狐火祭

作者:藍鳶カナン

●狐火祭
 祭囃子の夜、神社の鳥居はいくつもの提灯のあかりに鮮やかに浮かびあがる。
 狐火の形の提灯で彩られることから、この神社の夏祭りは狐火祭と呼ばれていた。
 林檎飴に綿菓子に、冷たい瓶ラムネや透明な袋で泳ぐ小さな金魚。
 狐火の提灯連なる参道にずらりと並ぶ夜店での戦利品を手に、浴衣姿のひとびとが人波を泳ぎ楽しげに笑いさざめく中、時折こんな声が聴こえてくる。
「ねえ、狐火祭にしか会えない狐の神司(かむつかさ)の話、知ってる?」
「知ってる! 子供やお年寄りが狐の宮司さんって呼んでるあれでしょ?」
 祭の夜にだけ、狐の顔した神司が狐火に乗って現れる。地元で言い伝えられているそんな噂話。勿論本当に見た者は誰もいないが、今夜会えたらいいなぁと囁き交わす者は多い。
 けれど神楽殿で奉納太鼓が始まれば、皆の興味はあっさりそちらに移った。
 唯ひとりを除いては。
「みんな甘いな! オレのヤセイのカンが囁いてるぜ、もし狐の宮司さんが現れるなら――それは奉納太鼓の時だってな! オレが確かめてみせる!!」
 絶対見つけてやる! と夜店で買った狐火提灯型ライトを手にした少年が、誰よりも強い興味をもって神社本殿の裏に広がる鎮守の森へ足を踏み入れる。
「狐が来るならやっぱ森からだよな!」
 根拠のない自信、もといヤセイのカンが告げるまま意気揚々と森を進んでいた、その時。不意に現れた影色の魔女がその手の鍵で少年の心臓を貫いた。
 奪われたのは命ではなく、興味。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 ――『パッチワーク』第五の魔女・アウゲイアス。
 彼女のその名を知る由もなく、少年は意識を失いその場に倒れ伏した。
 少年の隣に現れたのは、彼が思い描いていたそのままを具現化したような狐の宮司さん。大きなモザイクの狐火に腰かけたまま、奉納太鼓の音が聴こえるほうへ、ふわり、ふわりと向かっていく。

●狐の宮司さん
 夏祭りにしか会えない狐の神司がいる。
 日本全国に三万とも四万社あるとも言われる稲荷神社。そのうちの一社にまつわる噂話をティスキィ・イェル(ひとひら・e17392)が耳にしたのは単なる偶然だった。けれど。
「この噂話を聴いた時に思ったんです。もしかしたら――って」
「大当たりだったっすね! ティスキィさんの懸念通り、噂話の狐の宮司さんに強い興味を持つ男の子がドリームイーターに『興味』を奪われる事件が予知されたっす!」
 黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)が予知で視た影色の魔女は少年の『興味』を奪った後すぐ姿を消すが、このままでは奪われた『興味』を元に現実化した狐の宮司さんの姿のドリームイーターが事件を起こす。
「というわけで、その前にこの狐の宮司さんを倒して欲しいっす。撃破できれば『興味』を奪われた男の子も目を覚ましますんで、是非ともよろしくお願いするっすよ!」

 現場への到着は、狐の宮司さんの姿をしたドリームイーターが鎮守の森から神社の本殿の裏へ出てくるのとほぼ同時。幸いにも祭の客は奉納太鼓が行われる神楽殿のほうに集まっており、本殿の裏には誰もいない。
「警察に協力要請しましたんで、避難誘導はそっちに任せておけば大丈夫っす! 皆さんはヘリオンから直接本殿の裏に降下して、そこで敵と戦って倒してしまって欲しいっす!」
 敵は誰かに出逢うと『我は何ぞや?』と訊ねてくるという。
 狐の神司、あるいは狐の宮司さんと答えれば何もせず立ち去るが、そう答えられなかった者には殺意を持って襲いかかるのだとか。だが、
「どのみち戦うわけですから、私達はどう答えようと関係ない……ですよね?」
「そうっすね! 問答無用で先制攻撃のチャンス、くらいに考えてもいいと思うっす」
 思案げに小さく首を傾げたティスキィの言葉にダンテが頷いた。問いにどう答えようと、戦いとなれば相手もケルベロス達全員を敵とみなすだろう。
「避難は警察の皆さんにお任せできるとはいえ、負けるわけにはいきませんよね。お祭りが中断してしまうのは楽しみにしていた皆さんに申し訳ないですが……」
「そのへんは大丈夫っす。皆さんが無事に敵を撃破できればお祭りも再開されるっすよ!」
 被害さえ出なければ、狐火の形の提灯が連なる神社の夜に再び祭囃子が響き、勇壮な奉納太鼓の音が天地に響くはず。
 林檎飴に綿菓子に、冷たい瓶ラムネや透明な袋で泳ぐ小さな金魚。
 無事に戦い終えたなら狐火の形の提灯に照らされた祭を泳ぎ、そんなささやかで、けれど楽しい祭の風物を楽しむのもいいだろう。
「良かった……。折角のお祭りですもの、誰もがめいっぱい楽しめるといいですよね」
 紅緋の瞳を安堵に緩め、ティスキィが笑みを咲き綻ばせた。
 狐火の提灯のあかり連なる夏祭り――狐火祭を護るために、さあいこう。


