オランジェットの月

作者:犬塚ひなこ

●柑橘ビターな夢
 それは甘酸っぱくてほろ苦い、魅惑の砂糖漬け。
 きらきら光るお月様のようにまんまるな輪切りのオレンジにビターなチョコレートを纏わせた、大好きなお菓子の名前はオランジェット。
 お茶会のテーブルや椅子がふわふわと浮かぶ虹色の空間で幾らでも好きなだけお菓子が食べられる。こんな素敵な幸せは今まで一度も味わったことがなかった。
「みんな、みーんなわたしのもの! ……あれ?」
 満面の笑みを浮かべた少女はふと手にしていたオランジェットが大きくなっている事に気が付く。お菓子はあっという間に巨大化しはじめ、まるで夜空に浮かんでいるお月様のように膨れあがった。
 そして、虹色の空間いっぱいに広がったオランジェットの月がくるりと振り返る。
「やだ、何これ……いやあああああっ!!」
 その顔は鬼の形相をしており、少女は思わず悲鳴をあげた。

「……夢だったの?」
 目を覚ました時、少女はそれが本当の出来事ではないと悟る。
 現実に居たのは公園のベンチの上。塾帰りにひと休みしたところでうたた寝をしてしまい、暫し夢を見ていたようだった。何だか複雑な気持ちを抱いた彼女は塾鞄を肩にかけながら立ち上がる。
 そのとき、少女の胸元を大きな鍵が貫いた。
 夢を覗く力を持つ鍵を振るったのは鹿の背に乗った獣人の魔女――ケリュネイア。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『驚き』はとても新鮮で楽しかったわ」
 双眸を細めた魔女は鍵を引き抜き、何処かへ去ってゆく。
 残された少女はその場に倒れ込んで意識を失う。その代わりに傍に現れたのは夢という檻から解き放たれたドリームイーター。オランジェットの香りを漂わせて嗤うその姿は、恐ろしい形相のお月様の形をしていた。
 
●オレンジとチョコレート
 眠って視る夢は不思議。特に子供の頃の夢は驚くものが多い。
「リカもこの前、空からキャンディが降ってきてナイフに代わる夢を見ました。雨の飴じゃなくて血の雨でしたです……!」
 怖かったです、と小さく零した雨森・リルリカ(オラトリオのヘリオライダー・en0030)はそのときはびっくりして飛び起きたと話した。
 今回は驚いてしまうような夢を見た少女がドリームイーターに『驚き』を奪われたという事件だ。驚きを奪った夢喰いは既に姿を消しているようだが、少女の夢を元にして現実化した怪物が事件を起こそうとしているらしい。
 急ぎ現場に向かって退治して欲しいと告げ、リルリカは敵の詳細について語る。
 現場は或る公園付近。標的は一体のみ。
 敵は数メートルほどの顔付きお月様の形をしている。デフォルメされたような顔ではあるが、その形相は子供にとっては恐ろしいもののようだ。
「ドリームイーターは誰かを驚かせたくてしょうがないみたいです。だから誘き寄せはとっても簡単でございます」
 驚かせる相手を探している敵は自ずと向こうからやってくる。一般人が近付かぬように人払いを行っておけば、ケルベロス達の前に確実に現れるだろう。
「オランジェットのお月様からはオレンジとチョコレートの香りがするようなので近付いてきたらすぐに分かります。美味しそうですが、食べられないので注意ですっ!」
 接触さえ出来れば後は全力で戦うだけ。
 公園のベンチの傍で意識を失っている少女も敵を倒せば目を覚ます。
 また、ドリームイーターは自分の驚かせが通じなかった相手を優先的に狙ってくる。この性質を利用できれば有利に戦えるかもしれないと話し、リルリカは説明を終えた。
「驚きを奪うドリームイーター……何だか不思議です。でもでも、夢を奪われた女の子が目を覚ませるように頑張らなきゃいけないですね!」
 お菓子も月も素敵だが、それは現実に居てはいけない存在。
 信じています、と告げたリルリカは真っ直ぐな眼差しでケルベロス達を見つめた。


