海辺の登山ショップにて

作者:香住あおい

 窓から見えるのは大海原。壁にかかった写真は国内国外の名峰。
 登山グッズや山や滝のポストカードが置いてあるこじんまりとした店の中で後悔しているのはここの店長。
 彼は山が好きである。しかし極度の高所恐怖症でもあった。山に登るどころか近付くことさえしたがらない。なので、ここに店を構えた。
 だが、サーファー向けの店ではなく登山者向けの店が山から離れた海辺の町のはずれにあり、常識的に考えて流行るはずもなく。
 何も売れることもないままこの店は潰れてしまった。
 膝を抱えて三角座りをしながら、どんより暗いオーラを漂わせている店長の所に現れるひとつの影。
 それはドリームイーターの魔女の集団「パッチワーク」の第十の魔女・ゲリュオン。
 ゲリュオンは手に持った鍵で店長の心臓を一突きする。鍵は心臓を穿つが、死ぬどころか怪我をすることもない。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『後悔』を奪わせてもらいましょう」
 先程の行為はドリームイーターが人間の夢を得るための行為。
 後悔を奪われた店長は意識を失って横にころりと倒れた。
 そして側に店長の『後悔』を具現化したようなドリームイーターが現れる。

 ヘリオライダーの御村・やなぎは深々と頭を下げる。
「お集まりいただきましてありがとうございます。早速ですが」
 やなぎはふっと目を細めた。
「人には夢があります。自分のお店を持つという夢を持つ方もおられます。
 その夢を叶えたのにも関わらず、店が潰れてしまってドリームイーターに襲われ、『後悔』を奪われる事件が起こってしまったようです。
 その『後悔』を奪ったドリームイーターは既に姿を消してしまっているようですが、それを元に現実化したドリームイーターが事件を起こそうとしているようです」
 被害が出る前にこのドリームイーターを撃破してほしい、とやなぎは言う。
「海辺の町のはずれにある小さな店が今回の現場となります。
 潰れたお店ではございますが、ドリームイーターの力で営業を再開しておりまして、店内での戦闘となるようですね。敵は1体のみでございます。他のお客様のご来店もないようです。
 店に入って即、仮店長のドリームイーターへ戦闘を仕掛けることもできます。ただ客を装って来店し、接客を受けるなどをして仮店長を満足させることができれば、なにか有利な事が起こる気もいたしますが……。どうなされるかは皆様にお任せいたします」
 この仮店長のドリームイーターが使用してくるグラビティは『心を抉る鍵』、『平静喰らい』、『モザイクヒーリング』相当のもの。見た目は違うが効果効能はほぼ同等のものとなる。
「ドリームイーターを倒せば、バックヤードに寝かされている店長様も目を覚ますことでしょう。ですので皆様、どうかよろしくお願いいたします」
 やなぎはそう言うと深々と頭を下げた。


参加者
小早川・里桜(死合中毒の散華・e02138)
滝川・左文字(食材・e07099)
バドル・ディウブ(月下靡刃・e13505)
グラディウス・レイリー(黒死鳥・e16584)
キリクライシャ・セサンゴート(林檎割人形・e20513)
シャルローネ・オーテンロッゼ(訪れし暖かき季節・e21876)
アルベリク・リュミエール(泡沫の調べ・e24073)
白焔・永代(今は気儘な自由人・e29586)

