スラッグスティック!

作者:蘇我真

「うう、やだなぁ、気持ち悪いよぉ……」
 放課後、小学校のグラウンド。手洗い場で念入りに手を洗う少女の姿。
「お気に入りの場所だったのに、壁にあんなにナメクジがいるなんて……壁に手、ついちゃったよぉ……」
 何度も何度も手を洗う少女。その目じりには涙が滲んでいる。
 そんな状態だから、背後に立つ影に気付けなかった。
『パッチワーク』第六の魔女・ステュムパロス。
「その気持ち、頂くよ」
「え―――」
 少女が振り返るより先に、ステュムパロスは手に持った鍵で背中から心臓を一突きにする。
「―――」
 鍵は少女の華奢な身体を貫通し、胸から先端が顔を覗かせる。
 血は流れない。怪我もせず死にもしない。ただ、意識を失って膝からくずおれるばかり。
 この攻撃は、ドリームイーターが人間の夢を得るための行為だった。
 ステュムパロスは鍵を引き抜くと少女の『嫌悪』からドリームイーターを創造していく。
「あはは、私のモザイクは晴れないけど、あなたの『嫌悪』する気持ちもわからなくはないな」
 気絶した少女の傍らに、巨大なナメクジが生み出されていた。


「俺は突然のフラッシュや大きな音が苦手だ。皆も苦手なもののひとつやふたつ、あるだろう?」
 星友・瞬(ウェアライダーのヘリオライダー・en0065)は集まったケルベロスたちへ向き直り、そんな風に切り出した。
「別に苦手をカミングアウトしてほしいわけじゃない。今回は人の苦手なものへの『嫌悪』を奪って、事件を起こすドリームイーターが出現したんだ。その名は『パッチワーク』第六の魔女・ステュムパロス」
 敵の名を呼ぶ、瞬の目つきが鋭くなる。
「『嫌悪』を奪ったドリームイーターは既に姿を消しているようだが、奪われた『嫌悪』を元にして現実化した怪物型のドリームイーターにより、事件が起ころうとしている。皆にはこの怪物型ドリームイーターを倒して、騒動を未然に防いでもらいたい。
 このドリームイーターを倒す事ができれば、『嫌悪』を奪われてしまった被害者も、目を覚ましてくれるはずだ」
 続いて瞬は怪物型のドリームイーターとはどのような形で、数は何体なのかの説明に入る。
「今回の相手は巨大なナメクジだ。全長3メートルくらいで小学校の校庭をはいずり回っている。
 それが歩いた場所は湿って一筋の線となり、ネバネバな粘液を飛ばしたり、スライムのように体内に敵を取り込んで捕縛したりといった行動をしてくるようだ。
 ……説明しただけで、若干気分が悪くなってきた」
 瞬は青い顔で手で口元を押さえつつも、なんとか説明しきった。
「時間的には放課後だ。まだ小学校に生徒も残っているだろうから、避難誘導というか……あの醜悪な外見を見せないようにしてやってほしい。頼んだぞ」
 それだけなんとか言って、瞬は皆へと頭を下げた。


参加者
眞月・戒李(ストレイダンス・e00383)
八剱・爽(ヱレクトロニカオルゴォル・e01165)
斎藤・斎(修羅・e04127)
ミネット・ドビュリ(白猫・e20521)
バジル・サラザール(猛毒系女士・e24095)
神野・雅(玲瓏たる雪華・e24167)
プルトーネ・アルマース(夢見る金魚・e27908)
葵原・風流(蒼翠の四宝刀・e28315)

