●夢の終わり
「脱サラして一年半……。持った方、だったのかな……」
深く息を吐くと、マスターであるサカザキは自らの愛を込めた店内を見渡した。
1900年代初頭のような時計や計算機、ガス灯のように見えるライトや回転する木製のシーリングファンが、どこか異世界に迷い込んだかのような雰囲気を作り出している。
壁から飛び出した配管はマスターへの注文を伝える伝声管。時折水蒸気を吹き出す加湿器。圧力計と配管で作れれたコーヒーメイカー。サカザキ自らが屑鉄のボンベやパイプを溶接して作ったスモークマシン。
どれも、これも、拘りの品だった。
この店の名前は『Classic Gear』。テーマはスチームパンク。
懐かしくも新しい空気の中で、珈琲やお酒と共にスモークマシンで作られた名物の燻製料理を味わえるカフェ兼バーだった。
……――つい、先日までは。
「始めたばかりの頃は良かったな……」
物珍しさから客は多く集まり、一風変わった店を紹介したいと雑誌の取材が来たこともある。
評判も決して悪くなかった。お客さんも楽しかったと言ってくれていた。
「だけど、2回目来てくれる人はあまりいなかったんだよな」
1回行ったら満足してしまうタイプの店、というやつだったのだろう。
リピーターがなかなか付かず、気がつけば店の経営は悪化。
十年の貯金で始めた夢は、一年半で潰えてしまった。
この店も、来週には明け渡さなくてはいけない。
「――私は、何をしていたんだろうな」
サカザキの胸に『後悔』が募る。
……すとん。
突然の事だった。
そこにはいつのまにか魔女が居て、サカザキの心臓に大きな鍵を突き刺していた。
声を上げることすら出来ず、サカザキはその場に倒れ伏す。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『後悔』を奪わせてもらいましょう」
薄く微笑みながら、魔女は鍵を引き抜く。そこには一滴の血もついてはいなかった。
振り返らず去っていく魔女の後ろ。倒れたサカザキの隣で虚ろな影が集まっていく。
やがて作った人型は、店内を見渡すと怪しげに口元を歪ませた。
●紫煙の夜明け
「夢はとても美しいものですけど……。だからこそ、潰えた時の気持ちを思うと悲しくなってしまいますね」
夢を持って作った店が潰れてしまった『後悔』の思いをドリームイーターに奪われてしまう事件が起こった。
そう聞いて集まったケルベロスたちへ、和歌月・七歩(オラトリオのヘリオライダー・en0137)は説明を始めた。
「『後悔』を奪われてしまったのは、飲食店を経営していたサカザキさん35歳独身。この方の『後悔』を奪ったドリームイーターは既に去った後みたいですが、奪われた感情を元に現実化したドリームイーターは未だ店に残り、事件を起こそうとしています」
感情を奪われたサカザキは通常では目覚めることのない眠りについてしまっているが、残っているドリームイーターを倒すことができれば、そこから開放することが出来る。
後悔から生まれたドリームイーターを倒し、サカザキの目を覚ますことが、今回の目的となる。
「現実化したドリームイーターは、サカザキさんの思いを継いでいるようで、潰れたお店を営業しています」
営業方法や準備など、しっかり元と同じだけのサービスとなるように務め上げるようだ。
「変なところで真面目なんですねー」
七歩は予知道具の手帳を捲りながら言う。
ドリームイーターは1体のみ。その姿は少しミステリアスなスチームパンク衣装を身に纏った妙齢の女性だ。自分が美人店長だったなら経営も少しはマシだったのでは? ……と、いうサカザキの後悔が元になっているのかもしれない。
「このドリームイーターと普通に戦って倒すことも出来るんですが……。お客様として店に行き、サービスを心から楽しんだら、その時は満足して戦闘力を減少させるみたいです」
スチームカフェ『Classic Gear』は、お値段は普通の喫茶店やバーよりも割高だが、洒落た内装の店内に、店で作られた燻製食品、スチームパンク風の小物の発売など、少々趣味的ではあるものの一度興味本位で行って見る分には楽しめそうな店である。
