砂上の足取り

作者:絲上ゆいこ

●夕刻の砂浜
 ざあざあと蛇口より流れる水。
 着替えも済み、帰ろうとした瞬間の足の違和感。
「あーもー、最悪……。早く帰りたいのになー」
 流しても流しても、足に気づけば絡みつく砂。
「海で遊ぶのは楽しいけれど、サンダルに砂が入るのってめちゃめちゃ気持ち悪いのよね……」
 呟きながら少女が蛇口を閉めた、その時。
 その胸を巨大な鍵が貫き、少女はその場に意識を失って崩れ伏す。
 しかし、貫かれた胸からは血が溢れる事も無く、傷跡も見当たりはしない。
「あははっ! 私のモザイクは晴れそうに無いけれど、あなたの『嫌悪』する気持ちはわからなくはないな」
 両腕を翼のようなモザイクに包まれた少女。
 『パッチワーク』の魔女が一人。
 第六の魔女・ステュムパロスは可笑しそうに笑った。
 

「みんな、海はお好きかしら? 私は好きよ」
 大きく膨らんだ浮き輪を装備した遠見・冥加(ウェアライダーの螺旋忍者・en0202)が、そのウサギの耳をぴょこりと立ててからお辞儀を一つした。
「でも、帰ろうとして洗った足に絡みつく砂は苦手だわ……。――今日は『嫌悪』を奪って事件を起こしているドリームイーターの悪巧みを阻止して貰いたいのよ!」
 一度弱めた語気と共に倒した耳を再び立て直すと、ヘリオライダーに渡された資料を捲って冥加は言葉を次ぐ。
「もう『嫌悪』を奪ったドリームイーターは姿を消しているらしいのだけど……、奪われた『嫌悪』によって現実化して生み出された、砂の怪物のドリームイーターが被害者を出す前に撃破をして欲しいの」
 このドリームイーターを撃破する事ができれば、『嫌悪』を奪われて意識を失った少女も目を覚ますことができるそうなの、と付け加えてから地図を机の上に開いた。
「敵は1体。この砂浜に出没するのだけれど……。砂で足元を絡めとったり、もし靴を履いていたら中に砂や小石をいれたり、足元を水でぐしょぐしょにしたり……。ああ、考えるだけでおぞましい攻撃をしてくるみたいなの! 考えるだけでゾっとしちゃうわ……」
 現場は海開きをしたばかりの海水浴場だ。
 夕時で皆が帰りだしているとは言え、人はまだまだ多いためそこも気をつける必要があるだろう。
「敵を無事倒す事ができたら、夕方からだけれど皆で思いっきり遊んじゃいましょうよ! ……でも、帰りの足に砂が絡まない良い方法を誰かおしえてくれると嬉しいのよ……」
 膨らんだ浮き輪をぎゅっと握りしめた冥加は、そのままぺったりとウサギの耳を倒してしまった。


参加者
鉋原・ヒノト(駆炎陣・e00023)
ミズーリ・エンドウィーク(ソフィアノイズ・e00360)
八千代・夜散(濫觴・e01441)
大御堂・千鶴(唯花の蜜・e02496)
ユイ・オルテンシア(紫陽花の歌姫・e08163)
虎丸・勇(フラジール・e09789)
シャウラ・メシエ(誰が為の聖歌・e24495)

