私は煙草が嫌いだ!

作者:秋津透

「うう、くそ、酷い目に遭った……喉が痛ぇ……目がチカチカする」
 がらがらとうがいをし、勢いよく水を吐きだすと、青年は心底忌々しげに唸る。
「今時、分煙すらしてないなんて、野蛮すぎるだろ……もう、二度と行かねぇぞ、あんな店……」
 呻きながら、青年は消臭スプレーを取り出し、ハンガーに掛けた上衣にしゅっしゅっしゅと吹き付ける。
「服から何から、煙草臭くなっちまって気持ちが悪い……とっとと風呂沸かして入らねぇと……うぐっ!?」
 その時、いったいどこから入ってきたのか、奇妙な服装をした女……12人のドリームイーターの魔女集団「パッチワーク」の一人、第六の魔女・ステュムパロスが、青年の心臓を手にした鍵で貫く。
「あはは、私のモザイクは晴れないけど、あなたの『嫌悪』する気持ちもわからなくはないな」
 乾いた笑いを洩らすと、ステュムパロスは鍵を引き抜く。心臓を貫かれた青年は意識を失い、その場にくたくたと崩れ倒れる。
 そして、倒れた青年の傍らには、彼が嫌悪してやまない煙草……灰皿に山盛りになり、もうもうと臭い煙をあげる、モザイクに覆われた吸殻……の姿をしたドリームイーターが出現する。
「スイガラハ……ハイザラヘ……」
 掠れた声で唸ると、ドリームイーターは灰皿からにゅっと短い手足を生やす。そして、煙草を大きくしたような形の鍵を手に持つと、青年の部屋を出て、夜の街へと歩み出した。

「埼玉県さいたま市の住宅街で、煙草を嫌悪する人が、その『嫌悪』をドリームイーターに奪われ、新たなドリームイーターが生まれてしまう事件が起きます」
 ヘリオライダーの高御倉・康が、厳しい表情で告げる。
「煙草そのものは、好きな人も嫌いな人もいるでしょうけれど、灰皿に山盛りになり、もうもうと煙をあげる吸殻が好き、という人はあまりいないと思います。新たなドリームイーターは、そんな姿をしています。放置しておけば、街に出てきて、出会う人を手当たり次第に襲うでしょう」
 『嫌悪』を奪ったドリームイーターは、既に姿を消してしまっていますが、新たな灰皿吸殻型のドリームイーターの方を何とかしないといけません、と言いながら、康はプロジェクターに地図と画像を出す。
「現場は、ここです。被害者は、このアパートの一階に住んでいます。今から急行すると、灰皿吸殻型のドリームイーターがアパートから出てきたところに行き合います。幸いと言うべきか、この時間、アパートの住民は全員留守で、戦闘になっても、すぐに誰かが入り込んでくることはありませんが、時間がかかれば人が来る可能性があります。ドリームイーターは、紙巻き煙草を大きくしたような形の鍵を持ち、剣のように使います。更に、吸殻を覆うモザイクを飛ばして、攻撃や自己治癒を行います。また、常にもうもうと煙をあげており、皆さんには害はありませんが、一般人が近づいてきたら、煙に巻かれて倒れてしまうかもしれません」
 そう言うと、康は溜息混じりに告げる。
「僕自身は、煙草の煙は苦手ですが……むしろ煙草が好きな人にとって、煙草に対する嫌悪感を煽るようなドリームイーターは、許しておけない存在ではないかと思います。どうか、あまり騒ぎが大きくならないうちに、手早く始末していただくよう、よろしくお願いします」


参加者
メリルディ・ファーレン(陽だまりのふわふわ綿菓子・e00015)
ラハティエル・マッケンゼン(黄金炎の天使・e01199)
槙島・紫織(紫電の魔装機人・e02436)
眞山・弘幸(業火拳乱・e03070)
宇原場・日出武(偽りの天才・e18180)
八神・鎮紅(紫閃月華・e22875)
セラ・ギャラガー(紅の騎士・e24529)
本脇・八雲(ヴァンパイアリズム・e29650)

