足先からの嫌悪

作者:刑部

「ひぃーっ! 最悪最悪最悪ぅー!」
 おしゃれした少女が必死に左足の先を洗っている。
「なんでそんなところに居んのよ! あーマジ最悪!」
 眉間にしわを寄せて足を擦る少女は、キッと玄関に怒りの視線を向ける。
 そこには片方倒れたおしゃれブーツと潰れて体液を床に付着させたゴキブリの骸。
 足を洗い終え、ゴキブリの骸をいやいやながら片付けると、少女は靴箱から別のブーツを出し、入念に中を確認してそれを履き、家の扉を開ける。
「えっ……うっ!」
 そこに居た緑色の髪を揺らして笑う少女が、モザイク化した翼の様な手に持った鍵で少女の胸を一突きする。
「あはは、私のモザイクは晴れないけど、あなたの『嫌悪』する気持ちもわからなくはないな」
 笑うドリームイーター。
 『パッチワーク』は第六の魔女・ステュムパロス。
 生み出されたのはひしゃげたゴキブリの如きドリームイーター。
 ひしゃげた部分にモザイクが掛って嫌な色の体液を滴らせており、ローカストと見間違う事もない『それ』が、音も立てずに町へと放たれたのだった。

「嫌な『モノ』ですか……」
 小首を傾げた久遠・征夫(静寂好きな喧嘩囃子・e07214)の眼鏡が、光を反射して輝く。
「そうや。この苦手なモノへの『嫌悪』を奪いよって、事件を起こしよるドリームイーターがおるみたいなんや」
 杠・千尋(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0044) が、征夫ら嫌なモノについて話し合うケルベロス達に口を開く。
「『嫌悪』を奪ったドリームイーターは既に姿をくらましてしもうたみたいなんやけど、奪われた『嫌悪』を元にして現実化した怪物型のドリームイーターが、事件を起こそうとしとるみたいなんや」
「怪物型とはどの様な形なのですか?」
「……踏みつけられたゴキブリ型……ブーツの中に入っとったみたいや。コイツによる被害が出る前に、この見ただけでダメージ受けそうなドリームイーターを撃破したってや。倒す事ができたら、『嫌悪』を奪われた被害者も目を覚ますやろう」
 征夫の質問にプルプルと首を左右に振って応えた千尋が、説明を続ける。

「被害者の家がここ。嫌悪を奪われた被害者は、玄関先で意識を失って倒れとって、生み出されたドリームイーターはこの道をこっちに向って動いとる。ヘリオン飛ばしての到着時間を考えたら、この辺で補足できる筈や」
 千尋の指先が地図上の道路をなぞる様に動いてゆく。
「敵は1体。さっきも言うた通り、踏み潰されたゴキブリが直立した姿をしとる……が、潰された部分がモザイク化しとるから、ローカストと間違う事はないやろ。
 体液を飛ばしたり、こちらの平静さを失わせるモザイクを飛ばしたりしてきよるで、肉体より精神的にダメージを与えて来る感じやから十分注意しーな」
「なるほど、醜態を見せない様にしないといけませんね」
 やれやれといった仕草を見せる千尋に対し、征夫が深く頷くと、
「まー生理的に無理っちゅーもんは誰にでもあるやろーから、それが無くなるっちゅーんは、もしかしたら幸せなんかもしれんけど、それでドリームイーター生み出されるんは違うわな。
 気持ち悪い敵やけど、しっかり頼んだで」
 千尋はケルベロス達の目を見て、そう締めくくったのだった。


参加者
清水・光(地球人のブレイズキャリバー・e01264)
天霧・香澄(ヤブ医者・e01998)
久遠・征夫(静寂好きな喧嘩囃子・e07214)
ハル・エーヴィヒカイト(ブレードライザー・e11231)
天野・司(不灯走馬燈・e11511)
クー・ルルカ(かの森の護人・e15523)
霧崎・天音(聖拳・e18738)
筐・恭志郎(白鞘・e19690)

