「おっかしいなあ、何かが居るような気がしたんだけど」
町の郊外にある廃屋で、男がキョロキョロと当たりを探った。
一つ目の部屋から次々と、次の部屋を。
あるいは、箪笥の影や、襖の影まで探し始める。
「どこかに、どこかに居るはずなんだ」
探しつつ、男は急に振り返った。
何度も何度も。
誰かの視線を感じたかのように、ピクリと振り返る。
その……何度目かの時のこと!
「っ! やっと見付け……」
『違います。ですが私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります』
興味深々といった風情で、顔を輝かせる男。
振り返った先に居た女は、手にした鍵で男の胸を突き刺した。
男は倒れるが傷は無く、男が居たその場所に一つの目玉が浮かんでいたと言う……。
●
「不思議な物事に強い『興味』をもって、実際に自分で調査を行おうとしている人が、ドリームイーターに襲われ、その『興味』を奪われてしまう事件が起こってしまったようです」
セリカ・リュミエールが何枚かの資料を手に、その内の一枚を抜きだした。
資料のそれぞれにはタグが付けられているが、この一枚には『興味』とだけ記されている。
「首魁かどうか判りませんが、『興味』を奪ったドリームイーターは既に姿を消しているようですが、奪われた『興味』を元にして現実化した怪物型のドリームイーターにより、事件を起こそうとしているようです。怪物型のドリームイーターによる被害が出る前に、このドリームイーターを撃破して下さい。夢を奪われた方は昏睡しているようですが、撃破に寄り目を覚ますはずです」
セリカはそう言うと、周囲の地図を用意する。
これが2つ目の資料。町の郊外だろうか?
これで要因と、場所が判明したことに成る。
「敵の形状は、空に浮かぶ『目』です。目玉にしては巨大ですが、全体的には言うほどの事は無い筈です」
最後にセリカは、三枚目としてメモ帳にスケッチを描き始めた。
楕円を描くと、その中に真円。
そして軽く色をつけて、別の色で付け直す。
「攻撃は非常に強力で、視線があった者に強烈なトラウマを引き出したり、催眠を浴びせたりする能力を持っているようですね。思考的には、物陰から様子を窺い、視線を合わせた者に襲いかかる。反面、視線を避ける者を後回しにする傾向があるようです」
まるで、幼いころに考えた幽霊・妖怪の様だと、誰ともなしに思った。
恐ろしいと思う反面、見付けだしたいとも思う。
幼いころというくくりを抜けだすと、不思議と忘れてしまうアレだ。
「正しく対応できれば、戦場や陣形をコントロールできるかもしれません。しかし、戦闘に言うほどの影響を与えないので注意してくださいね」
最大の問題は、これがドリームイーターであるということだ。
妖怪じみた反応をしても、幽霊の正体見たりとはいくまい。
結果的に、人々に襲いかかるし、ケルベロスとて同じだろう。
「何に興味を持つかは人それぞれですが、知的好奇心を持つのこと自体は良いことです。ですがその興味を使って、化け物を生み出すなど、まして人々を襲わせるなど見過ごせません。是非とも対処をお願いしたします」
セリカはそう言って、三枚の資料を手渡し、軽く頭を下げた。
参加者 | |
---|---|
花道・リリ(失せモノ探し・e00200) |
繰空・千歳(すずあめ・e00639) |
ラーナ・ユイロトス(蓮上の雨蛙・e02112) |
柊・乙女(黄泉路・e03350) |
シルキー・ギルズランド(ぱんつはかない系無表情座敷童・e04255) |
夜殻・睡(凍夢の鋭刃・e14891) |
神宮司・早苗(御業抜刀術・e19074) |
赭嶺・唯名(紫黒ノ蝶・e22624) |
●
「何か、居なかった?」
「気のせい……いや、今回のターゲットかもしれん。そろそろ警戒しておくとしよう」
そいつは声も無く、音も無くやって来る。
彼方から来りて、こなたに迫る影。
訳の分らぬナニカこそが不安を掻き立てる。
「そこに何かがいるのでは……そんな経験が無いわけではないわ。確かにこんな感じだったわね」
花道・リリ(失せモノ探し・e00200)は苦笑しながら、ローティーンの年頃を思い出した。
思えば色々あった物だが、昔と今では、何が違っているだろう?