■リプレイ

●なにこの煙、酷い!
「うわ……もう、建物から煙が!」
 現場のアパート敷地に踏み込んだメリルディ・ファーレン(陽だまりのふわふわ綿菓子・e00015)が、思わず悲鳴のような声をあげる。
「何これ? 火事になってるんじゃない?」
「いや、火は見えませんが……あまり積極的に突入したい状況ではありませんねぇ……」
 顔を顰めて応じながら、宇原場・日出武(偽りの天才・e18180)が敷地入口に留まってキープアウトテープを貼る。
 すると、その横をラハティエル・マッケンゼン(黄金炎の天使・e01199)が颯爽と走り抜け、敷地の裏口側にキープアウトテープを貼る。
「フッ、まずは弱き人々が戦闘(いくさ)に巻き込まれぬよう戦場(いくさば)を整えるのが、戦士たる者の心得……嗚呼、私に栄光と勇敢さを導いてくれ、リリア……」
「うーん、ヘタにこっちから突っ込んでくと躱されちまいそうだな」
 アパートの入口を見据え、眞山・弘幸(業火拳乱・e03070)が唸る。
「とっとと片づけてぇのは山々だが……ここは、一手待つか」
「それなら~、周囲の人に注意しますね~」
 槙島・紫織(紫電の魔装機人・e02436)がゆるく応じたが、一転してきびきびとした口調でよく通る声を放ち、周囲の道路や隣の敷地に向けて告げる。
「こちらはケルベロスです。緊急事態です。嫌な臭いの煙を放つ、デウスエクスが出現しました。嫌な臭いの煙を放つ、デウスエクスが出現しました。嫌な臭いに気付いたら、急いで遠ざかるように逃げてください」
「それにしても、この煙……酷いな」
 ヴァルキリアのセラ・ギャラガー(紅の騎士・e24529)が呻きながら光の翼を出し、ばたばた扇いで煙を散らそうとする。
「ケルベロスには害はないというが、とてもそうは思えん。吸いこむのは危険だ」
「あ……出たようです。出ました」
 八神・鎮紅(紫閃月華・e22875)が冷静に指摘し、弘幸が本脇・八雲(ヴァンパイアリズム・e29650)に短く告げる。
「初手は、俺が行くぜ」
「ん、よろしく」
 八雲が応じると同時に、弘幸はアパートの入口から出てきた、灰皿に山盛りになり、もうもうと臭い煙をあげる、モザイクに覆われた吸殻の姿をしたドリームイーターに向かう……と見るや、すぐさま背を向け、少々わざとらしく大声をあげる。
「ゲホ、ゲホッ……ダメだ。こいつは、近付けねぇ」
「ケケケケケケ!」
 咳き込みながら背を向けて逃げる弘幸を追って、ドリームイーターは大きく跳躍し、煙草型の鍵を突きこむ。
「スイガラハ、ハイザラヘ!」
「ぐっ……」
 躱そうとしたが躱しきれず、弘幸の左肩に鍵の先端が喰い込む。
 しかし、その次の瞬間。過剰に突っ込んできた形になったドリームイーターに、ケルベロスたちの十字砲火が炸裂した。
「凍っちゃえーっ!」
「はぁい、火の始末はきちんとしましょうね」
 メリルディが絶叫して時空凍結弾を放ち、日出武が達人の一撃を打ち込む。ドリームイーターの体表に、ぴしぴしと氷が張り付き、心なしか、煙の勢いが弱まったような感じもする。
「素直に引っかかってくれて有難うよ。さあ、避けられるもんなら避けてみな」
 吐き捨てるように言い放つと、弘幸が零距離の間合から、地獄の業火を纏った左脚で渾身の蹴りを放つ。必殺技『零距離業火(ゼロレンジインパクト)』が見事に入ったが、至近の間合なので煙を目いっぱい浴びてしまう上、炎攻撃なので煙の勢いが盛り返してしまったようにも思える。
「措置します」
 沈着に言い放ち、紫織が全力の魔術治療で弘幸を癒やす。弘幸は、小さく片手をあげて応じる。
「ありがてぇ……助かる」
 そしてラハティエルが、愛用のカタナソード、 滅魔刀“レガリア・サクラメントゥム”を鞘ごとかざして華麗に躍り込む。
「胸に秘める不滅の炎は天下御免のフラムドール、人呼んで黄金炎のラハティエル! マッケンゼン流撃剣術、一差し舞うて仕る!」
 傲然と言い放つと同時に、ラハティエルは“レガリア・サクラメントゥム”をすっぱ抜き、神速の居合を決める。
 続いてセラが、腹立たしげに告げながら殺神ウィルスを叩き込む。
「私はたばこの煙が嫌いだ。大嫌いだ。なぜ常習性があり、健康を阻害する物質をわざわざ吸引するのか。そういう害毒をたしなむ習慣にない私にとって、まったく意味不明、狂気の沙汰だ。たばこなんて要らない。要る理由がない。百害あって一利なし。私は、本当にたばこが嫌いだ!」
「ギアアアアアア!」
 存在意義を否定されて怒ったのか、激しく咆哮するドリームイーターに、鎮紅が煙をものともせずに殺到する。
「其の隙、逃しません……行くよ、ユーフォリア」
 愛用のダガーナイフ【Euphoria】に告げると、鎮紅は魔力で深紅に変じた刃を縦横に走らせる。必殺の『斬華・千紫万紅(ザンカ・センシバンコウ)』が発動し、攻撃を受けとめようとした煙草型の鍵が半ばから斬り落とされ、灰皿部分、吸殻部分を問わず、無数の裂傷が生じる。
「其の歪み、断ち切ります」
「ガアアアアアアアアアアア!」
 ドリームイーターは、身を震わせて咆哮する。それを尻目に、八雲は弘幸にサキュバスミストを送る。
「すまねぇ……助かる」
 どうやらドリームイーターの攻撃でトラウマが付いていたらしく、弘幸はけっこう切実な表情で応じる。
「次も、俺が……な」
「行けますか?」
 眉を寄せて八雲が短く尋ねると、弘幸は表情を引き締めてうなずく。
「かなり攻撃が重い。俺が行くぜ」

