黙示録騎蝗~死出に舞う紅胡蝶

作者:朱乃天

 夜空は鈍色の雲が星を覆い隠して、零れ落ちる絹糸のような雨が艶やかに岩場を濡らす。
 その場に隠れて身を寄せ合うように、敗残兵たるローカストの群れが一同に集っていた。
 彼等の指揮を執るのは、不退転侵略部隊の将たるヴェスヴァネット・レイダーだ。
 太陽神アポロンの命により、彼等は黙示録騎蝗の尖兵として、今後の戦いに向けて必要なグラビティ・チェインの獲得を目論んでいた。
 それは単騎で町に攻め入り多くの人間の命を奪い、大量のグラビティ・チェインを太陽神アポロンに捧げる為の、己を犠牲にした捨て身の作戦だ。
「戦いに敗北してゲートを失ったローカストは、最早レギオンレイドに帰還する事は出来なくなった! これは、ローカストの敗北を意味するのか?」
 声を張り上げるヴェスヴァネットの問いかけに、隊員達は全員、間髪を入れず『否っ!』と口を揃えた。
「不退転侵略部隊は、もとよりレギオンレイドに戻らぬ覚悟であった」
「ならば、ゲートなど不要」
「このグラビティ・チェイン溢れる地球を支配し、太陽神アポロンに捧げるのだ」
「太陽神アポロンならば、この地球を第二のレギオンレイドとする事もできるだろう」
「その為に、我等不退転ローカストは死なねばならぬ」
「全ては、黙示録騎蝗成就の為に!」
「おぉぉぉ!」
 次々と気勢を上げる不退転ローカスト達。指揮官のヴェスヴァネットは、拳を振り上げながら彼等の士気を鼓舞させる。
「これより、不退転侵略部隊は、最終作戦を開始する。もはや、二度と会う事はあるまいが、ここにいる全員が、不退転部隊の名に恥じぬ戦いと死を迎える事を信じている。全ては、黙示録騎蝗成就の為に!」
 檄を飛ばすヴェスヴァネットの言葉を受けて、不退転侵略部隊のローカスト達は、一体、また一体とこの場を離れて戦場へと向かう。
 不退転部隊――その最後の戦いが始まろうとしていた。

「ローカスト・ウォーの勝利、本当にお疲れ様だったね」
 玖堂・シュリ(レプリカントのヘリオライダー・en0079)は表情こそ変えないが、先日の戦争で十分な戦果を収めたケルベロス達を、心から祝福して労った。
 しかし喜ばしい話ばかりではない。シュリはケルベロス達に視線を向けて、事件の概要を伝え始める。
 かの戦いで撤退した太陽神アポロンが、ローカストの軍勢を動かし更なる戦いを起こそうとしているようだ。
「そこで最初に動き出したのが、ヴェスヴァネット・レイダー率いる不退転侵略部隊だよ」
 太陽神アポロンは、『黙示録騎蝗』の為に大量のグラビティ・チェインを求めている。
 そして、不退転侵略部隊をグラビティ・チェイン収集の捨て駒として使い捨てるらしい。
「不退転侵略部隊だけど、一体ずつ別々の都市に出撃して、ケルベロスに殺される直前まで人間の虐殺を続けるみたいなんだ」
 しかも予知した場所の住民を避難させれば、代わりに他の場所が狙われてしまう。よって被害を完全に抑えることは不可能だ。
「だけど……彼等が虐殺を行うのは、太陽神アポロンのコントロールによるものなんだ」
 今回の行動は決して彼等の本意ではない。不退転侵略部隊のローカストに正々堂々と戦いを挑み、誇りある戦いをするように説得できれば、彼等は人間の虐殺を拒んでケルベロスと戦うことを選択してくれるだろう。
 彼等は不退転部隊の名の通り、絶対に降伏することも逃走することもなく、死をも恐れず戦い続ける存在だ。
「激しい戦いになると思うけど、どうか彼等に敗北と……死を与えてほしいんだ」
 シュリはそう告げた後、続けて現場の状況を説明する。
「今回敵が現れるのは、京都府京都市左京区にある、貴船神社だよ」
 観光客が多く訪れるその場所で、ローカストは人々の虐殺を企んでいる。
 敵の外見は、紅い蝶のような少女の姿だ。彼女は素早い動作で相手を攪乱することを得意とし、脚部を機械で強化しており、蹴り技を用いた格闘戦に秀でているようだ。また、翅で美しい音色を奏でて相手を魅了して、同士討ちを誘おうとする。
「自らの命すら惜しまない、不退転部隊としての矜持が彼女の原動力なんだ。キミ達はその覚悟を戦士として受けて立ち、そして必ず打ち勝ってほしい」
 キミ達ならできると信じているよ――シュリはケルベロス達を見つめながら小さく頷き、武運を祈るのだった。


