百足の虫

作者:雨乃香

 民家の立ち並ぶ田舎の狭い路地は街灯が少なく、足元も見えない。
 そんな道を時折、びくりと飛び上がり、周囲に眼を凝らしては歩く、一人の少女がいた。
「なんで、こんなことに……」
 瞳を潤ませながらも彼女は人気の無い夜道を震えながら歩いていく。
 ふと、ポケットの中の携帯端末の震えに気づき彼女は手を伸ばし、友人からの着信であることを確かめると通話に出る。
「もしもし?」
「あ、ちょっと用があって家寄ったんだけどさ、こんな時間に外?」
「部屋にムカデが出て、怖くてそのまま部屋出ちゃって……」
「あぁ、そういう季節だし、田舎だし……」
 思い出し泣きそうになるのを堪え、ぽつぽつと説明を続け、疲れたようにため息をつく彼女に、電話越しの友人は気の毒そうに優しい声をかける。
「なんなら家に泊まりにくる?」
「さすがに悪いよ、でもありがと、また明日」
 通話を終えると、少女はもう何度目ともわからないため息を吐いて再び歩き始める。
 つい先程の光景を思い出し身震いしながら歩く彼女は気づかない。その背に迫るムカデよりも恐ろしい存在に。
「あはは、私のモザイクは晴れないけど、その災難を嫌悪する気持ち、わからなくはないな」
 その言葉が少女の耳に届いていたかどうか、それはわからない。
 背中から胸元に抜けるように、少女は巨大な鍵によって一突きにされていた。
 軽く捻られた鍵が勢いよく引き抜かれると、外傷こそ無いものの少女の体はその場に力なく倒れこむ。
 もっとも仮に彼女に意識があったとしても、その傍らに現れた節足を蠢かし、地を這う巨大なムカデを目撃すれば嫌でも意識を失っていたであろう。

「誰しも苦手なもの、嫌いなものありますよね? 人や食べ物であれば多少の改善の余地はありますが……生理的に嫌悪感を示してしまうモノに関しては中々難しいですよね?」
 難しい顔をしながらニア・シャッテン(サキュバスのヘリオライダー・en0089)はケルベロス達に問いかけ、首をかしげて見せる。
「そんな嫌悪の感情を元に、事件を起こしているドリームイーターがなにやら行動を起こしているようで、新たな被害者が出てしまいました。
 この嫌悪を奪ったドリームイーター自体は既にその場を離れてしまっていますが、被害者である少女の嫌悪から生み出されたドリームイーターを皆さんには始末してもらいたいのです」
 説明をしつつ、ニアは携帯端末をいじり、しばらくその画面を見つめ悩むような素振りをみせてから口を開く。
「かなりアレな見た目なので……一応注意してくださいね?」
 ニア前置きをはさみつつ、ケルベロス達に見えるように立体映像のディスプレイに映し出されたのは巨大なムカデの姿をしたドリームイーター。
「目標はこの巨大なムカデ型のドリームイーターが一匹。主な攻撃の方法としては噛み付いての毒の注入……巻き付きといったところですね、ニアはこんなのに巻きつかれたら絶対失神しますね……」
 その様子を想像してしまったのか、ニアは顔を青くしながらぶるっと震える。
「周辺には民家が立ち並んでおり、避難誘導等、住民への配慮が必要になります。事前に人払いをしておく手もありますし、そのあたりは皆さんにお任せします」
 説明を終えたニアはもうこれ以上見ていたくないとばかりにディスプレイを消去し、端末をポケットへとねじ込んで安堵のため息を吐く。
「精神的にかなりきついものがある戦いになると思いますが……野放しにしておけば色々な意味で被害が甚大になることは間違いない相手です。被害者さんの意識を取り戻すためにも、なんとかこの難敵を撃破してください」


参加者
シィカ・セィカ(デッドオアライブ・e00612)
シルク・アディエスト(巡る命・e00636)
草火部・あぽろ(超太陽砲・e01028)
アニエス・エクセレス(エルフの女騎士・e01874)
辰・麟太郎(臥煙斎・e02039)
黒谷・理(マシラ・e03175)
エフイー・ゼノ(希望と絶望を司る機人・e08092)
鹿門・零菴(地球人の刀剣士・e19020)

