ねこねこにゃんにゃん

作者:犬塚ひなこ

●ざらざらにゃん
 或る晴れた昼下がりのこと。
 人々で賑わう猫カフェの扉から一人の少女が慌てて飛び出して来た。
「にゃああああっ、やっぱり気持ち悪いーっ!」
 叫びながら路地裏へと駆けて行った少女は今しがたまで猫との戯れを楽しんでいた客のひとりだ。しかし、彼女はぞわぞわと鳥肌の立った腕をさすって首を振る。
「猫は可愛いけど、あの……あの……」
 少女が気持ち悪いと言ったのは猫に対してではない。否、厳密に言えば猫の一部のことなのだが、それは――。
「ザラザラの舌で舐められるのだけは我慢できないっ!」
 つい先程の出来事を思い出した少女は舐められた手をぶんぶんと振った。そのとき、薄暗い路地裏に彼女以外の気配が現れる。あははと笑う声が響き、少女が振り返った刹那、胸元に大きな鍵が突き刺された。
 其処に現れていたのはパッチワークの魔女、ステュムパロス。
「私のモザイクは晴れないけど、あなたの『嫌悪』する気持ちもわからなくはないな」
 そう言って鍵を少女の胸から引き抜いた魔女は踵を返して去ってゆく。残された少女は意識を失って崩れ落ち、倒れ込んだ。
 そして、その傍らには『嫌悪』が具現化したドリームイーターが出現する。
 それは何処から如何見ても愛らしい三毛猫。だが、頻りに舌なめずりをする猫の大きさは三メートル。しかも触手のような見た目のザラザラ舌が背に幾つも生えているという、異様で奇妙な姿をしていた。
 
●ごろごろにゃん
「皆様は苦手なものってありますか? リカは辛い食べ物が苦手ですっ」
 そんな話から始まり、雨森・リルリカ(オラトリオのヘリオライダー・en0030)がケルベロス達に告げたのはあるドリームイーターが起こしている事件についてだ。
 場所はとある猫カフェの近くにある路地裏。
 猫のザラザラとした舌が苦手な少女が『嫌悪』を奪われ、それを元にした舌触手を纏う巨大三毛猫型のドリームイーターが現れた。
「このままだと路地裏からでっかいにゃんこさんが飛び出して、周囲の人を襲ってしまうのでございます。皆様、にゃんこさんをやっつけてくださいです!」
 リルリカがぐっと拳を握って皆に願うと、話を聞いていた遊星・ダイチ(ドワーフのウィッチドクター・en0062)が深い溜息を吐く。
「猫、それも巨大な三毛猫か……厳しい戦いになりそうだ」
「見た目も変ですし攻撃方法もすっごいので、戦う時は気を付けてください」
 肩を落とすダイチの傍ら、リルリカは敵の詳細を語る。
 猫の舌への嫌悪から生まれた怪物はとにかく舐めて来る。まずは巨大な舌で舐める攻撃。次に幻影の猫の舌を浮かばせ、とことん舐める痺れ攻撃。最後は何故か催眠効果を持つ触手のぺろぺろ攻撃だ。
「……確かに。巨大で無数の舌となると気持ち悪いだろうな」
 ざらざらの感触は猫好きには或る意味でご褒美かもしれないが、相手はただの猫ではない。猫というよりも舌の化け物なのだとダイチは思い直した。
 何よりも、意識を奪われた少女は敵を倒すまで目覚めることはない。
「被害者の方が猫カフェに来ていたのも猫を全部好きになりたいからだったはずです。それなのに、嫌悪を奪われて怪物にされるなんて酷いことです!」
 だから助けて来て欲しい。そう告げたリルリカは仲間達を見つめる。敵と戦う決意を抱き、頷いたダイチはふとある提案を投げ掛けた。
「もし良かったら戦いの後に猫カフェに行かないか? 折角だからな」
「わあ、それは素敵です! 皆様、気を付けていってらっしゃいませですっ」
 笑顔で手を振ったリルリカは仲間達を見送り、応援の言葉を送る。
 今、はじまるのは猫好きによる猫嫌いのための猫との戦い。つまり、これは――ねこねこにゃんにゃん大戦だ!


