死者電話

作者:絲上ゆいこ

●星灯りの下
 大きくヒビの入ったビルに、倒壊した家屋。
 割れたアスファルトから雑草が伸びている。
 じーこ、じーこ。
 夏虫の鳴き声と、重たげな回転式ダイアルの音だけが響く廃村。
「に、……よん……」
 携帯電話の普及で、街中ではその姿を減らしてしまった電話ボックス。廃村から撤去をする人が居る訳も無く。
 昔の姿のまま苔生し、そしていつかは朽ち落ちる。その時を待つだけであった筈の公衆電話で、一人の青年がダイアルを回していた。
「噂が本当なら、これで繋がるはずだ……」
 電話線が千切れた受話器を握りしめる手に力が篭もる。つ、と汗が頬を伝った瞬間。
 青年の胸から鍵が生えた。
 背より貫かれたにも関わらず、血が出る事も無ければ怪我も見当たりはしない。
 彼を貫いたのは、白い女であった。
 白いとしか形容のし得ない肌に、髪。
 ボロボロの黒いローブに身を纏った、鍵を持つ女。
「……私のモザイクは晴れないけれど……、あなたの『興味』にとても興味があります」
 巨大な鍵を引き抜いた白い女は、その胸のモザイクに手を当てて呟く。
 膝から崩れ落ちる青年の横には、黒いモヤが生まれていた。
 
●死者電話
「おー、来たか。待ってたぜ。ンで、早速だが……、ドリームイーターに襲われて『興味』が奪われる事件が起きてしまったようなんだ」
 待ち構えていたレプス・リエヴルラパン(レプリカントのヘリオライダー・en0131)は資料を展開をしながら、ケルベロスを見やった。
「襲われた青年は、死んじまった奴と電話ができると言う噂の電話ボックスを自ら試しに行ったみたいでな。そこでその『興味』をドリームイーターに奪われてしまったんだ」
 現場からは『興味』を奪ったドリームイーターは既に姿を消しているが、奪われた『興味』を元に現実化したドリームイーターはそこで待ち構えているだろう。
「ソイツが被害を生み出す前に、お前たちには撃退に行って貰いたいんだ。ソイツを倒しちまえば、被害者の青年クンも目を覚ます事ができるだろうしなぁ」
 現場は、廃墟になってしまった村だ。
 交差点のレトロな電話ボックスに、被害者青年が倒れている。
 現実化したドリームイーターは、その電話ボックスで死者と電話しようとする人を待っている。
 と、そこまで口にしたレプスは、電話番号の資料をケルベロスたちに手渡してから、細く息を吐いた。
「村の中を虱潰して探しても良いが、電話ボックスに引き寄せるのが一番簡単だろうな。……そんで、まあ。その公衆電話から、話したい死んじまった相手の事を念じながら番号に掛けると、実際に話す事ができるんだ」
 しかし、その電話に出た死者は本物ではあり得ない。
 死者に声はそっくりでも、話しているのは現実化したドリームイーターだ。
「で、まぁ。最後に自分の事を愛してるか、と電話で尋ねられる訳だ。そこで愛していると答えてしまうと殺されてしまう……、という噂をそのドリームイーターは模して行動するようだ」
 つまり、話したい死者を念じて電話を掛け、最後に愛してると言えば、うまく誘い出されてくれると言う訳だ。
「敵は一体。黒い猿のような姿だ。バッドステータスを重ねて戦う事を得意とするいやらしい奴だぞ」
 後ろ頭をガリと一度掻き。レプスは言いづらそうに眉を顰めた。
「元はといえば、純粋なまた話したいって気持ちから生み出されてしまった噂だったんだろうな。しかし……お前たちには今回死んじまった奴の声マネをされるイヤな思いをさせちまうだろう。……すまん。よろしく頼む」
 被害者が出て、更に死者の声を求める者が出る前に。
 ケルベロスたちの力が今求められている。


参加者
リュートニア・ファーレン(紅氷の一閃・e02550)
ジエロ・アクアリオ(贖罪のクロ・e03190)
鳴無・央(緋色ノ契・e04015)
八上・真介(徒花に実は生らぬ・e09128)
紗神・炯介(白き獣・e09948)
ウィリアム・シャーウッド(君の青い鳥・e17596)
アトリ・セトリ(緑迅疾走・e21602)
出雲・連夜(駆けるは宵闇の帳・e26505)

