夏草繁る線路の果てで

作者:古賀伊万里

 青年は、廃線になった線路の行き止まりの、崩れそうなトンネルの前にいた。
「さてさて、行き場を失った電車のお化けはどこかな?」
 青年は鉄道マニアであると同時にホラーマニアでもあった。
 一般人立ち入り禁止区域のハードルを越えて、トンネルの奥へと。中は湿っていて暗く、いかにもスピリチュアルな存在が出てきそうな雰囲気ではある。
 奥へ、と歩みを進めようとした瞬間。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 唐突に背後から響いた声に驚いて振り向いた青年の心臓を、第五の魔女・アウゲイアスはその手の鍵で一突きした。
 青年は意識を失いばたりと倒れる。
 『興味』の具現化。歪んだ、鋼の芋虫のような化け物が、青年の『興味』を材料に、ドリームイーターとして現れた。

「鉄道のお化けに強い『興味』をもって実際に調査に出かけた人間が、ドリームイーターに襲われ、その『興味』を奪われてしまう事件が起こってしまったようです。『興味』を奪ったドリームイーターは既に姿を消しているようですが、奪われた『興味』を元にして現実化した怪物型のドリームイーターにより、事件を起こそうとしているようです」
 セリカ・リュミエールは冷静に切り出した。
「怪物型のドリームイーターによる被害が出る前に、これを撃破して下さい。倒すことが出来れば、被害者も目を覚ましてくれるでしょう」
 セリカは淡々と、しかし真摯に続ける。
「敵はドリームイーター一体のみ。戦闘能力は『夢喰らい』『欲望喰らい』『モザイクヒーリング』の三つです。人間を見つけると『俺は何者だ?』と問いかけ、正しく対応出来なければ殺してしまいます。なお、ドリームイーターは、自分の事を信じていたり噂している人がいると、そちらに引き寄せられる性質があるので、上手く誘き出せば有利に戦えるはずです」
 ただ好きなことを追及していただけだったのに。セリカは憤りを見せる。
「純粋な興味を利用して人間を襲わせるなど言語道断です。撃破を、お願いします」


参加者
アルヴァ・シャムス(逃げ水・e00803)
篁・メノウ(わたの原八十島かけて漕ぎ出ぬ・e00903)
燈家・陽葉(光響凍て・e02459)
奏真・一十(あくがれ百景・e03433)
篁・鷹兵(大空羽ばたく紅の翼・e22045)
ルチアナ・ヴェントホーテ(波止場の歌姫・e26658)
浜咲・アルメリア(シュクレプワゾン・e27886)
常葉・つの(のんびり・e28566)

■リプレイ

●今はもう誰も
「好奇心は猫を殺す、なんて言葉があるけど興味があるってだけで狙われちゃうのはひどいわ。わたしも好奇心は強いほうだし、なんだかひとごとじゃないみたい」
 ルチアナ・ヴェントホーテ(波止場の歌姫・e26658)は真夏の線路に立って呟いた。
「被害者さんは絶対に助けないと! ですね」
 (自分の噂話が気になるなんて、どんなドリームイーターなんだろう……?)と、常葉・つの(のんびり・e28566)は不思議に思う。
 ゆらり、陽炎。その向こうの、植物の蔓やいくつかの瓦礫に覆われた、今にも崩落しそうなトンネル。ここにはもう二度と、車両は来ない。
 奏真・一十(あくがれ百景・e03433)と篁・鷹兵(大空羽ばたく紅の翼・e22045)が持ち込んだ照明で内部を照らそうとするが、深く長く、ひんやりと湿った空気しか感じられない。
 内部で戦うのは危険だ。被害者も中にいるだろうと、浜咲・アルメリア(シュクレプワゾン・e27886)は、トンネルの外に戦場を確保出来るよう入口から一定の距離をとった。
「絶対、いるわ。ネットで見たもの。電車のお化けがいるって」
 訥々と、しかし興味津々のふりで噂話を始める。
「俺は何者だ? って、聞いてくるんだって。答えられなかったら……きっと連れて行かれちゃうんじゃないかな」
「行き場を失った電車のお化けが自分に興味を持つ人間を食べるってお話も」
 ルチアナはわざと大きな声で言う。
「生き物が霊となって現れるとはよく聞くが、電車のお化けとは初耳である。実に興味深い!」
 一十が好奇心たっぷりの調子で語り、燈家・陽葉(光響凍て・e02459)が頷く。
「いったい何を為すのであろう。姿を認めた人間を轢くまで追ってくるとか……黄泉の国へ運ぶ乗客を探しているとか……」
「トンネルの怪談話は事欠かないけど、だいたい死者の幽霊関連だしねー。ああ、電車ごと幽霊になっちゃったとか? でも、電車って幽霊になるかな」
「電車の幽霊なんて、けったいな話もあるもんだなぁ。本当にいるんなら見てみたいもんだ」
 篁・メノウ(わたの原八十島かけて漕ぎ出ぬ・e00903)とアルヴァ・シャムス(逃げ水・e00803)は半信半疑の様子で首をかしげてみせる。
「付喪神という物がある。古来より日本には器物百年という言葉があり、年月を経た品物は……」
 鷹兵は話が長かった。それをつのはこくこくと頷きながら一所懸命に聞いている。
 いよいよ陽が傾いてきた頃に。
 どん、とトンネルの奥から、地響きに似た音が聞こえた。
 来たか、と八名は身構える。
 地響きはこちらに近づいて来て、そして赤い夕陽に照らされたのは、金属で出来た巨大な芋虫のような、本来世界に存在しないはずの化け物だった。

