梔子は謂はぬ色

作者:犬塚ひなこ

●血と梔子
 小さな廃工場には血の匂いが満ちていた。
 鉄の匂いとも似ているが、それが紛れもなく血であることは床や鉄パイプに染み込んだ赤い色からすぐに見て取れる。
「お前らが悪いんだからな……」
 荒い息を吐く少年はうごめく自分の右腕を抑え、ひとすじの悔し涙を流していた。
 その足元には同じ不良仲間だった者達の亡骸が転がっている。
「畜生、畜生が……! 俺は皆の為に……俺達のチームが抗争に勝てるようにこの身体になったっていうのに!」
 感情のままに叫ぶ少年――麻見・淳文は梔子の花が咲く攻勢植物として異形化した腕を振り回し、廃工場に残されていた機械を壊しはじめた。
「それなのに、お前らがキモチワルイだとかキタナイだなんて言うから!」
 だから悪いのはそっちだ。
 涙を流しながら死体に向かって怒号をあびせる淳文は腕を捕食形態へと変じさせる。そして、亡骸を捕捉した淳文は仲間だった者達を飲み込まんと腕を掲げた。
 そして、少年は仲間の死体を滅茶苦茶に噛み砕く。
「……仲間だと、思ってたのに」
 その呟きは捕食植物の捕食音と共に虚空に吸い込まれるように消えた。だが、彼の腕に咲いた梔子の花についた血はいつまでも染みついたまま。
 死人にくちなし。
 何故だかそんな言葉が浮かび、少年は渇いた笑い声をあげた。
 
●蝕む植物
 近年急激に発展した若者の街、茨城県かすみがうら市。
 この街では最近、若者のグループ同士の抗争事件が多発しているらしい。
「ただの不良さんの喧嘩だったら、ケルベロスのみんなが止めにいく必要はないです。けれど、その中に攻性植物がいるみたいなんです」
 笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)は語る。その対象はデウスエクスである攻勢植物の果実を体内に受け入れ、異形化した者なのだという。
 攻勢植物と同化した人物の名は麻見・淳文。
 高校二年生の彼は元から不良グループに属しており、違うグループとの小さな小競り合いを繰り返していたらしい。何らかの切欠で攻勢植物と同化した彼はその力を使い、仲間の為に別のグループを打ちのめすつもりでいたようだ。
 しかし、仲間は異形化した淳文を陰で気持ち悪いと罵っていた。
 偶然にもそれを聞いてしまった少年は激昂し、衝動のままに仲間だったはずの高校生達を攻勢植物の力で葬ってしまう。
「悲しいお話です……。淳文くんは悪くなかったのかもしれません。でも、事件が起こるのを放っておけないです!」
 ねむは悲しげな顔をしたが、すぐに表情を引き締めてケルベロスに説明してゆく。
 
 ねむが予知したのはまだ起こっていない未来だ。
 今からヘリオンでかすみがうら市の廃工場に向かえば、淳文が仲間からの悪口を聞いてしまい、襲いに行こうとする直前に駆け付けられる。
「不良のお仲間さんが殺されてしまう前に割り入って、攻勢植物と戦ってください。とても強いですが、みんなで戦えばこわくないです!」
 敵は腕を捕食形態や蔓触手形態、光花形態に変化させて戦いに応じるだろう。
 あまりの怒りに我を忘れてしまっている彼は自分以外は敵だと思っているので、こちらの説得などには全く反応しないと予想される。
 また、淳文の元仲間達は攻性植物とケルベロスが戦い始めれば勝手に逃げていくので何も心配はない。
「それから……」
 ねむは何かを言いかけて頭を振り、意を決したように告げた。
「麻見・淳文くんはもう助からないみたいです。だから、みんなは淳文くんをきっちり倒してあげてください」
 ねむはきゅっと唇を噛み締めた。
 少年に個人的な同情を抱くのは構わないが、戦いの中では情けをかけてはいけない。このまま生かしておいて他人を殺す可能性があるよりも、ここで引導を渡す方が人らしい終わりを迎えられるはずだ。
「かすみがうら市の攻性植物は鎌倉の戦いとは関係ないので、危険はまだすこし小さめです。でも、だからといって見逃しちゃいけないです!」
 お願いします、と頭を下げたねむはケルベロス達に強く乞う。
 友達が友達を殺す。そんな悲しい未来を絶対に阻止して欲しい、と――。


