黙示録騎蝗~終末序曲

作者:鉄風ライカ


 暗闇にしとしと落ちる雨粒が敗残兵達に落ちる。
 雲に覆われた夜空、見えるはずもない己の故郷を、ヴェスヴァネット・レイダー率いる不退転ローカストの群れは仰ぎ見た。
 太陽神アポロンの命により黙示録騎蝗の先兵となる彼らは、これより大量のグラビティ・チェインを獲得するため、再び死地へと身を投じる。
 ――其は、単騎で人間の町に攻め入り多くの人間を殺して可能な限り多くの『糧』を太陽神アポロンに捧げるという、生還を前提としない、決死の作戦であった。

「戦いに敗北してゲートを失ったローカストは、最早レギオンレイドに帰還する事は出来なくなった!」
 不退転侵略部隊リーダーであるヴェスヴァネット・レイダーが声を張り上げる。
「これは、ローカストの敗北を意味するのか?」
 耳を傾ける仲間のひとりひとりに対し信頼の眼差しを向ける彼の在り様は、紛れもなく一軍の将のそれに他ならなかった。
 彼の問い掛けに声を揃え否やを唱える隊員達もまた、覚悟を握り、拳を掲げる。口々に発する声は重く勇ましい。
「不退転侵略部隊は、もとよりレギオンレイドに戻らぬ覚悟であった」
「ならば、ゲートなど不要」
「このグラビティ・チェイン溢れる地球を支配し、太陽神アポロンに捧げるのだ」
「太陽神アポロンならば、この地球を第二のレギオンレイドとする事もできるだろう」
「その為に、我等不退転ローカストは死なねばならぬ」
「全ては、黙示録騎蝗成就の為に!」
 戦意を更に鼓舞する如く言葉を連ねる面々に向けて轟くような激励の雄叫びを響かせ、ヴェスヴァネットはドリルへと改造した腕で天を刺す。
「これより、不退転侵略部隊は、最終作戦を開始する。もはや、二度と会う事はあるまいが、ここにいる全員が、不退転部隊の名に恥じぬ戦いと死を迎える事を信じている。全ては、黙示録騎蝗成就の為に!」
 飛ばされた檄は滾る意気に満ちる。
 ローカスト達は決意を胸に一体、また一体と移動を開始していく。彼らの出陣を全て見届けてから、ヴェスヴァネット・レイダーは力強く翅を広げた。
「……さて、俺も出るとしようか! 全ては、黙示録騎蝗成就の為に!」
 睨む空に自らの未来はあらずとも、種の未来があるのなら。
 不退転部隊の最後の戦いが始まろうとしていた。


 集まったケルベロス達に軽く会釈をし、蛍川・誠司(サキュバスのヘリオライダー・en0149)はローカスト・ウォー勝利のお祝いと労いを述べた。
 それから改めて此度の本題を切り出す。
「撤退したローカストの軍勢が動き始めたっす」
 太陽神アポロン直々の命令を受け、最初に駆り出されたのは、ヴェスヴァネット・レイダー率いる不退転侵略部隊であるという。
 発令した『黙示録騎蝗』のために大量のグラビティ・チェインを求める太陽神アポロンは、グラビティ・チェイン収集の捨て駒として不退転侵略部隊を使い捨てようとしているらしい。
「不退転の奴らは一人ずつ別々の都市に現れて、皆に倒される直前まで人を殺そうとし続けるみたい」
 複雑そうに顔を顰める誠司曰く、予知された場所から住民を避難させてしまえば他の場所が狙われるため、被害を完全に抑えることは不可能だ。
 ――ただ、彼らが人間の虐殺を行うのは太陽神アポロンのコントロール下にあるが故であり、決して彼ら自身の本意によるものではない。
 胸糞悪い、と吐き捨て、説明を続ける。
「そんなわけで、人を襲ってるローカストに正々堂々と戦うように説得できれば、彼らは皆との戦闘を選ぶっすから……」
 傀儡扱いされようとも、不退転侵略部隊の抱く決意や誇りは、決して潰えはしないのだろう。
 敵はその部隊名通り絶対に降伏も逃走もせず、死の間際まで戦い続ける。
「……だからね、激しい戦いにはなるとは思うんすけど、奴らを倒してやってほしいなって」
 何よりも、人々の被害を減らすため。
 そして、
「皆には、部隊長ヴェスヴァネット・レイダーの討伐を頼みたいんす」
 意にそぐわぬ殺戮を繰り返す彼らを止めるために。
 ヴェスヴァネット・レイダーは九州地方北部のとある街に降り立つ。
 ただ、出現する場所の詳細は判明していても、その能力には不明な点が多い。
「自己回復手段を持ってるのだけはわかるっす。あとは多分、両手のドリルを使った攻撃はしてくるんだろうけど、強いってことくらいしかはっきり言えない」
 ごめんね、と申し訳なさげに、誠司は頭を垂れた。
 仮にも不退転侵略部隊の長として部隊を率いていた猛者だ。その実力もさることながら、胸に秘めた覚悟も相応に強いであろうことが想定される。
 死出の旅路を往く隊員達を送り出したヴェスヴァネットの心境はいかなるものであったのだろうか。
「デウスエクスが死の覚悟、か」
 誰にともなく呟き、誠司は操縦席へ踵を返す。事の顛末をケルベロス達に託して。