■リプレイ


「奪われたのは『嫌悪』の感情ですか。嫌悪の感情って確かに良い物じゃないかもしれないけど、無ければ日常生活に支障があると思うんですよね。嫌悪感があるから害があるものを避ける事が出来る訳で……」
「で、やって来るのがクラッシュしたゴキブリで避けれないっと。最早直視するだけで、一般人ヤバいんじゃねぇかなぁ」
 思案気に呟いた筐・恭志郎(白鞘・e19690)に藍色の瞳を向けて笑った天霧・香澄(ヤブ医者・e01998)が、棒つきのキャンディを口に戻す。
「あ、俺は大丈夫。虫なんか怖がってたら、畑の世話なんて出来ませんよ」
 と、恭志郎は返すが、
「恭志郎が良くても仕方ないだろう。そうならない為にも皆には離れててもらわないとな。クー準備はいい?」
「あ、はい。いつでも準備オーケーだよ」
 肩をすくめたハル・エーヴィヒカイト(ブレードライザー・e11231)が声を掛けると、戦化粧を施していたクー・ルルカ(かの森の護人・e15523)が慌ててその化粧道具をしまい、2人一緒に殺気を放って殺界を形成し一般人を遠ざける。
 その様子にクーのミミック『どるちぇ』がぴょんぴょんと跳びはねる中、
「境界形成――皆は戦闘に専念してくれて問題……」
「来たぞ」
 ハルの声がインカムと通して仲間達に伝わるのに被せる形で、香澄の声が響く。
 待ち構える4人の前に、『それ』が姿を現したのだ。
「状況開始……ふむ、確かにこれはひどい。これならローカストの方がまだ可愛げがあるというものだ」
(「左上半身がモザイクね。尾角はなしっと」)
 言いながらポンとクーの背を叩いて後ろへ下がるハル。下がって来たハルの隣で、香澄が敵の容姿について分析する。
「虫さんは大好きだけど、迷惑をかけるのは、許せない!」
 とポニーテールを揺らして『それ』を睨むクー。向こうも此方に気付いたのか、少し体勢を低くし、いきなり足を速めて来た。
「この道を修羅道と知り推して参る」
 その敵の後ろより清水・光(地球人のブレイズキャリバー・e01264)の声。
 挟撃部隊が追い付き、地獄化した毛先とケルベロスコートの裾を翻した光が、アームドフォートから放たれた砲弾と共に一気に仕寄り、
「ゲテモノ野郎! ゴキなんざ怖くないけど見た目がキモイ帰れ!」
「……虫はしばらく見たくない……って思ってたけど……」
 ズビシィと天野・司(不灯走馬燈・e11511)が指差すと、纏うオウガメタル『夜空』が鋼の鬼となってその拳を叩き込み、嫌悪感に眉をしかめた霧崎・天音(聖拳・e18738)が、その顔を蹴り抜いた。
「ギギギー!」
「飛竜脚……行っけぇぇぇっ!」
 『それ』……クラッシュGがモザイクの掛った部分から体液を飛ばす中、更に上から急降下してきたのは久遠・征夫(静寂好きな喧嘩囃子・e07214)。征夫はその一撃に舞い上がった砂埃を竜翼で払うと、クラッシュGを挟んだ向こう側から、クー達も突撃を開始したところであった。


 ハルが征夫に分身を纏わせ、香澄の殺神『緋菌艶歌』が爆ぜる中、
「ギギギギギッ!」
 前後からの挟撃に不快な音を立てたクラッシュGは、仕寄ってくるケルベロス達に対し、体を回転させて体液を飛ばす。
「やらせないんだぜ」
「水もしたたるなんとやらとはいかんよ」
 司が天音を庇ってその体液を受ける隣、ケルベロスコートを犠牲にし、その体液の下をくぐった光が焔を纏う蹴りを叩き込み、
「……ごめんね。……あんまり触りたくないけど……倒さなきゃ……」
 庇ってくれた司に短く謝意を述べた天音の体から、オウガメタルが鋼の鬼となってクラッシュGを襲い、続いて征夫のアームドフォートから放たれた弾に、クラッシュGの体表が爆ぜるが、更なる体液が撒き散らされ、距離を詰め一閃を振るった恭志郎が慌てて跳び退く。
「わあっ、どるちぇ……って、大丈夫みたいだね。よくもやったな! だよっ」
 自分を庇って体液を受けたどるちぇが、ぎりぎり蓋を閉じて中に体液が入るのを防いだのを確認したクーは、その怒りの炎を脚に纏ってクラッシュGを蹴りつける。
「それは……いつの俺だ、どこの俺だ。誰とどう生きていたんだ……」
 だがその隣で司が、虚空に手を伸ばしてぶつぶつと問い掛けていた。
 そのトラウマにうなされる司に即座に抱き付くクラッシュG。
「……その手を離せ……」
 怒りを湛えた言葉とは裏腹に、天音が無表情のまま地獄の炎を花弁の如く散らして敵を灼くと、
「アレは嫌すぎるよね?」
 どるちぇにそう語り掛けたクーが、杖を小動物に戻して射出した。
「噛むゴキブリはうっとうしいねん」
 その小動物に気を取られたクラッシュGの死角を突いて光。
 ドン! と踏み込んだその勢いと眼光に、司を離して距離をとるクラッシュG。
 後衛陣から回復が飛ぶ中、前衛陣は跳び退いたクラッシュGを逃さない様に、シフトチェンジして再包囲に掛る。

