落下する夢

作者:林雪

●空から落ちる感覚
「やったぁ! すごい、すごい!」
 そう叫ぶサトルの眼下には、キラキラした街の光が映る。
 サトルは両手を広げて、夜空を飛んでいるのだ。翼はないが不思議な力で風を切って空を飛ぶのは最高に気持ちがいい。
 頭上には街の光に負けないほどの、満天の星空。
「……ようし!」
 と、サトルがもっと高いところへ、と片手を空に伸ばした瞬間。
 グン、とサトルの足がひっぱられる。黒い手が、空を飛ぶサトルの足を掴んで、体を地上へ引きずり下ろそうとしているのだ。バランスを失ったサトルの体は、きりもみしながら頭から落ちていく。
「うわぁああッ!」
 そこでやっと、目が覚めた。ガバリとベッドから起き上がったサトルの胸は、まだドキドキしていた。
「夢だったの?」
 サトルが小声で呟くと同時に、まだドキドキが治まらない心臓に向けて、ひと突き。
 心臓を穿ったのは、鍵だった。
『パッチワーク』の魔女の一人、ケリュネイアが手にした鍵でサトルの心臓を貫いたのだ。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『驚き』はとても新鮮で楽しかったわ」
 ウフフフ、とケリュネイアが笑う。すると薄暗い子ども部屋の中に、大きな腕をしたドリームイーターが現れる。体に不釣合いなほどに大きくて黒いその腕は、2本とも螺旋形をしていた。
 ぐるぐると螺旋を描いて動くその腕を見ているうちに、サトルの意識は途切れ、再度ベッドに倒れこんでしまった。


「子どもの頃って、ビックリする夢をみるよね。僕はよく、蜂蜜の海で溺れてビックリして目を覚ましたりしたんだけど」
 そう話すのはヘリオライダーの安齋・光弦。趣味の蜂蜜集めが高じた悪夢らしい。
「何が怖いのか、うまく説明出来なかったりするけどとにかくビックリして夜中に飛び起きる。そういう、ビックリする夢をみた子がドリームイーターに襲われて、『驚き』を奪われる事件が発生してる」
 『驚き』を奪ったドリームイーター本体は既に姿を消しているが、その『驚き』を元に実体化したドリームイーターが動き回っている。
「被害が出る前に、発見して撃破して欲しい。こいつを倒せば、『驚き』を奪われてしまった子どもも目を覚ますからね。助けてあげて」
 敵は1体。他にも誰かを驚かせたくて市街地をさまよっている、と光弦が説明を続ける。
「最初の被害者の子の家のご近所だね。夜だし人通りはそう多くないから、歩いてる人をみかけたら片っ端から驚かしにかかってくるよ。道は特定できてるから、君たちが一般人を装って歩けば向こうから近付いてくるよ」
 このドリームイーターは螺旋に動く両手で人の体を掴み『落下する感覚』を味わわせることで、驚かせるらしい。
「こいつらは自分の驚きが通じなかった相手、つまり驚かなかった相手を優先的に狙ってくるっていう情報があるんだ。それをうまく利用して誘き出してみてもいいかも」
 このままドリームイーターを放っておけば、夢の中の驚きを奪われたサトルは目を覚まさず、被害者も増える一方だ。
「人の夢に勝手に割り込んで、感情を奪うっていうやり方がなんか、許せないよね。サトルくんを起こしてあげられるのは君たちだけだ。頼んだよ、ケルベロス」


参加者
相馬・竜人(掟守・e01889)
スノーエル・トリフォリウム(クローバーに幸せをこめて・e02161)
アルベルト・アリスメンディ(ソウルスクレイパー・e06154)
リューデ・ロストワード(鷽憑き・e06168)
クレーエ・スクラーヴェ(白く穢れる宵闇の・e11631)
フィオ・エリアルド(夜駆兎・e21930)
六合・剣(太陽の化身・e22295)
上里・藤(レッドデータ・e27726)