参加者
烏夜小路・華檻(夜を纏う・e00420)
リヴィ・アスダロス(魔瘴の金髪巨乳な露出狂拳士・e03130)
茶斑・三毛乃(化猫任侠・e04258)
御巫・朔夜(シャドウエルフのガンスリンガー・e05061)
嘩桜・炎酒(星屑天象儀・e07249)
鷹司・灯乃(ウェアライダーのブレイズキャリバー・e13737)
レオン・ヴァーミリオン(リッパーリーパー・e19411)
ティリシア・フォンテーヌ(ドラゴニアンの螺旋忍者・e21253)

■リプレイ


 悲鳴はドリルの轟音に掻き消えた。
 慌てふためき方々散る人間を屠ることなど造作もない。単純な逃げ遅れのひとりを串刺した血煙の向こうに、ヴェスヴァネット・レイダーは、己に駆け寄る総勢十の影を見る。
 ケルベロス達の纏う気迫は覚悟無き者ならば気圧されてしまう程。人類に悪為すデウスエクスの残党を排除しに来たのだろう彼らを軽く一瞥し、ヴェスヴァネットは人間へ幾度目かの凶腕を振るう。
 だが刹那、振るおうとした腕は軟肉を削ぐ前に、それを身を挺して受け止めたリヴィ・アスダロス(魔瘴の金髪巨乳な露出狂拳士・e03130)に阻まれた。
 ドリルとバトルガントレットの衝突する金属音がまるで地鳴りの如く響く。
 重なる互いの武具越し、僅かに覗くレイダーの顔が一瞬だけ驚きの様相を示したかに見えたのは、リヴィの美貌に覚えがあったからでも、ケルベロスが敵の排斥より人命を優先したからでもなく。
「……!」
 マインドコントロール下にあれど尚、決して見紛うはずもない黄金を、彼女が有していたから。
 赤き装甲の視線が『重甲な金剛角』を注視したのを見逃さず、リヴィは静かに口火を切る。
「メガルムは最後の瞬間まで退く事無く堂々と戦い散って行った。全ては奴の後ろにある同胞達の為に、だ」
 声音に滲ませる覇気に呼応するように褐色の肌を覆うオウガメタルが輝いた。
「不退転部隊は虐殺を嬉々として行う外道ではなく、どんな敵からも逃げずに戦う誇り高き戦士のはずだ!」
 かつての強敵が唱えた主星救済への悲願は、手段こそ決して相容れないが、地球の守護者たるケルベロスの立場として深く感じ入るものがあったかもしれない。しかしその想いは本来、黙示録騎蝗さえ発動していなければ不退転部隊の誰もが共有していたに違いないのだ。
 ――例え、置かれた現状が目的遂行の捨て駒であろうとも。
 敵とリヴィが睨み合っている隙に、烏夜小路・華檻(夜を纏う・e00420)は一般人達へ向けて大きく避難を呼び掛ける。レイダーの攻撃が万一にも一般人に及ばぬようにと射線を遮る位置に立つ嘩桜・炎酒(星屑天象儀・e07249)も、まっすぐにレイダーを見据え。
 炎酒もまた、黄金装甲ローカストと対峙した一人であった。
「ヤツは絶対に敵に背中を向けることは無かった。……お前さんはどうかね?」
 あの時、何度も耳にした言葉を思い出す。同胞の為に、未来の為にと繰り返す、どこか愛嬌のあった人懐こそうな声。
 茶斑・三毛乃(化猫任侠・e04258)が黄金装甲五体の名をひとつひとつ上げ連ねれば、レイダーはドリルに纏わり付いた血を振り払い、ようやくケルベロス達に向き直る。
 ゲートを巡る戦争を挟み、激戦の記憶は近くも遠い。
「皆ケルベロスと真っ向戦い散りやした。彼らの精強さ、しかと聞き及んでおりやす」
 三毛乃の語る、長く気に掛けていた前隊長達の最期を、レイダーは物言わず聴いていた。矜持を蝕む洗脳と誇りとが心中でせめぎ合っているのだろうか。
「メガルムの跡を継いだカシラ殿」
 一度浅く息を吐き、三毛乃は炎の迸る右目を細めた。
「ケルベロスからケジメを取る機会、今を於いて他にありやせんぜ」
 低く掠れた女侠の声に続くのは、
「この先はケルベロスがお相手すんで」
「殺戮よりも求めるものがあるのなら、全力でそれに応じよう」
 毅然と言い放つ鷹司・灯乃(ウェアライダーのブレイズキャリバー・e13737)、デウスエクスへの強い敵意の中にも複雑な心情を抱く御巫・朔夜(シャドウエルフのガンスリンガー・e05061)。
 言葉を重ねる彼らの輪に華檻も加わる。
「……ここであなたが死しても、ローカストとの戦いは、地球の歴史が続く限り語り継がれましょう」
 淡々と紡ぐ言は物腰こそたおやかながら、嫣然と弧を描く唇は挑発的な色を含む。
「不退転侵略部隊の名、卑劣の悪名として永遠に歴史に刻む事をよしとしますか?」
 黄金装甲だけではない。ヴェスヴァネット・レイダーが送り出した部下達も、最後は誇りある戦いを選んだ。
 凄烈に生きて生きて、生き抜いた先で死ぬことを選んだ。
「だが、彼らの将たる君が“そんなもの”に価値はないと、彼らの生き様に泥を塗るというのなら虐殺でもなんでも好きにするといい」
 レオン・ヴァーミリオン(リッパーリーパー・e19411)の長い三つ編みが傾げた首の動きにつられて揺れる。
「さあ、どう生きる?」
 レオンの問い掛けに、明らかに雀蜂が目の色を変えた。
 正々堂々を冠した戦意。リヴィが叫ぶ。
「誇りがまだ残っているのなら、メガルムの仇である私を含むこの場のケルベロスと戦え!」