■リプレイ

●足砂スライム
 砂が爆ぜ、足元を汚す。
「夢で無く、嫌悪から生まれたと言われると……、少し違和感がありますねー」
 ユイ・オルテンシア(紫陽花の歌姫・e08163)は、仲間を庇う事にサンダルに絡みつく砂にも負けず。歌うように言葉を紡ぐと首を傾げた。
 既に上品な白い水着に身を包んでいる彼女は、少々足に砂が付いても風情だと気にしていないだけかもしれなかったが。
 対照的に砂と海水で毛並みがぺったりカピカピになってしまった翼猫のオライオンは不快そうにぶるると体を振るわせ、もう帰りたい気持ちで一杯の瞳で砂のスライムを睨めつけていた。
「悪戯っこみたいなぐじゅぐじゅドリームイーターは凍らせてしまいましょう♪」
 悪戯には悪戯を、ユイは水鉄砲によく似たバスターライフルを構える。
「<其は昏き場所><其は静寂なる場所>」
 同時にシャウラ・メシエ(誰が為の聖歌・e24495)が紡ぐ詩は、砂の表面に霜を散らし敵の内部から動きを封じ込める。
「<凍れる大地に命は無く><凍った時間は動かない><氷の国に、生ける者は踏み込むべからず>」
「カチコチになあれ♪」
 躱す隙すら与えず奔るレーザーと、生まれる冷気。
 水分と冷気はドリームイーターからすれば相性が悪く、ケルベロスたちからすれば相性が良かったのであろう。
「――っせぇーのーでっ!」
 ギターの音に載せて。わん、と空気が歪んだように感じる程のシャウトに黄昏色の翼が揺れる。
 氷に動きを鈍らせた砂の塊を、ミズーリ・エンドウィーク(ソフィアノイズ・e00360)の歌声が貫いた。
「赤ずきん1人でもメンドーなのに同じようなのが12人だなんて、まーたメンドーなコトになりそうだなぁ」
 呟きながらミズーリは翼を広げて器用に砂に足を突っ込まないように着地し、ギターを更にかき鳴らす。
「でも。ひとまず今日はライブはさっさと終了して、楽しみたいなッ!」
「全くだぜ」
 水と砂でぐずぐずにされた靴を投げ捨てて。ミズーリの奏でる旋律に合わせるように、跳ね駆け出したは鉋原・ヒノト(駆炎陣・e00023)だ。
「せっかく海開きしたってのに……、夏の海で暴れるなんて卑劣な奴だっ! 砂浜はお前の玩具じゃないんだぜ、ここで散ってもらうぞ!」
 ファミリアロッドを構え。くるりと回すとネズミの姿が顕現し、籠めた魔力は炎となる。
「靴の敵を取ってやる、猛ろ! 灼灼たる朱き炎!」
 駆けるネズミは二つの炎を呼び、凍りついた砂を焼きつくさんと二連の魔力炎が叩きこまれた。
 鳥に似たボクスドラゴン、エルレがふわふわとその尾を震わせてブレスを吐き出す。
「あー、大変です、ヒノとんの靴が瀕死ですー! ――揺蕩う光よ、天駆ける風となりて その身に力を宿しましょう♪」
 リティア・エルフィウム(白花・e00971)の優しい謳が響く。
 照らす明かりは白く、優しい風は仲間を加護を与える。残念ながら脱ぎ捨てられた靴はぐずぐずのままだが。
「靴をはいてないオライオンなら、砂なんて気にしないで動ける、よね? ……動いて、ね?」
 シャウラの呼びかけにオライオンはもう一度ぶるると体を揺すり、尾の輪を飛ばす。
 その身を凍らされ、焼かれ。更には輪に貫かれる。
 慌てて海へと逃げだそうとした砂のスライムの前へ、砂を噛み駆けるライドキャリバー。
「足につく砂……帰り際は確かに厄介だな。行くぞエリィ!」
 キャリバーのエリィ自身が障害となり、挟み込む形で虎丸・勇(フラジール・e09789)は両手に構えたナイフを垂直に結ぶ。
 重ねるように炎を纏うタイヤが砂を蹂躙し、スライムを弾き飛ばした。
「強欲なる柊よ、無垢を棄てる兇刃と成れ」
 大御堂・千鶴(唯花の蜜・e02496)が打ち鳴らした踵は高く響く。エリィが弾いたスライムを貫く形で、巨大な柊木犀がその姿を顕現し天を衝いた。
 ぞろりとその形を崩し、尚も逃れようとしたドリームイーターの零れ落ちた先に待つのは、非情なる銃口だ。
「死ぬにはいい日だ。笑えよ」
 感覚を加速した八千代・夜散(濫觴・e01441)はスライムを見下ろし、歯を見せて笑った。
 乱れ打つ銃弾がドリームイーターの体を貫き、爆ぜ、叩き潰す。
 そして、『嫌悪』から生まれた砂のスライムは風に吹かれた乾いた砂のように。
 ざらりとその身を空気に溶かし消えた。
 サーフパンツに柄シャツそしてビーチサンダル姿の夜散は、サーフボードを脇に抱え直して砂浜を見下ろした。
 31歳の夏遊びスタイル。
「――プールじゃなく、折角の海だ。足に絡む砂も思い出になって良いと思うんだが。まァ、被害が出る前に倒させて貰ったぜ」
「今年初の海がこういう形になるとはね、……まぁ、折角だし思い切り遊ばせてもらおうか」
 無事終えた戦闘にほっと胸を撫で下ろした勇は、憂鬱だった気持ちを弾き飛ばすように言った。

