星霊戦隊の復讐~赤ク眩病ミ瞬キテ

作者:ヒサ

 夜深く、人気の無いかすみがうら市街。力宿すオーズの種を利用し集めた攻性植物達を前に、青い鎧のエインヘリアル──スターブルーが口を開いた。
「やっと準備が整った。長かったな、ルージュ」
「あぁ長かった。だが、今こそ、仲間の仇をうつ時だ!」
 傍らで応じたのは赤い鎧の同族、スタールージュ。彼らは仲間を殺めたケルベロス達への報復を望み、オーズの種を埋め込む事で強化した攻性植物達へ進軍命令を下そうと──。
「先輩達、なにやってるんですか! オーズの種の反応が大量に出てきたので見に来てみれば……。勝手にオーズの種を使用してオーズ兵器を生み出すなんて、契約違反になりますよ!」
 ──したのを、緑の鎧の少女が現れ止めた。それを、まずブルーが顧みる。
「これは、俺達の復讐だ、お前もアルカンシェルならわかるだろう? スターヴェール」
「わかりませんよ! そりゃ、先輩達が倒されたのは悲しいけど、だからといって、こんな……」
 だがヴェールが返したのは否定。譲らぬ彼女に苛立ったか、煩い、とルージュは携えた剣の一つを抜いて気を放つ。威嚇程度の雑な攻撃は、彼女を黙らせる為のもの。
「ルージュ先輩!」
 怯みヴェールは非難の声をあげ、その後小さく嘆息する。ルージュの瞳にもまた、ブルーの声に滲むものと同じ色をした激情が揺らめいているのを、彼女は見たのだ。
「しょうがありません、今は退きます。でも、マスターブランに報告しますからねっ!」
 上官の名を挙げ撤退する彼女をしかし構う風無く二人は、オーズ兵器を率い進軍するのだった。