 最初から挟撃を仕掛け包囲網を敷いたケルベロス達だったが、相手の攻撃力だけではない主に生理的に嫌悪感を抱く部分と、撒き散らされる体液により押し切れないでいた。
「ちょっと言っていいか? 相手が気持ち悪いのも、いやらしい攻撃してくるのも判るが、なんでこんなに臭ぇんだ」
 トラウマから脱した司と鍔迫り合いを演じるクラッシュGに、隙を見て殺神ウイルスを投げつけつつ、誰とはなしに文句を言う香澄。
 カブトムシが大好きな彼は、そもそも虫自体がそれほど臭いを発していない事を知るだけに、想定外の悪臭に苛立ちを隠せないでいた。
「臭いと思い込んでいる嫌悪が具現化したからだろう。いま癒すぞ……我が魂、届けよ世界。癒しの波動をその刃に。境界・白夜」
 それ応じたハルから飛ぶ癒しの波動を乗せた刃が、左右からクラッシュGに波状攻撃を仕掛ける天音ら前衛陣を囲んで回転し陣を描いて癒す中、再び体液を撒き散らすクラッシュG。
「行くよ、恭さん」
「はいはい。済みませんが……あまり動き回らないで下さいね」
 それを受けて後退するクーら前衛陣と入れ代る形で征夫と恭志郎。征夫の放ったクロス状の衝撃波がクラッシュGを貫き、思わず仰け反った形になったところに踏み込んだ恭志郎。鞘に入ったままの形見の御身刀を叩き込まれたクラッシュGが震える中、
「再び届け、癒しの刃よ疾く描け」
 癒しの光刀をフル回転させて戦線を支えるハルの黒い髪は、白い髪へと変わっていた。……いや、戻ったというべきか? そのハルの回復を受け、光達前衛陣が再び攻勢に出る。
「悪夢如きにこれ以上、調子に乗らせる訳にはいきません」
 アームドフォートを撃ち放ちながら、その前衛陣と入れ代って征夫が後退すると、その征夫の放った弾が爆ぜた所に、
「焦る事は無いのです。逃さない様に的確にダメージを与えていけば……」
 的確な一撃を見舞った恭志郎も、司と入れ代る形で後退すると、前衛陣を押し退け恭志郎を追う姿勢を見せるクラッシュG。だが、その胸元がいきなり爆ぜ、肉片が飛び散った。
「爆破したらもっと悲惨なことになるとか知ったことじゃねぇ、殺すためだ」
 編み込んだ長い黒髪を躍らせた香澄が、爆ぜた肉片を受け批判めいた視線を向ける仲間を無視して、眼光鋭くクラッシュGを睨み付けた。


