ゲジゲジ! きもちわるい!

作者:狐路ユッカ


「あぁぁぁあっ、気持ち悪い……」
 女は、勢いよく蛇口から水を出し大量の水で手を洗っていた。先刻、潰した虫の事を考えると、また身震いしてしまう。
「なんなんだあいつは! ゲジって名前からまずゲジゲジしてるし、見た目もすごくゲジゲジしてるし、ちょっとフロートして動くところも許せないし、なんか速いし、あーっ!!」
 既に潰して捨てたようだが、足元にゲジの足であったと思われる何かがパラパラと散乱している。
「潰した後の処理もめんどくさいしほんとふっざけんな!」
 彼女がキュッと蛇口をひねって水を止めた直後、大きな鍵を携えた魔女、ステュムパロスがその鍵を女の心臓に向けて突き出した。
「!?」
「あはは、私のモザイクは晴れないけど、あなたの『嫌悪』する気持ちもわからなくはないな」
 崩れ落ちた女の横に、悍ましい姿の怪物が浮かび上がる。
「げじぃぃぃ」
 わさわさと無数の足をうごめかせ、触覚を揺らしながら、巨大なゲジゲジは外へ飛び出してゆくのであった。


 秦・祈里(ウェアライダーのヘリオライダー・en0082)はぷるっと身震いをして切り出した。
「みんなはゲジって見たことある? 足がいっぱいあって、ふぁさふぁさーって素早く走る虫なんだけど……」
 それ以上説明したらなんだかとても嫌な感じになりそうで、祈里は口を噤んだ。そして。
「ゲジについてはまあ今回の怪物型ドリームイーターなんだけど。ん、つまり、この苦手なものへの『嫌悪』を奪って、事件を起こすドリームイーターがいるみたい」
 嫌悪? と首をかしげるケルベロスへ祈里は頷く。
「うん、『嫌悪』を奪ったドリームイーターは既に姿を消しているみたいなんだけど、奪われた『嫌悪』を元にして現実化したゲジのドリームイーターが暴れようとしてるんだよ!」
 気持ち悪いばかりか、暴れまわって人々を襲うなんて大変、と祈里は眉を寄せる。
「被害が出る前に、みんなにはゲジ型ドリームイーターをやっつけて欲しいんだ。このドリームイーターを倒す事ができれば、『嫌悪』を奪われてしまった被害者も目を覚ましてくれるよ!」
 そして、手にしたボードへと目を移し、祈里は見たくないよう、というように目を閉じる。
「うぅ……攻撃方法なんだけど、触覚で叩いてきたり、危険を察知したら足を切断して飛ばして来たり、口からドロドロした気持ち悪いモザイクを吐き出すよ! なんていうか、すごく気持ち悪いと思うけど……頑張って!」
 ぐっと拳を握る祈里の顔はどこか悲壮感に満ちている。傍らで、ナズナ・ベルグリン(シャドウエルフのガンスリンガー・en0006)が頷く。
「……誰かがやらねばなりませんからね……頑張りましょう」


参加者
赤堀・いちご(ないしょのお嬢様・e00103)
内阿・とてぷ(占いは気の向くまま・e00953)
蒼樹・凛子(無敵のメイド長・e01227)
緋薙・敬香(ガーネットダーク・e02710)
レスカ・シリウス(デレデレナックル系お姉さん・e03020)
原・ハウスィ(拡散型・e11724)
緋・玉兎(天才たまちゃん・e22809)

