星空アクアリウム

作者:七凪臣

●星空アクアリウム
「……わぁ!」
 キラキラと星が瞬く海を、パジャマ姿の少年が泳いでいた。
 周囲には赤や黄、青い鰭を持った魚たちの姿もある。
「すごい、すごい、ぼく。お魚さんたちと空を泳いでる」
 習ったばかりの平泳ぎで水をかくと、小さな星屑たちが流れてゆく。そうして細い軌跡を残す光は、まるで流星の尾のよう。
 眼下には、街の灯も見えた。青いアサガオの鉢が置かれた窓辺は、少年が暮らす部屋かもしれない。
「ねぇ、キミたちに僕のお父さんお母さんを紹介してあげるよ!」
 共に泳ぐ魚たちへ少年は手を伸ばす。
 が、ひらり魚たちはすり抜けた。一匹、また一匹。気が付けば全ての魚たちが少年を置き去りにして一目散に泳ぎ去る。
「ちょっと、まって……?」
 慌てて追いかけようとした少年は、ふと、背後に迫る黒い影に感付く。
 もしかしたら、魚たちは『それ』から逃げているのだろうか?
 思い至って、少年は恐る恐る背後を振り返り――。
「わぁぁ!」
 ばくり。
 大きなシャチに食いつかれた。

「……え。あれ? 夢?」
 タオルケットを蹴飛ばし跳ね起きた少年は、ぱちぱちと瞬き、眠気の残る目を擦る。
 そう、全ては夢だったのだ。
 星空をたくさんの魚と泳いだのも、シャチに食べられそうになったのも。
 ――夢で終わったはずだったのに。
「え?」
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『驚き』はとても新鮮で楽しかったわ」
 少年は再び瞬く。
 だって自分の心臓を大きな鍵が穿っていたから。そしてそれを握っていたのは、真っ白い毛並の獣の背に乗った女――第三の魔女ケリュネイア。
 でも少年はすぐに意識を失い、自分の身に何が起きたのか理解する事はなかった。
 代わりにシャチの姿をしたドリームイーターが、青いアサガオの蕾の横をすり抜け、夜の街へ泳ぎ出る。

●まろび出た夢
 こほん。
 あまり人の事を言える年齢でもないんですがと咳払いし、リザベッタ・オーバーロード(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0064)が語り出すのは、夢の話。
 夢と言っても、将来なりたいもの等の未来に抱く展望の方ではなく。寝ている時にみるものの方。
「まぁ、子供というのはびっくりするような夢を大人より見やすいと思うんです」
 支離滅裂なんて何のその。
 とは言え、あまりの驚きに飛び起きたりすることもある。
「そのびっくりな夢を見た子供がドリームイーターに襲われてしまったんです」
 子供の名前は、ユヅル。今年、小学校に入学したばかりの少年だ。
 彼は、ドリームイーターに襲われ『驚き』を奪われてしまった。
「ユヅル君の『驚き』を奪ったドリームイーターは既に姿を消してしまったようですが、奪われた『驚き』を元にしたドリームイーターが次なる事件を起こそうとしています」
 それこそがリザベッタがケルベロス達に解決を求める事件。幸いなことに、この現実化したドリームイーターを倒す事が出来れば、『驚き』を奪われたユヅルも目を覚ます。
「で、肝心の退治をお願いしたいドリームイーターに関してですが――」
 出現位置は、ユヅルの自宅に程近い噴水のある公園周辺。姿は、海のギャングとして知られるシャチそっくりで、配下などは特に連れていないよう。
「ドリームイーターは誰かを驚かせたくてしょうがないようなので、近くを歩いているだけで、向こうからやって来てくれると思います」
 いきなり体当たりをしかけてくるかもしれない。或いは、大きな口を開けてばくりと噛み付いてくるかもしれない。はたまた、大きな背びれで幻の水を浴びせてくる可能性もある。
「性質は、とにかく驚かせたがりみたいですから。逆に、驚いてくれない相手をしつこく追いかて来るんじゃないかと」
 周辺に人がいない訳ではないが、この性質を上手く活かせば、余人に被害を出さずに済むだろうとリザベッタは言う。
「ユヅル君がきちんと次の朝を迎えられるよう、宜しくお願いします」

 折しも、事件が起きるのは夏の星座が瞬く夜。
 中空を泳ぐシャチとの遭遇は、星空のアクアリウムにいるような気分を味あわせてくれるかもしれない。
 そう考えれば、なかなかどうして。
 愉しい時間になりそうな予感がする。


