黄昏道化のサーカス

作者:柚烏

 ぱちぱちと瞬きすると其処は、セピア色の夕焼けに染まったサーカスだった。あちこちに張り巡らされた、ストライプの天幕から聞こえてくる歓声。影絵のようなひとびとで賑わう彼方からは、お客を呼び込む浮足立った――けれど、何処か奇妙なメロディが鳴り響く。
「あ、ピエロ!」
 全てが色褪せた光景の中で、少年の目に飛び込んで来たのは、派手な衣装を身に纏った道化師だった。おどけた様子で一礼する彼は、どうやらお客に風船を配っている最中らしい。
「さあさあ、良い子にはとびっきりの風船をあげようねぇ」
 白塗りの顔に派手な化粧、笑顔を貼りつけたような姿はちょっぴり不気味だったけれど――少年はピエロの持つ風船に興味を惹かれ、わぁと笑顔でひとつ受け取った。
 ――けれど。
「え、え……何これ!?」
 白い風船を手にした途端、それはみるみる内に膨れ上がっていく。少年の身長を超えて、風船に描かれたピエロの顔が、まるで悪魔のように牙を剥いて――。
 そして――ぱぁん! と銃声が轟くように、ピエロの風船は一気に弾け飛んだ。

「――わっ!」
 ベッドの上でびくん、と跳ね起きた少年は、其処が見慣れた自分の部屋だと分かって大きく溜息を吐いた。そう――さっきまでの出来事は、全部夢だったのだ。
「び、びっくりした……」
 ――サーカスもピエロも、風船も。けれど、思わずきょろきょろと辺りを見回す彼の目が捉えたのは、白い獣に跨った女性の姿だった。あ、とその異変に気付くより先に、彼女の手にした鍵が少年の心臓を一突きする。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『驚き』はとても新鮮で楽しかったわ」
 ゆっくりと意識を失って崩れ落ちる少年を見下ろし、女性――第三の魔女・ケリュネイアはうっとりと微笑んだ。
 いつしか彼女の隣には、少年の『驚き』を具現化したドリームイーターが立っていて。悪夢から抜け出た道化師そのままの出で立ちで、彼は風船を持って不気味な笑みを浮かべていた。

 皆は夢をみたりするのかな、とエリオット・ワーズワース(オラトリオのヘリオライダー・en0051)は興味深そうな顔で、ケルベロス達にそっと問いかけた。
「僕はたまに。でも、印象に残っているのは、子供の頃に見た夢かな」
 ちいさい頃は突拍子もない、理屈が全く通っていない夢をよく見たような気がすると彼は笑う。とにかくびっくりして飛び起きて、夜中に目が覚めてほっとする――そんな経験をしたひとも、多いんじゃないかと呟きながら。
「今回はね、そんなびっくりする夢を見た子供が、ドリームイーターに襲われて『驚き』を奪われてしまうんだ……」
『驚き』を奪ったドリームイーターは、既に姿を消しているようなのだが――その奪われた『驚き』を元にして現実化したドリームイーターが、事件を起こそうとしているようなのだ。
「これを倒す事ができれば、『驚き』を奪われてしまった子も目を覚ましてくれる筈だから」
 なのでどうか、現れたドリームイーターによる被害が出る前に、これを撃破して欲しい――エリオットはそう言って一礼して、資料を元に予知で得た情報を伝えていった。
「被害者の男の子は、ピエロに貰った風船が急に大きくなって弾け飛ぶ夢を見たらしくてね。現れるドリームイーターは、風船を持ったピエロの姿をしているよ」
 ドリームイーターが現れるのは夜の市街地、男の子の家の近所のようだ。丁度近くに空き地があるので、其処ならば戦いに適しているだろう。
 また、彼は相手を驚かせたくてしょうがないようで、付近を歩いているだけで向こうからやって来る――そして、手に持った風船で驚かせようとしてくる筈だとエリオットは言う。
「ちなみに敵は、驚かなかったひとを優先的に狙ってくるみたいなんだ。この性質を上手く利用できれば、有利に戦えるかもしれないね」
 戦いともなれば、ドリームイーターは手にした風船をまるで爆弾のようにして操ってくるだろう。更にその強烈な破裂音は、トラウマを呼び起こすこともあるようだから、気を強く持って戦って欲しい。
「子供の無邪気な夢を奪うのは勿論、それを現実のものにするなんてあってはいけないよ。夢は、そのひとの心の欠片なんだから、誰も好きにしていい筈がないんだ」
 ――黄昏のサーカスに迷い込んだままの少年を、悪夢から解放する為に。それならば自分たちは、不気味な道化師が踊るひと時だって、喜劇へと変えてみせよう――。


