黙示録騎蝗~花火の如く

作者:ハル


 深夜、しとしとと雨が降る岩場に、敗残のローカストの一群が集っていた。
 ヴェスヴァネット・レイダー率いる、不退転のローカストたちだ。
 彼らは、太陽神アポロンより、黙示録騎蝗の尖兵となり、今後の戦いのために必要な大量のグラビティ・チェインの獲得を命じられたのだ。
 それは、単騎で人間の町に攻め入り多くの人間を殺して可能な限り多くのグラビティ・チェインを太陽神アポロンに捧げるという、生還を前提としない、決死の作戦であった。

「戦いに敗北してゲートを失ったローカストは、最早レギオンレイドに帰還する事は出来なくなった! これは、ローカストの敗北を意味するのか?」
 不退転侵略部隊リーダー、ヴェスヴァネット・レイダーが、声を張り上げる。
 この問いに、隊員達は、『否っ!』と声を揃えた。
「不退転侵略部隊は、もとよりレギオンレイドに戻らぬ覚悟であった」
「ならば、ゲートなど不要」
「このグラビティ・チェイン溢れる地球を支配し、太陽神アポロンに捧げるのだ」
「太陽神アポロンならば、この地球を第二のレギオンレイドとする事もできるだろう」
「その為に、我等不退転ローカストは死なねばならぬ」
「全ては、黙示録騎蝗成就の為に!」
「おぉぉぉ!」
 意気軒高な不退転ローカストに、指揮官ヴェスヴァネットも拳を振り上げて応える。
「これより、不退転侵略部隊は、最終作戦を開始する。もはや、二度と会う事はあるまいが、ここにいる全員が、不退転部隊の名に恥じぬ戦いと死を迎える事を信じている。全ては、黙示録騎蝗成就の為に!」
 このヴェスヴァネットの檄を受け、不退転侵略部隊のローカスト達は、1体、また1体と移動を開始していく。
 不退転部隊の最後の戦いが始まろうとしていた。


「まずは皆さん、ローカスト・ウォーの見事な勝利、お疲れ様でした!」
 集まったケルベロス達に向けて、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が表情を綻ばせる。
 だが、その表情はすぐに別に懸念によって掻き消されてしまう。
「ですが、撤退した太陽神アポロンが、ローカストの軍勢を動かそうとしているようなのです」
 そう言って、セリカはケルベロス達に、手元の資料を確認するように促す。
 資料には、太陽神アポロンは『黙示録騎蝗』の為に大量のグラビティ・チェインを求めており、不退転侵略部隊を、グラビティ・チェインを集める為の捨て駒として使い捨てようとしているらしいといった事が書かれてあった。
「不退転侵略部隊は、1体ずつ別々の都市に出撃し、ケルベロスに殺される直前まで人間の虐殺を続けるらしいのです」
 予知にあった場所の住民を避難させれば、他の場所が狙われる為、被害を完全に抑える事は不可能。
 しかし、不退転侵略部隊が人間の虐殺を行うのは、太陽神アポロンのコントロールによるものであり、決して彼らの本意では無い。
「そこで、不退転侵略部隊のローカストに対して、正々堂々と戦いを挑み、誇りある戦いをするように説得する事が出来れば、彼らは人間の虐殺ではなく、ケルベロスと戦う事を選択してくれると思うのです!」
 また、不退転部隊のローカストは、その名の通り絶対に降伏する事は無く、死ぬ直前まで戦い続け、逃走する事も無いだろう。
「激しい戦いになると思いますが、彼らに敗北と死を与えて欲しいのです」
 それが、彼らにとっての救いにもなるのかもしれない。
 セリカは資料を捲り、
「不退転部隊のローカストが現れるのは、青森県青森市になります」
 さらに、不退転侵略部隊は、戦闘能力を向上させるような強化手術を受けている為、昆虫がメカっぽく改造されているような外見をしている事が多いようで――。
「何を隠そう元になっている昆虫というのが……その、ゴキブリでして……シルバーでコーティングされている分見た目はましかもしれませんが、あの独特の動きは健在です」
 セリカの眉根がきゅっと寄った。
「特に特徴的な攻撃として、触覚が槍のように鋭く、稲妻を纏わせて攻撃してくるようです」
 セリカは最後に、姿勢を正して言う。
「誇りある戦いを望む彼らにとって、今回の作戦は本意ではありません。ですから、皆さんが同等の誇りを持って挑めば、彼らも……」
 市民を狙う敵に同情など無用だ。 
 だけど……どうか互いに、納得のいく結末を。


