離れの千代姫

作者:彩取

●離れの千代姫
 町外れの竹林にある、無人の屋敷。
 通称、幽境屋敷と呼ばれる場所に、月子は興味を抱いていた。
 その興味を抑え切れなくなり、遂に今宵、夜の屋敷に向かった月子。
 彼女は門の前でスマホを取り出し、学校の部室で見つけた一枚の紙を写した写真――そこに記されていた手書きの文章を、小声で読み上げた。
「――幽境屋敷の、離れの千代姫について」
 千代姫は、この屋敷の家主であった男の末娘。
 この娘は身体が弱く、ずっと屋敷の離れで寝込んでいた。
 遊び相手と言えば、侍女が持ってきてくれる綺麗な千代紙だけ。
 そんな娘が哀れにも息を引き取ったのは、齢十になってすぐの夏だった。
「今宵のように、竹林を吹く風さえない、とても静かな夜だったという……。う、うん。確かに今日は、風もないし。これ書いた人はそんな日に、千代姫を見たって書いてあるし」
 友人達は屋敷を題材にした、誰かの創作小説だろうと笑っていたが、
「そんなの、確かめてみないと、分からないじゃない……」
 自分に言い聞かせるように呟き、月子が屋敷の中へ入っていく。

 しかし、彼女は離れに辿り着けなかった。意を決したように門をくぐり、屋敷の中に入った月子。その時、彼女の後ろから誰かがこう囁いた。
「私のモザイクは晴れないけれど……」
 それは、第五の魔女・アウゲイアスの声。
「あなたの『興味』にとても興味があります」
 魔女は月子の心臓を鍵で突き、奪われた彼女の興味から、一人の少女が現れた。
 青白い肌、黒い瞳と髪を持つ人形のような少女。深い紺色の布地に、桃と白の蓮の花が咲く着物を纏ったドリームイーターは、小さな笑い声を零し、視線を上へと向けた。
 少女の周りに浮かんでいるのは、美しい千代紙で折られた無数の鶴。
 その姿は、月子が信じていた噂話――離れの千代姫のようだった。

●奪われた興味
 不思議な物事に強い『興味』をもって、調査を行おうとしている人。
 そんな人の興味が奪われ、ドリームイーターになる事件が発生している。興味を奪ったドリームイーター自体は、既に現場から姿を消しているが、
「興味を奪われた者を目覚めさせるためにも、ご協力下さい」
 ジルダ・ゼニス(レプリカントのヘリオライダー・en0029)はそう言い、一礼した。
 今回の被害者は、相川・月子という女子高生。
 彼女の興味から生まれたのは、離れの千代姫という噂が現実化した少女である。
 この少女は、自分が何者であるかを人に問う。もし、正しく答えられなければその者を殺そうとするが、正しく千代姫と答えれば見逃してくれるらしい。とはいえ、
「皆さんの目的は、この少女を倒す事です」
 討ち漏らす事なく、しっかりと倒して欲しい。
 そして、このドリームイーターは自分の事を信じていたり、自分の噂話をしている人に引き寄せられる性質があるので、上手く誘い出せば有利に戦う事が出来るだろう。
「広い日本の屋敷で、離れの前にある庭も広いそうです」
 そこで千代姫の噂話をすれば、彼女は現れる事だろう。

 すると、ジルダは噂話をするにあたって、ある物の持参を提案した。
「必須ではありませんが、千代紙で折った鶴を持ち寄るのは如何でしょうか?」
 一羽だけで良い。というのも、月子も千代紙の鶴を持参していたのだ。折り鶴を持っていると、千代姫がそれに惹かれて現れる――月子はその話の通りにしたのである。
「勿論、折り鶴が無くてもドリームイーターは現れるでしょう。ですが」
 折角なので、怪談話に合わせて、鶴をお供にするのも良いだろう。
「鶴は長寿の象徴と申します。ですので――」
 少女が惹かれるという噂が生まれたのも、少しだけ頷けるのだ。