 ヴェスヴァネット・レイダー。不退転部隊の現隊長にして、黄金装甲ローカスト『メガルム』の後継。その強さを思い返してみれば、目の前の相手も相応の実力を持つであろうことは想像に難くない。
 リヴィの腕には、先程受け流しただけにも拘わらず軽微な痺れが走っていた。気を抜けば、一瞬で胴をぶち抜かれるだろう。
 完全にこちらを向いた矛の威力、それは、他の面々も感じていた。
 何か一つでも全体を揺るがされるような『掛け違え』が発生してしまったら――相手の使う戦法すら定かではない状況、嫌が応にも緊張感は高まる。
 びりびりと肌を刺す静寂を切り裂くが如く、レイダーが咆哮を上げた。
「メガルムを倒した力。見せてみろ!」
 瞬時に高く跳躍した敵が翅を広げる。
 蜂特有の羽音が、急速に振動数を増していく。やがてそれは風圧を伴った可聴領域ギリギリの暴力的騒音となって前衛に立つ者達へと容赦なく降り注いだ。
「くっ……!」
 耳を塞げど防ぐことの適わぬ音の波が齎す威圧。思わず苦悶に眉間を歪めるも、炎酒は口端に笑みを湛えて乱暴に頭を振り戒めを追い出す。
 この程度で屈していてはレイダーを倒すなど夢のまた夢。ならば、取るべきはひとつ。
「そんじゃ、お返しやで!」
 何より、強者との戦いに踊る胸が鎮まらない。
 構える『九拾九』の刻まれたライフルから光弾を放ち、渦巻く光が命中したのに合わせるようにして、ミミックのツァイスもかぶりつく。連続する攻撃を躱すように一歩下った敵目掛け、鋭く踏み込んだ三毛乃の細脚がえげつないヤクザキックをぶちかました。
 この機にと灯乃がすかさず詠唱を紡ぐ。黒毛のフェレットと鮮やかな爽色のインコが灯乃の掌にするりと降り、彼の得物である二本の杖と化した。
「祝福を持っておいで、魔女の子ら」
 喚び出された黒猫が長い尾を振り前列を擦り抜けると傷の痛みが和らいでいく。更に灯乃に追随するテレビウムからも癒しを受け取り、片手を上げて礼を返したレオンが敵前に迫った。
 ずるりと地を這いずる影鎖の殴打は、しかしすんでのところで身を捩った敵に回避されてしまう。機動力に優れた蜂型故か、そう簡単に当たってはくれないようだ。
「おっと、さすがは大将さんってとこ?」
 嘯いてみせれば、敵は生真面目な睨眼を見せる。『死ねば誰でも最期は塵』、けれど今、洗脳から解き放たれ全力を賭するレイダーの生き様はレオンが敬意を表すに値する。
 背筋を走る高揚感に自然と口角の上がる頬。ともあれ、多勢を前にしても焦る様子のないレイダーの特性を探るべく、レオンは敵の挙動から視線を逸らさない。
 やはり一先ず相手の動きを阻害するのが先決か。
 それでも、命中に焦点を当ててさえいればその限りではないようだ。
 混戦模様の中でレイダーに肉薄した華檻の、フィルムスーツを纏う豊満な胸がレイダーの顔面を覆う。清楚な制服を脱ぎ捨てた彼女の妖艶な肢体はレイダーの頭部に絡み付き、そのまま首を捻じり折る勢いで回転を加えた。反撃を受ける前にと身を引いた華檻を忌々しげにねめつけるレイダーの視界、軸れ上がる地獄の炎に包まれたティリシア・フォンテーヌ(ドラゴニアンの螺旋忍者・e21253)が映る。
「攻撃したときに隙ができるです! ……って、言いたかったですけど」
 ドレス姿をミニ丈の着物姿へと変えたティリシアが苦笑混じりに零す。ティリシアも敵の弱点や隙を狙おうとしっかり敵の動向を見定めていたが、容易く見破らせてはくれないらしい。
 決着までは、未だ遠く険しい道のりが続く。


