●氷の城
時は、夏。
けれどこの建物の中は、どこもかしこも冷え切っていた。
それもそのはず、室内の調度は全て氷で作られているのだ。
氷で作られた繊細なシャンデリア、壁に刻まれる見事な細工。
氷でできたイルカや魚の彫刻が室内を舞い泳ぎ、色水で作った色とりどりの氷ランプが幻想的な光で室内を彩っている。
メニューに書かれているのも、かき氷だのアイスドリンクだのばかり。
金も手間もかかっているだろう氷のカウンターの前で、打ちひしがれるのは色の白い女性だった。
彼女が見ているのは、何枚ものアンケート。
「とにかくさむい! 温かいメニューも出してほしい」
「コートの貸し出しが必要」
「厚着しないと長居できない」
ここを訪れた客達が書いた苦情の数々を手に、表情を曇らせる。
「皆に楽しんでもらえるように素敵なお店を作れたと思ったのに。…もっと、色んな事に気を配るべきだった」
胸に満ちる感情の名は、後悔。――故に、『彼女』が現れる。
店主の心臓を綺麗に一突きするのは、鍵だった。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『後悔』を奪わせてもらいましょう」
夢を堪能するよう、ゲリュオンの名を持つ魔女は微笑む。そうして、倒れ伏した女性を其の侭に来た時と同じよう唐突に姿が消えた。
代わりに起き上がるのは、氷の彫像の如く冷たく整った容貌のドリームイーター。
ドリームイーターは、改めて降ろされていた看板を外へと掲げ直す。
店の名前は――『氷の城』。
●城に眠るは
「今日もお疲れさま。――じゃあ、始めようか」
招集に応じてくれた皆へと一礼すると、トワイライト・トロイメライ(ヴァルキュリアのヘリオライダー・en0204)は資料を手に口を開く。今回彼が説明するのは、第十の魔女・ゲリュオンが引き起こしたドリームイーターの事件だ。
「自分の店を持つという夢――、夢は叶えたところでお伽噺のようにめでたしという訳にはいかないのが、残念なところだね。
その店は潰れ、残ったのは『後悔』。そこに付け込んだ魔女により、後悔を元に現実化したドリームイーターが事件を起こそうとしている。
夢を奪われた店長は覚めない眠りに陥ったが、このドリームイーターを倒せば目を覚ますこともできる筈だ」
場所は、都内のとある繁華街。その裏路地にひっそりと運営されていた『氷の城』はいわゆる、アイスバーという奴だ。室内を全て氷で作り、テーブルからグラスまで氷だというのだから、徹底している。
テーブルが四つほどにカウンターがあり、夜は主にお酒を扱うが昼間はかき氷やアイスティなど、カフェの運営をしているそうだ。
主に氷や石化を使った幾人もを巻き込む攻撃や、状態異常を得意とするとのこと。
「――ところで、このドリームイーターには特徴がある。店に乗り込んでいきなり戦闘を仕掛けることも可能だが、客としてサービスを受け、そのサービスを心から楽しんであげると、ドリームイーターの心が満たされるらしい。
結果として、ドリームイーターの弱体化が起きる他、満足させてから倒した場合は意識を取り戻した被害者も、後悔の気持ちが薄れて前向きに頑張ろうという姿勢になれる、というおまけつきだ」
勿論、正面から戦闘を挑むのも一つの手ではあるだろう。実際に挑むのはケルベロス達なのだから、とトワイライトは言う。
「賑やかに楽しくお店で遊んでほしかったらしいのよ。だから、もし楽しむなら皆でお出かけしたら素敵だわ?」
鳴咲・恋歌(サキュバスのミュージックファイター・en0220)の方はそんな風に言葉を悪戯ぽっく足す。
「やり方は君達次第だ。何より、無事に帰ってくるように。ではね、――いってらっしゃい」
トワイライトは最後に皆の顔を一人ずつ見渡して、穏やかな笑みでケルベロス達を見送る。