「……でも、別に普通に戦って倒しちゃってもいいですよ? 皆さんなら十分立ち向かえるはずですし」
どうしても弱体化させなければ倒せない敵というわけでもない。
弱体化させるもよし、小細工無しでもよし。全てはケルベロスたちへ託されている。
そこまで説明し、七歩はぱたんと手帳を閉じると頬に手を当て溜息を付いた。
「眠ってる間、自分に変わって夢を叶えてくれる、なんて。そこだけ聞けば少しロマンチックですよね」
……けれど残念ながら、ドリームイーターがどうしようとも、サカザキの夢はもう終わってしまった。
目を覚まして現実と向き合わなければいけない。
「サカザキさんが新しい夢を見られるように、ドリームイーターを除いて、ちゃんと彼に決着をつけさせてあげてください」
夢の終わりを感じてか。いつもより少し寂しそうに、七歩はケルベロスたちへ呼びかけた。
「……さて。行きましょうか、ケルベロス。望みの未来は見つかりました?」
参加者 | |
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ロイ・リーィング(勁草之節・e00970) |
ローザマリア・クライツァール(双裁劒姫・e02948) |
霖道・悠(黒猫狂詩曲・e03089) |
霧島・絶奈(暗き獣・e04612) |
屋川・標(声を聴くもの・e05796) |
アルルカン・ハーレクイン(道化騎士・e07000) |
セレス・アキツキ(言霊の操り手・e22385) |
錆滑・躯繰(カリカチュア・e24265) |
●懐古前線
初めて見るような光景であるのに、どこか懐かしく感じられる。
薄暗い灯に木製の机、伝声管に煙の上がる燻製機。珈琲と燻製の香りが入り乱れて、独特の空気が薫っている。
蒸気幻想を再現した此の店の名は『Classic Gear』。今日も訪れた客を名物の美人店長が出迎える。
「凄ェ、」
扉を開くと異世界だった。見たことのない光景に霖道・悠(黒猫狂詩曲・e03089)は思わず声を漏らす。
悠は迷い込んだ旅人のように掲げられたメニューへと目を通した。
「店員サン、オススメの。燻製料理、食ってみてェかな、」
こういう時は分かるものに従うに限る。悠の注文に笑顔を返すと美人店長は調理に取り掛かった。
待つこと暫し。珈琲とともにガーリックトーストに燻製されたチーズ、ソーセージ、ポテトサラダ等をバジルで彩った『Classic Gear』お勧めのランチセットが届けられる。
歯車が咬み合いながら時計が刻む音が聞こえる。紫煙の香りを感じながら、悠はゆっくりと舌鼓を打った。
「……あ、ここに言えばいいのかな?」
伝声管を開いて注文するのは華宮・日照(繚乱煉華・e05718)にとって初めての経験だった。
注文を終えると日照はわくわくとした顔で店内を見る。
入り組んだ配管、煙る蒸気に、レトロチックな計器たち。燻る空気に浪漫が刺激される。
「……はっ、完全トリップしてました。スミマセン」
「いえ。此方の浪漫に付きあわせてしまったかと思いましたが……思いの外楽しんで頂けたようで何よりです」
夢中になる日照を見てアルルカン・ハーレクイン(道化騎士・e07000)は涼しげに微笑む。
誘った甲斐があるというものだ。――例え、それが誰かの失われた夢だったとしても。
コトリ。注文した珈琲が二つ、深く焙煎された苦味の薫りと共に届く。
アルルカンは罪悪感を誤魔化すように珈琲を受け渡した美人店長に目を向ける。
十九世紀ヴィクトリア朝風の黒いドレスを基調に、皮の装飾やコンパス、ゴーグルにベルト等で彩られた独特の衣装が瞳に映った。
「……日照殿はああいった格好に興味はおありでしょうか?」
ふと、アルルカンの口をついて出る言葉。
「あっ、ああいう服がお好みなので!」
食いつく日照に少し悪戯心が浮かぶアルルカン。
「ええ。着た姿を見られるなら有り難いことでしょう」
じゃあ今度……! と声を高くする日照に、アルルカンはですが……と続ける。
「こうして、楽しそうな日照殿を眺めるのも、私は好きですよ」
淹れたてのように熱い文句。突然のことに顔を赤くして固まる日照を楽しげに眺めアルルカンは珈琲を傾けた。
