黙示録騎蝗~浪速のデスサイズ

作者:大府安

 深夜、しとしとと雨が降る岩場に、敗残のローカストの一群が集っていた。
 ヴェスヴァネット・レイダー率いる、不退転のローカストたちだ。
 彼らは、太陽神アポロンより、黙示録騎蝗の尖兵となり、今後の戦いのために必要な大量のグラビティ・チェインの獲得を命じられたのだ。
 それは、単騎で人間の町に攻め入り多くの人間を殺して可能な限り多くのグラビティ・チェインを太陽神アポロンに捧げるという、生還を前提としない、決死の作戦であった。

「戦いに敗北してゲートを失ったローカストは、最早レギオンレイドに帰還する事は出来なくなった! これは、ローカストの敗北を意味するのか?」
 不退転侵略部隊リーダー、ヴェスヴァネット・レイダーが、声を張り上げる。
 この問いに、隊員達は、『否っ!』と声を揃えた。
「不退転侵略部隊は、もとよりレギオンレイドに戻らぬ覚悟であった」
「ならば、ゲートなど不要」
「このグラビティ・チェイン溢れる地球を支配し、太陽神アポロンに捧げるのだ」
「太陽神アポロンならば、この地球を第二のレギオンレイドとする事もできるだろう」
「その為に、我等不退転ローカストは死なねばならぬ」
「全ては、黙示録騎蝗成就の為に!」
「おぉぉぉ!」
 意気軒高な不退転ローカストに、指揮官ヴェスヴァネットも拳を振り上げて応える。
「これより、不退転侵略部隊は、最終作戦を開始する。もはや、二度と会う事はあるまいが、ここにいる全員が、不退転部隊の名に恥じぬ戦いと死を迎える事を信じている。全ては、黙示録騎蝗成就の為に!」
 このヴェスヴァネットの檄を受け、不退転侵略部隊のローカスト達は、1体、また1体と移動を開始していく。
 不退転部隊の最後の戦いが始まろうとしていた。

● 
 衣鎧・レナ(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0217)は笑みこそ浮かべていたが、張り詰めた緊張感を隠し切れていない。
「まずはローカスト・ウォーの勝利、お見事ね。これは本当に歴史的な勝利よ。……ただ撤退した太陽神アポロンは、またローカストの軍勢を動かそうとしているわ」
 レナは笑みを消し、戦慄していながらも冷静に状況を説明する。
「最初に動き出したのが、ヴェスヴァネット・レイダー率いる、不退転侵略部隊。
 太陽神アポロンは『黙示録騎蝗』の為に大量のグラビティ・チェインを求めているわ。
 そのため、不退転侵略部隊をグラビティ・チェインを集める為の捨て駒にしようとしているらしいの。
 不退転侵略部隊は1体ずつ別々の都市に出撃し、ケルベロスに殺される直前まで人間の虐殺を続ける。
 予知にあった場所の住民を避難させれば他の場所が狙われる為、被害を完全に抑える事は不可能になるわ。
 けれど不退転侵略部隊が人間の虐殺を行うのは、太陽神アポロンのコントロールによるもので、決して彼らの本意では無い。
 不退転侵略部隊のローカストに対して正々堂々と戦いを挑み、誇りある戦いをするように説得する事が出来れば、彼らは人間の虐殺をやめてケルベロスと戦う事を選択する。
 不退転部隊のローカストは、その名の通り絶対に降伏する事は無いわ。死ぬ直前まで戦い続け、逃走する事も無い。
 激しい戦いになると思うけど、彼らに敗北と死を与えてやって」
 レナはタブレットPCを少し強くタッチする。背後のスクリーンに街とローカストが表示された。
「場所は大阪府にある十三駅前。商店やビルが立ち並ぶ他、住宅も多いところね。時刻は夜、天候は晴れ。
 出現するローカストの特徴は、腕に展開している2本の大鎌ね。仮にだけど、カマキリ型と呼称させてもらうわ。
 気を付けるべき攻撃は、この大鎌で斬りつけてくるアルミニウムシックル。
 他にも羽をこすり合わせて破壊音波を放つ攻撃と、体内のアルミニウム生命体を解放し、生体金属の鎧で自らの身体を包む自己回復行動をしてくるわ。概要は以上」
 レナは震えていた声を唇を噛んで正し、姿勢を整えキレのある敬礼した。
「彼らは死に物狂いでくるわ。かといって人々を殺戮するなんて……許しておけないっ。あなた方ケルベロスの勝利を、心から祈っているわ。ご武運を!」