●吸殻の始末はきちんと! 
「くそっ……煙が、きついぜ……」
 少々わざとらしく呻きながら、弘幸はドリームイーターから離れて背を向ける。
 しかしドリームイーターは、学習したのか、単に自分の損傷が危険なレベルだったからか、弘幸を追わずにモザイクを飛ばして自分の傷を塞ぎ、付着する氷や炎を払い落す。
「ふっ、自己治癒で手数消費するのは、単体戦闘の負けフラグってね。さすがに、そんなこと知らないか」
 生み出されたばっかりのドリームイーターだもんね、と、メリルディが肩をすくめ、極大級の破壊力を持つ必殺技『流星追尾(アステル)』を発動させる。
「金平糖だと思った? 残念、これは流れ星!」
 轟音とともに天空から隕石(メテオ)が飛来し、ドリームイーターを直撃する。一撃で灰皿がひしゃげ、そこらじゅうにモザイクが飛び散る。
「ギ……ガ……ガ……」
「ここが、攻め時というところですかな。よろしい、わたしもとっておきの奥義を出しましょう」
 ちょっと格好つけて言い放つと、日出武はどこか怪しげな構えを取り、猛烈な勢いで拳と蹴りの攻撃を開始した。
「はあああああああ……あたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたた!」
 これぞ、日出武の自己流秘奥義『約百裂拳(ダイタイヒャッカイグライナグル)』の発動である。ごく短時間で相手を百回ぐらい殴ったり突いたり蹴ったりする荒技だが、百回も数えてられないので数はかなり曖昧。秘孔とか呼ばれる相手の急所を的確に突いているような気もするが、やはり約百回も撃つなら本当に全部急所突けているのかかなり曖昧。うまくいけばダメージ次第で相手は爆発四散するらしいが本当にそうなるかもかなり曖昧。
「ふ、曖昧でも、勝てばよかろうなのです」
 おまえはたぶん終わっている、と日出武は得意気に言い放ったが、ドリームイーターは、ずたぼろになりながらも倒れない。
「ふーむ、この秘孔ではなかったですかね?」
「まあ、長くは持たせねぇさ」
 くるりとドリームイーター側に向き直り、弘幸は刃のように鋭い回し蹴りを放つ。ばき、と灰皿に大きな亀裂が走り、モザイクが漏れる。
「ギ……グ……」
「現状、味方の治癒は充分……攻撃に転じます」
 冷静に呟き、紫織が満身創痍のドリームイーターを指さす。
「レーザーメス、戦闘モード。出力500%……撃ちます!」
 指先に内蔵されている手術用レーザーメスを、戦闘に耐えられるよう改造した必殺兵器『ハイフィンガーレーザー』が撃ち放たれ、集束された光の刃がドリームイーターを灼く。
 そしてラハティエルが、黄金の翼を大きく羽ばたかせて炎を放つ。
「黄金炎は不滅の焔、揺らぐとも決して消えず! その希望の輝きが、私を前へと歩ませる!」  
 高らかな宣言とともに、灼熱熾炎の超高熱エネルギーがドリームイーターに浴びせられ、モザイクが一斉に燃え上がる。
「我が黄金の炎こそ、栄光の焔! 揺らぐとも消えないその熾炎は……地獄の中でも、輝き続ける! 迷える悪意の紫煙よ、我が黄金炎の輝きを見よ! そして……絶望せよ!」
「ギ……アアアアアアアッ!」
 吸殻部分のみならず、灰皿部分までが炎に包まれ、ドリームイーターは絶叫する。さぞや煙が盛大に出るだろうと思いきや、あまりに炎の温度が高いため、煙の粒子もすべて燃え上がり、細かい真っ白な灰と化す。
 これで終わった、と誰もが思ったが。
「ガ……ガ……ガ……」
「耐えたのか? それとも凌駕したのか? いずれにしても無駄なことを」
 半ば溶けた灰皿にモザイクが貼りついた状態で、よたよたとよろめくドリームイーターに、セラが容赦のカケラもなく必殺技『光翼天神(スベテヲツラヌク)』を放つ。
「わが攻撃、光の如く、悪鬼羅刹を貫き通す」
 詠唱とともに生じた光の矢が、ドリームイーターを正確に撃ち抜く。しかし、まだドリームイーターは倒れない。
「しぶといですね」
 呟いて、鎮紅が【Euphoria】にゲシュタルトグレイブを投影、稲妻を帯びた超高速の突きを見舞う。
「捉えました……が、まだ……」
「それじゃ、行くよ」
 既に原形を留めないほどの損傷を受け、よろめきながらもしぶとく倒れないドリームイーターに、八雲が飛びかかる。
「どうやらこういう力もあるみたいでさ」
 軽く告げながら鋭い犬歯を剥きだし、ドリームイーターの短い腕に噛みつく。
 口の中に強烈な灼熱感とともに、ものすごく苦く不味い血が流れ込み、思わず吐きそうになるが、我慢してそのまま血を啜る。
(「とどめ、取れる? この技で……『黒魔狼(クドラク)』で、とどめ、いける?」)
 えいっと力を入れて、八雲が更に血と生命力を吸い上げた時。
 ドリームイーターの全身から不意に力が抜け、そのままモザイク化してばらばらに分解し、消え去った。