 『星霊戦隊アルカンシェル』の生き残りが、オーズの種を使ってケルベロス達を誘き出そうとしているようだ。白刀神・ユスト(白刃鏖牙・e22236)の危惧が杞憂とはならなかった旨を、篠前・仁那(オラトリオのヘリオライダー・en0053)は伝えた。
「『スタールージュ』と『スターブルー』が独断で、みたい」
 以前ケルベロス側が仕掛けた分断作戦のような事にはならぬだろうが、数を揃えては来ている。仁那は地図を広げて示した。
「彼らは十体の攻性植物にオーズの種を埋め込み支配下に置いて、市街地を破壊しながら、かすみがうらから、土浦、つくば、と進むつもりのようよ。その後は、つくばエクスプレスの線路伝いに都心部を目指すだろうと、今のところ予測されているわ。
 かすみがうらには現状市民は残っていない。土浦の避難も間に合うと思う。なので、この辺り……土浦を越えさせないように、敵を倒して貰いたいの」
 敵の数に合わせ、今回は十二チームに動いて貰う事になる。彼らの目的を考えれば、ケルベロス達が誘いに乗る事で、市街や市民達への被害は抑えられると思われた。危険ではあれど、応じぬわけにはいかないだろう。
「アルカンシェルの二人は勿論、攻性植物達も強化されていて危険な相手よ。各チームが担当の敵をしっかり抑えてくれれば、大体は、それぞれの敵に集中して貰えれば良いでしょうけれど……敵を早く倒せたりして余裕が出来たチームが、他のチームの援護に向かってくれればより安心、という事のようよ」
 逆に、どこかのチームが敵を倒せなかった場合は、他チームの敵や被害が増える事に繋がる。十分な注意と準備を、と仁那はメモを読み上げた。
「それで……あなた達には、スタールージュの相手を頼みたい」
 彼女の表情が緊張を帯びる。攻性植物達は市街地を破壊しながら進むが、アルカンシェル二人は共に、国道六号線を直進して来るのだという。ルージュが先陣を切り、後方のブルーがややの後ルージュとの合流を試みるだろうと考えられていた。
「二人纏めて相手をする事になっては危険よ。とはいえそれを阻むなら、最初はブルーを担当するチームに対応して貰う事になると思うから、あなた達はルージュが異常に気付いたり、ブルーと合流しようとしたりした場合の足止めを考えて欲しい。
 ただ、二人を引き離す為に、と例えば国道から逸れたりすると、オーズ兵器を担当するチームの負担が増えかねないので、申し訳ないのだけれどそれは控えてちょうだい」
 単純にルージュのみに道を進ませても被害が拡大するばかり。阻むならば戦術と立ち回りで、だろうか。
「ルージュ単体に関しては、『基本的には』以前と同じ戦法で来るのでは、と考えられている。前回それで致命傷を負うような状態まで追い込まれたりはしなかったから、って」
 かつて彼とまみえたケルベロス達が得た情報を総合すると、ルージュは二振りのゾディアックソードを扱うクラッシャー。攻撃行動を優先し、ヒールはある程度負傷等が積み重なってから、といった風に動いていたという。地力が高く、当時は限界近くまで鍛錬を積んだケルベロスであれど厳しい相手だった。今とて、軽んじられる敵ではあり得ない。
「前回の事があるし、彼らは早めに合流するつもりでいると思う。だから、それが上手く行かなかったり、といった事があれば、ルージュも戦法などを変えてくるかもしれないわ。
 ブルー側の状況によっては、あなた達のフォローが必要になって来るかもしれないし、逆にあなた達が辛い状況になれば向こうの負担が増えてしまう。そうならずに済むのが一番だけれど、何かあっても対応出来るよう、備えておいて貰えるかしら」
 言い終えて後、仁那は視線を落とし微かに顔を曇らせた。
「彼らは、亡くした仲間の為に動いているようだけれど……」
 彼女は続ける言葉を探したが、やがて首を振る。想いは、ケルベロス達の胸中にこそ正しく形を得て在るべきだろうと考えた。
「──それで無関係な人達まで巻き込まれては困るもの」
 ゆえに、顔を上げたヘリオライダーはそう静かに結び、託す。
「だけど彼ら二人の行動は私情、あるいはきっと、暴走。だからそれを止める為に、他のエインヘリアル達が干渉してくる可能性がある、とも考えられているわ。戦いが長引くと危険かもしれないので、心に留めておいて」
 そう、彼女は作戦の成功と、ケルベロス達の無事を願った。


参加者
ソロ・ドレンテ(胡蝶の夢・e01399)
燦射院・亞狼(日輪の魔壊機士・e02184)
リディ・ミスト(幸せ求める笑顔の少女・e03612)
リュセフィー・オルソン(オラトリオのウィッチドクター・e08996)
イリス・ローゼンベルグ(白薔薇の黒い棘・e15555)
獅子鳥・狼猿(俺はロウエンだぞ・e16404)
ジェミ・フロート(紅蓮風姫・e20983)
白刀神・ユスト(白刃鏖牙・e22236)

■リプレイ

●逢イテ
 空を落ちる最中、白刀神・ユスト(白刃鏖牙・e22236)は翼を広げた。別れ下降して行く仲間達を見送る間も惜しみ双眼鏡を覗く。
「居たわね」
 地上付近からジェミ・フロート(紅蓮風姫・e20983)の声が通信機越しに届く。目視した標的の進軍速度と自分達の落下予定地点を互いに伝達し、次の動きを検討する。
「私達が降りた場所は此処みたいね」
「ルージュはこの辺りから──」
 降り立って後、地図を広げたイリス・ローゼンベルグ(白薔薇の黒い棘・e15555)は燦射院・亞狼(日輪の魔壊機士・e02184)の手を借り皆へ詳細な座標を伝える。応えてジェミが指で紙面の国道を辿り猶予を示した。次いで彼女は辺りの状況を確認し、ブルーへ対応するチームと連絡を取る。
「まだ時間はあるようだが、急いだ方が良いな」
 その通信を傍受しつつソロ・ドレンテ(胡蝶の夢・e01399)が皆を促す。足音を殺し駆ける彼女は、手強いと伝え聞いた敵との邂逅を待ち侘びるよう小さく笑んだ。