参加者
イェロ・カナン(赫・e00116)
キース・クレイノア(息吹・e01393)
言葉・紡(むぎむぎわーるど・e01938)
木霊・ウタ(地獄が歌うは希望・e02879)
フィオネア・ディスクード(箱庭の鍵花・e03557)
鷹嶺・征(模倣の盾・e03639)
月霜・いづな(まっしぐら・e10015)
犬嶋・理狐(狐火・e22839)

■リプレイ

 パシャン。
 石畳に輪を広げた幻の波紋の中心から、黒と白の肢体が中空へと躍り出る。街灯のオレンジ色の光を受けて輝く水飛沫は、近くに設えられた噴水が跳ねさせたもの。まるで蛍のように内側から七色の光を放つのが、現実には存在しない滴の方。
「まああっ! なんてすてき!!」
 小さな体を伸び上がらせて月霜・いづな(まっしぐら・e10015)が歓声をあげると、彼女の背に負われた和箪笥風なミミック――つづらもパカリと口を開ける。
 深夜の公園、空には数えきれない星の群れ。幼い少年の驚きから生まれたシャチが、大きな尾鰭で宙を上下に蹴って泳ぎ始める姿は、まるで世界そのものを巨大な水槽に変えるよう。
「確かにこいつは水族館気分だ」
「アトラクションか何かにも思えて楽しげだぜ」
 星空の海をゆくシャチは、浪漫の塊。木霊・ウタ(地獄が歌うは希望・e02879)が零した素直な感想に、イェロ・カナン(赫・e00116)もカラリと笑い。そしてフィオネア・ディスクード(箱庭の鍵花・e03557)はこてりと小首を傾げて、まぁるい感嘆の息をついた。
「本当に、綺麗」
 星の煌めきの中、水の抵抗や重力も関係なしに。気侭に揺蕩うのはどれほど心地よいものだろう?
 想像するだけでフィオネアの胸は高鳴り、手を伸ばせば星さえ掴めそうな気持ちになってしまう。
「――でも」
 魂寄せられるように見入っていた犬嶋・理狐(狐火・e22839)が、ふっと言葉を区切った。
 壊すには勿体ない光景だけれど、これは一人の少年が覚めぬ眠りに落ちている証。ユヅルの為に、このシャチは夢の世界へ帰さなくてはならない。
「美しい夢は、夢のままで終わらせるべきですね」
 チリン。
 役目を果たす為に鷹嶺・征(模倣の盾・e03639)が一歩を踏み出した直後、涼やかな音色が響いた。
 チリン、チリン。
 波のように大気を揺らす旋律は、キース・クレイノア(息吹・e01393)が腰に下げた鈴から。
 チリン、チリン、チリン。
 夢に浮かされるような足取りで、キースもゆらりシャチの元へと泳ぐ。