参加者
月枷・澄佳(天舞月華・e01311)
エピ・バラード(安全第一・e01793)
アバン・バナーブ(過去から繋ぐ絆・e04036)
暮葉・守人(狼影を纏う者・e12145)
シーレン・ネー(玄刃之風・e13079)
虹・藍(蒼穹の刃・e14133)
ティスキィ・イェル(ひとひら・e17392)
シャンシャン・ハク(これからの話・e17607)

■リプレイ

●狐火の夜
 夏夜に響く勇壮な奉納太鼓がふつりと途切れた。
 警察の避難誘導が始まったのは夜空のヘリオンで虹・藍(蒼穹の刃・e14133)の青き髪と翼が星々を背に翻ったのとほぼ同時。見下ろす光景は狐火の提灯に彩られた祭の神社、
「ここは神様の領域だものね、被害を出さないよう――気合入れて行きますか!」
 皆と頷き合って迷わず跳ぶ夜の空、深い鎮守の森迫る神社本殿の裏へ一気に降下すれば、まさにその鎮守の森からふわりふわりと大きなモザイクの狐火が現れた。
 狐火に腰かけるのは狐の顔した神司。
『我は何ぞや?』
 彼の問いにエピ・バラード(安全第一・e01793)はフッとクールに笑んで胸を張り、
「貴方が何者か、ですか? 答えてあげましょう……ジャイアントパンダですっ!!」
『!!??』
 ずばぁんと指を突きつけた!
「あれは『その答えは想定外だ……!!』って驚愕の顔ですっ!!」
 思いっきり顎を落とし無数の狐火を解き放ったドリームイーター、狐の宮司さんの表情を白狐ウェアライダーのシャンシャン・ハク(これからの話・e17607)が的確に読んだ瞬間、華やかな爆風が後衛陣の背を押した。
 前衛陣に乱れ舞う狐火を受けつつのエピのブレイブマイン、七色の爆風とともに後衛から飛び出したテレビウムのチャンネルが凶器で狐の宮司さんに襲いかかれば、エピに狐火から庇われたシーレン・ネー(玄刃之風・e13079)も光の剣を顕し地を蹴ったが、それは彼女の手持ちで最も命中率の低い技。
「ザクッと……行きたかったんだけどね!」
「格上の相手ですもの、油断せずに行きましょう!」
 大きく翻った狩衣の袖が難なくそれをいなすが、その隙にシャンシャンが癒しの雨で前衛陣を包み込んだ。狐火はあえて誤答したエピを含む前衛陣に襲いかかったが、それは彼女を狙ったというより単に手近な相手を狙ったもの。
「何ぞやって、こっちが訊きたいくらいだぜ! けど答えは関係ないみたいだな!」
「ええ、こちらが戦う気でいる以上、相手も戦闘態勢ってことかもしれません!!」
 それでも問うのは単なる習性なのだろう。
 焔を鎮める癒しの雨の心地好さに笑ってアバン・バナーブ(過去から繋ぐ絆・e04036)が打ち込むのは鋼の鬼宿した拳、白い狩衣を突き破った拳が敵の腹にめり込むと同時、爆風に鼓舞されたティスキィ・イェル(ひとひら・e17392)が狙い澄ました気咬弾が狐の鼻面へと痛烈に喰らいついた。