参加者
メイア・ヤレアッハ(空色・e00218)
クロハ・ラーヴァ(熾火・e00621)
カロン・カロン(フォーリング・e00628)
ダレン・カーティス(自堕落系刀剣士・e01435)
スプーキー・ドリズル(雨傘・e01608)
海野・元隆(海刀・e04312)
コルト・ツィクルス(星穹図書館の案内人・e23763)
ルミエール・ローズブレイド(歪んだ御伽噺・e28812)

■リプレイ

●オレンジの月
 夜の帳が落ち、星々の瞬きが空を彩る。
 涼やかな風が駆け抜けてゆく公園は、一見すれば普段通りの静けさが満ちていた。
「これでよし。避難勧告も無事に済ませました」
 深緑がさやさやと揺れる樹々の下、コルト・ツィクルス(星穹図書館の案内人・e23763)は周囲を今一度確認しながら仲間に報告する。傍らのウイングキャットも尻尾を揺らし、敷地内に人が残っていないか見張っていた。
「今日は公園に悪いお月様がでる日なの、って教えたら快く帰ってくれたわ」
 ルミエール・ローズブレイド(歪んだ御伽噺・e28812)もオルトロスのルクスと共に避難誘導を終えたことを告げ、準備完了だと淡く笑む。
 すると、メイア・ヤレアッハ(空色・e00218)が黄色と黒の色鮮やかで目を引くテープを取り出し、ボクスドラゴンのコハブにその端を手渡した。
「ここより先は、たちいりきーんしっ」
 メイアがくるんと回ると匣竜も合わせてくるくると動く。そうして、公園の出入口に立ち入り禁止の印がぐるりと張り巡らされていった。
 これで後は件の怪物、オランジェットの月を待つのみ。
 ダレン・カーティス(自堕落系刀剣士・e01435)は煙草を咥えたまま両腕を伸ばし、軽く伸びをしながら辺りを見渡す。
「七夕にやっと一仕事終わったと思ったンだがなァ……」
 当分ヒマはさせて貰えなさそうだ。退屈しないのはある意味ありがたいケド、と軽く笑ったダレンは下ろした手で携えた剣に触れた。
「さて、今日も仕事をしましょうか」
 クロハ・ラーヴァ(熾火・e00621)も般若顔のスイートムーンを思い浮かべながら、驚愕よりもコミカルさが勝つような気がすると零す。しかし、首と竜尾を振ったクロハはその考えを振り払い、準備を整えた。
「文字通り甘い夢から突き落とされるのは……ふふ、びっくりしちゃうわよね」
 具現化された化け物が少女の夢から生み出されたと思えば微笑ましい。カロン・カロン(フォーリング・e00628)が口許を押さえて笑んだ時、その嗅覚鋭い鼻先が何かの匂いと気配を捉えた。
 カロンの尻尾が左右に揺れ、その耳は音を探してピンと立つ。
 近付く甘やかな香り。それから、月の影。
 海野・元隆(海刀・e04312)とスプーキー・ドリズル(雨傘・e01608)は目配せを交わしあった後、此方に背を向けて近付く奇妙な月を見据えた。
 そして――オランジェットの月は此方を驚かそうと狙い、一気に振り向いた。夢喰いと化した月の顔があらわになり、鋭い視線がケルベロス達を貫く。
「なっ……」
「――!!」
 その瞬間、ダレンが煙草を落として驚き、カロンが全身の毛を逆立てながら飛び上がって驚きを示した。コルトとルミエールは驚きで固まり、クロハは声なき声をあげて後退る。だが、それらはすべてが演技だった。
「わ、わ……甘い匂いなのに可愛くない!」
 唯一、甘い香りと顔のギャップに本気で驚いたメイア以外は。若しくは携帯灰皿で吸殻を慌ててキャッチしつ体勢を整えたダレンも本気で驚愕していたかもしれない。
 その光景を見た月は満足そうに般若の顔を歪ませた。だが、その中にまったく驚いていない者達が居ることに気付く。
「お? で、食えるのか?」
 元隆はほんの少しも驚かずに興味津々な瞳を向けており、スプーキーも錆青の双眸を緩やかに細めながら平然としている。
「……これは馨しい。僕の飴で絡めとってしまおうか」
 そして、スプーキーが零した焦げた砂糖めいた馨と共に深紅の弾丸が放たれた。告げた言葉通り、その一閃はオレンジの月を紅く染めあげた。

