夢のなかで少年は、父親と釣りを楽しんでいた。
父親の船に乗り、教わるのは烏賊の釣り方。
海中からぐいっと引かれて、父親の合図とともに釣り糸を巻き上げる。
「えぇいっ!」
しかしながら釣り上げたのは、船をも呑み込むほどの大きな烏賊で。
ぐりんとした大きな眼と、眼が合った。
「うわぁあっ!!」
びっくりして、飛び起きる少年。
きょろきょろと見まわしてみたが、烏賊など何処にもいない。
「……夢、だったの?」
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『驚き』はとても新鮮で楽しかったわ」
そんな少年の枕元に、第三の魔女・ケリュネイアが姿を現した。
逆手に持った鍵で心臓を一突きすれば、少年は瞼を伏せてその身を布団へと預ける。
ケリュネイアの隣には、透き通るような白のドリームイーターが生み出されていた。
「皆さん、新たなドリームイーター事件が発生しました」
ケルベロス達へ、真剣な表情で呼びかける。
一礼するのは、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)だ。
「既に報告のあるように、びっくりする夢を視た子どもがドリームイーターに襲われ、その『驚き』を奪われてしまう事件が起きています」
今回のドリームイーターも、その『驚き』を元にしたものだとセリカは言う。
倒さなければ、被害に遭った少年が眼を覚ますこともない。
夏休み初日のこの日、少年は父親の船で魚釣りに行く約束をしていたのに。
「被害を防ぎ、少年が夏休みを楽しめるよう、ドリームイーターを撃破してください」
少年の家の近辺には、数軒の一戸建てがまとまって建っている。
家同士は路地で繋がっており、明かりもぽつぽつとしかない。
「ドリームイーターの目的は、相手を驚かせることです。夜、この辺りを歩いていればあちらから寄ってくるでしょう」
セリカ曰く、ドリームイーターは体長約2メートルの烏賊だとか。
墨を吐いたり、足を伸ばして対象の足を引っかけたり……という感じで驚かせてくる。
これに加えて戦闘となれば、足で締めつけてきたり、尖った頭で突進してきたり。
バッドステータスを伴うため、注意が必要だ。
「あとは戦闘場所ですが……路地の奥に、公園がありますね」
拡げた地図の一角を、指で示すセリカ。
今回のドリームイーターには、驚かなかった相手を優先的に狙うという特性がある。
これを上手く利用できれば、誘導することも可能だろう。
「夢を奪って悪事を働くなんて、許せません。事件を解決して、少年を助けてください」
よろしくお願いしますと、丁寧に付け加えて。
セリカは、静かにケルベロス達を送り出すのだった。
参加者 | |
---|---|
メラン・ナツバヤシ(ハニカムシンドローム・e00271) |
ドローテア・ゴールドスミス(黄金郷の魔女・e01306) |
八千代・夜散(濫觴・e01441) |
マイア・ヴェルナテッド(咲き乱れる結晶華・e14079) |
ジャック・ハイロゥ(廃墟の街のガンスリンガー・e15874) |
マーシャ・メルクロフ(銀世界・e26659) |
ケオ・プレーステール(燃える暴風・e27442) |
愚地・凜(ポーションの作り手・e30021) |
●壱
二手に別れて作戦を開始する、ケルベロス達。
8人のうち3人が、戦場予定の公園へと先回りしていた。
「はいはーい、ちょっとごめんね。ゲームはこれが終わってからやってねー」
メラン・ナツバヤシ(ハニカムシンドローム・e00271)が、言いながらも殺気を放つ。
取り敢えず、見える範囲からは一般人を遠ざけた。
「全力で遊べる貴重な年代だからな。いい夏休みの想い出をつくってもらおうぜ」
「だな!」
立入禁止のテープを手に、八千代・夜散(濫觴・e01441)は少年へと想いを馳せる。
ジャック・ハイロゥ(廃墟の街のガンスリンガー・e15874)とともに、公園を囲んだ。
「あまり驚かないようにしなくっちゃね」
「おぅ。相手の驚かせ方は分かっているし、驚かねぇつもりだ」
「ま、イカが出るって聞いてカバとか出たら驚くかもだけど。初めからなにが出るのか分かってりゃ、そんなにびっくりしないわよね」
「そう言えば、高揚するとそうそう驚かなくなるもんらしいぜ?」
「ふぅん……子どもの夢って自由よね。突然、変なものが出てきたりするし。巨大なイカとかイカにもって感じ……うん、なんでもない気にしないで」
「ギャハハハ! 烏賊刺しの準備は万全ってな。逆に烏賊の野郎を驚かしてやろうぜ!」