■リプレイ

●スラッグスティック!
「大き過ぎない!? 3mって3mじゃないの!?」
「人より慣れている自信はありましたが、さすがにこの大きさは……」
 パニック状態のバジル・サラザール(猛毒系女士・e24095)の横で、たじろいでいる斎藤・斎(修羅・e04127)。
 放課後の小学校。夕焼けを背に受けてグラウンドに君臨する巨大ナメクジに、ケルベロスたちはドン引きだった。
「小さければまだ可愛いとも思えるかもしれないが……こうまで巨大ではな」
 神野・雅(玲瓏たる雪華・e24167)はグラウンドの出入り口にキープアウトテープを貼っていく。
「どう? 避難はすぐ終わりそうかな? 無理なら時間稼ぎするけど」
 辺りの様子を見渡しているのは眞月・戒李(ストレイダンス・e00383)だ。
「ケルベロスがきっちり始末つけるから、安心して脇目もふらずに逃げろよ。いいか絶対こっち見るなよフリじゃねえかんな!」
 グラウンドに残っていた小学生たちを裏門から逃がすように叫んでいるのは八剱・爽(ヱレクトロニカオルゴォル・e01165)だ。
 巨大ナメクジを見ることで生じる嫌悪の感情は、ドリームイーターたちの糧になってしまうかもしれない。
「どんな嫌な感情でもよぉ……みんな俺たちのモンだ。ドリームイーターにはひとかけらだってくれてやるもんかよ!」
「みんな、もしアレを見て気持ちが悪くなったら、わたしを見てね」
 プルトーネ・アルマース(夢見る金魚・e27908)はプリンセスモードでくるくると周り、ビシッとポーズを決めて人々を励ましている。
 それを見てミネット・ドビュリ(白猫・e20521)と彼女のサーヴァント、ウイングキャットのノエルは巨大ナメクジへと向き直る。
「わたくしたちもやりますわ……および腰にはなりません!」
 巨大ナメクジを仰ぎ見るようにして、へっぴり腰になりそうなのを気力で保つ。
 全長は3メートルだが、高さだけではなく横幅もあるので余計に大きく思えた。ノエルがツメを出し、尻尾を立たせてフーッと威嚇する。
「!!」
 巨大ナメクジが、黄ばみがかった粘液をミネットへと飛ばしてきた。
「うっ……!」
「危ない!」
 ディフェンダーの葵原・風流(蒼翠の四宝刀・e28315)が間に割って入ると、斬霊刀で粘液を切り裂く。
 ふたつに別れた粘液の半分は、回避できずに風流へと降りかかる。
「くっ、これは……」
 臭気のある粘液が髪を濡らし、風流は思わず目を閉じた。直接くらえば、確かに意識を持っていかれそうな嫌悪感があった。
「……やっぱこれのローションプレイはねえわぁ」
 やっぱり引いてしまう爽。粘液に溶解成分が含まれているのでもちろんダメージはあるのだが、それよりも精神的なダメージが大きい攻撃だ。
「とりあえず足を止めっか! 足がどこなのかわかんねぇけど!!」
 爽は空高く跳躍すると、星と重力の力を込めた跳び蹴りを巨大ナメクジに叩き込む。
 ナメクジの身体に、つま先からゼリーのような感触で足が埋まっていく。気色の悪さに鳥肌が立った。
「っていうか、取り込まれてるし!?」
 そのまま巨大ナメクジは爽の身体を体内に取り込もうとする。近づくだけで臭いし、体内で呼吸もできなそうだ。
「今助けるよ!」
 戒李が後衛から一気に助走をつけて、炎の蹴りを見舞う。
 爽の足付近の粘液を焼き払い、救い出した。
「あいたたた、ちょっと火傷しちゃったかも」
「あの中に入るよりはマシだからあきらめてね」
 焦げ臭さも加わった巨大ナメクジに思わず顔をしかめる戒李。
「そう簡単に、ぬめぬめになったりしませんよ……!」
 斎の全身に炎がゆらめく。比喩ではない。インフェルノファクター……地獄の炎をその身に纏ったのだ。
 燃える両手で日本刀を握る。日本刀にも炎が伝染した。
「灼けて凍えて、砕け散って!」
 達人の一撃。炎を纏った氷の刃が巨大ナメクジの胴を薙ぐ。切り口が焼けただれた状態で氷りつき、脆くも砕けていく。
「手ごたえが、ないですね……!」
 しかし、斎は警戒を緩めない。傷口がモザイクで補充されていく。取り込まれるのを嫌い、後ろへと跳んで距離を取った。
「みなさまを、援護しますわ」
 ミネットが前列の面々へと『仔猫が鳴いた』を発動する。猫の目のように鋭く、狙いをつけやすくした。
「ありがとうございます。これで、目も開けられる……!」
 風流は獲物をチェーンソー剣に持ち変えると、エンジンを吹かして巨大ナメクジへと突撃する。
「たとえヌメヌメした身体でも、傷は残るはず!!」
 斎のつけた傷口をチェーンソー剣でジグザグに切り開く。はじけ散る粘液を浴びるのは不快なはずだが、風流は戦いに必死で気づいていないようだった。
「……こ、この様子なら、私の援護は必要なさそうね」
 殺界を形成していたバジルは前衛に狙アップが掛かったのを見て、自らのグラビティを選択する。
「触りたくないけど……にゃめくじをビリビリなの~!!」
 ろれつが怪しくなりつつも2本のライトニングロッドを持って駆けだす。
「ええぇ~いっ!!」
 どアップの粘体に涙目になりつつもその身体を殴りつけた。
 2本のライトニングロッドから放たれる電気。
「伝導率が良さそうだし、これは効くでしょお? というか効いてよぉ……」
 よほどナメクジが苦手なのだろう。精神が崩壊してきている。クールビューティーを目指すバジル、29歳だった。
「バジル殿、無理をせずに下がっていてもいいのだぞ」
「でも、でもっ」
「大丈夫だ……皆、冷静だからな」
 雅にはバジルの考えがなんとなくわかっていた。
「取り乱している他人を見るとその分自分がしっかりせねばと思う。その効果を期待して、わざと道化の仮面を被っているのだろう?」
「なんで、それを……」
「演じているのは私も同じだからだ」
 自嘲めいた笑みを浮かべ、雅は殺神ウイルスを散布する。再度モザイクで回復しようとしていた巨大ナメクジの行動を封じていく。
「……そこまでわかってもらえるなんてね。そう、これは作戦よ」
 気丈に振る舞いつつ後衛に戻るバジルだがその足はまだ震えていた。
「やっぱり普通に嫌なだけなんじゃ……」
 後衛仲間として出迎えたプルトーネも顔色が悪い。できるだけ頑張ろうとは思っていたが、実物を目の当たりにして本当は帰りたい気分でいっぱいだった。
「と、とにかく、確実に攻撃を当てて、早くあの巨大なものを倒さなくちゃ! いくよ、いちまる!」
「!!」
 プルトーネの号令に従って、彼女のサーヴァントであるテレビウムがその手に凶器をぶら下げて巨大ナメクジへと挑む。
 必死で凶器を振るういちまる。返り血ならぬ返り粘液を浴びている。
「いちまる、終わったら洗ってあげるからね……!」
 そして攻撃に合わせるようにコンビネーションで時空凍結弾を発射する。
 氷がじわじわと巨大ナメクジの腹を侵食していく。着実にダメージを与えつつある。
「効いてる、よな? これ……」
 爽が立ち止まり、巨大ナメクジの疲労度を観察しようとする。
 その一瞬の硬直を、巨大ナメクジは見逃さなかった。身体から粘液が伸び、爽を捕縛して取り込んでいく。
「げっ! や、止めてくれって!!」
「爽!!」
 戒李が動いた。捕縛している間は巨大ナメクジも隙が多い。効率良く大ダメージを与えられるとみて勝負に出る。
「逃げてもいいよ。ボクの間合いから、逃れられるものなら」
 一瞬だけ現界する魔力の薄刃。
 虚空からの抜刀術で繰り出される透明な刃が、遠距離から巨大ナメクジの身体を切り裂いていく。
「!!」
 周囲に硝子の欠片が舞う。その欠片が、爽を捕まえていた粘液を切る。捕縛が緩まった。
「もらった!」
 爽は自由になった手で2台のスマホを操作する。
「燃えるかどうかわかんねえけど……燃えろぉお!」
 巨大ナメクジの身体が燃える。巨大ナメクジに埋もれかけていた爽はグラウンドへ転げ落ちるようにして脱出した。
「捕まえるというのは、こうやるんです」
 斎はネバネバで動きづらくなった自らの服を刀で切り裂き、身軽になる。
 そうして日本刀を掲げると緩やかな弧を描き――巨大ナメクジの氷まみれになった急所へ更に攻撃を重ねた。
「!!!」
 元々足止めされていた巨大ナメクジ。剣閃に捕らえられ、その動きが更に鈍っていく。
 勝機とみた雅が、前衛の面子を癒しながらさらに強化させていく。
「今宵語りしは勇猛たる戦人の譚――さぁ、今こそ牙を剥け! 刃を突き立てよ! 我らが掲げしは戦旗では非ず……自らの誇りなり!」
 武人の英傑をその身に降ろすと、彼の力を借りた烈風を巻き起こしていく。
「さあ、今ですわ!」
 ミネットも殺神ウイルスで前衛を補助する。ノエルが清浄の翼で爽にさわやかな風を送り届けていた。
「おかえしは毒の馳走だ、遠慮すんなよ!」
「非物質と化した斬霊刀ならヌメリなど気にならない……!」
 槍のように鋭く伸びたブラックスライム。爽の作った傷口に合わせるように風流もまた、毒の刃をねじ込んでいく。
「!!!」
 のたうちまわる巨大ナメクジ。毒素は全身に浸透していく。
「!! ! ――」
 そして、黄ばみがかっていた身体が真っ黒に変色し……最後は黒いシミとなり、大地へと溶けていくのだった。

