水葬のオフィーリア

作者:柚烏

 ぎぃ、と軋んだ音を立てて、古びた扉が少女を迎え入れた。埃と蜘蛛の巣に気をつけて一歩を踏み出すと、懐中電灯の微かな光が、彼女の行く手に広がる廃墟をおぼろげに照らし出す。
「お屋敷の客間にある、からっぽの水槽……まずはそこに辿り着かなきゃ」
 うんうんと自分に言い聞かせるこの少女は、勇気を振り絞って廃墟となったこの洋館にやって来た。学校で囁かれる噂――洋館に現れる女の子の幽霊を、自分の目で確かめる為に。
「絶対噂は正しいと思うの。昔ここに住んでいた女の子が、巨大な水槽で泳ぐ魚たちに見惚れて、そして――」
 ――梯子を使って魚に餌をあげようとした所で、女の子は足を滑らせて水槽に落ちた。けれど、溺れながら眺める水槽の景色はうつくしくて、視界一杯に色とりどりの魚や水草がゆらゆらと揺れていて。そうして女の子は水に魅入られたまま、眠るように死んでしまった。
「……でも、女の子は自分が死んでしまったことに気付かないまま、今もからっぽの水槽でひとり彷徨っている……だったよね」
 もうすっかり暗記してしまった幽霊の話を諳んじながら、少女は水槽のある部屋を目指して探索を続ける。きっとそんな終わりを迎えた幽霊は、恐ろしくも哀しくて――何より、とても綺麗だと思うのだ。
「ああ、ひと目でいいから見てみたいなあ――……」
 夢見るような少女の声は、其処で不意に途切れた。心臓を貫いた鍵の存在に気付く前に、彼女は意識を失ってその場に崩れ落ちる。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 その背後に亡霊のように佇んでいた、黒衣の魔女――アウゲイアスがぽつりと呟くと、少女の傍らには『興味』を具現化したようなドリームイーターが生み出された。
「……ラ、ララ……」
 ――その姿は、少女が思い描いていた幽霊そのもので。まるで水の中を彷徨うように、豊かな髪を波打たせた女の子の幽霊は、ふわり宙を舞う水滴を纏って透き通る声で歌をうたう。
 それは、絵画に描かれた乙女を思わせて――彼女はきっと無邪気に微笑みを浮かべながら、生者へ向けて死の腕を伸ばそうとするのだろう。

 ドリームイーターに新たな動きがあったよ、とエリオット・ワーズワース(オラトリオのヘリオライダー・en0051)は険しい表情で予知について語り始めた。
「不思議な物事に強い『興味』を持って、実際に自分で調査を行おうとしているひとが、ドリームイーターに襲われてしまう」
 その『興味』を奪ったドリームイーターは、既に姿を消しているようなのだが――奪われた『興味』を元にして現実化した怪物型のドリームイーターにより、事件が起きてしまうのだ。
「だから皆には、これによる被害が出る前に、撃破をお願いしたいんだ」
 ドリームイーターを倒す事ができれば、『興味』を奪われてしまった被害者も目を覚ましてくれるから、とエリオットは補足して、続けて詳しい状況の説明に移る。
「『興味』を奪われたのは中学生の女の子で、学校で噂になっていた廃墟の幽霊を探していたみたいなんだよ」
 場所は街外れにある、廃墟となった洋館だ。其処に住んでいた女の子が水槽で溺死した後、自分が死んだことに気付かず彷徨っている――そんな噂のようだが、実際にそんな事件があったと言うことは無く、根拠のない作り話のようだ。それでも少女は幽霊をその目で確かめようと、夜にひとり廃墟に向かってしまった。
「現れるドリームイーターは彼女が思い描いていた、恐ろしくも可憐な女の子の幽霊の姿をしていてね。ひとを見つけると『自分が何者であるかを問う』ような行為をして、正しく対応できなければ……殺してしまう性質を持っているようなんだ」
 尚、ドリームイーターは自分のことを信じていたり噂している人が居ると、その人の方に引き寄せられる性質がある。未だ彼女は洋館を彷徨っている状態なので、うまく誘き出せば有利に戦えることだろう。
「オフィーリアって、水に溺れて亡くなる少女のモチーフがあってね。恐らくドリームイーターは、このイメージが強いんだと思う」
 女の子の幽霊の姿をしたドリームイーターは、歌声で惑わし芥子の花を舞わせ――そして水滴を操ってくる。此方の動きを阻害することに長けているようだ、とエリオットは言った。
「何に興味を持つかは人それぞれで、この子はうつくしい死者の姿に魅せられたのかもしれないけれど」
 それでも、その『興味』を糧に怪物を生み出してしまうのは、少女だって望んではいまい。だから噂は噂のまま、そっと水底に沈めて欲しい――水に魅入られ溺れるものを、これ以上出させない為に。


