懐石ファーストフード店の悲劇

作者:林雪

●懐石ファーストフード店の悲劇
「懐石料理を気軽に楽しんで欲しかったんだ……!」
 叫んでいるのは、30代くらいの男。どうやらこの店の店長である。
 店構えは、白を基調にした明るい雰囲気。カウンターにメニューが貼ってあり、そこでオーダーを受け付ける、いわゆるファーストフード店だった。
 ただし、大きく掲げられた看板には、
『ファストフード懐石』の文字。達筆で書かれたその看板の下には、これまた本格的な筆文字でメニューが。
『あしらい一式』『石川芋木の芽田楽』『玉蜀黍汁』『冬瓜の博多吉野煮』『白子すり流し結び三つ葉』『ご一緒に紅葉麩刻み浅葱はいかがですか』などなど。そして価格は『すべて時価』となっている。    
「来る客はどいつもこいつも冷やかしばっかり……はあ。こんな店作らなきゃよかった……」
 店長が椅子に座り、がっくりと肩を落としているところに、声がした。
『後悔、しているのですね』
 何事かと顔を上げたときにはすでに、第十の魔女・ゲリュオンが手に持った鍵で、店長の心臓を一突きしたところだった。
 鍵は確かに、心臓を穿っている。だが店長は痛がる様子を見せない。血も出ていない。
『私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『後悔』奪わせて頂きましょう』
 魔女がそう言うと、たちまちその場には、店長と同じ帽子をかぶり、板前風の恰好をしたドリームイーターが出現したではないか。
 同時に、本物の店長は意識を失い、椅子から床へ崩れ落ちた。生まれたての店長モドキドリームイーターは、その店長の体をズルズルと引きずり、バックヤードに転がした。
 さて、邪魔なものは片づけた。店をオープンしなくては。
 あまりに客が来ないので、道を歩いていた人を無理やり店に引き入れて、ドリームイーターは強引に接客を開始した。
『いらッ……しゃイマせ、こチラでお召し上ガリですか、お持ち帰リデすか』
「なっ……何でもいいわよ、なんかどれもよくわからないんだもん……!」
『でハ、おまカセで。5000円になりマす』
「はぁ?! そんな高いファーストフードあるわけないでしょ!」
『食い逃ゲ、許サナい』
「キャアァああー!」

●カイセッキープライドチキン
「念願の自分の店を持ったものの潰してしまった店長さん。そういう人ばっかりを狙うドリームイーターが現れたよ」
 ヘリオライダーの安齋・光弦が、集まったケルベロスたちに対してそう説明を始めた。
「最近、夢以外の色んな感情を奪うドリームイーターが頻出してるけど、今回奪われたのは『後悔』の感情らしい」
 後悔の感情を奪ったドリームイーター本体は、残念ながら現場を去ってしまっているようだと光弦は語る。
「でも襲われた店にはまだ、その後悔を元に現実化したドリームイーターがいて、なんと営業を再開してる。被害が拡大する前にこれを撃破して、被害者を救い出して欲しい」
 店の名前は『カイセッキープライドチキン』である。
 都内のある街の、こじんまりとした一角に存在している。
「ちょっと奥まったところにある店だから、ってわけでもないのかな。お客さんはほとんど寄り付いてなかったみたい。ファーストフード店だけど本格懐石料理のメニューが気軽に楽しめる、ってコンセプトだったみたいなんだけど……なんていうか、多分ちょっとメニューがわかりにくかったのと、値段の表示がないのがね」
 アイデアは面白かったんだけどねえ、と光弦は同情的だ。
「敵は1体のみ、店のカウンターに立って現在は営業を再開してるよ。繁盛してないのが幸いして店には他のお客さんはいない。乗り込んでいきなり攻撃を仕掛けることも出来るんだけど、ちょっと興味深い情報があって」
 と、店の外観をモニタに映しながら語る光弦。見た目は完全にファーストフード店で、和風の趣などはない。
「きみたちがお客さんとしてお店に入って、この店のサービスを心から楽しんであげるとこのドリームイーターは満足して戦闘力が下がるらしいんだ。ドリームイーターを満足させてやってから倒すと、被害者も目を覚ましてから後悔の念が薄れてちょっと前向きになれるっていうから、是非その作戦を考えてみてよ」
 ファーストフード懐石店に乗り込み、ドリームイーターの接客を受けてから倒す。
「頼んだよケルベロス。被害者を早く救ってあげてね」


