さよならの夜の夢

作者:真魚

●さよならの夜に
 ひまわり咲く道を、少年は息切らせ駆けている。
 足がもつれ転びそうになっても、なんとか立て直して。早く、早くと心に急かされて。
 やがて少年の前に、車に乗ろうとする少女の姿が見えてくる。その姿を認めた瞬間、少年は思わず叫んでいた。
「おい、待てよ!」
 振り返る少女。間に合った。
 安堵の中で息整えて、少年は握りしめていた小さな箱を差し出す。
「……これ、やる」
 もっと言いたいことはたくさんあったが、そう告げるだけでやっとで。
 しかし、そんな精一杯のプレゼントは――少女が受け取る前に、形を変えた。
 未だ少年の手の中のそれは、カタカタと小刻みに揺れ出して。揺れと共に、それはぐんぐん膨ら大きくなっていく。
「え、え、何だ?」
 狼狽え少年が手を放しても、大きく大きく。
 そしてその箱は、膨らみ切ってボンッと音立て破裂した。

「うわああああっ!」
 驚きに声上げ、少年は飛び起きる。
 呆然と視線巡らせて、ベッドの横の時計を見ればまだ夜中。その横には、先ほど少年が差し出したはずのプレゼントの箱が置かれている。
「……何だ、夢か。そうだよな……あんなうまく、行きっこない」
 脱力と共に、胸に滲むは落胆。そうしてうつむく少年の横に、刹那、獣に乗った少女が現れた。
 一瞬の出来事。突然現れた夢喰いに少年が顔上げるより早く、その魔女の鍵は彼の心臓を一突きしていた。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『驚き』はとても新鮮で楽しかったわ」
 くすり。楽しそうに笑み浮かべる半獣の娘の前で、少年は意識失い崩れ落ちる。
 その横には、彼が夢見たのとそっくりな、巨大なプレゼントボックスが現れていた。
 
●目覚めの時を
「子供の頃って、びっくりするような夢を見たりするよな」
「飛び起きてから考えてみると、脈絡がなかったりするんすよね」
 高比良・怜也(饗宴のヘリオライダー・en0116)の言葉に、相槌ひとつ。淡虹色に輝く髪を持つ男は、集まったケルベロス達へ頭を下げた。
「ゼレフ・スティガル(雲・e00179)が予想した通り、ドリームイーターが発生した。そいつはびっくりする夢を見た子供を狙い、その『驚き』を奪っているようなんだ」
 『驚き』を奪ったドリームイーターは既に姿を消しているが、奪われた『驚き』を元にして現実化したドリームイーターが、事件を起こそうとしている。これを撃破することが今回の依頼だと、告げて怜也はケルベロス達をぐるり見回した。
「ドリームイーターは、巨大なプレゼントボックスの姿をしているんだ。生み出されたドリームイーターは、被害者の少年の家を出ると、驚かせる人を探して街をうろつく」
 しかし、時刻は深夜。閑静な住宅街、道を歩く人はいない。ケルベロス達が付近を歩いていれば――間違いなく、彼らを狙って現れる。
「この辺の道は狭いから、戦闘には向かない。少年の家から近いところに公園があるから、ここをうろついてるといいだろうな」
 ドリームイーターは、その体の上部にガトリングガンを装備している。これを使って射撃してきたり、モザイクの力で傷を修復したりする。厄介な相手だから油断しないようにと、語った怜也は顎に手をやり思案するゼレフを見てゆるり笑った。
「それから、被害者の少年。久保・翔太って名前なんだが、こいつはドリームイーターを倒すまで目覚めない。で、今回ドリームイーターを生み出した夢に、ちょっと意味があるみたいなんだよな」
 少年の部屋に置かれた、小さなプレゼント。それはドリームイーターの姿をそのまま小さくしたような――夢に出てきた、そのままの形。
「翔太は、夢喰いに襲われた翌朝、このプレゼントを友達にあげるつもりだったらしい。この日、遠いところに引っ越すんだそうだ」
 仲の良かった女の子。その最後を見送る時に、渡そうと用意したプレゼント。だが、少年は夢見たことで、迷っている。
「元々、頑固な性格らしくてな。どうせ喜んでもらえないとか、後ろ向きな気持ちが大きいみたいだ」
「青春って感じっすねえ」
 ゼレフが漏らした感想に、怜也は思わずにやりと笑う。そう、そんな甘酸っぱい想いに、後悔なんて似合わない。
「だからまぁ、こっからは依頼じゃなくて、個人的に頼みたいんだが。うまくドリームイーターを倒したら、翔太のことも、ちょっと後押ししてやってくれないかな」
 戦いは夜明け前。戦闘が終わってからでも、少女の引越しにはまだ時間がある。その間に彼に言葉をかけてやれば、少年の未来は変わるかもしれない。
「お前達なら、どっちもうまくやってくれるだろ。信じてるぜ」
 告げる言葉、その瞳に湛えるは信頼の光。そうしてケルベロス達に頭下げる怜也に合わせて、ゼレフもレンズの奥の瞳を僅かに細め、静かに一礼した。