参加者
銀冠・あかり(夢花火・e00312)
紫・恋苗(紫世を継ぐ者・e01389)
カナメ・クリュウ(蒼き悪魔・e02196)
ルース・ボルドウィン(クラスファイブ・e03829)
天見・氷翠(哀歌・e04081)
レイ・ジョーカー(魔弾魔狼・e05510)
御船・瑠架(紫雨・e16186)
金剛院・雪風(雪風は静かに暮らしたい・e24716)

■リプレイ

●廃墟のさまよいびと
 街外れにある古びたお屋敷――其処で密やかに噂されるのは、水草が揺れて魚たちが泳ぐ水槽に落ちて、ゆっくりと水の底に沈んでいく女の子のお話。
 その眠るような死はまるで、絵画に描かれたオフィーリアのようだと、御船・瑠架(紫雨・e16186)は思う。
「オフィーリア、美しくも退廃的な狂気の娘……か。人はなぜ悲劇的なものに、こうも惹かれるのでしょうね……」
 夜に溶ける漆黒の髪をかき上げて、彼方を見つめる彼の瞳に過ぎるのは、遠い記憶の彼方に霞む過去の光景だろうか。そんな、いつも自分が辛くないか気に掛けてくれている瑠架の貌に、翳が差したような気がして――天見・氷翠(哀歌・e04081)は彼の心が痛くないことを願い、そのほっそりとした手をぎゅっと握りしめた。
「……天見さん」
「あのね、水の中は綺麗で幻想的とも思うけれど……元になった事件が無くて、良かった……」
 ほっと胸を撫で下ろすようにして囁く彼女へ、瑠架は普段通りの柔和な笑みを浮かべてそっと頷く。一方で、金剛院・雪風(雪風は静かに暮らしたい・e24716)は確りとランプも用意して、廃墟となった屋敷を探検する準備は万全のようだ。
「ボクは、幽霊は苦手じゃないよ。好奇心が刺激されちゃうね」
 月夜に煌めく長い金の髪を揺らして頷く雪風は、今回被害に遭ってしまった女の子の気持ちが良く分かると言った。だって水槽にいる幽霊なんてすごく綺麗そうだし、自分も見てみたいと思うから。
「それに夜の建物の探索っていうのも楽しそうだし、ボクだってチャンスがあれば、今回の女の子みたいに探検したいよ」
「まぁ、夏と言えば肝試しっていうのが定番だけど。この依頼は、この時期にピッタリだよね」
 ワクワクする気持ちを抑えきれない雪風の、可愛らしい姿に甘い微笑みを浮かべるのはカナメ・クリュウ(蒼き悪魔・e02196)。幽霊よりも怖がる女の子を見るのが楽しいと笑う彼だったが、軋んだ音を立てて屋敷の扉が開かれると、蒼の瞳を巡らせて素早く辺りに注意を払う。
「さて、噂の女の子の幽霊って、可愛い子かな?」