●戦い終わって
「ったくもー、ムダにしぶとい奴だったわね」
 できればシャワー浴びて着替えたいくらいかも、と呟きながら、メリルディが巻き込まれた人がいないか周囲を確認する。
「ん~、この悪臭って~、ヒールで消せるんでしょ~か~?」
 普段のゆるい口調になった紫織が尋ねると、弘幸が肩をすくめて応じる。
「どうかな。やってみなきゃわからねぇけどよ、消えるんじゃなくて、ふぁんたじーな匂いに置き換わるんじゃね?」
 そう言いながら弘幸は煙草を取り出したが、日出武が苦笑混じりに止める。
「未成年の方もいますし、煙草嫌いを公言されている方もいます。止めておかれた方がよろしいかと」
「ああ、この騒動の後で受動喫煙も何もあったものではないとは思うが……控えてもらえばありがたい」
 セラが素っ気なく言い、八雲がげんなりした表情で告げる。
「わざわざ吸ったんだから自業自得って分かってるけどさ……あいつの血、ヤニ臭くて、すげー酷かった」
「わかった、わかった」
 追悼ってほどのもんじゃねーし、どうせ俺には合わねーし、と、弘幸は再度肩をすくめて煙草を仕舞う。 
 すると、紫織がヒールをかけたらしく、建物や地面に沁みついていたタバコ臭いにおいが、針葉樹林のような匂いに置き換わる。
 そしてアパートから出てきたメリルディが、肩を貸していた青年に告げる。
「タバコの臭い、消えたみたいだけど。やっぱり病院とか行った方がいい?」
「いや、タバコ臭いのさえ消えれば、慌てて逃げ出すこともないです。ありがとうございました」
 礼儀正しく応じて、青年はアパートの中へ戻る。
「あれが?」
「ええ、嫌悪取られちゃった人。無事に意識戻ったみたいで、よかったわ」
 八雲の問いに、メリルディが微笑して答える。
 するとラハティエルが、大きく伸びをして言い放つ。
「犠牲者が出ることもなく、デウスエクスは打ち倒された! これにて一件落着だが、煙草の煙を吸い込んで、喉の調子が悪いような気がする。ここは一つ、アルコールで消毒だな! バーにでも寄って、帰ろう。これも健康のため、だ……フッ」
「どうせなら、うちで飲んでくか? 禁煙じゃねーけど」
 JAZZBARの雇われ店長をしている弘幸が尋ねると、ラハティエルはにやりと笑って尋ね返す。
「禁煙かどうかはどっちでもいいが、酒は何を置いている? それ次第だ」
「……何それ。喉の健康のためが聞いて呆れるわ」
 オラトリオの品位をあんまり落としてほしくないわね、と、メリルディが少し膨れて呟き、鎮紅がくすりと笑った。

作者:秋津透 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年8月4日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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