあああああ!」
 あちこちの暗がりで響くのはそのローカスト達が発する意味なき叫びだ。

 そんな鱗粉舞う長く恐ろしい無明の先に他とは異なるローカストがいた。鮮やかな翅を広げ、触角を震わせたそのローカストは乙女のように夢見るように彼方を見つめ、うっとりと口を開く。
「……ルロイ」
 ローカストは何度も何度も名を呼ぶ。それは徐々に強く激しく大きくなる。
「ルロイはどこ?! ああぁポリリャエラはここよ。ここにいるのよ!」
 毒と暗闇の中、狂愛のポリリャエラは笑いながら激しく叫んだ。

●深く激しく狂おしく
「大変だったろうが、まずはめでたい。よくやってくれた」
 ヴォルヴァ・ヴォルドン(ドワーフのヘリオライダー・en0093)は先の大戦での勝利をねぎらった。しかし、撤退したローカストを統べる太陽神アポロンは健在であり、次なる大戦を狙っている可能性がある。
「それだけでも頭が痛いというのに、勝手に行動しているローカストもいるようなのだ。たとえば……」
 ヴォルヴァは相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)の調査により、中国山地の鉱山跡地に、『狂愛のポリリャエラ』が拠点を造っている事がわかったという。
「面倒な奴だ。こやつの拠点は濃密な鱗粉がねばねばとしている気色の悪い『繭街』となっている。そこにはあかりもほとんどなく、心をなくしたローカストが数限りなくうごめいている。潜入し最奥にいるポリリャエラをたたくのはケルベロスの精鋭でも困難と言わざるを得んよ」
 吐き捨てるようにヴォルヴァは言う。たた、攻略の余地がないわけでないとも言う。
「あの蛾みたいなローカストはケルベロスの一人、ルロイ・オッペンリバー(e19891)に執着しているらしい。ルロイが囮となって鉱山近くに出向いてくれれば、ホイホイと『繭街』から這い出してくるだろうよ」
 そこでケルベロス達はルロイとともに鉱山跡地に向かい、おびき出されたポリリャエラを配下のローカスト達もろとも撃破して欲しいと言う。ポリリャエラ以外のローカスト達は皆正気を失っているようで、闇雲に攻撃してくるしかしない。鉱山の入り口にうまく布陣して、こちらは頭脳を使い連携して戦えば、勝機は充分にあるだろう。

「おそらくはルロイは常に最前線で戦わなくてはポリリャエラは配下とともに『繭街』に撤退してしまうだろう。ルロイが戦闘不能になればルロイを連れて戻ってゆく。あやつ等の拠点で戦うのはどうにも不利だろうからそれは避けるが良いと思う」
 不愉快そうに眉を寄せヴォルヴァは言う。
「敵の総数は定かではないがざっと100体。蛾型のモスビーストと蟻型のイクソス・アーミーと呼称している。どれも正気のない連携も作戦もない烏合の衆だ。戦力の差が必ずしも戦果とはならないことを示してくれることを期待している」
 ヴォルヴァが注意を喚起する『狂愛のポリリャエラ』は蛾型でその攻撃は常にルロイを巻き込むように仕掛けられる。

「ローカスト風情が愛を語るのは片腹痛いが放置するわけにもいかない。ポリリャエラも含めて、皆、正気の沙汰ではないが数も多い。油断はせずに確実に撃破し帰投して欲しい。吉報を待っているぞ」
 ヴォルヴァは淡く笑った。


参加者
祭礼・静葉(サイレン堂店主・e00092)
暁星・輝凛(輝きの若獅子・e00443)
目面・真(たてよみマジメちゃん・e01011)
イグナス・エクエス(怒れる獄炎・e01025)
松葉瀬・丈志(紅塵の疾風・e01374)
ディークス・カフェイン(月影宿す白狼・e01544)
ベルカント・ロンド(医者の不養生・e02171)
フェリス・ジルヴィルト(白雪子狐の道標・e02395)
御伽・姫桜(悲哀の傷痕を抱え物語を紡ぐ姫・e02600)
巽・真紀(竜巻ダンサー・e02677)
ヴァーツラフ・ブルブリス(バンディートマールス・e03019)
レオナール・ヴェルヌ(軍艦鳥・e03280)
哭神・百舌鳥(病祓いの薄墨・e03638)
獺川・祭(ヘタレックスチュアン・e03826)
新条・あかり(点灯夫・e04291)
妻良・賢穂(自称主婦・e04869)
エレミア・ベルリヒンゲン(護りの劔・e05923)
アリス・リデル(見習い救助者・e09007)
パトリシア・シランス(紅恋地獄・e10443)
八雲・要(英雄志望のドラゴニアン・e14465)
ワーブ・シートン(とんでも田舎系灰色熊・e14774)
シエラシセロ・リズ(勿忘草・e17414)
羽鳥・紺(まだ見ぬ世界にあこがれて・e19339)
ルロイ・オッペンリバー(歪みのタングラムハート・e19891)
不破・葵(炎心のイレイザー・e23040)
スノードロップ・シングージ(堕天使はパンクに歌う・e23453)
アオ・ミッドカイン(空を舞い落ちる星・e24484)
リノン・パナケイア(狂気と後悔に苛まれ・e25486)
マーシャ・メルクロフ(銀世界・e26659)
黒岩・りんご(禁断の果実・e28871)