参加者
デスマーチ・ラビット(くるくるくる・e02467)
ミュラ・ナイン(想念ガール・e03830)
ガーデニア・ヒガン(白雪之曼珠沙華・e05084)
玄梛・ユウマ(燻る篝火・e09497)
蓮巳・凪(科戸の風・e16748)
夜識・久音(ホーリープレイ・e20233)
エージュ・ワードゥック(未完の大姫・e24307)
シトラス・エイルノート(ヴァルキュリアの降魔拳士・e25869)

■リプレイ

●何かが道をやってくる
 永遠に続く黄昏のサーカス――奇妙な音楽が鳴り響くその夢から、現に飛び出してきた存在があった。色とりどりの風船を手にしたそれは、おどけた仕草で笑うピエロのドリームイーターだ。
 悪夢の象徴となった彼は現実を侵食し、ひとびとを驚かした後に襲い掛かる――夢を奪われた少年を助け出す為にも、速やかにこれを退治しなければなるまい。
「やっぱり、ドリームイーターはあんまり好きにはなれませんね」
 おっとりとした仕草で頬に手を当てつつ、夜識・久音(ホーリープレイ・e20233)はそっと夜空に向けて溜息を零す。少女の青の瞳は、好きにたくらみを許すつもりはないと確固たる決意を宿しており――その隣ではデスマーチ・ラビット(くるくるくる・e02467)が、桃色の髪を揺らしながら陽気な鼻歌を口ずさんでいた。
「戦闘は楽しみだけど、被害者の男の子が目覚めるように頑張るのが最優先だよね。うん」
 そこは忘れないようにしないと、と自分に言い聞かせて、デスマーチの持つ懐中電灯が静まり返った夜の住宅街を照らす。どうやら『驚き』から生まれたドリームイーターはこの近辺を彷徨っているとのことで、皆は敵の興味を引きつつ、戦いに適した空き地へと誘導するように歩いていた。
「ドリームイーターって、個々のじゃなくて、種としての思惑というか、何がしたいのとか……よくわかんないや。うーん」
 と、エージュ・ワードゥック(未完の大姫・e24307)は、これからまみえる敵について考えたのだが――途中で難しくなってきて、路地裏を散歩していた猫につい視線が向いてしまったよう。
「『驚き』を奪われるって、どんな感じなんだろ……やっぱあんまりいいものじゃなさそうだけど」
 ――それでも取り敢えず、大事になる前に片付けた方が良さそうだ。そう結論付けたエージュは探索に集中し、折角なので周囲に面白いものは無いかと探検して、驚き探しをするのも良いかと考える。
「驚きですか……。それだけなら余り害もなさそうですが、きっとそれだけでは済まないのでしょうね」
 そんなエージュの呟きに同意するシトラス・エイルノート(ヴァルキュリアの降魔拳士・e25869)は、整った相貌に紳士的な笑みを浮かべていた。その心中は容易に窺わせない雰囲気があったが、彼も被害者の少年の為にも速やかに処理をしなければと思っているようだ。
「えっと、サーカスってのはどんなものなんだろう?」
 しかし、今回の夢について今一つぴんと来ていないのは、ミュラ・ナイン(想念ガール・e03830)。色々あって外の娯楽についての知識がほぼ無い彼女は、ピエロと言われてもどんな存在なのか想像がつかないらしい。
「……あれ、そもそも今回って、サーカスが見れるんだっけ……?」
「いえ、今回はサーカスの夢に出てきたピエロのドリームイーターが相手になるのかと。自分も本物を見るのは初めてですが……」
