弘前駅前、黒き塔

作者:遠藤にんし

「行くが良い」
 ローブを被った男は、目の前のオークらにそう命令した。
「どんな雌でも構わない、我が黒き塔の中で役割を全うせよ」
 荒い鼻息を漏らしながら、オークは目をぎらつかせて男を見上げている。
「行け!」
 命じられ、オークらは一斉に黒き尖塔から外へと駆けてゆく。
 尖塔の中にひとり取り残された男のローブの裾から覗く足は、びっしりとうろこで覆われていた――。
「ドラゴンの配下であるドラグナーが、オークの繁殖拠点を作ろうとしているみたいです」
 ドラグナーは制圧したビルを黒い塔へと変化させ、オークの繁殖拠点にしようとしている。
 今回、制圧されそうになっているビルは、青森県弘前駅前にあるビルだという。
 ビルが制圧され、黒い塔となると、そこはオークの繁殖拠点になってしまう。
「そうなったら、街中の女性がオークに誘拐されちゃうんですっ!」
 そして塔の中で繰り返される繁殖により、街がオークで溢れるようなことになってしまう。
「なので、皆さんには尖塔の拠点化を防いで欲しいんです!」
 ビルが黒い尖塔に変化する前に突入すると、ドラグナーは別のビルへと移ってしまうため、追跡が出来なくなる。
 そのため、ビルの最上階である4階が尖塔に変化しはじめた頃に、1階から突入することとなる。
「オークは18体いて、全員最上階にいます」
 しかし、これだけのオークを一気に相手取るのは今のケルベロス達では難しい。
「大きい音を出したりして侵入者がいるって知らせたらオークは移動を始めるので、戦力を分断させる工夫があるといいかもです!」
 幸いにも、ビルの中に取り残された人はいない。
 オークとの戦いに注力できることだろう。
「ドラグナーはオークを繁殖させる目的で尖塔にいるので、オークが全滅したら撤退します」
 一時的にであればドラゴンにも匹敵する力を出せるドラグナーと戦うことは得策ではない。
 ドラグナーもそれを理解しているため、よほどの挑発を受けない限りは撤退を選択するだろう。
「オークの殲滅さえ出来れば、ドラグナーの妨害は成功です。敵はたくさんですけど、皆さんなら大丈夫だって、信じてます!」


参加者
エヴァンジェリン・エトワール(ナイトメアフラワー・e00968)
ゼルガディス・グレイヴォード(白馬師団平団員・e02880)
トゥリー・アイルイヘアド(レプリカントの降魔拳士・e03323)
マリアム・チェリ(カラカラ・e03623)
蔵人・双麻(地球人の鹵獲術士・e04134)
字魅・嵐(自由の翼・e04820)
試作機・庚(方向音痴のポンコツ試作機・e05126)
カリオストロ・オーバークロック(不可逆の針・e14475)