■リプレイ

●無明の繭街より
 今生の別れとなる、そのための邂逅であった。人はそれを愛とは呼ばず執着、妄執と呼ぶ。狂おしくただ求めることは、悲劇を生む前に消さなくてはならない。その終焉の場にルロイ・オッペンリバー(歪みのタングラムハート・e19891)は踏み出した。その1歩が深く暗い穴蔵のような繭街から1体のローカスとを誘う。
「ポリリャエラ! ルロイだよ!」
 絞り出すような肉声はどこまでも深く山肌に穿たれた穴の奥に届いているのだろうか。明らかな変化はなくてもルロイは続ける。
「探しても見つからないはずだ。こんなところにいるなんて。でも、会いに、会いに来たよ……」
 優しい声が岩と木々と、そしてポリリャエラ討伐のために集まったケルベロスたちに響く。

 1分、そしてまた1分……時間だけがじりじりと進む。もう一度ルロイが声を張ろうと息を吸い込んだそのとき、皆の足元にかすかな振動が伝わってきた。
「ルロイさん、ご苦労さんだったね。もう僕やみんなにもわかるから大丈夫」
 無造作に白衣を羽織った新条・あかり(点灯夫・e04291) がルロイを制した。
「鈍い女。ようやく恋しい男が会いに来たってわかったみたいじゃない」
 唇の端に張り付いた煙草を無造作に服のポケットに突っ込んだパトリシア・シランス(紅恋地獄・e10443) は紅玉のような赤い髪を背に流しライドキャリバーを前に押し出す。
「俺より前に出る必要はない」
 敵の接近を感知したイグナス・エクエス(怒れる獄炎・e01025)がルロイの前に出る。その間にも振動は激しさを増し、まっすぐこちらに向かって大量の何かが接近してくるのがわかる。
 そしてとうとう、暗い穴蔵から鮮やかな羽を広げたローカストが飛び出した。
「る、る……ルロ、ルロイ!」
 もどかし気に愛しい人の名を呼びルロイにとびかかる蛾型のローカスト。それこそ、深い繭街にこもっていた『狂愛のポリリャエラ』に間違いない。熱烈なる狂乱のフェロモンはルロイを狙って大量に巻き散らかされる。しかしその範囲攻撃は想定内のことだった。それゆえ、ルロイと同じ中衛は極端に少なくAB班には誰もいない。
「大丈夫ですか?  オッペンリバーさん」
 ルロイを身を挺してかばったのは可憐な花のような御伽・姫桜(悲哀の傷痕を抱え物語を紡ぐ姫・e02600)と彼女のボクスドラゴン『シオン』であった。
「わたくしの目の黒いうちはこんな乱暴、許しませんからね。お仕置きを覚悟なさいな」
 チェーンソー剣の鋭い刃を肉切り包丁のように巧みに操り、妻良・賢穂(自称主婦・e04869)は落ちてくるポリリャエラの腹を斬り裂き、すかさず殴りかかった羽鳥・紺(まだ見ぬ世界にあこがれて・e19339)の拳から放射状に広がる霊力のネットがポリリャエラの動きを封じる。
「やだ、妻良さんより早く攻撃できたらよかったのに……きもい」
 ポリリャエラの広がった傷口から流れる体液に紺は敵との間合いを取りながらもわずかに顔をゆがめ、飛沫のついた手をぶんぶんと振り体液を払う。
「痛みとか感覚の異常はないんだよね」
 素早く味方前衛に雷の遮蔽を構築したあかりが尋ねる。
「大丈夫。きもいっていう気持ちの問題だけみたい」
 紺が軽くステップを踏んで後退し、スノードロップ・シングージ(堕天使はパンクに歌う・e23453)は前に突き出した掌から「ドラゴンの幻影」を放ち、ポリリャエラを飲み込むように包み燃やしてゆく。
「そのモフモフを燃やし尽くしてアゲマス!」
「 スノードロップもやるじゃない」
 パトリシアの力は自分たちを含め前衛たちの背後でカラフルな爆発を作り、爆風で皆の士気を高めてゆき、イグナスは己の炉心を暴走しないギリギリの高出力で維持し、掌から光となって迸る。
「俺の命の輝きよ! 光の奔流となれ! オルゴンストリームッ!」
「チューリップの花より生まれる小さな小さなお姫様……あなたに花の蜜を授けましょう」
 姫桜だけが持つ力の発現もまた、前衛それぞれへの攻撃力アップの効果がある。
「る、ルロイ。どうして?」
 割かれた腹から体液を流し、スノードロップの幻影やイグナスの光に焼かれながらも、lそれでもポリリャエラはルロイへと手を差し伸べる。