 自分は世間知らずだと思っていた玄梛・ユウマ(燻る篝火・e09497)だが、どうやら一般常識に不慣れなのはミュラも同じだと悟ったようで――誰かに教える、と言う経験が新鮮で何だかくすぐったい。
「とはいえ、被害者の方の為にも確実に撃破できるよう頑張ります!」
 ちょっぴり気弱そうな表情をきり、と引き締めてユウマは拳を握り、一方で蓮巳・凪(科戸の風・e16748)はにやりと道化じみた笑みを浮かべて、懐中電灯と街灯に照らされた影法師を踊るように追いかける。
「俺はサーカスもピエロも風船も、全部好きなんだけどねぇ」
 子供のように無邪気で、軽やかな凪の靴音が夜道に反響して――このまま何処かへ連れ去られてもおかしくないような、奇妙な雰囲気が辺りに漂っていた。
 ――そしていつしか、彼らは目的地である空き地の近くに辿り着いていたらしい。あ、と道の先を照らすデスマーチの懐中電灯が、その時色とりどりの風船を握りしめるピエロの姿を捉えた。
(「……気付いてないフリ、気付いてないフリ」)
 此処で変に身構えてしまっては、相手に驚かないぞと伝えてしまうようなもの。そう考えたミュラは能天気な仕草を装うが、派手な化粧をした白塗りの男が暗闇に浮かび上がると言うのは、ちょっとしたホラーだ。
「さあさあ、良い子のみんな! とびっきりの風船は如何かな?」
 が、ピエロのドリームイーターは一行の思惑に気付く事無く、陽気な声を上げて駆け寄り風船を膨らませていく。少年が見たであろう夢のように、ピエロの顔が描かれた風船はどんどん大きくなって――ひとの身体以上に膨れ上がったその時、ぱぁんと大きな音を立てて弾けた。
「わぁっ?!」
 パンッと言う破裂音――その音が苦手なミュラは愛らしい顔に一瞬恐怖を浮かべ、そのまま身を竦めてしまう。そうしてユウマや凪、エージュも大袈裟な程に驚きを露わにして、演技とは言えシトラスも笑みを消して驚いていた。
「……っ!」
 更に、淑やかな物腰で佇んでいたガーデニア・ヒガン(白雪之曼珠沙華・e05084)は、ふわりと雪色の髪を揺らし――あくまでも上品に、はっと口元を着物の袖で隠しつつ、もう片方の手に持っていた手提げ鞄を地面へと落とす。
(「あ、シロは驚いちゃダメだからねぇ!」)
 ――しかし、ドリームイーターの脅かしに動じない者も居た。凪はウイングキャットのシロに平静を装うようにと言い聞かせ、久音もボクスドラゴンのコーラスと一緒に、驚かないようにと平常心を保っている。
(「出現することが分かっているのですから、心の準備はできています」)
 そしてデスマーチもまた、驚かないように状況をボケーっと見ていることに決めたようで――反応しなかった者たちをじろりと睨みつけたピエロは、深紅の唇を不気味に歪めて彼らを殺そうと襲い掛かってきた。
「この展開は分かっていましたからね……臨戦態勢は整っていますよ」
 そう、驚かなかった者を優先的に狙うと言う敵の習性を活かし、彼らは盾となる者たちに攻撃を集中させようと動いたのだ。既に演技を止めたシトラスはナイフを構え、その最中地面に叩きつけられたガーデニアの鞄から、転がり出た硝子が透明な音を立てて砕け散った。
「さあ、悪夢斬り払う玻璃の音にて御座います」
 ――それこそ、二重の驚きであると言うように。そしてその音を戦いの合図にして、ガーデニアは涼やかな鋼の音色を奏でながら、すらりと白夜刀を抜く。
「最後に驚くは、さて、どちら?」
 憂いを帯びつつも、刀を構える少女の声は鈴の音を思わせるもので――夜の闇にふわりと、儚くも気高き白曼珠沙華が咲き誇った。