参加者
国津・寂燕(刹那の風過・e01589)
ミツキ・キサラギ(御憑巫覡・e02213)
据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)
須々木・輪夏(翳刃・e04836)
ヒメ・シェナンドアー(稜姫刀閃・e12330)
高天原・日和(天狼と魔狼の声聞く者・e12797)
御影・有理(書院管理人・e14635)
平島・時枝(フルメタルサムライハート・e15959)

■リプレイ

 高天原・日和(天狼と魔狼の声聞く者・e12797)はヘリオンから降下中突風にあおられ、必死に鎖を建物に引っ掛けながら姿勢制御していた。
「ぎゃぁぁああ!? し、死ぬかと思った……!?」
 無事降り立ったケルベロス達は、駅前の惨状を見て取った。切り裂かれた屍が道端に転がり、辺りから悲鳴がやまない。
 ローカストは、街道の中央にいた。へたり込んで泣き叫ぶ女性へ歩み寄よる。
「我が身を省みず使命を果たさんとする、その意気や良し」
 平島・時枝(フルメタルサムライハート・e15959)は割り込みヴォイスを使い、確実に声を届ける。虐殺を止めさせ、正々堂々とケルベロスと勝負させるために。
 ローカストはピクリと肩を動かし、歩みを止めた。
「斯くなる上は、先ず我らの屍を越えて征くべし。……要は相手になるから掛かって来なってこったぁ!」
 相手は捨て身、生存のために戦う事が生物の宿命だとしても、時枝は黙ってエサになるつもりも、させるつもりもない。
「いっちょ正面からガッツリ噛み合おうじゃないの!」
 時枝の宣戦布告の間に、女性とローカストの間には、ヒメ・シェナンドアー(稜姫刀閃・e12330)と据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)が割り込んでいる。
 ヒメは敵が受けた命令と覚悟を理解していた。が、許容はできない。ヒメはブローチを操作しケルベロスコートを解除、プリンセスモードを発動して服装を変える。
 胸元が開いた動きやすいファンタジー風の和装、黒いミニスカ。最後に赤い甲冑を装着。ヒメの後ろから一般女性の安心した声が届く。
「不退転……聞いた話では、黄金装甲達は最期まで背を向ける事なく戦ったらしいわ。キミはどうする?」
「知れた事。グラビティチェインを集めるまで」
 ローカストはヒメへ返答した。ギチギチとした虫のようなノイズが入っていたが、若い男性の声のようだった。
 据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)は、責任を感じていた。アポロンを取り逃がさなければ、こんな凶行は防げたかも知れない。ならば、今は一人でも多くの人を助け、奴を自分たちと正面から戦わせる。
「それ以上の虐殺は、この据灸庵赤煙が許しません。大鎌のローカスト。貴方の名は?」
 ローカストから返答はなかった。だが赤煙は感情をこめて続ける。
「太陽神の命令がそんなに大事ですか? 貴方自身の意志はどこにあると言うんですか。私達は人々を守るために戦います。誰に命令された訳でもない、私達の意志です。貴方も自分の意志で戦ったらどうですか!」
「不思議なことを言う。貴様らとは戦争中だ。意志は一つ、只不退転」
 ローカストの平坦な声に、御影・有理(書院管理人・e14635)は敵の誇りを感じた。彼の戦争はまだ終わっていない。
 だが有理には何よりも、犠牲となった人々を守り切れなかった悔しさがある。有理は戦装束の重武装モードを発動し、まだ虐殺を止める意志を表明していないローカストへ宣言する。
「勇敢なるレギオンレイドの戦士よ! 地球の守り人・ケルベロスが、今此処に馳せ参じた。私は番犬が一、名を御影有理と言う。貴方の不退転の覚悟の刃、我ら番犬の牙で受け止める。いざ尋常に戦おう、互いの守るべきものを賭けて!」
「……そうか」
 ローカストの声は冷めているように聞こえたが、黙々と人を殺戮していた鎌は止まっている。
「遅くなってごめんなさい……でも、ここからはボク達に任せて。必ず勝つから」
 須々木・輪夏(翳刃・e04836)が一般女性に避難を促しても、ローカストは追わなかった。
 あともう一息、敵のプライドを刺激すれば、こちらとの戦いを決心するはず。輪夏は敵の正面へと立つ。
「逃げてる人たちより、わたしたちの方が強い、よ。あなたも強い相手と戦いたくない?」
 輪夏は殺界形成を行い、人払いするだけじゃなく、殺気をローカストに向けた。輪夏の本気度と強さが届き、ローカストの鎌がぴくりと動く。
「すずき・りんか。わたしの名前。覚えておいて」
 それでも黙るローカストへ、国津・寂燕(刹那の風過・e01589)は少しだけ同情していたかもしれない。
 戦士たる不退転の者へ下された命令は、虐殺を行う捨て駒。寂燕もローカストの正面に立った。
「誇り高き不退転の戦士よ、俺達ケルベロスと斬りあいたくないかい? お前さん等が不退転であるように我等もまた不退転……」
 寂燕が抜刀、周りに八重咲の桜に似た剣気が立ち昇る。
「いざ尋常に手合わせ願いたいね!」
 ローカストは天を見上げた。不退転部隊も、今となっては鉄砲玉。
(「捨てられた訳ではなさそう……いや、こんな作戦を命じられた時点で捨てられたようなモンだよな」)
 静観していたミツキ・キサラギ(御憑巫覡・e02213)が口を開く。戦闘が始まると悟ったからだ。
「どうせ散るなら……カッコ良く散りたいだろう? 『ケルベロスに一子報いた』なんて冥土の土産にゃいいんじゃねぇか?」
 敵であっても、名に恥じぬ誇りを持って散って欲しい。ミツキの偽りない気持ち。
 ケルベロス達全ての説得に応えるように、金属音が響いた。ローカストが両鎌を弾き合わせ、刃についた血を空へ飛ばす。
「我が名はデント・グライゼン。これが使命だからな。お前たちを倒してからの方が効率がいい。行くぞ」