 繭街から這い出してきたのはポリリャエラだけではない。5体の蛾がやや遅れてぞろぞろと現れる。
「さて、逃走劇はここまでだな。そう、かたまったままそこを動くなよ」
 リボルバー銃を構えた松葉瀬・丈志(紅塵の疾風・e01374)がつぶやきく。
「次の聖地で再び出会う、その時の為に」
 ネイティブアメリカンに伝わる精霊の力を帯びた弾丸がまばゆい陽光に一瞬動きを止めたローカストたちを狙い撃ち、さらにその動きを鈍らせる。
「ディークス、あんたからにしようか。まぁ特に深い意味はないんだけどね」
 どこかけだるげに、けれどしなやかに挙げられた祭礼・静葉(サイレン堂店主・e00092)白い腕、そこから放たれた半透明の『御業』がディークス・カフェイン(月影宿す白狼・e01544)を包み込み、鎧のような形に変わってゆく。
「……ありがたい」
「いいんだよ、おっと、あんたは前でディフェンダーだよ」
 静葉の言葉の前半はディークスへ、そして後半は彼女の半身でもあるミミック『シカクケイ』への指示だ。
「狂った兵か……哀れだな。理性もあれば違っただろうに……」
 淡い憐憫を表情から消したディークスが古代語での詠唱を開始し、すぐに魔法の光となって先頭の蛾を石化する。
「残党狩り――いやさ、害虫駆除でイイな。オーライ、踊るぜ。オレのダンス見てけよ!」
 浅黒く引き締まった巽・真紀(竜巻ダンサー・e02677)が軽やか、そして力強くにステップを踏みながら、両手を伸ばす。その掌から巨大でまぶしい光の弾丸が発射され蛾の群れへと叩き込まれる。
「後ろに通させるわけにはいかないな」
 カイコのようにいびつな姿で飛ぶでもなくのたうつ敵をねめつけ、不破・葵(炎心のイレイザー・e23040)は剣の柄に手を伸ばす。
「不破一刀流 奥義……」
 鋭く早い太刀筋がキラリと光の軌跡を描く。鈍くうごめく敵を捉えるのはごく簡単なはずであったが、それだけにイレギュラーな動きが多くわずかに切っ先は蛾の羽を切り払うだけで本体をかすめてゆく。それに逆上したわけでもないだろうが、蛾型のローカストたちは一斉に葵めがけて攻撃を仕掛ける。アルミを注入するもの、身体のどこかをこすり合わせて放つ破壊の音が葵と『シカクケイ』を不自然な眠りへと引きずり込んでゆく。がっくりと二人が地面に崩れ落ちる。
「人数が多いし、やっぱり後衛優先で使うべき、だよね。治療は任せたよ」
 小首をかしげて考えた後、アオ・ミッドカイン(空を舞い落ちる星・e24484)は4人の後衛たちが立つ辺りへとケルベロスチェインを展開させ、守護の魔法陣を描いてゆく。その背後で黒岩・りんご(禁断の果実・e28871)マインドリングから分かたれた光の盾が眠り込んだ葵を元の状態に戻してゆく。
「やはり睡眠の効果は恐ろしいものですわね。かわいくないローカストの女の子に率いられただけ、というわけではなさそうですわ」
「……酷い目に遭ったぜ」
 頭を乱暴に振りながら葵が立ち上がる。
「……新手ですわ」
 抑揚のないりんごの声が洞窟からさらに陽のもとに這い出してきた敵の存在を告げる。今度は蟻型が5体だ。
「諸君、早速オレらの出撃である。黄金の帳よ、敵の航跡を描き出せ!」
 目面・真(たてよみマジメちゃん・e01011)の言葉が魔法の呪文であるかのように、半透明の美しい黄金色のヴェールをまとわせて行う治療行為が同時にクラッシャーとディフェンダーたちの攻撃の力を増強させてゆく。
「真くんはディフェンダーだから身体を休めていてくれないとだけど……」
 暁星・輝凛(輝きの若獅子・e00443)はそのあとの言葉を飲む。C班は5体の蛾型に手一杯であり、C班のディフェンダーに蟻型の足留めまで望むのは実際的ではない。少なくとも今は戦場に10体の好き勝手に暴れる敵が存在しているのだ。
「そうだね。真くんの判断は正しいね」
  輝凛は小さくうなずく。
「籠目等角、呪術に似る。千古の織り目に其は宿る。金穂の可見、銀輪の日暈、重陽の菊其れ凡て黒陽の天恵也。」
 フェリス・ジルヴィルト(白雪子狐の道標・e02395)の力ある言葉はその手に携えた銃『黒陽』にカミを降ろす。銃口の先には三重の紋様が浮かび上がり、先頭の蟻の頭部に命中する。
「フェリたちの登場は本当ならもっと後になりますです。でも、こんな場合もちゃんと考えてますです」
「これは考えに考えた作戦だからね」
 輝凛は光る猫の群れのエネルギー体を一時的に喚び出して敵へと向かわせる。
「首領の思惑はさておいても、放っておけば人を食らうんじゃ放って置けないよね。うん、雑魚を蹴散らすのが役目なら、遠慮なく!」
 手を伸ばし敵へと向けたレオナール・ヴェルヌ(軍艦鳥・e03280)の手のひらから幻影のドラゴンが出現し、フェリスや輝凛の攻撃で他よりも傷ついた蟻へと襲い掛かる。
 その時、突然蟻の移動速度があがった。何がトリガーであったのか、ゆらりとたち上がると勢いよく飛び蹴りを放ってくる。2体は真へそしてもう2体はフェリスへ、そして傷ついた1体は手にした鎌のような小ぶりな武器で後列にいる輝凛へと向かって走る。
「させるわけねーっしょ! なぁミミくん」
 身体ごとぶつかるようにして輝凛を守るのはアリス・リデル(見習い救助者・e09007) とミミックだ。
「もっと熱く! もっと激しく! 盛り上がってこーぜ!」
 荒ぶる恋のような激しい楽曲が聴く者の気持ちを燃え上がらせ、手負いの敵を身体ごと炎に包む。
「暁星殿への攻撃は拙者の目の黒いうちはならぬと思っていただくでござるよ」
 マーシャ・メルクロフ(銀世界・e26659)が持つナイフの刃がギラリと陽光を反射しまぶしいほどにキラキラとする。そこに何が映ったのか、間近にまで迫っていた蟻の動きが不意に止まる。
「どっちか選べるんなら体力なさそうな蛾型がよかったんだが、戦場じゃ俺の思惑通りに動くことなんざコレぐらいしかないからな」
 不機嫌そうな表情のまま、ヴァーツラフ・ブルブリス(バンディートマールス・e03019)は無造作に銃を構え弾丸を放つ。それはまるで綿密な軌道計算をしたかのように狙い通りの軌跡を描き、跳弾を繰り返して蟻の背後から頭を射抜く。グエッと叫んで蟻が地面に倒れ伏した。頭部の半分を消し飛ばされても、その体はまだ動きを止めない。
「しぶといな。さすが虫ってところか?」
 わざとらしく片方の眉だけをあげ驚いたような表情を見せたヴァーツラフが改めて銃を構える。