「これならどうです?」
 わざと攻撃をワンテンポずらし、ティリシアは敵にタイミングを掴ませまいと戦場を縦横無尽に駆ける。目の前でフッと舞い上がった少女のゲシュタルトグレイブが空中からレイダーを襲った。
 既に数分の経過した戦況、与え続けたバッドステータスの影響が効いてきたらしい敵に槍が突き刺さる。
「小賢しい真似を」
 短く吐き捨てるも、練られた策は総じて真剣に強敵を相手取るためのものだと、レイダー自身理解していた。個対群での戦闘術では、ケルベロスに一日の長があると言って良いのだろう。
 その上で尚、埋め切れない穴はある。目の前の少女は他に比べて幾分か組し易いと踏んだレイダーが大きく動く。
 返す刀で猛るドリルを翳したレイダーとティリシアの間にリヴィが滑り込んだ。
 ただでさえ際どい露出度が増してしまってもそれを気にしているだけの余裕はない。小賢しかろうが何だろうが、芽生えた確固たる因縁だけに留まらず、多くの人命を背負っているに等しいのだから。
「初めはメガルム共々、偶然遭遇しただけだったが……何が何でも止めねばなるまい」
 抱いた覚悟の強さならば、ケルベロス達とて不退転部隊に負けはしないのだ。
 リヴィの拳に討ち取ってきたデウスエクスの『恐怖』の念が集束していく。
「恐怖を宿したるこの一撃、受け取るがいい……!」
 レイダーの硬い胸部を穿つ腕がきつく反動を訴えようとも渾身の力を籠めて打ち抜く。息を詰めた宿敵からかすかに漏れ聞こえた苦しげな呻きは、少しずつでも確実なダメージを与えてきたが故。が、
「……この程度でメガルムを倒したと言い張るか」
 喰らうダメージを気にしないかのように、レイダーはどこまでも戦う姿勢を崩さない。ケルベロスによって齎される真の死すらも、彼にとっては既にひとつの事象に過ぎないのだろうか。
(「その矜持には感心もするが」)
 故郷の地を二度と踏めない身体へと自らを改造し、失った退路を振り向こうともしない不退転の決意は、果てには道具のように扱われ。それでも良い、と、受け入れたヴェスヴァネット・レイダーの在り方にはある種の感慨を覚えなくもない。
 だからこそ、朔夜は不退転の三文字を背負う彼らを真っ向から打ち倒す。
 銃撃の構えから不意に繰り出される体術じみた視認困難な斬撃が、レイダーに刻まれた無数の傷を舐めた。
 しかし回復の手が複数あるとは言え、相手の攻撃はその一撃一撃がとてつもなく重い。灯乃とテレビウムの回復が足りない訳ではないのだが、回復しきれないダメージが積み重なれば戦闘不能までのリミットは短くなる。
「ほんま難儀やな」
 誰にも聞こえぬように小さく苦さを吐いて、灯乃はファミリアロッドを掲げた。満月の輝きがドリルに貫かれた仲間の裂傷を癒す。
 膝を折らぬ相手に対し抱く焦燥感を噛み殺して、三毛乃のリボルバーが超速の射撃でレイダーの稼働部位を『噛んだ』。僅かにだが身体を傾いだレイダーの前に、レオンが躍り出る。
「まだだ! まだ足りねぇよなあ、もっと打ってこい!」
 挑発とも発破とも取れる言に、レイダーは羽音で応え。迫り来る暴音からレオンを庇う炎酒もまた、それに続く。
「"生きた後"悔いの残らんように、な」
 最後の一閃を生きる相手に向かうのであれば、自らも全力で。ケルベロス達の眼に、闘志が再び強く宿った。