 余所ほど厳しくない状況とはいえ、多少は潜まねば計画が破綻する。彼らは国道から幾らかの距離を取りルージュを捕捉しつつ、合図の受信を待った。
(「速いね……っ」)
 夜の闇に身を潜め動く中、リディ・ミスト(幸せ求める笑顔の少女・e03612)は皆を気遣う。敵が特別急ぎ足で無くとも、元の歩幅が二倍ほども違えば追尾は容易く無い。獅子鳥・狼猿(俺はロウエンだぞ・e16404)の足運びはまだまだ軽やかだったが、リュセフィー・オルソン(オラトリオのウィッチドクター・e08996)などは疲労を覚え息を乱し始めていた。
 だが機はほどなく訪れる。
「今よ」
「──解ったわ、そちらも気をつけてね」
 合図を周囲の者達へ伝えたのはイリス。声より早く動いたのは、同時に受信していたソロと亞狼。ジェミは通信の向こうへ返答しつつ、伝達を聞いた者達と共に続く。
 まずはルージュの足を止めねばならない。それは戦術的な意味のみならず、ユストとリディが順に飛び上がる。辺りの障害物を越え国道に至り、ユストは一瞬躊躇ったものの、他に手は無いと敵の正面に飛び出した。
 進攻する暴威を押し留める為の蹴り技は、敵の腕が咄嗟に防いだ。硬い音が響き、ユストが間合いを取り直し、その姿を確認したルージュがニイと笑う。
「またお前か」
 獲物を見定めた赤い瞳がぎらぎらと燃えていた。