参加者
灰木・殯(釁りの花・e00496)
篁・メノウ(わたの原八十島かけて漕ぎ出ぬ・e00903)
姫百合・ロビネッタ(自給自足型トラブルメーカー・e01974)
ミリム・ウィアテスト(ブラストトルーパー・e07815)
虹・藍(蒼穹の刃・e14133)
ベルカナ・ブラギドゥン(心詩の詠唱姫・e24612)
アーシィ・クリアベル(久遠より響く音色・e24827)
神座・篝(クライマーズハイ・e28823)

■リプレイ

●来店
 ここは『カイセッキープライドチキン』懐石料理をファーストフード並みの気軽さで楽しんでもらいたい、という出発点からこだわりが行き過ぎて潰れてしまった店である。
「後悔だって悪いもんじゃねえよ、先に進むためには必要な時もある。けど」
 死んだらそれまでだ、と神座・篝(クライマーズハイ・e28823)は呟く。
「後悔は奪うモノじゃない」
 ミリム・ウィアテスト(ブラストトルーパー・e07815)も、その言葉に頷いて応じた。
「……人の不幸に付け込むのは、気にくわないわ」
 今回と同じ『後悔』の感情を奪うドリームイーターと戦った経験のある虹・藍(蒼穹の刃・e14133)も、敵への怒りを隠さない。そして特にドリームイーターを嫌っているのは篁・メノウ(わたの原八十島かけて漕ぎ出ぬ・e00903)。彼女は過去、ドリームイーターに煮え湯を飲まされたのをまだ忘れていない。
 それはそれとして、ケルベロスたちはあえて客としてこの店で食事を楽しむことにした。そうしてやることで、敵の戦意を削ぐことが出来る。それに、みんなでわいわい懐石料理を食べるのは、ちょっと楽しい。
「懐石料理って食べたことないかも!」
 ベルカナ・ブラギドゥン(心詩の詠唱姫・e24612)がボクスドラゴンのウィアドをひと撫でしてそう言えば、
「私も懐石料理は食べた事ないなー。和食自体もあんまり……でも、お箸は使えるよ~!」
 と、得意気な笑顔を見せる姫百合・ロビネッタ(自給自足型トラブルメーカー・e01974)。
「懐石料理だよ! 懐石料理! 日本人でも滅多に食べられないんだってさ! はぁ~…どのくらい美味しいんだろう?」
 アーシィ・クリアベル(久遠より響く音色・e24827)がうっとりとした目でそう言うと、皆の空腹に拍車がかかったようだった。
「手頃な懐石料理だなんて初めてだよ♪」
 楽しみな反面、お手並み拝見だ! と挑むような気持も抱いているミリム。その隣でメノウはクールな反応を見せる。
「料理自体はおいしければそれでよし。あたしの判定は厳しいけどね」
 実は彼女、かなり舌が肥えている。妙な料理を出されれば遠慮なくダメ出しするつもりである。
「お邪魔しま~す。お腹減ったー!」
 と藍が先頭で入店する。入り口は和風の引き戸などではなく、思いっきり自動ドアだ。皆、後から続いて店へ入る。ドリームイーター店長は、カウンターの中からケルベロスたちをポカンと眺めていたが。
「店主。八人、お邪魔しても宜しいでしょうか」
 一番最後に店に入った灰木・殯(釁りの花・e00496)が丁寧にそう言うと、ようやく待ちに待った客が来たのだと認識した店長は、慇懃に頭をさげた。
『いらッしゃイマせ、八名さマ。こチラでお召し上ガリですか、お持ち帰リデすか?』
「もちろん、食べてくよ。ここでね」
 篝が不敵な笑顔とともに、そう答えた。