『Classic Gear』ではスチームパンク風の小物の販売も行われている。
アクセサリやキーホルダーなどの小さなものからベルトやラジオ、キーケースのような実用品まで様々だ。
セレス・アキツキ(言霊の操り手・e22385)はその中から翼のモチーフがついた懐中時計を手に取った。
「ね、あなたにこれ似合いそうじゃない?」
綺麗だしカッコいいし。そう言って振り返る先には大切な妹であるキアラ・カルツァ(狭藍の逆月・e21143)が立っていた。
可愛らしく美しく、それでいて強く格好がいい。セレスにとってキアラとはそんな妹だった。
「わ、ステキな懐中時計」
本当に似合ってるかな? だったら嬉しいな。キアラはセレスに微笑みむと、自らも並べられた懐中時計へ目を通す。
「……じゃあ、こっちの時計はお姉ちゃんに似ていて、ぴったりだね」
キアラが手に取るのは花のモチーフが刻まれた懐中時計。綺麗で繊細、そして何よりしっかりと時を刻む。
儚くも芯の通り誰よりも美しい。キアラにとってセレスとはそんな姉だった。
妹の真っ直ぐな想いにセレスは少し頬を赤らめる。
「似合うかしら…? そうだと嬉しいけど」
それぞれの選んだ懐中時計を手に、姉妹は微笑みあった。
「歯車とか……機械とか……魅力的……だよね……!」
かねてよりスチームパンクへ興味のあった天月・巽(蒼い鳥・e18972)は浪漫溢れるカフェの存在に浮かれる気持ちを抑えきれない。食事も楽しんだが、それ以上に店の内装や小物といった雰囲気そのもが気にかかる。
「望遠鏡、とか……天球儀、は……売ってるの、かな……?」
店の一角に置かれたレトロスタイルな望遠鏡等の前で自らのサーヴァント、翠とともに異世界を満喫した。
「わああ、こんな素敵なお店があったなんて……! もっと早く知りたかった……」
目を輝かせ入店したのはスチームパンクに魅せられたレプリカント、アイラノレ・ビスッチカ(飛行船乗りの蒸気医師・e00770)。美人店長に紅茶と軽食、そして名物の燻製を注文し、店内を見渡す。
それは常々身近にある飛行船に勝るとも劣らない、一人の人間が作り上げた小世界。
「とても素敵です!」
店長を自分の所に置くことは出来ないだろうかと、密やかに想像するアイラノレだった。
●理想機関
紅茶を啜りながらロイ・リーィング(勁草之節・e00970)は店の内装をじっくりと見回す。
位相のずれた世界に迷い込んだような雰囲気に創作意欲が刺激される。ロイは趣味の小物作りのアイディアが浮かんだような気がした。
「すてき、すてき、見てるだけでしあわせ、ね!」
お茶をカップに注ぎ足しながらルゥ・ノクト(錦上添花・e03886)は無邪気に微笑む。
ロイとルゥ。仮の家族であり、またスチームパンクが好きな仲間同士でもあった。
「ね、ルゥ、何か買う?」
ロイは提案する。折角の機会だから、沢山の小物を幾つか買ってみたい。それはルゥも同じだった。
一通りお茶を楽しんだ後、二人は蒸気世界へ観光にでかけた。
「これなんて、どうかな」
仲間へとロイが選んだのは歯車の髪飾り。きっとルゥに似合うだろう。
愛する歯車を手にとって、ルゥは喜びを言葉で表す。
「ロイさん、よんでくれて、ありがと、ありがと」
嬉しそうなルゥの声。ルゥを誘ってよかった。ロイはまったりと思った。
「スチームパンクってそもそも何?」
注文した料理を届けに来た美人店長へローザマリア・クライツァール(双裁劒姫・e02948)は素朴な疑問を放つ。
その疑問はとても重要なものであるが、ここで語り切るには紙面が足りない。SFの一ジャンルであるサイバーパンクを捩って派生した分野で、内燃機関や電気技術の代わりに蒸気機関が主流となっている世界観のことと言えば、少々大味だが説明にはなっているだろう。
文章よりも丁寧にローザマリアは美人店長から説明を受ける。疑問が全て晴れたわけではないが、独特の世界観と魅力は目に映るそのままにローザマリアには感じられた。
笑顔とともに片目を閉じると、ローザマリアは店長に礼を言う。
「とても善いサービスだったわ。御世辞抜きで」
また利用できないのが残念でならないけど。後ろの言葉は気持ち小さく。