「おいらを倒そうなんて、簡単にはいかないですよぅ」
 ルロイ同様、特定の班には編入されていないワーブ・シートン(とんでも田舎系灰色熊・e14774)は獰猛な灰色熊の生命力をグラビティ化して、自分の防御力を高めている。とにかくなんとかしたいという気持ちはあるのだが、どうすればいいのかまだ明確な答えは出ていない。
「きっと、この戦いの中で見つかるんじゃないでしょうか?」
 とにかく戦況を見極めようと周囲を見る。すると、今まで動きのなさそうであった7人に小さな変化がある。
「CD班はまだ戦い続けているけれど、そろそろA班とB班が交代するのでしょうか?」
 ワーブはぬいぐるみのように愛らしい顔で小首をかしげる。

 この一角だけは静かであった。
「いきなり休憩所にいるっていうのも、なんだか不思議な気分だよね」
 哭神・百舌鳥(病祓いの薄墨・e03638)は落ち着かない様子で周囲を見る。少し高い位置にある大きな木の根元にB班の7人は集結していた。
「休憩所はここでいいかな?」
 エレミア・ベルリヒンゲン(護りの劔・e05923)は慣れた手つきで休息に必要であると思われる物資を展開してゆく。その中には寝袋や携帯用の野戦用具、それに目覚まし時計やアラーム機能のある腕時計、スマホもある。
「ルロイさんもA班もCD班も今のところ大丈夫そうですね」
 ここからは戦況が良く見えるらしくベルカント・ロンド(医者の不養生・e02171)は戦闘の準備をしつつ大局を見定めようと新緑色の目を凝らす。
「もしここが襲撃されそうになったらボクが戻って守るよ。斜面は急だけど飛ぶには問題ないからね」
 シエラシセロ・リズ(勿忘草・e17414)はベルカントが自分を見捨てないことを知っている。だからたった一人で動くとしても、心配はしていない。
「愛って一口に言っても色々あるあるもんっスね。こー言うはた迷惑な愛は悪いが止めさせて貰うっスよ!」
 獺川・祭(ヘタレックスチュアン・e03826) はA班の中で戦うルロイを見やりため息交じりに言う。ことはもはやルロイだけにとどまらない。ルロイを差し出したとしても狂気に溺れるローカストたちに更生の可能性は低く、遅かれ早かれここを這い出し人々に危害を加えることだろう。
「わかった。今回は長丁場になるだろう事がわかっているからな。待つのも待機も大事なことさ、なぁ兄弟」
 自分自身に言い聞かせるように八雲・要(英雄志望のドラゴニアン・e14465)は無理に笑みを浮かべ、ボクスドラゴン『八雲・廻』へと語りかける。
「もういい。早くA班と合流しよう。まずはアレを倒さないとルロイも戦いにくいだろうからね」
 淡い茶の髪をかき上げリノン・パナケイア(狂気と後悔に苛まれ・e25486)は武器を握り直す。

●果てなき戦いの果てを目指して
「どうして、どうして変わってしまったんだ。本当の君は誰もが争うことなく平和になって願っていた筈なのに……」
 ポリリャエラの死を受け入れてこの戦場にやってきたはずなのに、目の当たりにすれば心が揺れる。狂気に浸食された心はもう戻らないのか、もう助ける術はないのか。ケルベロスとして心の整理をつけてきたつもりなのに、ルロイの動きは攻守に渡ってどうしても他の者たちよりも動きが鈍い。
「わたくし、苦手ではありませんけれど好きでもありませんよ、虫って」
 賢穂は得手を選ぶ異界の神よりくだされし槍を手に思い切りよく突き出してゆく。神意のような峻厳な稲妻を帯びた超高速の突きがポリリャエラの身体を麻痺させる。そこへ目にもとまらぬほどの速さで放たれた紺の礫が襲い掛かり、スノードロップが花言葉に秘められた呪詛を解放する。
「熱いなぁ、スノードロップさん。でも、私だって負けないよ」
 紺は首元にそっと手をやりつつ、スノードロップの挙手を視界の端で見る。
「死ト希望ヲ象徴する我が花ヨ。その名に刻マレシ呪詛を解放セヨ! スノードロップの花言葉、アタシはアナタノシヲノゾミマス!」
 死の呪詛が真っ白な穢れなき花弁となり漆黒の羽とともにポリリャエラへと降り注ぐ。紺の攻撃に武器を弾かれたポリリャエラの細い腕に白と黒の攻撃が命中する。
「ルロイさん、今は死なないようにすることだけ考えてよ」
「……わかってい、いや、そうだった。わかっていないのはボクでした」
「無理もないよ」
 年若いあかりは大人のような複雑な表情を一瞬だけ浮かべ、すぐに消して淡々とルロイに癒しの技を使う。
「派手に射ちまくるわよ。一歩たりともルロイに近づくことなんて出来なくなるくらいにね!」
 パトリシアとその半身であるライドキャリバーがほぼ同時に弾幕を張るかのように、盛大に豪勢に礫を射ち放ってゆく。その言葉通り、まさに射ちまくりだ。さらにイグナスと姫桜がデウスエクスに効果を持つウイルスのカプセルをポリリャエラに投げつける。
「次は俺が必ず守る。だから堂々としてここに立て」
「私とシオンもおりますわ。だからどうかご安心ください」 
 厳しくも優しいイグナスと姫桜の言葉と心が殺伐した戦場でもはっきりと感じられる。
「わかった」
 ルロイは小さくうなずいた。
「おいらも応援するからね」
 と、ワーブも言う。