参加者 | |
---|---|
ミューシエル・フォード(キュリオシティウィンド・e00331) |
エルス・キャナリー(月啼鳥・e00859) |
小鳥遊・優雨(優しい雨・e01598) |
小山内・真奈(ドワーフの降魔拳士・e02080) |
成瀬・涙(死に損ない・e20411) |
幾島・ライカ(スプートニク・e22941) |
ティリクティア・リーズ(甘味大魔王なエルフ・e23510) |
フィオナ・オブライエン(アガートラーム・e27935) |
●ようこそ、氷の城へ
白んだ太陽は凶暴な熱を放って肌を焼く。纏わりつく湿気もまた不愉快だ。
そんな真昼に陽炎のようぽかりと浮かぶ薄水色の扉をエルス・キャナリー(月啼鳥・e00859)はそうっと開く。途端、頬に触れる心地の良い冷風。
砂漠に迷い込んだ小鳥がオアシスを見つけたみたいに、小さなオラトリオは色素の薄い口許をふわりと微笑ませる。
「とっても、涼しいです」
「うわぁ、まるでおとぎ話のお城みたい!」
お邪魔します、と続いたティリクティア・リーズ(甘味大魔王なエルフ・e23510)はエルフ耳をぴこぴこと揺らす。これからを待ちきれないような上機嫌に、彼女の耳はいつだって素直だ。
磨き上げられたグラスから、空を泳ぐ精緻な彫刻、曇りひとつないカウンターまで全ては氷でできた冷たくも鮮やかな空間がそこにはあった。
「これ、本当に氷……? まるで水晶みたいだ」
「ね、すごいわ!」
細工の見事さに思わず声を上げるフィオナ・オブライエン(アガートラーム・e27935)。
直ぐ近くに同じよう好奇心に満ちたティリクティアの顔があって、どちらともなく小さく笑う。
見つめ合った金と紫。二人して宝石のようにきらきらと瑞々しい輝きを宿している。
「ここだけ冬が来たみたいやわ」
小山内・真奈(ドワーフの降魔拳士・e02080)は見た目は愛らしい幼女だが、実年齢に見合った豪胆さですたすたと中へ入っていく。
大事に猫を抱いて嬉しげに微笑む成瀬・涙(死に損ない・e20411)は言葉はなく、けれど純粋に楽しむ気持ちは伝わってくる。
持参のコートを幾島・ライカ(スプートニク・e22941)が着込む間にテレビウムが中の様子を覗き込むのは好奇心か、はたまた先んじての安全確認かどちらにしろ満足げに頷いた。
当のライカはそれに気づかず予定している背伸びしたエスコートの段取り確認中だ。
「みんないっしょだと、たのしーね!」
暑さに萎れる花のよう羽を下ろしていたミューシエル・フォード(キュリオシティウィンド・e00331)が招くような涼風と様々に楽しむ皆を見てぱっと無邪気に笑う。
「本当に。賑やかになりそうです」
小鳥遊・優雨(優しい雨・e01598)が緩やかに頷くと、マフラーを用意するのは己のボクスドラゴンの為に。
そんな一行を迎える店長が案内する席は続きのテーブルだ。ドリームイーターながら、客への害意は全く見て取れない。
彼等が心から楽しもうとする姿勢は、しっかりと伝わっていたのだから。
●おもてなし
「氷の城か、良く作ったものだ」
感嘆するスレインに、ミューシエルは元気よく胸を張る。
「すごいでしょ、ほめてほめてー!」
「良く見つけたな、ミーシャ」
寒い国から来た彼女にとって過ごしやすい上、冷却の必要もない分スレインの思考も捗ると無邪気にはしゃぐ彼女に彼とて感ずることが無い訳ではない。
ただアウトプットは別問題だ。
ミューシエルは指をぴんと立てて言う。嬉しいときは、笑って、と。
笑いを解析すれば口角が重要だろうと思考の結果、彼の笑顔は非常にわざとらしい。
「にこーってするの!」
向けられる天真爛漫な笑顔。
その意味だって決して分からない訳ではないから、試行錯誤を。
練習の傍ら交わされるのは、彼等が満喫する店の話。