 問答を無視して先制攻撃――というヘリオライダーが言ったような手もあったが、敵には破魔の力がある。ならば先手を取らせてしまうのも手だ。
「早々に倒されてもらうからね、神域を汚した罪は重いのよ!」
「ああ、何者かって言うなら、お前は祭を汚す馬鹿野郎だよ!」
 同じく確実に狙い定めて狐の懐へ飛び込んだのは藍、彼女の駆動刃が更に敵の白き狩衣をズタズタに裂けば、おもしれぇ、と興味津々に敵を眺めていて問答に出遅れた暮葉・守人(狼影を纏う者・e12145)も正眼に構えた愛刀に意識を凝らせた。
 華やかな丁子乱れの波紋に黒の闘気が揺らめいたと見えた刹那、揮う一閃が斬り裂くのは眼前の敵の魂、月枷・澄佳(天舞月華・e01311)がその様を見据えた瞬間、巫術札から氷の騎士が顕現する。
「来訪を望まれているのはあなたではありません。早々にお帰りいただきます」
 少女巫女の声が凛と響くと同時、騎士の凍てる槍が偽の神司の胸をまっすぐに貫いた。
 夏夜に爆ぜるのはモザイクの血飛沫と氷のかけら、だがそれらが地に落ちるよりも速く、夜闇に幾つもの白い炎――否、小さな白狐達が浮かび上がる。小さくとも残虐な牙を覗かすそれらがシャンシャンへ躍りかかったが、
「アバンさん!」
「うお、齧ってる齧ってる……けど平気だぜ、これでも――喰らえ!!」
 迷わずアバンがその身を盾にした。白狐達を喰らいつかせたまま地を蹴り呼びかけるのは己が裡に宿る同胞の霊魂達。偽の神司を見遣り、妖怪退治しようぜと笑いかければ、青白い輝きが一気に拳へ凝った。
 叩き込んだ瞬間、同胞達の霊力が敵を攻撃してくれる見えない味方を創りだす。他者には見えないその存在に狐が気を取られた一瞬に、
「隙ありっ!!」
 横合いに飛び込んだシーレンの縛霊撃が狐の宮司さんを捕えた。
 本物の狐の宮司さんはきっと人知れず祭を見てるんだろうね、と楽しげに笑み、
「伝説の狐ウェアライダーでもいいと思うけど!」
「ですよね、狐ウェアライダーの神職さんが噂の元だったりするんでしょうか」
 霊力の網で敵を締め上げれば、地球人たる澄佳が背に光の翼を咲かせた。
 ――我が身に映すは、戦乙女の槍使い。
 顕現するは鎌倉の戦いで魂を喰らったヴァルキュリアランサーの力、光そのもののごとく翔け、魂の輝き思わす槍の連撃で敵ごと大きな狐火を貫き穿つ。
 澄佳の言葉にふわりと狐尻尾を揺らし、シャンシャンはアバンへ駆け寄った。噂の真相がそれでも楽しいけれどと思いつつ、彼の血肉を食む白狐達を魔術切開で引き剥がす。
 だけど、もしかして……と思うから。
「あなた達は――消えて!」
 深い共鳴で一気に痛手を癒しあげ、癒し手の浄化で災いの白狐を霧散させた。