参加者
エンリ・ヴァージュラ(スカイアイズ・e00571)
卯京・若雪(花雪・e01967)
シェスティン・オーストレーム(小さなアスクレピオス・e02527)
望月・克至(黎明の月・e03450)
神楽・凪(歩み止めぬモノ・e03559)
若生・めぐみ(将来は女神・e04506)
翡翠・風音(森と水を謳う者・e15525)
尾神・秋津彦(走狗・e18742)

■リプレイ


 茜色に染まった黄昏時の夕焼け空に、深い藍色が少しずつ溶け込んでいく。
 石段の左右に並び立てられた灯篭に、仄かな明かりが灯り始めて宵の訪れを告げていた。
 京都の奥座敷にある神社に足を運んだ人々は、その幻想的な光景に見惚れつつ、日常の世界から離れた幽玄の美を堪能している――筈だった。
 人々の声は突如として悲鳴に変わり、混乱に陥った現場は凄惨な様相を呈していた。
 ケルベロス達はローカストの凶行を食い止める為、急いで石段を駆け上がったが、そこで彼等は非情な現実を直視することになる。
 逃げ惑う人々の波を掻き分けて、漸く辿り着いた場所にいたのは、標的である紅い胡蝶のローカスト。そしてその足元には――数名の男女が折り重なるように横たわっていた。
「っ……! 完全には間に合いませんでしたか……」
 守るべき命が奪われていく惨状を前にして、望月・克至(黎明の月・e03450)は悔しさを押し殺すように握った拳を震わせる。
 尚も一人の女性の命が絶たれ、事切れた躰は語れぬ無念を伝えるかのように、ケルベロス達の元へと石段を転がり落ちていく。
「酷い……どうして、こんなことを……」
 無残な姿に変わり果てた女性をシェスティン・オーストレーム(小さなアスクレピオス・e02527)が受け止めて、死を悼みながらそっと亡き骸を抱き締める。
 ローカストを放置しておけば、更なる虐殺が行われてしまう。それだけは阻止しなければならないと、ケルベロス達はローカストを呼び止めて注意を引き付けようとする。
「ファルロッソさん、こんばんは。ケルベロスの若生めぐみとらぶりんです」
 若生・めぐみ(将来は女神・e04506)が怒りを堪えた声色で、従えているナノナノを紹介しながら最初に名乗りを上げる。
 ケルベロスという言葉を聞いて、ローカストが一瞬ピクリと反応を見せる。
 彼女に続き卯京・若雪(花雪・e01967)が歩み出て、日本刀を携えながら口上を述べる。
「――卯京若雪。番犬として、人々の盾として、僕も不退転の覚悟で参りました。不本意な蹂躙等続けていては、その名が泣きましょう」
 真に『不退転部隊の名に恥じぬ戦い』を望むのならば、ここは真剣勝負を――。若草色の瞳でローカストを凛然と見据えて、正々堂々とした勝負を申し出る。
「貴女方が神の為、同胞方の為に戦うように……私達にも地球に住む皆さんの為に戦う意志があります。それ以上虐殺を続けるならば……まず、私達が相手です」
 翡翠・風音(森と水を謳う者・e15525)が強い口調で揺るがぬ決意を口にして、警告の意味を示すべく、ローカストに対して弓を構えて威嚇する。
「命を賭けた戦いなら俺等が相手になってやる。戦えない奴等相手に暴れるのは、戦士としての本位じゃねぇだろ。真っ向勝負と行こうぜ」
 神楽・凪(歩み止めぬモノ・e03559)が親指で自分を指して、掛かって来いと言わんばかりに挑発をする。
「僕達は逃げも隠れもしない、正々堂々掛かっておいでよ。折角の命、そんな終わらせ方でいいの?」
 エンリ・ヴァージュラ(スカイアイズ・e00571)が真剣な眼差しをローカストに向けて訴える。どうせ散らすなら、最後にひと花咲かせたって誰も文句は言わないと――。
「先の『黄金不退転部隊』。彼等は堂々戦いそして散ったと、報告を受けております。……その武名を穢さぬ為にも、貴君も正々堂々と戦うべきでは?」
 尾神・秋津彦(走狗・e18742)の口から黄金不退転部隊の名前が出た瞬間、ローカストはこれまでとは一変した態度で、ケルベロス達を強く意識し始めた。
「もし小生等の挑戦から逃げて無抵抗の者しか襲えぬのなら……。不退転とは名ばかりの、臆病者ですな!」
 やれやれと蔑むような目でローカストを見つめ、悪態をつく振りを装う秋津彦。その行動が功を奏したか、蝶のローカストは紅い翅を大きく広げて、敵意と殺意を剥き出しにする。
「……ふん。そこまで言うんだったら、相手をしてあげる。アタシの名前はファルロッソ。不退転部隊の名に賭けて――この戦い、挑ませてもらうわよ!」