メランに応えるジャックは、白い歯を剥きだしにして笑う。
「2人とも楽しそうだな。ぐるっとまわってきたが、一般人はいなかったぜ」
夜散も揃って、公園側の準備は完了した。
●弐
一方の誘導組は、ドリームイーターをおびき寄せるべくゆっくりと路地を歩いている。
「夜の路地を歩くのには多少抵抗があるが、1人でなければ問題あるまい」
白衣を翻し、愚地・凜(ポーションの作り手・e30021)が先陣を進んでいった。
「少年の夏休みを救うため! 覚悟するでござる、妖怪びっくり大王烏賊!」
「烏賊じゃなくて、もっとこう太くて硬くて逞しい触手とかだったら、いろいろ楽しめそうだし大歓迎なんだけどね……」
マーシャ・メルクロフ(銀世界・e26659)も、大盛り上がりで暗がりをきょろきょろ。
しかし、マイア・ヴェルナテッド(咲き乱れる結晶華・e14079)はあっさり言い捨てた。
2人とも、それぞれの妄想を膨らませてちょっと微笑む。
「アタシ、海の生き物ってけっこう好きなのよね。ケーブルテレビの自然ドキュメンタリーでよく観るワ」
と。
ドローテア・ゴールドスミス(黄金郷の魔女・e01306)が、余裕の表情を零したときだ。
「おおっ!? 烏賊だ! 烏賊だぞ!!」
一行の前に現れた、巨大な烏賊型ドリームイーター。
真っ先に、ケオ・プレーステール(燃える暴風・e27442)が驚いてみせる。
「へ、平常心でござる。平常心でこざるよ、拙者。これまでも幾度の修羅場を潜り抜けてきたでありまする。烏賊の不意討ちで驚くほど、拙者のハートは敏感ではござらんですよ! まことですぞ!」
ウサミミをぴこぴこさせて、兎にも角にも思いつく言葉を並べるマーシャ。
台詞とは裏腹に、とても動揺しているようだ。
「イカと戦うのは初めてねぇ。新鮮な驚きを期待させてもらうワ……それはそれとして、実物はなかなかダイナミックね」
練習の成果をいまこそ発揮するときと、ドローテアも軽く驚いてみせる。
普段はそう動じないのだが、攻撃対象から除外されるために練習してきたのだ。
「とびっきりでっかい奴だ! こんなものは見たことないぞ!! キオノス! お前も見ろ! ってなぜ無反応なんだお前は! こんなもの見たら普通、驚きと興奮で綯い交ぜになるだろう!」
ケオが呼びかけるも、相棒のテレビウムったら完全無視。
素でこれだけ真逆なのだから、面白いコンビである。
「くだらないわね。その程度で私を驚かせられると思ったのかしら? 私を驚かせたいならその100倍は触手を持ってきなさいな?」
ゴミを見るような鋭い眼差しを、烏賊へと浴びせかけるマイア。
ふんっと踵を返せば、路地の奥へ向かって歩を速める。
「ふむ、ずいぶん大きなイカがでてきたものだ。気性が荒そうだな、逃げさせてもらおう」
ウエーブの赤髪を耳にかけながら、凜も冷静に対処した。
足早に前進する凜とマイアを追って移動する烏賊を、ほかの3人も追いかける。
●参
ドリームイーターを公園内へと誘い入れてから、残しておいた入口もテープで封鎖。
先手をとられまいと、ケルベロス達は速攻で攻撃を仕掛けた。
メランの稲妻突き、夜散の魔弾の射手、マーシャの惨劇の鏡像などなど。
初撃は、全員がエフェクトの付与を狙った。
たいして負けじと突き出してくる触手は、遭遇時の標的であったマイアを締め付ける。
「私が助けようではないか!」
青き光の翼を力強く羽搏かせ、解放されたばかりのマイアを抱き上げる凜。
最後方へ下がると、如何にもな硝子瓶を取り出した。
「原色がどぎづくて毒々しい? 大丈夫、ちゃんと調合した特製のポーションだ。しっかりたっぷり味わいたまえ」
足許へふわりと投げつければ、怪しい青い液体が気化し、身体を癒していく。
その過程をノートへ記してデータをとるなんて、調合が趣味だというだけあり、流石だ。
相棒のウイングキャットは、前線のメンバーへとバッドステータス耐性を与える。
「ハッ! こんなでかい烏賊なんだ! 燃やしてイカ焼きにしよう! 夏祭りの屋台でも見かけるアレをつくり、そして食べるのだ!」
勢いよく助走をつけて、地面を蹴った。
ケオの手に握られたブラックスライムは、鋭い槍のように細長く伸ばされている。
「串刺しにしてイカ串でもいいな! 喰らえ!」
眼前の烏賊は、ケオにとっては補食の対象でしかない。
とはいえ毒がまわったため、食さない方がよいと思うのだが。
いざというときには、何時も冷静なテレビウムが止めてくれるだろう。
「たかがイカよ! ドキュメンタリーでいくらでも観られるワ」
驚いたり、冷静にあしらってみたり。
