昼下がりの古めかしい喫茶店に、場に似つかわしくない幼い少女が訪れた。マスターがサイフォンコーヒーを淹れている、静かな店内。
少女は席につき、ノートにペンをはしらせる。
『真っ青なコーヒーを、特別なお客様にだけ出してくれるという店にやってきました。合言葉のヒントが店内のどこかにあるらしいけれど、それは何だろう。ヒントのヒントが欲しいです』
少女は店内を見回すが、流石にそんな噂話がまことであるはずもなく、それらしきものは見当たらない。
そのうちマスターが奥にふと引っ込み、店内には少女一人だけになった。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
唐突にすぐ傍から聞こえた声に、少女は驚愕する。
第五の魔女・アウゲイアスは、その手の鍵で少女の心臓を一突きした。被害者は意識を失い崩れ落ちる。
その隣に、真っ青な水塊が現れた。不定形に歪み、様々なかたちに変化し続ける。
新たなドリームイーターは、こうして生み出された。
「不思議な物事に強い『興味』をもって、実際に自分で調査を行おうとしている人が、ドリームイーターに襲われ、その『興味』を奪われてしまう事件が起こってしまったようです」
セリカ・リュミエールは、新たな事件の話を始めた。
「『興味』を奪ったドリームイーターは既に姿を消しているようですが、奪われた『興味』を元にして現実化した、真っ青な水の塊の見た目をしたドリームイーターにより、事件を起こそうとしているようです。被害が出る前に、このドリームイーターを撃破して下さい。倒す事ができれば、『興味』を奪われてしまった被害者も、目を覚ましてくれるでしょう」
セリカは落ち着いて続ける。
「水塊は不定形ですが、人間程度の大きさで、巨大化などはしません。敵はこの一体のみ、配下はなし。人間を見つけると『自分は何者だ』と問い、正しく反応出来ない者は殺してしまいます」
そして戦闘能力は。
「『知識喰らい』『平静喰らい』『夢喰らい』の三つが攻撃です。店内には気絶した被害者以外誰もいないタイミング。なお、ドリームイーターは、自分の事を信じていたり噂している人が居ると、その人の方に引き寄せられる性質があるので、うまく誘き出せば有利に戦えます」
締めくくりは清冽な声音で。
「純粋な憧れからの興味をこんな風に悪用するなんて許せません。どうか、撃破をお願いします」
参加者 | |
---|---|
マイ・カスタム(重モビルクノイチ・e00399) |
東雲・海月(デイドリーマー・e00544) |
ヴィンチェンツォ・ドール(ダブルファング・e01128) |
ミュラ・ナイン(想念ガール・e03830) |
ユーフォルビア・レティクルス(フロストダイア・e04857) |
ステラ・アドルナート(明日を生きる為の槍・e24580) |
ラノ・クレンベル(詠祠・e26478) |
結真・みこと(ょぅじょゎっょぃ・e27275) |
●興味
「最近、新しい動きを見せてきてるけど……それはとにかくとして、既に起きたことには対処しなきゃ」
ユーフォルビア・レティクルス(フロストダイア・e04857)は、のんびりとした口調ながらも気を抜いてはいない様子で言う。
「青いカフェとは、何やら興味をそそるものじゃないか。しかしシニョリーナの好奇心、興味を奪うとは、なんとも悪質なドリームイーターだな。人は興味を持って行動するもの、きっちりと返してもらうぞ」
被害者が女性であることでヴィンチェンツォ・ドール(ダブルファング・e01128)は余計に立腹しているようだ。
「なるほど『興味』か……それを言ったらボク達ヴァルキュリアは今だって、地球のあらゆる事に興味は尽きないよね!」
「興味、ね。私も知識への興味は尽きないけど、それを悪用するのは頂けないかな。興味は全ての物事の始まりだと思うから」
「好奇心旺盛なのは悪いことじゃないと思うんだ。狙われちゃった人は、運が悪かったっていうかなんて言うか。まぁ、被害が出る前に何とかしちゃおう」