 ケルベロス達の説得によってローカストの意識を逸らしている間、人々は蜘蛛の子を散らすように彼等の側から離れていった。
 しかしこうして話が纏まった以上、避難に時間を割けるだけの猶予はもはやない。後は人々が無事に逃げ延びることを願いつつ、互いの誇りを賭けた戦いに勝利するのみだ。
 先に動いたのはファルロッソの方だった。灯篭の灯りに照らされながら、華やかな彩りを浮かべる翅が夜空に舞って。機械化された脚から繰り出される蹴撃が、前衛陣を次々に薙いでいく。
 宵闇に揺らめく灯火の群れは、まるであの世の奥へと誘っているようで。ならばその前方に立ちはだかる紅い胡蝶は、さしずめ死出の旅路の案内人といったところか。
「流石は不退転部隊ですね……こちらも負けてはいられません」
 地獄の番犬達も気を引き締めて反撃を開始する。めぐみを覆う装甲から金属質の粒子が溢れ出し、舞い踊るように蒔かれた粒子が仲間の戦闘感覚を呼び起こさせる。
「(……死んで、どうすると、いうのでしょう)」
 自らの命を投げ打ってまで戦いに臨むローカストの価値観に、シェスティンは憐れみの念を抱かずにはいられなかった。神聖なる白蛇をあしらった杖を振り翳すと雷が迸り、邪なる力を遮る壁を構築していった。
「クルル、いつも通りお願い!」
「オレオル、こっちも行くよ」
 エンリと克至が相棒のボクスドラゴンにそれぞれ命じて、攻撃を重ね合わせる。
 常にエンリに寄り添う金色の小竜は、毛並みを逆立て焔の紗幕でファルロッソを包み込み――光の名を冠した克至の小竜は、勇気を振り絞るように体当たりで敵を押し飛ばす。
「彼女達にも抱えるものはあるのでしょうが……それは私達も同じです」
 故郷や多くの味方を失ってもなお戦うローカスト。守護する森を襲撃されて家族を失った風音にとっては、彼等の境遇や心情に少なからず共感を覚えてはいた。
 しかしだからこそ、大切な何かを失う辛さを他人に味わせたくはない。いざとなれば自分が犠牲になってでも――風音は並々ならぬ覚悟を弓に篭め、番えた漆黒の矢の一撃はファルロッソの肩に突き刺さる。
「身も心も、全て尽くして戦い抜くと約束します。だから、貴女も――唯の駒等ではない、戦士としての姿と矜持をお見せ下さい」 
 穏やかな物腰と口調でも、瞳には強固な意志の輝きが宿る。若雪が飛び込むように距離を縮めて刃を振り抜くが、ファルロッソは咄嗟に身を躱し、弧を描いた刃は身体を掠める程度に留まった。
 搾取する側とされる側。それは自然の摂理でもあって、生き残る為には犠牲が付き物だ。
「俺等がやってるのは生存競争だ。てめぇ等が不退転なら、俺等だって引くわけにも負けるわけにもいかねぇ」
 相手が何者だろうと、退くつもりは一切ない。凪は眼光鋭くファルロッソを睨みつけ、両脚に力を込めて高々と跳躍し、重力を纏った蹴りを叩き込むものの。敵の速度の方が勝って紙一重で避けられてしまう。
