彼女とワルツを

作者:秋月諒

●幻想の舞踏
 森を抜けた先には、古びた学校があった。欅の木は、今や思うがままに枝を伸ばし正門から続く通りに濃い影を落としていた。風が吹けば通りはざわめく。廃校となった学園には誰もいないというのに、まるでーー……。
「彼女に客だと告げるように……。あーっいや、ちょっと微妙じゃないか今回のはさすがに」
 スマートフォンを片手に、青年は息をついた。
 廃校にある、丸天井の講堂。
 嘗て学園祭ではダンスが行われたというその場所には『彼女』と呼ばれる幽霊が出るという。
「彼女と踊れたら、夢が叶うだっけか? そりゃ幽霊の踊りに付き合えりゃなんでもできるようになるんじゃねぇの?」
 言葉が多くなるのは、講堂に近くに連れてどんどんと暗くなっていくからだ。懐中電灯を手に古びた講堂に辿り着けば、観音開きの扉は薄く開いたまま壊れていた。
「お誂えむきだなぁ……失礼しますよー」
 声をかけながら、中に入る。割れたステンドグラスに月明かり。場所は出来上がってはいるが講堂にそれらしいものは現れない。
「ま、そう簡単に出会えたりはしないか……」
 息をついた男が振り返ったその時「それ」は現れた。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 驚きの声も、悲鳴さえも挟ませずに、現れた者ーー第五の魔女・アウゲイアスは男の心臓を手に持った鍵で一突きにした。
 ぐらり、と青年は意識を失い、崩れ落ちる。
 次の瞬間、奪われた青年の興味からドリームイーターが現れた。黒色の髪を揺らし、一礼をした少女は微笑む。
「私と一緒に踊りましょう。終わりの時が来るまで、この舞踏を」
 スカートの裾を、ちょこんとつまんでいた指先が関節がぐるり、と回る。凡そ人ではありえぬ形に曲げ、カタカタと音を響かせて『彼女』は笑った。
「さあ、踊りにいきましょう!」

●大講堂の彼女
 不思議な物事に強い興味を持つ人がいる。
「それ自体はすごい珍しいことというわけではないのですが……」
 集まったケルベロス達にレイリ・フォルティカロ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0114)は言った。
「不思議な物事に強い『興味』をもって、実際に自分で調査を行おうとしている人が、ドリームイーターに襲われ、その『興味』を奪われてしまう事件が確認されました」
 現場となったのは、廃校となったとある学校だ。
 『興味』を奪ったドリームイーターは既に姿を消しているようだがーー奪われた『興味』を元にして現実化した怪物型のドリームイーターは存在したままだ。
「皆様に依頼です。怪物型のドリームイーターによる被害が出る前に撃破してください」
 このドリームイーターを倒すことができれば『興味』を奪われてしまった被害者も目を覚ましてくれるだろう。
「ドリームイーターは、講堂に現れる『彼女』と呼ばれる少女の姿をしています」
 被害にあった青年の『興味』対象であったものをモチーフとしているからだろう。長い黒髪を揺らす、可愛らしい少女だ。だが、その腕はありえない角度で曲がり、鋼色の爪は刃の如く鋭い。
「相手は一体です。それと、この怪物型のドリームイーターは人間を見つけると『自分が何者であるかを問う』ような行為をするようです」
 講堂の『彼女』だと答えることができれば、何もしないで去っていくそうだ。だが、答えられなかったりお化けだといえば怒って、相手を殺してしまうのだという。
「上手く答えれば見逃して貰えるかもしれませんが、依頼の目的は、ドリームイーターの撃破です」
 後に続く誰かも正しく答えられるとは限らないのだ。
「戦場についてなのですが……『彼女』は学校内を移動しているようです。敷地は相当な広さがありますので、こちらから誘い出す方法が良いかと思います」
 誘い出す、と繰り返したケルベロスにレイリは頷いた。
「このドリームイーターは、自分のことを信じていたり噂をしている人がいると、その方に引き寄せられる性質があるようです」
 戦場には、幅も広い正門へ続く通りか、丸天井の大きな講堂が良いだろう。
「長くなりましたね。最後まで聞いてくださりありがとうございます」
 レイリはそう言って、ケルベロスたちを見た。
「何に興味を持つかは人それぞれかと私は思います。ただその興味を勝手に使われるのは困りますね」
 魔女にされるがままというのも、嫌ですから。
「倒しましょう。『彼女』は本当は、講堂に現れる素敵なお嬢さんだったそうですから」
 では行きましょう。とレイリは言った。
「皆様に幸運を」