■リプレイ


 件のアパートの前で、ゲジが飛び出てくるのを待ち構えるケルベロス達。
「気持ち悪いといえば気持ち悪いけど、蟲ですしね? この前のローカストウォーでたっぷり見たから大丈夫じゃないかな?」
 内阿・とてぷ(占いは気の向くまま・e00953)は何とかなるとタカをくくっているようだ。
「虫っつったって、そんなにデカかったらお日様から隠れる場所もねーだろうし、どこをどう住処にしてるんだろなー?」
 近くにあった石をぺろっとめくりながらレスカ・シリウス(デレデレナックル系お姉さん・e03020)は呟く。確かに、これから生まれ出てもその巨大ゲジはどこを澄華にするのだろう。じめじめした暗いところで、あのサイズは色々と無理がある。
「厨房を預かるメイドとして、虫に怯えてはいられません」
 蒼樹・凛子(無敵のメイド長・e01227)は、とんと胸を軽く叩くと傍らの赤堀・いちご(ないしょのお嬢様・e00103)を安心させるように微笑んだ。
「はうぅ……」
 怖いけど、倒さないといけないねと涙目で震えながら答えるいちごに緋薙・敬香(ガーネットダーク・e02710)がぷるぷると首を横に振って見せた。
「わう……! 主様、虫さんだって懸命に生きているのっ!」
「確かにゲジは益虫ではありますが、あの外見の齎す生理的嫌悪感はどうにもなりませんね……」
 クノーヴレット・メーベルナッハ(知の病・e01052)が小さくため息をついた。あっ、と凛子が声を上げる。
「……ところで、これが現れたということは、これの餌であるGも沸いたのでしょうかね」
 サァッと虫嫌い達の血の気が引いた。
「そちらの方が大問題かもですよ」
「確かに……ゲジを遠ざけたければそれらの害虫を駆除するのが良いと思われます」
 クノーヴレットが冷静に頷く。もはやニワトリが先か卵が先かみたいな話になってきている。
「特にアシダカグモとゲジゲジは対G生物兵器としては最高峰の性能を……わう?」
 その時、アパートの玄関から何かがわさわさっと姿を現した。
「ひっ……」
 なんですか、あれは。普段は冷静なナズナ・ベルグリン(シャドウエルフのガンスリンガー・en0006)が小さな悲鳴をあげた。それほどまでに、そのドリームイーターの姿は悍ましい。
「巨大なゲジゲジ……研究に使えるかもしれぬな?」
 興味津々といった感じで、緋・玉兎(天才たまちゃん・e22809)はゲジゲジを見つめているではないか。
「わ、わうっ、とにかく見た目が気持ち悪いからって退治しちゃダメ!」
 敬香が叫ぶ。が、クノーヴレットが冷たい声で告げた。
「しかし、ドリームイーターとなれば完全な害悪。早急に駆除致しましょう」
 ゲジ型ドリームイーターが、威嚇の姿勢をとる。そこに気付いて、ようやっと敬香のスイッチが入った。
「……でも、人に害なすならば、その限りじゃない、けどね?」
 ――Temps pour le lit、と彼女の唇が動く。眼鏡を外すと、敬香はドリームイーターの元へと走った。その時、原・ハウスィ(拡散型・e11724)が暴露する。
「ここで衝撃の事実! 本チームの貴重な男性陣だが多脚系の虫はぶっちゃけ大の苦手!!」
 ずざざっと後ずさり、彼は後衛の位置に付いた。
「ゲジ無理ッ!」
 ハウスィは持参した殺虫剤をぶん撒いているが、死に至るのは周りを飛んでいる一般的な羽虫たちのみだ。ご愁傷様である。
「はぅ……あまり直視したくないです……」
 いちごが震えながら後ろへ下がった。アリカさんお願いします、と頼まれ、ボクスドラゴンのアリカは仲間たちを守るために前へ出る。
「大丈夫ですよ、お嬢様。わたくし達が一緒ですから」
 凛子は一度だけ振り返って微笑むと、いちごへとドリームイーターの手が及ばぬよう前へ躍り出る。ナズナが殺界を形成するのを合図に、レスカは宣言した。
「さぁ、ゲジ退治だぜ!」