●実食
 席は背の高いカウンター席。8人は並んでカウンターに座ることにした。
「お店の感じは完全にファーストフード、なのかな? 落ち着いた場所でゆっくりじっくり味わいたい気もするけれど……」
 早速の違和感に若干戸惑い気味に店内を見回すベルカナを、宥めるようにウィアドがルルルル、と歌うように鳴いた。
「流石のあたしもこのお店は流行らないと思うけど……逆になんでこれでいけると思ったのかな……かな?」
 ロビネッタも怪訝そうに内装を眺めていたところへ、綺麗に盛り付けられた小鉢が人数分、なんとサーヴァントの分まで出された。
「わーい! これが懐石料理! 楽しみね、美味しそうね、見て、ウィアドの分もあるわよ」
 初めての懐石と、その心遣いにベルカナが大喜びする。
「わ、注文してないのに出てきたよ。これがカイセキ料理?」
 同じく初懐石、多国籍系女子の藍が青い瞳を輝かせ、興味津々に小鉢を覗き込む。
「ふむ、先付ですね、それもなかなか本格的な。店の雰囲気からすると、確かに意表を突かれます」
『そノ意外性が、まズサービスなノデす』
「パッと見、全然和食の店じゃないもんなぁ……なんだろこれ魚かな?」
 篝が楽しげに箸を手に取ると、店長がスラスラと解説を添えた。
『鱧すっぽん煮、水玉うに、丸抜き南瓜添えでごザイマす。ご注文ハ、そレを召し上ガリながらどうぞ』 
 ここでミリムがカウンターに声を響かせた。
「会計はボクが奢るよ! みんな好きなの頼んでいいよ」
「本当に?!」
 と驚くメノウに、ミリムは自信たっぷりの笑顔で頷く。
「やったー! じゃあ私はこの『あしらい一式』っていうのにしよっかなー? ていうかあしらいって何?」
 喜ぶアーシィの問いかけに、料理する手を止めずに店長は嬉しげに解説。
『あしらイ、トは、添えモノのコトデす。太刀魚の焼き物三種盛り、塩焼き、八幡巻き、難波焼きにアシらい一式ヲ添えてお出ししマス』
「うん、なんかよくわかんないけど凄そう……ってミリム、本当に好きなの頼んじゃっていいんだよね?」
「いいよ! でも、いっこいっこ頼むのも面倒だなぁ。……よし!」
 ミリムが壁の達筆メニューを指さして言った。
「店長! このメニューの左上から右下まで、全部!」
 ドン! と太っ腹に注文するミリムを、拍手で盛り上げる篝。
「ヒュー、かっちょいいぞミリム!」
「自慢の料理を、どんどん出しちゃっていいよ店長!」
『かシコまりマシた。お任セで』
 ふと心配になり藍は隣の席の殯に耳打ちする。
「多分ここ、割と高めよね? 大丈夫かしら」
 穏やかに笑うと殯は内ポケットの分厚い封筒をチラッと見せる。
「ご心配なく。経費で落とせると確認した上で、現金を用意してきましたから」
「やだ、やるじゃない」
 こうなれば、日本の食文化を思いっきり楽しむしかない!
「和食って、旬の素材を大切にするんでしょ? 今の時期のお勧めってどんなのかな?」 藍がきけば、待ってましたとばかりに店長は前のめりに説明をする。
『こノ時期は、やハリ鱧が珍重さレますが、夏鴨モおすスメです。そレからジュんさイ白ズイきにめいタがレイ……』
 正直よくわからないのも混じってるが、とりあえず最大の目的は『店長を満足させる』ことなので、流しつつ。
『白子すり流シ結び三つ葉デございます』
「先吸だね。この店の出汁はこういう味です、って挨拶みたいな感じで出されるやつ」
 どれ試してやる、という気持ちでメノウが椀の蓋を取る。白いすり身の浮いた吸い物は、とても上品なお味。
「美味しいねー」
 とミリムは笑顔で黒い尻尾をフリフリしつつ、ツッコミどころを探している。
「お、すげーこういうの初めて食べた。ダシ? へー、日本食ってやっぱ旨いね!」
 篝は演技でもない感じで喜んでいる。やはりもともとの店長の腕前は悪くないようだ。
 料理は次々に出てくる。
『夏鴨アスパラ巻き、冬瓜フォアグラ重ねでゴザいまス』
「あ、これフォアグラだ。へー、和食なのに……普段食べるのと違った感じで美味しい!」
 常の食事がイタリアンやフレンチの多いロビネッタも、これには大喜び。綺麗な箸使いで美味しそうに食べる。
『二色素麺、竹筒盛り。温度玉子、振り柚子添え旨だしでゴザいまス』
「すごい、涼しげね。海外でも、和食ってブームなんだよ! 繊細でヘルシーだし!」
 藍が明るい声で言う。ベルカナは初めて見る料理の数々に、若葉色の瞳を感動に大きく見開いていた。
「おいしーい!」
 そしてまた、店長も感動しまくっていた。
 この店に、美味しいという言葉がこんなに響き渡ったことがあっただろうか。
 そして。
「ああ美味しかったね。じゃお会計だ」
 ミリムが言うと、店長は深々と頭を下げて金額の書かれた紙を差し出した。
『どうモ、ありガトウゴざいまス、お会計ハこチラになりマす。現金ノミで、おネガいしまス』
「エッ……これっ? ちょ……」
 チーン。ミリムが固まった。待って、ゼロがひとつ多いんじゃないの? と全身に超冷や汗が伝う。ヤバい、懐石ってこんなにするの? 全然ファーストフードじゃない!
 と、焦るミリムの手元から、ひょいと殯が紙を取る。
「失礼、ミリムさん」
 経費で会計を済ませ、しっかり領収書まで作ってもらった頃には、ドリームイーターは満足しきっていた。
「ご馳走様でした。あー美味かった」
 きちんと箸を置いて両手をあわせる篝。北欧生まれの彼は懐石になじみはないが、こうした基本的なマナーは勉強済みなのである。しかし次ぐ言葉は、意味深だった。
「こうなると、次は本物の店長の料理が食いたいよな」
『…………』
 空気の変化を察知したのか、ドリームイーターも身構える。
 アーシィが笑顔で鯉口を切った。
「おじさん。もう一個注文があるんだけど、いいかな?」
 同時にカウンター席から全員が飛びすさり、戦闘態勢をとった。