 ひたすらに攻撃を喰らい続けるディフェンダーに蓄積されたダメージは殊の外大きい。
「まだ、いけますわね?」
 華檻の叱咤にリヴィが声無く頷く。
 戦線は互いの疲弊が限界に達しようとしていた。サーヴァントを含め戦闘不能者が出はしたものの、灯乃と華檻の二人がかりで回復にあたれば、一撃で落とされない限りある程度持ち堪えられはする。
 しかしその分、攻撃の手が減るのも事実。結果として長期戦に縺れ込めば、後は最早気力の勝負と言えた。
「この際だ、ちょいと不自由を楽しんでくれや」
 炎酒の作り出すグラビティチェインを圧縮した弾丸が、目前で爆発四散してレイダーを撃つ。幾度目になるかわからぬ攻勢の中で、敵の甲殻に大きく亀裂が走るのが見て取れた。
「グッ……おの、れ」
 遂に膝をつく紅い装甲。千載一遇の好機を逃す訳にはいかない。
「おら、立てや大将。男の矜持が泣いてんぞ!」
 ボロボロになったレオンの影が、鎖となって翅を打った。鋭い衝撃にくぐもった吐息が漏れる。隙間を縫うようにして、尻尾を駆使してリロードを済ませた三毛乃の銃弾がドリルを弾き。
「猫の目にゃァ止まって見えやすぜ」
 ニヤリと任侠らしい笑みを浮かべる三毛乃が作り出したこのタイムラグに、華檻が光と闇の両掌を罅割れた装甲へと叩き込んだ。ぐらりと揺れ、一瞬の間を置いてレイダーが吼える。
「こんな、もので……ッ倒れはしない!」
 満身創痍の身体で、それでも欠けたドリルは天を刺す。これまで以上の高速回転を見せる豪腕が鬨の声を上げた。
「砕け散れ! ケルベロス!!」
 真っ直ぐに、一筋の赤い閃光が奔る。その前に揺らめくように立つリヴィの拳が全力で握り込まれ。 
 爆音と共に舞い上がる土煙の中、リヴィの魂喰らいの一撃がドリルを先端から砕いていた。
「どうだ……今度は止めて、やったぞ……」
 驚愕に見開かれた眼差しで動きを止めるレイダー。一瞬とは言え、敵の動きが止まったこの時を見逃しはしない。
「終わらせたりや」
 灯乃の生み出す月光。偽りの月明りに照らされた朔夜のリボルバーが、レイダーの胴を雷撃と共に撃ち抜いた。

 頽れ、ほろほろと崩れ霧散していく身体と薄れゆく意識の中で、ヴェスヴァネット・レイダーは同胞を思う。
 きっと、命の焔を燃やし尽くした同胞達も、死の間際に想うのは――。

「さよなら、地獄で会おう」
 呟くレオンの声は届いただろうか。
 地に伏した蜂のローカストはもう二度と立ち上がることはない。
「駒ではなく武人として、満足して終われただろうか」
 事切れたローカストが消失していくのを見届け、朔夜は瞳を閉じる。
 今もどこかで傲慢に指揮を執り、命を弄ぶ太陽神アポロンが許せなかった。いずれ打ち砕いてやると敵対心も新たに、片手のみの合掌を一瞬送った三毛乃と共に周辺救助へ向かう。
 炎酒は、いろんな感情のない交ぜになった心境に悪童じみた笑みを見せ。
「もったいないと言うとアレやけども、もっと殴り合っても見たかったかね」
 戦えるのは嬉しい。けれど、誇り高き種族の滅亡に立ち会っているかのような一抹の寂しさは拭えず。

 激闘の跡、遠くから夏の虫鳴りが「おつかれさま」と歌うように、空に溶けた。

作者:鉄風ライカ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年8月4日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 28/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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