■リプレイ


「姉弟仲良くやっているの?」
 千切れた電話線が揺れ、壊れた受話器が声を漏らす。
「うん、……父さん、母さん」
 両親の懐かしい声がリュートニア・ファーレン(紅氷の一閃・e02550)の鼓膜と心を震わせる。
 本物じゃないと理解していても。この声が本当だったらいいのに、なんて思ってしまう。でも、そんな事が有り得ない事も知っている。
 父さんも母さんも僕が5歳の時に死んだのだから。
 沢山話したいことはあったような気がする。しかし胸に溢れた感情は言葉を詰まらせ、リュートニアはただ瞳を閉じた。
「どうしたの、リュートニア」
「大丈夫か?」
 気配に気がついたのか、母と父の声が口々に受話器の奥から声を漏らす。本当でも無いのに本当みたいに優しい声。
「大丈夫。姉さんも、僕も元気」
 言い切ると、懐かしい声が質問を重ねる前に受話器を置く。
 死者は生き返りもしなければ会話をする事も無い。そんなものはありえないのだ。
「……だから、被害が出ないようにしないといけないね、クゥ」
 リュートニアはボクスドラゴンのクゥをぎゅっと抱きしめ、扉を押し開けた。
 入れ替わり、電話ボックスに入るのは出雲・連夜(駆けるは宵闇の帳・e26505)だ。
「あんまり真似されていると思うと気が進まないのですがね……」
 細い溜息を漏らし、連夜は受話器を耳に当てる。それでも掛けてしまうのは好奇心からだろうか、それとも後悔からだろうか。
 短いコール音。一体このダイヤルは、どのような思いで幾度回されたのだろうか。
「兄様、兄様。お久しぶりです」
 胸の奥が苦しくなる程、あの頃と全く変わらない声。
 あの時目の前で一生逢う事が叶わなくなってしまった妹の声が響く。
「……久しぶりですね」
 連夜は青い髪をかきあげて、苦い笑いを浮かべた。この声が欲しくて、縋るような噂が生まれたのかもしれない。
「兄様。私、本当に兄様とお話したかったのですよ。もう、どうして電話をくれなかったのですか?」
「すみません、つい」
「ついとは何ですか、もう!」
 電話口で可愛らしく怒ってみせる妹の声は、まるで昔の妹そのままで。他愛もない話を重ねると、家族が皆まだ揃っていた頃を思い出すようだった。
 ああ、本当に。全く変わらない声で困ってしまう。
 兄妹の会話は暫し続く。懐かしいその声がたとえ偽りであろうと。
 瓦礫に囲まれた一角の足元を照らすランタン。
 身を潜める鳴無・央(緋色ノ契・e04015)は近づく耳慣れた足音に、赤いマフラーを口元に寄せて呟いた。
「夢喰いか、――その興味で少しは死についても学んで欲しいものだな」
「死者と会話したいという欲求は理解できなくもないがね」
 被害者の避難を終え、戻ってきたばかりのジエロ・アクアリオ(贖罪のクロ・e03190)は瞳は閉じたまま応じる。
 喉を一度鳴らして、星空を見上げた央。思いを馳せる先は過去か未来か、果たした復讐か、それとも。
「……死んだ人間はもう戻ってこない。だから生きてる俺達は今あるものを大事にするしかないんだ。――そんな当たり前のこと、本当は誰もが分かってる筈なのにな」
 ジエロにだけ聞こえる声量で囁かれた言葉に、彼は肩を竦めて瓦礫へと腰掛けた。
「死者は死者だ。それ以上でも以下でもない」
 興味は無いと言いたげな響きで切り捨てるようにジエロは言う。
 しかし央は碧瞳に真剣な色を宿して、尚も言葉を重ねる。
「ジエロ、俺達がいて欲しいと願うアイツはもういないんだぞ」
「……煩いな、分かっているよ」
 溜息混じりの一言。アイツが誰を指しているかだなんて、言葉にしなくとも解っていた。
 失った人をどれほど想った所で戻ってくる物では無い事なんて、分かっている。
 ――敵を待つ二人の上で、星は切れるように冴えかえっていた。
「交代だね、行ってくるよ」
 アトリ・セトリ(緑迅疾走・e21602)は仲間に声をかけてから、公衆電話の前に立つ。
 思い浮かべるのは、あの忘れもしない凛と澄んだ声音だ。
 受話器を握りしめてから一呼吸。
 意を決したようにダイアルを回した。
「――アトリ?」
 少し間を開けて聞こえたのは、鈴を転がすような声。紛れも無い記憶通りの母親の声。
「よく解ったね」
 自らの言葉にアトリは苦笑を浮かべた。解るに決まっている。だってこれは本物の母親では無いのだから。
「当たり前よ、あなたの事をいつだって心配していたのよ」
 なんて甘言。
 暫し重ねる会話と、言の葉はとても甘く、思わず過去に足を取られそうだ。
 そして、最後の時は来る。
「――ねえ、母さんの事、愛してるかしら?」
 リボルバー銃をぎゅっと握りしめてから、息を吸い、吐く。
 声の主が両親の皮を被った偽者だとしても、欠け落ちた過去はこれからの旅路で埋めていくと決めたから。
 ――錆び付いた銃にそう誓ったのだから。
 アトリは偽物の母親に問いかけに言葉を重ねる。
「声が聴けて良かった。ありがとう」
 誓いを胸に。
 ――区切りを付けよう。これからも前に歩き続けるために。
 ウィングキャットのキヌサヤが翼を広げて、アトリの肩へとその身を預けると頬をすり寄せる。
 電話ボックスの扉を軋ませて、アトリは歩み出す。過去を断ち切り、『区切り』を付けるために。