参加者
アリス・ヒエラクス(未だ小さな羽ばたき・e00143)
キーリア・スコティニャ(老害童子・e04853)
矢野・浮舟(キミのための王子様・e11005)
伊佐・心遙(ポケットに入れた飛行機雲・e11765)
東・天紅(くすんだ人形・e18896)
千代田・梅子(一輪・e20201)
グレイシア・ヴァーミリオン(夜闇の音色・e24932)

■リプレイ

●夏の怪談
 庭に面し、離れが見える屋敷の母屋。
 その縁側や庭石に腰掛けると、一同は離れを見た。
「……なんかすごく……出そうな雰囲気、だね?」
 何が――とは敢えて聞かずに、伊佐・心遙(ポケットに入れた飛行機雲・e11765)の手元を見つめる一同。やがて心遙によって三本の蝋燭に火が灯されると、グレイシア・ヴァーミリオン(夜闇の音色・e24932)は変わらぬ調子で呟いた。
「蝋燭の火かぁ。それっぽくする演出とかいいよねぇ」
 怪談は信じていないが、その手の話は嫌いではない。
 仕掛けがあるなら解き明かしたいと思うし、本物であればそれはそれで楽しいもの。そう語り、縁側で足をぷらんと動かすグレイシア。と、その時である。
「――風、は吹いてないよねぇ?」
 何かが、ささめくような音が聞こえた。
 だが辺りを見回しても、猫の仔一匹見当たらない。
「少し、涼しくなるといいがね。――何、大丈夫さ」
 音がする所には、見えない怪異がいるかもしれない。
 そう言いかけた言葉を飲み込み、アンゼリカ・アーベントロート(黄金騎使・e09974)は自分の方に身を寄せる東・天紅(くすんだ人形・e18896)をそっとマントで包み込み、やがてキーリア・スコティニャ(老害童子・e04853)と千代田・梅子(一輪・e20201)の傍で背を丸くしていた心遙が、離れを気にしながら呟いた。
「ちよひめさんって、このお屋敷にいるんだよね?」
「折り鶴を持ってると出てくるんだよねぇ? オレも折ってきたよぉ」
「わしもほれ、この通り持参しておるぞ。鶴は千年――じゃったかの。ふふ、まだまだ長生きしたいものじゃな。怪談の千代姫が叶わんかった分ものう」
 対し、金色の折り鶴を取り出すグレイシアと、傍にいるミミックの千罠箱を見た後、鶴を掌に乗せて笑むキーリア。すると頃合いを見計らっていたのか、矢野・浮舟(キミのための王子様・e11005)が自然に、話の流れを引き継いだ。
「では、怪談をひとつ。ある屋敷に現れる幼い少女の幽霊をしよう」
 ある夜の事。少女を哀れに思った者達が、屋敷を訪れたという。
 彼らの土産物は、美しい千代紙で折られた鶴。
 その戯れは、少女にとって楽しいひとときとなり、
「少女は成仏し、その晩を境に現れなくなったという……なんてね」
 そう語る浮舟の言葉に、天紅はアンゼリカと折った鶴を手に乗せ、噂話に続いた。今の自分と千代姫の歳――それを思って生まれる感傷を、務めて冷静な言葉でくるみながら。
「千代姫の着物には、蓮の花の模様が、縫われているらしい、わ」
 蓮とは、夏の僅かな間にしか咲かない花である。
 齢十になったばかりの少女が迎えた、最後の夏。
 その季節に合わせて用意されたであろう、蓮の衣。
「――千代姫はどんな思いで、その着物を、着ていたのかしら」
 言葉が終わると、ふいにぬるい風が吹いて、蝋燭の火が攫われかけた。僅か一瞬、暗闇に包まれた屋敷の縁側。やがて風が止んで火が戻ると、小さな唸り声が零された。
「千代、千代、むむぅ。気になるのう、気になるのう!」
「どうしたのじゃ。気になるとは、さて、何の事かの?」
「なんだか他人事とは思えんのじゃよ」
 すると、キーリアは合点がいったように目を細めた。
 梅子の姓は、千代田だった筈であると。思えば、二人が任務を共にするのは三度目だ。見た目こそ年端もいかぬ両者であるが、中身は還暦を過ぎているという点においてもキーリアは親近感を抱いており、梅子の方もちょっと仲良しになったと思っている。
「一度会ってみたいものじゃのう、その千代姫に」
 その時、梅子はある事に気が付いた。
 離れの方に光が――沢山の折り鶴が浮かんでいる。
 その光に包まれるように佇んでいるのは、着物を着た不思議な少女。すると、アリス・ヒエラクス(未だ小さな羽ばたき・e00143)はすっと立ち上がり、少女の方に近づいた。