軽く頭を下げて去っていく美人店長。そんな姿もどこか絵になっている。
今度は自分も着飾ってみるのもいいかもしれない。美人店長の後ろ姿を見ながらローザマリアは考えた。
「あらあら、素敵なお店じゃない!」
独特の空気に誘われてセレスティン・ウィンディア(墓場のヘカテ・e00184)は扉を開く。
カウンターに座り、カフェオレを頼むと一度は誰もがそうするように店内を見渡した。
「へぇ、スチームパンクかぁ。ちょっとそういう感じも憧れるのよね」
良ければ、と美人店長によって語られる蒸気世界の物語を聞きながら、セレスティンはひとときを過ごした。
燻製料理とそれによく合うお酒を共に。風変わりながらどこか落ち着いた店の中で、霧島・絶奈(暗き獣・e04612)はしばし食事を楽しんだ。
「美人店長さんのその衣装、とても素敵ですね」
美人店長の神秘的な雰囲気と蒸気様相が奇妙に合っている。ファッションとしてのスチームパンクも独特の美しさがあるものだ。
興味を持ったのか食事を終えた絶奈は、ふむと自らのテレビウムを取り出す。
「この子にスチームパンク風の格好をさせてもいいかもしれませんね。似合いそうな小物を見繕って頂けませんか?」
不思議そうな顔で飾られていくテレビウム。近未来からレトロフューチャーへ。絶奈の望み通りイメージチェンジを果たしたのだった。
常よりスチームパンクを纏い、経営する店にも装飾を施す屋川・標(声を聴くもの・e05796)にとって『Classic Gear』は正に同好の輩であると言えた。
店に入るなり、胸を弾ませながら周囲を見渡すと軽く興奮した様子でシルヴィア・アルバ(真冬の太陽・e03875)へと語りかける。
「これはたぶん階差機関だよ。こっちは機械式の時計にヴィクトリア調の家具だね。本格的だな……」
「あはは! 標、楽しそうだな」
シルヴィアにはスチームパンクのことはあまり分からない。けれど格好いいデザインであると感じていた。
美人店長の服装を機会があれば着てみようかな、と思うぐらいには。
「あ、あの時計、ちょっといいよな。歯車の感じとか」
「分かる? そうなんだよ、シルヴィ。実際に回ってるのがリアリティあってね……」
席につき名物の燻製にイギリス料理、食後の珈琲を頼みながらも標は生き生きと楽しそうだ。
微笑ましそうにシルヴィアは標の様子に付き合った。
「おぉ、スチームパンク風、かァ。時代錯誤なヴィクトリア朝のようなレトロフューチャー。浪漫派と呼ばれたこの私の好むところじゃ無いか」
尊大かつ芝居がかった口調で『Classic Gear』を訪れたのは錆滑・躯繰(カリカチュア・e24265)その人だ。
るんるんと口にしながら独自の理論に従って産業革命の珈琲を頼むと本を開く。初めて訪れた一風変わった店であっても変わらない躯繰の態度は、それでいてどこか雰囲気と調和する。
「夢は見るもの、未来は作り上げるもの」
……さて、この店はどうかな? 呟くような躯繰の言葉は誰に届くこともなく泡となった。
●歯車幻想
『Classic Gear』にこれほどの客が入ったのは何時以来だっただろう。
美人店長は番犬たちから代金を受け取ると目を閉じた。
その顔色は読みにくかったけれども、どこか満ち足りているように見えた。
「そろそろ始めましょうか」
本当にこの店を愛した店長は未だ眠り続けている。ローザマリアは一対の二刀を構える。
次々と臨戦態勢に入り取り囲むケルベロスたちを見ても、美人店長はまるで初めから分かっていたように蒸気式の銃と刀を取り出す。しっとりと濡れた唇はどこか神秘的だった。
「後悔から人は成長するもの。……夢喰いなどには分かりませんかねぇ」
後悔を無くせば前に進む機会すら与えられない。目を細めナイフを煌めかせるアルルカン。
先程までとは裏腹な、残忍な一面が顔を覗かせていた。
そして戦いの幕が開ける。
ロイの杖は本来の姿を取り戻し敵を噛み裂き、悠の祈りの雨が傷を癒やす。
絶奈の生命賛歌は原点たる槍を呼び出し、標は蒸気斧の声を聞き同種の武器と打合せる。
躯繰の作る竜の幻想が敵を焚きつけ、セレスの放つ電流が生命力を解放する。
美人店長は差分機関にて強化された銃と刀を自在に用いて、番犬たちに応えるように駆けた。