参加者
篠宮・紫(黎明の翼・e00423)
日柳・蒼眞(蒼穹を翔る風・e00793)
高橋・月子(対艦巨砲オラトリオ・e08879)
旋堂・竜華(竜蛇の姫・e12108)
月城・樹(ケルベロスの鎖・e17497)
参式・忍(謎武術開祖のニンジャ・e18102)
鋼・柳司(雷華戴天・e19340)
植田・碧(紅の癒し・e27093)

■リプレイ


 青森県青森市。本来ならば観光名所も豊富にあるその場所は、血に塗れ、まるで地獄であるかと錯覚するような、惨憺たる光景を晒していた……。
「(そういえば私も聖王女様の調停決定を疑問に思ったことはなかったわね……)」
 すでに目視できる位置にいる敵――銀蜚蠊のベルネッタを見据え、高橋・月子(対艦巨砲オラトリオ・e08879)が苦笑を浮かべる。
 これは戦争であり、ベルネッタは命令を忠実にこなしているだけ。正論ではあるが、それは人生経験豊富な月子だからこそ至れる境地だ。
「……部下を捨て駒にして、自分の失敗を認められないような相手によく仕えられるもんだ。……無駄死にで、理想的な働き蟻だな」
 惨状に、日柳・蒼眞(蒼穹を翔る風・e00793)が呟いた。参式・忍(謎武術開祖のニンジャ・e18102)や鋼・柳司(雷華戴天・e19340)など、表情を読みにくい者もいるが、他のケルベロス達も概ね同じ気持ちなのだろう。皆、一様にやり切れぬ思いを表に出していた。
 その若さに眩しさを感じるのか、月子が柔和な笑みを浮かべながら目を細めた――その時!
 ベルネッタが新たな標的を補足し、カサカサと特有の動きで素早く動く。狙われたのは、親とはぐれてしまったらしい子供だった。ベルネッタは血にまみれた槍の如き触覚を子供に突き刺そうとして、
「やらせるか!」
 瞬時に駆けだした蒼眞は、真紅のバンダナをはためかせ、ベルネッタと子供の間に割って入る。そして、斬霊刀で触覚を受け止めた。
「俺は日柳蒼眞、ケルベロスだ」
 鍔迫り合いながら、蒼眞はベルネッタを睨み付ける。
「もし度胸というものがあるのなら、今直ぐ勝負しろ! ……今まで戦いすらしていないあなたに、本当に度胸があるのなら、な」
「…………」
 命令に従って、力のない者相手に一方的に蹂躙する事を戦いとは呼ばない。
「戦いとはお互いに対等に、自らの命を掛け合って行うものだ! 部隊に不退転を冠するなら、それに恥じない行動をしてみせろ!」
「…………」
 蒼眞の言葉に、ベルネッタは何ら反応を見せない。ただ、ドロリと濁った瞳だけが蒼眞に向けられていた。
 しばらく鍔迫り合っていると、唐突にベルネッタが後退する。
 その先にも一般人がおり、
「こっちです! 早く逃げて!」
 今まさに月城・樹(ケルベロスの鎖・e17497)が避難支援をしている最中だった。
 ベルネッタは樹の存在を無視して、逃げる一般人のみに牙で狙いを定めている。
 しかし……。
「ドーモ、ベルネッタ=サン。ケルベロスです」
 機先を制するようにかけられた忍の声で、ベルネッタは一瞬だけ動きを止める。
「スタートダッシュは貴方の勝ちね」
 また、ベルネッタの眼前に立ち塞がるのは忍だけではない。いつの間にか月子も一般人に被害を出さないための立ち位置をとっていた。月子は続けて、
「被害が防げなかったのは仕方がないわ。ここで仕切り直しましょう」
 と、冷静に、かつ微笑みを絶やさずに言う。
「……何者だ?」
 その余裕に、ベルネッタは思わず問いかけてくる。しかし、すぐに失言を悟ったのか、わずかに俯いた。