■リプレイ


 星も月も見えないというのに蒸し暑く気味の悪い夜。
 立ち並ぶ家々の窓にも明かりはなく、ガランとした音のない夜の道は暗い闇に覆われ、今にも何かが出そうな雰囲気を漂わせている。
 不意に何かが這い回るような音があたりに響く。
 夜の闇に溶ける様に、それは家の間をするすると這いながら、身を隠しながら移動する。
 行く手を阻むように立つ真っ白な塀を登ろうとしたそれの姿をまともに見たものがいれば、あまりの気味の悪さにその場に卒倒するものが出てもおかしくはなかっただろう。
 白い塀に映える青黒い体、赤い頭部と続く顎肢、そして一斉に蠢く、薄い水色の節足。
 体長二メートルを超えるその巨大なムカデは、人気のない夜の町を我が物顔で移動し得物を探す。
 無遠慮に花壇の花を踏み荒らし、庭先の植木を蹴散らし、止まることなく進むムカデの視界についに得物が映りこむ。
 ムカデはその場にとどまり動かない標的に、好都合とばかりに無数の足を蠢かし、静かに、素早く這い寄ろうとする。
 瞬間、暗がりが人影の手にしたライトで照らされ、虚を疲れたムカデが一瞬その動きを止めた。
 その間に目の前の人影、シルク・アディエスト(巡る命・e00636)の姿が瞬く間に切り替わる。菫を思わせる紫と白を基調とした衣装に、複数の盾を浮かべ、彼女は冷ややかな目で巨大なムカデを見据える。
「標的を補足しました」
 呟くようなシルクの声を掻き消すかのように、ムカデが顎を鳴らしつつその足元から襲い掛かる。
 低い位置から浮き上がるように体を浮かし、圧し掛かるようにムカデが飛び掛るのを、浮遊する盾が受け止め、その体を弾き返す。
 同時に、夜の街に銃撃の音が響き渡る。
 暗闇に立て続けに火花が散り、無数の弾丸がムカデの頭を撫でるように飛来する。厚く硬い表皮にそのうちの大半が弾かれるものの、ムカデはさらにスピードを上げて、隠れるように、家屋の影へと逃げて行く。
「うわっ……これは……思っていた以上に気持ち悪いですね……」
 硝煙の立ち上る銃口を上げ、顔を見せたアニエス・エクセレス(エルフの女騎士・e01874)は大ムカデの姿と、周囲に僅かに散った体液に、素直な感想を漏らす。
「あの姿自体はそこまで嫌悪するほどのものではないと思いますが」
 対してシルクの方はムカデの姿に怯えや気味の悪さを感じている様子はなく、落ち着いた様子を見せつつ、敵の消えていった方向へ視線を向けている。
「なんでぇ、ちぃっとばかり遅かったか?」
 そこへ、人々の避難誘導を終えシルクの報告を受けた辰・麟太郎(臥煙斎・e02039)が上空から二人の下へと降りてきた。
「でも、あとは追えそうですね……」
「だな、先に回りこめるよう、他に指示だしとくか」
 アニエスと麟太郎は点々と続く、ムカデの体液の消えていった路地の先を見据え、シルクは仲間達へと現状を報告し、端末をしまう。
「それでは、行きましょうか」