参加者
獅子・泪生(鳴きつ・e00006)
藤守・景臣(ウィスタリア・e00069)
イェロ・カナン(赫・e00116)
ゼレフ・スティガル(雲・e00179)
シャス・ナジェーナ(紡ぐ翼・e00291)
オルテンシア・マルブランシュ(ミストラル・e03232)
リィ・ディドルディドル(はらぺこディドル・e03674)
鏑木・郁(傷だらけのヒーロー・e15512)

■リプレイ


 人々が寝静まった後の公園には、虫達の鳴き声だけが響いていた。
「……仕事でなけりゃ夜の散歩ってのも中々良いモンなんだけどなあ」
 言葉零したシャス・ナジェーナ(紡ぐ翼・e00291)は、仲間達が敷地内へ入ったのを認めて殺気を放つ。肩にとまったフクロウのルゥを促せば、相棒は羽ばたき公園の外へ。それを見送った後で、キープアウトテープを貼っていくのはイェロ・カナン(赫・e00116)だ。
 二重の人払いを念入りに行いながらも、彼が思うは此度の悪夢の主と、その甘酸っぱい青春の一頁。
(「夢の中で会えたって直接手渡せなきゃな。少しでも力添え出来りゃ良いんだけど」)
 思考と共に視線巡らせれば、そのラズベリー色の瞳がゼレフ・スティガル(雲・e00179)の虹のようにきらめく瞳と合った。見知った仲間の存在が頼もしくて、男はゆるりと笑う。
「ゼレフせんせの驚き顔は必見? ……なぁんて、な」
 冗談を口にできるのも、信頼の証。そんな彼に苦笑浮かべて、ゼレフも眠れる少年の心を想う。わかっていても素直になれない、そんな時もあるものだと。
「初恋かなぁ、いいよねぇ」
 不意に零れた男の呟きには、隣のオルテンシア・マルブランシュ(ミストラル・e03232)がくすり笑み浮かべた。少年が見たという、抜けるような青空に眩いひまわり。そんな景色に、うつむき顔なんて似合わないから。
(「夢の向こうに広がる鮮やかな夏を、未来を、――きみに届けるために」)
 決意の光灯す赤の瞳が、頼もしい仲間を見渡す。すると、まるでその時を待っていたかのようなタイミングで、突如公園の入り口に大きな物体が飛び込んできた。
 立方体の体、飾られたリボン。その巨大ながらもかわいらしい外見の上部には、不釣り合いに無骨なガトリングガンが鎮座していて。
 現れた悪夢のドリームイーターに、ケルベロス達は一斉に武器を構える。前進する仲間へオルテンシアが守護星座の光を撒けば、リィ・ディドルディドル(はらぺこディドル・e03674)は敵を認めて。
「ふぅん、あれが例のドリームイーター。随分と面白い姿をしてるのね」
 それじゃ、さっさと片付けちゃいましょうか。何でもないことのように言葉紡いで、手の中のスイッチをかちり押す。瞬間、巻き起こるカラフルな爆発が仲間達の士気を高め、その中を飛び交う紙兵が前衛を守るように浮遊する。
 仲間を癒すことを優先に。紙兵飛ばした獅子・泪生(鳴きつ・e00006)は、その透き通るような桃色の瞳に悪夢の具現化を映し胸中で呟く。
(「泪生もよく夢を見るから、飛び起きたときの感覚とか、よくわかるなぁ。どんなに怖くても、それって見た本人にしかわからなかったりするんだよね」)
 そんな夢を奪う、ドリームイーターの凶行を見過ごすことはできない。縛霊手の拳握りしめる少女を守るように前へ出た鏑木・郁(傷だらけのヒーロー・e15512)も、同じ想いを胸に口を開いた。
「どんな感情も人にとっては大切なものだし、子供の夢を奪って利用するなんて許せないからな……必ず助ける!」
 言葉と共に、スイッチで発動させるのは二度目の爆発。重なる支援に、力がみなぎる。グラビティの効果感じながらも、さらにもう一つと藤守・景臣(ウィスタリア・e00069)が杖より生んだ電気ショックで己の力を高めていく。
 幼き青春の物語は、昔の自分を見ているようで微笑ましい。少しでも手助けができればと、願う男は眼鏡を外して菫青色の瞳に敵を映す。
「翔太さんの為にも目覚めぬ悪夢に終焉を。彼には新たな日を迎える権利があるのですから」
 紡ぎながらすらりと抜き放つ、斬霊刀は涼やかな光帯びて。正眼に構えればその先で、プレゼントの夢喰いは警戒するように大きく体を揺すった。