●ルールは違う
「本当にみんなお疲れ様よ、……じゃあ、この後は遊ぶわよっ!」
 人払いの為に張り巡らされたキープアウトテープを、浮き輪を装着したまま回収してきた遠見・冥加(ウェアライダーの螺旋忍者・en0202)が宣言する。
 お仕事はお終い、遊びの時間の始まりだ。
「ンじゃ、俺はもう一波遊んでくるかな。波が味方してくれればいいンだが……」
「ボクもネェ、行って来るよォ」
 サーフボードを片手に夜散が海へと向かう横で、千鶴も手をひらひら人の輪より離れる。
「ビーチバレーで勝負だぜっ!」
 ヒノトがその手に持ったボールを掲げて言うと、元よりその心づもりであったつわものたちが集いはじめた。
「確かビーチバレーは相手を倒せば勝ちとかそんなルールだった気がします、がんばりましょうね、こころん!」
「……上手く、サポートして……リティアさん、大活躍させます……!」
「……お二人の攻めが辛くても……私が、癒やしますね……!」
 心はぐっと拳を握りしめて決意を表す。
 そう、ビーチバレーとは戦争なのだ。多分ポジション効果だって現れる筈。
 リティア、そして心のペアチームと。
「なるほど……相手を倒したら勝ちなのですね。……がんばりましょうね、ヒノトさん……!」
「クィル、宜しく! やるからにはやっぱ勝ちたいよな!」
 対するはヒノトと、気合に燃えるクィルのペアチーム。
 今ココに2チームに分かれての、相手を倒せば勝ちという新しいルールのビーチバレーが始まったのであった。
「ふふふっふ……。こちらはディフェンダーのこころんと、スナイパー私な最強コンビですよ! 負ける訳がありません!」
 ボールを掲げたリティアは、鋭い目線で二人を睨めつける。
 スナイパーの目は敵を逃しはしない。ペアの心は少しぼんやりしているようだが、最強コンビは最強なので心強い物なのだ。
「リティアがすげえ容赦なさそうだからな……、俺は守りの布陣でいくぞ!」
 どのようなボールが来ても受け止めるべく注意深くヒノトが腰を落とし、クィルに声を掛けた瞬間。
 リティアが動いた。
「ふおおぉぉぉぉ! 顔面狙いサーーッブ!!」
 リティアの宣言と共に、綺麗な回転が掛かったボールが鋭く奔る。
「む、最初から顔面狙いとは相変わらず容赦無」
「べっ」
 リティアの狙アップサーブがヒノトの顔に直撃し、ボールが高く高く跳ねた。
「あっあっ! ヒノトさん……!」
「お、俺のことは心配するな…ッ! ボールはまだ、生きているぜ、クィル! ――渾身の一撃を頼む!」
 狼狽したクィルがヒノトに駆け寄ろうとするが、それを制止したのはヒノト自身だった。
 その通り、まだボールは地に落ちては居ない。
「……お、おのれティア。任せて下さい。――仇はとりますよ! それまで、……死なないでくださいよヒノトさん……ッ!」
 砂浜を踏みしめてのステップ、ケルベロスの脚力で飛んだクィルは――ボールを叩きつけた!
 一直線に迫るボールに慌てたのは心だ。
「……はっ!アタックが、私に……?」
「大丈夫ですこころん、こころんはディフェンダーの……」
 そこで、はたと気がついたリティア。
 心は、……後衛に立っている!
「う、うぼぁーッ!! ……う、うぅ……、あとは、任せました……」
「こ、こころー!!」
 そう、リティアは思い違いをしていた。
 ――心はディフェンダーで無く、メディックポジションに立っていたのであった。
 ボールが叩きつけられ崩れ落ちる心。
 因みにグラビティを纏わない攻撃はめちゃめちゃ痛くとも無傷である。めちゃめちゃ痛いけれど。
「……ああっ、こころさんが……一撃で吹き飛ぶなんてそんな……」
 オロオロするクィルに、鼻を抑えながらゆっくりと立ち上がるヒノト。
「くっ、さすがの私も1対2では分が悪いですね……、かくなるうえは……」
 リティアはそこで、クーラーボックスをもったエルレを持ち上げて宣言する。
「小休止提案! みんなでアイスとか食べましょうー♪」
「おー、小腹も減ってきたから大賛成だぜ、俺は抹茶がいい!」
「んん。アイス……は、食べたいです。いただきますね」
「……あ、アイスとか、あるんですか……? ……はい♪ いただきます……♪」
 勝負の行方はどこへやら。並んで仲良くアイスを食べ始める面々であった。