●甘やかな毒
 突然の衝撃に月が揺らぎ、震える。
 スプーキーが放った一撃に続き、同じく驚かなかったコハブとルクスが威嚇として敵を睨み付ける。元隆は薄く笑みながらナイフを握り、敵との距離を詰めた。
「この香りはなかなかだな。酒の肴にもなりそうじゃないか」
 軽口と同時に振り下ろされた刃が更に敵の身を抉る。
 月は彼等を憎々しげに見遣り、反撃を開始した。これで怪物が狙う相手は二人と二体に絞られたことになる。
 これこそが『ディフェンダーだけびっくりしない作戦』だ。狙い通り、月が放った煌めきの反撃はスプーキーに向けられていた。
 作戦が上手く巡ったと感じ取り、クロハは熾火の瞳を鋭く差し向ける。
「っ……これはこれは、心臓に悪い顔をしていらっしゃる!」
 されど聲には偽りの驚きを乗せ、あまり此方を見ないで欲しいと顔を背けた。その際に解き放った地獄の炎は言葉とは裏腹に激しく燃え盛りながら敵を穿つ。
「にゃぁん! こわーいっ」
 カロンも敢えて怖がるふりを続け、ふと視線が合ったクロハに向けて片目を瞑った。女は皆女優。喜怒哀楽は勿論、吃驚なんてお手の物。
 その思いはクロハにも伝わったらしく、口許を緩めたカロンは手にした銃器で凄まじい連弾を撃ち放っていく。
 その間にコルトが魔鎖の陣を広げ、仲間に防護の力を宿した。
「皆さんの援護をお願いしますね」
 コルトがウイングキャットに次の動きを願えば、その声に応えるように清浄なる翼が広げられる。更に其処へメイアが紙兵を散布して皆の耐性を強めた。
「わたくしもがんばるから、コハブも皆を守ってね」
 信頼を込めてメイアが呼び掛けると、匣竜は自らの力を加護に変える。そして、ダレンへと優しい加護が施されてゆく。
 様々な守護の魔力が重なっていく最中、ルミエールはふるふると首を振った。
「お月様の顔、思ってたより怖い……。嫌……。怖いから、お菓子にする」
 美味しいオランジェットに戻してあげる、と呟いたルミエールが解放したのは甘い甘いお菓子の魔法。少女が抱いた歪な夢は敵の一部を歪めては引き裂き、更に甘く残酷な幻影めいた衝撃を与えた。
 ダレンはその一撃の強さに双眸を眇め、自分も負けていられないと気を張る。
「……いや、つーかフツーにインパクトがデカ過ぎだろ。こんな甘ったるい、良い香り漂わせておいてなんで見てくれがソレなんだよ!」
 憤りにも似た感情を言葉に変え、ダレンは刀を抜き放つ。一閃は刹那。紫電の如く迸った剣戟は火花を散らして敵を切り裂いていった。
 カロンも占術札を手にし、魔術を発動させた。月の前に召喚されたのは夜色の毒刺振るう魔蠍。齎された毒は甘さを穢しながら深く、深く廻っていく。
 其処に続いたスプーキーが身を翻し、高く跳躍した。
 依然として月は彼を狙っていたが、コハブやルクスがスプーキーへの攻撃を肩代わりしている。ありがとう、と告げたスプーキーは公園の樹々を足場に宙へ駆け上がり、敵へと流星の蹴撃を見舞った。
「次の飴のモチーフにしてみようかな」
 甘い月の香りは創作意欲を刺激されるかのよう。顔部分をユーモラスにすれば素敵だろうと考え、スプーキーは口の端を薄く緩めた。
 そうして、攻防が幾度も巡っていく。
「月見酒……とはいかんようだが愉しませて貰おうか。しかし、なんだ」
 戦いの中、美味そうだと口にした元隆は改めてオランジェットの月を見遣る。顔は兎も角、香りはチョコレートと柑橘そのもので香しい。
「食べられませんよ、元隆さん」
 すると、コルトが淡い声色で以て注釈を入れる。そうか、と僅かに俯いた元隆の姿を何故か微笑ましく感じながら、コルトは更なる援護行動に入っていった。
 月に向け、元隆はナイフに惨劇の鏡像を映し込む。
 彼が果敢に斬りかかっていく様を見守り、メイアも爆破スイッチを押す。鮮やかな爆風が戦場を彩る様を瞳に映したメイアは共に癒しを担う少年の名を呼んだ。
「絶対に負けたりしないの。ね、コルトちゃん」
「――Widmen Sie dieses Lied mein Bestes」
 コルトはそっと頷き、戦う者達に捧ぐ譜を紡いだ。見る間に呪語で造られた譜が広がり、仲間に力を捧げていく。
 力が漲っていく感覚を得たクロハは仲間の存在を頼もしく感じた。
「さあて、参りましょうか」
 そして、彼女の宵色の鱗が月明かりに照らされた次の瞬間。クロハは電光石火の一閃で敵に多大な衝撃を与えた。
「暑いとチョコが溶けちゃうからひんやり冷やすの」
「どーせなら、見た目麗しい女の子か何かだったら嬉しいんですケドねえ。……いや、ソレだとちっとやり辛くなるかなっ!」
 その隙を突いたルミエールは時空凍結弾を放ち、続いたダレンが月光の斬撃で以て敵を切り刻む。カロンも再びカードを掲げ、更なる痛みを敵に与えんとして狙った。
「この甘さも気持ちいいでしょ? 何分もつかしら?」
 紫の双眸を細めたカロンは不敵に笑む。
 どくり、どくり――鼓動を刻む筈のない月は毒により脈動を刻み、大きく傾いだ。