「きーっ! ムカデ、足一杯!」
「……うぅ……姉さん」
 光が全身を掻き毟り、天音が虚空を涙目で見つめ、どるちぇは意味も無く飛び跳ねる。
「深呼吸だ、落ち着くといい。奴は一匹しかいない、そこにムカデはいない。君の心を侵すものは幻だ。君は君として其処に在る。思い出を越え、今を踏みしめて、己が先を取り戻すがいい」
 トラウマに侵させる仲間達に、回復を飛ばし語り掛けるハル。
「忘れちゃダメだ。俺たちは、まだ此処に在る……!」
「ほんと厄介ですね」
 それでもトラウマを脱しなかった天音とどるちぇを見た司が、指先から滴を垂らして炎の波紋を広げ、その間に恭志郎が紙兵を撒いて仲間達を庇う。
「正気に戻ったか? 出てくるから頼むぞ」
 その間、クラッシュGを喰らい押え込んでいた香澄のブラックスライムが、内側からの攻撃に蠢動しており、
「どるちぇのトラウマって何なのかな? えっ!?」
 などと考えつつ、クーが後ろへと回り込むと、ブラックスライムを突き破って飛び出したモザイクが、クーの顔目掛けて飛んで来た。
「させないのですっ!」
 そのモザイクに振るわれる征夫の刃。その衝撃に僅かに軌道を変えたモザイクは、とっさに首をひねったクーの頬をかすめ、留物が壊れたのか、ポニーテールに纏められていたクー長い髪がはらはらと垂れる。
「やってくれたわねっ」
 クーが解けた髪を棚引かせ、食らい付くどるちぇと共にスライムから逃れようとする敵に焔纏う蹴りを叩き込むと、
「悪足掻きもそれぐらいにしてもらおうか」
 香澄がブラックスライムを戻したタイミングで踏み込んだ恭志郎の刃が、敵の右太腿辺りを大きく裂き、クーとの連続攻撃に思わず片膝をつくクラッシュG。
「ギギギギギギギギッ!」
「まだまだだ、そこ、届くぜ!」
 いきり立って咆えるクラッシュGに香澄が人差し指を向けると、立てた方の左足が爆ぜ、更にバランスを崩して動けなくなる。そこへ、
「その悪夢、断ち斬ってあげましょう」
 征夫の振るう双刃から放たれた衝撃波が、敵の霊体だけを斬り突き抜ける。
「癒しの刃よ、纏え」
 その衝撃波を追う様に踏み込む司に、ハルが光の刃を鏡像として纏わせ、
「行け、夜空っ!」
 司の星々をちりばめた様な光を放つオウガメタルが、その拳でクラッシュGの装甲を砕く。流れる様な連続攻撃を決め、横っ飛びに跳び場を空ける司。
「散り乱れ、緋色の花を咲かせて潰れてしまいや」
「……あれが……私の……トラウマを……促す敵……大嫌い……消えろ……」
 キッと唇を結んだ光が連続で得物を叩き込んで跳び上がると、その下をくぐる様にして踏み込んだ天音の振るう巨大な双剣が、クラッシュGの体を十字に咲き、その傷口に地獄の炎が揺らめかせた。
 その炎が陽炎を作り空気を揺らめかせ、天音の後ろに光が着地する中、
「ギギッ……」
 最後に小さく鳴いたクラッシュGは、仰向けに倒れて動かなくなったのだった。

「痛かったよね、寒かったよね…今度は、もっと素敵な虫に生まれておいで……だから、今はおやすみ……」
 蝶の翅を持つクーは、クラッシュGの亡骸にそう優しく語り掛けて背を向け、どるちぇがそのクーを慰める様に胸に跳び込んだ。
「恨みだらけや」
「それぐらいにしとけ、ほら消え始めた」
 その後ろでクーが十分離れた事を確認し、クラッシュGをゲシゲシと踏み潰す光。それを制止する香澄に、
「はいはい、お疲れ様です」
「綺麗にしますよ」
 征夫が大きめのタオルとペットボトルに入った水を渡し、恭志郎がクリーニングを施していゆく。
「こんなとこだね。あ、ありがとう」
「……覚えてる……のかな……この記憶……」
 仲間と周囲の破損した箇所にヒールを掛け終わったハルは、征夫から受け取ったタオルで髪を拭って礼を言い、天音はトラウマに見えた光景に少し塞ぎ込んでいた。
「ほんと消えてくな。……残られてもそれはそれでアレだけど」
 クラッシュGが消えていく様を興味深そうに見つめる司。
「念の為、少女のところに寄って帰りましょう」
 征夫の意見に反対する者は無く、ケルベロス達は回復した少女を見舞って帰路についたのだった。

作者:刑部 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年8月5日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 6
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。