●糸車の女神
「条件は、人が棲まなくなった場所。時間は午前二時から三時の間」
狂ったような昼間の暑さはやや和らぎ、しかし肌を撫でる風はじっとりとした湿気を含んでいる。
だのに、いつもの夜より涼しく感じるのは。今、アートが往くのが、廃墟と化したビルの谷間だからだ。
人の営みから外れた大地を踏みしめると、乾いた砂利がザリと鳴る。そんな音さえ煩わしげに、アートは耳を澄ます。
彼は探しているのだ、糸車が奏でる軽やかな旋律を。
「糸車の女神に出逢えたらその手を取って。一緒に糸車を回した数だけ、時を遡れる――だっけ」
カラ、カラカラ。
一回なら一年。
二回なら二年。
三回なら三年。
呟く声に、自嘲が混ざる。アート自身、耳にした噂話が、誰も信じないようなものだと理解しているのだ。だって、そうだろう? 時を遡るなんて、出来る筈ない。
「――でも、もしかしたら。一年前に戻れたら……俺は、彼女を」
知らず呟いていた男は、慌てて口を噤む。
噤んで、目を瞠った。
「私のモザイクは晴れないけれど、」
アートの青い瞳が捉えたのは、背中から心臓を貫く大きな鍵。驚愕に、アートは振り向く。されど彼は、我が身に起きた出来事を確認する間もなく意識を失う。
「あなたの『興味』にとても興味があります」
金色の髪が乾いた大地に広がるのを見下ろし、灰色の女――第五の魔女・アウゲイアスはうっそりと囁く。
その傍らでは、流れるような真白い髪をした眩いくらいに美しい女が、カラカラと糸車を回し始めていた。
●第五の魔女の謀
例えば、他の誰かは白けたり、尻込みするような。そんな不思議な出来事に強い『興味』を持つ者がいる。
「アートさんもそういう人物だったようです。そして、実際にその不思議に対する調査を行おうとしてドリームイーターの被害に遭ってしまったんです」
リザベッタ・オーバーロード(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0064)が紐解き始めるのは、ドリームイーターにより『興味』を奪われてしまう変事。
諸悪の根源であるドリームイーターは既に姿を消してしまっているが、奪われた『興味』を元にして怪物型のドリームイーターが産声を上げている。
「皆さんにはこの怪物型のドリームイーターを倒して欲しいのです」
新たな被害者が出る前に。
そして『興味』を奪われてしまった男の目を再び覚めさせる為に。
リザベッタが詳らかにする一件で被害に遭ったのは、先ほど名が出た『アート』という男性。
彼の興味から生まれたのは、糸車を回す美しい女性の姿をしたドリームイーター。
「元となった噂では『糸車の女神』と呼ばれていたよです」
噂はどうであれ、アートの『興味』から誕生した『糸車の女神』は、人間に遭遇すると自分が何者であるか問うという。
「正しく『糸車の女神』と答えても、違う風に答えても構わないと思います」
違えて呼べば、般若の様相で襲い掛かってくるやもしれぬが、いずれにせよ倒さねばならない相手だ。戦いそのものに影響はあるまい。
なおこのドリームイーターは、自分の事を信じていたり、噂をしている人物がいると、その人の方に引き寄せられる習性も持っている。
これらを上手く利用すれば、戦いを有利に進められる事だろう。
淀みなく知り得た全てを語った少年は、ふと物思いに耽るような表情になった。
「時を巻き戻したい……あの時に還りたい。そう願いたくなる事は、案外少なくないと思うんです。だから――」
そんな想いに端を発する『興味』が悪用されるのは、哀しいばかりだから。
お願いします、とリザベッタはケルベロス達へ希う。
参加者 | |
---|---|
霧島・奏多(鍛銀屋・e00122) |
ガイスト・リントヴルム(宵藍・e00822) |
アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755) |
アリア・ウルストンクラフト(絢爛狂言・e05672) |
レスター・ヴェルナッザ(凪の狂閃・e11206) |
野々宮・イチカ(ギミカルハート・e13344) |
小鞠・景(凩鎗・e15332) |
英桃・亮(謌却・e26826) |
一回なら、ケルベロスになる前に。
二回なら、あのひとが死ぬ前、人になる前に。
三回なら、地球に来る前に。
いつもより星数が多い空を眺めて、野々宮・イチカ(ギミカルハート・e13344)は想いの海を漂う。
(「わたしがきみの手を取ったなら。きっと二回まわすんだ」)
夏らしくない乾いた風が、コンクリートが崩れて出来た砂を運ぶ夜。
(「……そんなこと、できるはずもないのに」)
(「わかってるんだよ」)
(「でも……」)
――会いたかった、ずっと待ってた。
暗がりに、かつて心を持たない機械人形だった少女の吐息が溶ける。
●君の名は
「人が棲まなくなった場所、だったな」
腕時計へ視線を落とした霧島・奏多(鍛銀屋・e00122)が呟く。確認した時間は、深夜二時を少し過ぎた頃。彼らが居るのは、廃ビルが建ち並ぶコンクリートジャングルの真っ只中。
「聞いた話では、女神と一緒に糸車を回した数だけ時を遡れるらしい」
レスター・ヴェルナッザ(凪の狂閃・e11206)の口振りは、記憶を辿る風。
「なあ、聞こえないか? 糸車を回す音が」
耳を澄ましつつレスターは周囲を注意深く窺う――噂の主を探すように。
「糸車の女神、ですか」
ぽつり、小鞠・景(凩鎗・e15332)が独りごちた。
「純粋な興味からいえば、過去に興味がないわけではありません。戻れたら、やり直せるかもしれない。幾度も思いました」
表情は変えぬまま、景は淡々と言葉を連ねる。
かつては交差点だった場所に、三人の男と二人の女がいた。年齢も種族もばらばらな一団が廃墟に佇む姿は、共通の『何か』を求めるに似合い。
「でも、戻れないからこそ。過去は過去として、価値を持つのだと思います。忘れたい過去も、憧憬の対象としての過去も――」
「其方の言い分にも一理ある、な」
戻れてしまったら、何もかもが無価値になってしまいそう。その時の想いも、その時の選択も。
そう続く筈だった景の弁を、老成した武人然とした青きドラゴニアン――ガイスト・リントヴルム(宵藍・e00822)がさり気なく遮る。
件の『女神』は己を信じる者や、噂をする者の元へ舞い降りるという。ならば、今は。存在の否定に繋がりかねない言葉が、不安材料にならないとは言い切れぬ。
例え、生き往く為の正しい理であったとしても。
「にしても、回した分だけ過去へ戻れる、なんて……最悪」
落ち着きなく持参した懐中電灯を弄んでいたアリア・ウルストンクラフト(絢爛狂言・e05672)の声には、吐いた否定の単語に反し焦がれる響きがあった。
嗚呼、何て贅沢で魅力的で、残酷な能力なのか。
一度きりの人生だから今の選択を大事に出来るというのに。
廃墟で寛げる性は持ち合わせぬ女は、真に抱えた想いは煙草を探しながら胸に秘す。秘して、叶わぬ願いの方を口にする。
「小さい頃に行けたら、いいな。そしたら……家出せずに済んだかも」
違えた正義の為。
今ならば少しは分かりあえるのだろうか。
きっとあの頃のように頭ごなしに否定しなりは、しない、はず。
アリアの唇から漏れ出た音色は飄々と、しかし胸に満ちる言葉は帰りたい時を思い。
「果たして『女神』は応えて呉れるであろうか」
拾い上げた心の欠片をまとめるように、ガイストは目深に被った陣笠の下の瞳を周囲へ馳せる。
(「『彼女』は来る」)
不意に落ちた沈黙の中、奏多はそう信じて――否、そう成る未来を識っていた。
その想いこそが、女神を呼ぶのだ。
事実、カラカラと糸車が回る音が彼らの耳に忍び入る。