「わたしのこと、ごぞんじでしょうか?」
 その言葉に、アリスは思う。
 鶴は長寿の象徴、折り鶴は今も病気平癒の守りとされている。
 ならば少女が鶴に惹かれるという噂話は、短命の少女が生への望みを込めていたからか。あるいは、少女の為に誰かが願った形であるのか。
 何れにせよ、その願いは叶わなかった。けれど、
(「でも、良くあると言えば、ある話だわ」)
 早世が珍しくない時代もあったし、後世に誰かが脚色しただけかもしれない。それでも、確かに自分の目の前に、今宵の標的は現れた。故に、アリスはこう答えた。
「さて……どちら様だったか。生憎、死人に知人は居ないの……未だね」
 少女の、離れの千代姫の気を惹く為に。

●鶴との戯れ
 アリスの答えに、口をへの字に噤んだ千代姫。
 しかし少女が鶴を操るよりも先に、心遙が掌を前に翳した。
 つい先刻までは好奇心と同じ位溢れた怖さによって、身体を縮こませていた心遙。しかし、蝋燭の火を吹き消し隊列につく動作は俊敏であり、
「さいしょは、いちばん当たりやすいのから!」
 瞬間、掌からドラゴンの幻影が放たれ、千代姫に襲いかかった。
 すると、千代姫は少しだけ楽しそうな笑みを浮かべて、反撃に出た。無数の折り鶴が一方向に視線を向けて、心遙目がけて飛来する。それをアリスが寸でのところで防ぐと、グレイシアは魂を喰らう降魔の一撃を繰り出した。
「その折り紙の攻撃って、ちょっとオシャレな感じだよね?」
 強烈な威力に対して、間延びした口調のグレイシア。
 彼の興味の矛先は、千代姫の手繰る鶴に向けられていた。
「今度マネしてみようかなぁ……自分で攻撃しにいかなくて良いしらくそうだよねぇ」
 光を纏い、空中を飛びかう無数の折り鶴。その中に飛び込むように跳躍したのは、流星の煌めきを足に宿したアンゼリカだ。白い翼で空を舞うように跳び、鋭い蹴りを放つアンゼリカ。直撃の反動でくるりと回転する間も、彼女の瞳は敵を見つめ続けている。
「『興味』を奪う者か。好奇心は猫を殺すとは言ったものだけど――」
「わしらは負けぬのじゃ! そして、ようやく会えたのう千代姫!」
 そこに続いたのは、大きな瞳を輝かせた梅子である。半透明の御業によって放たれたのは、敵を焼き尽くす魔法の炎弾。その衝撃に驚いた千代姫が咄嗟に目を瞑ると、
「遊びに来てやったのじゃよ千代姫。折り紙よりだいぶ激しいがの?」
 キーリアはそう告げ、彼の周りからあるものが立ち込めた。
 それは、七つの大罪の名を冠した七色の煙である。
「そうら、演出の空気じゃ。七つの大罪よ、煙へと姿を変え、力を与えよ」
 煙によって高まる、前列に並んだ仲間の技の精度。
 その恩恵を受けたアリスが囁くように詠唱すると、
「……風よ、この手に」
 無風であった戦場に、風がやって来た。
 何処からともなく吹き、癒しと共に守りの鎧となる風の聲。その風がおさまる傍ら、浮舟は治癒役の天紅の守りを固めるべく分身の幻影を届け、千代姫にはこんな言葉を送った。
「千代姫。本当のキミは、誰かを傷つけることを望んでないはずだ」
 眼前の娘は、月子という娘の興味から生まれた夢喰いだ。
 けれどもし、そこに魂というものがあるのなら、
「歪められてしまった魂の尊厳を、ボクが守ってあげる」
 自分が語った怪談は戯言でも、これより目指す結末にウソはない。故に浮舟は笑みを絶やさずに伝え、天紅は鶴のもたらした麻痺を祓うべく、凝縮したオーラを前方に放った。
 離れの庭に現れた、蓮の花の着物を纏った黒髪の少女。
 背丈は自分と同じくらい。すると、天紅はこう呟いた。
 如何に感傷に浸ろうとも、何かに触れて心が恐れを抱いても、
「……いつも傍にいてくれる、人がいるから」
 私達は、決して負けない。そう語る天紅の灰色の瞳には、頷きながら見つめ合うアンゼリカが――夜を照らすような天光色の瞳が映されていた。