 だが、それがベルネッタが見せた初めての隙である事に間違いはない。直ぐさま植田・碧(紅の癒し・e27093)が割って入る。
「弱いものを虐殺することが不退転部隊の名に恥じぬ戦いなのかしら? そうでないのだったら、私たちと正々堂々と戦いましょう?」
「……正々堂々か」
 ベルネッタは自嘲気味に笑う。ベルネッタにとっても、現状は本意ではないのだから当然だろう。だが、ドロリと濁った瞳は今も避難する一般人を捕らえて離してはいない。
「強者から逃げ、力無き弱者を狩る……戦いに負けて、誇りまで無くしたのかしら? その程度の気概しかないのなら、不退転部隊もたかが知れたものね」
「なんだと?」
 篠宮・紫(黎明の翼・e00423)の挑発に、ベルネッタは栞をギョロリと睨め上げた。それは、自分だけが愚弄されたのではなく、不退転部隊全体に向けられた言葉だったためだ。
「けれどもし、貴方が否と言うのなら。不退転侵略部隊の“不退転”がいかな逆境にも立ち向かうのだと言うのなら。私たちの挑戦を受け、打ち破ってみせなさい!」
「そうね、これ以上は私たちを退けてからにしたら如何? まさか、勝つ自信がない訳ではないでしょう?」
「…………」
 続く紫の言葉に、にっこりと微笑みながら追随する月子の言葉。
「あなたの持つ誇りはただの飾りですか?」
 さらに、無事一般人の避難を終えた樹による挑発を受け、……ベルネッタは、再び沈黙した。その奥で、様々な葛藤があるのが見て取れる。
 後一押し。それを察し、旋堂・竜華(竜蛇の姫・e12108)は敬意を払いつつ言う。
「ごきげんよう。私は、こちらへ赴く前に一人、不退転部隊の方を退けさせて頂きました……」
「……っ」
 その言葉に、ベルネッタは目を見開く。
「その方もまた、あの戦争で戦ったローカスト達同様、己の誇りの為に私達と正々堂々と戦い、そして散りました……。それに比べ、貴方は如何ですか? 捨て駒として虐殺を行おうとしているだけ……。それが本当に貴方達の名に恥じない誇りある戦いと言えますか? 誇りある戦士であるならば、私達を倒し、ケルベロスチェインを奪ってみせなさい……!」
「そうか、同胞は……満足して逝ったか」
 竜華の叱咤に、ベルネッタは一瞬だけ口元を緩ませた。何か、救いを得たかのような表情。
「最期まで戦い続けた黄金のローカストの流れを汲む者よ。先の戦でケルベロス相手に引く事なく戦い続けた不退転部隊の戦士よ。お互いに相容れぬ身だが、それでも武に携わるものとして敬意を払おう。そして、それ故に問う。この状況はお前の本意なのか?」
 柳司が静かに問いかける。
 答えは聞かずとも分かった。否、断じて否!! 誇り高き銀蜚蠊のベルネッタは、こんな最後を認められるはずもない!
「「お前が戦士であり欲するものが有るなら正面から戦って勝ち取れ。俺たちは逃げも隠れもせん」
 言いつつ、その言葉を証明するように、柳司はその場で仁王立ちした。
「ケルベロスとローカスト、そんな関係など今は抜きにして我らと最後の戦いに興じる気はござらんか? 一人の誇り高き武人と見込んで……銀蜚 のベルネッタ、貴殿に勝負を申し込むでござる!」
 最後に、忍が正々堂々と決闘を申し込む。
「く、くくっ、くくくっ!」
 その瞬間、ベルネッタの瞳の濁りが晴れた。そして、意気高々とベルネッタは咆え猛る。
「後悔するなよケルベロス共! この銀蜚蠊のベルネッタ、決闘の申し込みに臆するような真似はせぬ! 直々に叩きのめしてくれるわっ!」
 