■リプレイ

●はじめての接客
「いらっしゃいませ!」
 にこにこと人の良さそうな笑顔を浮かべた店長が客を出迎える。
「……泳げないと言ったのに。海なんて」
「まぁまぁ。丁度気分転換になりそうな店があった事ですしな、機嫌直して下され」
 拗ねた彼女を慰める彼氏。店長にはそう見えているのだが。
 実際、キリクライシャ・セサンゴート(林檎割人形・e20513)とグラディウス・レイリー(黒死鳥・e16584)は恋人同士でもなんでもない。
 設定上はデートをしているが海が好きな彼氏が海が得意でない彼女の機嫌を取るべく来店したという体。そのため、グラディウスは機嫌を取ろうとしている。
「……場所柄仕方がないけど、ここに来ると海の話ばかりね。でも」
 眉をしかめていたキリクライシャだが、壁面の写真を眺めると顔をほころばせた。
「……こんなところで山の話を聞ける場所があるなんて。おすすめの山とか、聞かせてくれるかしら?」
「も、もちろんです! 一番はこの写真の山になりまして」
 店長は瞳を輝かせて嬉しそうに山を語る。
 あれこれ語っていると来店を告げるベルが鳴った。
「すまない、借りるぞ」
 店長が振り向くよりも先に、店に入って来るなり一目散にトイレへと向かう客は滝川・左文字(食材・e07099)。
「……とても良い話を聞けたわ。ありがとう。……少し店内を見てもいいかしら?」
「あ、はい、どうぞ!」
 上機嫌なキリクライシャはグラディウスとともに店内を見て回る。その後ろ姿をにこにこと眺めていた店長へと声が掛かる。
「ふぅ、助かったぜ主人。ところでここは何の店なんだい?」
 店内を見渡して興味を持ったらしい左文字が訊ねると店長は目を輝かせた。
「ここは登山者向けの店となっております」
 そして先程と同じく店長は嬉しそうに山を語る。感心したように相づちを打ちながら耳を傾ける左文字。
 そこへまた鳴り響くのは来店を告げるベル。
「いらっしゃいませ!」
 入店してきた小早川・里桜(死合中毒の散華・e02138)はきょろきょろと店内を見回す。
「ここが海辺にある山の専門店? 聞いたから来てみたんだ。山ってすごいの? 楽しい?」
 里桜の言葉に店長は首をぶんぶんと縦に振る。
「山は楽しいですよ! 見ているだけでも心が洗われるような気分にさせてくれるんです」
 店長は左文字と里桜へと熱く語る。
 どの山が美しいのか、どこから見れば綺麗に見えるのか、次々と語られる未知の領域だった山の話を聞くにつれ、里桜は演技ではなく心の底から興味を向ける。
「……あ、私ばかり語ってしまって申し訳ありません」
「いや、なかなか興味深かったぞ」
「うん。結構、ううん、すごく楽しかった!」
 それを聞いた店長は心底嬉しそうに微笑んだ。

●はじめての売上
「こんにちは……」
 ベルが鳴ると同時に入ってくるのはシャルローネ・オーテンロッゼ(訪れし暖かき季節・e21876)。
「いらっしゃいませ!」
「海辺に変わったお店があると噂で聞きまして、……実は、登山に興味があるんです」
 そう言って彼女は登山ガイドを取り出して初心者向けの山に登るための装備を見繕ってほしいと言えば店長はそれを覗き込む。
「なるほど、そこの山でしたらさほど難易度は高くありませんが油断は禁物ですね」
 店長はシャルローネの希望に沿うような装備一式を見繕い、使用方法もレクチャーする。
「ありがとうございます。本当にお詳しいんですね」
 彼女は軽く頭を下げ、笑顔でお礼を言った。
 店長が一息つく間もなく、またまた来店を告げるベルが鳴る。
「いらっしゃいませ!」
 入店するなり物珍しげではなく、観察するように店内を見渡すバドル・ディウブ(月下靡刃・e13505)。自身が経営している店の参考にならないかと吟味しているようにも見える。
 だが、ここに来た理由は偵察ではない。
「お邪魔しまーす!」
 ひょこりと顔を見せるアルベリク・リュミエール(泡沫の調べ・e24073)は店内の品揃えを見渡して瞳をキラキラと輝かせながら入店する。
「店長さん! ぼく、山登りって興味があったんだ!」
 アルベリクは店長を捕まえると楽しそうに語りかける。店長は相づちを打ちながら彼の話に解説や説明を加え、登山の経験がバドルは彼らの語る登山の醍醐味や感動といった話に耳を傾けている。
「なかなか奥が深い」
 触れたことのない山の話を聞き、バドルはそう感想を漏らした。
「あのね、店長さん。よかったらぼくにも登山道具を見繕ってほしいな!」
 先に見繕って貰ったシャルローネの方を見ながらアルベリクが言えば、店長は嬉しそうに彼に合ったものを次々と持ってくる。
 アルベリクの用件が終わった頃に、再度響くベルの音。そして入ってくるのは水着と涼しそうなTシャツを着用した姿の男性。海で遊んで来たであろうことが容易に想像できる姿だった。
「いらっしゃいませ!」
「海で遊んだ後は夏山だよな。店長さん、色々聞きたいことがあるあるんだけど、いいかな?」
 そう言って白焔・永代(今は気儘な自由人・e29586)は店長に色々と質問をする。山での遊び方や注意事項、危険行為や禁止行為などなど。
 永代の質問に店長は的確な答えを明示し、時折雑学や雑談も交える。
「なるほど、それじゃあ幾つか買って帰ろうかな」
 店長とのやり取りの後、永代はこまごまとしたものを購入した。
 レジを打ち終えた店長は満足したように眼を閉じる。
「こんなにお客さんがいらっしゃって、こんなに商品が売れて、商売ってこんなに楽しいものなんですね……!」
 ケルベロス達には店長から何かがふっと抜けていったように見えた。それは力か何かの類のものであり。
 十分に満足しきった店長、否、仮店長は先程までの良い人オーラを消し去って、ごく自然に自分を取り囲むケルベロス達を睨みつけた。