●重ネ
 やっちまえ。促す亞狼の声は低く闇に融けた。耳に捉えてリディがルージュの背後に舞い上がり、敵がユストに気を取られている隙を突き、青年の分までとばかり鋭く蹴り込んだ。反応してルージュが剣を抜いたが、追いついた亞狼が少女を突き飛ばし庇う。
 その頃には既に、敵の退路も断たれていた。挟撃に似た陣形からケルベロス達は次々追撃に動く。亞狼の反撃は防がれた。ばるどぅーるのブレスが敵に付けた傷を煽る。ジェミが前衛の守りを固め、イリスがリディへと加護を刻む。
「すぐに手当を……」
 傷を負った亞狼を案じリュセフィーが防護の雷壁を織る間に、ソロの気弾が敵を穿ち狼猿の拳がルージュの死角から打ち込まれた。
「傷は癒えたか、獣顔。それにローズを釣った女も居るな」
「俺は狼猿だ」
「あら、高名なアルカンシェル様に顔を覚えて頂けていて光栄だわ」
「はっ、こちらこそ。この手で直接礼をする機会に感謝する」
「それはこちらの台詞だ」
 狼猿が憤慨して見せ、イリスが口の端を上げ、地を滑るユストが炎を纏い次撃を浴びせた。以前ルージュと直接顔を合わせた三名が、より濃い殺気を向けられるのを見、ローズと対峙した一人であるリディは密かに息を呑む。
(「下手な事言ったら、きっとただじゃ済まないよね」)
 今回の作戦において射手は攻めの起点、不用意な行動は慎むべきと彼女は慎重に機を窺う──それでも、必要ならば躊躇わぬと臆さず攻めそのものは大胆に。
「おぅ『足止め』足んねぇぞー」
 ルージュの進軍は完全に止めた。敵をからがら爆破に巻き込んだ亞狼が仲間へ要請する。すぐに応じたイリスがしかし確かにと眉をひそめ、射手達が少し待てと奔走する。流石に彼らとて単調な攻撃で圧すには不安があった。
 ケルベロス達は前回の戦いを参考に戦術を組んだ。だがそれはルージュも同じ事、彼は援護に立ち回る後衛達を見定める。こと癒し手を捨て置けば厄介と剣を振るった。星辰が熱無く荒れる。傍に立ち塞がる己をも過ぎて目を投げる敵を警戒していた亞狼は近くに居たユストを護った。狼猿もまた走るが、敵の身を越えた先までは届かずに。
「侮らないで。このくらいで倒れるものですか!」
 纏う衣に織り込まれた護りの力ゆえもあり比較的軽傷で済ませたジェミは、髪に飾る赤薔薇をよすがとするよう指を遣りつつ言い放つ。事情が違ったリディはきつく眉を寄せたが、咄嗟に防御態勢を取り耐え抜いた。だが術を行使すべく集中していたリュセフィーはそうも行かず、その身でまともに受けた重圧に声無き苦鳴を零す。彼女は己がミミックへ、皆を護れと後を託して膝を折った。
「貴様……」
 空気はより張り詰める。敵を挟んで怒気と舌打ちが漂った。
(「確かにローズ以上に攻撃は重いけど」)
 リディの傷は決して浅く無い。だが彼女は癒し手へ頷いて見せた。敵を観察し動きをより洗練させて行く盾役達を信じてジェミは、彼らの治癒を優先した。
 亞狼の術が不可視の黒陽を生み、狙い澄ました狼猿の拳が再度敵へと突き刺さる。彼らは皆を護るべく敵の注意を惹こうと動き、射手達は敵の動きを鈍らせる。
「だが力業では未だ、といったところか」
 敵の防御を崩したかったが、それは容易では無いと見て取りソロが呟いた。それを耳にしたイリスが小さく頷く。かの身を苛む為の凍傷も、未だ満足に与えられず居た。
「なら、茨の毒で侵してあげるわ」
 であれば射手の援護を優先すれば、と少女は手を伸べる。力押しは敵の土俵、とはいえ極めた者ならば凌ぐに足ると。
「ならば今は皆を頼みに、私は当てる事に専念しよう」
 未だ先は長いと判る。ゆえに少しでも加速をと、攻撃手たるソロは再度気弾を放った。