ドローテアはダメージをコントロールすべく、器用に感情のベクトルを変えていた。
「チェイン接続開始。術式回路オールリンク。封印魔術式、二番から十五番まで解放……いくワよ。《蠍の星剣/Scor-Spear》!」
そして、その行為はドローテアの攻撃を確実にヒットさせるためでもある。
ゾディアックソードに織り込まれた術式の総てを以て、赤い軌跡とともに心臓を貫いた。
「んな子ども騙しじゃ大人は驚かねぇんだよ」
黒の帽子を右手で押さえて、にやにやと笑うジャック。
この笑みは、自分は驚かないのだという意思表示でもある。
「ってコトでさ、覚悟はいいよなっ!?」
大きな口を開けたブラックスライムが、ドリームイーターを丸呑みにした。
正面へ向き直れば、左耳のロングピアスがきらきらと揺れる。
「お腹空いているでしょう? 思う存分、食べていいわよ!」
メランも宣言通り、ディフェンダーの任を全うせんと驚く素振りなど見せることなく。
張り上げる声に呼応して具現化した絵本のなかの狼が、容赦なく頭部を喰い千切った。
「ロキ! 出番がきたわよっ!」
くるり翻ってボクスドラゴンも、思いっきりブレスを放出。
同じく頭部へと、ダメージを喰らわせた。
「さっきの攻撃、何十倍にもして返してあげるわ」
赤い瞳はいっそう鋭く、ドリームイーターを見据える。
マイアの、目一杯の魔力を籠めたハイキックが、頭部を地に着かせた。
「……頭が高いわ。ひれ伏しなさい」
間髪入れずに接近すれば、右足でぐりぐりと踏みにじる。
束縛することは許せないと、強く強く、感情を籠めて。
「狙うは一点。拙者の一撃はなかなか鋭いでござるよ。香華伐軍で攻めるでござる!」
気付いたときには、時既に遅し。
マーシャの使う棋聖活刃流は、将棋の駒の戦法を型とした流派である。
自慢の脚力を武器に懐へと入り込んだマーシャは、斬霊刀を閃かせた。
「最初は驚いたでござるが、もうだいじょう……ぶじゃないでござるっ!」
改めて、近距離でまじまじと見詰めると、やっぱり慣れなくて驚いてしまう。
ただしそのおかげで、最も近い場所にいたにもかかわらず、攻撃を免れたのだが。
ドリームイーターの頭突きも、ディフェンダーが受け、即座にメディックが回復。
あと何度かの攻防が続き、遂に、この刻がきた。
「さぁ、終わりにしよう」
瞼を閉じて、瞬間。
集中力を極限にまで高めれば、自身の認識速度を加速させる。
それは、自分以外が停止しているのではないかと錯覚するくらい。
「死ぬにはいい日だ。笑えよ」
だから夜散は、確実に致命傷を与えていく。
放たれる無数の弾丸をすべて受け止めて、ドリームイーターは大地へ沈むのだった。
●肆
掻き消されていたのだろう蝉の声が響き渡れば、公園に日常が戻ってくる。
残るドリームイーターの遺体は、少しずつ消滅していった。
「やったでござる! 倒したでござるね~っ!!」
「アタシの手にかかれば、こんなものよ」
「まったく……刺激が足りないわ」
なんて会話をしつつ、率先して公園の補修をおこなうマーシャとメランにマイア。
ほかのメンバーも、できるだけもとどおりにしようと園内を見まわった。
「なかなか興味深い敵だったな。ドリームイーターがなにを考えているのか気になるが、まずは勝利を喜ぼう」
「驚き、なァ。肝試しとか増える時季だし、もしかすると事件が増え続けるかもしれねえ。それにハロウィンまで長引いたら、街中たいへんなことになるしな」
薬液の雨をドヤ顔で発動する凜に、夜散も思考を深める。
おおもとの原因となった『驚き』の感情を奪う、ドリームイーター。
これを早いところ倒したいと、決意を新たにした。
「それにしても、月が綺麗ね」
「おっ、本当だ! すげー明るいな!」
ふと空を見上げれば、満月まであと僅かの月が輝いている。
ドローテアとケオのお互いの表情も、おかげではっきりと見えた。
「ちょうど夜の闇のなかで終わってよかった。嫌な夢は夢のまま終わらせちまった方が幸せだろ? せっかくこれから楽しい夏休みが始まるんだからよ」
ジャックの言葉に、皆が首を縦に振る。
少年が楽しい夏休みを送れるよう、全員で心から祈るのであった。
作者:奏音秋里 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年8月2日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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