■リプレイ

●悪夢の入り口
 ここは、ドリームイーターに夢の中の『驚き』を奪われてしまった少年・サトルの家にほど近い住宅街の通り。
 普段から夕暮れ以降は人通りはまばらで、タイミングによってはかなり静かな時間帯もある。今日も見渡してみて、歩いているのは中学生くらいの男女が一組と、大学生くらいの二人連れ。しかし実はどちらも、ドリームイーターを誘き出すべく囮となったケルベロスたちである。
 男女ペアの方はフィオ・エリアルド(夜駆兎・e21930)と上里・藤(レッドデータ・e27726)のふたり。
「取られたのは夢じゃなくて驚き……でも、取られた人が目を覚まさなくなるんだから放置できないッスね」
 と藤が言えば、フィオもコクンと頷いてみせる。少し人見知り気味のフィオだが、藤とは面識があるためか幾分リラックスして見える。対する藤の方も、ケルベロスとして任務をまっとうしようといっぱいいっぱいで、あまり余裕がない。傍目にはまるで初々しいカップルのように見えなくもない。
 対して、大学生くらいの男子ペア。
「リューデ怖くないー? 手つないでてあげよっかー?」
 と、片手をヒラつかせて賑やかな声を出しているのはアルベルト・アリスメンディ(ソウルスクレイパー・e06154)。隣を歩くリューデ・ロストワード(鷽憑き・e06168)は、その手を一瞥し、短く息を吐いただけだ。
「真面目に探せ、アルベルト」
 あまり固まって集団になってしまわないようにと、間をあけて物陰から歩き出すクレーエ・スクラーヴェ(白く穢れる宵闇の・e11631)は、塾帰りの学生を装っている。敵が出れば、他の仲間と連携して敵を囲い込める布陣を意識して周囲に散る作戦だ。
「……夢食いが奪うのって『夢』だけじゃないんだね」
 静かにそう呟いて、ゆっくり歩き出すクレーエの細い後姿は、少年にしては大人びた雰囲気を纏う。
 その背を見送って自分も続くべく瞳を明るくするのは、スノーエル・トリフォリウム(クローバーに幸せをこめて・e02161)だ。
「あんまり落ちるって感覚わからないけど、ビックリするものなのかな?」
 日ごろから翼で飛ぶことに慣れているスノーエルには、高所が怖いとか落ちる感覚がわからないのも無理はないのかも知れない。軽く後ろを振り返り、六合・剣(太陽の化身・e22295)に向かって悪戯っぽく囁く。
「体験できそうで、ちょっとドキドキなんだよ」
「割と胆が据わってるよね、スノーエルちゃんは」
 剣がやはり笑顔でそう返す。ほわほわした印象のスノーエルとは対照的に、気に入らねえからぶっ殺す、という殺気を放っているのは相馬・竜人(掟守・e01889)。もちろんその殺気はドリームイーターに、引いてはこの事件を起こした首謀者に向けられている。
「そんなに驚きたきゃ、テメーで勝手にビルからでもなんでも飛び降りりゃいい話だろうにな」
「さっさと倒して、あの子の夢を取り戻さないとね」
 勝手に人の夢を覗いた上に、感情を盗むだなんて最悪だと剣が拳を一度握りしめ、開いた手をじっと見た。
 今回の敵は『落下する感覚』を駆使して襲いかかってくるという。翼のある者もない者も、その落ちる感覚に怖れを抱くことのないよう、仲間同士で手を取り合うことを約束した。その約束はとても力強くケルベロスたちに響く。その絆こそが、今回彼らが用意した最大の武器なのだ。
 それぞれが胸の内に強い思いを秘めて、ドリームイーターを待ち構える。
(「大丈夫、怖くない……」)
 フリーランニングを趣味とするフィオには、飛び降りる感覚、落ちる感覚は慣れたものであるはずだ。そう自分に言い聞かせながら、胸に手を置く。
(「……仲間を信じてるから、僕は僕の役割を全うしよう」)
 誰かが落ちれば自分が支える、自分が落ちれば同じように誰かが。そう信じることが出来る強さを、クレーエは既に手に入れていた。
 ちなみにアルベルトはその手繋ぎを今すぐ、実践できないものかとリューデをいじり倒していた。
「だってさ、今回はみんなで手を掴んで助け合おうって決めたじゃない。だからさあ」
「帰り道なら繋いでもいい……、来るぞ」
 不愛想なままそれを流していたリューデが根負けして小声で応じた瞬間、敵影がゆらりと彼らに近づいた。
 もちろん、皆気付いて早くも包囲網を敷いている。身の丈2mほどのドリームイーターの両腕は人のそれではなく、まるで黒いリボンが渦巻くような螺旋を形づくっていた。この腕に触れられた者はサトルが感じた『落下の驚き』を味わうことになる。