参加者
ヴェルマ・ストーリア(ブラックラック・e00101)
ミケ・ドール(黄金の薔薇と深灰魚・e00283)
水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)
ヴィヴィアン・ローゼット(色彩の聖歌・e02608)
夏音・陽(日食・e02882)
鷹野・慶(魔技の描き手・e08354)
湯川・麻亜弥(大海原の守護者・e20324)
シャウラ・メシエ(誰が為の聖歌・e24495)

■リプレイ

●嫌悪の怪物
 ――猫。ねこ。ネコ。
 それは気まぐれで気分屋。しなやかで柔らかく、自由気儘な存在。
 路地裏に踏み入り、夏音・陽(日食・e02882)は己が抱く猫への思いを言葉にする。
「猫可愛いけど、ドリームイーターになっちゃったら仕方ないにゃう」
「猫、かわいいですよね。わたしはさいしょにお友だちになったのがオライオンだったので、ほかのどうぶつよりもすんなり入ってきました」
 可愛らしい語尾をつけた陽の言葉に頷き、シャウラ・メシエ(誰が為の聖歌・e24495)は傍らのウイングキャットに視線を向けた。
 でも、だからこそ。人を襲ってしまう猫は止めなければいけない。
 シャウラが小さな決意を抱く中、ヴェルマ・ストーリア(ブラックラック・e00101)が殺界を形成し、ミケ・ドール(黄金の薔薇と深灰魚・e00283)が路地裏の出入口にキープアウトテープを張り巡らせていった。
 そしてヴェルマがちらりとミケに目を向けた、そのとき。
「ミケ、気を付けろ!」
 彼の声に反応したミケが頭上を見上げれば、巨大な猫型ドリームイーターが姿を現していた。とっさに布陣を整える仲間達の元へ駆け、ミケは身構える。
「ねこねこにゃん……ここであそびましょ」
 見据えた先にいるのは、猫は猫でも気持ちの悪い触手舌を携えた化け物だ。湯川・麻亜弥(大海原の守護者・e20324)は興味深く敵を眺め、ふとした思いを零す。
「猫のドリームイーターですか、『嫌悪』から生まれた物を相手にするのは初めてです」
「これが少女の嫌な物か。……来るぞ、皆!」
 遊星・ダイチ(ドワーフのウィッチドクター・en0062)は眉をひそめ、皆に呼びかけた。鷹野・慶(魔技の描き手・e08354)が構え、ウイングキャットのユキも尻尾を揺らしながら敵の動きを警戒する。
 刹那、先手を取った猫夢喰いが水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)に迫った。
 すぐさま動いたビハインドのモルテが仲間を庇い、舐める攻撃を防ぐ。視線で礼を告げた鬼人は即座に身構え、無名刀を敵に差し向けた。
「猫は好きでも、舌は嫌いか。そんなもんかな?」
 月光めいた弧を描く斬撃で敵を切り裂き、鬼人は疑問を口にする。するとボクスドラゴンのアネリーを連れた、ヴィヴィアン・ローゼット(色彩の聖歌・e02608)が敵の巨大な舌から目を逸らした。
「巨大なザラザラで舐められるってさすがにきついかも……」
 苦手なこと。それは他人にとっては些細なこと。
 しかし、意識しすぎるほどに余計に苦手になってしまうのだ。ヴィヴィアンは気持ちが分かると感じつつ、爆破スイッチを押す。
 途端に戦場に色とりどりの爆風が巻き起こり、仲間達の力を高めてゆく。陽は身体に力が漲っていく様を感じ、攻勢に移る。
 ニャア、と野太い声で鳴いた猫夢喰いを睨み付け、慶は首を横に振った。
「猫の姿になるとはなかなか考えてるが、俺は騙されねえからな。しょせん偽者だ」