 グライゼンは歩いてくる。カマキリのような体を、アルミニウムの鎧が覆った。赤煙はグライゼンに正面から突っ込む。
(「体構造がどれだけ違っても、グラビティチェインの流れさえ読めれば……!」)
 狙うは敵の頸の経絡秘孔。赤煙の突きは、身をよじって躱そうとしたグライゼンの顎を穿ち、体内のグラビティチェインを爆発させる。
 赤煙は鎌を警戒してすぐに後ろへ離れたが、側面へ瞬時に移動していたグライゼンの鎌が振り下ろされる。
「好きにはさせない――」
 ヒメは見切っていた。後の先を取る斬撃、藍薙ぎ(アイナギ)がグライゼンを鎌ごしに弾き飛ばす。
「舞刃、開放。さて癒しとくれ、舞い散る雪よ」
 肩を斬られた赤煙を、寂燕が刃に籠めた陽の剣気を開放して癒す。純白の剣気があたりに雪の様に降り注ぐ。
「かなり、素早いみたいね」
 輪夏も黄金の果実を前衛へ付与。有理も脳髄の賦活で赤煙を回復しながら強化、敵を観察していた結果を簡潔に皆へ伝える。
「ああ。歩いているようだが、短距離なら瞬間的に移動できるようだ。こちらもゆっくりとはできんな。リム、属性インストールを」
 有理はボクスドラゴンのリムから援護を受け、前を見据えた。
 ヒメの斬撃から着地したグライゼンは、少しずつ瞬間移動しながら近づいてくる。ケルベロス達も走り出す。
「小細工無しでかかってこいよ、グライゼン」
 ミツキは挑発しながら、満月に似たエネルギー光球を赤煙へぶつけて回復させる。時枝もミツキの挑発に続く。
「そのカマ、ちょいとこっちに向けて貰おうかってなぁ!」
 グライゼンの体がぶれ、瞬時に時枝へ鎌を振り下ろす。だが時枝は待ってましたと言わんばかりに月光斬で斬り結んだ。鎌と刀がかち合って逸らされ、時枝とグライゼンの肩を斬撃が襲う。
「その程度かケルベロス」
「あぁんっ!?」
 時枝の怒鳴り声と返す刀には付き合わず、グライゼンは即座に距離を取った。留まれば包囲されることを理解している。だがその間に、ダメージを受けた時枝には日和の守護の光が届いた。
「舐めないでもらいたいですね……スターサンクチュアリ !」
 鎌で傷を負わせられても、連携して即仲間が回復を行う。
「俺を倒すために、考えてきたという事か。これはどうだ」
 グライゼンは羽を広げ、破壊音波を響かせる。
「最初に、対策済み」
 ヒメは言いながら前衛へヒールドローンを付与すると共に、輪夏がグライゼンに迫る。グライゼンも迎撃せんと右腕を振った。だが、突如右腕を襲う爆発。寂燕のサイコフォースで仰け反ったグライゼンへ、輪夏の絶空斬が振り下ろされる。だが、グライゼンも鎌の腹で受け止めた。
「惜しかったな、うっ!?」
「そうでもないさ」
「狙い通り、よ」
 寂燕と輪夏に呼応するかのように、グライゼンの鎌にひびが入った。
「やるな」
 またグライゼンの動きがぶれる。移動した先には、最初に肩を斬られ膝をついたままの赤煙がいる。
 まずは負傷した相手から。だが赤煙は即座に立ち上がり、降魔真拳を前方へ。
「なるほど貴方は素早い。当てるのは諦めました。……押し潰します!」
「!? 狙ったかっ」
 グライゼンは鎌でガード態勢に入ったが、赤煙は構わずに拳を振りぬいた。グライゼンが吹き飛ぶとともに、右腕の鎌が砕け散る。
