古寺の化け狸

作者:天枷由良


 深夜。古寺に忍び込んだ男は、小さな声で呼びかけた。
「たぬきさーん、いらっしゃいますかー……?」
 木の実、果物、肉、魚。
 持ち込んだお供え物を並べつつ、返事を待つ。
 噂が本当なら、化け狸は仏像の裏から現れて供物を適当に食したあと、お礼に福をもたらしてくれるはず。
「出世と金運……あとは――」
 皮算用を始める男。
 しかし返ってきたのは、狸でなく女の声だった。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 振り向いた男の胸を鍵で一突き。
 第五の魔女アウゲイアスは、男から生命でなく『興味』を奪う。
 意識を失って崩れ落ちる男。
 側には、信楽焼の狸のようなドリームイーターが現れるのだった。


「不思議な物事に強い『興味』をもって、自分で確かめようとする人がドリームイーターに襲われてしまうわ」
 ミィル・ケントニス(ウェアライダーのヘリオライダー・en0134)が、予知についての説明を始めた。
「ドリームイーターは『興味』を奪って姿を消してしまうようだけれど、奪われた『興味』を元にして現実化した怪物型のドリームイーターが事件を起こそうとしているの」
 それを防ぐため、ドリームイーターを撃破してほしいというのが依頼の概要である。
「『興味』を奪われた人はその場で意識を失っているけれど、怪物型のドリームイーターを撃破すれば、目を覚ましてくれるわ」
 現場となるのは、とある古いお寺。
 寄り付く人もおらず随分寂れているが、福をもたらす化け狸が出るという噂が流れていたようだ。
「ドリームイーターも、この化け狸のような……置物でよくある、信楽焼の狸みたいな外見をしているの。お寺の本堂に隠れているから、被害者の人と同じ手順で呼びかけたり、噂をしていれば姿を見せるはずよ」
 その際「わしの事、何じゃと思う?」と聞いてくるらしい。
「狸の望む答えを返せたなら見逃してくれるようだけれど、いずれにせよ戦わなければならないわけだから、なんと答えるかはお任せするわ」
 更に、信じている人や噂をしている人に引き寄せられるという性質もあるようだ。
 上手く誘き出せば、有利に戦えるかもしれない。
「被害者以外は誰もいないようだし、戦場は広くとって大丈夫でしょう。ドリームイーターの撃破、よろしくお願いするわね」


参加者
バーヴェン・ルース(復讐者の残滓・e00819)
ファン・バオロン(アメジストブレイズ・e01390)
レティシア・リシュフォー(声援アステリズム・e01576)
アイリス・フィリス(アイリスシールド・e02148)
ソラネ・ハクアサウロ(暴竜突撃・e03737)
泉宮・千里(孤月・e12987)
長船・影光(英雄惨禍・e14306)
ルカ・フルミネ(レプリカントの刀剣士・e29392)

■リプレイ


 古寺の境内に踏み込んだケルベロスたち。
 泉宮・千里(孤月・e12987)と長船・影光(英雄惨禍・e14306)が腰に下げたライトを点けると、まずは石畳から好き勝手に生える雑草が目についた。
 そのまま灯りと視線を奥に向けていけば、ひっそり佇む老朽化した本堂が見える。
「随分寂れていますが、歴史のある仏閣に無用な被害は与えたくないですね」
「……願いを叶えてくれるたぬきの神様なんて不思議な噂だけど、この国じゃメジャーな話なの?」
 突けば崩れてしまいそうな古寺の心配をするソラネ・ハクアサウロ(暴竜突撃・e03737)に、レティシア・リシュフォー(声援アステリズム・e01576)が小首を傾げて尋ねた。
「えーっと……信楽焼の狸が、全国的に縁起物とされていることは確かですね」
 アイズフォンで集めていた情報を、端的にまとめて答えるソラネ。
「『タヌキ』には『他を抜く』という意味が込められているそうで、他にも大きな目は『顔の広さ、目配りのよさ』、太ったお腹は『食いっぱぐれない』など……持っている道具にも、それぞれ意味があるらしいですよ」
「ふーん、そうなの」
「もっとも、噂の狸さんが福をもたらしてくれるかどうかは別の話ですけれど」
「……ま、どうでもいいんじゃない。どうせ本物じゃないし」
 さして興味もなさそうに言ったのはルカ・フルミネ(レプリカントの刀剣士・e29392)。
「化け狸でもヨーカイでもなく、ただのデウスエクスですからね」
「気になるのは狸よりも、それを作り出した魔女の方だな」
 アイリス・フィリス(アイリスシールド・e02148)が相槌を打つと、ファン・バオロン(アメジストブレイズ・e01390)は何やら考えこむように呟いた。
「――ム。興味を奪うドリームイーターか……」
「随分手広くやっているようだが……果たして、奴らのモザイクが晴れることはあるのだろうか」
 バーヴェン・ルース(復讐者の残滓・e00819)と影光も、新たな敵に暫く意識を傾ける。
 だが、肝心の魔女が此処に居ないのでは考えていても仕方のないこと。
「――ム。では、そろそろお堂へ向かうとしよう」
 バーヴェンの言葉で、ケルベロスたちは本堂へと進んでいく。


