闇月の檻

作者:東間

●丑三つ時の出遭い
「えー、皆さんこんばんは。私は今、『闇月の巫女』の霊が出るという山に来ています。見ての通り、真っ暗でーす。ヘッドライトしてこなかったらヤバかったですね」
 あははと笑ってハンディカメラを回した先にあるのは、言った通りの闇、闇、闇。
 ただし、ヘッドライトの放つ光が当たっている所だけは例外だ。
 青年は光を頼りに雑草だらけの道をざくざくと進んでいく。その間も大きな独り言――もとい、『実況』は止めない。
「初見さんの為に解説しますと、この山には『闇月の巫女』という女性達を要とした集落『月詠村』があり、月詠村を訪れた外部の者は1人の巫女と契らされた後、神へ捧げられていた……つまり、殺されていたといいます」
 男は契らされ、女は巫女とされるか用無しと殺される。訪れたら最後、生きて出る事は叶わない。
 そんな血生臭い因習の果てに、何故か村は滅んだ。
 その後、この山には生け贄を求める『闇月の巫女』が彷徨うようになり、足を踏み入れた者を山に閉じこめてしまう――なんて、考えるだけでゾクゾクする。
 興奮気味に喋った青年だが、ハンディカメラを操作して自分の顔を映した。画面に表示されているのは、不機嫌顔の自分だ。
「月詠村や『闇月の巫女』は作り話なんかじゃない。今回の調査で、この世には不思議な事、判っていない事がまだまだあるって事実を私が証明してみせます!」
 月詠村も『闇月の巫女』も、生け贄が捧げられていたという泉もこのカメラに収めて、この世の真実を――とヒートアップしていた『実況』がぷつりと途切れた。
 胸から、何か。
 生えて。
「か、ぎ……?」
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 振り返ろうとする青年だが、後ろにいたのが何なのか確認する事は叶わず、どさりと崩れ落ちた。その横に霞のような物が現れる。それはやがて、ひとの形を取り――。
 
●闇月の檻
「君達はホラーや幽霊の類は平気かい? 興味はある?」
 そう切り出したラシード・ファルカ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0118)は、今回解決を頼みたいのはそういったキーワードが関わる事件だと告げ、詳細を語り始めた。
 『闇月の巫女』を中心とし、生け贄という因習を行っていた月詠村。
 存在したか定かではないそれらに強い興味を抱き、調査に赴いた青年がドリームイーターに襲われ、その『興味』を奪われる事件が起きるのだ。
 青年から『興味』を奪ったドリームイーターは姿を消しているが、奪われた『興味』から現実化したドリームイーターは違う。被害が出る前の撃破を求めたラシードは、現実化したドリームイーターを撃破出来れば、『興味』を奪われた青年は目を覚ます――助けられると告げた。
「場所は東北地方の山奥。被害者から生まれたドリームイーターは、ヴェールのような布で顔を隠した巫女だよ」
 巫女服や布には黒い三日月が描かれており、頭にはシャラシャラと音を立てる冠のような物を被っている。
 肌は透けるように白く、長い髪は濡れた漆黒。薄い唇には紅が引かれ――と、モザイク化した心臓部周辺が真っ赤に染まっていなければ、そして真夜中でなければ、神秘的に見えるかもしれない。
「現れるのは1体だけだね。ただ、『わたくしは何者でありましょう?』って訊ねてくる。ここで知らないって答えたり、誰だって訊くと、怒って相手を殺そうとするらしい」
 正しい対応は『闇月の巫女』だと答える事。そうすれば何もせず去るようだが、相手はドリームイーター。間違った対応をしても、ケルベロスからすれば、それは間違っていないと言えよう。
「それと、このドリームイーターは『自分の事を信じていたり噂している人がいると、その人の方に引き寄せられる』性質があるみたいだ」
 青年が口にしていた泉の周辺は開けており、月明かりもある。上手く誘き出せば、視界の悪い山中ではなく、戦闘向きの場所で有利に戦えるだろう。
「さて、俺からの大事な話は以上さ。勇気と行動力溢れる若者の為、彼の興味を利用して生まれたドリームイーターの撃破、頼んだよ。……ちなみに俺は幽霊や都市伝説を信じる派」
 不思議な事は多い方が面白い。
 そう言ってラシードはヘリオンのドアを開け、さあ行こうかと笑った。