ステラ・アドルナート(明日を生きる為の槍・e24580)、ラノ・クレンベル(詠祠・e26478)、東雲・海月(デイドリーマー・e00544)は、新たなタイプのドリームイーターの傾向に正義感を見せた。
出現場所である喫茶店をこっそりとうかがっていたケルベロス達である。裏手からマイ・カスタム(重モビルクノイチ・e00399)が速足で戻ってきた。
「カフェのマスターにお願いをしてきたよ。近々に騒動が起こる可能性があるので、異変を感じたら慌てず避難するようにと」
ようやくローカストがひと段落したと思ったら今度はドリームイーターか。ケルベロス暇なしだね、とお姉さんめいた調子で口にする。
店の近くの戦えそうなところまで誘き出すと作戦は決まっている。人気のない空き地で、というミュラ・ナイン(想念ガール・e03830)のセリフに、皆が頷いた。それなら事前に調べておいたとユーフォルビアを先頭に移動する。
工事現場ですらない、ぽかりとした空き地。近隣に一般人の歩行者は見当たらないが、ラノは念のためキープアウトテープを張り巡らす。海月も念のためにと殺界形成を発動させた。
「じゃあ、敵を誘う噂話をしなきゃね! んー、『なになに、青い珈琲の噂? 水のオバケ?? あはあ、何それ面白そう!』みたいな。そうだな、ボクは上空から見張っているよ」
ステラは翼を羽ばたかせ、監視のために舞い上がった。
さて、敵を誘う茶番を広げよう、と残りの者は口々に、相手の琴線に引っかかりそうな噂話を始めた。
「すてきなふしぎなのみものって、魔法のジュースみたいなものかな? とってもおいしそう! みこも興味しんしんなんだよ!」
結真・みこと(ょぅじょゎっょぃ・e27275)が、作戦とは思えないような天真爛漫な声を上げる。もしかすると本当に、純粋な興味があるのかもしれない。
「しかし、青いカフェか。どんなプロモーロが楽しめるのか」
ヴィンチェンツォンツォの紳士めいた調子には、少しだけ皮肉めいたものも混ざっていた。そんなものが常識的に存在するはずはないのだから。それでもあるなら飲んでみたい、とも思っていたかもしれない。
「青いコーヒーとやらがあるのなら実際に見てみたい」
「この近くで青いコーヒーを出すお店があるみたいなんだけど」
「そのコーヒーを飲むと願いが叶う、とか何かあるのかな?」
「なんか色々調べたんだけど、コーヒー豆って煎る前っていうの? そーいう時は普通の植物みたいに青いんだってさー」
マイ、ユーフォルビア、海月、ミュラも、口々に聞いたこともない噂話を呟き合う。
──はしった緊張感は、上空から。
「いたよ!」
喫茶店からのろりと表に出てきた、青い水塊を、ステラはその目で確認した。
●水塊
瞬く間に、ドリームイーターは空き地までやって来た。誘き出し作戦は成功だ。真っ青な水の塊が不定形に蠢く姿は、まさに未確認の化け物。
そして、問うた。
コーヒーをカップに注ぐような声音で、自分は何者だ? と。
「自分はなにものって、みこはみこだよ! みこは、みこのおうじさまを見つけるの! だからみこは一生懸命大人になるんだ!」
ドリームイーターは、反応を返さない。何かを取り違えたかな、とみことはきょとんとする。
その背後でミュラは(……ドロドロ……ぬるぬる……プレイ……閃いた!)と戦闘には決して有利にならない思い付きを広げていた。
「お前の存在は分かっている、青いカフェだろう?」
ヴィンチェンツォの正答に、水塊の周囲の空気が一瞬和らいだ、が。
「さぁ、なんだろう? 分かんないや」
海月の、敢えての煽りの一言で、青き水のドリームイーターは、ぶわりと攻撃的な気迫をぶちまけた。
どの道──目的は、撃破。
「NUMERO.2 Tensione Dinamica」
先陣を切ったのはヴィンチェンツォのオリジナルグラビティ。雷神の哮りが込められた白銀に輝く弾丸が、敵の肢体を締め上げる。