 だが、ケルベロス達は戦慄していた。ヒメが輪夏と赤煙に付与したヒールドローン、機械仕掛けの妖精が真っ二つに裂かれて機能を停止、輪夏と赤煙の脇腹に血がにじんでいる。
「一瞬の邂逅で反撃までしているとは。連続で受けられるものではないな。虹色”の個、“白色”の全。絆の下に、守護を誓わん。 剣に非ずとも、盾に非ずとも、我が意志の赴くまま。届け!」
 有理がすぐに浄化術式『虹色の叫び』ので前衛の傷と状態異常を回復する。ミツキが頭を振り、破壊音波で受けた催眠状態が解除された。
「やってくれるじゃねえか。お返ししてやるよ」
「ほう」
 空中で羽を使い翻ったグライゼンへ、ミツキが肉迫する。グライゼンは再び鎌でガード態勢に入ったが、ミツキの攻撃手段に対してはあまり意味がなかった。
「がおー!!」
 凄まじい咆哮によって大気を揺らし、衝撃波で相手を攻撃するミツキの威嚇咆哮(バインドボイス)。ピシリと鈍い音が、グライゼンのアルミニウムの鎧から響く。
「……くっ……熟練の部隊には、及ばぬか。だがっ」
 よろめきながら鎌を構えるグライゼン。時枝は隙を見逃さず、磁場回廊を前方へ形成。自らをレールガンの弾体と化し敵を穿つ。技の名は、
「修羅道を馳せ征きて剣身合一し、邪剣魔槍を折り屠らん。……つまりは良い子にしてろって事よ、突っ切れ修羅剣いんぱくとおおぉぉぉうぅ!」
 仁機風塵流・修羅剣【印覇駆刀】(ジンキフウジンリュウ・シュラケン・インパクト)。超高速の諸手突きは、グライゼンが防御に出した左腕の鎌にヒビを入れながら吹き飛ばす。
 グライゼンは鎌を地面に引っ掛け、羽を広げて吹き飛ぶ速度を落とす。そのまま破壊音波を放とうとしたが、視界は日和が広げた黒い氷の鎖で覆われた。
「仲間外れ、なんて酷いじゃないですかっ! 狼というのはですね……群れを作り、敵を狩るんです。それは自然という、どうしようもない存在に立ち向かう、彼らの知恵です。その知恵によって狼という種族は生き延びてきました」
 グライゼンを猛追して縛り上げるその姿は、まるで黒い狼の群れのよう。
「地を揺らすものよ。汝の上顎を天へ、汝の下顎を地へ、汝の牙を我の敵に見せつけよ! 汝の脅威を我に見せてみろ! 魔狼の咆哮(フェンリルバースト)っっ!! 氷の狼の、厄災の狼の恐ろしさを……刻み付けてあげますよっ!!!」
 鎖はグライゼンを縛り上げながら凍り付かせる。グライゼンは羽を震わせ、鎌で鎖を薙いで脱出した。だが、露出している体のいたるところに凍傷を負っている。
「俺は、不退転!」
 アルミニウムの鎧を生成しなおし、羽ばたいて突撃してくるグライゼン。寂燕は死天八重桜にグラビティを込める。
「あんたの誇り高さは十分にわかったよ。だから、もう終わりにしよう」
 寂燕はグライゼンの鎌を惨殺ナイフで受け流し、刀に込めたグラビティブレイクを相手の胴体へ叩きつける。アルミニウムの鎧は完全に砕け散った。
「まだだっ!」
 着地したグライゼンは、一番近くにいた輪夏へ片腕を振り下ろす。最初の鋭さはなく、輪夏は攻性植物で防御する。
「自分の命、種族のためにかけられるのってすごい。でも、わたしも大事な人がいるから、負けられない」