参加者
巫・縁(魂の亡失者・e01047)
一式・要(狂咬突破・e01362)
飛鷺沢・司(灰梟・e01758)
ミリム・ウィアテスト(ブラストトルーパー・e07815)
月杜・イサギ(蘭奢待・e13792)
雪白・メルル(雪月華・e19180)
レクト・ジゼル(色糸結び・e21023)
ラグナシセロ・リズ(レストインピース・e28503)

■リプレイ

●月下の泉
 変わる事無い闇と、山が醸し出す緑の匂いに包まれる。時折聞こえるのは、鈴虫達が奏でる音色だけだ。
「……静かだな。人の気配、はしないけど……」
 呟いた飛鷺沢・司(灰梟・e01758)の肌を夜風が撫でる。不思議と冷えているのは夜だからなのか、この場所だからなのか。
「人は何故自ら恐怖を求めるのでございましょう……怖いもの見たさ、とは不思議な力でございますね」
 ラグナシセロ・リズ(レストインピース・e28503)の顔は、いつもの柔らかさをたたえていた。だが、外部の者を生贄として使う――月詠村と『闇月の巫女』の噂話には、故郷と慕う場所にある巫女信仰と似た部分がある。
 ほんの少しだけ滲み出た複雑な心中。その肩を静かに叩き励ましたレクト・ジゼル(色糸結び・e21023)は、視線を交えた後、密かに考える。
 新田が興味を抱いたそれは根も葉もない噂ではなく、村の風習等は連綿と受け継がれたのかもしれない。だが。
「まぁ、泉に生贄が沈んでると思うとぞっとしますね」
 木と茂みの陰から覗いた先には、夜空を映し月明かりで輝く泉がひとつ。
 ふいにカサリと音がしてミリム・ウィアテスト(ブラストトルーパー・e07815)が小さく跳び上がる。原因である小石をこっそり放っていた一式・要(狂咬突破・e01362)は懐中電灯の電源を切り、内心この状況を楽しみながら謝った。
「大丈夫だって。本物の幽霊じゃ、ないんだからさ」
「な、なに……ボクはこ、コレくらいのホラーへっちゃらだ……よ?」
 興味はあるが怖いものは怖いだけ!
 素の口調でカタカタ震える彼女と同様に、雪白・メルル(雪月華・e19180)もぷるりと震えた。
「うぅ、なんだかとっても怖いです、ね」
 ミリムと要、司と巫・縁(魂の亡失者・e01047)の4人が泉の傍へ向かう。メルルは抱えていた翼猫のソウェイルをぎゅっと抱きしめ、皆さんはいなくならないでくださいと祈った。
 その頃、脚を使うのは嫌だと上空から泉周辺を見下ろしていた月杜・イサギ(蘭奢待・e13792)は、くつりと笑う。
 実に浪漫あふれる話だ。捕らわれ、ただ一夜の逢瀬を重ねる相手が妖しくも美しい巫女ならば、命を捧げても惜しくはあるまい。
「夢に酔ったまま死ねるなら本望さ……なんてね。いい夜だ、いい空なのに勿体ない」
 泉の傍では、噂話が始まっていた。

