迷宮図書館

作者:真魚

●帳の夜に
 一日の役目を終えたその建物は、最終退館者に明かりを落とされ、鍵をかけられ、ひと時の眠りにつく。
 誰もいないはずの、真夜中の図書館。しかしその空間に、動く影がひとつあった。
「よし、うまく入り込めたぞ……!」
 小さく零した声は、一人きりの館内が思ったよりも心細かったから。入口近くに身を潜めて人のいなくなる時を待っていた少年は、準備してきた懐中電灯をつけてまずは貼り出された館内見取り図を確かめる。
「あった、特別資料室! ここがきっと、『図書館の主』の住処だよな!」
 見取り図と実際の景色を交互に見比べながら、彼の発する声は弾んでいる。
 ――図書館の主。それは、彼の周りではすっかり有名な都市伝説だった。
 今日は絶対、そいつの正体をつきとめてやる。そう意気込んだ少年はいざ一歩を踏み出したが――その足がそれ以上先に進むことはなかった。
 彼の心臓には、突き立てられた一本の鍵。そして、それを持った黒衣の魔女は彼の目の前で小さく笑みを浮かべて。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 紡ぐ言葉、意識奪われ崩れ落ちる少年。その傍らには、本を抱えた新たなドリームイーターが生み出されていた。
 
●図書館の主
「その図書館に、夜這入ってはいけない。奥の奥に住む『図書館の主』に、本にされてしまうから」
 厳かに語る言葉は、会談めいて。集うケルベロス達が思わず身構えたのを見て、高比良・怜也(饗宴のヘリオライダー・en0116)は楽しそうに笑顔を向けた。
「不思議な物事に強い『興味』をもって、実際に自分で調査を行おうとしている人が、パッチワークの魔女に襲われてる事件はもう聞いてるか? 今回は、図書館に纏わる噂を調べようとした少年が、『興味』を奪われる事件が起こったようだ」
 『興味』を奪ったドリームイーターは、すでに姿を消している。しかし、奪われた『興味』を元に現実化したドリームイーターが、事件を起こそうとしている。この夢喰いが動き出すより先に撃破することが今回の依頼になると、語る怜也は図書館の地図を広げて説明を続ける。
「現場に到着するのは深夜、図書館が完全に閉館された後だ。鍵は借りてきたから、これを使って中に入ればいい。入るとすぐ、被害者の少年が倒れてるのを見つけられると思うが……こいつはドリームイーターを倒すまで目覚めないし、とりあえずそのままでも構わない」
 肝心の図書館の主は、噂通り館内の奥へと移動している。特別資料室と書かれた一室に印をつけて、怜也はそこをとんとんと指差す。
「ここのドアを開けると、ドリームイーターがお前達を見つけて接近してくる。こいつは人間を見つけると『自分が何者であるかを問う』ような行為をして、正しく答えられないやつを殺してしまうっていう特性があるんだが……今回は戦闘を仕掛けるわけだから、互いに見逃しはなしだぜ」
 戦いとなれば、夢喰いは手に持った本からグラビティを飛ばして攻撃してくる。自身は動かず遠距離の攻撃を行うようだが、ここで一つ問題がある。
「敵との遭遇地点は、特別資料室。もちろんこいつを倒した後にヒールグラビティを使えば修復可能なんだが、大事な資料が保管されてる部屋でもあるし、書架が並んでて戦闘し辛いってのもある。だからまず、お前達には読書スペースまでドリームイーターを誘き出してほしいんだ」
 この夢喰いは、自分のことを信じていたり噂している人がいると、その人の方に引き寄せられる性質がある。その性質をうまく使えば、戦いやすい場所での戦闘を仕掛けることも可能なのだ。
 居並ぶ書架の間を駆け抜けて、あるいは飛び越え、机並ぶ場所まで。その間も敵の攻撃が止むことはないだろうから、しっかり対応しながら引き寄せなければならない。遭遇時点から戦闘となるため、少人数に任せるより全員で当たった方がいいだろう。そこまで語って、怜也はケルベロス達をぐるり見渡した。
「誘導が終わるまでは、移動しながら戦うことになる。そうでなくても、図書館って同じような本棚が並んでて迷いやすいだろう? 混乱しないように、うまく協力してくれよ」
 整然と書架が並ぶ様は、それだけで迷路のようだ。翻弄されず、確実に敵を倒してほしい。告げた怜也はそこでにやりと笑み浮かべて、ヘリオンの扉を開く。
「さあ、行こうぜ。図書館の主退治だ」
 なに、お前達なら、うまくやれる。信頼の言葉を唇に乗せて、赤髪のヘリオライダーはケルベロス達を送り出した。


