黙示録騎蝗～零式羽黒蜻蛉

■リプレイ

●邂逅
　歩行者天国を巨大な影が覆う。
　１人の男性が異変を感じ、空を見上げようとしたときだった。
　空を見上げることができない。
　既に首を噛みちぎられていたから。
　空から急降下した蜻蛉型ローカストの無慈悲な一撃。血飛沫が周囲一帯を紅へ染め上げる。
　近くにいた人々は阿鼻叫喚。
　しかし、悲鳴を上げているにも関わらず、聞こえない。聞こえるのは自身の鼓膜を刺激する高周波ノイズだけ。
　振動に耐え切れなくなったビルのガラスが砕け散る。ガラスのシャワーが人々へと降り注ぎ、両耳の鼓膜が突き破れる。
　歩行者『天国』が『地獄』へと染まっていく。
　ローカストより遥か頭上から、割り込みヴォイスによって話しかけるのはソネット・マディエンティ（蒼き霹靂・e01532）。
「私らのいないうちに、好き放題やってくれてるみたいじゃない」
『！』
　ローカストは奇襲を覚悟して空を見上げるが、空から降り注ぐのは攻撃ではなく虹色の雨。
　月城・黎（黎明の空・e24029）とリニア・シュガーソング（ウェアライダーのウィッチドクター・en0187）による恵みの雨が、微かにも息のある人々の命を紡いでいく。
　一斉にケルベロスがヘリオンから飛び降りる。
「……奇襲はしない」
　ガルフ・ウォールド（欠け耳の大犬・e16297）は、ホバリングするローカストと視線を交差させる。
　昆虫を愛するガルフにとって、敵意をむき出すローカストに複雑な気持ちを抱いてしまう。
　複眼の瞳は、血走るかのように緑色ではなく赤色。不退転の決意が色濃く現れているのは明瞭だった。
　ケルベロスが歩行者天国に着地し、再びローカストを見上げる。
『……また邪魔しにきたか』
　我らが理想を打ち砕いた、忌々しい存在であるケルベロス。煮えたぎる殺意に身を任せたい衝動に駆られるが、ローカストは辛うじて抑え込む。
　ヴェスヴァネットとの誓いを守るべく、逃げ惑う人間を襲うことを優先すべく。
　漆黒の身体が、店内から出てくる大量の人々へと襲いかかる。
　が、両者間に鵺咬・シズク（黒鵺・e00464）は介入。
「無抵抗な奴らを襲って満たされるのか？　俺達の方が食い応えあるぜ」
　ローカストの発達した顎が、２本の斬霊刀へと容赦なく齧り付き、そのままにシズクを後方の壁へと叩きつける。
「冷静にあちらへ避難を！」
　その僅かな時間にも、セデルたちサポート部隊とリニアは避難誘導を開始。
　邪魔をするなと、ローカストが高周波を発しようとするが、先に響き渡る銃声に気を取られる。
　真上へと発砲したのは、江田島・武蔵（人修羅・e01739）。
「上からの命令とはいえ、こんな事は本意じゃないだろ。だから自分達ケルベロスが来た。意味はわかるよな？」
　武蔵の言葉、ケルベロスたちが来た理由を理解している。だからこそ、ローカストの動きは止まったまま。
　普段は軽い口調のルア・エレジア（まいにち通常運行・e01994）だが、今は違う。
　誇り高き戦士に敬意を示しているからこそ、金色の瞳はローカストをジッ、と見据えながらも、
「アンタに誇りがあるんなら、その誇りを示してくれないかな？　俺たちは逃げも隠れもしない、約束するよ」
　ルアの横に立ち並ぶ、篠村・鈴音（焔剣・e28705）も大きく頷く。ケルベロス全員の意思を言葉で届ける。
「私達は正面から貴方に挑みます。目的を果たしたければ、避けられないものと思って下さい！」
『……』
　ローカストは、しばしの無言。聞こえるのは人々の避難する足音、避難誘導するケルベロスたちの声。
　その音の全てが聞こえなくなる。すなわち、一般人がいなくなったことを意味する。
　一戦士として、誇りを失ってはいないことを証明すべく、ローカストはケルベロスとの戦いを選んだのだ。
　戦闘態勢となるべく、ローカストが空へと上がっていく。
　巽・清士朗（町長・e22683）も抜刀。
　そして、
「ケルベロスが一人、巽清士朗――……こたびの遺恨戦においてそこもとのお相手をさせていただくべく推参。いざ」
　戦いの幕が、切って落とされる。