「居ると思えば返ってそんな気配がするって言うっけ。好奇心は身を滅ぼすとはよく言ったものね。手遅れになる前にちゃちゃっと片付けましょ」
振り返りたくなる気持ちを抑え、廃屋を目指す足を止め、リリは広場への道をゆっくりと進む。
だが、気配は益々強まるばかりだ。
遠ざかるたびに近くなった気がするという、狂気じみた小説の表現を思い出していた。
「まったく……、そんなに見て欲しいのなら、幾らでも見てやる」
柊・乙女(黄泉路・e03350)は元来た道に戻る道すがら、自身で張り巡らせたテープを視界に入れ、広場までの距離を測る。
ただしその歩みは遅く、ナニカが居ると思わしき場所へ目を向けたまま。
居ると決まった訳ではないが、居ると仮定して、絶好の位置を想定する。
「……そう隠れずとも、お前が息絶えるまで、見つめてやるとも」
呪術に置いて、特定の物を別のモノに置き換えることを『見立てる』と言う事もあるとか。
乙女は敵の動きを、猫科か何かの猛獣に見立てて暗がりに潜むモノと、対峙する。
「居た」
「こちらでも確認。妙な夢喰いさんも居たものね」
乙女は短く結論だけを述べ、目を合わせた後、囮役を務める為に決して目を反らさず、後ずさるように下がる。
そしてもう一人の囮役である繰空・千歳(すずあめ・e00639)は、一瞬だけ相手を視認すると、目を反らして乙女の視線だけを追った。
「こんにちは、目玉の妖怪さんちょっとばかり睨めっこなんて如何かしら? 鈴も……あなた、視線を合わせるってできる? できたら結構スムーズに行くと思うんだけど」
千歳はミミックの鈴を引き連れて、仲間の直ぐ脇で、カバーできるように、そして代役がこなせる位置取りで歩調を合わせる。
彼女達は交代で囮役を務め、今回の戦いをコントロールする為に動きだした。
囮役が敵を捉えた事もあり、広場に向けて移動中のケルベロス達は、戦闘準備を整える。
「特に人影はない……かな」
シルキー・ギルズランド(ぱんつはかない系無表情座敷童・e04255)は電灯で広場までの道を照らしつつ、先駆けて邪魔なモノを確認。
電灯持って目的地までって、まるで……。
「怪談や都市伝説に対する『興味』から生まれるドリームイーター……。夏休みは肝試しの時期だから……これから増えそう……」
シルキーはそんな事を思いながら、電灯をゆらゆらさせて見た。
広く浅く周囲を探って行くというよりは、御散歩するかのようだ。
「興味も夢の内なのかしら、随分と嗜好の幅が広いようで。本命は捕まえられないにしろ、爪痕は綺麗に掃除しておきましょうか」
彼女のそんな呟きを拾い、千歳はドリームイーターも肝試しがしたいのかなと首を傾げた。
「(ここまでは何とかなったわね。でも気を抜かないようにしないと。……後で終わったら、礼くらい言いましょうか)」
暗闇の中をおっかなビックリ進みながら、物陰が気になっていたリリは、頼もしい仲間達と愉快なサーバントの様子にホっと一息をついた。
言葉には出さず感謝しながら、素直に言えるかしらと内心で首を傾げる。
しかし、そんな余裕はここまでだ。
これより戦いが待っているのだから……。
●
『オーン!』
巨大な目玉が、月を従者に天空へ鎮座した。
それはまるで、月を媒介に下界を見下ろす魔物の瞳だ。
だが思い出すが良い、もとよりドリームイーターは……、人々の夢を奪う魔物である!
「でっかい目玉が相手とは、なかなか妖怪じみとるのう……。こいつの写真でも取っておけば売れるんじゃないかの。無理か」
「幽霊の正体見たり枯れ尾花、の方がまだまっしですね」
魔が支配するソラを見上げて神宮司・早苗(御業抜刀術・e19074)は唸り、ラーナ・ユイロトス(蓮上の雨蛙・e02112)は溜息をついた。
隠れていた時はチラチラと眼の端に捉えた程度であったが、月にも似た黄金の目を見開けば存在感が増す。
ラーナは肝試しに例えた仲間の気持ちが判る気がした。
ただ違うのは、己の瞳にも似た輝きに対する苛立ちである。
「ふふ、怪談話は面白いから好きだし、興味はあるけど、エセ幽霊には興味ないね」
赭嶺・唯名(紫黒ノ蝶・e22624)はLEDランプを脇に置きながら、箱竜のネフェリィムを前衛に移動させた。
そして、つまらない幽霊モドキはあの世に送ってやろうと鯉口を切る。
「闇あるところ光あり、悪あるところ正義あり……」
仲間達が動き出す前に、早苗は大きく息を吸い込んだ。
「天空よりの使者、早苗さん参上! ……なんての。ゆくぞ!」
早苗はアザトイポーズで『わし…ぬしなら出来るって、信じとるから…!』とエールを送る。
きゃるる~んと可愛らしさを強調し、仲間達の緊張をほぐす。
「見た目は十分、ホラーですけど、怪物退治と参りましょうか」
ラーナは月の位置で狙うべき場所を定めた。
片手に針のような杖を、もう一方の手にロッドを構えて杖の様に振るう。
さすれば真夏の夜に、稲妻が鳴り響く!