参加者
藤守・つかさ(闇視者・e00546)
春日・いぶき(遊具箱・e00678)
ジン・シュオ(暗箭小娘・e03287)
ルードヴィヒ・フォントルロイ(キングフィッシャー・e03455)
沙更・瀬乃亜(炯苑・e05247)
蓮水・志苑(六出花・e14436)
ルイ・カナル(蒼黒の護り手・e14890)

■リプレイ

●大講堂の彼女
 古びた講堂の中へと入れば、空気が変わった。正門から続く濃い緑の匂いも、古い建物特有の匂いも無い。外に比べれば、大講堂は随分と静かな場所だった。蓮水・志苑(六出花・e14436)はほう、と息をつく。
「彼女と踊ると願いが叶う。廃墟の大講堂、今が夜で月灯の雰囲気のせいでしょうか尚噂を信じ確かめたくなる不思議な魅力がここにありますね」
 是非お会いしてみたいです。
(「けれど今現れるのは……」)
 彼女では、ない。
「幽霊でも『彼女』でもないドリームイーター。ワルツでなくて戦舞になっちゃう、かな」
 ルードヴィヒ・フォントルロイ(キングフィッシャー・e03455)はそう言って、月明かりの差し込む講堂を見渡す。倒れていた被害者の青年には息があった。志苑が無事を確認し、春日・いぶき(遊具箱・e00678)が講堂の端を指差した。あそこであれば巻き込まれることはないだろう。藤守・つかさ(闇視者・e00546)が肩を貸しても、青年はぐったりと意識が無い侭だ。
(「好奇心や興味を抱くのは悪い事じゃないんだが。程々にした方が身のため、だよな……」)
 小さく、息を落としたつかさが視線をあげれば、大講堂の中央に立つ仲間の姿が見えた。
「講堂の『彼女』って信じてる?」
 ルードヴィヒの声が大講堂に響く。紡ぐそれはこの場所に現れる『彼女』に向けてのものだ。
 大講堂の『彼女』の噂話。
 このドリームイーターは、自分の噂話に引き寄せられる性質があるという。
「幽霊と踊れたら夢が叶う――そんなわけあるかーいって思うけど、幽霊と踊ってまで叶えたいことがあるなら挑戦の価値あるのかなぁ?」
 問いかけ向けた視線の先、ルイ・カナル(蒼黒の護り手・e14890)だ。
「共に踊れたら夢が叶う、ですか……本当なら素晴らしい話ですね」
 ルイの言葉に、カルナ・アッシュファイア(燻炎・e26657)は軽く笑った。
「よくある噂に尾鰭がついた典型的なパターンって奴だな。ホントにソイツがいたのかどうかはまでは判らねぇが」
「そう噂が残る程、美しい方だったのかもしれませんね……夢が叶うかは別として、一目お逢い出来ればとは思いますが……」
 言いながら、ルイは静かに講堂へと目をやった。
(「あと、少しでしょうか」)
 肌を撫でる夜気に戦場特有の感覚が混じり出す。
 誘導役を前衛が。後衛、中衛は被害者の青年を確保し安全な場所に移動させ『彼女』の出現に備えるというのがケルベロス達の選んだ策であった。
「願いが叶う廃墟の大講堂でダンス、とても浪漫がありますね。叶うかどうかに関わらずとても惹かれるお話です」
 志苑が会話に加わり、ジン・シュオ(暗箭小娘・e03287)も会話に少しばかり混ざる頃には大講堂はその空気を変えていた。
 何かが、いるのだ。
「私は、彼女と踊ってみたい。どんなステップを踏むのか興味があります」
 沙更・瀬乃亜(炯苑・e05247)のその言葉に、ざわりと空気が揺れーーそして、月明かりの差し込む場所に『彼女』は姿を見せた。
「ふふ」
 美しい黒髪を揺らし、少女は笑みを浮かべる。瀬乃亜達の、丁度正面に姿を見せた少女はスカートの端をちょこん、とつまみ一礼をすると、ケルベロスたちに問いかけた。
「私は誰かしら?」