●遊びも本気
「わたし、みんなに助けられるまで、ずっと戦ってたから……海のあそび方、あんまりしらないんです」
 ヴァルキュリアの彼女は地球に定命化してからの日数が浅く。まだまだ様々な経験が足りないようだ。
「ミョウガさん、よければ今からでも、できるような事、何かおしえてくれません、か?」
 シャウラが、オライオンを抱えたまま仲間たちに首を傾げる。
「えっ、……そ、そうね。海は……、そう、沖にいくととっても危険なの! あと……お盆にはクラゲが……」
「海はきけん……」
 山生まれの冥加も海は詳しく無く、慌てた様子で頭の中の海知識を総動員させはじめた。
 そもそも浮き輪がなければ満足に泳げるかも怪しいのだ。
 ぼんやりと首を傾げたシャウラに慌てる冥加。勇が苦笑を浮かべて、ビニール袋を掲げ声を掛けた。
「せっかくだからねぇ、もう少し暗くなったら私は花火がやりたいよ」
「あっ、花火。そういうのも、あるんですね。せんこう花火をゆっくり見てると、おちつきます」
 シャウラが両手をぐっと握りしめて頷き、勇はそうだろう、と頷く。
「花火、素敵ですね♪ それに折角の海ですから、海の遊び方も教えちゃいますよ♪」
 ユイはぽんと手を打ち、微笑んだ。
 だって、折角水着を着ているのだ。水場で遊ばなければ損だろう。
 二人の助け舟にコクコクと頷いた冥加とシャウラは、ユイに先導されて海辺へと歩みゆく。
「ミズーリさんも、イサミさんも、いっしょにあそびましょう、よ。オライオンも、……今日は、たくさんあそんでいいから、ね。」
「お、じゃああたしはでっかい砂の城の作り方を教えてあげようかな」
「濡れない程度に付いて行くよ」
 ぞろぞろと歩き出すケルベロスたちの先頭。
 ユイはサンダルを手に海へと足を浸す。寄せては返す波は、砂に生まれた足跡を滑らかに均し。
 夕時とは言えまだ暑い気候は、海につかった足元を心地よく感じさせる。
「気持ち良いですね♪」
 ぱしゃりぱしゃりと水を跳ねさせて、ユイはくるりと回る。
 振り返った先は、
「シャウラさんカニよ、カニ!」
「カニさん……」
 年少少女2人が真剣に、海辺の生き物観察をしていた。そんな2人の上に人影が落ちる。
「お、スナガニか。……夕方になってくるとカニが増えンだなァ」
 サーフボードを片手に、海から上がってきたばかりの夜散の影だ。
「ヤチルさん、このもも色の貝のなまえは何です、か?」
「こっちの貝は?」
「サクラガイにハナガイだな、綺麗じゃねェか。よーく見つけたなァ」
 夜散先生の課外教室の体をなしてきた場に、ミズーリの呼ぶ声が響いた。
「おーい、こっちにトンネルを掘るから手を貸してくれないかな! これは人出が必要だぞ!」
「はーい、いま、いきます」
「……こりゃあ、立派な城だなァ。腕が鳴るぜ」
 コキリと腕を鳴らす夜散と、シャウラと冥加が駆けて行く。ユイと勇は、その様を岩辺に腰掛け微笑み眺める。
 子供も大人もおねーさんも。海辺で遊ぶ時には誰だって本気になれるのだ。
 そんな喧騒から少しだけ離れた砂浜に、並ぶ2人の人影。
「ようやくその服を着てるところが見れたな」
「このお洋服、央と一緒に出掛けるときに着たいなァって思ってたからネェ!」
 白いチュニックに水色のショートパンツに身を包んだ千鶴と、伊達眼鏡に白シャツの普段よりもラフな印象の央の2人組だ。
「買った時も言ったが似合ってるよ。――何より、海じゃさすがにドレスは浮いてるしな」
「……央にそう言ってもらえるのがイチバンうれしーなァ……」
 央を見上げて幸せを反芻するように千鶴はへにゃりと笑う。
「……ああ。……折角だし少し歩こうか。ほら、転ぶなよ」
 笑みを浮かべる千鶴に手を差し出す央。
 その掌は千鶴の掌よりも、大きくてしっかりとした掌だ。
「アハッ、転んだら、受け止めてほしーなァ。 ……なァんて!」
「しっかり握ってろ」
「ハーイ」
 嬉しそうに千鶴が掌を握り返すと。夕日の落ち始めた砂浜に、二人分の足跡が描かれはじめる。
「……これからは二人でこういう時間を過ごせるといいな。俺達はあまりに普通の時間が少なすぎたから」
 ケルベロスにとって普通の時間が少ない事は珍しくは無いのかもしれない。
 しかし、千鶴と、大切だと思える人々の為に生きたいと願った央にとって。
 この満たされた。――悪い気持ちで無い初めての気持ちは。もっと欲しい物だと思えた。
「ボクもネェ、央といーっぱいお出かけ出来たらうれしいなァって。空っぽなボクを、キミとの思い出で詰め込みたいって思うよォ!」
 千鶴の知っている思い出は、ほんのちっぽけで。
 綺麗な物も、素敵な物も、赤いマフラーの彼の事も、もっともっと、沢山沢山自分の中に詰め込みたいと千鶴は願う。
「あ、……ねえ、この赤い貝、央っぽくないかなァ?」
「じゃあ、こっちの白くて小さな貝殻はお前だな」
 小瓶に詰める思い出は、今日という日をいつだって思い出せる大切な物になるだろう。
「ネェ! キミとの思い出、いつでも見れるのうれしーなァ!」
「……ああ」
 夕日に眩しげに瞳を細めた央は、柔らかく笑んでいるように見えた。