エールと雷鳴により開戦の狼煙があがり、ケルベロス達は攻撃を開始した。
「こんなつまらない幽霊は、ウチの刀で幽世に送ってあげるよ」
唯名は空間を切り裂き、かくりよとの扉を開ける。
ソレは仲間達が与えた負荷を再び、うつしよへと呼び戻す。
「……ん」
夜殻・睡(凍夢の鋭刃・e14891)は気だるげに眼をこすると、戦の気配にようやく覚醒する。
夜の黒は青く見えるとも言うが、長刀を翻せば仄かに光る輝きがそれを裏付けた。
蒼白く染まる刃が煌めけば、夜闇に融けて散りゆく。
「次は……」
眠たげな仕草は表情だけだ。
一閃の後、軽く身を起して流体金属を隆起させてグラビティを放り込み、次なる一撃に備えた。
戦いは、まだ始まったばかりなのだから……。
●
「影はあそこか……まったく、アンタのせいで綺麗な月が見えないわ」
敵の影でおおよその場所を掴みつつ、リリは両手のガトリング砲を唸らせた。
睡の鉄拳ほか数人が踏み込むのに合わせて、牽制を兼ねて思いっきり放つ。
「ゴミは、綺麗に掃除しないと……ねぇ?」
「……御掃除」
リリが作り上げる剣電弾雨の下をかいくぐり、シルキーは懐中電灯を片手に奔った。
逆手に電灯を持ち替え、えい、プスと目玉に突き刺すのは別に悪意がある訳ではない。
単純に、目線を合わせそうになったら、これで相手の視線を反らせるかなーと言う判断である。
対する敵の動きは判り易かった。
瞳は猫のように中央より黒く輝いて、迷わせるというよりは心を焼き払う為に魔眼を解放する。
「……失って判るモノか。どうでも良いモノなら惜しくも無いが」
乙女は手を太陽に透かすかのように掲げた。
虹色の輝きが彼女を焼くと同時に、浮き彫りになった痣が彼女を厄く。
言い寄る男が開始三秒で逃げ出すこの痣を、受け入れてくれた友人達。
そのありがたさは失って初めて判る痛みで、思い出すたびに心が彼岸を渡る。
「そろそろ良いかな? じゃ、交代」
「ここで交代するのは良いとして、ただ引くのは業腹だな。……なに、万分の一ほどだ。思い知れ」
千歳は黄金の輝きを仲間達に与え、乙女は放った呪縛の次手として、過去に感じた後悔と悔恨の痛みを抉りだして行く。
思い返す光景はバリボリと頭からハラワタから喰われる友人達と、全て終わった後で、かきむしるように指先で自分抉った心の痛み。
鎖骨から脇腹に抜けるように自分が腐って行くような記憶がよみがえり、掘り起こされた記憶の代わりに敵へと転映した。
『機嫌を損ねたアンタが悪いのよ。』
ここでリリは重力を掌に収束させながら輪転させる。
整然として回転するソレは、様々な軌道を描くうちに膨大な熱量を帯びて行く。
そして交わらぬ軌道がいつしか接近し始め、老いも若きも男女の区別なく、ひとしく死の眠りをもたらす為に一点に収束し始める。
その時はいつか?
『籠女…囲め……』
シルキーは敵の背後に当たる位置に移動しつつ、仲間の攻撃に合わせて唄を歌い始めた。
唄と共に数々の童女が出現し、様々な得物を持って周回していく。
回り続ける囲みは、灼熱のサイクロンと共に1つに昇華するのだ。
そして重なる影は彼女達のモノだけではない。
「斬撃は一つじゃない。ウチの『人ならざる者』の剣技、見せてあげる」
「後ろの正面だあれ……?」
唯名が繰り出す抜刀に、追随する複数の影。
連続で繰り返される居合いの後に、後方から迫るシルキーの声は、目玉だけのお化けに聞こえたのだろうか?