●狐火の杜
 祭囃子も奉納太鼓も途切れた祭の夜を彩るは、モザイク燃え立つ狐火やぼうと光るような白狐達、それらを操る偽の神司が後衛めがけて数多の狐火を舞わせれば、
「後衛には行かせませんよっ!!」
「ばっちり壁にならせてもらうぜ!!」
 即座に地を蹴ったエピとアバンがティスキィと澄佳の盾となった。前後衛へと散らされた狐火の痛手と破魔に抗うべく、護り手達が一気に華やかな爆風を巻き起こす。
 祭囃子も太鼓の音もすぐに取り戻してみせる。
 ――だって、本当の神司は祭事を最後まで導くためにいるんだもの。
「行きましょう! 祝詞が来たって負けないように!!」
「はい! 偽物に祭を邪魔させはしません!!」
 七色の爆風を背に凛列な風が吹き抜ける。瞬時に偽の神司へ肉薄したティスキィが揮うは冴え渡る達人の技量が凍てる斬撃となる一閃、斬り飛ばされた狐の右腕が夜風に霧散すると同時、澄佳が解き放った氷の騎士が氷結の槍で狐の左肩を貫いた。
 氷の騎士が消えた瞬間には、
「祝詞が来たってがっちり抑え込ませてもらうからね!」
「その意気だよね! ボクも思いっきり斬らせてもらうよ!!」
 弾丸のごとく風を裂いた藍のカプセルが氷とともに左肩の傷を抉る。弾けて狐を蝕むのは神をも弑するウイルス、音もなく躍り込んだシーレンの影のごとき斬撃が狐の左肩から喉を斬り裂いて、神殺しのウイルスを拡散させた。
 共有する方針はまさに勝利への道を示す針、そして同じ針を持ち心を繋ぎ合わせた面々の連携攻撃は極限まで研ぎ澄まされた刃の一閃に似る。
「すげぇな、みんな……」
「仲間と一緒に挑めるのがわたし達の強みですから!」
 思わず見惚れた守人を鼓舞するようシャンシャンが前衛へ舞わせるのは狐火纏う子狐達、敵の操るそれとは違い、優しく仲間の視界を照らす子狐達が守人の視界も鮮明にする。
 彼の頑健と理力の技の命中率は五割に満たない。だがシャンシャンの支援により、一気に解き放った貪欲なる漆黒は狐を逃さず捕えて呑み込んだ。――そのとき。
『――……』
 神社本殿と鎮守の森の狭間に怪しげな祝詞が響き渡る。
 狐の祝詞が漆黒を霧散させ喉から左肩の傷を一気に癒す。が、再生しかけた右腕が何かに浸食されたように夜へと溶けた。
「ウイルス効いてますね! ブレイクお願いします!!」
 笑みを咲かせたティスキィがすかさず叩き込むのはガトリング連射、
「任せてください! ぶん殴りますよっ!!」
「シャンシャンさん、私の代わりに殺神ウイルスをお願いします!!」
「はいっ! 封じるのもウィッチドクターの務めですものね!」
 弾丸の雨に押された狐の懐へ一気に飛び込んだエピと藍が打ち込む音速を超える拳、二人掛かりのそれが高められた敵の力を確実に砕いてその身体を吹き飛ばせば、鎮守の森の木に激突した狐の胸へシャンシャンが射出したカプセルが喰らいつく。
 抗える。
 祝詞の癒しは強力だが、此方の火力を底上げし狙撃手達の精度を活かし、痛手を増す厄を重ね、更に祝詞の癒しそのものを阻害することで十分以上に抗い、超えられる。
 皆がその確信に至れば、戦場の風が確たる追い風となった。
 背を押してくれる風は不思議と神社本殿から吹き寄せてくる心地、偽の神司が操る狐火の乱舞にも血肉を食む白狐達の牙にも怯まず振り切り、一気に敵を追い詰める。
『――……』
 満身創痍の狐が紡ぐ祝詞は先のものより更に精彩を欠き、
「そろそろ消えてもらう時間だぜ!」
「祭が待ってるからな、お前と遊んでばかりはいられない!」
 凄まじい駆動音を唸らす刃でアバンが斬りつけて、守人の刃が流水めいた軌跡を描けば、高められた狐の力はやはり揮われる前に霧散する。
「神職を騙った罪、ちゃんと清算してってね」
 貴方の、心臓で。
 虹色の光が滴るように藍の指先から零れて夜風を翔けるのは星銀の弾丸、狐に重力の楔を打ち込むそれに重ねるよう、戦乙女の魂たる槍とともに翔けた澄佳が眩い連撃を見舞えば、衝撃に後退った偽の神司を大きな狐火ごとシーレンの光の剣が背後から斬り裂いた。
 まるでみんなで舞っているみたい。
 高揚する心のまま手を伸べれば、常世と現世の境が融けるよう。
 ――静かなる白の世界で、あなたの色をこぼして、染めて。
 伸べたティスキィの指先に咲き溢れるは真白の雷花、縦横無尽に咲いて裂いて、狂い咲く白花の斬撃が偽の神司のすべてを粉々に砕け散るモザイクへと変える。
 夏夜に融けて消える狐を見送って、シャンシャンは丁寧にお辞儀をした。
 ――彼は偽物だけど、その存在こそが、皆に狐の宮司さんが慕われている証だから。