参加者
クリス・クレール(盾・e01180)
鷹嶺・征(模倣の盾・e03639)
グラム・バーリフェルト(撃滅の熾竜・e08426)
クロード・リガルディ(行雲流水・e13438)
御影・有理(書院管理人・e14635)
クララ・リンドヴァル(錆色の鹵獲術士・e18856)
鉄・冬真(薄氷・e23499)

■リプレイ

●無人図書館
 闇に沈む建物は、静謐な空気に包まれていた。鍵開け入り込んだ中、明かりのスイッチ見つけて押せば、浮かび上がるは無人の図書館。
「……。良い図書館です……ね」
 ぐるり、整然と本の並ぶ様を眺めてクララ・リンドヴァル(錆色の鹵獲術士・e18856)はため息交じりの声を漏らした。休日を図書館で過ごす彼女にとって、初めて踏み入るここは興味の対象だ。だからこそ、夢喰いを倒さなければという想いも胸に広がって。
(「図書館は人類の知的営為の集積……。惨劇の舞台にはさせません……」)
 紫の瞳に決意の光灯す少女の横では、御影・有理(書院管理人・e14635)が持参した地図を広げる。館内が描かれたその地図上、入口近くにはぽつと一つの印がついている。彼女が持つ能力、スーパーGPSの効果だ。
 ケルベロス達が進めば、印もまた移動する。そうして館内を少し歩いた彼らは、床に伏した少年を見つける。傷はなく、ただ眠っているように見える少年――そんな彼から『興味』を奪い去ったパッチワークの魔女を想い、鷹嶺・征(模倣の盾・e03639)は僅かに眉を寄せる。
(「なぜ、自分のモザイクが晴れないとわかっている相手を襲うのでしょうね。何かほかの目的でもあるのでしょうか」)
 その疑問に答えられる者は、今はここにいないけれど。少年をそっと壁際に横たえて、ケルベロス達は図書館を奥へと進んでいく。こつ、こつ、足音響かせながら奥へ奥へと向かった彼らは、やがて一つの扉の前へと辿りついた。特別資料室。地図と扉についたプレートが、ここが目的地であると告げている。
(「特別資料か……戦闘が終わったら読んでみたいものだな……」)
 この部屋で、大切に保管された書物達。それに惹かれながらも、クロード・リガルディ(行雲流水・e13438)は周囲の状況を確認する。しんと静まり返った館内、立ち並ぶ書架――あの書架達を越えて真っ直ぐ進めば、誘導ポイントである読書スペースがあるはずだ。
 地図と実際の景色を交互に見て、位置関係や距離を確かめて。周囲から覗き込む仲間達ともその情報を共有し合い、有理は地図を小脇に抱えた。いざ戦闘が始まれば、仲間達は有理の先導に頼り移動することになる。事前に目的地までの大まかな道程を共有しておけば、咄嗟の時にも対応できるだろう。
 奥に巣食う、図書館の主。その噂の出所は一体どこだったのだろうかと、艶やかな黒髪の女はふと疑問に思う。しかし、此度の相手は噂の正体ではなく、あくまで夢喰い。
(「奪われてしまった少年の想い、返して貰わないとな」)
 浮かぶ決意が、『暁龍咆哮』を握る手に力を与える。そうして戦闘の準備を整えたケルベロス達は、扉に手をかけ、押し開いた。
 その部屋は、不気味と薄暗かった。明滅する照明の下、奥へ視線向ければそこには大きな人型が背を向けていて――。
「よう、お前が図書館の主だな?」
 『攻め手【大薙】』を持ち上げればぶんと風切る音立てて、クリス・クレール(盾・e01180)が問いかける。すると、その人型はぐるりこちらを振り向いた。両手に抱えられた本、その顔覆うモザイク見れば、これが夢喰いであることが見て取れて。
 彼は、一歩近付くと――ケルベロス達へ、問いかけを返した。
「――汝ら、我が名を答えよ」
 さらに、一歩。警戒を強めるケルベロス達の中、征は前へと進み出て、その青の瞳に平時と変わらぬ色湛え口開いた。
「倒すべき敵、それだけです」
 短く、はっきりとした答え。それ聞いた夢喰いは、一瞬だけ動きを止め――殺気を膨れ上がらせると、手の中の本を開いた。