●分カタレ
 やがて敵の動きも目に見えて鈍り行き、射手達は剣を振るうその腕すら縛るべく次の段階へ進んだ。敵の懐に飛び込んだリディの脚がかの身を薙ぎ、ユストの手は黒矢を御し重く弓を引く。盾役達は囮として皆を護り、既に敵の剣は幾度も浴びた爆風の余波で時折切っ先を揺らがせている──ケルベロス達の負担は少しずつ減って来ていた。特に、ヒールに手を取られ続けているジェミに余裕が出来た事で、傷を引き受ける盾役達への治癒以外に、射手達への援護も行き届きつつあった。サーヴァント達は囮たる二人を手伝い倒れたが、戦局は悪くないと言えた。
(「……ブルーが遅いな」)
 その中でふと、ルージュの意識が散るのを数名が感じ取った。ブルーが居る筈の方角には常に多めに人数を配し、ケルベロス達は彼らの合流を阻むつもりでいる。そしてそれはルージュとて見て判る事で、ゆえに自分達の思惑が敵方に読まれていると知った。同時に、己が判るという事は、彼らはその露見をも織込み済と推測出来、その意味は──そこまで考えた所でルージュはそれを中断した。考える事は彼にとって、己では無くブルーの役目ゆえ。
「つまりお前達を全員倒して迎えに行けば良いわけだ」
 ブルーが同じ状況にあるのなら、とルージュはまず障害を排する事を選んだ。身を苛む呪詛を厭い治癒の星陣を刻む。捨て置いてはならぬとリディは攻め込む隙を探しながらも、胸中に抱いた不満を堪え難いとばかり小さく吐き出した。
「そんなに仲間を大切に出来るのなら、自分達が地球にした事の意味だって解る筈なのに」
「全くだわ」
 肯定を紡いだのはイリスの唇。かつてローズと間近で相対した少女は、敵の在り方をくだらないと断ずべく声を張る。
「侵略者風情を勝手な事を……。あなた達の身勝手で、この星の人達がどれだけ傷ついたと思っているの」
 言葉は問い掛けの如く、されど答えは求めぬままに、お前達に憤る資格など無いと突き付ける。
「そう、だな」
 ルージュが抱く激情に、より強い怒りの色が乗る様を見、ユストが口を開く。敵が激怒し一時的にでもブルーの事を意識から追い出してくれた方が戦い易いと踏んだ。
「お前は俺達を傷つける事は出来ても、失ったものには到底見合わなかったろう」
 前回アルカンシェルはケルベロス達を酷く痛めつけた。それでも彼らの同胞三名の命の対価としては、と青年は言う。
「それが限界と知れ。怒りに憑かれ追い詰められた今の貴様では、俺達を倒す事すら出来やしないさ」
 たとえ敵の呪詛が解かれるとしても、それ以上に刻めば良い。射手は決して手を緩めず、それを護る盾役は決して屈さない。亞狼がルージュの前に立ち塞がり今一度、黒き日輪を燃やす。
「余所見してんじゃねえや。持ってかれんぞ」
 彼もまた、敵の思いをくだらないと聞き流す。だがこちらは使命感や義憤といった思いからでは無い。戦いは命の遣り取りに過ぎず、ただ生き残る為の行いさえあれば良く。ゆえにかの敵は遠からず、もの言わぬ屍となる事だけがさだめとばかり。彼にとってルージュという個は無価値で、その声は雑音で、ソレは動かなくなるまで壊し尽くすべき『物』に過ぎぬと、仮面の奥に醒めた彼の目が語る。
 敵が求めた加護は一度だけ使い手を助けたが、それはリディの手に留まる幾重もの破呪の力により早々に砕かれた。囮が十分に役目を果たせなくなった刹那、後衛が再び傷を負う事となったものの、それまで堅実に進めて来た戦いの流れを変えるには至らず。油断出来ぬ状況下なれど、ケルベロス達は優位を保ったまま態勢を整えきった。
 敵の攻撃を封じ切るまでには未だ時間が要ったが、圧されている事は疑いようも無いとルージュにも解ったのだろう。気付けば市街地の戦いは終わりつつあるのか、始まりに比べればずっと静かな夜の中、彼はイリスを見、その後皆を見渡し、口を開く。
「ローズ達を倒したお前、いや、他にもここに居るかもしれないな。あの時のお前達の勝利は、紛う事無き実力だったと……そういう事か?」
 オーズ兵器は十体、今やその大半が沈黙しているだろう。ノワールを倒した面々は短時間とはいえブルーとの連携を凌いだとルージュは聞いていた。ローズとジョーヌの最期に関しては、彼はその目で見てはいないが、今対峙するケルベロス達の力量は、ルージュ自身が肌で感じている。彼は以前、同胞を案じたがゆえに戦い抜いてはいないけれど、あの時退かずに力を尽くしていたとしたらあるいは。そうルージュは彼らの力量を認め、憂いとも諦念ともつかぬ息を吐いた。問う声にすら被せ来る亞狼の攻撃を捌ききれず顔をしかめたルージュの瞳には、ケルベロス達への憎悪が変わらず宿っていたものの、この時、覚悟を決めたような色をも灯した。ルージュが振るう剣は冴え冴えとケルベロス達を圧す。己が攻める事よりも仲間を護る事をより優先していた狼猿の身に限界が訪れ、彼は呻いた。
「獣が……いや、ロウエンだったか」
 ルージュが彼を見据える。
「お前は確か、俺達に大切なものを奪われたと言っていたな。その割に、お前がその手で俺達に復讐したいと思っているようには見えない」
 不可解とばかりに問い掛ける眼差しを受け止め、狼猿は小さく笑う。敵を倒すだけなら仲間の力が、とか、己は己に出来る事を、とか、言える事は幾らでもあったけれど。
「宙返りできない河馬は、唯の馬鹿だ。だからオレッちは……爪を隠す……」
 仇に教えてやれるほど軽い思いでも無い。今ではきっと解っても貰えない。本当はもう、口を回すのだって億劫だ。だから彼は笑んだまま、煙に巻くような言葉を紡ぎ、仲間達に後を託した。