●D班の戦い
 蛾型のローカスト5体を屠ったC班は休憩のために撤収し、戦場にはやや遅れて蟻型5体と交戦中のD班が残っている。
「光の翼よ、皆を癒せ!」
 ディフェンダーの真が夜空を彩る極光のような緑とも蒼ともつかない不思議な光を放ち、仲間達を包み込む。ナノナノの煎兵衛もディフェンダーのポジションで『めろめろハート』を繰り出している。
「フェリはまだ暴れたりないですよ!」
 鎌のような武器を持つ蟻の攻撃を跳躍して避けたフェリスは空中で身をひるがえし、いつの間に構えたのか卓越した動きで自分を攻撃してきた蟻の頭を正確に撃ち抜いてゆく。体液をまき散らしながら蟻が倒れる。
「やった!」
「フェリス、そこは危ない!」
 フェリスが着地する場所は激しい戦いで地面が崩落している。
「え?」
 小柄なフェリスの身体はレオナールに抱きかかえられ、別の場所に着地する。その間にもレオナールは簒奪者の鎌を回転させながら敵に投げる。
「あ、ありがとう。レオナールお兄さん」
「どういたしまして」
 抱えたフェリスを離しながらも、もう片方の手が敵を刻んで戻った鎌の柄を難なくキャッチする。
「さっさと片付けてみんなで帰ろう。あ、その前にあっちの敵も倒さなきゃだけどね」
 電光石火の蹴り技がフェリスとレオナールの攻撃に瀕死状態の敵、その首を貫き頭部を飛ばす。すると、その同族の亡骸を踏み潰し、跳躍した蟻が後衛へと破壊の音を放ってくる。どこから音を鳴らしているのか、不協和音ばかりで身体が崩壊していきそうになる。
「なに、これ?」
「てめぇ、たいがいにしろよ!」
 輝凛とヴァーツラフが苦痛を訴えるなか、マーシャだけは攻撃を免れる。それは身を挺してアリスがマーシャをかばったからだ。
「かたじけない、でござるよ」
「司令塔であるメディックへ攻撃が飛ばねぇよーにちゅーいして立ち回るのはディフェンダーの当然の動きっしょ」
「それでも感謝するでござる」
 マーシャはちょっと古風な口調でアリスに礼を言い、満月の様に綺麗な光の球を作り出すアリスにぶつける。
「オーライ! てめぇら額にでっけぇ風穴開けられてぇ奴から手を挙げな! 俺が望みをかなえてやるぜ!」
 ヴァーツラフの両手に構えたリボルバー銃の銃口から、敵の魂を食らう降魔の一撃が放たれた。一体が倒れる。しかしその向こうにもう1体の蟻がいて、AB班の方へと向かってゆく。
「しまった! 追いつかない」
 真が身をひるがえし、手にしたゲシュタルトグレイブを高速で回転させつつ突き出すが、あと少し届かない。それはナノナノの煎兵衛が出す攻撃も同様だ。
「逃がしませんよ!」
 フェリスは思い切りよくがとガトリングガンを連射する。ハチの巣のように穴だらけになるローカストは、だが動きが止まらない。だが、不意にそのローカストがぱたりと倒れた。B班のリノアが光鳥を喚び仕留めたらしい。
「ならば俺はこの場にいる敵に集中する」
 レオナールがアームドフォートの主砲を一斉に発射して、蟻型のローカストを撃破する。
「こいつらを倒したらすぐ行くよ! 耳を澄ませて待っててよね!」
 輝凛は大きな声でAB班へと叫ぶと、翻って声を使う。
「夜明けを呼ぶ剣、この手に!」
 輝凛がその身に宿した「英霊」の力にデウスエクスの魂の力を上乗せして圧縮した力は、敵を裂く光剣となって真っ二つ両断する。
「とっととぶっ倒してルロイっち達のヘルプに向かうっしょ! いい加減倒れるっしょ!」
 アリスが放つ音速を超える拳がのたうつ蟻型ローカストに引導を渡す。
「レオナール殿、遅くなったがご容赦くだされ」
 マーシャから離れた『御業』がレオナールの鎧となって変形し、同時に傷を癒してゆく。
「死にたい奴から俺んjんとこに来い! 苦しまずに死なせてやる!」
 岩や地面に当たって跳ね返った弾丸があらぬ方向から敵を襲い敵の腹を貫通する。
「こんなところか?」
 いまだ洞窟の穴から新手の敵はあらわれず、しばしの静寂が戦場に降りてくる。