「みんな派手ね。……鈴ったらもう、遊んでるんじゃないのよ? もし私が大怪我したら、変わってもらわなくちゃいけないのに」
千歳は加護を仲間たち全体に延ばしながら、己のサーバントがエクトプラズムで作る目玉を見つけ、呆れたような楽しそうな苦笑いを浮かべる。
そして黄金の瞳が放つ重圧を跳ね除けながら、機械の腕をガトリングに替えて反撃の機会を待った。
この怪我は威力こそあるものの、自分で癒す必要が無い。
何故ならば……。
「まあ厄介と言えば厄介ですけれど」
「月の光を真似るならば、月の光で相殺してやろうほどに」
ラーナが横合いから蹴りを叩きこみ、早苗の創り出す二つ目の月が、刺すように輝いて痛みを退けていったからだ。
かくして一同は、声こそ駆け合わぬものの、互いに協力し合い敵の攻勢を抑えていった。
●
「攻撃を受ける……? でも、構わない」
睡はこのままでは避けられぬと判って、込めるグラビティに力を込めた。
精神力と共に叩きつけていた力を結集し、地面に突き立てておいた刃に上乗せする。
そしてカウンターのつもりで世界を切り裂き始めた処で……。
「熱い……暑いのは嫌、だ……。だけど反撃……っ。ボクス?」
睡の視界を真っ赤な炎が染める。
体感温度がそれだけで二度は上昇し、意識が明後日の方向に飛びびそうになるのを珍しく必死で制御する。
だが、そんな苦しみを遮断したのは、仲間のサーバントだった。
「よーしよーし。後でご褒美あげるからね。お返し!」
「……守ってくれた分のお礼はしないと。今はこれが精いっぱいだけど」
黄金の瞳を遮断したのは、唯名の箱竜だ。
睡は彼女にではなく箱竜のネフィリムに感謝の視線を送りつつ、二人の刃は同時に世界を切り裂いた。
だが唯名は男性が苦手で、睡は女性が苦手だ。
だからこれはただの偶然だろう。
二本の刀とボクスドラゴンが繋ぐ縁が、空間と共に巨大な目を切り割いて行った。
「あらあら。ちゃんとお礼言えるのね……私も後で言わないと。その前にまずは片付けてしまいましょうか」
「閉じる事も出来ないその目を、潰しましょう」
リリのガトリングが再び唸りを上げ、ラーナは拳を握って飛び込んで行った。
目玉に叩きつけることで、血潮を持って強引に視線を閉ざしていく。
後少し、後少しで完全に閉ざす事が可能だろう!
「ここまで来れば回復は不要じゃろう。仕留めてくれる」
早苗は錫杖片手に飛び出すと、敵と視線を合わせた時に過去を思い出しそうになってしまったが、危ういところで頭を振って考えを追いだした。
直接グラビティを受けて居る訳ではなのに、余波だけでこれかと苦笑いを浮かべつつ、仕込み刀を抜いて一気に周囲を引き裂いた。
「残念ながら夢喰いも妖怪も、怖くは無いのよ。だから『甘い甘い世界へ連れていってあげましょう。』夢の終わりは賑やかに」
「これで最後だからな……沈め」
千歳の変形させた腕から、飴いろの弾丸が無数に連射されていく。
そんな夢のような光景の下で、乙女は『彼ら』を意識の片隅から呼び寄せた。
腐って行く目玉を食わせるとは我ながら悪趣味だが、悪食だから文句は在るまい?
そう思いつつ、最後に敵が分断されるのを、冷たい目で見守って行った。
「マップタツ……あ」
斧を叩き付けて敵をぶったぎったシルキーは、不意に後ろを振り向いてキョロキョロ。
そんな彼女の様子に、疑問を浮かべた仲間が確認に行くと……。
「何か居るの? まさかドリームイーターのお変わり?」
「ううん……ただのゴキブリだった」
「廃屋でも壊してしまったらヒールしといたほうがいいかしらと思ったけど、そんなのが出るんじゃ考えものね」
唯名の確認にシルキーが端的に答えると、リリは苦虫を噛み潰した。
「……さてさて、今年の夏は、もしかしたらこういう怪異が多いかもしれませんねえ」
「……ん」
仲間達のそんな光景にラーナと睡は、そっとその場を離れるのであった。
戦いは既に終わり、ヒールが終われば後は帰還するだけである。
作者:baron |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年7月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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