●零戦、舞う
　空を旋回していたローカストが、垂直へと急降下。
　漆黒の身体に炎を纏い、グラインドしながらもターゲットであるルアへと突っ込む。
「おっと！」
　俊敏、鋭敏にもルアは大きくも跳躍し、回避。
　真下を通過したローカストは、単撃で終わらせるつもりはないと、またしても舞い戻るようにルアを目指す。着地した瞬間を狙うべく。
　未だ宙を舞うルアに焦りはなく、鍛えられた体幹にて半回転。指先には淡い紫光が輝いている。
「ほらほら、次はちゃんと狙いなよ。こうやってさ♪」
　着地直前に放たれる『女神の紫矢』。
　女神はルアのような気まぐれなのか。一直線だった軌道をシュート気味の軌道へと変更し、ローカストの視界から消える。死角へと潜り込んだ矢は胸部へ突き刺さった思いきや、ローカストも半回転。最小限の動きで矢を躱し、そのままに突撃。
　肉を切らせて骨を断つ。
　ルアを守りながらもカウンターを決めるべく、ソネットが鉄塊剣を振るう。炎を纏った両者の渾身の一撃。
　素早さが売りの敵を打ち落とすべく、ソネットは早めに武器を振るったが、想像以上に動きが早い。
「っ！　……重いわね……」
　攻撃を的確に当てることができず、肉を切らせて皮を切る程度の、割に合わない一撃しか与えられない。
　ローカストはまさに零戦。身軽にも空を泳ぎ、攻撃をかいくぐりながらも紙一重で反撃をする戦闘スタイル。
　仲間たちの遠距離攻撃をかいくぐりながらも、再び空へと逃げられてしまう。
　そして、あざ笑うかのように音波攻撃を地上の後衛陣へと浴びせる。
　鼓膜、脳にまで響く超音波に耐えるのは黎。仲間をサポートすることに重きを置いていたからこその迅速な対応を開始。
「ボクが処方するよ」
　纏っていたオウガ粒子を拡散させ、混乱状態に陥った仲間たちの身体へと付着させていく。神経を阻害する不快な耳鳴りが、瞬く間に静まり返っていく。それだけではない。仲間たちの集中力を上昇させることにも成功させている。
「これで少しは有利になるんじゃないかな」
　催眠状態を治すのみでなく命中力を付与するオウガバーストは、仲間たちが最も必要なグラビティに違いない。
　迅速な判断で適切な処置を施す。さすがはケルベロス兼医者である。
　恩恵を受けた鈴音が、斬霊刀『緋焔』を振り抜く。
「これなら！」
　ホバリングするローカストへ高密度な炎の礫を、鈴音はこれでもかと放ち続ける。
　圧倒的スピードで回避をしようとも、まるで磁石のように多量の弾丸がローカストへと追走し、攻撃の雨は止まない。
　鈴音に合わせるかのように、ガルフがエアシューズを最大出力に。さらには丸太のように足を膨張させ、一気に『蹴り上げる』。
　豪快にも地面を削り、摩擦を帯びた大量のアスファルトの破片は、炎を帯びながらもローカストへと一直線。
　襲いかかる攻撃量が倍になる。
『目障りなぁぁぁ！』
　自由だと思っていた空が支配され、ローカストは憤慨。
　強靭な顎でケルベロスを食い破るべく、再び急降下していく。
　ローカストが降りてくることを予想していた清士朗が、垂直な壁、柱を造作もなく飛び移り、三角飛びを繰り返す。
「まさに神速――ゆえに我、眼に寄らず」
　清士朗とローカストが空中で対峙。
「鞍御守神道流剣術 朧――瀧落」
　両者の刃が混じり合い、交差して間もなく清士朗の肩部から多量の出血が。
　ローカストは勝利を確信し、清士朗目掛けて戻ろうとする。
　が、真っ直ぐに飛べない。速度が出ない。
『！？』
　ようやく気づく。
　自身の４枚あった羽の１枚が、半分以上斬られていることに。
　僅かな動揺、仲間の作った隙を見逃さないと、武蔵が滑空するローカストへと距離を詰める。
「力を持ちながら何故従う？」　
　雨のような刺突攻撃を、ローカストの身体へと降り注がせながらも、武蔵はさらに問うてしまう。
「たとえ成就したしても、破滅しかない事はわかっているのだろう？」
『黙れぇ！』
　問いに答えるつもりはないと、全身を炎の鎧で纏いながらも武蔵を弾き飛ばす。靴底をすり減らしながらも、街路樹に激突しながらも武蔵は怒りを堪えきれず、呟いてしまう。
　怒りの矛先は目の前のローカストではなく、アポロン。
「これだけの戦士を『消耗品』扱いか……。無能なんてレベルじゃないな」
『貴様らに理解できるものか！　――ッ！？』
　怒りに視界が狭まり、慣れない飛行状態故に、シズクの振るった刃の残光しか捉えることができない。
「御託はいい。一戦士としてかかってこい」
『！　……』
　シズクの言葉に、ローカストの怒りが静まり返っていく。それは戦う直前に見せた静まりと酷似しており、ローカストが只の殺戮者ではないことを意味していた。
　緋色の瞳、２刀の刃を光らせながらもシズクは叫ぶ。
「さぁ！　不退転の覚悟を見せてみろ！」