「間違えたならば修正をすれば良いのだ、取り返しは付く」
生真面目な口調で告げた彼は己の頬を一撫でする。そうして、根気よく付き合ってくれる少女を見遣り僅かな思案の後――また、笑う。
難しいな、と言いながら。
優雨のエスコートで店内に入るのは千代菊と、彼女らのボクスドラゴン達。みんな一緒に仲良く席に着く。
「主さまは桃のかき氷などいかがです?」
問う千代菊に鷹揚に頷く主さま。マフラーで巻かれたイチイの方は、かき氷に元気よく顔を突っ込んだかと思えば頭をふるふる揺らしてテーブルに盛大に転がった。
「ああ、これはキーンとなってるやつです…」
心配げな千代菊に大丈夫ですよとばかり優雨はクールに微笑む。
二人の視線の先、イチイはむくり起き上がって果敢にかき氷の器にまで挑んでいた。
楽しげにそんな光景を眺めてから、優雨はアイスを一口まずは主さまにあーんと食べさせる。
千代菊も楽しげにジンジャーエールを楽しんだり、みかん氷をあーんなんてしてイチイと戯れていたが、ふと。
「優雨さんは僕にもアイス食べさせてくれてもいいんですよ」
「わかりました。わんこにも、――はいどうぞ」
優しげに差し出すが一口で終わる気配がない。どこまでだって、ドリームイーターが満足するまで食べて貰う気満々だ。
「とっても素敵っすね!」
「ほんとだ、すごく綺麗!」
硝子細工のような内装にライカが歓声を上げると、呼応して瞬く紡の瞳は印象的な青。無邪気にも神秘的にも見える不思議な色。
椅子を引いたりメニューを手渡したりエスコートに励むのは、フローズン・ダイキリを引き寄せる指先すら綺麗な紡にいいところを見せたいから。ライカの眼差しには憧れが素直に滲む。
「そんなに甘くカロリー欲張っちゃえるのも若いうちだからね?」
一方で生クリームましましのミルクティにかき氷を年相応に頬張るライカに紡は可愛い妹分を見守る心地で。
「ライカも大人になったら紡さんとお酒を飲みたいっす」
酒精と夜の帳の向こうは未知の大人の場所だ。お酒の好みを聞くだけでも遠い世界。
「お酒は今は無理だけど、――アイスは一口いかがかしらん?」
酒気を楽しんだ後の一匙は微かな残り香と共に。
素直に甘味を楽しむ彼女は、いつか大人のほろ苦さを知るのだろう。
確かなのは今もこの先も、――紡はライカを見るのが楽しみだということ。
色水を凍らせた彫刻を興味深く眺めるフィオナはすらりと伸びた手足を見せる半袖にショートパンツの活発な装いだが、寒冷適応もあり全く寒さを見せる様子なくミルクティをオーダーしていた。
「つめたいミルクはたっぷりで」
そんなオーダーに店主の機嫌は良いようで、フィオナにとっても出された飲み物はアイルランド出身だという彼女の口にも合う深みのある濃さと、味のしっかりしたミルクが悪くない。
「かき氷も何にしようか迷うわ」
「全くよ、フィオナさんはミルクティだけにするのかしら?」
真奈がメニューを広げるのに、恋歌も覗き込んで問う。
「アイスも気になるから、頼むつもり」
「そうね、アイス食べたいわ。でもやっぱりかき氷は外せないわよね!」
ティリクティアも頷いて思案の結果苺ミルクかき氷をオーダー。勿論、二人ともアイスの方も注文している。
ふわふわきめ細かな氷は天然水を凍らせたものだそうで、口当たりよくほろりと溶ける。手作りの苺シロップと濃い練乳が合わさればそれはもう幸せの食べ物だ。
涙も皆と一緒にメニューを眺めた結果、アイスに添えるのはフレッシュなライムを絞った甘さ控えめの舌で弾けるソーダに。
中に入っている氷のひとつひとつにも、ミントやライムの欠片が閉じ込められて目を楽しませる緑のアクセント。
涙に寄り添うラグドールが、一緒に来たアイスの方を小さな鼻で嗅いでからメニューを肉球で叩く。
(……え、スノーベルも食べるの…?)