「ルロイ、ねぇルロイ。こっちに来て」
 身体も羽も大小の傷を紋様にように張り付け、攻撃の手を緩めることなくポリリャエラは恋しい人の名前を呼ぶ。
「くっ……」
 勢いに反転して転がるルロイ。
「魂の鼓動を今止める……」
 張り巡らされた空間の中を縦横無尽に光が舞う。その細くしなやかな光る糸がポリリャエラの胴を射抜く。一見、不健康そうにも見える百舌鳥が髪を乱しながら立っていた。
「その人を持っていかれては困るんだよ……だから聞き分けてここで消えて……」
 百舌鳥は簒奪者の鎌の柄を強く地面に打ち付ける。その間にA班の手厚い守りにも関わらず負傷したルロイにはマインドリングから放たれた優しい光が傷を癒し防御力を高める。
「少し到着が遅くなりましたか? こちらB班は予定通りに任務を遂行しているつもりでしたが」
「アンチヒールは必要ないみたいだな。ならば私の攻撃は……」
 リノンには使い慣れた得物であるルーンアックスの柄は吸い付くように手の中に納まり、発動させたルーンによって光輝き呪力とともにポリリャエラの頭部へと振り下ろされる。とっさに身をひるがえしたがポリリャエラの片方の触覚が根元から引きちぎられる。
「はずしたか」
 リノアはぼそりと小声で言う。
「いくよ」
 小さくつぶやくような声がシエラシセロの唇から漏れ、光の鳥たちとともに敵の間合い深く入り込み斬撃を放つ。その両手に握られているのも群れ飛ぶ鳥たちの変化したものであり、攻撃を終えた鳥たちはナイフともども元の光へと消えてゆく。
「いい攻撃ですすが、どうしてポリリャエラではなく蟻型のローカストなのでしょうか?」
 シエラシセロの狙いすました攻撃は瀕死でこちらへと逃れようとしていた手負いのローカストにとどめをさしている。しかし、あくまでAB班の主たる目的はルロイの生存とポリリャエラの倒すことだ。
「一撃で仕留められると思ったし、こっちに向かってきたから。ボクは何か間違った?」
 リノンは不安そうな顔でベルカントを見上げて言う。ベルカントはゆっくりと首を横に振った。
「いいえ、大丈夫ですよ。でも次からはポリリャエラに集中してください。たぶんCD班は大丈夫ですから」
「……わかった」
 その間にも戦闘は途切れない。エレミアは流星の煌めきと重力を宿した破壊力満点の飛び蹴りを見事にヒットさせ、ポリリャエラの細い脚をたたく。
「ここからは私たちが戦うから、A班の人たちは適宜撤収し後退して休憩所に向かって!」
 振り返ることなく敵を見据えつつ、エレミアは自分の背後にいるだろう別班へと叫ぶ。
「さぁさ聞いて仰天見て絶倒、本日の演目は世にも不思議なカワウソ語り。お代は笑顔と拍手で頂ければ幸いっスよ!」
 面白おかしい抑揚で語られる旅芸人祭の語り芸。その話芸には不思議と聞く者に力を与え破邪の力さえこもっている。
「じゃあライドキャリバーをしんがりしようかな。ディフェンダーだし、戦線を維持してくれるだろう」
「わかった。退こう」
 パトリシアのライドキャリバーを最後まで残しつつ、A班は攻撃の後、後衛よりもさらに後方へと退いてゆく。その空いてしまったスペースにはB班の者たちが即座に埋める。
「アタシはまだダイジョーブデース」
「私達はスナイパーだから、みんなみたいな休憩は要らないわ」
 スノードロップと紺は立ち位置を変えずに後退してゆく仲間たちを見送る。
「でも、休憩せずに3時間戦い続けるつもりなのですか?」
「……うん。出来るところまでやってみたいの」
 紺は曇りない瞳で賢穂を見つめる。
「……わかりましたわ。でも無理はしないでくださいね」
「OKデ~ス」
 スノードロップが元気に答える。
「あとは頼む」
 あかりはB班のために雷の障壁を作り、姫桜は七色の花が絡まる白いロッドを華麗に操り、そこから雷撃を放ってゆく。
「行きましょう、あかりさん」
「……うん」


 戦いの第1節を勤め上げたA班の面々はB班にルロイとポリリャエラを任せ休憩所にまで退いてきた。
「ようやく戻ってきたか。戦況はどうだ? 敵の様子は? ルロイはちゃんと立っているか?」
 休憩所の斜面まで出迎えた要がA班の者たちを質問攻めにする。ここからでも大まかな様子はわかるが、やはり実際に戦ったMこのでなければわからないこともあるだろう。
「俺に聞かないでくれ」
 イグナスは要と要のボクスドラゴンを遠く回避するようにして休憩所に入ると、無造作に座り持参してきた非常食での補給に入る。
「古来か腹が減っては戦はできない……と、言うからな」
 レプリカントはもはや命なき機械ではない。休息や補給がなくては活動を続けられない存在となっている。だからこそ、その大切をイグナスは骨身に染みてわかっているのだ。
「じゃ俺は行くからな。ここの仕切りは任せたぞ」
 要は糸の切れた凧のように、風をまとって走り出す。誰か一人はディフェンダーがこの場に残るというルールに縛られていたのだが、A班が戻ってくればA班のディフェンダーがいるのだから要はお役御免になる。
「俺の分も残しておいてくれよ~~」
 
「皆さま、ご一緒に深く静かな休息を心がけましょう。そうして万全な体制でなくては今戦っているB班と交代できませんわ」
 姫桜はシオンと一緒に細い木を背にして座り、身体を預ける。パトリシアも別の木陰に陣取って、癖になっているのだろうポケットから煙草を取り出し口にくわえ……それからハッとしたように煙草を元に戻す。
「こういうのは全部片付いてからのほうが美味いからね。風呂上りにビールが美味いみたいなもんで、それまでは我慢しなきゃねぇ」
 クスッ笑うとごろりと地面に横になる。どうやら徹底的に休息をするつもりらしい。
「そうか、わかった。僕らはこれから休息に入るが、そちらも交代のタイミングには注意して欲しい」
 連絡を終えるとあかりは皆に振り返った。
「あちらはどのような状況なのですか? やはり戦況は芳しくないのですか?」
 賢穂はあかりの表情から不安そうに顔を曇らせ言う。ヘリオライダーの見立てでは繭街には100ほどもローカストが集っている。いくら正気をなくしているとしても、いや、だからこそ殲滅するのがやっかいになる場合だってある。
「CD班は総出で蛾型と蟻型の敵にあたっている。最初から5体ずつの10体出てきたらしい」
 あかりは白衣のポケットに手を突っ込んだまま、ややぶっきらぼうに言う。
「応援要請というわけではないんですね。とはいっても、応援要員はまだあちらですけれどね」
 賢穂はそっと足を斜めにそろえて座りながら先ほどまで自分たちがいた戦場を見る。紺もスノードロップも休憩に入ることをよしとせず、今もスナイパーとして戦っている。それが吉とでるか凶とでるのか、今の状態ではわからない。
「ともかくディフェンダーとメディックはしっかり休んでおくわよ」
 寝転がったままのパトリシアが言う。