●月夜の舞踏
「人を襲う化け物」
 一瞬の静寂の後、ルイの声が落ちた。冷え冷えとした男の声はさっきまでのーー皆で話していた時とはその雰囲気を違える。ピン、と張り詰めた空気の中、所詮は、とジンは告げる。
「人を襲てるだけのただの怪物よ」
「何者でもない。お前は噂から生まれた、ただの『怪物』だ」
 冷たい表情でカルナがそう告げれば、『彼女』は笑った。漆黒の瞳がこちらを向いた所で、ルードヴィヒは首を傾げる。
「キミは誰なんだろね。お化け……って話も有るけど幽霊ってカタカタは言わないんじゃ?」
「ふふ、はずれよ」
 ドリームイーターは笑みを零した。鈴が転がるように笑い、告げる。
「それじゃぁ私と一緒に踊りましょう。終わりの時が来るまで!」
 タン、とステップを踏む足音が響く。ふわり、と揺れたスカートと共に大講堂の空気がーー変わった。
「来るぞ……!」
 鋭く、響く声が重なる。
「仕事の時間あるか」
 ジンが袖口からナイフの先端を覗かせる。
「さあ踊りましょう?」
 歌うように紡ぐ『彼女』の視線が、ルードヴィヒを捉える。タタン、と聞こえるステップと共に生み出された戦慄が衝撃となってーー届く。
「——っと」
 熱と一緒に、感じたのは痺れだ。これは貰った、かな。と思う。
「踊りましょう」
 誘いを唇に乗せ、た、と床を蹴る彼女はどこまでも軽やかに見えた。
「私といっしょに、夢うつつ踊りませんか?」
 そんな『彼女』に瀬乃亜は手を差し伸べる。
「素敵な場所ですね。あなたが踊りたくなる気持ち、わかる気がします」
 軽やかに、誘う手に応じて踏み込んできた『彼女』に瀬乃亜は杖を向ける。
「お相手有難うございます」
 丁寧に、告げられた言葉と同時に無数の魔法の矢が放たれた。力は、真っ直ぐに『彼女』を撃ち抜いた。
「いいわ。楽しみま……!」
 楽しげな、その声が止まる。爆ぜる空気に気がついたからだ。
「我が手に来たれ、紅き雷光」
 黒衣が、衝撃に揺れる。すい、と出したつかさの手の中、グラビティが紅い雷へと変じる。
 ゴウ、と雷光が唸った。
 一撃、放たれた力が『彼女』を貫けば光が溢れる。
 ルイは身に纏った装甲から光り輝くオウガ粒子を放出する。超感覚を引き起こすそれは、4人の感覚を研ぎ澄ます。小さく、落ちた息と共に構えられる武器を視界に、ルイは大講堂に踊る敵を正面に見据えた。
 興味を奪うドリームイーター。
(「被害が拡大しそうなのが心配ではありますが……今はまだ、一つ一つ地道に対処をしていくしかなさそうですね」)
 小さく息を吐き、ルイは腰の剣を抜く。
(「踊りたいならお相手いたしましょう……ただし、剣舞なら、ですが」)
 キン、と響いたその音に『彼女』の笑い声が重なる。真正面、ルードヴィヒの紡ぎあげたドラゴンの幻影が火を吹く。
「あら」
 炎を受けた『彼女』が声を零す。一撃は当たったがーーこれだけでは、ポジションの見当をつけるのは難しい。回避はそう高くない、というのは事実か。
「ふふ。終わりが来るまで踊り続けましょう!」
「随分と長い踊りになりそうですね」
 楽しげな『彼女』の声に答えたのは、いぶきだ。薄く開いた唇から紡ぎ落とされるのは柔くあまく響く言葉。
「どうぞ、心ゆくまで溺れてください」
 そのコイはモウモクゆえに、あまくあまく、どこまでもあまったるく理性を蝕む毒の雨。
「——ぁ」
 踊る『彼女』の指先が空で止まる。
「溺れるなんて……!」
 いぶきを睨めつけた『彼女』の声を聞きながら、ジンは自分に分身の術を発動させる。その横を駆けるのは志苑だ。ぶわり、と広がるのは雪華桜。伸ばした手が『彼女』を捉え、締め付ける。
「捕まえるなんて嫌よ」
「そうかよ」
 告げたカルナが踏み込みと同時に振り下ろすルーンアックスに『彼女』は踊るように身を引いた。一撃、空を切れば次の瞬間、カルナの目に笑う『彼女』の回転が見えた。