その音色を辿って視線を巡らせると、いつの間にか彼らのすぐ真後ろに眩いばかりに美しい女が居た。
「お答えなさい、わたくしを求めた者……わたくしが何者であるか」
光を束ねたような白髪を宙に波打たせ、女は五人に問う。
「糸車の女神」
ガイストの答えに、女神はふわりと笑った。
「女神というよりは……悪霊でしょうか」
景の答えに、女神は眉を顰めた。
「ようこそ。災厄を撒く、偽りの女神殿」
奏多の答えに、女神の瞳に焔が灯る。
「物語に出てくる悪役っぽいよね」
アリアの答えに、女神の唇が戦慄く。
「お前は夢喰いだ、おれの敵だ。それ以上でもそれ以下でもねえ」
レスターの答えに、女神の表情が悪鬼に変わる。ガイストが「美しい顔が台無しだな」と嗤う程に。
「わかりました、お前たちには過去さえない虚無の死を与えましょう」
高らかに宣誓し、女神が激しく糸車を回し始めた――直後。
「っ!」
最低限の光しかなかった世界が、足元から照らし出される。それは物陰に潜んでいたアリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)が撒いたケミカルライトのせい。
同じく、潜んでいたビルの中から飛び出して来た英桃・亮(謌却・e26826)も、腰に下げていたライトを女神へ向ける。
「ようやくのおでまし、待っていたよ!」
跳ねるイチカの声は鬨の声。
●戯言
糸車の女神。運命を紡ぎ、描き、絶つ者。
(「……上等。踏み越えるには、十分だ」)
奏多の凪いだ視線を受ける女神に、僅かも動ぜぬ瞳の侭に景が肉迫する。
「ただ、惹かれ合うままに――」
女神へ与えるのは負の電極、景自身は握る得物に正の電極を与え。魔術医療の応用技術、引かれあう力を発生させた一撃は、僅かなぶれもなく敵と定めた相手に突き刺さった。
「であれば」
貰った痛みを返すよう、女神は糸巻を景へと向ける。
「させない」
だが、針の如き先端が貫いたのはレスターの肩。盾を担う男は、迷う事無く己が身を敵前へ差し出したのだ。
自らを『敵』と称した男の肩口から吹き出す血潮に、艶やかな女の口元が緩む。けれど厄介なのは、傷と共に背負わされた心の闇を刺激する因子。
「大丈夫だよ、わたしに任せて」
請け負うが早いか、イチカは雷の壁を自陣最前列の前へ構築する。癒しを授けると共に縛めに対する抵抗も付与する力の恩恵は、レスターだけでなく奏多にアリア、ガイストと景へも齎された。
(「……成程」)
女神から仲間へ、そうして再び女神へ目線を戻した奏多は微かに口の端を擡げる。
(「怒りの侭に間違った答をした相手を狙うわけではない、と」)
爛々と燃える女神の瞳に、奏多はデウスエクスの冷静さを視ていた。確かに景を狙いはしたが、それは彼女の『答』のせいではなく、先んじて攻撃を仕掛けたせい。
判じた男は女神の懐近く――むしろ近すぎる位置へ走り入る。銃の扱いに長けてはいるが、今宵の役目は皆の護り。ならば、いっそ飛び込んだ方が色々都合が好い。かくて一部塞がれた視野の影で、アリシスフェイルは素早くイチカに纏わせる魔法の木の葉を編んだ。求めた効果は回復ではなく、イチカの持つ能力を最大限に活かす方。そしてイチカはアリシスフェイルの思惑通り、更に多くの縛めを撒く力を得る。
攻防は初手から流れるようにリズミカルに。けれど続いたガイストとレスターの一撃は的を外す。
敵は個で八人のケルベロスと渡り合える強者。そう易々と事を成させてはくれない。
その直後、
「焦らなくていい、すぐに仕度を整えるよ」
濡羽色の羽織の裾をふわりと躍らせ、銀のような静謐を纏い亮が戦場を駆けた。
そして亮は宵の縷の如き声音で告げた通り、けしかけた黒の残滓に女神を食ませ、その動きの自由を幾何か封じる。
「――さぁ、たまにはケルベロスのお仕事もしないとね」