●誘い駆けて
 戦闘開始と見て、真っ先に動いたのは有理。読書スペースへと駆け出す彼女を追うようにケルベロス達が部屋を飛び出す中、クリスは『纏い手【殺気】』を操り唇より音生み出す。
「殺気に命じる。目標単体、欺け」
 命を受けた黒きオーラは、広がりながら敵を襲う。ぶわり、黒は図書館の主の身包み、その敵対感情をクリスへと引きつける。
 危険な存在を、野放しにはしておけない。今日ここで打ち倒すために、『盾』である俺が引きつけよう。
 紅蓮の瞳で真っ直ぐに敵見つめる、その横を奔るは竜砲弾の光。
「足を止めていただきましょう」
 紡ぐ言葉は、同じく護りとなるべく最前へ立ち塞がる征のもの。その衝撃に、図書館の主は不快げな声を上げた。そして両手の本を高々掲げれば、中空に水晶剣が群れなし現れる。キン、と澄んだ音響かせ風切って、それは前に位置するケルベロス達へと襲い掛かる。
 身を捻りかわす征、その身襲う一撃と共に仲間への攻撃までも受け止めるクリス。有理のボクスドラゴンであるリムもまた、黒き翼羽ばたかせて鉄・冬真(薄氷・e23499)をその身に庇う。
「リム、ありがとう」
 そっと囁き、頭撫でて。冬真が視線を敵へと移せば、主はその巨体を屈め資料室を出てきたところだった。進行方向に迷うよう首を振る夢喰い、その巨体をいざなうように漆黒の髪の男は書架の上へと飛び乗って、そこからひらり敵の元へ舞い降りる。
「主を名乗っておきながら、この国を荒らす異分子を放っておくつもりか?」
 紡ぐ言葉、オウガメタル纏う拳が敵の体へ叩き込まれる。よろめく主は大地踏みしめ、前のめりに冬真に襲い掛かる。その直線的な動きをかわすように、冬真は再び書架の上へと駆けのぼった。
「あまり荒らしたくないけど……」
 零れる呟き、書架から書架へ飛び移れば眼下に散らばる本の姿。それらの無残な姿に痛ましげな表情浮かべるのはクララだ。
「こっちです……!」
 傷付けたくない。願い篭めた少女の声が、戦場を駆ける仲間達へ届く。道筋示す声があるから、彼らは迷わない。高速で駆け抜ける仲間達の背に向けて、クララは雷の杖を掲げた。
「『不変』のリンドヴァル、参ります……」
 集まる光は仲間達の周囲に壁作り、その癒しがケルベロス達の足を加速させる。一瞬のうちに通り過ぎる仲間を見送って、エヴゲーニャ・アヴェルチェフ(エヘイエ・e26805)は書架の下に迫りくる主を見つめる。
(「図書館の主、私も気になりますね……?」)
 向ける金の瞳が眠たげなのは、これが深夜の作戦だから。けれど彼女の操る『生命の樹』はその蔦を鋭く伸ばして、夢喰いの巨体を絡め取っていく。
 蔦の締め付けに呻く主、その上を赤きドラゴニアンが翼はためかせて行く。背の高い書架へと降り立って、グラム・バーリフェルト(撃滅の熾竜・e08426)は言葉を紡ぐ。
「個人を本にするというその力、果たしてどれほどのものか」
 それは、噂を信じていると伝える言葉であり、同時に挑発とも取れた。その声にぴくりと反応した図書館の主は、本より黒き触手を生み出し、くねらせ、男の足元へ伸ばしていく。翼に取りつく触手に、グラムの体が僅かに降下する。敵は今、彼だけに集中している。その隙を、有理は見逃さなかった。
「人を本にする、本当にそんな力を持っているのか?」
 投げかけた声は、やはり主の注意を奪うもの。グラムを締め付けていた触手の力が緩むのを認めるより早く、彼女は書架より飛び降りて、宙駆け流星振り撒きながら敵の体に蹴りを入れた。
 よろめく夢喰い、そこへグラビティより逃れたグラムが取りつく。右腕に纏いし地獄の炎で武器を燃やして、叩きつけるは強力な一撃。その隙に、有理が敵を踏み台にして再び書架の上へと舞い戻るのを、視界に捉えて。
 顔見知りである彼女とは、これが初めての共闘。彼にとっては、書院の主でもある彼女の実力の方が惹かれるもの。
 ふと顔を上げれば、視線の先には今までとは違う景色が見えてきている。テーブルと椅子の置かれた開放的な空間。読書スペースまでは、あと僅か。
 先に辿り着いたエヴゲーニャと冬真が、仲間にもう少しと呼びかける。クロードは書架目掛けて飛び上がり、更に中空を踏みしめ跳躍する。飛び越え降り立つのは書架の向こう側、その死角から、彼は顔出し言葉を紡いだ。
「我が喚ぶ、『骸大蛇』。……標的を薙ぎ払え……」
 声に応え、現れたのは骸骨の大蛇。それは書架の間を縫うように走り、その身体で敵を薙ぎ払い読書スペースへ押し込んだ。
「ぬぅ……!」
 思わず声上げ、吹き飛ばされた主が雑に本を振り回す。その姿に、クロードは眼鏡の奥の瞳を僅かに細めた。
(「図書館の主か……寧ろ俺がなりたいものだ……」)
 想いを胸に、空を泳ぐように駆け抜ける。今、戦場は読書スペースへ移行した。これで遮るものもなければ、破損を恐れるものもない。その安堵と達成感が士気を上げ、ケルベロス達は武器持つ手にますます力を篭めた。