●休息はマストです
 蛾型の敵5体を退けた後、戦場をD班に引き継いでC班は休憩所にやってきた。そこにはすでにポリリャエラとの戦いをB班に託し、1回目の休息をとっているA班がいるが、そろそろ2度目の戦場へと準備をし始めたところだった。
「なんだ、もう行くのか? ってちょっと少なくないか?」
 ひぃふぅみぃとA班のメンバーを数えながらディークスは気さくに声をかける。
「オレたち、だいたい7人でチームを組んでなかったか? まぁ若干チームを超越した奴らもいたけどよぉ?」
 戦闘が終わって疲労も蓄積しているだろうに、真紀のステップにはそれを感じさせない軽さがある。
「そういう勝手を許していいのか?」
 責めるというよりは心配そうに丈志が言うが、けれど言葉にするとキツい印象になってしまう。
「あなたたち……」
 パトリシアを姫桜が制すると先に休憩所をあとにする。
「わたくしたちのスナイパーは勤勉にすぎるのですわ。どうしてももっと戦いたいと戦場を離れません。けれど、自己管理のできない者たちではありませんからご心配にはおよびませんわ」
 そそくさと挨拶をした賢穂が丁寧に一礼し、あかりとイグナスも休憩所を下ってゆく。
「だが、Aのスナイパーは消耗していないのだろう。まぁ順調に削っているといったところだろうな」
 ちらりとA班が去って行った方角をみやり葵が言う。
「俺たちはきっちり休息をとろうぜ。とっとと片付けたらあっちの援護にも行けるだろうしな」
 そのままゴロリと横になる。ディフェンダーの葵は誰よりも蓄積されたダメージが深い。しっかりとした休息を取らなくてはD班との交代は出来かねるのだ。
「あぁ葵、治療をしてしまおう」
「わかった」
 半身を起こそうとする葵にアオは手で柔らかく制する。
「寝ていてくれて構わないよ。楽にしていていいし……あ、りんごさんも今はゆっくり休んでよ」
 地面に紋様を描くチェインは力を引き出す魔法陣になっている。
「でも、わたくしこそがメディックとして皆様に治癒の力を使わなくてはならないのですわ」
 責任感を感じているのか、りんごは泣きそうな顔をする。ヒーラーとして、仲間の誰にも怪我をして欲しくない。それでも混戦の中、どうしても怪我や傷を負ってしまう。
「あたしたちはそれほどやわじゃない。安心して休憩するんだね。もし、ここで何か騒ぎがあればきっと別班から事前に連絡が入るだろうよ」
 けだるげに身を木の幹にもたれさせていた静葉が言う。
「それとも強引に頭を押さえつけて寝かせつけてやろうか?」
「いえ、わたくし、一人で眠れますわ」
 静葉の言葉が終わるか終わらないかのうちにりんごは礼儀正しく一礼しアラームをセットすると袴の裾を汚さないように腰をおろし上体も横になる。ごく短い時間だが、仲間たちが戦ってくれているからこその貴重な時間だ。


 A班からの残留である紺とスノードロップ、そしてB班の要以外の6人での戦いが始まる。バッドステータス重視で雷の霊力を帯びたゲシュタルトグレイブで神速の突きを繰り出す紺と、高く跳び上がったスノードロップが振り下ろすルーンアックス。さらに同じ攻撃をリノンも逆方向から仕掛けてゆく。一瞬、深く間合いに入ったリノアはポリリャエラを挟んでスノードロップと接触寸前になる。
「……悪い」
「気にしないデース」
 左右に分かれていく二人。
「その”武器”、封じさせてもらおう」
 エレミアの痛打がポリリャエラの腕を撃ち、再び取り上げていた武器がまたしても地面に落ちる。
「絶対に負けられないから全力で倒すよ」
 シエラシセロの身体から魂を喰らう降魔の一撃が放たれる。
 しかしポリリャエラはまだ戦意を失っていなかった。いや、執着の対象であるルロイを目の当たりにして、その狂乱の力は増幅していたのかもしれない。
「邪魔、しないで!」
 大きく開かれたポリリャエラの翼が前線で戦う者たちに見たくはないビジョンを見せつけ、翻弄する。
「わああぁ」
 転んだ祭の傍をポリリャエラがルロイへと走るのを阻止出来ない。
「そんな攻撃で、ここを抜けられると思ったかい?」
「いやぁぁぁ!」
 ポリリャエラに突破されルロイが攻撃を受ける……そんな未来は訪れることはない。そこにはがっちりとポリリャエラの突破を阻止した要と廻の姿があり、背を飾る翼が豪奢に燃え上がる。それは戦場という血なまぐさい死闘の中でこれほど美しく輝くものなのか。
「要さん! こりゃまた一等いい場面でご登場じゃないですか?」
 態勢を立て直した祭が要の隣でにやりと笑う。
「まだまだ俺たちの時間だろう? A班が慌てて休憩を切り上げたりしないようにしっかりやろうぜ。なぁルロイ!」
 最前線に立ち一歩も引かずに立ちふさがる要の姿とその鼓舞する声がその場で戦う仲間に強く大きな力を与える。
「それは困る……オレはまだまだ戦える、から……」
 切り裂いたポリリャエラの体液に身を染めながら百舌鳥が言う。
「届け、絢爛たる花の導き』」
 ベルカントの歌が青空のもと、かぐわしい花弁の舞とともに戦場に響く。それはポリリャエラの心をえぐるような攻撃から味方を癒し、力となる。