 
●夜の花
「サンダルだから、砂が入っちゃうんだと、……思ったんですよ……、はうあ……」
 オライオンの毛並みをブラッシングして砂を落とすシャウラは、履いてきたブーツに海水と砂が入り込み辛そうな表情を浮かべていた。
「そうだ、翼で飛んで見るのはどうだ?」
「それ、です!」
 ミズーリの提案にポンと手を打った所で、通りがかった夜散が豆知識を残してゆく。
「足にベビーパウダーを使うと砂が落ちやすくなるし、付きにくくなるンだぜ」
「えっ、そうなの?」
 出発前の疑問に解決を与えられた冥加が耳をぴょこりと立てた。
 そんなこんなでケルベロスたちが遊んでいる間にすっかり日は海に沈み、空には星がちらつき始める。
 戦闘後に少しの時間とは言え全力で遊んだ面々。しかし、疲れが見えるかと思えばそんな事も無く。
「そろそろ皆、花火で遊ぼうか」
 勇の声掛けに花火と聞けば、すぐに駆け寄ってくるケルベロスたち。
 夜散が水を入れたバケツを用意すれば、パチリパチリと色のついた光が爆ぜ、夜を彩りだした。
「気をつけて持てよ」
「はい」
 ジッポライターで火をつけた花火を手渡されたシャウラが、その大きな瞳と心にきらきらと光る火の花を収め。
 エリィに背を預けた勇は、花火を楽しむ皆の姿を見やる。
 海で遊ぶ花火は、潮の匂いと火薬の匂いが混ざって不思議な香りがした。
「お、打ち上げ花火もあるじゃねェえか」
 花火の袋を覗いていた夜散が、少し大きめの筒を持ちあげると少し離れた位置へと歩みゆくと。
 少し開けて、ぽん、ぽん、と音を立てて夜の空に花が咲きはじめた。
「……とっても素敵ね」
「簡易的だが、手持ち花火とはまた違って迫力があるよなァ」
 ぱちぱちと数発続けて舞う花。すっかり魅入られてしまった様子の冥加に夜散はニッと笑いかけ、そうね、と冥加笑い返した。
「もっと、見てみたい、です」
「まだあと少しならあったはずだよ」
 シャウラのお願いに勇が花火を取り出し。冥加も、わあと喜び跳ねる。
「じゃあ、あたしは花火にふさわしい曲を一曲やらせて貰おうかな」
「綺麗な曲ですね♪ ……♪♪」
 ミズーリが即興でギターを奏ではじめるとユイも立ち上がり合わせて歌い出した。
「久しぶりにやる花火だけど、さざ波の音と花火の光。そして、即興のコンサートか。……とても綺麗だねぇ」
「ああ、良い夏だ」
 ユイの歌声とミズーリの奏でる旋律が混じり、曲となる。
 キラキラ光る火の花を照り返す波。
 ケルベロスたちの夜遊びはもう少しだけ続くようであった。

作者:絲上ゆいこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年7月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 5
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