●キレイが一番
「ひ、ヒールしてくださいぃ~」
 自分で切り裂いた服。そこから覗く白い肌。粘液でべとつく身体を両腕で隠すようにしながら涙目の斎。
「くりーにんぐを使えるのは斎ちゃんでしょ! はやく、お願い……!」
 バジルはついに泣きながら斎へと懇願していた。
「無我夢中だったとはいえ、戦っているときはよく耐えられましたね、これに……」
「斎、クリーニング頼む」
「すみません、いちまるもお願いします」
 風流や爽、プルトーネのテレビウムもバジルの後に続き、クリーニング待ちの行列を作っている有様だった。
「ぬめぬめは気になるが、まだ時間がかかりそうだな」
 雅は先にグラウンドのヒールを行っていく。巨大ナメクジが溶けて消え、黒く変色した地点。穢れを祓うかのように星の聖域が展開され、浄化されていく。
 多少古代ギリシャ洋式っぽい模様がついてしまったが、ナメクジを想起させるシミよりはいいだろう。
「毛並みが悪くなりそうですし、早く洗い流したいですわね……」
 ミネットの言葉へうなずくようにノエルもにゃーと鳴く。ミネットは仲間たちが受けたぬめり以外の傷をヒールして回っていた。
「ぬめぬめを落としたら、あの子のケアもしないとね」
 戒李の視線の先、手洗い場で気絶していた少女が気絶状態から回復しはじめている。
「ええ、そうね……」
 真剣な顔をでうなずくバジルだったが……。
「だから、くりーにんぐをはやくぅ……」
 粘液のついたライトニングロッドを見て、結局はまた涙目になるのだった。

作者:蘇我真 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年7月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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