●準備運動
「最近、驚くようなことがありませんね」
 長めの溜息をふぅと漏らし、征は心底飽き飽きしている風に周囲を見遣る。
「夜の公園なら、何か面白い驚きに出逢えるかもと思ったんですが」
 ここでまた、溜め息。
 その息に絡み付くようにシャチが泳ぎ回っているのだが、征は興味をそそられないとばかりに、平らな視線で一瞥をくれるのみ。
「そう思いませんか、クレイノアさん」
「っ。そう、だな」
 名を呼ばれ、我に返ったキースは肩を跳ねさせた。すっかり『星空を泳ぐってどんな気持ちなのだろう?』という思考の海に溺れていたのだ。すぐ近くを体現者が漂っているが、キースの意識は彼を通り抜けて、更にその向こう側へと広がっている。
 片や徹頭徹尾の演技ぶり、片やぼんやり上の空。
(「シャチも可哀想になぁ」)
 そんな二人を懸命に驚かせようと右往左往するシャチへいっそ憐みを感じながら、イェロは公園の入り口付近へキープアウトテープを貼り廻らす。
「ごめんなさい。巻き込んでしまったら大変、だから」
 子供にとっては深い時間帯でも、夜歩き大人にとってはまだ宵の口。ふらり通りかかった男性に、フィオネアは礼儀正しく頭を下げる。そうすると事情を察した男は、『気を付けて』と片手を上げて去っていった。
 驚かせたがりのシャチは征とキースに任せ、他のケルベロス達は念の為の人避けに一手間。お蔭で元から遠かった喧噪が、さらに遠くへ泳ぎ去る。
「どうしたの?」
 理狐がいづなへそう尋ねたのは、幼い少女があわあわと百面相を繰り広げていたから。
「ま、まっているほうが、どきどきしますの……!」
 堪らず上がってしまいそうになる声を抑える為にか、口を両手で押さえていづなは藍色の瞳に様々な色の感情を散らす。だってそろそろ焦れ始めたシャチが、征やキースをばくりとやったり、どーんとやったりしそうなのだ。
 びたんびたん、空を叩く尾鰭は先程までより激しく。バタバタと胸鰭が降られる度に、赤い滴がちかちかと弾ける。
 時折、くわりと剥かれる牙なんて、今にも二人を食みそうな勢いで。
「まだでしょうか、そろそろでしょうか?」
 ハラハラどきどき。そしてそわそわ。
「よし、準備万端だぜ」
 くるくる変わるいづなの表情が、念の為に公園の入り口を背にして周囲の様子を窺っていたウタの口から出たゴーサインに、ぱぁぁと輝く。
 が、しかし。
 ――ばくん。
「クレイノアさん!」
「「「!」」」
 六人と一体が公園内に戻ろうとした瞬間、ついにシャチが本気を出してしまい。
 けれどこの展開も織り込み済み。
「おまかせください、じゅんびはばんたんなのです」
 桃色の口にがぶっと右半身を噛まれたキースへ癒しを届けるべく、いづなは満月に似たエネルギー光球を編み上げ始めた。

●ブリーチングダンス
 チリチリ、チリン。
 噛まれた傷はそのままに、地獄の炎を纏わせた得物を振り上げるキースの動きに合わせて鈴が鳴る。甲高い響きは、夜の海に星屑を散らすよう。
「ま、背中は任せといて」
 温い朱を滴らせながら紅蓮の炎をシャチに灯すキースの姿に、イェロは軽く笑った。多少の無茶は、此方でフォローすればいいこと。
 それに。
(「燃えてなお、涼しげとか。反則だぜ」)
 胸裡の言葉は否定形でも、顔はどうしたって綻んでしまう。デウスエクスだというのに、少年の驚きから生まれたそれは、誘われるように美しく。共に星空の海を漂う気分にされてしまう――けれど。
「――さあ、存分に奮ってくれよ」
 やはり本物の煌めきは遥か遠く。届かぬ光に代えて、イェロは掲げた手に黄金の果実を召喚した。
 刹那、闇を聖なる光が照らし出す。噴水に刻まれた紋様まではっきり見て取れたのは僅かの間、だがその隙に征は己が手番を整えた。
「ヒールドローン、護衛モード展開」
 征の言葉の通りに、最前線に立つ者たちの警護の為に小型治療無人機の群れが飛び立つ。
 驚かせたかった相手からの唐突な反撃に、夢喰いは事態を正しく悟ったのだろう。ぶわりと膨れ上がった殺気は、先程まではなかったもの。
 とは言え、ケルベロス達の態勢だって十全だ。
「ごめん、なさい。少し痛いと思う、の」
 繊細な体躯で二帳の妖精弓を構え、フィオネアは巨大な漆黒の矢を番える。飛翔する姿は、さながら夜天を渡る流れ星。ずぶりと胸鰭辺りを射抜くと、血飛沫の代わりに散った幻の水飛沫にうっすらと虹が架かった。
「いちいちキレーなもんだぜ」
 半ば感嘆、半ば苦笑。二つを器用に織り交ぜたウタは、それでも手加減皆無でてらりと濡れた輝きを帯びるシャチ目掛けて疾駆する。
「斬り裂くは敵、切り拓くは未来」
 加速した勢いの侭に、ウタはルーン文字が刻まれた刃を一閃。鍛え上げられた技量から放たれたウタの斬撃に、鼻先付近に氷を貼りつかせたシャチが大きく身を捩ってジャンプした。
「むぎも、いくよ」
 キラキラと小さな滴が舞う中を、言葉・紡(むぎむぎわーるど・e01938)の翼が舞う。
 ふわり香しいまでの白を背に広げ、紡が唱えるのは竜語魔法。やがて花を持つのが似合いの手からドラゴンの幻影が生まれ出で、全てを灼き尽くそうとシャチを襲う。
(「シャチって獰猛なのに、見た目はとっても可愛いのね」)
 再び跳ねた夢喰いの姿を眺め、理狐は赤茶の眼をふわりと弛めた。本物に対面した事はないけれど、多分、対峙するシャチと現実に存在するシャチも姿はそう変わらない筈。
(「大きさに圧倒されそう」)
 そう思う割に、理狐の心は微塵も怯まず。
「あついわよ」
 耳と尻尾は常に隠していても、やはり理狐の内に宿るのは狐の血。すらり抜かれた刃に灯った青い炎は、狐の形を成すとシャチにも負けない勇ましさで宙を奔る。
 狐炎――理狐だけが持つ力を浴びて、夢喰いにまた一つ、消えない炎が宿った。