参加者
八千代・神音(徒し陽炎・e01369)
鷹嶺・征(模倣の盾・e03639)
花筐・ユル(メロウマインド・e03772)
結城・渚(戦闘狂・e05818)
ルビーアイ・ウィラメント(朽ちた林檎・e06393)
馬鈴・サツマ(小物臭漂う植物使い・e08178)
鷹野・慶(魔導書要らず・e08354)

■リプレイ

●歪む思い
 廃工場の周囲に満ちる空気は何故だか淀んでいた。
 それが工場であるがゆえのものなのか、視線の先の少年が発する悪意の念がそう感じさせているのかは判断がつかない。
 ただ、居心地の良い空気ではないことだけはわかった。錆びた匂いを感じてわずかに俯き、鷹嶺・征(模倣の盾・e03639)は何が悪かったのだろうと考える。
 向こう側にはまだこちらに気付いていない少年・淳文の姿が見えた。
 きっと、彼はただ仲間の役に立ちたかっただけ。
「……悲しいですね。だからこそ、これ以上の悲劇を止めましょう」
「自分がもっと確りしてれば、こんな事件は防げたかもしれないっすよね……」
 征が意思を固める傍ら、馬鈴・サツマ(小物臭漂う植物使い・e08178)は唇を噛み締め、過去を思う。似たような事件に関わっていたのに、何の手も打てなかった、と。
 だが、決してサツマの所為ではない。
 八千代・神音(徒し陽炎・e01369)は首を振り、不幸な偶然が重なりに重なっただけで誰が悪いというものではないと語った。
 そして――神音は歩を進め、工場入り口で聞き耳を立てていた少年へと近付く。
 その表情は曇り、青褪めているのが分かった。
 おそらく悪口を聞いた衝撃と怒りが入り雑じっているのだろう。彼が身に纏う攻性植物がみるみるうちにうごめく様を見遣り、結城・渚(戦闘狂・e05818)は薄く笑む。
「同情はしないわ。せめて、楽しく遊びましょう。私が殺してあげる」
 下手な哀れみは向けず、ただ強い敵と戦える喜びを胸に抱き、渚は斬霊刀を抜き放った。刹那、渚が放った熾炎が淳文を穿つ。
「……!? 誰だ!」
 驚いた少年は思わず大声をあげ、訪れたケルベロスを睨みつけた。戦いの幕が上がった事に身構えながら、神音は声をかける。
「やぁやぁ随分と楽しそうな事してるね? 俺達も混ぜてよ」
「貴方が人を傷つけてしまう前に引導を渡しに来ました」
 リティア・エルフィウム(白花・e00971)は自分達がケルベロスだと告げ、簡単に理由を告げる。己を取り戻さずにそのまま逝くのと、せめて最期を自覚し迎えるのと、どちらがいいのか、リティアには分からない。
 けれど、誰かを――特に友人を憎んだまま逝って欲しくなかった。
 それは叶わない思いかもしれない。リティアがひそかに胸を痛めている中、少年はわなわなと震えながら拳を握りしめた。
「……なんて最悪な日なんだ」
 友には裏切られ、あまつさえこの力を狙った『敵』があらわれる。
 そんな状況に置かれた少年は怒りの矛先をどこに向ければ分からないようだった。すると、鷹野・慶(魔導書要らず・e08354)が挑発めいた言葉を向ける。
「扱いきれねぇ力なんざ最初から欲しがるべきじゃなかったんだ。自業自得だろ」
「何だと……! あいつらは後回しにして、まずお前らから殺してやる」
 悪態をつく慶に対し、淳文は激昂した。
 するすると少年の腕に絡みつく攻性植物を見据えた慶は、それでいい、と頷いて少年とかつての自身を重ね合わせた。
「ひとも獣も、幼くて未熟な群れが崩れやすいのは同じね」
 ルビーアイ・ウィラメント(朽ちた林檎・e06393)は思いを口にし、前方を見遣る。
 彼が属する群れと仲間の性質を見誤っていた事が、悲劇といえば悲劇なのかもしれない。花筐・ユル(メロウマインド・e03772)はルビーアイの言葉に頷き、同意した。
「けれどもしお友達からの強要ではなく、自ら異形化を望んだのなら――罵られたと恨みを向けるのは如何なものかしら」
 仲間の為に、と手にした力でその仲間を手に掛ける。
 そんなもの喜劇にもなりやしない。だからこそ、この手で最悪の結果を止めなければならない。ユルとルビーアイは視線を交わし、これから始まる戦いに思いを向けた。