「(ゴキブリって大嫌いだし、そもそも虫自体が気持ち悪いのよね)」
 碧は内心そう思いながら、戦乙女の歌を歌い上げる。
 だけど、碧はこうも思う。自分達、ケルベロスはベルネッタに負けるつもりはない。まして、結果がどうあれ、どのみちベルネッタの先は長くはないのだ。
「(だったら、今だけは誇りある対等な相手として……!)」
 碧の決意を受け、ウイングキャットの『スノー』もまた、羽ばたきで邪気を払っていった。
「多勢に無勢で申し訳ないですが、これも勝負ですので!」
 首輪の鎖を揺らしながら、樹がケルベロスチェインを展開し、魔方陣を描いた。
「ふふっ、この時を待ちに待ってました。それは、貴方も同じでしょう?」
「無論なり!」
 多重にエンチャントを付与され、万全な体勢を整えた竜華が獰猛に笑う。一見礼儀正しいお嬢様然とした立ち姿だが、仕草には艶があり、表情はベルネッタとの激突を今か今かと待っている。
 そして、同時に駆けた!
 稲妻を纏うベルネッタの触覚による突きを竜華は鎖で締め上げて受け止める。ギチギチと触覚が悲鳴を上げ、竜華の両手を稲妻が麻痺させる。
 背中に煌めく『風の団』の紋章。蒼眞の存在を察知し、ベルネッタが竜華から標的を変えて、アルミの牙を伸ばす。
「ランディの意志と力を今ここに! ……全てを斬れ……雷光烈斬牙……!」
 その牙をダブルジャンプを駆使して躱し、ベルネッタの背中に向け、蒼眞が冒険者、ランディ・ブラックロッドの意志と能力の一端を借り受けて見せつける。
「さて、動きを阻害させて頂くわね?」
 さらに、遠目から月子による弾丸や礫がばらまかれた。
「あなたが挑戦を受けて立つと言うなら、こっちも全力で相手するわ!」
 紫が一喝しながら炎弾を放ち、ベルネッタを焼き尽くす。
「さすがになかなかやる! だが、まだまだ!」
 ベルネッタは全力で戦える事に、誇りと充実感を感じているようだ。そのため、痛みなどまるでないとばかりに反撃に移る。
 カサカサと動きながら、忍に棘を突き刺し、アルミを注入する。
「ぐっ!? だが、そちらこそ、まだまだでござる! イヤーッ!」
 しかし、忍も負けずに、カウンター気味に機甲式螺旋八極拳で応戦する。「鋼の鬼」と化した拳が、ベルネッタに突き刺さった。
「その通り。まだまだ、だ。だが、戦士として敬意を払っているのは嘘ではない」
 重力を宿した流星の如き飛び蹴りがベルネッタを吹き飛ばす。蹴りを受けたベルネッタの触覚に、ピシリと罅が入った。