「ここのお寺、なにか妙な噂があるそうですね……」
「……えっと、狸の妖怪が出るんですって!」
 埃っぽい空気の中、ソラネとアイリスが若干白々しく噂話を切り出した。
 本堂内も外観と違わずぼろぼろで、朽ちかけた仏像が何とも言いがたい悲壮感を漂わせている。
「お供え物したらお願い叶えてくれるんだってー。私、魚持ってきたもんねー。これでもうバッチシよ!」
 二人の会話に割り込んだルカがスーパーの袋から取り出した生魚を仏像の前に置くと、その隣にアイリスがいそいそと肉を並べた。
 夏真っ盛りの今時分、生のお供え物はすぐに傷みそうだ。
 事が済んだら片付けねばと思いつつ、影光も木の実を添える。
「これで信楽狸の様な八相縁起に肖れるってんなら嬉しいもんだが……」
 世の中、そんな甘い話が有るわけない。
 とはいえ敵を誘き出すため、普段は耳も貸さないような噂に同調する千里がレティシアと一緒に果物を供えれば、古寺の片隅には豪勢な供物のフルコースが出来上がった。
「さぁて狸さんよ、お目通り願えるか」
「たぬきさーん、いらっしゃいますかー!?」
 千里に続いて、神仏妖かしの類を呼び出すには些か不適当な元気さでレティシアが声を張る。
 それから暫くすると。
「――呼んだかの」
 仏像の陰から音もなく這い出てきたのは、まさしく信楽焼の狸としか言えないもの。
 笠を被り、徳利と通い帳を手にして、くわっと見開いた目が少々不気味なそれは、ケルベロスたちを値踏みするように見回しつつ、ゆっくりと近づいてくる。
「えっと、お供え物を用意して質問に答えたら、お願いを叶えてくれると聞いてきたんですけど……」
 おずおずと尋ねるレティシア。
 それを右から左に受け流しつつ、信楽狸は果物を一つ拾い上げて齧ると、ふてぶてしい態度で言った。
「ところでわしの事、何じゃと思う?」
「……福の神様、でしょうか?」
 やや自信なさげに答えたソラネに、狸はニンマリと気味の悪い笑みを返す。
 願いを叶える化け狸という噂に対する興味から生まれたドリームイーターであるからには、ソラネの敬うような答えは概ね満足のいくものだったのだろう。
 しかし、続く他のケルベロスたちの答えを聞くにつれ、信楽狸の笑みは薄れていく。
 ファンは数ある悪夢の一つと。
 レティシアは噂の影から生まれた影絵だと。
 アイリスは自身の敵、千里は狸の皮を被った化け物、そして影光は人の欲。
 各々が言いたいようにこき下ろしたあと、極めつけはルカの言動。
「アンタが何かなんて知らんがな、興味ないよ。……あーでも、遊び相手になってくれるならまぁ、少しは?」
 そんな事を言いながら槍まで向けてくるルカに、狸は身体を震わせ怒りを露わにした。