「話したい死者、か……」
 八上・真介(徒花に実は生らぬ・e09128)は少しだけ悩んだ様子で、公衆電話を人差し指でノックした。
 ……親父は死んだし、事実を曲げるつもりもない。けれど、声は、聞きたい。
 表情筋には反映されぬ思いにゆっくりと息を吐き。両頬を軽く叩いてから、腹を括ってダイヤルを回す。
「……父さ」
「おおお、真介! 真介か! 真介じゃないか、久しぶりだなあ!」
 カラカラと笑いながら言葉を被せるように言う父親は、まるで本物のように相変わらずウザかった。
「飯は食ってるか? 友達は出来たか? 友達…イヤ、彼女は出来たのか? いや~父さんの子なんだからモテるんだろう?」
 昔と同じ明るい声を受話器は漏らし続ける。
「……」
 真介は静かに父親の声に聞き入りながら瞳を閉じて、眼鏡の位置を正すようにフレームを指先でなぞった。
「……あんたの息子は、大丈夫。食ってるし、寝てるし、学校も行ってるし、友達もいる」
「おお、そうか。父さんなあ、心配で心配で」
 昨年春に、あんたたちが居なくなってからも1人でちゃんと。言葉にしない言葉は心の中で噛みしめる。死者は何も考えないし、蘇りもしない。
 親孝行の一つも出来なかったこの身で、出来る事は。
「だから、……安心して眠ってくれ」
 更に言葉を紡ごうとした父親の声を遮るようにガチャンと受話器を置き。
 腰に下げたランプの明かりを落とした。
 短い嘆息の後、眼鏡の具合を確かめるように真介はもう一度眼鏡のフレームを撫でる。
 ――あんたの息子は、大丈夫だよ。
 心の中で反芻するように呟き、真介は扉を押した。
 続き、彼と入れ替わる形で電話ボックスに入るのはウィリアム・シャーウッド(君の青い鳥・e17596)だ。
「さぁて、どこから見てくれてんのかな? どんな風に喋ってくれんのか楽しみだぜっと」
 軽い調子で独りごち、ダイヤルを回す。
 仲間たちはどんな気持ちでこのダイヤルを回したのだろうか。
 顔も覚えていない母に、――複雑ながらも尊敬する父。
「とっくに故郷を捨てちまった親不孝息子を、どう思ってんでしょうかね。実際のトコは」
 短いコールに、ハローを返すと懐かしい声が応じる。
「ウィリアムか」
「よう、元気かい? ……って、もう死んじまってましたね」
「死んだからと言って元気で無い理屈は無いぞ」
「……バーカ」
「まあ、ウィリアムですって?」
 父親との会話に女性の声が割り込み、胸の奥の疼痛にウィリアムは片眉を上げる。
「うふふ、ちゃんとお話するのは初めてよね」
 笑う『母親』の声は自分の知る誰とも重ならぬ声音だ。ウィリアムはこめかみをトントンと叩き言葉を絞り出した。
「……俺にゃオタクが本物なのかもわからねえ」
「いいのよ、……ごめんなさいね、ウィリアム」
 優しい声音は心に安寧を生む事は無く、重ねられる言葉は不安を煽るようだ。
 女と幾つか言葉を重ね。度に、ウィリアムは軽口を叩く。
 そして母親を名乗る知らない女の声は、それでも貴方を愛してると言った。
「ウィリアムは、母さんの事――」
「……悪ィね。俺が愛してるって囁くのは、一人きりなんですよ。――サヨナラ」
 次ぐ言葉も待たず受話器を置くと、扉の外へと出ると夏の風が鼻先を擽る。
「一服……してェが、我慢だな」
 煙草の箱に伸びかけた手を収め、ウィリアムもまた仲間と同じく身を潜めた。
 初めて聞く女の声を、思い返し。