罅の入ったアスファルトを、アリアがピンヒールで打ち鳴らす。カンっと固い音色が、戦場の空気を引き締めるた。
「悪巧みは終わり。さっさと退場しな」
宣告は短く、アリアは女神を黄泉路へ案内すべくドラゴンの幻影を放つ。
「そう」
ケルベロス達の戦意に、夢喰いが憐れむように微笑んだのは、景が仕掛けた攻性植物での一撃は先程の一手よりも手応えが軽いと確かめた時。
「あなた方には、は、わたくしを滅ぼすというのね? それで良いの?」
「戻りたい時間はないの? 救いたい命はないの? やり直したい事はないの?」
それは戯言。けれど彼女の言葉は甘く苦く響く。
●抱えた想い
「目を覚まして。それとも此処で立ち止まるの?」
糸車に刺されて倒れてしまうなんて、まるでお伽噺。
アリシスフェイルの挑発するように鼓舞と癒しを受け、「まさか」と笑ってイチカは女神の一撃に頽れかけた膝を叱咤する。
重ねた攻防は既に片手を超え、夢喰いは阻害因子を植え付けてくるイチカを執拗に狙うようになっていた。
されどケルベロス達が女神に打った布石も十分。
「っ!」
気合の息を短く吐いたガイストの、苛烈な拳の炸裂に戦場が震えて世界を一瞬で塗り替える。すっかり安定したガイストの手元は揺らぎなく。聖なる左手で掴み、闇の右手で腹部を殴りつけられた女神の顔は、般若の如く苦痛に歪んでいる。
「……還りたい、過去はない、のですか?」
「知らぬ」
尚も吐かれる甘言を、ガイストは一蹴した。
だが、本心は違う。彼にだって、帰りたい時間は在る。悔やんだ末に願い、けれど叶わず、この世を呪って全てを恨んだ事もある。
(「己の弱さに絶望し彼奴への恩讐の果て、それでも尚ひっくり返らなかった先に今の我が在る」)
何より、戻れたとしても『避けられぬ事』だとガイスト自身が一番理解しているから。当時の力量では救えないし、最悪、今に繋いだ命さえ落してしまうだろうから。
戦いの狭間で、ケルベロス達の心も動いていた。
そう、女神の誘惑が魅力的でない者はいないのだ。
(「若しもあの時、なんて。考えずに生きる事が出来るなら、きっと息が楽になる」)
地獄で補う心臓の炎を燃やし、後方に構えていた亮が走り出す。
(「一回、二回……三回でも足りない」)
眉を顰め、銀の双眸を細め。手繰られる糸の先を見つめて亮は焦れる。きっと、幾度回しても足りない。
胸に手を遣れば、心臓が燃えた。揺れる焔の視界に、小さな花が視えた気がしたけれど、亮はわずかに瞠目しただけで、強く踏み込む。
「――斬り裂け」
己が思考ごと、亮は敵を薙ぐ。竜の影を纏わせた銀刃は風を生み、デウスエクスを裂いた。
「確かに、誰しも考える事……かもしれないな」
亮の瞳が視る、糸が繋がる先は夢か幻か。揺らぐ視界の侭、自分に言い聞かせる。
「この糸の先は、きっと幻だ」
「そうそう、ボクらにとって大事なのは今ってことさ!」
カラリと言い切り、アリアが再びピンヒールを鳴らす。だが、今度は一度ではなく、幾度も連ね――つまり、駆けて紛い物の女神との距離をつめた。
「宿れ、集え。咲き乱れろ」
踊る竜角に竜の翼。唱えた詞によって空気中の水分を凍らせ、その冷気を自分の爪へと凝縮させる。
「――侵せ尽くせ、極寒の息吹よ」
仕上げは氷の抱擁。鋭い爪を胸に突き立てれば、夢喰いの顔が強張った。
心を縛る過去はある。それでも、ケルベロス達は前を向く。
(「遡ったとして――あの子らを救えたとして。それでも、『あの日』に失ったものは戻らねぇ」)
レスターの脳裏に過るのは、戦いに溺れていた男が、陽だまりの中の妻と幼い娘を喪った日。
あの日は、二度と戻らない。巻き戻しても、辿り着けても、同じあの日ではありえないから。だからレスターは糸車を回そうとは微塵も思わず。
(「それに……」)
血塗られた路を歩み出したからには、後戻りはしないと決めているのだ。