「この不届き者め! 天罰を食らわせてやる!」
 叫びつつ息を吸い込む信楽狸。
 本物の信楽焼なら膨らむはずのない、でっぷりとした腹があっという間に大きく真ん丸になって、その中心を狸は一心不乱に叩き始めた。
「う、うるさい……っ!」
 後方に下がりながら星辰の剣を構えようとして、思わず耳を塞ぐレティシア。
 ダメージにまではなっていないが、引き起こされた騒音は寺が崩壊するのではないかと心配になるほど。
 自分でこれなのだから……と、前に陣取る仲間に目を向ければ、案の定というべきか、数名の仲間が音に圧されて棒立ちになっていた。
「皆さん、しっかりしてくださいですっ!」
 木板の床に剣を突き立てて叫び、レティシアは星座の陣を描く。
 放たれた光はアイリスとソラネの身体から強張りを取り除いて、自由を得た二人は騒音対策のために紙兵を撒き散らした。
 それは前衛のケルベロスたちの耳を覆い隠すようにして集まっていき、鼓膜に安寧を得たファンが一番槍として切り込んでいく。
「出来の悪い幻想が、現実にしゃしゃり出て来るな!」
 腐っているのか、踏み抜いてしまいそうなくらい柔らかな木床を慎重に蹴って跳び、電光石火の蹴りを信楽狸が丸出しにしている急所へ。
 返ってきたのは、固くも柔らかくもない不思議な感触。
 しかし攻撃に全霊を傾けるファンの一撃は絶大な威力で、悶絶した狸は腹を小さくしてぴょんぴょんと堂内を跳ね回り始めた。
 その行く手を遮るように跳んで、影光は落ち着いて狙いをよく定めた飛び蹴りを一発。
 次いで千里が放った手裏剣が、螺旋の軌道を描いて狸の大事な通い帳をビリビリに引き裂く。
 更にバーヴェンが追撃を――かけるかと思いきや、腹太鼓の名残か身体に上手く力が入らず、抜いた刀を取り落としてしまった。
「おいおいどーした? 気合入れろよー!」
「――ム。すまん、恩に着る」
 ルカに魔力化した気を叩きつけられ、何とか全身の違和感から解放されたバーヴェンは己を地獄の炎で包み、言われた通りに気合を入れ直す。
 炎がひとしきり燃え盛って落ち着いた頃には、狸の方も態勢を整えて再び攻撃に転じてきた。
 被っている笠を取り外して、円盤投げのようなフォームで思い切り飛ばす。
 標的は――自身をただ倒すべき敵と断じたアイリス。
「くっ……」
 高速回転する笠は丸鋸に化けて、アイリスの周囲をしつこく飛び交っては衣服を切り刻んで肌に赤い筋を作った。
 威力は然程でもない。
 しかし傷口がレティシアの纏わせた魔法の木の葉でも完全に塞がらず、血は流れないのにぱっくりと開いたままで痛々しい。
 思わず追加の治癒を申し出る千里。それを制して、ルカが気の矛先をバーヴェンからアイリスに向ける。
「ほいよー、サポートは任せとけ!」
 流し込まれた闘気は隅々まで行き渡り、活性化した細胞が正しくあるべき位置を見つけて寄り添うように繋がっていく。
「……よくもやってくれましたね!」
 やられた分はやりかえさねば。
 ソラネが笠攻撃を妨害するために撒きだしたドローンにまぎれて、アイリスは信楽狸の構造を解析しながら接近。
 先に駆け出していたファンがルーンアックスを狸の脳天に叩きつけるのを待って、縛霊手で思い切り殴りつける。
 ぱりん、と割れるような音はしなかったが、信楽狸の顔はべこりと凹んで、歪んだまま元に戻らない。
「いい面になったじゃねぇか」
 妖怪じみたものに成り下がった狸の顔を嘲笑って、千里が暗器を放つ。
「狐七化け、狸八化け――とは言うが、負ける訳にゃいかねえ」
 狐をルーツに持つ千里がそう呟いた途端、狸の歪んだ顔目掛けて飛んでいた暗器は忽然と消え失せ、代わって狐花のような焔が周囲を漂いだした。
 その炎に熱は無く、怯えと驚きを半々にした狸が正しく狐につままれたというべき醜態を見せている間に、にじり寄った影光が刃を閃かせる。
 緩やかな弧を描いた斬撃は狸をバッサリと斬り裂いて、生じた隙に今度こそ追撃をかけようと、バーヴェンが刀を構えた。
 空の霊力を刃に込めつつ、眼力で見定めた命中率は半減している。
 先刻、自身を包んだ炎の影響なのだとすぐに理解して高速の抜刀術に切り替えようとするも、今度は刀に上手く力が集まらず、やむなくその場で刃を振るって撃ち放った地獄の炎弾が、かろうじて狸の身体を捉えた。