声はなく首を傾げる主人に、猫は自身の毛並みのように綺麗なみぞれのかき氷を主張。
真奈もかき氷を手に取っているし、他にも迷う面々はいるようだ。
「マンゴーとパイナップル…どっちにしましょう」
「きっと両方美味しいわ」
「フルーツシャーベット、よかったよ。かき氷もおいしいんじゃないかな」
真剣に悩むエルスに確信じみて言うティリクティアに、アイスをつつきながらしみじみというフィオナ。そして結局、両方ともオーダーと相成った。
氷の器まで飾り細工が入っていて、果物と蜜だけで作ったのだというシロップはとろり優しい色と香り高い風味。
何もかも楽しいと好奇心に満ちた様子で喋ったり大事に味わったりする傍らで仕事も忘れないエルスは慎重に辺りを見渡す。
今のところ、客は他にはいないようだ。
「恋歌様。もし人が増えたりしたら、避難誘導を頼んでも宜しいの?」
「もちろんよ、頑張るわ。……ところでこの薔薇味も乙女で美味しいの」
かき氷をつつく手を止め恋歌は自分の胸を叩いて見せる。味見する? なんて皆で楽しみながら。
「私は、誰かいたら結界を張るわね」
ティリクティアも真面目に相談へと加わるが、かき氷はぺろりと消費され次はアイスに取り掛かるところだ。甘味はいくらだってこの小さな体に収納される。
皆が楽しむアイスはフレーバーも豊富。
バニラビーンズのたっぷり入った定番のバニラに良質なカカオを使ったチョコ、シャーベットの類も風味豊かに舌の上で溶けていく。
「幸せだわ」
うっとりと平らげたティリクティアは、皆が食べ終えたのを待って満足げな店長へと顔を向ける。
「だからこそ、彼女の夢と後悔返して貰うわよ」
綺麗な室内、美味しい甘味。
全部、一人の女性が努力の末に作り上げた確かな『夢』なのだから。
●氷の女王
真っ先にエルスが確認したのは、扉の方角。幸い、皆以外に新規の客は入ってこないようでアイコンタクトを受けた恋歌も頷きを見せる。
ほぼ同時、エルスを狙って襲い来るのは氷の彫像のようなドリームイーターが投擲する雪の塊。避けきれない、と冷静に判断する彼女を、ライカが両手を広げて背へと庇う。
「お任せ下さいっす!」
たちまち、ライカの緩いウェーブを描いた髪の端から凍り付いていく。強烈な寒さだ、――けれど当人と言えば少しばかり不思議そうに。
小麦粉が一生懸命流す、あったかお雑煮の動画を眺めるとすぐに氷は溶けていく。
エルスが心配げにライカを見遣ると朗らかな笑みが返る。
「問題ないであります。……思ったよりも勢いが弱かったっす」
そしてお返しとばかり螺旋の勢いで拳を異形へと叩き込みに。
エルスも思案しながら背後の仲間達へとチェインを操る。――鎖が描くのは守りの魔法陣。
フィオナもまた、ゾディアックソードを掲げて守護を刻む。長剣の描く星座は、確かな星気を味方へと分け与えていた。
ミューシエルと真奈はそれぞれに形の違う炎を放ち――その強烈な勢いに敵の薄い陶器のような肌が焼け焦げ罅割れを作る。
涙もまた、己が武器に炎を纏わせて――一気に、解き放つ!