 美しい流線型の肢体が、優雅に身を撓らせる。されど、爆ぜる力は凶悪。ケルベロス達の前を過って反転、ヴンっと尾鰭が唸ったかと思うと、大量の幻水が空へと舞い上がる。
「……凄いな」
 頭上を見遣り、イェロの口からは状況に不釣合いな感嘆が漏れた。きらきら、チカチカ、注ぐ七色は星の海に呑まれゆくかの如く。
 しかしその一撃は、戦の幕が上がるまでいづなに背負われていたぐうたらぶりが嘘のような俊敏さで跳ねたつづらが、我が身で受け止めた。
「こちらはきにせず、みなさまはおゆきください!」
 足元覚束なくなったつづらの回復を請け負って、いづなが腹の底から声を張る。
 大丈夫、大切な人たちは絶対に護り抜く。だっていづなの芯は忠犬。ラブラドールの耳をピンと立て、けれどふさふさの尻尾は水平に。いづなは癒しの力を編む。
「お前、平気か?」
「しっかり守って貰ったからな!」
 かくて少女の気概に中てられた男二人――キースとイェロは並んで走り出す。
 チチチ、チリン。
 鈴音に誘われ跳躍するまで同じ、だがキースは足先に炎を、イェロは流星の煌めきを宿し、続けざまにシャチの頭上を蹴りつけた。
 男たちの見事な共演に、つられフィオネアも前へ出る。
「―――……貴方が流すのは血と涙、どっち?」
 問いかけて、桃の花を銀の髪に咲かす少女は声なき歌を紡ぐ。するとほろりと綻ぶ青い薔薇。そこから伸びた茨はあっという間にシャチを絡め取り。全ては一瞬。やがて伝い落ちた幻の水を露と結んだ青薔薇も、泡となって中空へ溶けた。
 ぶつけあう力一つ取っても見惚れずにおれない戦場。
「夢そのものですね」
 惹きつける時には懸命に堪えた驚きを感銘に換えて、
「ですが、削らせていただきます」
 征は目にも留まらぬ蹴りをシャチの顎下へと叩き込む。突き上げられ、夢喰いの身体が不安定に宙を漂う。
「!」
 この時を好機とばかりに理狐が走った。走って、飛んで、シャチの背鰭にしがみつく。
「わぁぁ、それははんそくなのです! うらやましいのです!」
 きゃあといづなが黄色い悲鳴を上げたのは、とどのつまり理狐がシャチに乗ったから。少しばかり自慢気に笑った女は、鋭い居合を背鰭へ呉れると、ひらり地上へ舞い戻る。
「なかなか良い眺めだったわね」
「りこさま、どんなふうけいだったのでありましょう?」
「水の粒が星のように一面に瞬いていたわ!」
 夜の公園に響く歓声。これが戦いの最中でなければどれ程良かったか。
「ま、こうやって他人を驚かせても、モザイクは晴れるもんかよ。自分の心から生まれたモンじゃなきゃな」
 奇跡を演出した魔女を思い、ウタは皮肉を呟く。言った所でしょうがないのは解っている。何故なら、彼らが戦うシャチはそういう存在として創られたものだから。
「せめて早く休ませてやる……お前の鼓動(ビート)が止まるまで、俺の炎は止まらないぜ!」
 ウタの慈悲は、地獄の一撃――ゲヘナストライク。ウタが振り抜く得物の軌跡を辿り、断罪の炎を成し。立ち昇った紅蓮の渦は牢となって、シャチの身を責め苛む。
 炎と水、何れも天理を超えたものなれど。絡み合い、揺らめく光景は幻想的で。ケルベロス達の瞼に強く焼きついた。