●月は夜へ溶ける
 オランジェットの月は、見れば見る程に子供の夢そのもの。
 攻撃を続ける敵の動きは妖しくて可笑しい。だが、クロハはそれこそが幼い少女の想像力の豊かさを表していると賞賛していた。
「豊かだからこそ、夢喰いを引き寄せてしまうのが皮肉ですがね」
 溜め息混じりの声を落とし、呼吸を整えたクロハは竜翼を広げて跳躍する。狙いを定め、高速で繰り出された蹴りは相手の防御の隙間を縫いながら叩き込まれた。炎舞の名に相応しく、陽炎のように揺らぐ地獄の炎は敵を翻弄する。
 ダレンも刃で月の力を削り、元隆も仲間を庇いながら攻撃を続けていった。
「怖い夢、な。夢ぐらいは楽しくみたいもんだ」
 今となれば夢じゃなくともそれなりに面白く生きちゃいるが、と口にした元隆は崩れかけた月の姿を捉える。
 苛立った様子の月は自棄になったのか、急にメイアを狙って柑橘の魔法を紡いだ。されど、スプーキーがそうはさせない。
「君は僕だけを狙っていれば良いんだよ」
 竜の翼を大きく広げたスプーキーは傷など厭わずに仲間を護り、月に告げる。
 メイアはありがとうなの、と礼を述べ、コハブに彼の癒しを願った。その間にカロンが敵の前に身を滑り込ませ、旋刃の蹴りを放つ。
「ふふ、驚いてくれない子がいると面白くないのかしらぁ?」
 可愛い、と笑ったカロンが一撃を入れて身を翻した。コルトはしなやかな動きを目で追いながら、最後まで癒しに徹しようと心に決める。
「血の雨も困りますが、驚かしたい気持ちは何だか可愛らしいですね」
 今となれば般若の顔にも、くすりとしてしまうような気分だ。コルトは前衛に譜の癒しを巡らせ、誰も倒れぬよう努めてゆく。
 そして、回復を彼に任せたメイアは攻勢に移った。
 見つめた月は既に弱っており、一気に畳み掛ければ勝機を掴めるはず。
「わたくしは、甘くて可愛い物が好きなの。甘くてちょっぴり苦いオランジェットはオトナの味。あなたはきっと、苦いだけの偽物のお月さま」
 指先を敵に突き付けたメイアは神鳴の名を抱く雷獣を召喚する。暗雲を呼び、夜を喚び、雷鳴を纏う獣は雷光の絲を引き、敵に痺れを与えた。
 ルクスに援護を願い、ルミエールも最後に向けて甘い魔法を放つ。
「食べやすい大きさになるよう切り刻んで、お菓子にする。美味しくして怖くなくならせる。早く美味しくなって……?」
 彼女の魔力によって刻まれた月がお菓子に変わっていった。
 誰も失いたくない。ずっとずっと一緒にいたい。だったら、甘いお菓子にして食べてしまえば一緒にいられる。なんてね、と笑んだルミエールは月の欠片を齧った。
 ダレンはそろそろケリが付くと感じ、刃を差し向ける。
「お前が消えれば夢を視た眠り姫も目が覚めるってコトで……いい加減、倒れちゃくれませんかね!」
 電撃を纏った剣閃は派手な光を散らし、見る間に月を引き裂いた。
 最早、驚く演技は要らない。
「私の驚く顔なんてレアだったのよ。最期に見れて良かったわねぇ?」
 カロンは眼を三日月型に細め、更なる一閃で夢喰いを切り刻んだ。今よぅ、と告げたカロンの声に応え、スプーキーは銃口を敵に向ける。
「――That's original sin」
 詠唱と共に林檎飴を彷彿させる弾丸が敵を固め、自由を奪い去った。逃れることの叶わぬ原罪の如く巡る一閃。それに機を合わせ、クロハは鋭い槍の如く伸ばしたブラックスライムを容赦なく月に突き刺した。
 終わりの刻を感じた元隆は片腕を空高く掲げ、力を紡ぐ。
「こいつもとっとと片付けてしまうとしようか。そら、お迎えだ」
 刹那、何処からともなく現れた幽霊船が夜空を駆け、オランジェットの月へと突撃していく。幻影は確かな衝撃へと変わり、敵を押し潰しながら飛翔した。
 その光景は宛ら月を食べた船。
 やがて幻は消え去り、月はチョコレートめいた甘い香りを残しながら崩れ落ちた。