●散る友情
 少年の身を包み込むように、白い梔子が花ひらいた。
 即座に捕食形態を取った淳文の一撃が征を捕食せんとして迫る。だが、その一撃はユルのミミックである助手が庇いに向かった。ボクスドラゴンのエルレも仲間を守るべく布陣し、リティアも頑張ってと相棒に応援の言葉を向ける。
「さて、捕食には捕食で行こうか」
 すかさず神音が対抗するようにブラックスライムを変じさせ、反撃に移った。
 征も花の不思議な美しさに目を奪われそうになりながら、真っ直ぐに敵を見据えた。そして、征は工場内部の方に陣取り、不良少年達に呼びかける。
「逃げなさい。ここは戦場になります」
 縛鎖を広げる彼に続き、渚も攻撃の手を止めて殺界を形成した。
「こっちを見なさいよ、遊びましょ!!」
 同時に、渚は自分達に注意をひきつけるべく淳文に声をかける。背後では悲鳴をあげた不良達が散り散りになって逃げて行っていた。
 そのことを確認した慶がすぐさまウイングキャットのユキに癒しを願うと、清浄の翼が仲間を癒して邪気を払った。
「随分大層なモン飼ってるじゃねぇか。どこで手に入れたんだよ」
 それとも誰かに貰ったのか、と慶は淳文のまとう攻性植物を指して問う。
「お前らに教える義理はない」
 だが、少年は首を振った。元凶を突き止められれば良かったのだが、予想通りの返答に慶は肩をすくめる。
 仕方ないっす、と小さく呟いたサツマはそれまでの笑みを消した。
 戦士の顔になった彼はそれまでの口調も一変させ、容赦のない言葉を差し向ける。
「これから君を殺す、残念ながらそれは変える事が出来ないことだ」
 同時に脚に流星の煌めきと重力を宿し、サツマは敵へと飛び蹴りを見舞った。そこへルビーアイが続き、電光石火の蹴りを重ねる。
 確かに、淳文の境遇は同情せざるを得ないかもしれない。
(「今夜のわたしは言葉知らぬ獣でいいわ。だって、死ぬべき人にかける慰めなんか思いつかないもの」)
 ルビーアイはひたすら攻撃を重ねていくことが葬送の挽歌になると見立てた。唸り声に、武器を打ちつける音。それこそが語らない言葉の代わりだ。
「誰も彼も、俺の事を馬鹿にしやがって……!」
 淳文はケルベロスからの攻撃を受け止めながら、怨嗟の思いを吐く。リティアは戦い続ける者達の歌を奏で、少年の心境を慮った。
「お友達に悪く言われていたなんて、……とてもとても悲しいことです」
「……」
 淳文くんはお友達のために頑張ろうとしていました、と話すリティアは更に続ける。
「でも……お友達の命を奪ってしまうのはもっと悲しいです」
 仲間に合わせ、サツマも一縷の望みをかけて呼び掛けてゆく。
「その殺意は本当に君だけのものなのか? 普段の君ならこの程度のことで殺害にまで至るのか?」
「うるさい! お前らに何が分かるんだよ!」
 淳文は声を荒げてサツマ達に敵意を向ける。そして、少年は怒りのままにリティアを狙い打った。しかし、その一撃は飛び出したエルレが肩代わりすることになる。
 おそらく、少年は友人への思いや寂しさすら否定された気がしたのだ。そう感じた神音は息を吐き、ナイフの刃を向けて言葉を紡ぐ。
「言葉は時にどんな物にも勝る刃になる。同情はするよ」
 だが、その行為を肯定する事は出来ない。振り下ろされた刃は攻性植物を切り裂き、大きな衝撃を与えた。
 されど、少年はまだ戦う力も意思も失ってはいない。
 ユルは攻撃の手を止めぬことをそっと誓い、標的をしっかりと捉えた。
「貴方の未来を奪うことになるけれど、悲しみの連鎖は此処で断ち切らなければ」
 せめて、真っ直ぐな想いで彼と向き合いたい。
 茨姫の子守歌を紡いだユルは呪力を纏った黒曜の荊を差し向けた。放たれた咎の棘は、相手の欲念へと絡み付き、悦楽の夢へと誘ってゆく。
 攻撃を受けて呻く少年から目を逸らさず、征は思いを強く持った。
 少年を屠ろうとしている事実に打ち震えそうになり乍も、自分にこの力を授け亡くなった人を思い出す。
(「貴方の代わりに、僕は戦場に立ちます。いえ、貴方の代わりなど僕では到底でききませんね。……それでも僕の居場所はここだから」)
 ここに立ち続けると心に決め、征はアームドフォートの主砲を一斉発射していった。更に渚が刃を振りあげ、絶空の斬撃を放つ。
「ご自慢の力を見せて!」
 着物をはためかせ、華麗に振り下ろされた刃は淳文の身を切り裂こうとした。しかし、少年はその一撃を攻性植物で以て弾いてしまう。
 流石ね、と嬉しそうに笑った渚は敵の強さを改めて実感した。
 それならば、隙を見せてはいけない。ルビーアイも間髪入れずに指先を敵に向け、ひといきに気脈を断とうと狙った。
「負けたり、しない。俺にはこの力があるんだ!」
 手痛い一撃を受けた淳文は光花形態を取り、ルビーアイに炎の力を宿そうと狙う。だが、すぐに飛び出した助手やユキがそうはさせない。
 サーヴァントが仲間を庇う様に頼もしさを覚えつつ、慶は敵の技に目を細めた。
「へぇ……そういう使い方もできんのな」
 傍らに大型の絵筆を召喚した慶は光花を模倣したグラビティを発動させる。梔子の花が散るようにして光り、少年を穿ち返していった。
 そして、戦いは巡りゆく。
 ケルベロス達は果敢に戦い続け、少年も必死に応戦していった。
 戦いを望む者。少年の心だけでも救いたいと願う者。抱く思いも目的もそれぞれに違う。だが、ケルベロス達が共通して目指すのはたったひとつのこと。
 それは――少年を葬るという、ただそれだけの結末。

