砕けた夢の欠片を集め

作者:古賀伊万里

「夢、叶えたと思ったんだけどなあ」
 店主であった男は、営業不振で潰れてしまった自分の店の前に佇み、後悔を滲ませた口調で言った。
 裏路地の小さな店舗内に並ぶのは、今から処分しなければならない、割れたガラスの破片たち。『硝子屋』と看板にはある。店主が集めてパッケージングし並べていたのは、うつくしいけれど何の役にも立たない割れたガラスの欠片ばかり。
「もうちょっと頑張れば、……」
 店主の言葉を遮るように、第十の魔女・ゲリュオンは突然現れた。手に持った鍵で男の心臓を一突きすれば、男は意識を失いばたりと倒れる。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『後悔』を奪わせてもらいましょう」
 言葉とともに新たなドリームイーターが、生まれた。
「いらっしゃいませ、どういった欠片をお求めですか?」
 背の高いおとなしそうな男の形をして、ドリームイーターは客引きをする。店内でガラスを売りつけ、心底から喜ばなければ相手を殺してしまう。
 流行らなかった店は、そうして惨殺の現場となり果てた。
 本来の店主は──店の倉庫に、隠されるように寝かされている。

「自分の店を持つというのは夢、ですよね。なのに店が潰れてしまった後悔を持つ人が、ドリームイーターに襲われ、その『後悔』を奪われてしまう事件が起こってしまったようです。『後悔』を奪った者は既に姿を消しましたが、それを元に現実化したドリームイーターが事件を起こそうとしています。食い止めるために、現実化したドリームイーターを撃破して下さい。倒すことが出来れば、『後悔』の持ち主も目を覚ましてくれるでしょう」
 セリカ・リュミエールは新たな事件についての説明を始めた。
「敵は一体のみ。攻撃は、敵を斬り裂きトラウマを具現化させる『思い出の欠片』、ガラスをモザイク状にして包み込み知識を吸収する『曇りガラスの欠片』、同じくして精神を悪夢で浸食する『万華鏡の欠片』。戦闘場所は潰れた店の中です」
 それから、と続ける。
「いきなり乗り込んで戦闘を仕掛けることも出来ますが、客として心から商品を楽しんであげると、ドリームイーターは満足して弱体化、つまりポジション効果が適用されなくなります。また、満足させから倒した場合、『被害者の後悔の気持ちが薄れ、前向きに頑張ろうという気持ちになれる』という効果もあるようです」
 後悔や自責は辛いもの。そう呟いてセリカは言い放つ。
「叶えた夢を失った人をこれ以上苦しめるのは許せません。どうか、行ってください!」


参加者
ベルカント・ロンド(医者の不養生・e02171)
尾守・夜野(止まぬ雨と嘘と目隠し・e02885)
試作機・庚(超重量級カナヅチ・e05126)
ユーカリプタス・グランディス(神宮寺家毒舌戦闘侍女・e06876)
千歳緑・豊(喜懼高揚・e09097)
虹・藍(蒼穹の刃・e14133)
ヴァレーリオ・グアレンテ(地獄騎士・e21158)
スノードロップ・シングージ(堕天使はパンクに歌う・e23453)

■リプレイ

●煌きはかつての姿を留めておらず
 事前に作戦は練ってある。店主に成りすましたドリームイーターを、弱体化させてから戦うという方針だ。
 つまり客として入るということである。ケルベロス八名は、ガラスの欠片専門店に、それと悟らせないように踏み込むことにした。
「店を潰してしまった後悔ねぇ……。俺には分かりかねるが、生きてる限りは何とかなるってもんよ」
 ヴァレーリオ・グアレンテ(地獄騎士・e21158)は独り言のように言う。
「叶えた夢を失い後悔したままでは寂しいです。店主の方にも立ち直っていただきたいですし、頑張りましょう」
 ベルカント・ロンド(医者の不養生・e02171)は上品な口調に決意を秘めた。
 まずはスノードロップが、からん、とドアを開く。
 いらっしゃいませ、と偽店主が出迎える。
「壊れたガラスの破片とか、何か好きデスネー。綺麗な破片でアートを作ったら綺麗なオブジェが出来るデスかね?」
 ま、ドリームイーターはキルキルdeath!! とスノードロップ・シングージ(堕天使はパンクに歌う・e23453)は内心で意気込む。その後ろにはお守りですと言わんばかりのユーカリプタス・グランディス(神宮寺家毒舌戦闘侍女・e06876)。
「にょわー、綺麗な破片が一杯置いてあるネー。綺麗なのが出来そうデスねー。ちょっと遊んでみたいネー」
「スノーお嬢様、これはガラクタに見えますが、お店の商品でございますから悪戯してはいけませんよ」
「ムスー、分かってマスヨ。お店の商品で遊んじゃダメくらいは。ま、こうやって眺めるだけでも結構楽しいデスし」
「分かればよろしい。とはいえ、ガラスの欠片とはまたコアなものを扱ったものでございますね。まあ、何を美しく感じ貴くおもうかはその人次第ということでございますか」
 ユーカリプタスはちらりと偽店主を見やる。珍しく商品に興味を示している客が現れた、と少々驚いている様子だった。
 試作機・庚(超重量級カナヅチ・e05126)とヴァレーリオが続いて店内に入り、ウインドウショッピングを始める。
「ガラスの欠片デスか……なかなか綺麗デスね……」
 庚は小さな声で呟き、発見した自分の瞳孔と同じ色の欠片で想像を膨らます。水槽に沈めたりアクセサリにしたら綺麗に映えるだろうなと。
 まぁ、そんなガラでもねえけど、ここはひとつ。と、ヴァレーリオは店の商品を目で楽しんでいく。
「こういう綺麗なもんも悪かねぇな」
 なあアリーチェ、お前さんも綺麗だと思うだろう? 店主も見る目があるってもんだ。彼の妻に心中で語り掛けながら、静かに店内を巡っていく。