 とん、と地を蹴り出す音が軽やかに響く。駆け出したゼレフは、手の中の『白夜』にその勢い乗せて揮った。冷気に包まれ敵は大きくのけぞるが、その隙狙ってイェロが砲撃放つより僅かに早く、ボンッと音立てて破裂して見せた。
「うわっ、ビックリした!」
 思わず声上げアームドフォートの狙いを外しそうになるイェロの前では、景臣も大きく肩震わせ息を呑む。普段はほとんど驚かない男は、この時のために娘を見て練習をしてきたのだとか。
 そんな仲間達のびっくり演技は、ごく自然なもの。対して、ゼレフの驚き方はなかなか個性的だ。
「ワア! すごいね今のどうやったのか教えてよ!」
 体の前で両手開く仕草付きで、紡いだ台詞はまるで通信販売番組の外国人のように。そんな男を興味深げにイェロが見れば、夢喰いもまた得意げに体揺らしている。
 仕掛けに驚くケルベロス達を、敵は狙いにくくなる。それ狙って演技する仲間達に対して守り手務める者達は、逆の反応をして見せる。
 元々驚かされるのが苦手な郁は、口元隠して反応を堪え。ぐっと唇引き結んで、彼は誤魔化すように黒き鎖伸ばして敵を締め上げた。
 隣のリィは、演技の必要なく落ち着いている。
「今度はもう少しマシな『驚き』を期待するわ」
 言葉紡いで翼に風絡め、少女は敵の足元へと飛び込み流れるように足を振り上げそれを叩き込む。
 仕掛けに驚かない上に、畳みかけるようなグラビティの連打。これには機嫌のよかった夢喰いも、怒ったように跳ねた。上部のガトリングガンが音を立て、嵐のような弾丸が前衛のケルベロス達へと降り注ぐ。傷付く仲間達見て、即座に薬液の雨降らせるのはシャス。
(「青春の想い出に後悔が残るのは寂しいしな。ましてや夢喰いに邪魔されるなんざ、以ての外だ」)
 夜風はらむ薔薇色の髪、琥珀の瞳に想い乗せ。癒しの雨は、仲間の体を軽くしていく。
 さらにオルテンシアがスイッチ押して爆発起こせば、癒しと共に力がみなぎる。
(「夢喰いの特性、まるで素直になれない少年の心模様ね」)
 驚かなければ、夢の続きを見られたかも。そう、悔しがっているように彼女には見えて。
 ふわり笑んだ紫の花咲かすオラトリオの手は、傍に佇む従者の頭を優しく一撫でする。ミミックのカトルは、存外小心者だから。勇気の出る、おまじない。
「大事なお役目よ。確り頑張ってね」
 声かければ、ぱくぱくと紫の宝箱の口開けるミミックは元気よく。そのままプレゼントボックスへと駆けていき、その口で思い切り敵へと喰らいついた。しゃらり、頭に飾られた紫水晶が夜に揺れる。
 敵のガトリングガンが弾丸の雨を降らせる中、癒し手と守り手のグラビティがその傷を癒し、士気を高め、支援受けた攻め手達が夢喰いの巨体目掛けて一撃を放つ。
 此度の敵は妨害を得意とし、ケルベロス達の命中精度を落とし、炎負わせるグラビティを操る。それは厄介な戦法であったが、回復の手段を多く用意した彼らはうまく立ち回ることができていた。前衛の仲間達に重ねてかけられた状態異常回復の効果と、癒し手達のヒールグラビティ。それらは敵の弾丸が撒くプレッシャーをひとつひとつ無効化していき、攻め手達の攻撃力を支えていく。
 回復に手を取られる場面も多かったが、その分の火力を補ったのがカラフルな爆発や脳細胞を強化するグラビティによる、攻撃力上昇効果だった。攻め手達の与えるダメージは次第に大きくなっていき、敵を圧倒し始めていた。