●いないはずのもの
 怪物を更にトンネルから引き離すべく、ケルベロス達は挑発しながら陣を取る。
「さあドリームイーター! 我々が相手をするぞ!」
 鷹兵は、叫んだ。
 ドリームイーターがそちらに気を取られているうちに、陽葉とアルメリアはトンネルに潜り込み、被害者を見つけ出した。陽葉が怪力無双で安全な場所に移し、戦線まで駆け戻る。
 ぎらぎらと光る無機物は、ひとの言葉を、喋った。
「俺は、何者だ?」
 正答しなければ殺してしまうという例の問いかけだ。
「え、ドリームイーターでしょ? ドリームイーターじゃないなら、君は何?」
 問いそのものが無効になる返事をして、陽葉は心を貫くエネルギーの矢を放った。催眠に陥り、それでもなお異形は質問を繰り返す。
「君は怪物、人の敵だ。──はじめよう、君の為の膳立てだ」
 フィンガー・スナップ。はじける音は鼓膜をくすぐり背骨を駆けて、味方の闘志に灼熱を与えた。サキミは悪しき効果への耐性効果を一十に施す。
「いちゃいけないものだ。そんで、これから消える、あたしの敵だよ」
 昔の依頼で犠牲者を出して以来ドリームイーターを嫌うメノウが、自身のグラビティを極限まで練り上げ身体に纏わせる。
「これ痛くて嫌いなんだけどね……舞い散れ……複合術、“菫阿修羅”……!」
 紫の花弁が散るごとく。しかしそこにいるのは神すら殺す修羅。連撃は車体の運転席を想起させる場所を打ち砕いた。
「クソ野郎が」
 アルヴァも正面から切りかかる。両手の斬霊刀から放たれたのは、霊体のみを斬る衝撃波。
「悪いが、てめぇが何者かなんて知らないし興味もねぇよ。もっとも、もうそんな事気にしなくてもよくなるけどな」
 物理衝撃でない攻撃は、それでも確かにドリームイーターに深いダメージを与えた。
「言葉を弄するつもりはない。貴様はタダの……夢の残骸だ! 受けよ! 時空凍結弾ッ!」
 あれだけの長話も今は必要ない。鷹兵のバトルガントレットの指先から弾丸が射出される。
「素直に答えてあげてもいいけれど、ひとつだけ付け加える都市伝説があるの。あなたはケルベロスに退治されるのよ! ……こちら側の世界へようこそ、力を貸してくれますか?」
 呼び出したのは、この世と違う領域に住まうと伝わる、霧の体の鷲獅子。攻撃は金属の芋虫を貫いた。
「あんたはお化けよ。魔女に使われた、かわいそうなお化け」
 メタリックバーストを、アルメリアは前衛に施す。
 ──だから、綺麗で怖い夢のまま、終わらせるわ。
 その感情は振る舞いにはほぼ出なかったけれど。隣ですあまは清浄の翼を羽ばたかせた。
 返答のたびにずっと頷いていたつのが、氷結の螺旋を放ち目標を凍り付かせる。
 最早問うこともせずに、ドリームイーターは、モザイクヒーリングをもって自らを癒した。完全回復とまではいかないが相当部分が補修される。
 太陽は山際のすぐ上。視界が悪くなる前には決着をつけたい──が。