 ――廃墟となってどれ程経ったのか、埃と瓦礫が積もった其処には、半ば朽ちた家具や調度品がそのまま放置されていた。
(「こんな場所ならば、幽霊の噂のひとつやふたつ出てもおかしくはない、か?」)
 からっぽの水槽とやらも、屋敷の何処かにあるのだろうと思いつつ、レイ・ジョーカー(魔弾魔狼・e05510)は静かに歩みを進め――皆の用意した光源が周囲を照らす中、紫・恋苗(紫世を継ぐ者・e01389)は用意してきた高性能スコープを装着して、闇に覆われた玄関をゆっくりと見渡した。
「幽霊、ね……眉唾ものだと思う人もいるけれど、あたしも興味が無い訳ではないわ」
 冷徹なリアリストと捉えられることもある彼女だが、こう見えて意外と浪漫には理解があったりする。亜麻色の髪を飾るバイオレット・レナをふわりと揺らし、恋苗は虚空に向けてそっと溜息を零した。
(「どれだけ美しいものなのか、あたしも少し、見てみたいわね」)
 そうしてこつ、こつと、床を叩く靴音だけが寂しげに屋敷を震わせていたが――やがて屋敷の広間に辿り着いたところで、その音はぴたりと止まる。
「ここならば、誘き寄せに適しているか」
 鋭い瞳で確認を取るルース・ボルドウィン(クラスファイブ・e03829)に皆が頷くと、彼らはドリームイーターを此処に招く為、早速行動を開始することにした。
 広間ほどの空間があれば戦闘も問題なく行えるだろうと思いながら、銀冠・あかり(夢花火・e00312)は持参してきた月のランプを、邪魔にならないように広間の四方へと配置していく。
「それは?」
「ぁ……えと、折角雰囲気のある場所だから、これだったら綺麗に見えるかなって……」
 あかりが抱えたそのランプは、まんまる月の形をしていて。夜の闇を邪魔しないように、やわらかく鈍い光を放つそれに興味を覚えたルースが問いかけるが、人見知りと言うこともあってかあかりは少しぎこちない様子。
「ほら、貸せ。一人だと大変だろ」
 けれど、広間の四方に配置するのが大変だと思ったルースは、手伝おうと言うように無造作に手を差し述べて――ぱちりと瞬きをひとつしたあかりは、おずおずと残りのランプをルースに手渡した。
(「戦場を、淡いひかりで照らせたらと思っていたけれど……」)
 一見ガラが悪そうで、怖いひとかなと思っていたルースが見せた優しさに、何だかあかりの心にも柔らかな灯がともったようだ。そうして広間の準備は整い、淡い光の中浮かび上がった景色に雪風が瞳を輝かせる。
「さあ、それじゃあ幽霊の女の子の噂話を始めようか。何だか降霊術みたいでドキドキ、ワクワクするね」