「胡蝶の舞いは優雅なものでありますが――狼の牙には、獲物であります」
 立ち振る舞いは礼儀正しく、されど振るう刃は野獣の如き獰猛さを兼ね備え。秋津彦が放った研ぎ澄まされた一太刀は、空気を裂いてファルロッソの肉体をも斬りつける。
「ぐっ……!? なかなかやるじゃない……やっぱり戦いはこうじゃなくっちゃね!」
 不退転部隊として望んだ戦いが、互いの命と信念を賭けた死闘が今正にこの場所にある。ファルロッソは湧き立つ高揚感を抑え切れず、享楽的なまでに番犬達との闘いに愉悦した。
 月から零れる淡い光を浴びながら、翅を羽ばたかせると優美な旋律が紡がれて、雅やかな音色が戦場に響き渡った。
 月光を背にした紅い胡蝶の姿はとても可憐で儚げで。甘美な調べは聴く者を魅了し夢幻の世界へと惹き込んでいく。
 克至はどこか遠くを視るように、定まらない視線で杖を空に掲げて力を集束させる。すると上空から蒼い稲光が降り注がれて、蓄積された力は雷撃となって一直線に放出される。
 だが狙った標的はローカストではなく、眼前に立つ凪だった。このまま直撃を食らうかと思われたその刹那――異変を察したエンリが素早く割り込み、身を挺して凪を庇った。
「痛たぁ……。流石に同士討ちはマズいから、早く目を覚まさせないと」
「それなら音には音で対抗です。めぐみの歌声で、皆さんを癒してあげます」
 胡蝶の音色に囚われた者達を救い出そうと、めぐみがギターを掻き鳴らして歌を奏でる。それは罪を受け入れ勇気を奮い立たせる戦士に捧ぐ歌。彼女の優しく力強い歌声が、夢の中を彷徨う仲間を現実世界に引き戻す。
「す、すみません……。この借りは、必ず返しますから……」
 操られたとはいえ仲間を攻撃してしまって気落ちする克至に、凪は気にするなと彼の背中を軽く叩いて励ました。
「こちらも、すぐに治します」
 エンリの傷は、シェスティンが癒しを齎す桃色の霧を発生させて、即座に回復を施した。
「この星に住む尊き命を護る為、不退転部隊……貴女方は必ず止めてみせます」
 後ろで結った風音の翡翠の長髪が、風に靡いて頬に絡みつく。彼女と同じく翡翠の毛色のボクスドラゴン『シャティレ』が主を見つめ、波長を通じ合わせて風音に竜の力が注がれていく。
「……身に受ける傷より、遥かに痛むのは心の方ですね」
 若雪は寂しげな表情を浮かべるが、そうした迷いを払って刃に霊力を纏わせる。白い翼をはためかせ、突き出す刃は紫電の如き速度で捕らえて逃さず、紅胡蝶の腹部を穿ち貫いた。
「必死なのは小生達とて同じであります。譲れぬもの同士があるのは百も承知、ならせめて誇りに殉じた潔い最期を」
 戦いは均衡が続いているが、手を緩めず攻め立てるべきと判断する秋津彦。突破口を開く為、闘気の塊を掌に凝縮させて、光の気弾を撃ち込み敵の体力を削いでいく。