■リプレイ


 青森県弘前駅前、そのビルは黒き尖塔へと変わりつつあった。
「こんな街中にオークの繁殖拠点か……」
 字魅・嵐(自由の翼・e04820)はつぶやき、このビルが黒き尖塔へと変わり、オークの繁殖拠点となった様子を想像してみる。
 駅前ということもあって、女性を捕まえるのは容易なことだろう。通勤や通学、ショッピング客もいるだろうし、旅行者もここを通る。
 そうした彼女らがオークに捕まり、繁殖させられる――そんな想像をして、嵐は思わず頭を抱える。
「オーク……嫌い、気持ち悪い」
 不快感を隠そうともせず、エヴァンジェリン・エトワール(ナイトメアフラワー・e00968)はつぶやく。
「オーク退治……デスか……。オーク共に恨みはあまりないデスが周りが迷惑デスからね」
 そう言って試作機・庚(方向音痴のポンコツ試作機・e05126)が手に握るのはタイマーベル。
 大きい音がするとその方向へと赴くというオークの性質を利用して、ケルベロスらはプリペイド携帯など、操作して音を出すことが出来るものを持って来ていた。
 どんな音であるかは特に決めていない。それを少し楽しみに、マリアム・チェリ(カラカラ・e03623)は言う。
「最後まで気を抜かずに行きましょう」
「手早く終わらせたいものですね」
 カリオストロ・オーバークロック(不可逆の針・e14475)はうなずいて、隣に立つ蔵人・双麻(地球人の鹵獲術士・e04134)は唇に指を当てる。オークの生態を考察できる機会に、双麻の気持ちは僅かに浮き立っていた。
「害獣駆除だ、盛大にやろうぜ?」
 トゥリー・アイルイヘアド(レプリカントの降魔拳士・e03323)の言葉に、ケルベロスたちは突入を開始する。
 オークらは最上階の4階に集まっており、物音か何かがあるまでは動かない。
 ゼルガディス・グレイヴォード(白馬師団平団員・e02880)は念のために隠密気流を使い、他の仲間たちもなるべく物音を立てないように慎重に行動を始めた。
「見取り図……ない?」
「見当たりませんね」
 エヴァンジェリンの問いに、カリオストロはかぶりを振る。
 このビルそのものにはあったのかもしれないが、既に黒き尖塔と化している部分には見取り図はないのかもしれない――考え、カリオストロは周囲の地形を覚えるように努める。
 一階の内部はかなり単純なつくりになっているから、地形の暗記は容易だった。
「タイマーベル、ここに置くデスよ」
「ああ。じゃあ、私は端に置いてくるよ」
 ライドキャリバーの辛に乗った庚が一階の奥にタイマーベルを設置するのを見て、嵐はそこから離れた部屋の端にアラームを置く。
 マリアムは階段の下から上階の様子を窺うが、何者かがこちらに向かっているような気配はない。
「この調子で、気付かれないように頑張りたいですね……!」
 ひそかに気合を入れ直し、マリアムらは2階、3階と進んでいく。
 全てを設置し終われば、準備は完了。一同は1階へと戻り、そして上階のものから順に、アラームのスイッチを入れていく。
 1階に響き渡るのは、嵐の設置した動物たちの鳴き声のアラーム。
「来たみたいだな。一匹残らず駆除すんぞ」
 上階から何かが向かってくる音が聞こえて、トゥリーは低くつぶやく。
 その手には、既にルーンアックスが握られていた。
 ――ほどなくして、1階にもオークどもの姿が現れる。
「では――」
 攻性植物が実らせた黄金の果実が、双麻の全身を聖なる光で包む――それを確かめてから、マリアムはオークの目の前に躍り出、言う。
「よろしくお願いしますっ」


 激しくスピンする辛にオークの攻撃が集中する間、庚は1階に現れたオークの数を数える。
「12体……! 分散させるデスよ!」
 庚は、自分で設置したアラームベルを作動させる――すると1階中に、こんな声が響き渡った。
『エロ同人みたいに!』
 数体のオークがアラームベルのある方へと移動を始める。ケルベロスらと対峙するオークは、これで7体になった。
『エロ同人みたいに! エロ同人みたいに!』
 ……そんな声が響き渡るなか、戦いは続く。
 こちらへ向かってくるオークの1体に向かって、ゼルガディスは雷刃突を放つ。
 棍棒のように硬くなったオークの触手から汁が溢れ、黒い床を白く濡らした。それを見たエヴァンジェリンは不愉快そうに顔を歪め、床を蹴って高く飛ぶ。
「……アナタにも見せてあげる。ダチュラの、悪夢」
 髪に咲くダチュラの花の毒を塗り込めたナイフが、オークを頭上から襲う。
 首深くにTantibus de daturaを受けたオークは濁った呻き声と共に白目をむき、力が抜けたようによろめく――その腹を狙うのは双麻だ。
 嵐のアラームもまだ鳴りやんでいない。犬、ライオン、象――様々な動物の鳴き声に今はオークの荒い呼吸も混じり、戦いの音も加わる。
 その賑やかさに、双麻は攻性捕食を放ちながらも肩をすくめる。
「いや、耳がおかしくなりそうだ。音による攻撃。研究の項目に入れないとな」
 ほどなくして嵐のアラームが鳴り、同時に1体のオークが倒れた。
 嵐はオークの足元を狙って旋刃脚を放つ。オークは触手で反撃を試みるが、地獄化された右腕を床について横に飛び退く嵐を捕えることは出来なかった。腰ほどまである灰色の髪が、美しくなびく。
「あまり注意深く聞かぬように。夢に酔いますので」
 魔導書を開きながら言い、カリオストロは詠唱を始める。
「我は汝を埋葬する者、夢へといざない閉ざす者。さあ痴れた音色に酔って眠れ」
 再生されるは断末魔――声にならない絶叫を耳にしたオークの目はうつろになり、触手は仲間のオークを締めつけ、握り殺す。
「同士討ちとは、惨めなものだな」
 ゼルガディスが覇剣【金獅子】を振るえば、背中から生えるオークの触手が切り落とされる。床に落ちた触手を踏み潰し、トゥリーはミサイルポッドをばら撒いた。
 1階のいたる所で爆発が起こり、オークの体が引き裂かれる。
 最期の力を振り絞り、オークはマリアムの首を狙って触手を伸ばす。頭を――角に飾った師のブレスレットをかばった腕から血が溢れるが、トゥリーはすぐさまブレイクルーンで回復を施す。
「ったく、治療なんて慣れねぇが……出来るだけやってやらぁ!」
「すみません、有難うございます!」
 癒しを得たマリアムはトゥリーに笑みを向けてから、オークへと炎を吐く。
 崩れ落ちるオークの体の横を通り抜け、エヴァンジェリンは別のオークと距離を詰める。
 近付けば近付くほど、オークの顔の下品さや汚らわしさが感じられる。背中の触手がエヴァンジェリンを捕えようと蠢いていることに気付き、エヴァンジェリンは不快そうに眉をひそめた。
「気持ち悪いから、斬り落とす……っ」
 惨殺ナイフを一閃――緑色の瞳は、触手ごとオークの生命が断ち切られたのを認めていた。