●水槽メメント・モリ
 ――仄かな灯りが照らす、廃墟の広間。其処で顔を突き合わせた皆が口々に囁き合うのは、お屋敷を彷徨う幽霊の話だった。噂を元に生まれたドリームイーターを、おいでおいでと手招くように――。
「水槽に漂ってる幽霊かあ。なんか綺麗な幽霊の予感がするよ。ボクも幽霊探ししてみようかな」
「自分が死んだ事にも気が付かないで、さまよい続ける女の子の幽霊……なんだか悲しいよね?」
 膝を抱えて座る雪風は、オカルトは嫌いじゃないと言って、探検は楽しいと好奇心の塊のような態度で臨む。一方のカナメも、幽霊に会いたいと言う気持ちを前面に出しながら、ちょっと楽しそうに噂の女の子の話を切り出した。
「それに、人が入れるほど大きい水槽にも興味があるよ。ボクも水槽に入ってみたら、幽霊と出会えちゃうかな?」
「本当に会えるのなら……どんな女の子か、オレも会ってみたいなぁ?」
 無邪気にふたりが幽霊に会いたいと話を盛り上げていく中で、レイはひとり思索に耽る。モチーフとなったオフィーリアは、元は戯曲に出てくる人物のようだが――元の話と噂は大分違っているようだ。
(「もし、仮に噂が本当なら、女の子が自分の死に気づいていないってのは不幸なんだろうな……」)
 死に気づいていないと言うことは、永遠に縛られると言うことだろうから。そんなレイの思い悩む姿を横目に、瑠架も優美な笑みを湛え――そっと睫毛を伏せて流麗な言葉を発した。
「オフィーリアと噂されるくらいですから、きっと美しい姿をしているのでしょう。この目で拝見したいものです」
「……最期に見た光景は綺麗だったのかなという事だけは救いだけれど、悲しいなぁって思うの」
 そして氷翠も、女の子が亡くなった時のことを想い吐息を零して。亡骸を見つけた親御さんなり近しい人は、どんな思いだったのだろうと祈るように両手を組む。
「彷徨い続ける事も……会えたら、もう眠って良いんだよって伝えられるかな」
 ――死、その命あるものに訪れる終わりについて、ルースも淡々と思考を巡らせていた。死んだ者は治す余地がない――つまり治せない事態にはならないから、死体も幽霊も怖くはないけれど。
「最期の景色が美しければ、美しい死として在れるのだろうか。本人の気付かぬ死は、知らせる事で終わってしまうのか。……知ってしまった死は、やはり腐るのか」
 そのルースの呟きは、同じく呪術医を生業とする恋苗にも感じ入るものがあったらしい。ふぅん、とちいさく頷いた彼女はややあってから、遠いまなざしで頭上を仰いだ。
「きっと綺麗なものに魅せられて、近づきすぎてしまったのね、彼女。今も水槽の中から、訪問者を見ているのかしら」
 俺も――と、其処で控えめに声を発したのはあかり。此処にはきっと幽霊はいると思うと告げた彼は、哀しい話だけど綺麗だと続けて、青の瞳に優しい光を灯す。
「い、居たら素敵だなっていうのは、ちょっと不謹慎かもしれないけれど。でも、いたら」
 ――彼女の見た景色がどんなだったかって、どんなに綺麗だったかって聞いてみたい。線香花火のように言の葉は弾けて、そして彼らの声に誘われたようにぱしゃんと、辺りに水音が響き渡った。
「……ぁ……」
 広間にゆっくりと、透き通る少女の姿をしたドリームイーターが現れる。まるで水の中に居るように、豊かな髪は波打って――白いワンピースがふわりと舞うと、其処からはほっそりとした、青白い手足が覗いていた。
「ねえ、わたしはだぁれ?」
 モザイクに覆われた目元、その下から覗く可憐な唇を動かしてドリームイーターは問う。雪風、と咄嗟に自分の名を答えたヴァルキュリアの少女は、えへんと胸を張って幽霊少女と向き合った。
「特に深く考えたことないけど、ボクはボクだよ。他の誰でもない雪風という女の子なのだ!」
「あら……でも、もしかして」
 雪風が答えたのにもかかわらず、問いかけを繰り返す相手を見て恋苗が思い至る。此方が何者かと問うのではなくて、ドリームイーターの正体が何かと尋ねているのではないか、と。
(「此方が何者か聞いてきたのなら、ただのウィッチドクターよ……と返したかったところだけれど」)
 貴女のような、悪いものを取り除くのがお仕事なのだと恋苗は告げるつもりであったが、一方でルースは問いには問いで返すことにしたようだ。
「何者だったら満足だ?」
 ――けれどその問いに、ドリームイーターが何かを答えることはしない。壊れた機械のように同じ問いを繰り返す彼女へ、その時思い切って声をかけたのは氷翠だった。
「オフィーリアさん?」
 ああ、その答えこそ彼女が望むものだったのだろう。穏やかな笑みを浮かべて少女は殺意を収めたが、被害を出さない為にも此処で眠らせなくてはならない。
「君は、人の好奇心から生まれた幻……。幻は幻のまま美しく消えてくれる?」
 とん、とカナメの靴が廃墟を蹴って――夢の残滓が満ちる廃墟での戦いが幕を開けた。