「雪原を縦横無尽に奔る皇帝よ! 我が声に応え顕れ給へ!」
 鋭い笠での攻撃を受け流して、アイリスが召喚したのはペンギンのエネルギー体。
「あ、来たね。それじゃ今日も砲台になってくれる?」
 それは召喚主の言葉に応えると、二つの長い砲身を持つ巨大な砲台に姿を変えた。
「お寺は壊さないように……! シュート!」
 声を合図に撃ち出された氷塊は、狸の腹に直撃。
 もんどり打って仏像に打ち付けられる狸は、ふらふらと立ち上がって反撃に腹太鼓を奏でるも。
「持ち堪えて下さいですっ!」
 言いながらレティシアが描く星座の陣から放たれる光、そしてアイリスとソラネが撒いた紙兵の防御効果は大きく、初手で起こした以上の成果は得られない。
「えぇい! それならば!」
 狸は妨害工作を諦めて、尻尾に力を注ぎ始めた。
 腹の代わりに膨張し始めた尻尾は、みるみるうちに狸自身よりも大きくなって、古寺を突き抜けるギリギリのところにまで伸びていく。
「この尻尾で包んで、貴様らから力も運気も吸い取ってくれるわ!」
 威勢よく振り下ろされる尻尾。
 それは狸を一番傷つけていたファンへと向かって――ひょいと軽く、身をよじって躱される。
「なっ……!」
「そんなものを馬鹿正直に真上から振って、当たると思ったのか阿呆が」
 呆れた声を漏らして、ファンは二本の斧を高く掲げると狸を挟みこむように斬りつけた。
 狸を両断せんばかりの苛烈な斬撃は、それまでに与えていた狸の傷をぐいと押し広げる。
 間髪入れずにバーヴェンと千里が空の霊力を込めた刃で斬りかかって、影光も痛烈な一太刀を浴びせると、それまであちこちに闘気を振りまいていたルカが槍を構えて忍び寄り。
「お前は避けるなよ?」
 声を一段低くして囁き、雷光のような疾さで突きを繰り出した。
 避けるなと言われれば避けたくなるが、避けるほどの余力はない。
 ぶすりと腹から串刺しにされる狸。
 ソラネが追い討ちのコアブラスターを浴びせ掛けると、ファンが攻撃を回避したことで手すきになったレティシアまでもが攻撃に回る。
「施しには祝福を、呪いには災いを。煉獄を此処に。光は遍く全てを包み照らすだろう。天の鳥達は全てを見るのだから! ――出でよ、裁きの天秤!」
 詠唱から間もなく、おんぼろ本堂の屋根に出来た隙間から降り注ぐのは聖なる雷光。
 レティシア最大の秘術とされるそれは、正しきものに立ち上がる力を、邪なものには裁きを与えるという。
 狸は当然後者であって、雷光に貫かれた瞬間、ガシャリと音を立ててひっくり返った。
「む、ぐぐ……」
 仰向けのままで、何とか腹を膨らませようとする狸。
 その根性が実を結ぶ前に、ファンの拳が突きつけられる。
「喰らえ、我が命の一打を」
 膨大な闘気を集中させて放たれる拳撃は狸の顔を割るように砕いて、興味から生まれた狸の短い生涯を終わらせた。


「あぁ、何というか申し訳ないですね……」
 古寺とはいえ神聖な場を戦場にしてしまった事に後ろめたさを感じ、アイリスは頭を下げる。
 相手は朽ちかけた仏像――のはずだったのだが、ファンが施したヒールの影響か、仏像は妙にファンシーな風貌に変わっていてしまっていて、何ともおさまりが悪い。
 ファンは躊躇いなく仏像を削って、限りなく元の形に近づけておく。
 その間に影光が供物をまとめて片付けて、本堂の片隅で丸まっていた被害者の男はソラネが保護して一同の元へ連れてきた。
「妙な夢を見た様だが、命あって何よりだ」
 記憶のあやふやな男に言って、千里は帰って寝直すように促す。
 従わない理由もなく、古寺を後にしようとする男。
 と、その前に現れたのは、先ほど倒した信楽狸そっくりのもの。
 正体は、本堂の床下に潜んだソラネがアイズフォンを使って掌から表示した立体映像だったのだが、新たな敵の出現かと身構えるケルベロスたちの前で男はひとしきり願い事を告げて、ばしばしと何度も手を叩いて拝むと、足取り軽く去っていった。
「……気持ちを切り替える程度には、役立てるかと思ったのですが」
 さすが、得体の知れない狸の噂に釣られる、欲の皮が突っ張った男。
 思った以上の効果を発揮してしまい、ソラネも苦笑いを浮かべるしかなかった。

作者:天枷由良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年8月5日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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