●眠れる夜のサーカス
(「驚きと共に連れ去る、道化師の噺。まるで現代の神隠しのよう」)
 踊るように――けれど確実に此方を捉えるような動きで、ピエロのドリームイーターは色とりどりの風船を従えて向かってきた。その動きに惑わされぬようにと心を強く持ち、ガーデニアの瞳に蒼き焔が宿る。
 ――彼が生まれた夢の世界は、黄昏刻の逢魔ヶ刻。それは人ではなきものと往き合う、現世と隔世の狭間だ。
「けれど、人の心も夢も、現へと戻して頂きましょうか」
 アッハハハと甲高い笑い声を上げながら、道化師はそのガーデニアの言葉に、風船破裂の連鎖を響かせることで以て応えた。
「へぇ、あくまでも傷つけ合おうって訳なんだ? いいよ、ならあなたの悪意を存分にぶつけてご覧――」
 そんな狂気の道化師に、更なる狂気を見せて立ち向かうのはデスマーチ。ああ、幾ら普段はまともを装っていても、戦うことで得られる快楽の前では容易く仮面が剥がれてしまう。
(「傷つけるのも傷つけられるのも。負の感情を向けられるのも」)
 ――あなたを愛している、とデスマーチは陶然とした様子で囁き、快楽エネルギーに変換された負の感情は特別な感情となって、彼女の生命力を高めていった。
「まずはその厄介な動きを、鈍らせて頂きましょうか」
 縛霊手を振りかざす久音は、同時に霊力を網と化して捕縛を行おうとするが――道化師は捉えどころの無い動きでその一撃をひらりと躱してしまう。しかし、敵の弱体化に向けて動いているのは彼女だけではない。
「少年の夢も驚きも、きっちりと返してもらうからねぇ!」
 ニヤニヤとした笑みを浮かべながら、芝居がかった仕草で指先を突き付けた凪からは、捕食の僕と化した黒液が飛び掛かり――獲物を丸呑みにしようと一気に襲い掛かった。すかさずシトラスも流星の如く空を舞い、重力を乗せた蹴りを叩きつけ、其処へガーデニアの振り下ろす刃が流れるように吸い込まれる。
「未練に囚われし愚かな娘で御座いますか」
 ――緩やかな弧を描く太刀筋は、まるで幽玄の月のよう。本来ならば猟犬の鎖も交えて捕縛していく筈であったが、その技を使う術が無いのであれば、他の手段を交えて戦っていくしか無い。
「……月の斬刃は糸と黄昏の夢を終わりに結ぶ」
 後方から繰り出される鮮やかな攻撃の数々は、道化にも負けぬほどの曲芸となって。妖しき凪の笑い声に誘われて、ミュラも槍を手にくるりと踊り辺りを薙ぎ払っていく。
「よし、わたしもっ!」
 豊か過ぎるすーぱーボディをたゆんと揺らして、堅実に行こうと、エージュは構えた銃口から凍結光線を発射した。しかし仲間たちが率先して付与した捕縛も、未だ完全とは行かず――元々身軽さに長けていたドリームイーターは、エージュの放った光線を踊りながら回避してしまう。
「むー、敵はあんまり強そうじゃないと思ってたのに」
 けれど生まれた経緯はどうであれ、相手は紛れもないデウスエクスだ。それは皆で挑まないと倒せない敵であり、更に其々が己の役割を確りと果たさねば勝利もおぼつかないだろう。
 ――だが、エージュはジャマーたる己の立ち位置を活かした戦法を組み立てられずにいた。具体的にどんな攻撃を軸に、どの状態異常を重視して、どう敵を追い詰めていくのか――見切りに注意するのは勿論だが、相手の回避能力への対策が無くては、幾ら命中が一番高い攻撃と言えどそう当たるものでは無い。
「わっ! 痛いな~も~」
 そして、ある程度は前衛の盾役が攻撃を引きつけてくれていたのだが、他の者に攻撃が飛んでこないと言う保証も無い。結果、敵からの痛烈な反撃を貰ったエージュは膝をつき――回復のフォローに注意をすると決めていたものの、どう動くべきかでその思考に僅かな困惑が生じていた。
「……大丈夫、自分が皆を支えます」
 其処で素早く回復に動いたのは、癒し手として戦線を維持し続けているユウマだ。戦いとなれば普段の頼りなさげな表情は一転し、彼は冷静に――且つ頼もしさを発揮して、溜めた気力によってエージュの傷を癒していった。
「聴こえますか、祈る声が。……闇夜に、届け!」
 更に久音も盾となりつつ、蒼い星の祈りを歌声に変えて、凛とした姿で仲間たちを鼓舞していく。ちいさな祈りをかさね、かくして歌は紡がれる――その唇はほしのこえを紡ぎ、コーラスも久音の歌に合わせて鳴きながら、消耗した者へ属性を注入していった。
 どうやら手薄かと思われていた回復も、優先的に治療に動く者のお陰で問題なく機能しているようだ。膨張する風船によって重圧を受けたデスマーチは、元々命中に不安があった所為もあり、繰り出した斧の一撃を避けられてしまったのだが――それでも自分だけの戦いではないのだと、勤めて冷静になって痛みの悦びに耐える。そんな彼女の邪気を祓うべく、清浄な羽ばたきを繰り出すのはシロだった。
「うん、バンバン行きまーす!」
 一方で明るい声を響かせるミュラは、後衛の仲間たちが弱体化させていった所を突く形で、ドリームイーターへ御業の奇蹟を行使する。鷲掴みにした相手は、禁縛の呪いにのたうつ筈だったのだが――。
 アハハハ、と道化師はけたたましく悪魔の哄笑を響かせ、その手に持つ風船がミュラの眼前で破裂した。
 ――そして、パンッと言う銃声のようなその音は、彼女の持つトラウマを蘇らせていったのだ。