 な、と慶は傍らの翼猫を見遣る。そんなことは当たり前だというようにユキが一声鳴き、凛とした眼差しを敵に向けた。
 こんな怪物、本物の猫の可愛さに敵うはずがない。
 そして――猫の尊厳と少女の思いを守る為、路地裏の戦いは始まりを迎えた。

●猫を巡る心情
 心を奪われた少女は猫が嫌いなのではない。
 ただその一部が苦手で仕方がなく、このような化け猫ドリームイーターが生まれたのだろう。麻亜弥はうねうねと動く触手めいた舌に狙いを定め、一閃を放つ。
「この一撃を食らい、凍りなさい!」
 踏み込みと共に繰り出されたのは冷たい衝撃。達人の域に達する麻亜弥の一撃が敵を穿つ中、ミケは仲間の援護に回る。
「きょだいにゃんこ……これくらいならきっと……持って帰れる……? あ、見た目変だから……やっぱり……Non……」
 いらない、と首を横に振ったミケは紙兵を散布することで皆の防護を固めた。ミケに続いたヴェルマはモルテに仲間を守るよう告げ、自らは簒奪者の鎌を振りあげる。
「そうだな、持って帰るのは諦めるしかねェか」
 少女の考えに口許を緩め、ヴェルマはひといきに刃を放り投げる。鋭く回転しながら舞い飛ぶ鎌刃は化け猫の毛を散らしていった。
 其処へ更なる舐める攻撃が繰り出され、麻亜弥が慶を庇いに走る。ありがとな、と守って貰ったことに感謝を述べた慶は竜語魔法を展開した。
「はやく猫カフェに行って……何でもない。何も言ってない」
 思わず零れてしまった本音を誤魔化した彼の掌から幻影の竜が現れ、激しい炎で戦場を熱く熱してゆく。
「猫だし温けえのは好きだろ? 熱過ぎるって文句は聞かねえからな」
 慶は不敵に笑み、更なる攻撃に備えた。
 モルテも金縛り攻撃を放ち、好機を得た陽も敵に狙いを定めた。
「鳴って奏でろ、響いて果てろ! 震えた声で私の夢を歌ってみせろ!」
 陽は紡いだ魔力によって振動を自在に操り、化け猫の周辺空間の空気を止める。敵の足止めを狙う一閃が上手く巡っている様を感じ取り、シャウラも動いた。
「わたしがぺろぺろされると、そのままのみこまれちゃいそうなので、後ろの方からみんなを助けます、ね」
 シャウラは氷の詩――ニヴル・エッダを紡ぐことで敵に更なる氷を与えていく。
 鬼人も皆に負けてはいられないと感じ、刀を握り直した。
「俺、猫は結構、好きだけどよ。舌だらけの虎よりでかい猫はちょいとな。全力で排除させてもらう」
 切り放たれた斬霊の斬撃は猫の舌を斬り落とす勢いで放たれる。しかし、化け猫はまだびくともしていない様子だ。ヴィヴィアンはアネリーを体当たりに向かわせながら、今一度仲間を鼓舞する爆発煙を巻き起こした。
「援護は任せて。鬼人ちゃんも、皆も全力で戦ってね」
 いつでも回復を行える準備を整えながら、ヴィヴィアンは癒し手として仲間を支える決意を固める。
 尚も敵はひたすらに舐める攻撃でケルベロスを狙う。
 ユキは標的になった仲間を庇い、代わりにザラザラの感触を味わわされた。それがあまりにも気持ち悪かったのか、ユキは毛を逆立てて敵を威嚇する。
 陽はひそかにユキにエールを送りながら、敵へ炎の一閃を見舞いに駆けた。
「猫、猫可愛いねぇ。でかい、長い、猫好きだけど成長し過ぎはちょっとごめんね」
 マンチカン、スコティッシュフォールド、と自分好みの他の猫を思い浮かべた陽は容赦なく化け猫を蹴りで穿つ。
 隙を見出したヴェルマは刃を掲げ、紙兵による援護を終えたミケも攻撃に移った。
 一瞬、鋭い紫の瞳と長い睫に縁取られた黄金の瞳が交差する。ヴェルマは振るった刃に惨劇の鏡像を映し込み、ミケは魔力の光を解き放った。