●終わりの先にあるもの
(「相手は状態異常付与に長けている、ならば――」)
 此方は耐性をつけて迎え撃とうと、ルースは回復の要である氷翠を、真に自由な者の輝きで包み込んで加護を与えていく。その間にもドリームイーターは、古の歌を口ずさんで心を揺さぶってくるものの――歌声を止ませようと言うように、レイの放った神速の弾丸が亡霊の喉を貫いた。
「詩的で美しい死に様だな。だが私は、死を賛美する気はない。死んだらすべて終わりだろう?」
 ――美しいものを傷つけるのはと、躊躇いがあったのは一瞬。修羅の如く口調を一変させた瑠架が刀を抜くと、其処へ霊魂が集って刃を黒く染めていく。これは己が斬り殺してきた者達の怨念だと、彼は微笑を浮かべながら十字の軌跡を描いて刃を振り下ろした。
(「己へ向けられた恨みつらみすら力として利用する。それが己の霊剣術」)
 黄泉へと誘う一太刀に、ドリームイーターの肉体は戒められ――続くようにしてカナメも、敵の動きを抑制しようと流星の煌めきを宿した蹴りを叩きこむ。
「少し大人しくしててくれる?」
 だが、その一撃は寸でのところで躱されてしまい――戦況に応じて戦うとだけ決めていたカナメは、具体的な指針が無く漠然としていた戦法を、見直さねばならない状況に立たされた。
「ボクは深く考えるのは苦手なんだ。ノリと勢いに任せていつも生きてるからね」
 一方で雪風は派手に戦っていこうとばかりに、思い付きで次々に拳と脚を叩きつけて、舞うように敵へと向かっていく。なんだかんだで、どうにかなる――その意思を体現したように、思うがままに放たれる攻撃を読むのは非常に困難だった。
「夜で暗くても楽しく戦っていこう。地味な戦い方はボクの流儀じゃないからね」
 すらりとした雪風の脚が容赦のない蹴りを見舞った直後、恋苗は特殊な薬液を染み込ませた紫荊を操り、少女の亡霊を戒めようと指先を翻す。
「悪いものを感染させてしまう前に、貴女も綺麗にしてあげましょう」
 食い込む棘からは、更なる麻酔液が分泌されて――少女が身を捩らせる間にも、ルースは黄金の果実が放つ聖なる光で、仲間たちを進化させ耐性を付けさせていった。
 ――命以外の救いがあるのなら、自分はその為に出来る事をするだけだ。ならば。
「死者への敬意は医者としての務めだ。後始末はしてやろう」
 それでもドリームイーターは、好奇心が形作った幽霊そのままに、芥子の花を舞わせて此方を水底に引きずり込もうと襲い掛かる。仲間を狙うその花弁を庇ったあかりは、突如として己に襲い掛かるまぼろしに、びくりと身を竦めた。
「……っ」
 ――それは必死に耐え続けた、両親からの虐待。ごめんなさいと叫びそうになる心を叱咤して、彼は己を奮い立たせようと――悪意の刃を振るうまぼろしを吹き飛ばそうと、裂帛の叫びを響かせる。
「どんなに蔑まれようとも、辛くても醜くても。――生きてきて良かった、と、今は」
 そして種族を問わず全ての命へ、生きて欲しいと願う氷翠の唄が、癒しの光が舞うのに呼応して優しく響き渡っていった。
(「噂が本当でもそうでなくても、全てへ……心に傷を持つ方が居るなら、いつか癒えます様に」)
 唄に合わせて光は瞬き、それはまるで蒼い月の涙の様に廃墟を照らす。そんな中、ドリームイーターが舞わせる芥子の赤の対比が鮮やかでいて綺麗で、水滴と踊る姿に瞳を奪われそうになったあかりは、咄嗟に瞬きを繰り返した。
(「彼女のみたおわりの世界は、こんなふうだったのだろうか」)
「悪夢の時間は、もう終わりだよ」
 何故だか零れ落ちそうになった涙を拭うその先で、虚の大鎌を振るうカナメが生命力を奪い去り――レイがライドキャリバーのファントムの突撃に合わせて、光の槍を零距離で撃ち出す。
「女性に手をあげるのは、気が引けるが……!」
 ――あなたは哀れなオフィーリア。もがき苦しむ亡霊に投げかけられるのは、まるで予言のような瑠架の声。己の不幸もわからず冷たい水に抱かれ、じきにその歌も紡げなくなるだろうと、囁く彼の刃は黄泉葬送の舞と共に振り下ろされた。
「……芥子の花は死の象徴。手向けの花にして差し上げますよ」
 死者を模した存在も、等しく黄泉へと送られていく。夢が覚めるように異形は消え去り、そして夢を奪われた犠牲者の少女も、ゆっくりと目覚めの時を迎えていった。

 ――目を覚ますまで雪風は、少女の近くに居ようと思った。そうして起きたら、彼女にいい夢が見れたのかと聞いてみるのだ。
「怖い夢でも楽しい夢でも、楽しめたならボクも嬉しい気分になるよ」
 仲間たちもそれぞれに、少女にひと声かけてあげようと見守っている様子。そんな中ルースは、興味は知識の根源だからと、この気持ちを失くさないよう励ますつもりのようだ。
(「俺は――……」)
 ゆっくりと少女の瞳が開く中、オフィーリアの最期を思い出したあかりの眼前に、芥子の花のまぼろしが舞う。
 綺麗なおわりはとても素敵だけれど――自分は醜くても、生きていきたいと思った。

作者:柚烏 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年7月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 5
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