 庚の用意したアラームの方に向かっていたオークどもも、苛烈に続く戦闘に意識が向いたらしい。
 一度は分断したオークがこちらへと歩み寄ってくるのが見えたが、庚と辛が牽制するように攻撃を叩きこみ、仲間達を守る。
 2階や3階にいるオークどもがこちらへ来る気配はない――金色の瞳を一瞬上へ向けたゼルガディスはそう判断し、目の前の敵群に注力することにした。
「我の目の前から消えろ!」
 伸びる触手は棍棒のように逞しいが、ゼルガディスの尾と比べれば劣る。
 竜の尻尾と共に振るわれた翼の起こす突風にあおられ、前方にいたオークの数体が床を転がり、壁に激突する。
 ゼルガディスのテイルスイング・改によって発生した風に癖毛を揺らしながら、双麻はどこか嗜虐的な笑みを浮かべて。
「大地の力……貴様らが欲しがっている力の一部だ。ご馳走してやろう。その身に刻んでな」
 吸い上げられた大地の気が乱気流を作りだすのは、言葉と同時。
「大地に根を張れ、気を高めるんだ……」
 そして放たれた波動旋空拳は、壁を背にするオークには避けられるはずもない攻撃。
 衝撃に動けずにいるオークの隙を見逃さず、嵐はオークに接近し、拳に地獄の炎を纏わせる。
 ゴウ、と音がして、オークの全身が焼け焦げる。
「焼き豚……さすがにオークを食べる気はないけどな」
「煮たら美味しくならないデスかね?」
『エロ同人みたいに!』
「エロ同人では煮たり焼いたりしないデス。あとアラームはもういいデス」
 戦闘中だったため誰も気にしていなかったが実はずっと鳴り響いていたアラームをようやく解除し、庚は嵐へ向けられたオークの触手を鎌の刃先で受け止めた。
「そんなに背中を見せるとは。殺されたいとしか思えませんねえ」
 告げるカリオストロの魔導書から飛び出た粘液はオークの顔に張りつき、オークの呼吸を奪い殺す。
「数だけが強み、ですか。見るべきは少ないクセに厄介なものです」
 カリオストロにとって、既にオークは『蒐集済み』。手早く終わらせようとするカリオストロの所作には、少しの無駄もない。
「上にまだ残ってるし、とっとと片付けるぞ!」
 言うトゥリーの目の前、一体のオークが飛び出てくる――トゥリーは拳を握り、ただでさえ平らなオークの豚鼻が更にひしゃげるほどの勢いで殴り飛ばした。
 背後にいた別のオークを巻き込んで吹き飛ぶオークを見て、トゥリーは緑色の瞳を爛々と輝かせる。
「ヒーラーが回復だけかと思ったか? 私は殴る方が得意だ!!」
 見れば、残るオークはもう2体のみ。
 エヴァンジェリンの螺旋を込めた手がオークから体力を奪い、マリアムは何度目かのドラゴンブレスを放つ。
 ――黒煙が晴れ、炎が消えた時、オークの姿はなくなっていた。
「皆無事ですか?」
 マリアムが見渡すが、戦いに支障が出るほどのダメージを受けた者はいないようだ。
「行くぜ!」
 トゥリーが言い、ケルベロスは更なる戦いに臨む。