●星に還る
 星空のアクアリウムでシャチと過ごす魅惑の一時。味わいながらも、同じ舞台に上がった者たちは的確に攻め続けた。
 与えた縛めで一撃の重さを増し、或いは上手く泳げぬようにしてみたり。
 結果、撒き散らす飛沫の量がかなり少なくなる頃には、癒し手であるいづなも攻勢へと転じる余裕が生まれ。
「ごめんなさいまし、大きなおさかなさん!」
 透ける御業が放った炎弾が、シャチの白と黒の境を焦がす。紡が唱えた古代語が奔らせた光線も、真っ直ぐに夢喰いを貫いた。
「綺麗な光景だったけど、夢は夢のままがいいわね。現実になるのは、眠っていない時に見る夢だけで十分よ」
 終わりを確信した理狐が描いた月の軌跡に、シャチが激しく身悶える。ばしゃり、ばしゃり。跳ねる水もいつしか力無い薄青の一色になっていた。
 それでも懸命に噛み付こうとして、しかし的に択んだ征を外して虚空を食む。
「一つ、魅せてやろう」
 リィン。
 一つ鈴を高く鳴らし、キースがシャチの真正面を位置取る。
「-273℃の向こう側へ行きたいか」
 魅せてくれた海洋生物への礼を兼ね。まるで涙のように、はたまた剥がれ落ちる鱗のように、胸からほろほろと地獄の炎を溢し。それがまとまり一匹の魚を成した。
「シャチって意外と可愛かったのなぁ。いや、歯は恐かったけど」
 迷いなく夢喰いへと至りながらも、悲哀と虚ろを誘った魚の色を塗り替えるかの如く、イェロが朗らかに言う。
「これもある意味での驚きだったかも」
 からり茶化し、イェロは得物と得物を打ち鳴らす。
「余所見は禁止。こっちを向いて?」
 挑発は安く、だが差し向ける青白い刃は鋭く。イェロの手から投じられた星辰を宿す剣は、深く深くシャチの胸を貫いた。
 衝撃に、シャチの巨体が中空を激しくのたうつ。ぱらぱらと飛び散る滴は、街灯の光を浴びても、力尽きる直前の煌星。もはや噴水の勢いの方が強かった。
「これからもユヅルが沢山驚いて星を輝かせてくれるさ――お前の分もな」
 チカ、チカ、チチチッ。
 足元に落ちた光を靴底で火花のように爆ぜさせながらウタはシャチに肉迫すると、力強く石畳を蹴る。
「だから、迷わず還れ」
 重い斧刃を頭上へ振り上げ、込めた想いと共にシャチの頭部へ叩きつけた。ぶわりと膨らむ幻水の塊は、きっと消えゆく力が上げた最後の花火。ぱぁんと割れて、無数の星屑になる。
「綺麗ですねえ」
 圧倒的な光景に、ほろり征が呟く。
 美しい夜だった。
 夜を恐れ、震え、怯えていた征に、夜空の美しさを教えてくれた人はもういないけれど。
 その人の教えを改めて実感できる夜になった。
 感銘を胸に、征は多くの傷が刻まれた頭部へ痛烈な一撃を見舞う。
「今度は、優しい夢を見られますように」
 フィオネアの祈りは、ユヅルへ向けてか、それとも去り逝くシャチへ向けてか。
 ふわり匂い立つように微笑み、フィオネアは最期の矢を番える。
「おやすみなさい、よ」
 放たれた漆黒が夜を裂く。飛翔は一瞬、逃げる素振りさえ見せる暇なくシャチは傷の奥を穿たれて――そうして自身も光の粒となって舞い消えた。

 どきどきと、いづなの鼓動は高鳴った侭。
「そらをおよぐ、かのかたのおすがた。あのほしぼしといっしょに、やきついてしまいました」
 頬を紅潮させる幼子へ、フィオネアも小首を傾げて同意の笑みを返す。
「私も星空を泳ぐ夢、見れたら良い、な」
 勿論、今日以上の驚きは要らないけれど。
 チリン。
 また鈴を鳴らし、キースはシャチの消えた空を仰ぐ。
「……ありがとう」
 駆け寄るイェロの足音はキースの耳には未だ遠く、灰の瞳は幻想の余韻に浸っていた。

作者:七凪臣 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年7月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 5
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