●果て
 前衛が五人、後衛が四人。偏りなく人員配置を行ったためか、敵は水晶剣による範囲攻撃を多く使用してきた。前に後ろに、標的を定めぬ攻撃は効率のよいものではなく、ケルベロス達はその被害が蓄積される前に回復し戦線維持していた。クララが都度癒しのグラビティを振り撒く上に、万が一の場合の癒しの手段も皆整えている。敵につけ入られる隙など、彼らには一つもなかったのだ。
 水晶剣が飛び交うようになった結果、ケルベロス達を襲う状態異常も重なる前に適宜解除ができていた。周囲の本達を気遣いながらの戦いでも、確かに感じた手応え。それならば――ここまでおびき寄せれば、あとは畳みかけるのみだ。
 戦況見極め、クララは読書スペースの端に置かれた書架へ背中を預ける。手の中の魔導書をぱらり捲れば、溢れ出すのはグラビティの力。
「装填確認……反動に備えます……斯様な醜態をお目にかけるのは、大変心苦しくはあるのですが……!」
 声に応え、魔導書は巨大な口の怪物へと変貌する。刹那、それは敵目掛けて牙剥き、跳んだ。反動でクララの体が書架へ叩きつけられると同時、その怪物は図書館の主の身へ牙を突き立てて。
 本を集めた図書館の、主を本が襲う――そんな状況を不快に思ったのか、夢喰いはその腕を大きく揮って怪物から逃れ、自身の持つ本より水晶剣を呼び出す。お返しとばかり襲い掛かる刃、その一つがクララに届くその前にクリスが滑り込み、傷を引き受ける。突き刺さる場所が悪かったのか、今までよりも傷が深い。けれど戦友を守れるなら、己の身など構うものか。
 強力な一撃は、後方に位置取っていたケルベロス達にも襲い掛かる。有理がそれをぎりぎりに避ければ剣は後ろの書架へと当たり、その衝撃に背の高い書架がぐらりと揺れる。倒れる――そう彼女が思った時、その腕がぐいと強い力に引き寄せられた。冬真だ。
「大丈夫? 気をつけて」
 肩叩く冬真の後ろで、書架が音立て倒れていく。
「ああ、ありがとう冬兄」
 礼を告げ、彼女は茶の瞳を敵へと移す。そして、その顔がこちらへ向けられていることに気付くと、体に魔力を流しながら駆け出した。翼が広がり、爪が閃き、彼女の身体が闇色のドラゴニアンの如く変化していく。次は、私が彼を守る番。その隣には相棒のリムがぴったり並走し、敵に体当たりで隙を生み出して。
「己の成したいように成し、守りたいものを守る。それが御影の一族の……私の在り方だ!」
 力強い言葉、揮われる爪。守るための力は、敵の体にいくつもの傷を刻み付けていく。
 震える夢喰い、更にその背に回り込んだ冬真が惨殺ナイフを翻せば、また一つ傷が増える。重ねるように、更に一筋。クロードの揮う惨殺ナイフもまた、敵の体を斬りつけて。
 夢喰いが大きくたたら踏むその隙に、エヴゲーニャはダメージの大きいクリス癒そうと青き光翼を輝かせる。
「星々に渦巻く万物の神意よ。遍く無限光を導き、然るべき王冠の許へ収斂せよ」
 紡ぐ言葉と共に生み出すは、宇宙全てより集めた未知の力。流星の如き光はクリスを包み、その傷を塞いでいく。
 みなぎる力、笑み浮かべた赤き盾は轟竜砲を主へと叩き込む。ぐらり、体勢崩した敵が本を手放す。――きっと、そろそろ終わりだ。
 征がアームドフォートの主砲を、敵へと向ける。収束する力、その光の中でも笑顔絶やさず少年は声を張る。
「主砲、くらいなさい!」
 声と共に、戦場を光が奔った。砲撃は吸い込まれるように夢喰いの身へと命中し、敵ががくり膝をつく。
 あと、一撃。とどめの時を確信して、グラムは地獄の炎を操る。
「さあ、くれてやろう。貴様が怪異そのものでない事の『反証』をな」
 上空に形作るは巨大な槍、それがグラムが腕振り下ろすと同時、速度乗せて敵へと襲い掛かる。そして、最早避けることもできぬ夢喰いの頭上で、分かたれ九本の槍となって次々に降り注いだ。
 所詮、ただのデウスエクス。この楔が、それを証明する――。
 紡いだ言葉の、その通りに。全ての槍が突き刺さった時、その敵の体は塵と消えた。