●落下の感覚
「出たな、夢食い」
 逃がさないようにといち早く距離を詰めたクレーエが、月光斬で戦いの火蓋を切って落とした。白い一閃が夜の闇を裂き、敵を激しく斬りつける!
「番犬が嗅ぎ付けた時点で、ヒトを驚かすことなんざ出来ねえと思いな!」
 威嚇するように大きく翼を広げ、髑髏を模した仮面で顔を覆った竜人がそう吼えてたと同時、敵の足元を払うように蹴りを放つ。よろめいた足元を逃がさない、とスノーエルが立ちはだかった。その肩には、綿菓子のような薄桃色のボクスドラゴン、マシュの姿がある。
「あなたが立ち向かっているのが誰なのか、改めて見せつけちゃうんだよ?……さぁここに、おいでっ!」
 スノーエルの声とともに、その背後に巨大で威圧的な竜の姿が浮かび上がった。竜は主の意向を受け敵を睨み、咆哮で萎縮させる。敵の動きは一瞬止まるが、ドリームイーターが果たして恐れを抱いているのかどうかはわからない。
「感情がねえのか?」
 仮面の下から竜人が呟けば、スノーエルも、
「マシュちゃんに似ちゃったから、あんまり怖くなかったのかな?」
 と、小首を傾げる。スノーエルの肩からそのマシュが、前衛の守りを固めるアルベルトの元へと羽ばたく。
 続くフィオはバネを生かして跳び、そこから電光石火の蹴りを放った。攻撃の手ごたえはある、動きも止まる。
「効いてないわけじゃないよっ」
 仲間を鼓舞するようにそう叫んだフィオの髪先を、たった今までよろめいていたはずの敵の腕が掠めた。腕とも思われぬ、不気味に突き出す二本の螺旋。禍々しい力が、剣に触れた。
「う……っ!」
「六合さんっ!」
 スノーエルが思わず叫び、フィオはすり抜けていく剣の手を掴もうと必死に手を伸ばす。だが剣の両肩は敵の螺旋の腕が食い込み、押さえつけられている。
 グン、と臓腑が下に引かれる感触に、剣が息を飲む。体が螺旋に巻き込まれ、頭から地上に落下する感覚に襲われる。
(「装備はしてある、落ちても、着地出来る……それに」)
「大丈夫、受け止める」
「怖くないよっ」
 仲間たちの呼びかけの声が聞こえる。ああ大丈夫、これは単なる敵の術中なだけ。はまってたまるかと螺旋の腕を振り払い、剣が手を伸ばす。掴んだのは。
「大丈夫か」
「あ、あ。ありがとう、リューデ」
「回復は任せろ。存分にやれ」
 冷静なる回復手のリューデが、黒い翼を広げて剣に駆け寄り、そのまま傷を治療する。受けたダメージをほぼ完全に回復し、剣はそのまま反撃に転ずる。鋼の鬼から放たれる、硬い一撃でドリームイーターの体が吹っ飛んだ。その連携に思わずはしゃいでしまうアルベルト。
「さっすがリューデ! 俺のこともいざってときは引っ張りあげてね!」
 心の底から誇らしげにそう言って、剣に並べとばかりアルベルトも拳を繰り出せば、ブラックスライムの穂先が敵を突き刺す。
 ここまで全くケルベロスからの攻撃を避けずに受け続けるドリームイーターに不気味なものを感じつつ、藤は紙兵をばら撒いて一層強固に味方の防御を固める。不穏に螺旋を描き続ける腕は、やはり脅威であると藤の目には映る。
「お前なんかに、負けるか」
 仲間たちがそれぞれに役目を果たすのならと、クレーエも確実に攻撃を当てていく。自分以外を信じられるようになったこと、それこそが今のクレーエにとっての最大の力だった。攻撃の要として、クレーエの一撃一撃は重くドリームイーターにのしかかる。
「ぼちぼち苦しくなってきたとこなんじゃねえのか?」
 挑発的にそう言って、竜人が放った竜の炎は、特大の火力となって敵を焼いた。間髪入れずにスノーエルが身動きをとれなくすべく氷漬けにし、フィオは身の軽さを生かしたヒットアンドアウェーで足技を繰り出す。趣味のパルクールで培ったのだろう自由な動きが、フィオの攻撃をより多彩なものにしていた。
 もはや動けず、と見せて螺旋の腕は先と同じく突如反旗を翻す。螺旋の腕がしゅるっとほどけて、藤の首に絡みつきだしたではないか。
「っ、離せ! この、このおぉッ!」
 攻撃を食らい、ダメージすらそっちのけで怒りに藤が声を荒げる。それを鎮めたのは、またしてもリューデ。
「落ち着け、頭を冷やせ」
 静かな声でそう言ったリューデの髪から落ちる白い花弁は、螺旋の腕に絡めとられた藤の視界を取り戻させる。そして、決して小さくはなかった藤のダメージを全快に近い形で回復してみせる。
「あ、ありがとうッス……」
 ケルベロスたちが連携により仲間のダメージを回復しながら戦うのに対し、ドリームイーターは確実に体力を削られていっていた。低く唸るばかりで、およそ感情らしきものを表さない不気味な敵だが、動きはどんどん鈍くなる。
「喰い千切る……!」
 集中を高めたフィオが、野生動物の如き足さばきで敵を翻弄していく。凶暴な紅い目に連打を受けて、敵の螺旋の腕は徐々にその形を保てなくなってきていた。しかし、その崩れかけた腕は、まだケルベロスへの敵意を失わない。
「あっ?!」
 捕まったのは、スノーエルだった。美しい翼を引きはがされ、足元に初めての頼りなさを感じる……これが落下の恐怖、と大きな目を見開き、その感覚から抜け出そうと自身の翼を大きく動かす。
「大丈夫、落ちたりしない! 落とさせたりしない!」
 今度こそと伸ばしたフィオの手が、しっかりとスノーエルの手を掴む。暖かいその手の温度が仲間の存在を伝え、羽ばたく力を与える。
 あとは、ケルベロスたちが攻め切るだけだった。
「さあ、命のやりとりをしよう!」
 そう叫んだアルベルトの声からはいつもの軽いノリが消え、ただ戦いを、敵を倒すことに対する高揚だけがあった。本能のまま戦場を駆け、敵に弾丸をめり込ませていく。
 先のお返しだとばかりに、藤も敵を睨み付けた。頭の奥がキンと冷えるような集中で、敵の動きが鮮明に見えてくる。
「畏れろ……!」
 漆黒の呪詛を湛えて、無数の影絵の蛇がドリームイーターに殺到する。
 足元から崩れかける敵。息の根を止めるべく、不敵に近づいていくのは竜人。その片腕は硬質な鱗に覆われた、強大な竜のものへと変化している。
「竜が相手だ。逃げても誰も咎めねえ……もっとも」
 装着していた仮面をずらし、尖った瞳で竜人が嗤う。
「他人から奪わなきゃ驚くことも出来ねえヤツじゃ、咬み千切られる恐怖もわからねえか?」
 剛腕が、目にも止まらぬスピードで振り抜かれた。吹き飛んだドリームイーターの体は、夜の闇にモザイクの破片となって散っていった。
「……挑んでるっつー自覚もねえんじゃ、張り合いがねえな」