●言の葉
 少年の心の傷の深さは知れない。
 思いは届かない。この言葉もただの自己満足かもしれない。けれど――。
「お友達は殺してしまう程の人達でしたか? 楽しい思い出はありませんでしたか?」
 リティアは呼び掛け続けた。仲間の癒しを担いながら、持てる限りの思いをもって声を掛ける。その間にユルが影の槍を放ち、ルビーアイが攻撃に移る。
 同じく、征も仲間を庇う盾となりつつ淳文に思いをぶつけていった。
「彼らの為に力を手に入れたのに、否定されたことは悲しいでしょう。けれどあなたはあなたのままであるべきだったのではありませんか?」
「……黙れ」
 征の声に対し、少年は体を震わせて呟く。リティアは黙ってはいけないと首を振り、少年が持っていたはずの優しさを呼び起こそうとした。
「お願いです、思い出してください」
 だが――。
「黙れって言ってるだろ! 思い出したからこそ悲しくて、悔しいんじゃないか!!」
 淳文の瞳から涙が零れ落ちる。
 そして、次に放たれたのはこれまで以上の威力を持つ光花の煌めきだった。その一閃によってエルレが穿たれ、力を失って消滅する。
 まずいと感じたサツマは地を蹴り、炎をまとった激しい蹴りを見舞いに向かった。
「これ以上の悲劇は御免だ、お前には誰も殺させない」
 凛とした声と共に少年を蹴りあげ、サツマは意思を固める。同情も憐れみも今は捨ておくべき感情だ。ここで自分達が負けたら、更に辛い未来が訪れる。
 サツマの言葉に頷き、慶はユキと共に攻勢に出た。
 自らの攻性植物を蔓触手に変化させ、慶は少年と自分の姿を再び重ねる。飼いならした攻性植物も、明日に牙を向かない保証は無い。
「でも、その力には頼らざるを得ないわけで……難儀だよな」
 他人事のように、それでいて自分にも言い聞かせるような言葉を零した慶。彼に続き、ユキが尻尾の輪を飛ばした。
 渚は敵が徐々に弱っていると察し、敢えて煽りを向けてゆく。
「ほら、もっと頑張れるよね。もっと楽しまないと」
 戯れるように影の如き斬撃を見舞っていく渚は笑みを絶やさず、次々と淳文の身を斬り裂いていった。
「くそ……俺は何も悪くない、のに……」
 少年が痛みに喘ぎながら落とした言葉を聞き、神音は口を開く。
「仲間の為に。そう望んで異形の力を受け入れたんだろ? 最後までその信念を貫き通す事も必要だったんじゃないか」
 涙流すまで悔しいと悲しいと思うほどなら、出来ない事では無かっただろうに。
 しかし、最早詮ないこと。
 神音は月光の斬撃を放ち、苦しむ少年の急所のみを的確に斬り刻んだ。されど、淳文も植物をうごめかせる。
 鋭い蔓が神音に向けられたが、征がすぐに仲間を庇った。
「やすやすとは壊れませんよ」
 痛みに耐える征が敵の動きを止めている間、リティアが癒しを担い、サツマが補助に入る。敵に喰らいつく助手に続き、ユルも心をこめた言の葉を向けた。
「……貴方の想いは、私達が受け止めてあげる」
 彼は救えない。未来を奪う自分達を恨んでくれても構わない。
 けれど貴方の悲しみを、想いを無駄にしたくはない。だから、攻性植物を手にした切欠があれば教えてほしい、とユルは願った。
「原因が分かれば、同じ様な悲しい事件を減らせるかもしれないの」
「それ、は……俺はもう仕方ないから、犠牲になれって、こと……?」
 だが、ユルの言葉の裏を感じ取った少年は息を切らせて問う。はたとしたユルの前に立ち、ルビーアイは首を振った。
 更なる恨みを募らせる前に彼を葬送してあげよう、と――。
「わたしたちは何もしてあげられない。せめて、あなたに挽歌をうたってあげる」
 苦しまないで済む世界へ。
 爪牙を鳴らし、吼える響きで送ってあげよう。
 ルビーアイが振り上げた戦籠手が聖なる光を放ち、闇の力を宿した。
 サツマも重力の鎖を帯びた芋を解き放ち、少年を穿つ。仲間達の一撃に合わせてユルも子守歌を謡い、最後に向け思いを強める。
 次の瞬間。少年が揺らぎ、最期が見えた。
 好機を感じ取った慶と神音はブラックスライムを展開させてゆく。
「もう、終わりにしちまおう」
「君の救いにはなれなくても、その手が血に染まる事だけはさせやしないさ」
 二人は淳文を真っ直ぐに見つめる。
 そして――重なった昏き影は少年を飲み込み、戦う力をすべて奪い取った。