「しかし、最近のなんだかんだ虫に縁があんだよな、不思議だ」
 民家の屋根伝いに移動する黒谷・理(マシラ・e03175)は呟きながら周囲に視線を走らせる、仲間達からの連絡によれば、目標である大ムカデはこちらの方向に逃げてきているのは間違いないはずと、暗闇の中に溶け込む、薄気味悪い体色を目を凝らして探す。
「ローカスト達は相変わらず脅威デスネー。ボクは足がが少ないだけローカストのがいいデスケド」
 身の丈ほどもあるギターケースを揺らしながら理に併走するシィカ・セィカ(デッドオアライブ・e00612)もヘッドライトを併用し、敵の姿を探しつつ事前に見せられていたムカデの姿を頭に思い描き、軽く身震いする。
「事前に住人の避難が完了できたのは僥倖だったな……」
「デスネー、あんなの子供が見たらトラウマになりマス」
 鹿門・零菴(地球人の刀剣士・e19020)の言葉に、シィカが頷きを返しながら家屋の屋根を一つ飛び越したところで、理の足元から予期せぬタイミングでムカデが飛び出しその足元へと喰らいつく。
「気持ち悪いでかムカデが」
 理がとっさにムカデを踏み潰そうと、足を振り上げたところでムカデはパッと顎を離し、そのまま道路へと落下し、地を這い再び身を隠そうとする。
「なるほど、庇の裏に隠れての奇襲か……」
 零菴の推察した通り、ムカデはケルベロス達の目の視線の届かない庇の裏に張り付き罠をはっていた、地上にしろ屋根伝いに移動するにしろ、見つけるのは困難な場所であることには変わりない。
「感心してる場合じゃないデスヨー! また逃げられる前に包囲しないとデス!」
「わかってるよ、任せとけ」
 言うが早いか理がムカデの行く手を阻むように続けざまに煌びやかな爆発を起こし、進路を妨害しつつ、その光源により、敵の位置を離れた場所にいる仲間達にも伝える。
「しかし百足か……足をもいで、研究材料にでもするか?」 
 嫌な顔をしつつムカデに視線を送る二人に対し零菴はむしろ興味深そうにしながら退路を探すムカデの体に幻影の竜を嗾けその体を炎に沈める。ムカデはのたうつように体をくねらせ、地にこすり付けるようにして火を消そうとする。
「花の鎖は艶やかに。心に絡みつけば、ほら、もう目が離せない」
 その間に、ムカデを追ってきていたシルクをはじめとする三人が追いついていた。シルクの周りに乱れ咲く菫の香りがムカデを誘い、その意識を引き寄せる。
 麟太郎のドローンの編隊が夜闇に明かりを点し、ムカデの青黒い体がアスファルトの上に浮かび上がった。
「赤い頭と青黒い体、薄水色の足。これ以上ねえ危険色だ! 毒に気ィつけろよ!」
 その気味の悪い配色に顔を顰めながら、理の発生させた爆発を目印に一目散に駆けつけた草火部・あぽろ(超太陽砲・e01028)は鞘から抜き放った刀を一閃、ムカデの足をまとめて数本切り飛ばす。
 ムカデの体から離れた足はモザイクに変わり、消えて行くものの、その体から噴出す不気味な体液は消えることなくあぽろの服を汚す。
「夜が明ける前に終わらせねばな……」
 口元を押さえ、悲壮な顔をするあぽろと入れ替わるように、エフイー・ゼノ(希望と絶望を司る機人・e08092)が民家の影から飛び出し、踏みつけるような蹴りをムカデへと見舞う。
 重力を宿すその蹴りは、ムカデの体を押し潰し、おびただしい量の体液を撒き散らせた。