●束の間
 初撃からも分かるように、ドリームイーターへの返答が、戦闘中に影響する事はないらしい。故にいつも通り油断せずに、ケルベロス達は互いに協力しながら戦いを続けた。
 ジャマーである敵の特性を踏まえて耐性付与は怠らず、それでも消し切れない呪縛があれば、各々が持つ治癒術で消し去る彼らの方針。
 特に、治癒の要である天紅は多彩な治癒術を使い分けた。
 その中の一つが、友の形見である犬笛を触媒にした術である。
「誰の、何も、奪わせない。失わせたくない、から。どうか私にも、温かな色を――」
 癒しの力にまで昇華された想いの色。
 闇を払い、雲を晴らす黎明の輝きに似た、穏やかな紅い光。
 それによって傷が癒されると、グレイシアは軽く踏み出し、千代姫の元へと迫った。注がれた紅い光は、まるでグレイシアの翼から零れているかのようにも見える。
 その光と共に、グレイシアは瞬く間に距離を詰め、
「――いくよ。ちょっと痺れるかもねぇ」
 鋭い蹴りを、懐に向けて繰り出した。
 思わず体勢を崩す千代姫。そこに、心遙の声が聞こえた。
「次はこれ、避けられる? いくよっ……!」
 お気に入りのリボルバー銃に手を添え、すっと短く深呼吸。
 瞬間、見据えた先へと翔けた弾丸、直径5mmの精密砲(ミーニングレス・バレット)が千代姫に直撃した。着弾の痛みさえ置き去りにしてしまう程、一瞬で到達した小さな弾丸。その痛みを敵が漸く感じた時、千代姫の鶴の一つが巨大化して、弧を描くように上へ飛んだ。
 鶴は盾役の介入より速く、天紅の隣にいるアンゼリカの立つ場所へ。
 瞬間、淡い光を伴い地面に落下する巨大鶴。
 しかし、巻き上がった土煙の中から、何かが強く輝いた。
「大丈夫だ。――私は負けない」
 姿より先に、皆の耳に聞こえる確かな言葉。
 やがて、両手に光状のグラビティを集めたアンゼリカによって、
「絆結ぶ人が傍にいる。負けるわけがないさ――!」
 約束の魔法は最高の光となるまで高められ、その輝きが夜を照らした。
 究極の光は戦場を貫き、火力を飛躍させながら千代姫へと襲いかかる。
 その光を前方で見つめていたキーリアは、凍結弾を精製するのを止めて、アンゼリカの受けた催眠を祓うべく、オーラを束ね始めた。
「おっと、今治すのじゃ。ときに梅子姫よ、大丈夫かの?」
「勿論じゃ。斯く言うおぬしもそうじゃろう? キーリア」
 冗談めかして姫と添えられた言葉に、にんまりと笑んで答える梅子。
 怪談の千代姫が叶わなかった願いを、長き歳月を重ねてきた二人。直後、キーリアは癒しのオーラを後方に放ち、一方千罠箱がエクトプラズムで作った武器で攻撃を繰り出した後、千代姫はこてんと首を傾げ、梅子を見てこう訊ねた。
「あなたもひめ? あなたも、おりがみのつるをもっている?」
 連撃の中、たどたどしい言葉を紡ぐ千代姫。
 対し、梅子は敵ではなく、ただの幼子に接するように言った。
「安全な場所に置いてあるのじゃ。あれはおぬしにとって、大事なものなのじゃろう?」
 無碍には扱えないから、縁側で留守番をさせている。そうして梅子が高速で回転し千代姫に突撃すると、吹き飛ばされた少女が転ばないように、幾つかの折り鶴が背を支えた。
 勿論、それによって千代姫の受けた力が軽減される訳ではない。
 それでも、鶴に支えられて浮かんだ自分の足先を見て、楽しそうに笑う千代姫。
 その姿を見たアリスは、静かにこう促した。
「存分に楽しんだなら、またあるべき処へ還りなさい」
 この戯れは、現世に居場所のない娘に対するせめてもの手向け。
 噂の真偽に関わらず、この話の元となった誰かがいるのなら、死者の眠りを妨げるべきではない。死は安寧であり、揺らがせてはならない静かな眠りだから。
「おやすみなさい、千代姫。或いは……千代姫になった、誰かさん」
 その信条を胸に、アリスはオーラの弾丸に別れの言葉を添え、
「こんな形でしか遊んであげられなくてゴメンね。せめて」
 花のように笑う少女のかんばせが傷付かないように。
 そう言葉を送り届けて、浮舟は力を解き放った。
「――せめて、痛みが長引かないように、終わらせよう」
 浮舟が構えた両手の白刃が、かざぐるまのように回り踊る。
 瞬間、煌めく剣舞が咲かせたのは大輪の花だった。血の赤ではなく、剣舞に巻き込まれた折り鶴達が舞い踊る、花火のように彩り豊かな大きな花。その中で、千代姫は浮舟を見て笑った。沢山遊んで貰ったのが嬉しいと告げる、子供らしい無邪気な笑顔で。
 それは少女が幻のように消え去るまで、確かに皆の瞳に映されていた。
 