●別レ
 イリスの茨とソロのナイフが幾つもの傷を重ねて行く。それによりルージュの攻撃は更に精彩を欠いて来ていた。敵の動きを読んでなお回避を許される事など稀だった戦闘開始直後に比べれば、既に敵の攻撃は脅威と呼ぶには不足と言えた。
「っ、は……」
「大丈夫!? すぐに治すわ!」
「おー……、ありがとさん。だが、ほどほどで良いぜ」
 しかしそれでも、敵の攻撃の殆どを一人で引き受ける事となった亞狼の負担は大きく、彼が肩で息する様を見てジェミは懸命に治癒を為す。彼は礼を口にしたものの、保たないと判断した時は使い捨てろと、何でも無い事のように告げる。最後にこちらが勝てば良いのだと言って憚らない彼へ少女は頷いたけれど、胸中で改めて、支えてみせると決意する。
 三度目だろうか、ルージュの剣が護りの陣を敷いた。稀のことゆえにタイミングを読むのは未だ難しく、破呪を託されたリディは後手に回りがちになる。その間に呪縛から逃れたルージュの視線が揺れて、癒えきらぬ凍傷を抱えがちなソロに狙いを定める。それに気付いた彼女は、深く傷を残しつつも不敵に応じた。
「面白い。来ると言うなら相手をしてやる」
 カラリ、下駄は音高く。臆する事無く彼女は前へ出る。彼女の周囲に浮かんだ魔蝶が光となり、刹那担い手の姿をより白く染め上げた。赤く駆ける姿を迎え撃ち、光は敵の鎧を食い破り肌へと突き刺さる。埋もれ爆ぜる衝撃を押して振るわれた星の剣が彼女へ届き、袈裟に薙がれた娘の胴は血を零す。
 彼女の体は地へ伏したけれど、ルージュの体も限界はすぐそこ、知ってソロは喉を叱咤し、囁く。
「仕留めて来てくれ」
 贖わせるならばその命で。応えて射手達が動く。努めて冷静に、少しでも早く終わらせるべく二人は視線を交わし、まずリディが派手に動いて見せながら敵の死角に回る。敵がそちらへ気を取られた隙を突き、ユストは振りかざした腕に紅色の斧を顕現させる。
(「叩き斬れ──!」)
 密やかに正確に、されど重く鋭く。斧刃は荒々しく敵の体を抉り裂いた。派手に噴いた血は敵の赤をなお深く染め抜いて、かの肉体は力無く頽れる。
「──ジョーヌ、ノワール、ローズ……済まない。……ブルー……」
 仇を討てなかったと詫びる声。彼を突き動かしていた激情が霧散するのと同じように、ヴェール、と案じた吐息もまた消えて行った。
 ここにようやく虹の赤光は潰え、最後まで立ち続けた者達も過ぎる疲労に膝をつく。荒れた呼吸の音が夜気に重なり動悸と共に耳を塞ぎ来る。
「皆、大丈夫……?」
「あー、おじさんもう駄目だわ」
「そりゃそうだ、お疲れさんでした! たとえ向こうから援軍頼まれても俺達で行くよ」
「ああ、そうだわ。連絡をお願いして良いかしら。手当はこちらで進めておくわ」
「そうね、心配掛けちゃうのもなんだし、ちゃんと済んだって伝えなきゃ! ──千薙さん、聞こえるかしら──」

作者:ヒサ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年8月9日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 22/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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