●くちなし
「思ったより楽しかったよ」
 倒れ込み、何の言葉も遺さず死した少年へ渚は笑みを向ける。
 廃工場には静寂が訪れ、鉄の匂いが広がっていた。逃げた不良少年達は戻って来そうにない。リティアは瞳を伏せ、どうにも出来ぬ悲しみに暮れる。
 慶も無言のまま、ユキを撫ぜて心を落ち着けた。神音もかけるべき言葉を探すが、ただ静かに見守るのが自分の役目だと己を律する。
 悲しい、ただ哀しくてやるせない。
 征とルビーアイは静まり返った工場を見渡し、少年のささやかな冥福を祈った。サツマは淳文の傍に膝をつき、見開いたままだった瞳をそっと閉じさせてやる。
「もう、おやすみ……悪い夢は終わりっすよ……」
 どうしてこんなことになったのか。
 何故、彼が犠牲にならなければいけなかったのか。この場に答えは、ない。
 そうして、ユルは地に落ちた梔子の花の残骸を見下ろした。
「梔子は弔いの花でもあるの」
 呟いた刹那、ぬるい風が花弁をさらって吹き抜ける。
 あの風は届けてくれるだろうか。
 友に絶望し、死す道しか残されていなかった少年に捧ぐ、この弔いの思いを――。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年9月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 1
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