 どれだけ恋い焦がれても逢いたいものは逢えない。声だって、聴くことは叶わない。終わらせたのは自分なのだから。
 ――嫌という程その事は理解している。
「でも、……折角だからね」
 電話ボックス内で魔法光のランタンを灯し、紗神・炯介(白き獣・e09948)は受話器を手に取った。
「もしもし?」
「もしもし。ん、何だ、炯介か」
 大きく打った鼓動を落ち着かせるように目を閉じて、炯介は父の声に聞き入るようにゆっくりと言葉を紡ぐ。
「そう、そっちではちゃんとご飯は食べてる?」
「おお、こっちの飯は旨いぞ。炯介も食べに来れば良いのにな」
「今は遠慮しとくよ、……夜は寝れてる?」
 懐かしい声が胸に滲みる。黄泉の飯は旨いそうだ。
 こんな事死人に聞く事じゃないな、と一人微笑むが、口から出るのは生前と同じような会話だ。
 ――全く。声真似が上手だね、本当に。
 交わす雑談はどちらからともなく、詰まり。
 一瞬の沈黙が生まれたが、その沈黙を先に破ったのは父の声であった。
「……炯介、俺の事愛してるか?」
 胸の奥に打ち据えられた杭を、乱暴に押し込まれたような気分だ。痛みに蓋をした杭に抉られ、切なく胸は痛む。
 宥めるように胸元を一度抑えてから、仲間たちに見えるように手を挙げた。
 もっと、もっと早くに伝えていたら結果は変わっていたのだろうか。
「愛してるよ。だれよりも。……ずっと――」
 電話の相手では無く。今は亡き人に言葉を届けるように、炯介は囁いた。
「俺もだ」
 ごん、と屋根を叩く音が響き、声が受話器と天井から二重に聞こえた。
 割れた屋根から、ぎょろりと赤い瞳を剥いた黒い猿が覗きこむ。
「来たな、猿真似野郎」
 体を起こした真介は和弓と漆弓を束ね、暗闇に紛れ電線を伝ってやってきたのであろう猿へと神をも殺す巨矢を一直線に放つ。
 勢いで天井から跳ね飛ばされ、地を削った猿は身を起こし叫んだ。
「ハハハッ! 何をするんだ真介! 痛いじゃないかぁ!痛い痛い痛い痛い」
 真介は息を飲んだ。それは彼の父親の声。壊れたレコーダの様に痛いと喚く猿は、地を蹴り体勢を立て直す。
「……っるせェなぁ」
 壁を爆ぜさせんばかりの勢いで間合いを詰めたウィリアムが、傷口を抉る形で刀を振りぬいた。
「ちょっとその臭ェ口閉じていただきましょうかね」
「クゥ、いこう。――皆さんに加護を!」
 リュートニアより萌え伸びた攻性植物は黄金の果実を実らせ、仲間に加護を与え。クゥはリュートニアに合わせるようにぴょんと跳ね自らに属性をインストールする。
「止めて、兄様、私怖いです……」
 姿を表したケルベロスたちに少女の声で猿は言い、傷口を庇いながら背を向けて駆け出そうとするが、そんな猿の前に薔薇の花弁がひらり舞い落ちた。
「――逃さないよ」
 炯介の放った花弁が四肢に纏わり付くと、一瞬で真紅の槍と化し。四方から貫かれた猿は血を吐きながら言う。
「愛してるのにか? 愛してるのに、愛してる、愛してるぞ」
「黙れ」
 ――その声は。
 その身千切られながらも猿は炯介に跳びかかり、ボクスドラゴンのクリュスタルスが庇いに入るが間に合いはしなかった。
 炯介の髪を纏めていた紐ごと肩を裂かれ、長い銀色の髪が揺れる。ステップを踏んで間合いをつめた真介が炯介と背中合わせに立ち、猿を見下ろした。
「一瞬でもお前に感謝しようかと思った俺が馬鹿だった。……『お前』はバラす」