●欠片に姿を与えよう
「ボクは小物とか作るの好きだったりするのですよぉ、その材料に元々の細工の名残とか、物の歴史が感じる欠片を探しているのですよぉ」
 尾守・夜野(止まぬ雨と嘘と目隠し・e02885)は夢喰いに向かって実に興味深そうに声をかける。
「この欠片すごい独特な形をしていて面白いのです! シーグラスっていうんだねぇ。海の中で磨かれてマルクなるのかぁ。一つとして同じ物がない……ロマンなのです」
 喋りながら、夜野は珍しいのであろう夕焼けの海色の欠片を気に入り購入した。持ってきたミニボトルに、ガラス砂とシーグラス、薬液を入れて首から下げる。
 偽店主は、ただにこにことしていた。
 周囲の楽しげな振る舞いを見聞きしながら、ベルカンドは細かな破片を見繕っていった。万華鏡を作るつもりなのだ。
「ビーズ等よりも透明感があって、光の加減が綺麗なんですよね。キラキラ、様々な質感や色合いがあって見ているだけでも楽しいですね」
「涼し気で透明感が素敵。夏は特にガラスアクセサリの旬だと思う!」
 虹・藍(蒼穹の刃・e14133)も楽し気に商品を選んでいく。
 どの程度店主を再現しているかは分からないが。
「中々美しいものだね。して、これを楽しむおすすめの方法はあるのかな?」
 千歳緑・豊(喜懼高揚・e09097)はドリームイーターに問うてみる。
「色映りはこっちかな。でも重ねた色の深みはこっちが素敵。どっちが良いと思います?」
 藍も言葉で追撃をする。
 ドリームイーターは、返答に窮した。
「好きで始めた店なんだ、どう楽しんで欲しいとか、そういう考えはあったと思うんだが。こういうのは一般的にクラフトとかに使えばいいのかな?」
 興味深そうな響きを持たせた豊の一言は──敵を追い詰め、そして。
 臨戦態勢に入ったドリームイーターは、しかし本来の強さを発揮出来ていない様子だった。
「神宮寺家筆頭戦闘侍女、ユーカリ。参ります」
 神宮司家の侍女として瀟洒な振る舞いを。そしてデウスエクスには死を。ユーカリぷタスはスカートのすそを摘み折り目正しく一礼する。戦闘の開始だ。
「さあ、盛り上げていきましょうか」
 ユーカリプタスの起こした爆風を背に、前列の味方の士気が高まっていく。トラッシュボックスはガブリングで牽制するように初撃を与えた。
「届け、絢爛たる花の輝き」
 魔力を秘めた魔曲の旋律が、花弁の舞と共に戦場を鮮やかに彩る。味方の能力を高めたベルカントは、日頃の面倒臭がりを思わせぬほどの本気の面差しを見せていた。
「まぁ、何であろうとデウスエクスデスし倒さないとデスね」
 庚もブレイブマインを前衛に飛ばし援護した。辛はキャリバースピンで足止めを狙う。