『奴』を斃す迄。亡くした者の為ではなく、況して他人の為でもなく。ただ自分の運命の輪は自分で廻す為に。
「夢喰いの出る幕はねぇ、時の底に沈んじまえ――尽きろ」
嘗て『無風』と呼ばれた竜の骨で基礎作られた無骨な刃に地獄を宿し、レスターは波濤の如き連撃を繰り出す。飛沫と散った銀炎は、まるで魂のよう。
「抗わなく、て、イイ、のに」
「生憎と、今が幸せなら、私は、それで十分です」
紡ぐ糸も声もたどたどしくなってきた女神の誘いを、景は迷いなく払い除ける。
記憶を――過去をなくしてしまった景にとっては、還りたいと思える過去がある事自体が羨ましい。
(「もし戻れるのなら――いえ。考えるのはやめましょう」)
凪いだ灰の瞳に、景は女神をまっすぐ映す。本当に幸せだったのか、どんなものだったのか分からぬ過去なら、大事にすべきなのは今の方。そう思えているから景はぶれずに、相手へ触れる箇所は指一本ながら敵の気脈を断つ一撃をデウスエクスへ呉れてやる。
「ならば、無に、還りな、さい」
足掻く女神の紡いだ糸は、一つの的も捕えず行先を失う。もう、限界が近いのだ。
「全部、全部、夢」
明らかに動きが鈍った敵へ、イチカは一本のプラグを伸ばす。
(「二回、回せば。あのひとにまた会える」)
姉のようであった人。デウスエクスによって命を落とし、イチカに復讐心を……心を目覚めさせた人。
(「でも。あの人を喪う代わりに得た心も巻き戻ったなら、こんな気持ちも残らないんだろうな」)
「きみも、だれかの影を――踏む」
「!!」
ずぶり。女神の首筋に刺したプラグを介し、イチカはひとの得る『憧憬』に纏わる記憶を流し込む。植え付けられた焦がれ惑い、希う距離が更に夢喰いを縛めた。
「というわけで。戻れたら、と思う瞬間が無い訳じゃないが」
仲間の意を纏めるように奏多は言う。奏多自身も悔恨がないわけではない、目の前で取り零したものだって在るのだから。
「過去は変わらない。変わらなくて構わない。変えるならば未来を、その人に触れ得る女神は、お前さんじゃない」
(「そう。今の侭の私で戻れるならともかく、幼いあの頃の私では誰も……自分さえ守れないから」)
銀を媒介にした魔術で得た弾丸をドリームイーターに叩き込む奏多の言葉に、アリシスフェイルは密かに頷きながら想いを重ねる。
細い指先でなぞるのは、袈裟懸けに走る腹部の傷痕。襲撃され、家族を一度に亡くした幼い日に刻まれたもの。
(「巻き戻す事に、意味なんて、ない」)
苦く笑い、アリシスフェイルは大地を蹴った。
(「立ち止まっても、振り返ったとしても。私は家族が守ってくれた命で、大切な人達と一緒に――」)
「今の私を大切にして、これからを生きていくの!」
奏多の背中を越え流星となった少女は、渾身の蹴りをデウスエクスへ喰らわせる。
癒やしに徹したアリシスフェイルの攻勢は、終いの合図。
●断ち切り
亮の炎十字の斬り込みの余韻が消えぬまま、ガイストが走る。
「――推して参る」
夜闇に、一瞬。龍が輝く。それは冴えた剣閃、太刀風を劈いて生また翔龍。
「、っあ」
鋭い爪牙に喉首を食い千切られ、饒舌だった女神は断末魔さえ上げることなく無く、その身を廃墟の夜に散らして逝く。
あっけない終わり方だった。まるで目覚めた瞬間、間際まで見ていた夢の内容を忘れてしまうように。
最期にカクンと不安定に回った糸車。
攣れてぷつりと切れた糸先だけが、戻れぬ過去への余韻を引いていた。
作者:七凪臣 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年8月4日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 1
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