●離れの千代姫
 戦いを終え、天紅は思いを馳せた。
 十より先まで生きていれば、千代姫は何を望んだだろうと。そんな天紅の横に並んだアンゼリカが語ったのは、平和になった世界の話だった。争いの日々が終わり、いつか互いに老いた後、振り返った日々が素晴らしかったと言えるように生きていきたい。
「君との絆は、永遠だと思っているから」
「人の命はいつか……けれど、私のすることは、変わらない」
 そして命尽きた先も、こうして互いの傍に在り続けたい。そう二人が語らう中、浮舟は元々穴だらけだった離れの襖を少し開けて、中に一羽の折り鶴を置いた。
「ボクは、キミを救えたかな?」
 聖者に縁あるという、カンナの花。
 その花が描かれた鶴を添えて襖を閉めると、浮舟は離れを後にした。
「壊れたとこのヒールも終わったねぇ。元々壊れてるとこが多かったけど」
「立つ鳥跡を濁さず、というやつじゃな。せめてもの務めじゃ」
 すると、一息ついたグレイシアとキーリアを見て、梅子はこう言った。
「さて、帰る前に月子を保護しに行くのじゃ。怪我をしてなければよいのう」
 孫を心配するような言葉と共に、諭す言葉を胸に抱いて母屋へと向かう梅子と、淡々と進んでいくアリス。火のないところに煙は立たぬし、好奇心は大いに結構。
「でも……そっとしておくべき物もある」
「それに、十分注意するのじゃと言わねばのう!」
 ただし、向こう見ずの深入りは要注意。そうして離れに背を向けて、歩き出す一同。その時、心遙も懐中電灯をつけて仲間達の背を追おうとしたのだが、
「――……? あれ、いま……」
 前を見ようとした瞬間、心遙はもう一度離れを見た。
 浮舟が、離れの襖を閉め忘れたのだろうか。
 襖が、少しだけ開いている――、
「き、きのせいだよねっ」
 ような気がしたが、心遙はすぐに背を向けて歩き始めた。
 きっと気のせい、きっと。そう自分に、言い聞かせながら。

作者:彩取 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年7月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 1
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