「汝、月の戒律に背いた罪により此処に罰する事とする。其の罪を粛々と受け入れ、給え。この鎖は戒めである」
 鈴を転がしたようなソプラノの声が響くと同時に、月光を思わせる黄金色の鎖が目も眩むような光を放つ。拘束する鎖が敵を縛り上げ、その動きを止めた。
 敵の攻撃も激しいが、此方とて負けてはいない。
 一気に畳み掛けるべく、赤兎馬に地獄の炎を纏わせた鬼人が敵の胸を貫く勢いで蹴撃を放ってゆく。燃え上がる炎を感知したアネリーが竜の吐息を浴びせかけ、化け猫に纏わりつく焔をさらに増やしていく。
 続く戦いの最中、ヴィヴィアンは薄桃色の霧を発生させて味方の傷を癒し、戦線をしっかりと支えた。その恩恵を感じながら、シャウラは攻撃に専念する。
「さむくなったら、こたつで丸くなってくれればいいんです、けれど」
 氷と炎まみれの化け猫を見つめたシャウラはぽつりと呟いた。そして、皆が本気で戦う様を瞳に映した慶は気を引き締める。
「ユキも頑張ってんだ。俺もやってやらないとな」
 敵が猫の姿をしているからか、今まではいまいち攻撃が奮っていない気がした。だが、ユキや仲間の戦いに引っ張られるかのように、慶の胸にも闘志が宿る。
 そして、魔導書を広げた慶は混沌なる緑色の粘菌を招来した。緑の衝撃が散る中、麻亜弥は敵が徐々に弱ってきていることを感じる。
 麻亜弥は海月の触手を思わせる暗器を手の袖から引き出した。
「海の恐ろしさをその身に受けると良いですよ。そのまま痺れていて下さい……」
 相手を一気に薙ぎ払った麻亜弥は言葉通り、夢喰いに痺れを与える。化け猫は苦しげに鳴き、尾を激しく振った。

●いつかの願い
 戦いは間もなく終わる。誰もがそう感じ、終焉を見据えていた。
 催眠や痺れなどの不利益はヴィヴィアンが癒し、ダイチも補助を行い続ける。相手からの攻撃はモルテやユキ、オライオンが果敢に受け止めていた。
 シャウラは再び氷の詩を発動させ、決して溶ける事のない氷に閉ざされた世界を歌いあげる。極寒の冷気が周囲を覆い、化け猫の力を削った。
「見て、いまだよ」
 敵の体勢が傾いだ隙にシャウラが呼び掛けると、鬼人とヴィヴィアンが同時に頷く。戦いを終結させるべくヴィヴィアンは癒しを止め、桜舞う子守唄を紡いでいった。
「眠れ、眠れ、かわいいあなた」
 桜の花弁と優しい香りの幻影が敵を包み込む中、鬼人は刃を強く握る。
「確かに、猫の舌って独特の感じが有るし、人によっちゃ痛いって感じるけどよ。それも愛情表現の一種なんだよな。後は、慣れだ」
 改めて気を見遣った鬼人は地を蹴り、本物の猫は気持ち悪くはないと言い放つ。刹那、一瞬で三撃を解き放った彼は刃筋が重なる中心に刺突を重ねた。
「そう、全部全部魅力なの」
 陽は猫好き故の主張を声に出し、真剣で真っ直ぐな眼差しで敵を射抜く。そうして放たれた夢鳴宙響の力は化け猫を縛り付けた。
 更にヴェルマが影を解放し、漆黒の妖精を招来させる。
「猫は中々食えねェからな。味わって食えよ?」
 呼び掛けたヴェルマの声に応え、妖精達は猫の傷口から血肉を貪りはじめた。ミケも彼に機を合わせて縛霊手を大きく振りあげる。
「……キミは無理……Mi scusi……というわけでさくっと……Addio」
 かわいい子猫だったらよかったのに、という呟きと共に鋭い一閃が敵を穿った。だが、敵は尚も触手舌を使って此方を狙った。
 慶は一撃を受け止めるユキに応援の視線を送りながら、描画魔法を発動する。
「いい加減その攻撃も飽きたな。その技、そっくりそのまま返してやる」
 慶が召喚した大型の絵筆を振るえば、蠢く触手が夢喰い猫の毛並みをざらざらと撫でるように削り取った。