 紅い胡蝶は退く素振りを微塵も見せず、命を惜しまず前に突き進む。少女の決意は純粋であるが故、強く気高く――そして脆い。
 ローカストとケルベロス達の力量は互角であった。しかし、命を捨てる者と命を守る者。その守るべき人々に対する思いが心の支えとなって、不退転の矜持を押し返していった。
「全く……本当にしぶといわね、アンタ達。それでこそ、殺し甲斐があるってモノよ!」
 ファルロッソの脚から紅蓮の炎が燃え上がる。残された命を燃やし尽くすかの如く、滾る闘志を宿した灼熱の蹴りが、眩く煌めきながらエンリを襲う。
「こっちこそ、受けて立ってあげるよ!」
 エンリもまた、避けることなく正面から迎え撃つ。緋色の翼で風を切り、緑のコートを翻して宙に舞い、刃の如き鋭い蹴りが放たれる。
 二つの蹴りが交錯し、二人の力と力が激突し合う。両者譲らず拮抗した勝負の結末は――衝撃によって双方共に弾き飛ばされ、地面に全身を激しく打ちつけてしまう。
「オペを、開始します。速度強化結界、展開!」
 その直後にシェスティンが治癒の結界を張り巡らせて、すかさずエンリの治療に当たる。
「――彼の地の友に願う、我が敵を捕らえん事を」
 めぐみの手の中には、召喚した異世界の銃が握られていた。照準を絞って撃ち抜いた銃弾は、菌糸の網となってファルロッソの全身に絡みついて捕縛する。
「今のうちですね。その力……奪わせて貰うよ!」
 敵が抑え込まれている隙に乗じて、克至が更に追い討ちを掛ける。
 魔力を帯びた左手を翳すと、ファルロッソの翅が光の粒のように分解される。飛び散る翅の欠片を克至は掌の中に吸収し、自身の力に変換させて取り込んだ。
 不退転の戦士として戦い続けてきた少女。その彼女に破滅の始まりが訪れて、やがて迎える終焉に至ろうとする。
「ちょいと意地を比べ合おうじゃねぇか。曲げられねぇものがある戦士同士として、な」
 凪がニヤリと不敵な笑みを浮かべて、黒く禍々しい闘気を練り上げる。
「虐殺を起こす卑怯者でなく、戦士として逝きやがれ。それが貴様等に相応しい末路だ!」
 気合と共に打ち出した拳から、魂喰らう漆黒の弾丸が射出され、ファルロッソの生命力を荒々しく蝕んでいく。
「お伝えしましょう。鼓動なきもの達の声を、意思を――声なき声よ、我が手で響け!」
 風音が意識を自然界と同化させるようにして念じると、風が騒めき出して木の葉が踊り、風音の両手に大気の刃が具現化される。
 精神を一点に集中させて敵の鼓動を見極め、振り下ろした刃は自然に帰すことを促すかのように、ファルロッソの心を断ち斬った。
「さ、流石ねケルベロス……。でも、まだ……負けてはいないわよ!」
 紅い胡蝶の命の灯火は、もはや消えかけ潰える寸前だ。それでも不退転の意志は決して失せず、最後まで戦い抜こうと抗い続けるが――。
「抗おうとする意気地は尊いものでありますが――ここで終幕であります」
 この戦いに決着を付けようと、秋津彦が日本刀を腰に当て、身を低く屈めて力を溜める。
「先祖代々この地に降りてより、筑波の山で磨き上げた一刀流の技! 貴君への餞に見舞いましょう!」
 刀に備えた木瓜形の鍔が、風の加護を授けて刃が唸る。間合いを図り機を伺い、秋津彦が大地を蹴って一気に仕掛ける。疾風を纏って懐に潜り込み、九郎判官の八艘飛びを彷彿とさせる剣技で一閃――刃の煌めきが線を引くように、鮮やかな朱が京の夜空に舞い散った。
 秋津彦の渾身の一撃を受け、ファルロッソは虫の息ではあるがまだ絶えてはいなかった。
「死をも恐れぬ、誇り高い不退転の戦士。ファルロッソ――その名と戦い様、忘れません」
 もう戦う必要はない。若雪が紅胡蝶の少女に囁いて、大地の霊力と御業を乗せた斬霊刀で斬り払う。刻んだ傷口からは、白藤の花が燦爛と乱れ咲く。死出の旅路の餞代わりに――。
 胡蝶の戦士は、最後に一言。ありがとう――そう言い残し、火の粉のように燃え堕ちた。
 切ない想いで見届ける若雪の瞳には、残火が蝶となって舞い逝く姿が視えた気がした。

「――さよなら、です」
 全てを終えて安堵したのか、シェスティンが柔らかい声で静かに別れを告げる。
 堂々戦い散っていった戦士への追悼と。犠牲となった人々への黙祷と冥福を。
 幾許かの喪われた魂が、安寧の地へ迷うことなく辿り着けるようにと。
 宵闇灯す標の先で、寂然と佇む社に捧げる祈りと決意。
 様々な想いを胸に抱いて――地獄の番犬達は、次なる戦地に向けて再び歩き始めた。

作者:朱乃天 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年8月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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