重なる炎の勢いに身悶えながら、異形は体勢を立て直そうと足掻いている。
涙も何かに気づいたのか大きく、瞬きをして。主人の様子に敵を引っ掻いていた猫も足元に戻ると顔をすり寄せる。
「――測ります」
皆の手応えを見ていた優雨はティリクティアと視線を見交わし、頷きを交わす。
ほぼ同時、狙撃手の位置から駆け抜ける影は二つ。
ティリクティアがシャーマンズカードを繰り、呼ばうは強大なる御業。彼女の意に従って、ドリームイーターを壁へと押し付ける。
真っ向から振り下ろされるのは、斧の一撃。優雨は巨大な斧を白く細い腕で振り上げ、断ち切らんと勢い良く。
返礼とばかり身を裂かれながら異形が繰り出すのは氷交じりの雪礫。
後衛へと迫りくる雪の嵐へと、真っ先に身を投げ出すのは雪白の猫と柔らかな緑の色を抱くボクスドラゴン。
スノーベルは名の通り白の毛並みを凍り付かせて、涙へと降り注ぐ筈の苦痛を受け止めようとする。
イチイもまた綺麗に整えられた飾りや毛並みを鋭い氷の刃で切り裂かれて、春の芽吹きのような緑が白と紅に染まる。
「小麦粉!」
ライカが咄嗟に名を呼ぶと、委細承知と果敢に跳ねるテレビウムは恋歌を庇い、ライカはティリクティアの腕を掴んで自分の側へと引き寄せる。
降り注ぐ白さは高い精度で巻き込んだ者達を凍り付かせていく。
「それでも、――恐らく敵は全力を出せていません」
観測の結果、エルスが結論を口に出す。誰もが異論はないようだ。
恐らく、ドリームイーターを満足させた成果なのだろう。
例えば攻勢に長ければ翻弄されたろうし、防衛に長ければ煩わしい。だが、あらゆるポジションの利を得ていない――。
「予定通り、メディックをお願いね。攻勢に回るわ」
「なら、支援をお願い。僕達が他を受け持つよ」
ならば短期で畳みかけようとティリクティアが恋歌に声をかけフィオナも頷いて涙も含めメディックへの仕事を分け合う。
サーヴァント達の補助と手厚いメディック層により吹雪の残滓は取り払われていく。
――とは言え、全く油断できる程の実力差もまた、ない。
人数の多さも相まって行き届き難い支援や前衛の連携等、体勢を整えるには多少の時間と犠牲を要した。
時には斬撃や搦め手も繰り出しながら、一番の脅威となるのは凍てついたその吹雪。
また、白い嵐が吹き荒れる。次の着弾は、前に立つ者達へ。
ミューシエルへの暴風には凍った氷柱が混ざりその鋭利さが少女の喉を狙いに行く。
殆ど奇跡的に反応が叶ったライカは、腕で間に合わぬと悟るとロッドを強く持ってその氷柱へと掠らせる。
鋭利な氷は軌道を僅かに変えてミューシエルから逸れた代わり、突き立つはライカの肩に。
ミューシエルの瞳が大きく見開かれるが、それは悲嘆にくれるのでなくて決意に満ちて敵へと向き直る面持ちだった。
「――宇宙のように、花のように」
怪我を癒しに行くのは、蒼い青い光の渦。ライカの声が孕むは強く清冽な――夢と希望。光に、満ち溢れた奇跡の青色。
「これ以上、させないよ」
癒されて尚、味方の傷の深さにフィオナの眉が微かに揺れる。銀の籠手で強く掌を握り締め、また開く。
静かな横顔は強い決意と誇りに満ちてオウガメタルより銀の粒子を編み上げる。心を通じ合った武具に呼びかけるのは、守り手として。
真っ直ぐに差し伸べた指先から溢れるオウガ粒子は、ケルベロス達へと満ちていく。冴え冴えとみなぎる、その力。
機は熟したと涙は判断すると、猫の背をそっと撫でてフィオナの補助を頼む。
そして時空すら凍結する、オラトリオの力を弾丸に込め――撓めて。そして視線はティリクティアに微かに向いた。
「ええ、――任せて」
彼女が操るのは、炎。御業へと意識を同調させれば、ふわりと金の髪が風もないのに揺らめき靡く。両手を構え、極限まで張り詰めた意識で繰り出す、光の弾。
涙の操る氷弾と螺旋を描くようにして吸い込まれ、互いに反発するのでなく増幅した力がドリームイーターを打ち貫く!