「早くお前も負けを認めろ!」
「はっ! 馬鹿を言うな、誰が!」
 樹の感情の高ぶり。それと共に、乱暴な言葉が沸き上がる。普段からは想像もできない一面だが、これも樹の一部には違いない。
 ベルネッタにしても、樹の煽りにどこか楽しそうに応じていた。
「砕けて……潰れろ!」
 樹の華車な腕がベルネッタの触手を掴むや、いとも容易くベルネッタの身体を壁に投げ飛ばした。壁は崩れ、ベルネッタの身体は瓦礫に埋もれてしまう。
「せめてこの戦いが貴方への死出の手向けとなるように……己が矜持を抱いて無へ還りなさい!」
「断る! まだ死ぬ訳にはいかぬ!」
 紫はベルネッタの見た目は好きにはなれない。だけど、その武人としての矜持を認めない訳にはいかない。
「(カサカサ動くけど、こっちに飛んでくる訳じゃないし……ねっ!」
 槍のように伸ばされたブラックスライムと、瓦礫から飛び出てすぐに体勢を立て直したベルネッタの触覚が甲高い音を響かせて打ち合わされた。
「紫さん! 援護します!」
 ベルネッタと力比べをする紫の後押しをするため、笑顔のまま月子が高速の弾丸を放つ。動く度に足下に転がる無数の死者が邪魔になるが、月子は今だけはそれを気にしないよう努めた。
「今回復するわ!」
 碧は負傷者が複数いる前衛に「寂寞の調べ」を歌い、同じくスノーも羽ばたきで邪気を払う。
「……俺は別にお前達が憎い訳じゃない」
 蒼眞が言う。
 罪のない人が殺されるのは、悲しいし、許せない。だけど、憎むまでには至らない。無駄な争いなど、一つでも少ない方が良いに決まっている。
「だけどな――ッッ!!」
 戦うべき時には蒼眞は迷わず戦う。誇りを持つ敵に、あるべき死に場所を与えられるなら、なおさらだ。 
 蒼眞の斬霊斬が触覚の内の一本を切り飛ばした!
「ギギィッ!?」
 その時、ベルネッタが初めて大きく呻いて後退する。
 そうしてできた隙に、柳司が義手に仕込んだバスターライフルを構えた。
「隙ありだ!」
「させるか!」
 だが、ベルネッタも黙ってはやられない。牙を伸ばして、柳司の義手に噛みつこうとする。そのベルネッタの攻撃を巧みにいなし、柳司はその口に射出口をねじ込むと凍結光線を発射した。
「……ガッ……グァッ……」
 口から冷気混じりの息を吐きつつ、ベルネッタの身体がグラグラと揺れる。
「七孔噴血……撒き死ねッ!!」
 忍はベルネッタが満身創痍だとしても、武人の礼儀として一切の容赦はしない。
 機甲式螺旋八極拳の絶技――機甲式絶技・螺刹双掌!
 内蔵ブースターによる加速に加え、螺旋の力と加速の衝撃力を交えた発勁法が付与された掌がベルネッタの胸を打ちのめす。
「負けられん……負けられんのだっ……!」
 ベルネッタが立っていられるのは、偏に精神力に他ならない。負けられない、屈せない……そういった武人としての誇り。
 それに敬意を尽くし、竜華は言う。
「貴方の事、私は忘れはしません……炎の華と散りなさい!!」
 真紅の炎を纏った八本の鎖が、別方向からベルネッタを串刺しに貫く。ベルネッタは燃えさかり、もう一方の触覚も塵となって消える。
 動きを封じられたベルネッタに引導を渡すため、竜華のオーラを纏った鉄塊剣が叩き込まれた。
「……負けたか。だが、よい……戦いであった。ケルベロスの誇りとやら……敵ながら見事……なり……」
 最後にそんな言葉を残し、ベルネッタは消滅した。
「お勤めご苦労さま」
 月子が小さく、ベルネッタに労いの言葉をかける。
「さらばでござる……ローカストの戦士よ……」
「敵なれど名誉有る戦士の最期に安らかな眠りを」
 そして、忍と柳司の二人も、出会った好敵手に思い思いの言葉をかけるのだった……。


 空から、オーロラのような光が周囲を包み込む。
「取りこぼしてしまうのは、やっぱり辛いわね」
 オーロラを展開させつつ、月子は呟いた。ヒールでも、亡くなった人間は戻ってはこないのだ。
 月子は戦闘中に障害物として扱ってしまった死者に謝罪し、その死を心の底から悼む。
「救助が来るまで、もちこたえればいいけれど……」
「できる限りの事は拙者達でするでござる」
「そうだな、それがいいだろう」
 桃色の霧として放出しながらも、怪我人の多さに気が逸る紫を忍と柳司が宥めた。……そのくらい、一般人への被害は大きいという事なのだろう。蒼眞も被害状況を確認し、眉を顰めた。
「大事な人を亡くすのは……いつだって辛いです」
 樹がポツリと呟く。
 でも、だからこそ、『今』はいつだって大きな価値がある。ケルベロス達が命を賭けて勝ち取った『今』なのだ。
「皆さんもお疲れ様。今回の相手は見た目的にも手ごわかったわね……」
 あえて戯けるようにして、鳥肌が立ったと肌を擦りながら碧が仲間にヒールを施しつつ言った。
 それで、少しだけ場が和んだ。
「あはは……」
 竜華は笑いつつ、ある事を思った。
「ベルネッタ……貴方は、私達と共に生きるという事は考えなかったのか」
 ――と。
 だけど、きっとあの誇り高いベルネッタは、何度だってこの道を選ぶのだろう事を、ケルベロス達の誰もが分かっている。
 それでも、何か他の道はなかったのかと、竜華は正々堂々と剣を交えたベルネッタが消滅した場所を見つめるのだった……。

作者:ハル 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年7月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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