 化け猫が揺らぎ、麻亜弥は本当の終わりを感じ取る。
「地獄の炎で焼き尽くしてあげますよ!」
 そして――放たれた焔はドリームイーターの身体を覆い、全てを燃やし尽くした。
 偽物の猫化け物は消滅し、辺りに静寂が戻る。
 路地裏の端で倒れていた少女が目を覚ました事に気付き、鬼人はそちらに駆け寄った。ヴィヴィアンが事情を説明すると少女は俯き、ぎゅっと唇を噛み締める。
「あんま気にするなってよ。どうしても我慢できないものってのは有るからな」
「よかったらあたしたちと一緒に、また猫カフェに行ってみない?」
 鬼人が慰めの言葉を掛けると、ヴィヴィアンが手を伸ばした。すると、少女はふるふると首を横に振る。
「……嬉しいけど今日は帰るね。でも、ありがとう」
「そう、無理はいけないからね」
 今度またチャレンジすると語った少女を見送り、ヴィヴィアン達は手を振った。
 いつか彼女が猫の全てを心から可愛いと感じられるよう願って――。

●猫といっしょ
 そして、一行は猫カフェへと足を運ぶ。
 陽はリーズレットとうずまきを連れ、麻亜弥やシャウラ、慶とダイチは其々に思い思いの場所へと向かう。鬼人とヴィヴィアンも連れ立って猫の元へ歩を進め、ミケとヴェルマも端の席へと腰を下ろした。
「猫カフェっ! ヴェルマ、ねこ……どれ好き……?」
「オレの好きなのはロシアンブルーだな。ここには居んのかねェ。お?」
 わくわくした様子のミケは隣に座るヴェルマに問う。答える彼は部屋の中を見渡し、一匹の灰猫を見つけた。手を伸ばし、擦り寄って来た猫を抱き上げたヴェルマの傍ら、ミケも別の猫を膝に乗せる。
「黒いの……白いの……三毛猫……こっちにスコティッシュ……これは目つきが悪くてヴェルマに似てるね……?」
「オレの目つきに似てる猫か…。好物は酒と煙草か?」
 ミケに冗談めかした言葉を返したヴェルマは腕の中の猫を撫でた。ついでに彼女まで撫でたくなったが、今は文字通り猫で手一杯。
「カリーナ……ねこにゃー……もっふもふがやっぱり一番だね……」
「もふもふな猫っつうのは癒されるもんだわ。たまにはこういうのも良いもんだな」
 二人は穏やかな気持ちを抱き、猫と一緒の時間を大いに楽しんだ。
 猫じゃらしに布製のネズミ。
 ふりふりと玩具を揺らし、猫達をじゃらすのは鬼人だ。猫をあやすの得意なんだよ、と自負した彼は隣の彼女に笑みを向ける。
「ヴィヴィアン。こいつら可愛いぜ。まぁ、ヴィヴィアンのほうが可愛いけど、な」
「ふふ、かわいいなあ♪ ねえ、鬼人ちゃんもだっこして……え、えと……あの……」
 呼ばれた声に振り向くと、思いのほか近くで目が合った。ヴィヴィアンは驚きながらしどろもどろになり、真っ赤になって固まる。
 暫し見つめ合う二人。しかし、其処に響いた猫の鳴き声で彼等は我に返った。鬼人は誤魔化すように笑い、ヴィヴィアンは抱いていた猫をよしよしと撫でる。アネリーも子猫とじゃれあう中、鬼人はふと口を開いた。
「俺よ、猫って憧れなんだよな。自由で、気ままでよ」
 ――また、こんな風に一緒に過ごしたい。
 もう一度しっかりとヴィヴィアンの瞳を見つめた鬼人の思いは言葉にせずとも伝わってゆく。何故なら、彼女が返した笑顔は心からの幸せを映し出していたから。
「鬼人ちゃんが嬉しそうだと、あたしも嬉しい」
 交わした微笑みも、想いも、何だか猫の毛並のように心地好くてふわふわしていた。

●もふもふ日和
 涼しく心地良い店内の窓際はおひさまぽかぽか、癒しの場所。
「お疲れ様だったね! さ、たくさん甘い物食べよ?」