●戦闘
 店長型ドリームイーターは、遠距離から構えて仕掛けてくる。
 しかし、正確な狙いで攻めてくるかと思いきや、敵はだいぶ浮かれている様子だった。
 どうやら、ケルベロスたちに食事をして貰えたのが、相当嬉しかった様子である。
 店のコンセプトすら尋ねてもらえず、そもそも料理をふるまう機会がなくなって久しかった店長の気持ちを、ドリームイーターはそのまま反映していたようだった。
『お客サマ、終わっタラ水菓子のご用意モござイマス』
「……なんか、ここまで本気でおもてなししてもらえると、悪い気はしないわね」
 しかし敵は敵。倒さないわけにはいかない。
「さあ、あんたを倒して店長を起こすよっ!」
 まずはメノウが星座の輝きを呼び出し、しっかりと前衛の守りを固める間、ミリムが敵の足下を強烈に払う蹴りを入れる。動きの止まったところでアーシィが、
「その後悔、私が断ち切ってあげる!」
 と、稲妻のような突きで、ドリームイーターの身に着けている板前風の服ごと斬り裂いた。
『グフッ……』
「すぐ終わらせたげる!」
 青い髪をたなびかせた藍がやはり足止めの蹴りを放つと、待ち構えたロビネッタがそこへ激しい氷の礫を降らせる。
「氷漬けにしたげるねっ」
 ベルカナは慣れない戦場の空気に戸惑いつつも、瞳を伏せて祈り始める。
「どこまでも続く蒼穹の空、青く蒼く澄み渡り……あなたと私を導いて。例えどれほど離れていようとも、空は繋がっているのだから」
 ベルカナのオパールグリーンの髪がふわりと揺れ、祈りの言葉と共に空色の花びらが舞う。穏やかな光景、だがそれを目にした仲間たちは、戦いに集中していく。
「礼儀には礼儀で返さねば……それは、食事も戦いも同じこと」
 殯が振るった鎌の切っ先がドリームイーターの生命力を奪い取る。しかし、敵も戦う意思をまるで失っているわけではない。返す刀で、モザイクの巨大な口が殯に襲いかかった!
「……ぐっ!」
 両腕で受け止め、ダメージに耐える殯。動きを止めるべく、御業を呼び出し敵を鷲掴みにする篝。
「他人の後悔、勝手に持ってかれちゃ困るんだよ。返して貰おうか、夢喰らい!」
「清き風、邪悪を断て!――回復術、”禍魔癒太刀”!!」
 メノウの連光が残す美しい軌跡。一見全てを斬り裂くかに見えるその真空の刃は殯の傷に当たった瞬間霧散し、癒しの力へと変わる。
「たぁっ!」
 ミリムが振りかぶって敵の肩口へ重たい一撃を加えれば、すかさずアーシィと藍が傷を広げにかかり、ドリームイーターの体は自由を奪われてゆく。
「よーし、ここにサインを印そう!」
 言うが早いが、ロビネッタが愛用のリボルバーから激しく弾丸の雨を降らせた。それは敵の体を貫き、更には壁に多数の弾痕を刻んでいく。弾幕が落ち着いた先には。
「名探偵ロビィ、参上! ってね」
 なんと壁に弾痕でR.H.のサインが……刻まれたはずだったが、割とハチの巣状態である。仕方なく、サイン入りのカードを投げるロビネッタ。
 ベルカナは祈り歌から一転、派手な爆発で仲間を鼓舞する。
「……考えてみれば、料理人と客の出会いも、刹那のものかも知れませんね」
 呟くと、殯は己の生命力で編んだ桜の枝を敵の胸へと叩き込む。
「刹那の邂逅に彩りを…」
 枝は一瞬にして敵の生命力を吸い上げ、紅の桜花を咲かせ、散る。
 その花びらを、篝の炎が包む。もはやほぼ身動きも取れなくなったドリームイーター。
 決定打を与えたのは、藍。
「貴方の心臓に、楔を」
 藍の手先がしなやかに舞い、構えた指先から放たれる、星銀の弾丸。虹色の光彩を螺旋にまき散らしながら弾丸が敵を貫くと『後悔』から生まれたドリームイーターはその場に崩れ、砂のように砕けて消え失せてしまったのである。