 前衛についたケルベロス達でドリームイーターを取り囲む。その様子を少し後ろから見ていたとてぷはつい、言葉にしてしまった。
「……蟲は見慣れたと思った、けど……」
 実際に見てみると思った以上に気持ち悪い。うえ、と気分が悪くなるのを抑えて、再度しっかりとその両足で立った。
「ゲジィィィィ!」
 吼えながらこちらへ向かってくるゲジを、クノーヴレットが迎え撃つ。
「ご主人様には指一本触れさせません!」
 トラウマボールが、ゲジゲジしたゲジの胴体を狙って放たれた。間を開けず、凛子はゲジへと肉迫し二刀斬霊波を放つ。ぬらりと避けたゲジの足の先端が刃を掠め、バラバラと散らばった。
「あとで刀の手入れは必須でしょうかね……」
 嫌悪感は拭えないが、やるしかない。
「さて、虫は嫌いじゃないけども……」
 敬香はそのアームドフォートを構えると、フォートレスキャノンを撃ちこむ。
「ガアァァッ!」
 本来、虫ならばそんな声は上げないであろう耳障りな悲鳴をあげ、ゲジはプッとドロドロしたモザイクをこともあろうか一番怖がっているいちごの方に向かって吐き出す。
「シュピール!」
 クノーヴレットは、ミミックの名を呼ぶ。シュピールは主人の命を受け、いちごに襲い掛かるモザイクをその身に受けた。ハウスィは精神を集中させ、一気に解き放つ。手を触れずして、ゲジを爆散させるためだ。どん、と音を立てて、ゲジのいる地点が弾けた。
「ゲジジジジッ!」
 ゲジ型ドリームイーターは身を震わせると、その無数の足を後衛に向かってぱしぱしと撃ちだす。
「くっ」
 滑り込むようにいちごの前に躍り出たクノーヴレットがその針を受ける。とてぷは咄嗟に腕をクロスして防御したが、袖を貫通して腕に突き刺さるゲジの足に悲鳴をあげる。刺さった足(棘)は抜けたが、袖に付いた分が、いくら払っても取れない……! 
「う、うぅっ、取れないっ、取れないですぅうぅ!」
 よくもやったな、と言わんばかりの熾炎業炎砲を放ち、とてぷは涙目になりながら袖をバタバタやっている。その炎に身を焼かれながらも、再度ゲジは足を次は中衛に向けて飛ばした。レスカを庇ったアリカが、低く唸る。玉兎に、その足が直撃した。
「え……」
 先刻まで巨大なゲジへ興味津々だった玉兎も、直にゲジに触れられたことでぞわぞわと背中を駆け上がる生理的嫌悪が襲ってきて思わず悲鳴をあげる。
「い、嫌じゃあぁぁぁぁ!!」
 涙目になりながら、玉兎はふわっと翼で舞い上がった。
「しょせんは昆虫……天敵は鳥……ならば!」
 上空から――! ファミリアロッドを掲げた玉兎は狙いを定め、憎きゲジ目がけてウルトラファミリアシュートを放つ。バサバサと音を立てて無数の蝙蝠がゲジへと襲い掛かった。
「ギギッ!」
 ゲジ型ドリームイーターはもがき苦しみ、蝙蝠を払おうとする。
「私の力を貴方に。聞いてください、この歌を」
 その隙に、いちごが後列の仲間を癒す歌を歌い上げる。じたばたしながらモザイクを吐き出すゲジ目がけ、レスカは恐れず突っ込んでいった。
「おう、ビビると思ったのか? あたしに限ってんな訳ねーんだよッ!」
 ルーンアックスを振りかざし、インフェルノファクターで底上げされた凶悪な破壊力を持つ一撃を叩きこめば、バラバラとゲジの足が周囲に飛び散った。あぁっ、と目を覆いたくなるのをぐっと堪え、ナズナはクイックドロウを放つ。誰もが思った。早く片付いてくれ。