●闇月の巫女
 静かな水面に月が映る。その水底に骨の山はあるのか否か。
「こんなに不気味な場所なら、そういう未知の存在があっても可笑しくないかもね」
「でも司くん、実際そういう村はあったのよ。当時はちょっとした騒ぎになって」
 何ちゃらの巫女だっけ、と敢えて間違えた要の語る騒ぎとは、何年か前、調査に訪れた学者と助手が行方不明になった事。無論これは『盛った』話、つまり嘘なのだが。すると縁が泉へと視線を向けた。
「私としては、信じていなかったらそもそもこんな場所まで来ない」
 彼らの会話はそこで途切れた。周囲を気にしていたミリムが1点を見つめ、3人も同じ方角を見る。
 泉の対岸。月明かりはあるが暗いそこにある色は黒――だったのが、別の色が音もなく浮かび上がった。
 黒の三日月宿した顔隠しの布と、巫女装束。真っ赤な唇は、周囲を赤く染めたモザイク状の心臓部と同様、艶めく黒髪と透ける様に白い肌の中、異様な存在感を放っている。
 泉の上をすうーっと滑る様にして近付いてくる様は、霊と呼ぶに相応しい。だが相手は夢喰い。
「――わたくしは何者でありましょう?」
「知らないんだけど、誰なんだ?」
「綺麗な女性である事は分かるがな」
 討つべき相手へ答えたミリムの声に震えは無く、続いた縁も知らないと示す。
 ――くす、くすくす。
 巫女の唇から、心の昂ぶりを思わす様な笑い声が零れ始めた。
 瞬間、身を潜めていたケルベロス達が一斉に飛び出す。ラグナの灯した光が煌めき、次いでばさりと音を立てたのは、どこまでも優美な笑み浮かべたイサギの黒翼。
「逢いたかったよ、化物」
 辛辣な挨拶に巫女が両腕を広げる。愛の無い抱擁を受けたのは司だった。
「……ッ! っう、」
 後退った足がぱしゃりと水音を立てる。
 答えていない者が狙われた事で、ケルベロス達は質問への回答は戦いに影響を与えないのだと察した。どのみち此処で倒さねばならない。戦いは一気に展開していく。
「恐怖は無知や不知からくるもんだからね……知ってるものとなれば話は別だ!」
 倒せる相手なら怖くない。ミリムの蹴りに迷いは無く、巫女が滑る様に退がったそこを縁の目が捉えた。放ったエネルギー光弾は巫女を呑み、冠がシャン、と音を響かせる。
 続いた霊犬・アマツの刃は舞う様な動きで躱されるが、巫女を捉えようと要は声を張り上げた。
「耳、塞いでなっ!」
 その様は、先程までの気さくなと雰囲気とは別物。力の激流纏った拳は落雷の様な烈しさで巫女を襲い、レクトと彼のビハインド・イードが続く。
 翔る黒鎖と動きを縛る力が巫女を捕らえ、直後、清らかな羽ばたきと煌めく光が前衛を包み込んだ。
「お怪我のヒールはお任せ下さい、です!」
 メルルは気合いたっぷりな声を、ソウェイルは戦意示す様に尾を立てる。ラグナシセロが新たな光を降らせ、前衛への加護が強まると同時、箱竜・ヘルの属性がその属性をメルルに降ろした。
 直後、欠月を映した刃が閃く。
「随分気が早いね。俺の抱擁も受け取ってくれるかな」
 仲間のお陰で痺れが薄れたのを感じながら、司は月の様な軌跡を描く。それは的確に巫女を切り裂くが巫女の微笑は止まらず、燕の様にひらりひらりと舞うそこを、黒翼はばたかせたイサギが肉薄する。閃く刃と舞う黒羽。輝く月に似た斬撃は鋭い傷を巫女に刻んだ。
 すると、巫女が紅い唇をゆるりと開く。紡がれた祝詞は、深い深い呪いと共にソウェイルを蝕んだ。

●闇月踊りて
「不気味なのは変わらないね……けど!」
 人の興味を無作為に利用する夢喰いへの怒りと共に、ミリムはルーンを輝かせる。その一撃は装束と共に巫女を深々と斬り、1歩退がった所を司の放ったオーラが弾丸となって食らい付いた。
「イル、一緒に頑張ろう、ね」
 メルルの黄金果実から溢れた光に照らされて、翼猫が頭を上げる。にゃあ、と一鳴きした目には僅かな揺らぎが残っていたが、尾の花輪は祝詞に屈する事無く巫女を撃ち、その後に鋼拳が続く。
「この拳で……貫く!」
 容赦ない一撃で巫女の黒髪が跳ねる様に広がった。その周辺をアマツの解き放った瘴気が包み込む。
 翼猫。仲間。素早く視線を巡らせたラグナシセロは、巫女が思ったよりも『重ねて』くると気付き、迷わず頭上に黄金果実の光を降らせた。
「皆様に、更なる支援を……」
 ヘルも縁に属性を降ろし、主と共に支えようとする。
 なら自分は、攻撃する事で仲間を支えよう――レクトは弟の様な友人と微笑を交わし、柔和な雰囲気とは真逆な、鋼纏った一撃を巫女へと叩き込む。
 イードの力で浮き上がった水辺の石も、落石じみた衝撃で巫女を襲った。黒髪を彩る冠が音を立て、その大きさに要はぱちりと瞬きをする。ぐっ、と脚に力を入れると一気に拳を叩き込んだ。確かな手応えが、ある。
「弱点発見!」
 破壊攻撃に弱い。仲間の声にイサギは笑い、地を蹴った。声を上げた仲間に目を向けていた巫女の眼前へ飛び、至近距離で揺らめく布を、黒い三日月を見て微笑む。
「顔を見せてはくれないのだね、つれない巫女姫」
 霊力纏った刃を一閃。躱そうとした動きは舞う様なものから一転、歪になり、刻まれていた傷を深く斬り広げた。
 ――くす。
 刻み付けられたなら消すまでと、そう語る様に巫女が唇に微笑みを浮かべ、舞う。
 装束を、長い黒髪を翻して舞う姿は、巫女の素となった岳が見たなら『本当だったんだ』と喜んだかもしれない。だが、放っておけば誰かを殺す夢喰いとして在り続けてしまう。
 だから始末しないと。再度鋭い蹴撃を見舞ったミリムの言葉に、司は静かに同意すると惨殺ナイフを逆手で握る。好奇心も火遊びになるなら、消すしかない。
「――月を土産に、月に還れ」
 閃いた刃が、真紅に塗れたモザイクの心臓を斬った。
 巫女が胸を押さえ、大きく傾く。その足元で黒鎖が奔り、頭上には流星の煌めきが圧と共に煌めいた。レクトとラグナシセロ、2人の攻撃が見事に重なった直後、力の激流が音を立てる。
「あなたには良い迷惑だったかもしれないけれど」
 ごめんね、『闇月の巫女』さん。
 最後だけは、と要はその名を間違える事無く口にして、拳を叩き込む。響いた轟音が消えぬ内に、鋭槍と化したメルルの『黒』が巫女を貫き――それが、『興味』から生み出された『闇月の巫女』の最期となった。