 1階にいた撃破済みのオークが12体――そして、2階には3体のオークの姿。
「つまり3階にも3体……これ以上苦戦はなさそうだが、油断せずにいこう」
 言ってゼルガディスは設置済みのプリペイド携帯を鳴らし、こちらへ向かってこようとしているオークたちの意識を別の方向へ向ける。
 懐かしのラーメン屋台の呼び笛に、思わずトゥリーは笑みをこぼす。
「ラーメン食いたいな。飲んだ後のラーメンって旨いんだよなー」
 軽口を叩きながらも、トゥリーの攻撃に手抜かりはない。
「貴重とは言えないが……サンプルは多い方が良かろう」
 もはや見飽きたオークの豚面にややうんざりしながら、双麻は槍と化したブラックスライムでオークの背中を裂く。
 背中からは、汚染され黒く変色した血がしたたり落ちる。双麻を睨むオークに、別方向から攻撃をしかけるのはマリアムだ。
「こっちですよ!」
 血襖斬りにより受けた返り血を浴びると、マリアムの受けていたダメージはたちまち回復した。
 8対3という物量差もあって、戦闘はすぐに終わる。更に上へと階段に足をかけるエヴァンジェリンだったが、オークが階段を下りてこちらへ向かってきていることに気付くと、思い切り顔をしかめる。
「邪魔……」
 苛立ち混じりに3階に設置したプリペイド携帯を鳴らせば、3階から女性の悲鳴が聞こえてくる。
「今の、エヴァンジェリンさんの……?」
 びっくりしたように目を丸くするマリアムに、エヴァンジェリンは薄く微笑む――視線は、3階へと戻るオークに向けたまま。
「思い切り叫んでみたの」
 オークが全員3階へ戻ったのを確認して、一同もフロアを上がる。
「リピートが必要ですね」
 魔道書を開き、カリオストロは再び夢幻迷想音楽団を発動する。
 心の内の理想郷に閉じ込められ、目の焦点が合わなくなるオークの足を双麻の攻性植物が絡め取り、鋭い葉先を牙のようにして噛みつく。
 引きちぎられんばかりの痛みにか、オークは目を見開く――ほとんど反射的に繰り出された触手の一撃がゼルガディスの胸を強く打ち、呼吸を止める。
 ゼルガディスのそんな様子を目にして、トゥリーは飛翔する摂理の盾で回復をおこなう。
「コールデバイス……“飛翔する摂理の盾”!!」
 かつて、人間形態となる前の外装に搭載していた4体の飛翔防壁がゼルガディスの周囲を飛び回り、続く二撃目からゼルガディスを守る。
 ひとつ咳をして呼吸を取り戻すゼルガディスを励ますように、トゥリーは声をかけた。
「まだバテるなよ! 次が来るぞ!!」
「ああ……! 負けはしないぞ!」
 3撃目を覇剣で受け止め、そのままの勢いで斬り捨てる。触手を失ったオークは絶叫を上げるが、
「……黙って」
 つぶやきと共に放たれたエヴァンジェリンのフォートレスキャノンが、オークの首から上を破壊した。
 残りは2体――不利を悟ったらしいオークらの触手が狙ったのは、カリオストロ。
 オークの触手がカリオストロの両腕を縛り、ちぎれそうなほどの強さで締め付ける。
「不作法ですね」
 万力の強さで締め上げられようとも、カリオストロの表情は他人事のように冷たい。
 ぱらりと魔導書のページがめくれ、かと思うと光が尖塔中に溢れる。
 ペトリフィケイション――古代語魔法によってオークの体は二度と動かない冷たいものに変わる。
「チャージ完了デス」
 庚のつぶやきはあまりにも小さい声。
「終焉 BYE^2 ……」
 全波動砲のR式終焉波動砲が、オークへと撃ち込まれる。
 拡散率の低い分絶大な威力を誇る攻撃に、オークはその身を跡形もなく消し飛ばされ――そして、尖塔からオークの姿は消えた。

 ドラグナーとの戦いはしない――ケルベロスらはそう決めていた。
 最上階、4階へ上がると既にドラグナーの姿はない。完成しつつあった黒き尖塔も、やがて元のビルへと姿を変えることだろう。
「ドラグナー……覚悟を、決めておいて」
「今回はお帰り願ったが……参ったなぁ。研究を進めないとね」
「いずれ『採取』したいものです」
 誰もいない最上階で、エヴァンジェリンや双麻、カリオストロは思いを口にした。
「ここはりんごの産地で、今は食べ頃と聞いた。お土産に……」
「いいデスね! ご一緒してもいいデスか?」
 庚に尋ねられ、エヴァンジェリンはひとつうなずく。
「決まりデスね。さっそく行くデスよー!」
 嬉しそうに言って、辛にまたがる庚。
 ……迷子になった彼女を探し出すのは、戦いよりも骨の折れることだった。

作者:遠藤にんし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年9月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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