 敵の回復頻度が上がれば、ケルベロス達の攻撃は苛烈さを増す。
 しかしそれでも、敵はなお風船のようにその身を膨らませた。
「何だ何だ何だ?! ……おわぁっ!!」
 警戒のふりから、大声上げて。木の葉の癒しを撒きながらシャスが驚けば、泪生も一際大きな破裂音に思わず声を上げる。
「ひゃああっ! お、大きい音はニガテなんだってばぁ……!」
 彼女の声にこそ驚いて、前方のゼレフが仰け反るのが目に映る。それ見た泪生は心落ち着けて、闇封じ込めた魔導書の細鎖を解き頁を繰る。どろり、零れ落ちるは深い夜。闇を纏った少女は郁の脳細胞を強化した。
「みんなちょっと派手に驚き過ぎじゃない?」
 ぱくぱく口開いて動揺を見せるカトルを撫で、オルテンシアは仲間の反応に思わず声投げかける。敵の単調なおどかしには次第に慣れもするけれど、彼らの方は毎度新鮮でその姿にこそ驚かされる。
(「二重の罠だわ……」)
 そう、胸中で呟いて。時を凍結させる弾丸放てば、敵の体に氷が張りつく。
 敵は、リィ目掛けて爆炎の弾丸を連射する。しかしその攻撃は少女の上に降りかかるより前、躍り出たボクスドラゴンのイドの体へと注がれた。
 黒のたてがみなびかせ盾となるイドに構わず、少女はしなやかな身のこなしで戦場を駆け、混沌龍の魂を呼び起こす。蒼き魂はリィの右手に鉤爪を形成し、揮えば纏う漆黒がプレゼントボックスのリボンを引きちぎる。
 大きくたたら踏む敵へ、重ねるのは郁のアームドフォートが放つ一斉射撃。苛烈な砲撃は敵を貫き、上部のガトリングガンの一部が弾け飛ぶ。
 その隙に、泪生が前衛癒そうと幾何学の魔法陣を展開した。くるり、青色が風車のように廻り広がっていく。
「――水の音が奏でるままに」
 戦場に響く水音に呼ばれ現れた水の精霊は、吐息に乗せた滴でケルベロス達を癒していく。傷塞がった仲間達をぐるり見て、シャスは今は攻め時と判断する。指先を滑らせて、呼び寄せるのは黒翼の巨鳥。
「……起きろ。お前に出来る、唯一の仕事だ」
 声に起こされ現れた巨鳥は、敵目指して真っ直ぐに空を駆ける。焼けた鋼のような嘴と鉤爪は夜闇の中でも閃いて、プレゼントボックスの体を何度も引き裂いていく。
 震える夢喰いは、慌ててモザイクで傷を修復する。けれどその死角から、突き出されたのは藤纏う斬霊刀。
「……おや、これは失礼。驚かせてしまいましたか? さて――」
 景臣が語る言葉は穏やかに、しかしその瞳には鋭さも湛えて。ひらり、空を斬る刀剣からは赤の花弁が舞い散り、花咲き誇る中で地を踏みしめて、男の刃は弧描き閃いた。
 一際大きく揺れる夢喰いの姿見て、ゼレフはやるねぇと笑み浮かべ。
「さあ、此方も同じくらいは驚かせてやろう」
 唇に言葉乗せれば、意図汲んだイェロが『烱然』を敵へ向け、冴えた金属音を響かせた。
「折角こっちも驚く演技してんだから、余所見しないで?」
 鬼さんこちら、口ずさむ男は刃の先に真っ直ぐ夢喰いを捉える。揮われるグラビティ、太陽の男の攻撃は、敵の中心に向けて放たれた。
 続けて白のカード掲げるは、オルテンシア。
「――ベットは済んだ? それじゃ、答え合わせよ」
 表か裏か、そんな賭けは初めから破綻している。そう、敵が気付いた時にはもう遅い。賭けたのは『一切の現在』、それをいただこうと襲う力が嵐のように夢喰いを包む。
 ただ小さく笑んだのは、信置くものへの声ならぬ声。その追い風受けて、雲が流れる。
 ゼレフの白き刃に、銀の炎が絡みつく。剣掲げて地を駆ける様は、まるで片翼が羽ばたくように。そして――振り上げた炎の刃は夢喰いへ振り下ろされ、その身を焼き焦がした。
「夜の夢は覚めるもの、だろう」
 目覚ましは少々刺激的に。呟く男の背後で、最後の一撃受けた敵がゆっくり消失していく。
 広がる安堵、笑うケルベロス達。ふと見上げれば、空は白み始めていた。