「興味よ、あるべき場所に還してやろう」
水塊は、動きを鈍くした。
ミュラは霊力を帯びた紙兵を前衛の守護のために舞わせる。
「自分は何者だって言われても、まず形を固定してよ! ただの青い水の塊でしょ!」
構造的弱点。どこだ。迷いはあったがユーフォルビアは破鎧掌を打ち込む。水球のようなものは、全身を震わせた。
「……これって、しっかりとダメージ入ってるのよね?」
通ってはいるのだが、外見上でそれが確認出来ない。
それにも怯まずマイは妖精弓を二つ重ね、漆黒の巨大矢を放った。
「当たれ!」
攻撃は命中し、ぶより、相手の体が歪む。ティーも凶器をふるって援護する。
「張り切っていくよ!」
ステラの光の翼が暴走する。全身を光の粒子に変え、突撃した。水塊は、ぴ、と水滴を飛び散らせる。
地面に描かれた守護星座が煌いた。守護の力が最前列の者たちに与えられる。
「援護とヒールは任せてね」
海月は後衛から声を投げた。
ラノも黄金の果実の聖なる光で味方に異常状態への耐性をつけていく。
煌きと重力の飛び蹴りを放ったのはみこと。足らしきもののない相手だが、それでも行動の制限効果は有効だったようだ。
「べーだ! ねーこもよろしくね!」
サーヴァントは清浄の翼をはためかせ、空気を清らに変えていく。
ダメージを受けているのかどうか見た目で判別しづらいドリームイーターは、モザイク様の何かを飛ばしてマイを包み、知識を吸収する攻撃をぶつけてきた。
「っ……しくじったか」
マイは踏みとどまるが、ダメージは浅くはない。
●霧散
これ以上させてはならぬとヴィンチェンツォがグラビティブレイクを叩き込む。続いてミュラの炎弾が、水を蒸発させかねない勢いで相手を焼く。ユーフォルビアは素早くチェーンソー剣でその傷口を斬り広げた。
「逃がさないよ!」
己の傷にも負けず、心を貫くエネルギーの矢で、敵を催眠に陥れたのはマイ。負傷を癒そうとてぃーは回復の手助けをする。
ステラは闘志を秘めた眼差しで、電光石火の蹴りを不定形のど真ん中にぶちかました。
「さー、何が出るかな。上手くいくと良いんだけど」
海月の開いたお気に入りの書物のページは、マイの傷を癒すはたらきをした。
「まだ、戦える筈だから」
故郷を追われた者達の、長い流浪の叙事詩。ラノの唄もマイを回復させていく。
「もー! 許さないんだからね!」
みことが掌から放ったドラゴンの幻影は、歪な水球から水蒸気を立ち昇らせた。ねーこは変わらず清浄なる風で援護を続ける。
青い塊は、ぼた、ぼたり、水滴を落とし始めた。ようやく攻撃が通っていることが目視確認出来る。
ならば恐れることはない。元より彼らは戦う者達だ。しかしドリームイーターも破壊者であることに変わりはない。
「みこと、避けるんだ!」
後衛からヴィンチェンツォが叫ぶ。
『平静喰らい』そう呼ばれる攻撃が、みことに向けられる。
「ふえぇ……ふ……」
訳の分からない怒りがみことを支配してしまう。ねーこは庇うように周囲を飛び回った。
このまま好き放題はさせない。ヴィンチェンツォは、あらぬ方向に銃を向ける。計算しつくされた跳弾が、死角から敵を貫いた。
ミュラは敵を殴りつけ、瞬時に放射した網状の霊力で相手を縛り上げた。そこにユーフォルビアが躍り込む。無慈悲な斬撃が縦横無尽に振るわれて、青い水滴がぱぁんと飛び散った。
「心魂機関アクティヴ! 電流収束!」
電力に変換されたエネルギー。マイの両手は敵をホールドして放電攻撃を炸裂させた、まるでスタンガンのように。
「これでどうだ!」
敵は痺れを起こし一瞬動きを止めてしまう。
てぃーはみことのダメージを緩和しようと立ち回る。
避けることも不自由な相手に、ステラは再びヴァルキュリアブラストで突撃する。透き通った青色が濁り始める。
海月はtricksterをみことに向けて。同じくラノも、オーラを溜めてみことを癒す。
激しい怒りから醒めたみことは、仲間の力に報いようと、今度は通常営業の顔でぷんすこしながらスターゲイザーを叩き込んだ。ねーこはディフェンダーらしく援護を続ける。