●踊り場の相対者
「カルナさん!」
 瀬乃亜の警戒に、カルナは斧を振り上げて一撃を受け止めた。あら、と零す相手に間合いを取り直せば、ふふ、と笑う声が響く。
「いいわ。もっともっと踊りましょう!」
 楽しげな『彼女』の声と共に戦場は熱を帯びていく。伸びた爪が、その先を狙うより早く足を引いた瀬乃亜が感じたのは風。
「―――――――疾」
 足音も無く、ただ抜けた後に空気の揺れだけを起こしたジンは黒い影の霧を纏いーー『彼女』の背後に立つ。
「!」
「踊てあげるよ、アナタついてこれるか?」
 背中合わせに視線を向け、踊るようにーージンはナイフを振った。独特の動きに、黒の影が共に揺れれば、生み出された動きのズレに意識がついていかない。
「ぁ」
 ナイフは、鋭くドリームイーターを切り裂いた。衝撃に、身を揺らした『彼女』が、く、と顔をあげる。
「もっと踊りましょう!」
 軽やかな足音に、剣戟と光が重なる。月明かり差し込む舞台は、その戦いを加速させていた。
「前衛に」
 いぶきがすらりとその手をあげた。瞬間、降り注ぐ薬品の雨が前衛陣に癒しとキュアを齎す。剣戟と舞踏の中、刻み、響された制約は多くあった。それでも、序盤程、振り回されてはいない。痺れる指先で一撃が外れ、ふふ、と笑った『彼女』の姿があったのは最初の頃だけだ。早い内につかさとジンが耐性でつけて回ったのが良かったのだろう。
 メディックに信をおいて、ケルベロスたちは月下の舞台に刃を向けた。白刃踊る舞台上に、響き渡るのは剣戟と光。軽やかに踏まれていたステップが、ふいに揺らぐ。
「あら」
 身を逸らし踊るように瀬乃亜の蹴りを避けようとした『彼女』の動きが鈍ったのだ。引く足は足らずーー瀬乃亜にとっては十分な距離となる。
 ヒュン、と電光石火の蹴りが相手を撃った。
「ぁ」
「人々の想いと彼女の場所を利用して危害を加える事は大変許しがたい事です」
 言って、志苑は床を蹴る。抜き放たれてある刃が纏うのは氷の霊力。
「ここで終わらせましょう」
「終わりの時間はまだよ!」
 伸ばされた腕に、志苑は身を横に飛ばし、着地のその場所から氷の愛刀をーー突き出す。
「舞い散る天花、贈るは不香の花」
 刺突と斬撃は幾度も放たれた。突き込んだ刃は踊るように振り下ろされーー最後の一撃は氷結の花が咲く。
 葬送花。捧げられるは、終わりを告げられたドリームイーター。
「っぁ、まだ、まだ……!」
 高く、上がる声と共に床を蹴る。生み出された旋律はーーだが、踏み込んだカルナに阻まれた。
「やらせねぇよ、テメェの次のダンスの相手はアタシだ」
 旋律が、走るその軸線に踏み込み、庇い受けたカルナがふ、と笑う。守護役を担う身だ。このくらい、真正面から受けても足りる。何より、相手のポジションも判明したのだ。
「やっぱり、スナイパーだね」
 回避に関しては、こちらが仕掛けた制約で分かりやすく効いた。前衛にあったルードヴィヒの目にもよく見えていた。——だが、命中は違う。制約は重ね掛けても、相手の攻撃の精度を下げるまで時間がかかった。
「けど、分かった」
「そうだな」
 静かに、つかさは頷く。
 警戒すべきは命中力。だがそれも、重ね掛けた制約で鈍らせてはいる。攻撃には炎と氷を乗せて、炎熱と、それを一瞬にして散らす冷気を躍らせた戦場をジンは見据える。
 笑みを零していた『彼女』がその気配を変える。その変化に、カルナはニヤリと笑った。
「そろそろ締めと行こうじゃねぇか。お嬢様?」