●黄昏悪夢の終焉
(「この音はダメ」)
 ――空さえ見られずに囚われて。ミュラの頭の中でがんがんと反響しているのは、振り上げられた手が自分を叩く、ひどく乾いた音だった。
 彼女の見ているトラウマが、どんなものであるかはユウマには分からない。ただ、その身体が震えているのを見るに、見たくもなかったものを見ているのだろうと容易に窺えた。
(「自分が見るとしたら、……過去の自分なのでしょうか」)
 それは、孤独にデウスエクスと戦い続けていた頃。碌に言葉も知らず、唯敵を倒すと言う強烈な意思だけを持って、自分は言われるままに凄惨な戦闘を繰り返していた――。
(「今の自分は、偽物だと。そう突きつけられるような感覚に陥るかもしれませんが」)
 それがどうしたとユウマは過去を振り払い、苦しむミュラの異常を消し去っていく。その間にもエージュの主砲が火を噴いて――凪の影から呼びだされた黒き薔薇は、茨と花弁を舞い散らせて消えぬ魔女の烙印を刻み付けた。
「ピエロの格好をするのであれば、驚かせるだけではなく、ちゃんとユーモアも必要でしょう」
 貴方はピエロとして0点、そんな辛辣な言葉と共にシトラスの刃が翻って、禍々しい形状に変じたそれは道化師の肉を抉り、更なる異常を付着させていく。
「――っ!」
 しかし、首の皮一枚で繋がった道化は、デスマーチをすり抜けその隣――濃縮した快楽の霧で回復を行っていた久音に、膨張した悪夢の風船を叩きつけた。しかし、驚けとばかりに襲う衝撃にも彼女は膝を屈さず、その青の瞳は真っ直ぐに敵を射抜く。
「黄昏に浮かんだ悪夢は終わり。天蓋たる炎と稲妻の斬穿の華――手向けの花を、あなたに」
 たじろいだ敵へ、その時振り下ろされたのは深紅の斬撃。祈るように囁くガーデニアの言葉が弾けるや否や、紅光は砕け散り――それは舞い乱れる赤き焔の花吹雪となって標的に襲いかかる。
 あかくあかく、泣き叫ぶように染める赤花の舞踏は、愛を求める舞い手の心を恥じているのか。
「そして目覚めの笑顔を、かの少年に」
 ――そのこえに送られて、道化師の姿は夢の残滓となり、それも静かに消滅していった。

「ううむ、サーカスの事調べてみたけど……本物のピエロもあんな感じだったら嫌だなぁ」
 そうして無事に戦いを終えたミュラは、スマホで調べものをして、一回くらいは彼氏とサーカスへ行ってみたいと夢見ているようだ。
(「人は常に驚くもの。自分の予想外のことが、他の世界から飛び込んできて、心跳ねる」)
 嬉しさ混じりの鼓動は跳ねて、例えば恋もまた唐突な驚きなのだと、ガーデニアは大切な刀を納めて吐息を零す。
 ――ああ、自分は、心こそを守りたいのだ。故に。
「それを奪うドリームイーターこそやはり、赦せぬ私の天敵」

作者:柚烏 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年8月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 2/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。