 悪夢奪われた少年が目覚めたのは、それからまもなくのことだった。ケルベロスを名乗り通してもらった部屋の中、見守る彼らの視線の先で、少年はゆっくり瞳を開ける。
「ん……朝……?」
「おはよう、今日も好い天気よ」
 かけられたのは、穏やかな女性の声。それに驚き起き上がった少年は、自分の部屋に見知らぬ人々がいる事態に、瞳瞬かせ戸惑っている。まだ、夢の続きなのかな。呟く少年にふふと笑いかけ、オルテンシアは言葉を重ねる。
「夢から醒めて、落胆したのは何故かしら。望む未来があるのでしょう? 幸いにして、ここは現実。夢とは違う、確かな道を歩める場所よ」
 夢ではない。語る彼女の声に少年は目をこすった。しかし彼らがケルベロスを名乗り、夢喰いを倒したのだと告げればその思考もやっと巡り出す。自分は助けられ、あの悪夢は終わったのだと。
「喜んで貰えるか不安な気持ち、良く分ります。然し、相手を思うがあまり、自分の気持ちを疎かにするのは少し勿体無いですかね」
 語る景臣は眼鏡の奥の瞳を細めて、一つ考え方を変える。時計の横に置かれたプレゼントを手に取り、これを用意するのもまた勇気の要る行動だったろうと声にして。
「この勇気が貴方にあるのですからきっと大丈夫。ふふ、少し楽観的過ぎますかね?」
「夢だけで満足してしまうのは勿体ねぇし。人から貰ったプレゼントを無碍にしてしまうような、そんな女の子じゃないんだろ? ……なんとかなるって」
 続き励ましの言葉送るは、笑み浮かべたイェロ。優しい励まし、その小さな手に渡されるプレゼント。これをあの子に贈れるのは今だけだと、ケルベロス達に声かけられて――しかし少年は、不安げにうつむいてしまった。
 その姿に眉寄せて、口開くのはリィだ。
「意気地のないやつね。だったらそのプレゼント、ゴミ箱にでも捨ててしまえば?」
「えっ……」
 突き放すように語れば、それは存外少年の心に響いたようだ。ちらり、ゴミ箱見た少年は、首を横に振って手の中の贈り物を大切そうに抱え込む。
「そもそもあなたは何がしたかったの? その子に喜んで欲しいからプレゼントを用意したんでしょう?」
 リィが紡ぐ言葉は憎まれ口で、けれどそこに篭められたのは周囲の大人と同じ応援の心。それがわかるから、少年はきゅっと唇引き結び、小さく震える。
 そんな少年と目線の高さ合わせて、郁は友達に語りかけるように言葉紡いだ。
「素直になれない気持ちも分かるんだけど、後悔しない為に今少しだけ勇気を出してみないか?」
「気持ちってのは、ちゃんと伝えてこそ意味を成すモンだぜ。それに出来なかった後悔は何時までも棘みてえに残る」
 同じくしゃがんで視線合わせ、シャスが語るのは自身の内に後悔があるから。そんな彼らの言葉に少年の顔が前向いた時、ぐい、とその腕引いたのは泪生だった。
「翔太くん、行こう! ……っていっても、泪生たちは見送るしかできないけど……!」
 夢の中、彼女に会えた時の喜び。間に合ってよかったと心から思ったのなら、今はその気持ちに一番素直にならなくっちゃ。
 言葉に勇気を与えられ、少年の体がベッドを抜け出し前へ進む。そんな少年に最後の一押しと、ゼレフは笑み向け口開いた。
「今すぐ走っていって、びっくりさせてやりなよ。その方がずっとカッコいいさ」
「――うん! ありがとう、ケルベロスさん!」
 返る言葉には、固い決意が宿っていた。少年はそのまま振り返ることなく、扉開けて駆け出していく。
 踏み出す一歩。きっと彼の未来は変わる。さよならの先を想像して、残されたケルベロス達は皆、穏やかに笑い合うのだった。

作者:真魚 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年8月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 0
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