●彼女とワルツを
 月明かりの差し込む講堂に、光が弾ける。一撃、放つ光と、火花であった。鋼の手で一撃を受け止めーーだが耐えきれずに、足を引いた『彼女』にルイの拳が沈む。
「まぁ」
 光の欠片を零しながら、不服そうに落ちた声は僅かな笑みと狂気を見せ、問いかけに刃を向け返した男の横をジンが駆ける。
「――疾!」
 影の如き斬撃が『彼女』の腕を切り裂いた。
「ぁ、だめよ。もっともっと踊りましょう?」
 歌うように告げる姿に、ルードヴィヒは小さく息を吐く。
(「幽霊でも逢いたいひとはいるけどね。夢を叶えるために踊りたいんじゃなくて、今はもういないあの子と踊れるなら一目逢えるなら幽霊だって良いのに」)
 噂をして現れてくれるなら幾らだってするのに。
 ……うまいこといかないねぇ、と零した青年は呼びかけを紡ぐ。呼応し光が結ぶは一匹の犬。夜色の毛並みは艶やかに、千古の友はすべてを貫く。
「――輪廻の先も君とともに」
 言葉なくとも、主の意を汲み取り駆ける獣は青き弾丸となって『彼女』を貫いた。
「——ッ」
 声が、跳ねる。不服を唇に乗せ『彼女』は回転するように床を蹴った。
「お触りは嫌いよ」
 コマのように回転する『彼女』の蹴りが、ルードヴィヒへと向かう。——だが、一撃にルイが踏み込んだ。盾役の彼が蹴りを受け止めれば、ガウン、と重い音と共に血が落ちる。
「回復します」
 いぶきはそう言いながら、戦場を見据えた。
 攻めきるならば今、だと思う。敵の動きは随分と制限できている。こちらとて無傷では無いがーー回復は十分。
 だからこそーー今だ。
「行きましょう」
 歌うように告げる『彼女』が逃げ出す様子は無い。少しずつ、入り口側に回り、既に退路はジンが断っている。
「おっと、悪いな……俺はワルツなんてもんとは縁遠い生活してるんでな」
 踊るなら独りで踊れよ。
 踏み込んだ間合いで、つかさは手を伸ばす。漆黒の武具より放たれるのは達人の、一撃。
「——ぁ」
「尤も、それじゃ上手く踊れやしないだろうけどな」
 一撃に、光が散る。『彼女』の姿が揺らぐ。
「まだ、終わりじゃ……」
「無いって?」
 問いかけるその声に、カルナの視線に気がついたドリームイーターが顔をあげる。その視線に、古代語を詠唱でカルナは応えた。
「ペトリフィケイション」
 魔法光線が駆ける中、瀬乃亜は『彼女』へと手を伸ばす。指先が触れたその場所は弱点となる場。
「あなたの踊り、私から血が出るほどに、とっても素敵でした」
 ドリームイーターは目を見開く。引く、足は間に合わない。
「古い夢に、おかえりください」
 瀬乃亜の痛烈な一撃が『彼女』を貫いた。

「……晩安」
 光が、散る。
 踊りの最後のように腕を振るい、冷ややかにジンは消える『彼女』を見つめた。大講堂に静寂が戻ってくる。お疲れと響く声と共に、青年が小さく呻くのが聞こえた。すぐに目を覚ますことだろう。
「狩る仕事終わたらワタシの役目ないね。先に帰るよ」
 隠密気流を纏い、ジンが姿を消す。
「廃校になっているとはいえど願いが叶うという噂が立つ場所、きっと思いいれのある方もいらっしゃるでしょう」
 戦闘で起きた傷を、志苑は癒していく。全てとは言わないがステンドグラスの一部もヒールできれば、そこに見知った姿を見つけてルードヴィヒは足を止めた。
「彼女、か」
 ステンドグラスの一部。そこにあったのは月明かりの中、踊る黒髪の少女。仕掛け時計の可愛らしい人形が、生徒らしい少女達と一緒に踊っていたのだ。
 やがて、いぶきの応急処置を受けた青年が目を覚ます。戸惑う彼に瀬乃亜は言った。
「もう悪夢はすぎましたよ」
「好奇心も程々にしないと死ぬぜ?」
 息を吐き、告げたつかさに、まさかと青年が顔をあげた。
「彼女が……!」
 此処に、と言いかけた青年にいぶきは告げた。
「噂の彼女は、とてもお綺麗でしたよ」
 自慢するようにそう言って微笑む。
「貴方の興味が奪われることなくまた刺激されますように」
 月明かりの講堂に、ひゅう、といたずらな風が吹いた。

作者:秋月諒 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年8月5日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 3
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