 幾度も重ねる剣戟。猿は傷つきながらも俊敏に走り回るが、その攻撃力は決して高くは無く。リュートニアとキヌサヤの癒しでダメージの蓄積は防がれていた。
「アトリ、止めなさい!」
 しかし、猿は執拗に死人の猿真似をしてはケルベロスたちの心を揺さぶる。
「キヌサヤ!」
 主の声に呼応した翼猫は癒しを仲間に与え、赤黒い影がアトリの足元より爆ぜた。
「本当に気分の悪くなる話だよ。――裂けろ幻影、塵も残さず朽ちて逝け!」
 踊る影は刃と顕現し、舞うような動きで猿を翻弄する。
 その隙を逃さず、白いシマエナガを杖に戻した央は腐れ縁の友人に視線で語る。合わせろ。
「……ああ。亡くなった者は帰らない。それが世の流れさ。変えられては困るんだ。……さっさと眠りにつかせよう」
「轟け水龍」「散れ氷雪」
 ジエロと央の詠唱に合わせ、央の掌の中には氷の剣。ジエロの目の前には水泡がぽつりと現れる。
 ――その術、やはり君も。
「――Tornado!」「――Diamond dust!」
 二人の声が重なり、水龍が駆けた後に氷雪の華が咲き、猿の身を砕く。
「痛い痛い痛い痛い痛い」
 父の声、母の声、妹の声。混ざる悲鳴は誰のものか判別はつかない程聞き苦しく響く。
「行こう、『銀雪』」
 猿の喚く声音は心を裂く。
「兄様!」
 オウガメタルに声を掛けた連夜の体を銀が包み氷雪の鬼忍とその身を化した瞬間。
「させない」
「氷魔鬼忍招来!」
 牙を剥いた猿は炯介の縛霊手に叩きつける様に阻まれ、連夜の一撃は猿をボールのように弾き飛ばした。
「……永遠に咲く花などないだろう。お前はここで散っていけ」
「そら、暴いてやるぜ?」
 猿の最後に見たものは、ウィリアムの刃と真介の弓が自らに突付けられている姿であった。
「それ、だいふくみたいだね」
「じゃあそれでいい」
 命名、だいふく。
 男性を避難させた場所へ向かうケルベロスたち。央の周りを飛ぶファミリアロッドのシマエナガを見てのジエロの感想だ。当の本鳥は分かっているのかいないのか、悠然と空を羽ばたいている。
 その様子を目で追いながら、クゥを抱いたリュートニアは言う。
「あの人、もう目を醒ましているでしょうか」
「きっと、彼も話したい人がいたのだろうね」
 アトリが相槌を打ち、連夜は瞳を軽く伏せた。
「……本当に本物と話せる訳じゃないですがね」
 炯介が肩を竦め、ウィリアムは腰に携えた二本差しの鞘を撫でてからやれやれと息を吐いた。
「死者との会話なんか、するもんじゃねえですよ」
 遠ざかる電話ボックスを真介は一度振り返り、ポツリと呟く。
「……次の盆はちゃんと墓参りに行こう。去年は行けなかったから」
 廃村の夜は、再び静けさを取り戻しつつあった。

作者:絲上ゆいこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年7月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 6/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 2
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