水球は飛沫を飛ばし、悶えているように見えた。
それでも止まるはずもない。初手と同じ攻撃を、今度はステラに向け──それを飛び出したマイが受けきった。
「……少しはやるようだ」
ふらつく足元で、それでも大地を踏みしめる。
持ちこたえれば、恐らくは、あと僅か。
●青色
「お前が意を示すのはただひとつであるべきではないさ」
家族に向ける愛情を、今は仲間にも。弱った相手の、最も薄くなった水膜を、ヴィンチェンツォは卓越した銃捌きで正確に打ち抜いた。水塊は細かく震え、ぼたぼたと崩壊を始める。
「まぁとりあえずコーヒーは微糖ぐらいが好きかな!」
ミュラの鏡陣八芒・第八節。八枚のページが破られ、空へ投げられる。上空に巨大な水の玉が現れ、それがドリームイーターを覆った。水に水。それでも相手は動けなくなる。
「いくよっ」
基本と言えど、突き詰めれば技になる。ただの三連撃、しかし研ぎ澄まされた太刀筋が、斬れぬように見える水を、斬った。やっぱりダメージ入ってるねぇ、とユーフォルビアは確かな手ごたえを得た。
マイは武神の矢を放ち、真中心を穿った。向こうの景色が見えるほどの穴が空く。てぃーも微力ながら同じ場所を攻撃した。
(ボクには闘いしか能はない。今までも、これからも、ずっと──けれどそれが、闘い以外のいろんな事に興味を持たせてくれた地球への、恩返しになるのなら)
「ボクはこの右手で、全てを突き穿つんだ──! その身に刻め、全力全開の一撃……!」
ステラの巨槍が、閃光の軌跡が、敵を穿ち、四散させた。
今度こそ霧散し、消えてゆく、『興味』の現実化、ドリームイーター。
濁った青い霧は、風に揺らめき、すぐに消え失せた。
ケルベロス八名は、ほうと息をつく。
闘いは、勝利に終わった。
ラノとみことは、戦が済んだあとの周辺の後片付けをさっと終わらせた。それからドヤ顔のみーこの耳をうーっと引っ張るみことである。
海月の提案があり、それにマイが同調したため、すぐさま全員で喫茶店に向かう。
店内には被害者の少女が倒れていた。救急車の類が必要な様子ではなかったので、マイはマスターに事情を伝えに行く。ヴィンチェンツォは少女を抱き起し、声をかけた。
「大丈夫かいシニョリーナ?」
少女はぼんやりと目を覚ます。自分に何が起こったのかよく分かっていない、という顔をしていた。
「っと、これで、目は覚めたかな?」
ユーフォルビアも顔を覗き込む。
状況を聞かされた少女は、噂を学校で耳に挟んだと、ぽつぽつ語り始めた。
「好奇心はにゃんこも殺しちゃうから、気を付けてくださいねー?」
ミュラが優しく言ってやる。
「マスター、青い珈琲、ありますか?」
興味があったら直接聞くのがボクの流儀! とステラが元気な声を上げた。マイに連れられて戻ってきたマスターは、それはないよ、と苦笑いをし、少女は落胆の色を見せた。
その代わりに、とケルベロス達と少女はテーブルに付かされる。
運ばれてきたのは、青い炭酸水。透き通る美しい水色に、弾ける気泡が涼しげだ。
「良いじゃないか、実にな」
戦いに熱くなった体に、よく冷えたドリンクは染み渡った。
「興味かぁ。みこも興味あるなぁ……お姫様みたいになるのにはどうしたらいいのかって!」
様々なことに興味を持って、素敵なレディになることだよ。
マスターは穏やかな声で返す。
被害者は無事回復、周囲への被害は軽微。
青いコーヒーこそなかったが、後味は、素敵な不思議な飲み物、菫の砂糖漬けを浮かべた炭酸水。
作者:古賀伊万里 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年8月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 0
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