●感情を奪う敵
 戦いを終え、周囲に被害は出ていないか念入りに調べるケルベロスたち。住宅街の灯りで戦闘には困らなかったが、持参したライトがここで役に立った。
「驚きは人生になければ面白くは無いけれど『悪夢』での驚き、なんてのはね。現実で何か楽しいことで驚きたいよね」
 クレーエの言葉に、スノーエルがほわりと笑って言う
「本当だね。あ、でも今回初めて落ちる感覚、っていうの体験したんだよ! なんだか貴重な機会だったかも……? 落ちるのはやだけど、誰かに引っ張ってもらえるっていうのは、ね!」
 くるっと振り向きざまにそう微笑みかけられて、フィオがうっすら頬を赤くした。
「それは俺も同感だよ。次は誰かを支えてあげようって気になる」
 と、剣も応じる。その会話を聞いていた藤も、ぎゅっと拳を握って決意する。もう自分は守られる側ではない。守る者として、強くあろうと。
 戦闘を終え、いつもの軽いノリを取り戻したアルベルトが、んっふっふーと笑いながら、リューデの前に手を差し出す。
「聞こえてたんだよねえー」
「…………」
 すこし考えてから、リューデが黙ってその手を取った。ぱあっとアルベルトが満面の笑みを浮かべ、機嫌よくぶんぶんと仲間たちに繋いだ手を振って見せる。きっとどんな困難な戦場も、このふたりはこうして渡っていくのだろう。
「今日の晩御飯なにかなー!」
 アルベルトたちが帰路に着いたのをきっかけに、皆戦場を後にする。
 竜人はひとり遅れて場に残り、驚きを奪ったドリームイーターのことをなんとなく考えていた。
「驚きが欠けてるっつーが、生まれつき無かったって事かね」
 足りない部分を他所から奪って埋めようというのは無理があるし、何より気に食わない。
 感情を奪う敵・ドリームイーター。上等だ、と口端を持ち上げて、彼もまた夜陰に消えていくのだった。

作者:林雪 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年7月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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