それが、契機だった。
「そろそろ、終わりにしよか。――刃の錆は刃より出でて刃を腐らす」
敵の隙を逃さず、雪氷に切り裂かれた真奈は苦痛よりも笑みを唇に浮かべる。
受けた傷の分。その攻撃は炎へと変換され、凝縮されて紅蓮を描く。
ミューシエルは、木から作り上げられた槍を構える。真奈が飛び込んだ後を追う確かな軌道で、臙脂の炎が槍の周囲を取り巻くのは涙が付与した故の威圧。
「あたると、いたいよっ!」
小さな体から投擲されたとは思えぬ勢いで、狩猟の槍は敵を穿ち壁へと縫い付ける。
次に動くは、白銀の少女と漆黒の女。背中合わせに立つ彼女らの内、口を開いたのはエルスが先だ。
「終焉の幻、永劫の闇、かの罪深き魂を貪り尽くせ!」
常は前を向くいとけなき少女はその無垢を虚無へと染め上げる。
彼女の夢に現れる、ただ一色に世界を潰えさせる闇――。漆黒の眼差しよりも、尚昏く。
「ちょっとチクッってしますけど、動かないでくださいね?」
闇に喰らわれていく異形へと、優雨が紡ぐはあくまでマイペースな言葉。暗闇と絶望の中を悠然と黒の翼を揺らし歩んで、その手には注射器。
勿論、癒す為のモノではない。狙うのは、胸のその中央。
――速やかに注入されるのは、ただ安らかなる終わりのみ。
終焉の、更に果てへと連れていく。
●後悔の終わり
店内のヒールが終わる頃、店主は無事に目を覚ます。
魔女の知識を持たぬことを確認した涙は、温かな毛布を手渡す。
冷え切った体に優しい温度が彼女へと染みていく。寒いだけではない、何かの価値を教えて。
「みんな、お疲れさま。――お店、とても楽しかったわ」
笑って告げたティリクティアは店主へもねぎらいを込めて。彼女が心から楽しんだのも、また本当だから。
「その、面白かった。場所次第ではもっと人気になるんじゃないか。――例えば海辺で」
オープンテラスなんかもあると良い、と押しつけがましくない素朴さでフィオナも告げる。
皆が教えてくれることは難癖でも駄目出しでもないとわかるから真剣に彼女は頷きメモを取る。
アンケートもまたひとつ新しく増えていた。
『後ろを振り返るより、前を向こう』
そう始まるのはエルスが書いたもの。
後悔よりもアドバイスを見て改善していくように優しく書かれていた。
「皆、いいお店になるように教えてくれるんですよね」
意固地になって後悔するばかりだったアンケート結果も振り返れば大事な言葉だった。
何より、そういう気持ちにさせてくれたのは――彼等のお陰なのだ。
「不思議ですね、なんだか。素直に、頑張ろうって思えるんです」
沢山の困難はあるけれど。胸に巣食った後悔は吹っ切れていた。だから、彼女はまた立ち上がれる。
「いつかまた、氷の城にいらして下さい。頑張って工夫します」
晴れやかな声で、最後はこう締められる。
「ご来店有難うございました。――またのお越しを、お待ちしています」
作者:螺子式銃 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年7月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 9/キャラが大事にされていた 0
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