●C班の戦い
 さらにD班とスイッチしたC班が今度は続々と這い出てくる敵の殲滅に当たる。丈志は惨殺ナイフの刀身に映る映像を具体化させ、心の内側から敵を攻撃する。
「虫でも心の傷とか気にするもんかね?」
 地球のグラビティチェインの濃度に酔い、戻れなくなるほどの狂気に沈んでいるローカストたちだ。だが、心配とは裏腹に蟻型のローカストは頭を抱えて苦悶にのたうつ。
「効くもんなんだな」
 丈志は赤茶の瞳を丸くする。
「こういいい効果がつく技は切羽詰まってからじゃ使えないからね」
 静葉の言葉通り、半透明『御業』はするすると空間を漂うと鎧の形に変形して葵の防御力を高める。
「狂った兵か……哀れだな。理性もあれば違っただろうに……」
 ディークスは丈志と同じ魔鉱彩刃の銘を持つ惨殺ナイフを振るい、トラウマの幻影を映して攻撃とする。
「オレのダンス、見てけよ』」
 真紀が躍る。敵であるローカストたちにみせるるように、心と体のリズムを狂わせる魔性のダンスが披露される。突然の出来事に狂ったはずのローカストが一瞬動きを止め、ぼんやりと宙を見つめる。そこに葵の鋭い斬撃が巧みに角度を修正し、一刀両断に敵を屠る。
「不破一刀流 奥義……」
 その光輝く閃光の一撃がローカストを絶命させた。目の前で仲間の身体がン真っ二つになったのを見たローカストがのけぞるようして悲鳴をあげる。その破壊的な音攻撃が唯一の前衛である葵と静葉のミミックへと押し寄せてくる。がくりと膝が地面につき、そのまま深い眠りに引きずり込まれてゆく。
「やりましたね。会心の一撃です。私だって頑張ります!」
 アオは再びさサークリットチェインを使う。その効果がきっと仲間たちの力になると信じている。そうして守られた仲間たちがきっと敵を倒してくれる。
「葵さん、わたくしの声が聞こえますか?」
 すかさずりんごはオーラを溜め、葵の傷を治癒しさらには眠りの淵から引き上げる。敵の睡眠攻撃に警戒していたりんごの反応は早く、葵はごくわずかな時間で目を覚ました。
「助かったぜ。こんな殺伐とした場所で寝るなんざ趣味じゃない」
 葵は顔に張り付く髪を無造作に払いながら一言毒づく。

●D班の休息
 休憩所につくと、さっそく輝凛はタイマーをセットし、大急ぎでテントを設営する。
「申し訳ないが、この場で休ませてもらいたい」
 がっくりと膝をついた真はナノナノともども倒れるように地面に転がる。
「あ、ちょっとだけ待ってくれたらテントで寝て……って、もう熟睡してる」
 輝凛はびっくりしたよう目を開いた。
「フェリはちょっとだけ大地の力を借りてくるね」
 言うなりフェリスは地下に潜る。
「やはり休息があると戦いが有利に展開されるのだな」
「この分ならあっちの援護に行けそうっす。もう行くっきゃないっしょ」
 アリスは身近言葉で簡素に言う。それしかない、そうしなくっちゃいけないのだ。
「でも、戦場でこういう時間があるというのは珍しいことですね」
 マーシャはゆっくりと手足を伸ばす。やはり回線の緊張であちらこちらが凝ってしまっているのだろう。
「無いよりゃマシだろ」
 ヴァーツラフは自分にペインキラーの効果を使う。これでしばらくは痛みと無縁で活動できる。

●恋の終焉
 戦場には無数のローカストが躯となって転がっていた。
「これで終わり、かな?」
 長い漆黒の髪をかき上げ、背筋を伸ばして遠くを見ながらアオが言う。あちこちに敵の躯が転がる殺伐とした戦場ながら、そこに立つヴァルキュリアはなんとも絵のように様になる。
「ずいぶんと荒れちまったか」
 木々も岩肌も、そして地面さえも激しい戦闘に倒壊し、崩落し、亀裂が走る。多少のヒールが必要になるかもしれないと武志は思う。
「みなさん、無事ですわよ」
 りんごが荒い息のまま安否確認の言葉を紡ぐ。
「この洞窟の奥にある繭街ってのに、みんなは興味がないか?」
 得物を収めつつディークスが言う。
「あっちはどうなったかねぇ?」
 静葉はポリリャエラと戦っているだろうAB班がいる方を向く。
 「まだ連絡がないのなら……援護に行くか?」
 ローカストの体液に汚れた斬霊刀をまだ鞘に納めず手に携えたままの葵が言う。
「そうだな。どうしたらあんな惚れられかたをすんのか、後学のために聞きたいしな」
 まだ戦いの余韻さめやらぬ様子で紅潮した頬の真紀も言う。

 ちょうどその頃、とうとうベルカントの鋼鉄の鬼と化した拳がポリリャエラの身体を砕く。
「るろ……」
 振り切るワーブを振り払いルロイは死にゆくポリリャエラに駆け寄った。
「ポリリャエラ」
 その声を、姿を感じたのか、ポリリャエラは笑って……逝った。

 100体のローカストを道連れに、ただ愛に殉じたローカストはこの日、消えていった。ただ、一人の男の心の大部分に消せない傷を残したまま……で。

作者:神南深紅 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年8月14日
難度:やや難
参加:30人
結果:成功!
得票:格好よかった 23/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 7
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