 だが輪夏は右手のブレスレットを見て、心身を奮起させた。鎌を受け止めたまま押し負けることもなく、気力溜めで時枝を回復させる。
 グライゼンが鎌にまとわりついた攻性植物をはらうと、空中に浮かび破壊音波の構え。
「味方は損害軽微、敵は損害箇所多数。ボクも追撃する」
 ヒメがキャバリアランページで突撃し、空中のグライゼンの首を掴む。
「落とす」
 ヒメはグライゼンを掴んだまま、地面へ背中から落として加速。グライゼンの羽が地面とこすれて破砕した。
 グライゼンは左腕を振ったが、ヒメはもう離れている。敵は鎧も右腕も、両羽も失った。だがすぐに立ち上がり、再び鎌を構える。
「散り際が多勢に無勢じゃ締まらんだろう。一騎打ちを受けてやる、来な」
 ミツキの呼びかけに、グライゼンは首を振った。
「所詮は血塗られた使命。無用な情けだ」
「……バカ野郎が。血塗られてるってわかってんじゃねえか」
 ミツキが吐き捨てると、グライゼンは近い赤煙へ突撃する。赤煙は拳を振るい、グライゼンは鎌を振り下ろす。両者すれ違った後、折れた鎌が地面に突き刺さり、グライゼンは血を吐いて両膝をついた。
「なにか、遺言はありますか? デント・グライゼン」
 赤煙は追撃しなかった。もうどれだけヒールしたところで息絶えるだろう。
「使命半ばで果てるとは……それのみが悔い……」
 苦しませることはない。時枝は近づき、グライゼンにリボルバー銃を突きつける。
「ローカストの衆にも真に忠勇なる武者の在りし事、心に留め置こう。……介錯仕る、御免」 
「ははっ……非戦闘員を殺した相手に……お優しい……こった……礼は……言わない……」
「正々堂々正面から向かってきてくれてありがとうね。お前さん、カッコ良かったよ」
 寂燕の言葉の後、グライゼンは目をつむる。
 銃声が響く。静寂の後聞こえたのは、寂燕がたばこをふかす音だけだった。


 戦闘後、各位負傷者のヒールに駆け回り、多数の命を取り留めていた。
「大丈夫、あなたは絶対に助かる」
「ありがとう……!」
 ヒメは負傷者の手を握りながらヒールをかけている。有理も救護隊員に被害状況の確認をとっていた。
「感謝する。こちらは私たちがまとめて行おう。赤煙殿、共に来てくれ」
 赤煙と有理が負傷者へヒールをかけていく。赤煙はまた一つの命を救った後、自身の心に誓うように声を漏らした。
「彼らの誇りも、人々の被害も……手遅れという言葉で終わらせたくないものですね」
 彼らとは。聞いていた有理は言わずともわかった。有理もヒールをかける手を、祈るように合わせる。
(「今日、斃れし全ての者の魂が、安らかに眠れますように」)
 戦場となった街道の中央はヒールされ、戦闘の名残は消えている。そこでミツキは一人、鎮魂の巫女舞を舞っていた。
 この場所では、一般人の死者は報告されていない。ここで死した命は、一つのみ。

作者:大府安 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年7月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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