 体の一部の機能を停止され、数本の足を失い、ムカデの動きは多少の陰りをみせつつも未だ素早く、傷を負ったことによりさらにグロテスクとなった外見で這い回るその様は、今まで以上に見るものの精神を疲弊させる。
 震える手で放ったアニエスの攻撃は敵を捕らえきれず、弾丸が地を穿ち炎を上げる。
「落ち着いて相手をしっかり見るのデース!」
 叫びながらシィカが周囲に光の粒子を振りまき、味方の感覚を鋭敏に強化するものの、より一層鮮明に見える敵の姿にアニエスが青い顔でもどしそうになっていることには気づかない。
 シルクはそんなアニエスを庇うように率先して矢面に立ち敵の攻撃をひきつけ、ムカデの攻撃を一身に受け止めている。盾を掻い潜り、腕に噛み付く敵を至近からフォートレスキャノンで打ち抜き、降りかかる体液を手の甲で拭うと再び前に出る。
「あんまりちょろちょろうごくんじゃねぇ!」
 叫びとともにあぽろが御業を操り、その巨体を鷲掴みにし、動きを止めると、合いの手を入れるように麟太郎の突き出した槍がムカデの体を貫く。
「大ムカデ退治といやぁ英雄の仕事と相場は決まってるが、今回は精々六尺六寸。なら英雄でもねぇ番犬にでも何とかならぁな」
 笑いつつ麟太郎が槍を引き抜くと、ムカデの体がびくりと跳ね、体の後方四分の一ほどが音を立てちぎれ落ちる。大量の体液を流出し、普通の生物であればもはや生きてはいられないであることは明白であったが、それはあくまで普通の生物の話であり、ドリームイーターであるこのムカデには関係のないこと。
 嫌悪から生まれたこのムカデは何よりもそれを重視する、故に、ちぎれ落ちた体は当然の如くそのまま蠢き、頭のついた胴体は尚も攻撃を繰り出す。
 潰された部分ごと切り落とされたムカデはむしろ体が軽くなったかの用に動き、シルクへと再び攻撃を繰り出す。
 咄嗟に庇いにはいった麟太郎の腕から足にかけて巻き付いたムカデは短くなったその体で麟太郎の体を締め上げる。
 途端にケルベロス達の攻撃の手は鈍る。麟太郎の巨体に絡みつくムカデを攻撃しようとすれば彼ごと傷つけてしまう可能性があるからだ。
「何を躊躇ってやがらぁ、なんてこたぁねぇ、まとめてやっちまえ」
 ニヤリと笑みを見せた麟太郎は体に力を込め、仲間達に自分ごとまとめてやってしまえと、そう声をかける。
「下手に動かないでくれ」
「この程度でびびるようじゃぁ、番犬なんざぁおしまいよ」
 威勢のいい返事に、エフイーと麟太郎は互いに視線を交わし、笑みを浮かべた。
 地獄の炎を纏ったエフイーの拳が、きつく絡みつくムカデの体を引き剥がし、炎に包む。解放された麟太郎にすぐさまシィカが治療に走る。
 燃え盛り地をのたうち、暴れまわるムカデの動きはもはや弱々しく、限界が近いのは目に見えている。
「オラっ、とっとと潰れちまえ」
 容赦なくその体を踏みつけた理は、靴裏に感じる感触と飛び出す体液に嫌な顔を見せながらもその足は緩めない。その圧力に耐え切れなかったムカデの体は再びちぎれ、結果自由となったムカデはその最後の力を振り絞り、アニエスへとめがけ、飛び掛る。
 零菴の召喚した精霊がその身をもってムカデの体を氷に閉ざすものの、その勢いまでは殺しきれない、氷漬けとなったムカデの真っ赤な頭部が迫りくるその恐怖に、アニエスは反射的に武器を構える。
「エクセレス流槍術、番外! ヒュージ――スピアァァァ!!」
 僅かな間も無く、彼女の意思に従い砲塔を槍へと変化させたアームドフォートを手に彼女はそのムカデを迎撃すべく、ブースターを吹かす。
 勢いを乗せた槍の穂先がムカデの氷塊を破砕し、もはや動くことも出来ぬほどにバラバラにする。
 そうして吹き出た体液を全身に浴び、アニエスは武器を落とし、膝からその場に崩れ落ちた。


 ムカデの死体こそモザイクとなってその場から消えたものの、周囲に撒き散らされた体液や戦闘の痕は依然として残されたまま、点々とあたりに広がっている。
「あー気持ちわりかった。死体の処分しなくてすんだのが不幸中の幸いってとこだな」
 足裏についた体液をアスファルトにこすりつけながら呟く理の声も聞こえていないのか、アニエスは放心したままへたりこんでおり、今にも吐きそうな顔色で呆然と地面を見つめている。
「おい、平気か? しっかりしろかたはついたぜ」
 あぽろに肩を揺すられ、ようやく目の焦点を合わせたアニエスはしかし、辺りに撒き散らされた体液の始末をせねばならぬことに気づくと、両手で顔を覆って泣きそうになっていた。
「辛いのなら無理をする必要はないだろう……」
「そうだな、誰にも得手不得手はあるものだ」
 零菴とエフイーの気遣いにアニエスは一瞬、靡きかけるものの両手をぐっと握り締めて顔を上げる。
「いえ、私だけ楽をするなんてだめです、ちゃんと、町を元通りにしないと」
 未だ青白い顔でそういう彼女に、皆一様に笑みを浮かべる。
「それなら、アニエスさんとシィカさん、理さんは街の修復を中心にお願いします。他の人と私でムカデの汚れの片づけをやりますから」
「いいんデスか?」
 シルクの采配にシィカが聞き返しても誰一人不満も言わず、ただ小さく頷いた。
「朝になるまでに終わらせちまって、銭湯で一番風呂とでもしゃれ込もうじゃねぇか」
「そいつはいいな、虫の体液で臭えのなんのって」
 麟太郎の提案に理が賛成すると、女性陣もまた表情を明るくし、張り切ってそれぞれの仕事をこなすために歩き出す。
 人々が気持ちよく朝を迎えるために、今日もまたケルベロス達は夜通し戦うのだ。

作者:雨乃香 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年7月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
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