●はじめての接客(戦闘編)
 仮初めの姿を脱ぎ捨てた仮店長はピッケルを振り被るとシャルローネへと襲い掛かる。しかし、そこに店外で待機していたテレビウムのバーミリオンが飛びこんできて割って入る。手にした包丁で相殺しようとするが弾かれ、頭にピッケルが突き刺さった。見た目こそは痛そうだが、仮店長はかなり満足しており、その攻撃も弱体化している。よって、ダメージはそこまで酷いものではない。
 代わりと言わんばかりにバドルが済度を構えて狙いを定める。
「この至近距離、外すべくも無い」
 ぽつりと呟くとバーミリオンからピッケルを抜いた仮店長へとそれを放つ。内蔵された螺旋力で生成された毒は仮店長へと刺さると浸透していく。
「……リオン、自分で回復できるかしら?」
 頭に開いた穴を自分で修復し始めるバーミリオンの姿を確認するとキリクライシャは鎌を手にした。そして後列からそれを投げる。
 回転しながら鎌は仮店長を斬り刻み、まるでブーメランのようにそれは彼女の手元へと戻っていった。
 鎌が戻っていくのと同時に里桜は跳躍する。喜びにも似た笑みを浮かべ、楽しそうな表情で敵を捉える。それは戦闘狂と言っても過言ではない様子。
 スターゲイザーで踏みつけるように、重く鋭い蹴りを与えた。重い一撃はダメージこそ与えたものの、足止めを受けているようには見えない。
 里桜が飛び退くと続いてシャルローネは愛用の鎌-白鎌- リインカーネーションを振るう。影の如く認識が困難な斬撃、シャドウリッパーで密やかながらも大胆に仮店長を掻き斬る。
 若干、大胆すぎて鎌の刃は仮店長とともに床をもざくりと切り裂いているがシャルローネはおろか誰もそれを気に留めない。
「戦の……風!」
 左文字の咆哮、ウォークライ!は肉食動物の群を率いるリーダーが、群れを狩りに導くための咆哮。ウェアライダーの遺伝子に刻まれた本能をグラビティと絡ませることで敵は委縮し、味方を高揚させることができる。
 ポジションの効果も相まって大幅に戦闘能力を向上させることに成功した。
 攻撃力の上昇を実感しつつ、アルベリクは紅い双眸に仮店長を映す。無邪気な笑顔のままでオウガメタルを鋼の鬼と化して、その拳をもって敵を砕く戦術超鋼拳を繰り出した。
「夏、海辺、水着! ……のはずなのに、何故山なのか。解せぬ」
 呆れたように呟き、大きく仰け反る仮店長へと永代は白焔を纏わせた刀で月光斬を放った。月のように緩やかな弧を描く斬撃で斬り刻む。元々ヒールは苦手であったため、回復の必要がない現状にほっとしつつも得意の接近戦で動きを妨害すべく攻撃をする。
 ゾディアックソードを用いて床に描くは守護星座。グラディウスはスターサンクチュアリで後衛を守護する。
 後衛が星座の光に護られようとするのと同じく。
 仮店長はケルベロス達の集中攻撃でボロボロになった箇所を補修すべくモザイクを広げる。それは傷口を多い、傷を多少回復させると同時に体内に浸透していた毒素を綺麗に消し去った。
 そんな仮店長へと襲い掛かるドラゴンの幻影。キリクライシャの放ったそれは火力大きめで仮店長を燃やし、ついでに店の壁をも焦がす。バーミリオンも包丁でざくざくと仮店長の足と床を刺す。
 シャルローネもまた、鎌を振るって生命力を略奪した。虚の力を纏った鎌は仮店長の生命を奪い、そして天井に大きな亀裂を生み出す。
 無銘を手にしたバドルは神速と見紛う速さで一気に距離を詰め、雷刃突を繰り出した。仮店長へと深く突き刺さったナイフはすぐに抜き、その背中をとん、と蹴って里桜へと差し出す形へ。
 にっ、と笑ってAttaque Nocturneを振るう彼女が放つはギロチンフィニッシュ。死の力を纏った刃は首筋めがけて振り下ろされたが、間一髪、仮店長は首筋ではなく腕を犠牲に難を逃れる。だが、致命傷であることに変わりはない。
 迫真のやり取りの後ろでは左文字がオウガメタルから光り輝くオウガ粒子、メタリックバーストを前衛へと放出していた。これによって超感覚がかなりの段階で覚醒し、狙いを定め易くなる。
「おまえの色を、ぼくに見せて」
 アルベリクがおかあさんと呼ぶ大剣Mangeur de memoire。これを振り被り、大きく薙ぎ払う。薙ぎ払うことで生じた衝撃波には意思が籠められており、逃れることは難しい。Deluge de couleurs(デリュージュ・ド・クルール)は仮店長を大きくふっ飛ばし、店の壁へと打ちつける。その衝撃で壁にヒビが入る。
 仮店長を捕縛するべく永代は縛霊撃を放つ。殴り飛ばされた仮店長へ白焔のような網状の霊力を放射を放射するが、それはするりと抜けられてしまう。
 だが、グラディウスが禁縄禁縛呪を永代の攻撃へ重ねるように放っていた。半透明の御業は網を逃れた仮店長を鷲掴みにして締め上げる。
 続けてキリクライシャはdividerを操る。尖端が林檎の葉のような緑色になっている黒い鎖も仮店長を締め上げて動きを封じる。
「地獄の焔を引き連れし鬼、我が怨敵を灰燼と化せ」
 【獄焔焼鬼】(オーガ・オブ・フレイム)。里桜の召喚したエネルギー体は紅蓮の焔を纏う鬼。自らをも焼き尽くそうとする焔に対して絶叫にも似た咆哮を上げながら、道連れにしようと燃え盛る拳で殴り続ける。何度も、何度でも。
 壁や床ごと殴られた仮店長はほんのわずかに体力を残していた。ボロボロのそれに対して、バドルは一言だけ投げかける。
「散れ」
 掌打による脳震盪で対象を一時的運動機能障害に陥らせ、更に其々氷焔の螺旋を纏った両腕で貫手を放つ事により、体内での水蒸気爆発で粉微塵に粉砕する。超至近距離で繰り出され、痛みも己の運命にも気付くことなく一瞬で散るその技の名は散華。
 バドルが拳を引くと、仮店長の姿はぱっと散って消えていった。