 うずまきは折角のカフェだということでメニューを広げ、三人分の飲み物やケーキを注文した。陽に飲み物を飲ませてあげたり、ケーキをあーんしてあげたりと猫以外でも楽しみはいっぱい。
 その中で、リーズレットは一番小さい子猫を抱き上げた。
「いやぁ、それにしてもあの三メートルの猫を見た後だと此処のにゃんこ達が全員仔猫に見えちゃうな? あ! その子うずまきさんに似てるかも!」
 優しそうな感じの瞳、おっとりオーラ。おいで、まきちょんともう一匹の猫を手招きしたリーズレットは二匹目の猫を抱く。
 うずまきは一緒に抱かれた二匹を眺め、仲良しのお友達みたいだと感じた。そして、すぐにあることを思いついてにやりと笑う。
「のせのせにゃんこー!」
「のせのせにゃんこー!」
 明るい声と共に猫を持ち上げたうずまきの行動に気付き、リーズレットも声をあわせて猫を集めてゆく。やがて、はっとした陽が二人の意図に目を見開いた。
「にゃ、にゃんこつむつ……のせのせ!?」
 三人の元ににゃんこがどんどん集まってもふもふもふもふ。これ以上ない幸せを感じながら、陽達は楽しく仲良く笑いあった。
 猫玩具を振れば、好奇心旺盛な子猫達が見る間に集う。
 連れ立って遊びに来ていたリューデとアルベルトの回りで猫がぴょこんとジャンプする様はとても可愛らしかった。
「あ、アルベルト、見てくれ、猫が俺にじゃれついてくれている……」
「あはは、ほんとかわいいねえ! あ、猫じゃらしとられちゃうよー?」
 思わず頬を紅潮させて報告するリューデの口許が自然と緩む。アルベルトはこっそりとその様子を撮影しながら、後で彼にも見せてやろうと微笑んだ。
 写真うつりが悪いという彼だが、今は凄く良い顔をしているから、と。
 それから、猫のおやつを買ったアルベルトが猫まみれになったり、盗撮に気付いたリューデがお返しの写真を撮り返したりと、楽しい時間は過ぎてゆく。
 賑わう店内をゆるりと眺め、慶は近寄って来た黒猫の喉を指先でくすぐった。
「日本猫はいいもんだ……! どんな柄も良さがあるよな」
「ああ、其々に性格が違うのもまた良い」
 ダイチは白猫を抱き上げて撫でてやり、麻亜弥もお気に入りの一匹を見つける。
「やはり私は、三毛猫が好きですね。抱っこしてみたいです」
 おいで、と麻亜弥が猫を呼ぶ中で慶はちらりとユキの様子を見遣った。
 彼女の手前、頑張ってクールなキャラを保とうとしている慶だったが、猫への愛を隠し通すのは難しいようだ。しかし、ユキは『別に他の猫をかわいがったっていいわよ?』といった雰囲気で窓辺に佇んでいた。
 それはまるで本妻の余裕。慶の方が手玉に取られているのではないかと感じ、ダイチと麻亜弥はおかしそうに笑んだ。
 ユキの傍では主人から解放されたオライオンが寛いでおり、カフェの猫と一緒にのんびりと過ごしている。シャウラはゆっくりとアイスココアを飲みながら、大人しそうな猫をぼんやり眺めて楽しんでいた。
 シャウラは特に猫を呼ばず、触ることもしていないが本人としてはそれで良い。猫との付き合い方は人それぞれで、猫の毛色と同じように千差万別。
「なにもしないのがしあわせ、です」
 穏やかな少女の声に込められたのは平穏を喜ぶ想い。
 小さくともあたたかな幸福は今、確かに此処に在る。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年8月2日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 2
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