●傾向と対策
「本当に……ええ、ええ。そこをわかって頂きたくてこの店は……、あ……あれ?」
 椅子を並べた上に寝かされていた男が夢から覚めて目を開けると、目の前では紫色の髪の少女が明るい笑顔で手を振っていた。
「あ、起きた起きたーやっほー、大丈夫ー?」
 アーシィの顔を見ても、今の状況がよくわからない店長。
 バックヤードに転がっているところを発見され、運ばれてきて今に至る。
「いい夢を見てたんだ……俺の店にお客さんがたくさん来て、美味しい美味しいって食べてくれて、ちゃんとお代も……」
「それ、メニューと値段!」
 ロビネッタが一本立てた指を店長の鼻先に向けた。
「お客さん目線になってみよう。やっぱり気軽に食べに来る人は、懐石初心者が多いと思うんだ」
 うんうんと藍が頷きながら引き取る。
「発想は悪くないと思う。ただ、気軽にって言うなら値段は気になるよ。なるべく安価なメニューを考えてみたら良いんじゃないかな」
「ちょっと言葉や工夫が擦れ違ってるだけなんだよなきっと。例えばさ、店長は料理忙しいだろうから、オーダーはタブレットで出来るようにしてみるとか」
 具体的な提案までしてみる篝。皆、料理は美味しく楽しめたので、心から店長を応援しているのだ。
「み、皆さん……」
「腕は良いんだから、あとは初見の客に対する気配りしなきゃねー。というわけで、ここからは鬼コーチに登場してもらお」
「お……鬼コーチ?」
 メノウがそう紹介すると、鬼コーチことミリムがズゥンと腕組みして店長の前に歩み出た。
「料理の腕は良い」
 意外なことにお褒めの言葉から入ったが、次の瞬間ミリムが爆発。
「けど経営面でこんなしょっぱい努力しかしないで後悔だ? 客を舐めるなー! ビシバシダメ出ししてやる! 外装内装宣伝メニュー値段……拘りだけで客目線無し、味だけでやってけるなんて大間違いだやり直し!」
「ひええ?!」
 正座でメモを取り始める店長であった。
「それにしても、美味しかったぁ。ね、ウィアド」
 ルル、と応えてウィアドが鳴いた。
 失敗し後悔するのも、大切な経験のひとつ。それを奪おうなどという悪行は見逃せない。
 ケルベロスの活躍でとりあえずはひとりの料理人が救われ、店の周囲で犠牲を出すこともなく事件は終結したのだった。

作者:林雪 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年8月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 2
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