●静寂の時
 戦い終われば、夜の図書館は再び静寂に包まれた。
 有理と冬真とクララが入口付近へと戻ってみれば、眠りについていた少年は間もなく目覚めて。無事を喜ぶ彼らに礼告げた少年は、悪戯が見つかったようなばつの悪い顔浮かべながらそそくさと帰って行った。
 被害者である彼の無事を確認したら、やるべきことがもう一つ。ケルベロス達は静かな館内を歩き回り、破損個所を見つけてヒールで回復していく。
 クリスは破損した本にヒールをかけた場合その内容に変化があるのだろうかと気にしていたが、幻想が混じることはなかった。癒しのオーラ振り撒けば本は元のあるべき姿に戻り、埃払ったそれを男は書架へと戻していく。
 彼らの誘導が迅速だったこともあり、書架やその蔵書への被害は最低限に留められていた。戦いの振動等により棚より落ちた本はあったものの、傷付けられたものはごく一部。これなら、回復を漏らしたものがあったとしても図書館の従業員達でも修復可能だろう。
 一通りの修復が終わったと判断して、クロードはそっと特別資料室の扉を開けた。できればしばしの間読み漁れればと、並ぶ本の背表紙へ視線巡らせれば――ふと、視界の端に人陰が映った。
 何者かと、そちらへ顔向ければそれは本を広げたまま船漕ぎ眠るエヴゲーニャだった。どうやら先にここへやってきて、本を読みふけっているうちに寝落ちてしまったらしい。実は彼女は、図書館の主の真相に迫る何かが見つからないかと調査していたのだけれど、その成果が得られた様子はない。
 修復完了した仲間達も自然と資料室へ足が向いたようで、すやすや眠る少女に気付けば和やかな笑顔が広がった。もう、夜も遅い。迷宮図書館の探求はほどほどに、彼らも帰るべきだろう。
 すっかり元通りの図書館を見渡して、クララはそっと祈りを紡ぐ。
「世界に真の平和が訪れるその日まで、全ての図書館が静粛でありますよう……」
 人の知識の集まる場所、それが図書館。その全てがこの先も守られることを願って、ケルベロス達は静かにその場を後にした。

作者:真魚 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年9月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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