 ゲジ自体への恐怖感はないが、デウスエクスとなれば話は別だ。クノーヴレットはブラックスライムを槍状に伸ばし、ゲジを貫く。しかし、ゲジはすぐにするりとすり抜けてしまった。凛子ははぁっとため息をつく。また刃が汚れてしまう、と。
「斬らないで突けばいいんじゃない?」
 笑いながら、敬香は雷刃突を繰り出した。
「っく……」
 先刻モザイクを受けたレスカががくんと膝をつく。
「レスカさんっ……」
 いちごはすぐにそれに気づき、サキュバスミストを展開した。マミックが武装具現化でゲジの行く手を阻むように攻撃する。
「やっぱり虫は燃やすのが一番だからね、仕方ないね!」
 ハウスィは背負ったH.W.S.Y.からナパームミサイルを放ち、ゲジを燃やす。
「ギェアアァァッ!」
「焼き払ってくれる……!」
 玉兎は掌をゲジへと向けると、ドラゴニックミラージュを放ち、更にその身を焼き捨てるように追い込む。
「げじじじじじ……」
 ふわふわとフロートしているかのように動き回り、ゲジは焼け焦げながらもその触角で凛子へと殴り掛かった。
「うっ……」
 バシ、と強く薙ぐような攻撃に、凛子は吹き飛ばされる。駆け寄ったとてぷは、彼女を抱き起こすとサキュバスミストで癒した。
「大丈夫ですか?」
「ありがとう、ございます……!」
 力を取り戻した凛子は立ち上がるとキッとドリームイーターを睨みつける。あぁ、やるつもりだな、と理解したレスカはドリームイーターへと走り寄ると、戦術超鋼拳でその胴体を殴りつけた。ナズナも、縫いとめるように矢を射る。もがこうとしたゲジにハウスィが叫んだ。
「技術屋連中が顔色を青くなるほど詰め込んだ炸薬量――その身で味わいねぇ!!」
 大口径榴弾砲が、豪快な音を立ててゲジの下半身を砕く。いちごが勇気を振り絞りやっと前に出てきて、レゾナンスグリードでゲジを捕えた。
「い、今ですっ」
「氷の華が貴方の墓標です」
 凛子は冷徹な声で一つ告げると、凍てつく氷の吐息を乗せた刃をゲジ、ことドリームイーターに叩き込む。その凍りついた裂け目から、ぶわりと氷の華が咲いたように見えた。
「ギィィィイ!!」
 断末魔と共に、ゲジ型のドリームイーターはようやっと消え失せる。


 クノーヴレットは仲間の無事を確認するとぺこりと頭を下げる。
「皆さんお疲れ様でした」
「はぁ、倒し終わっ……」
 とてぷは、周囲の戦闘跡をヒールし終えると、汗を拭おうと袖を持ち上げ、そこについたゲジの足が消えていないことに目を剥いた。
「い、いやああっぁぁぁあぁぁぁ!!!!」
 もうやだ、と泣きだすとてぷ。
「う、うあぁ……」
 いちごもその惨状に口を覆って後ずさる。
「うえー、あたし自身はどうって事ねーんだけど、せっかくの服が汚れちまった……」
 いちごに駆け寄ろうとしていたレスカも、己の服を見下ろしてげんなりした表情で自分の荒々しい戦い方を悔いた。これではいちごに近づけない。
「レスカさん、私、気にしませんよ……?」
 にこ、と微笑んでくれるけれど、レスカはバツが悪そうに俯いている。
「ご主人様、よく頑張られました……素敵でしたよ♪」
 クノーヴレットはいちごをぎゅうと抱きしめ、賞賛の言葉を贈った。
「うぅっ、銭湯行ってお風呂入りたいです! やっぱり気持ち悪かったのですよ!」
 とてぷは、涙目で提案する。
「たまにはいいかもしれませんね」
 凛子が頷くと、敬香がわぁっと喜んでいちごを抱き上げた。
「少しのんびりしても許される!」
「やりすぎないようにほどほどにしておきなさいね?」
 凛子のやんわりとした注意に、敬香はちょっとぐらいいいですよねーといちごを抱きしめる力を強める。
「ええ、あちこちについた汚れも落としたいし、服もなんとかしたいですしね……」
 ナズナがブーツについたゲジの足を見ながらぽつりと呟いた。
「そうじゃな、汗と汚れと、すべて流そうぞ」
 玉兎はスーツのシミを気にしながら、うんうんと頷く。心なしか、涙目である。それに気づいた女性陣は、シミ抜き手伝ってあげるから、と彼女を励ました。
「うう、ありがとうのう」
 そんな様子を見つめ、ハウスィはふわっと緩く笑いながらその場を後にする。
「男性一人だとこういう時寂しいよね……」
 自分自身も、家に帰って早いところこの汚れを落とさねば。
 勝ったはずなのに、どこかトラウマが大きい。
 ケルベロス達はまだ脳裏にこびりつくゲジの様子をさっさと忘れてしまいたい、早くシャワーを浴びたいと、足早にこの地を後にするのであった……。
 

作者:狐路ユッカ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年7月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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