●第二の人生
 皆が皆、店舗への損傷を考えずに思いっきり武器を振り回し、アビリティを使用していたおかげで中は見るも無残な姿になっていた。
 本来の店長は意識を取り戻し、店内の状況とケルベロス達の姿を見て色々と察したようで。
「店長さんはこれからどうするの? ここ、潰れちゃったんだよね」
 永代が訊ねれば店長はぼんやりと答える。
「はい。残念ながらこの店は閉店です。でも、別の形で店の経営はしたいなと」
「そうか。なら絵を描いてみたらどうだ? 登山用品だけでなくとも山に関わる方法はある」
 左文字はそう提案して亀裂の入った床に跪いて手を置く。
「……おやぁ? うっかり誰もヒールを用意してなかったようだ。これでは店の修理ができないなぁ」
 わざとらしく芝居がかった口調で左文字が言えば、バドルも同調するようにうなずく。
「そうだな。この被害は金銭で補償したい」
「これだけの被害になってしまったのには俺達にも責任がある、気になされるな」
 グラディウスの後押しに店長は申し訳なさそうにこくりとうなずいた。
「人生は山あり谷ありです。これからいいことだってきっとあります。どうか気を落とさないでください」
 シャルローネはケルベロスカードを店長へ渡す。
 これで補償してくださいとの言葉とともに。
 他の面々もケルベロスカードを渡し、店長は何度も何度もケルベロス達に頭を下げて礼を言った。

 その日の夜。ボロボロになった建物に近付く影があった。
「店長さんの夢だったお店なんだよね。……なら、ボロボロのままで放置したくないなぁ」
 こそこそと近付くのはアルベリク。どうやらヒールを試みるつもりらしい。
「アンタもヒールしに来たんだね」
 その声にアルベリクが驚いたように振り向けばそこには里桜の姿があった。彼女だけでなく、他の面々も揃っている。
 特に指し示したわけではない。皆が自発的にこっそりとヒールをしに来た。
「……今後、お金や店舗をどうするのか決めるのは店主だけれども、私達が壊してしまった分くらいは――」
 壁に手を置き、キリクライシャは月光に似た輝きをもつ光の珠で建物にヒールを掛けた。
 店長の夢でもある海辺の店は若干ファンタジーな外見となってしまったものの、元の形を取り戻してひっそりと主を待っている。

作者:香住あおい 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年7月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 1
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