●不退転同士の戦い
　３枚と不十分な１枚の羽で飛行するのは、不均衡だと判断したローカストは、対となる２枚の羽のみで飛行することで均衡を保つ。その犠牲として、速度は通常時に比べ減少。
「俺はこっちだよ～」
　ルアは自分へと注意を引きつけながらも、バスターライフルのトリガーを押し込む。
　速度は出ないといえ、不退転侵略部隊に身を置くだけのことはある。動かしていなかった羽を僅かに動かしながらも、空気抵抗を調整。攻撃の直撃を避けながらも、近づいていく。
　ルアは迎え撃つべくその場で構えようとするが、後ろから現れる影を見てバックステップ。
「任せたよ、ソネットちゃん♪」
　ルアとスイッチしたソネットが鉄塊剣を構える。炎を纏ったローカストが迫り来る。ここまでの形は初撃時とほぼ同じ。
　ソネットは巨躯な刃を振るい始める。
　柄を短く持ち、足・腰・肩の体幹の軸を意識してコンパクトに、敵の速度も補正。
「……せめて虐殺者の汚名でなく、戦士の誇りと共に散れ」
　ジャストヒット。真正面から叩きつけた降魔の一撃が、ローカストを今度こそ地面へと叩きつける。
　壁へと激突し、脳を揺さぶられたローカストは、何が起きているか理解できない。
　さらには、起き上がろうとする自身の身体がくの字に曲がる。
『！？』
「仕留めさせてもらいます……！」
　鈴音の容赦ない飛び蹴りが、ローカストを壁へと深くめり込ませ、空への逃亡を許さない。
『どけぇぇぇ！』
　捩じ込まれた鈴音の一撃を払い、それでもローカストは空へと羽ばたこうとする。
　ジョージが青黒いオーラを纏いながらも、ローカストを上から押さえ込むかのようにナイフを差し込む。僅かながらも時間を稼ぐ。
「ガルフ、今のうちにやれ」
「了解」
　憧れの存在、ジョージのサポートを受けながらも、ガルフは一点集中、手のひらに広がるエネルギーを、どこまでもどこまでも圧縮していく。
「……決着、つけよう。正々堂々、勝負」
　高圧縮したエネルギー弾をローカストへと叩き込む。刹那、エネルギーが爆ぜ、ローカストの肉片を一部分そぎ落とす。
　地に堕ちた虫は、空へ戻ることはない。しかしながら、地に堕ちた不退転の戦士は、再び空へと舞い上がる。
　武蔵はシングル・アクション・アーミー、回転式拳銃の火を吹かせながらも、ローカストの身体へダメージを蓄積させていく。
　もはや虫の息。それでもローカストは落ちない。己の身体が朽ちるまで止まるつもりはないのだ。
　空を見上げる武蔵は、もはや何も問わない。ただただ己の信じた道を突き進む戦士に敬意を抱くのみ。
　ボロボロになった羽で鳴らす音波攻撃。
　敬意を抱いているからこそ、手を抜くようなことはしない。
「リニア！」
「はいっ！」
　黎の合図と同時、２人は光の壁で音波のダメージを軽減させていく。
　壁を壊せない。それでも鳴らし続ける羽音が、どんどん弱々しくなっていく。
　清士朗が上段構えから刀を振り下ろす。切っ先から半月状の気咬弾が射出され、ローカストの残りの羽を奪い去る。
　地面へと落下してしまえば、死は免れない。
　だからこそ、雌雄をはっきりさせるためにも、シズクは刃を滑らせる。
「強かったぜ」
　地面へ落ちる直前、ローカストの身体が真っ二つに裂け、息絶える。

●散る様は儚く
　何時も笑顔の事が多い黎とルアでさえ、笑顔が消えてしまうほどに戦いが終わったあとの光景は凄惨なもの。
　例え最小限に被害を抑えることができたとしても、ゼロではないのだから。
　親友であるシヲンとともに平和な日常を送るため、
　１人でも多くの人々を医者として、ケルベロスとして守るため、
　それぞれの想いを抱きながらも、さらなる技量を磨こうと２人は心に誓う。
「……ジョージさんに一杯奢る約束したけど、ごめん、少し遅くなるかもだ」
　被害をゼロにはできなかった分、疲れてても働きたいと、ガルフは息絶えた人々を追悼しながらも動こうとする。
　ジョージは静かにも微笑むと、自身もガルフとともに動き始める。

　メンバーは周囲の修復を終わらせ、最後に息絶える戦士のもとへ。
「人も降魔も死ねば神――昇神、寿ぎ申し上げる」
　清士朗は二礼二拍一礼し、仏となった戦士を崇めると、ローカストの身体は塵となり空へ昇っていく。
　手向けの言葉を聞きながらも、武蔵は改めて思う。
　悲劇を終わらせるためにも、アポロンを早急に片す必要があると。
　人々を守るため、未だに各地で暴動を起こす哀れな戦士のためにも。

作者：凪木エコ	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年7月31日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 10／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
あなたが購入した「複数ピンナップ（複数バトルピンナップ）」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。