●微塵に砕くは敵ひとつ
「バッキバキに砕いてやるdeath!」
 高々と飛び上がったスノードロップが、華斧・花刃剥命を敵の頭上に振り下ろした。人間ならば一撃で命を失うだろうが、人間の真似をしていても相手はドリームイーターだ、傷は受けてもまだ倒れない、しかしよろめく。そこに藍が流星の蹴りを突っ込ませた。敵は勢いよく吹っ飛び、店内の棚や商品を体で砕く。
「思いだけで実現出来るほど経営は甘くないよ」
 煌き飛散するガラスの破片をすり抜けるように、豊はクイックドロウを撃ち込んだ。その隙に夜野は紙兵をばらまき仲間の守護を強化する。ヴァレーリオも色とりどりの爆風で味方の能力値を上げていく。目くばせされたアリーチェは金縛りをかけようと試みた。
 反撃が来る、と身構えた通りに、ドリームイーターは、ガラスの破片のようなものをスノードロップに向けて一斉に撃ち込んだ。厭わしい思い出がスノードロップを支配する。
「大丈夫でございますか」
 すかさずユーカリプタスがオーラで優しく主人を包み込む。正気に返ったスノードロップはユーカリプタスに視線で感謝を見せた。
 トラッシュボックスは微力ながら攻撃をもう一発。僅かに怯んだ敵に、ベルカントは雷を杖からほとばしらせた。庚は回復を主目的に、スノードロップのいる列にブレイブマインを今一度。辛はガトリングから弾丸を撃ちまくる。
「紅に染まれ! 血染めの白雪!」
 仲間の癒しを受け取ったスノードロップは、更なる回復と、そして攻撃のために、敵を切り裂きその返り血を浴びた。ぼたぼたと血を流すひとに似た異物に、藍は炎を纏った蹴りを激しく炸裂させる。ごう、と燃え盛る音が店内に響く。
「フォロー」
 豊は地獄の炎の獣を一頭出現させ、ドリームイーターにけしかけた。光る五つの目は目標をとらえて逃がさない。
 続けて夜野が手足を獣化させる。重力を集中し放ったのは、速さと重さを兼ね備えた一撃。首から下げたままのガラスのミニボトルが、軌跡を描く。
 ヴァレーリオは気力を溜めてスノードロップに放つ。傷はほぼ全て、癒えた。その妻は敵の歩みを止めるべく、動く。
 敵の傷は既に浅くはなかった。それでも退くことはない。『万華鏡の欠片』と予知された攻撃を、まさに万華鏡を作ろうとしていたベルカントに向けた。催眠状態に陥ったベルカントだが、即座にユーカリプタスのオーラで正気に戻される。
「ありがとうございます、大丈夫ですよ」
 大丈夫と言えるほどの傷ではないが、それでもベルカントは口癖を口にする。
 庇いきれなかったとラッシュボックスは、名誉挽回とばかりにエクトプラズムの武器を使った。
 ベルカントの全身を覆うオウガメタルが、鋼の鬼と化す。その拳は目標の走行を砕き、重篤なダメージを与えた。
「ほら、大丈夫です」
 あと少し。そう判断して、庚は攻勢に転じる。気咬弾は相手の急所に確実にヒットした。辛のデットヒートドライブも炎を巻き上げる。
 その炎の中心に狙いを定め。

●砕けぬ花
「とっておきを見せちゃうるデース!! わが声に従い現れヨ!! 抜けば魂ちる鮮血の刃!! ダインスレイブ!!」
 スノードロップの魔剣将来・絶死の魔刃が唸りを上げる。鹵獲魔術で作り出した魔剣は、ドリームイーターを見事に引き裂き──消滅させた。
 ガラスが粉砕されるように、敵は散る。
 勝利はケルベロスを選んでくれた。
「店主の無事を確認しよう」
 ヴァレーリオの一言から、ケルベロス達は倉庫に向かった。だが扉は固く閉ざされている。
「あとでヒールするデス」
 庚は躊躇なく扉を破壊した。
「店主さーん大丈夫デスかー?」
 ベルカントが医師らしく様子を見たが、怪我などはないようだ。
「無事なら何よりだ。これでいくらでも再起はできるじゃあないか。俺はお前さんの商品、気に入ったよ」
 それでも店主の顔は明るくはない。
 経営者として店主の甘さに思うところはあるが、表情には出さず、豊は言って聞かせる。
「命があれば、やり直すも新しく始めるのも、選択は自在だよ。実のある後悔なら人生の経験値だ」
 店主はゆっくりと顔を上げる。
「目の付け所は面白いよ。次にどうするかは店主の心次第だ」
「辛い記憶がない方が幸せって事もあるかもだけど、これも人に必要な要素の一つ。そもそもガラス自体は需要がないものではないと思うし、売り方の問題だと思う。物作り系のカルチャースクールに売り込んでみたら?生徒さん達が固定客になってくれるかも」
 それから藍は、青に透明に緑に、と選んだガラスを購入した。
 その横から、夜野がひょこっと顔を出す。
「お兄さんの所でさっき買ったので作ったのですよぉ。ありがとう!」
 少しでも、店主が前を向いていけるように。夜野は先刻作った綺麗なボトルを店主に見せた。
「私も万華鏡を作りましたよ。可愛い物や創作の好きな義妹にあげるつもりです。ガラスは細かく砕いて瓶に入れても綺麗ですよね」
 ベルカントもこしらえたものを見せてやる。
「アクセサリー用のパーツを一緒に売ってもいいと思うのですよぉ!」
 かけられる言葉たちに、店主は目を瞬かせる。
 たぶん、この店主は、また立ち上がることが出来るだろう。
 さて派手に壊してしまった店内にヒールを、とそちらへ戻る。
 なるべく元通りにと直していくつもりだったのだが。
「お店の商品売ってもらったデス! ヒールしてアートにしてオブジェ作りましょ」
 スノードロップはヒールの力で、無数のガラス片を、色とりどりのグラスフラワーに作り替えた。
 きらきら輝く美しい花弁たち。
 それはきっと『後悔』を無益な感情とさせず、礎にするだけの強さを引き出す輝きで、あり続けるだろう。

作者:古賀伊万里 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年8月5日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 1
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