●いてはならぬもの
 回復の必要は今はない。稲妻を帯びた陽葉の超高速の突きが、相手の回路を痺れさす。地獄の炎を纏わせた一十の武器を叩きつけられ、機械の体が悲鳴を上げる。サキミは今度はメノウに守護を与えた。メノウの斬撃は緩やかに弧を描き、胴体部分の弱点を断ち切った。
「一の太刀を疑わず」
 示現流の技を斬霊刀の居合へと落とし込んだ二太刀不要が、魂そのものを切り伏せる。
「引き裂けッ! レイザァァァッウィングッ! ハァァァァケェェェェェンッ!!」
 熱い叫びとともに、超硬質化させた己の翼で鷹兵は相手を切り裂いた。
 ルチアナの達人の一撃は相手に氷霧を纏わせる。アルメリアはオウガメタルを鋼の鬼と化し、その拳で真正面から敵の走行を打ち砕いた。
 飛び散る金属片の中、すあまは今度は後列の邪気を払っていく。
 ローラーダッシュ。激しい摩擦。炎を纏った激しい蹴りを放ったつのは、すたっと華麗に着地した。
 欲望喰らいのモザイクが、一十を襲う。武器を持つ手が自由に動かず、一十はけれど取り乱しはしない。
「この光を捧げます……!」
 陽葉が矢を放つ。夜を払う暁の霊力が込められた矢が、一十の傷を癒していく。
 一十のブラックスライムは槍の如く敵を貫き、その傷口から鉄の芋虫を汚染した。サキミは属性インストールを今一度一十に。
 メノウは空の霊力で、相手の傷跡を正確に斬り広げた。アルヴァは再度二刀斬霊波を繰り出す。鷹兵の指の一本突きは、気脈を立って相手の体を石のようにする。ルチアナのネビアヴォートのグリフィンがそこに激しく飛びかかる。古武術のような動作をもって流星の煌きで蹴りつけたのはアルメリア。
「患部冷やしますね!」
 つのの放つキラキラ光る氷の塊が、敵を冷たく凍結させる。
 ダメージを重ねられ、動きも封じられたドリームイーターは、それでもなお夢を喰らおうと悪夢のモザイクを飛ばし、鷹兵を包み込もうとしたが叶わない。庇ったのは、アルメリア。
 陽菜は急ぎオリジナルグラビティ、払暁の矢をアルメリアに向ける。癒しを受けてアルメリアは態勢を立て直す。
 もうひと押しで恐らく撃破。一十は二本のグレイブを駆使し、無数の突きを繰り出した。芋虫は既に芋虫のかたちを失いかけている。サキミはアルメリアの援護につとめた。
 あとひと押し。メノウは内臓モーターで回転威力を持たせた一撃を化け物のエンジン部分まで貫通させた。敵の動きが、止まる。
「これでとどめだ、クソ野郎」
 一の、太刀を、疑わず。『二の太刀要らず』を先刻よりも速く、深く深く。
 機械の芋虫は、耳障りな金属音を立てながら、完全に鉄屑と化した。
 ドリームイーターによって生み出されたドリームイーターは、ケルベロス達によって倒されたのである。

●いるべきものたち
 離れた場所に寝かせておいた青年の元に、陽葉とメノウが駆け付けた。呼吸も脈拍も正常に見える。かるく揺すると、青年は目を覚ました。怪我などはないようだったが、事態が把握出来ず混乱していた。陽菜は身分を明かして状況を説明する。
 後を追ってきた一十も声をかけた。
「調査したい気持ちはわかるが、危険区域に不用意に近づくなよ。ミイラ取りがミイラになっては笑えぬであろう?」
 不思議に強く惹かれるのは分かるのだがな、と不愛想に言う。
 メノウはつのとヒール作業にかかった。一十とアルヴァは危険だからとトンネルも直していく。
「しかし危ねぇな、このトンネル。その内、肝試しかなんかでやってきた奴らが事故にあうぜ、これ」
 アルヴァは何とか持ちこたえてくれそうな程度に修繕をしたのちに、眉を顰める。
 周囲に散らばっていた瓦礫もついでに撤去して、鷹兵は息をつく。
「結局卵は無くなったが……やることは同じということか」
 新たなタイプの敵の出現も、暑さも、稜線に消えてゆく太陽のように沈む。
「興味を食べる魔女、パッチワークのドリームイーター……戦いが終わっても、わたしはもう次の興味に夢中かもね」
「興味に興味があるからって人を襲ったのに、結局モザイクが晴れないって、なんだかこう、無駄骨じゃないかな?」
 ルチアナと陽菜は言い合った。
「ドリームイーターなんかじゃなくて、本当の不思議な話だったら、良いのに、ね」
 アルメリアは黄昏時のトンネルの向こう、見えないそこを見ようとした。
 (……本当の不思議に、なれたらいいね)
 遠くに、汽笛の音が聞こえた気がした。
「暑いからアイスでも買って帰ろうっと」
 明るく言ったメノウも、けれど最後にトンネルを一瞥した。
 今はもうなにものもいない場所に、いるはずもない、何かを探すように。

作者:古賀伊万里 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年8月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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