●夢は夢の儘
 オランジェットの月は消滅し、元の夢へと還る。
 戦いの終幕を感じ取った仲間達は視線を交わし、ベンチで眠らされていた少女の元へ急ぐ。コルトがそうっと覗き込むと、少女ははっとして起き上がった。
「きゃ、お月様がっ……あれ?」
「もう心配はありませんよ」
 混乱した彼女にコルトが優しく笑むと、カロンがきっと夢を見たのだと宥め、ルミエールもこくんと頷いて話す。
「悪いお月様は退治したから大丈夫。美味しいオランジェット、一緒に食べよう?」
「夢で良かったわね。お菓子は甘いだけのものがいいものねぇ」
「お姉さんたち、何で私の夢を知ってるの?」
 不思議そうに首を傾げる少女に対し、カロンは人差し指を口許に当てながら小さく笑った。そして、気にするな、と頭を軽く撫でてやった元隆は少女に告げる。
「悪い夢は忘れちまえばいい。夢は夢だからな」
「大丈夫、月夜は怖いばかりではないよ」
 スプーキーも屈みながら視線を合わせてやり、彼女に確かな安堵を与えてやった。ダレンはこういうときこそ紳士的に振る舞うべきだと考え、優しく手を差し伸べる。
「親御さんも心配してるだろーしな。家まで送るよ」
 ダレンの笑顔に少女は赤面しながら、お願いします、とその手を取った。コハブを抱いたメイアは微笑ましさに目を細め、クロハも少女を送る仲間を見送る。
「それにしても甘い匂いでしたね、胃の腑を刺激されるような」
「なんだかわたくし、とっても甘い物を食べたい気分」
 するとメイアが仲間達に提案を投げ掛けた。オランジェットとホットチョコレートがおいしいお店を知っているから、よかったら行ってみないか、と。
 勿論、無事に女の子を送り届けた後に皆で一緒に。
「良いわね、賛成よぅ」
「今夜はそこで酒を楽しむとしましょうか」
 カロンとクロハが提案に乗り、スプーキーやルミエールもそれが良いと同意した。そして、一行は静寂に満ちた公園を後にしていく。
 ふとメイアが振り仰いだ月は遥か遠く、星と共に夜空に浮かんでいた。
 けれど、それでいい。お月様は甘くなんかなくてオレンジとチョコレートの香りだってしない。それこそが今在るべき、本当の世界のかたちなのだから。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年7月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 2
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