歯車は回る。蒸気が煙る。古式未来が実現したような光景があった。
幻想の中心で攻撃を浴びる彼女に、しかし本来の力はない。
「――劒の媛たる天上の御遣いが奉じ献る」
生じた隙にローザマリアが劒を振るう。重力から開放された不可視の斬撃は真空波を持って美人店長を刻みつける。何撃も何撃も、可能な限り刻み込まれていく。正に花吹雪。
「北辺の真武、東方の蒼帝、其は極光と豪風を統べ、万物斬り裂く刃とならん――月下に舞散れ花吹雪よ!」
全ての剣閃が振り切られ、美人店長は沈み込んだ。必要以上の足掻きも恨み言もなく。
ただ、役目は果たされたとでも言わんばかりに、あっけなく。
そうして、砕けて消えていった。
●終幕世界
嵐の去った『Classic Gear』へ、ケルベロスたちはヒールを施した。
逆回しのように戻っていく店内。全ての傷を癒やし終えた頃、店の奥からふらふらと歩き出してくる男が一人。
本来のこのカフェの店長、サカザキだ。番犬たちに事情を聞いたサカザキは、ゆっくりと頭を下げて礼を言った。だが、その言葉に力はない。
長年夢見てきた店を閉めることになった矢先の事件。やはり心労深いものがあるのだろう。
サカザキの顔は疲れているように見えた。
「僕はいいお店だと思うよ。また来たいって思う」
標は感じた気持ちをそのままに、サカザキへ伝える。
それは確かに偽らざる思いなのだろう。だからこそ、また、という言葉はサカザキの胸を痛める。
この店にもう、次はない――。
「ンなこと、ねェ、って」
暗い顔をするサカザキの後悔を悠は絶ちきる。
思い続けていれば叶うほど夢は簡単なものではない。けれど、見続けられない夢は無駄なのだろうか?
「此の店での経験全部、無駄じゃねェから」
きっと、そんなことはない。重ねられた経験は、きっと次の夢へと繋がっていくから。
「あなたは一度、興味を持ってもらえるものを作ることが出来た。もっと自信を持っていいと思います」
スチームパンクに変わったテレビウムを掲げて絶奈はサカザキを見る。
『Classic Gear』は確かに終わってしまった。けれど、終わりは次の始まりだ。
「サカザキさんはこんなにも素晴らしい夢を作れるのですから」
絶奈の言葉を肯定するように、テレビウムはスチームパンク風になった杖を振った。
顔を上げたサカザキの瞳に番犬たちが映る。
標に悠、絶奈が頷きを返す。
「大好きなスチームパンクに囲まれて、楽しかったよ」
大切な家族との記憶を思い返してロイは穏やかな表情で微笑んだ。
「ええ、私もスチームパンクに興味が出てきたもの」
良ければ一式紹介してくれるかと、ローザマリアはサカザキに頼む。
「この店で、本当に素敵な時間を過ごすことが出来たから」
互いに選びあった贈り物を思って、セレスはぎゅっと握りしめる。
「あるべきものがあるがままに。自然と調和した夢を見させていただきました」
アルルカンは微笑んでサカザキの作り上げた世界を称える。
「――さて、それで貴方はどうする?」
躯繰は手を広げて店を眺める。蒸気幻想で染められた夢は終わろうとしている。
けれど、サカザキの人生はまだ終わるわけではない。見透かしたような瞳で躯繰は覗く。
「一夜の幻想として終わらせるか、それとも現実に置換するのか。前者は易く、後者は難い……」
決めるのは貴方次第さ。そう括られた言葉を受けて、サカザキは強く手を握る。
彼の出した答えは――。
スチームカフェ『Classic Gear』は閉店した。
いつか誰かが想像したようなレトロフューチャー、蒸気で彩られた夢は、もう見えない。
それでも、残るものもある。想いを忘れないかぎり。きっと新しい夢へ向かうために。
――懐中時計の歯車が回り、カチリと前に進んだ。
作者:玖珂マフィン |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年8月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 3
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