 幸い神社に損傷はなく、癒しが必要なのは狐が激突した鎮守の森の木だけ。
 立派な楠の大樹は幹の裂け目を癒され、ぽう、ぽう、と幻想の狐火を梢に燈した。
 その途端。
「さてはそこだな狐の宮司さん! オレのヤセイのカンがそう言ってるぜ!」
 無事目覚めたらしい少年が森の奥から駆けて来る気配。
「……ほんと、ヤセイのカンにも困ったものね」
 呆れまじりに、けれど楽しげに藍が呟けば、皆にも弾ける笑み。
 賑やかな笑声はやがて、再び響き始めた祭囃子へと溶けていく。

●狐火の祭
 夏夜に響く祭囃子に、天地に響く奉納太鼓。
 本殿前の拝殿で賽銭箱に五円玉を入れ、鈴を鳴らした守人は二拝二拍手一拝。
 此処の創建は鎌倉時代の初期、この地に稲荷神の使いが現れたことによるもの――という縁起が伝わっているという。まだデウスエクスの脅威がなかった頃の話だ。
 それなら、きっと。
「さぁ、楽しんで帰るぞ~♪」
 弾む気持ちで向かうのは、狐火の提灯に彩られた祭の夜。
 林檎飴に綿菓子に、冷たい瓶ラムネや透明な袋で泳ぐ小さな金魚。
 再び祭を泳ぎ始めた皆の手にはお宝がいっぱいで、
「くう……! お祭りで楽しむ分まで組織が経費で落としてくれればいいのに……!」
 勿論落ちるわけがないのでエピはしょんぼり気味。だったけど、
「あんたらケルベロスさん達だろ? お疲れさん、これ飲んでけや!!」
 彼女の傍にいる不思議生物(つまりテレビウム)や数人が纏っているケルベロスコートで察したらしいラムネ屋のおやっさんが、氷をたっぷり浮かべた水の中から豪快に掬いあげた全員分の瓶ラムネを差し入れてくれた。
「わ、ありがとうございますおじさん! キンキンに冷えてる!!」
 こうでなくっちゃ、と破顔したのは冷たい滴が零れる硝子瓶を頬に当てた藍、飛びきりの冷たさに火照りと一緒に疲れまで吹き飛ばされ、煌くビー玉を落としぷしゅりと炭酸弾ける音を聴いたなら、皆でそれぞれ極上の幸せを飲み干して。
 踊るビー玉の透明な音、喉に弾けて冷たく躍る爽快感。
 至福の息をついた藍が次はどこ行こっかと瞳を廻らせ、
「あとフランクフルトとか焼きそばとか食べたいなー。ちょっと分けようか?」
「いいんですか!? ありがとうございますっ!!」
「藍……! お前さては女神だな、間違いない!!」
 そう続ければ思いっきりエピが瞳を輝かせ、極寒状態の懐に苦悩していたアバンの顔にも俄然生気が戻る。
「焼きそばもいいですけど、あっちに可愛いお稲荷さんありましたよ」
「お稲荷さん食べたい食べたい! どこのお店かな?」
 ぶらり再発見に導かれた澄佳が見つけたのは、刻み海苔や黒胡麻やらで可愛らしい狐の姿に仕立てられた稲荷寿司。頬張れば甘めの出汁がじゅわっと溢れるおあげの中には野沢菜を混ぜたさっぱり酢飯、思わず瞳を瞠ったシーレンの満面に笑みが咲く。
 あちこちで沢山売られている狐火提灯型ライトも勿論買って、真っ赤なケチャップで彩る熱々のフランクフルトも、定番の具の中にちゃっかり油揚げが混じっている焼きそばも思う存分満喫して。
「型抜き発見です! 一度やってみたかったんですよね……!」
「澄佳さんも初めてなんですか? わたしもです!」
「綺麗に抜けるといいですよね、挑戦しましょう!」
 ぶらり再発見全開の澄佳と一緒にシャンシャンとティスキィも型抜きに挑む。薄い板状の菓子を割って型抜きするそれには特別製なのかちゃあんと狐火型も混じっていて、乙女達はくすくすと笑み交わす。
 透明な袋の中で煌く水と金魚に誘われたなら、勿論金魚掬いだって外せない!
「あっあっ、それすごく暴れる子ですよ藍様っ!」
「えっ!? あっ、きゃー!?」
「ティスキィ、水が跳ねるぜ!」
「きゃー!? 冷たいです、ふふ、でも楽しい……!!」
 青い水槽を泳ぐ生きた宝石達、エピの傍らで藍が掬った和金はびちびち跳ねてポイの紙を突き破り、アバンの応援で出目金に挑んでいたティスキィは跳ねた水に頬を濡らして笑う。
「もう大丈夫ですか、跳ねませんか……!?」
 物陰に避難していたシャンシャンがどきどきしながら顔を覗かせた。だってもし濡れたら綿菓子が萎んでしまいそう! 狐火提灯型ライトと綿菓子を両手に持った彼女の姿に、
「フル装備だね~」
「ふふ、シーレンさんも素敵な装備です」
 手に狐火提灯型ライト、頭には斜めに狐のお面をつけたシーレンが楽しげにそう言えば、彼女を見上げてシャンシャンも微笑んだ。
 綺麗な彩に提灯のあかり、皆の笑声に太鼓の音色。本物の狐の宮司さんも、きっと。
「お祭りがあまりにも楽しそうだから、ついあちらの世界から顔を出してしまうのかも」
「うん、私もそんな気がするんです」
 内緒話みたいに囁くシャンシャンに、瞳を細めてティスキィも囁き返す。
 きっとどこかで狐の神司もこの奉納太鼓を聴いてるの。
 届くかは解らないけど、お祭り、護れました、と心でそっと報告する。
 ――大切なひと達と、また来ますね。

作者:藍鳶カナン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年8月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 0
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