●噂の終い
 夢喰いを倒したとはいえ、ここは山中。しかも夜だ。意識を失っていた岳は子供ではないから1人でも帰れるだろう、とイサギは考えるが、夢喰い以外にも『何か』が出てしまうかも――とラグナシセロとレクトの様に心配する者もいた。
 無事終わったら岳の無事を確かめるつもりだった者は多く、彼らは巫女が現れた方へと足を進めた。そうして見付けたのは、きょとんとした様子で座り込んでいた青年1人。
「大丈夫ですか? 怪我は……良かった。無いですね」
「自分の名前を言えるか?」
「あ、に、にった。新田・岳です。ええと……一体何が?」
 ほっとしたメルルと、手を貸した縁へそう答えた岳に事情を伝えれば、此処に伝わる噂に強い『興味』を抱いていた岳の目が、ぎょっと丸くなる。
「そんな事が……」
「実況、まだやるの?」
 司の質問に岳が目をぱちくりさせた。そしてフンスッと鼻息を荒くする。
「真相を明らかにしたい噂話や事象は、日本全国にありますから!」
 別の山には大蛇の体を持つ男神がいると言われていて、と目を輝かせている。その勢いに司はぽかんとし、要はもう大丈夫そうねと笑った。
 その時、じゃあ、とミリムが手を挙げる。
「『実況』のお手伝いでもしよう……かな?」
「ふむ……ならば私も手を貸そうか」
 ホラーやオカルト現象等を実際見た事が無い故に、そのような物があればお目にかかりたいと縁も加われば――思わぬ申し出を受けた岳の目がキラキラし始める。
 とことん信じているからこその目付き。怪談の類は爪の先ほども信じていないイサギだが、その純粋さに微笑みを浮かべる。
「本当に怖いものを知っているかい?」
「な、何ですか?」
「今、この時を生きている人間だよ」
「!」
 手を汚す事無く、言葉1つで人を殺せる唯一の存在。これ以上に恐ろしいものを自分は知らないと言えば、岳が蒼くなった。
「た、確かに、生きているひとが生む恐ろしさは世界中にあります……」
 丑の刻参りに藁人形、蟲毒に黒魔術――とブツブツ語り始めるが、司の『今度は本物が出たりしてね』にぴゃっと飛び跳ねた。顔に浮かんでいるのは強い期待と好奇心。
「肝試しでもして帰ろうか」
 冗談めかせば岳がハンディカメラを回し始める。衝撃の瞬間を録り逃したくないらしい。
「私もその辺の写真を撮って帰ろうかしら」
 要のシャッター音がパシャ、パシャリと響く。周囲は相変わらず暗いが、夜の山には『何かいる』とも言うから――もしかしたら、写るかもしれない。
「ああ、そうだ。岳さん。良ければ、道すがら色々とお話を聞かせてもらえませんか?」
「いいですねレクト様。興味深いお話が聞けそうでございます」
 ラグナシセロが微笑み、ミリムとメルルがちょっぴり『ぎくり』とする。少女達の様子に気付いた岳が、それじゃあ怖いやつじゃなくて不思議なやつを1つ、と語り始めた。
 ケルベロス達によって闇月は晴れた。それでも人々の興味は、様々な表情でもって、どこかの誰かの、何時かの時間を彩るのだろう。

作者:東間 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年7月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 0
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