星すら見えない闇の中、霧のように細かい雨に身体を濡らしながら無数の黒い影たちーー不退転ローカストは彼らの指揮官の声に耳を傾けていた。
彼らはすでに自らの使命を知っている。その先にある自らの運命も。
太陽神アポロンの命に従い、黙示録騎蝗の尖兵となる。
それは、単騎で人間の町に攻め入り、多くの人間を殺して可能な限り多くのグラビティ・チェインを太陽神アポロンに捧げるという、生還を前提としない決死隊と同義だった。
「戦いに敗北してゲートを失ったローカストは、最早レギオンレイドに帰還する事は出来なくなった! これは、ローカストの敗北を意味するのか?」
不退転侵略部隊リーダー、ヴェスヴァネット・レイダーの声が激しく空気を震わせる。
この問いに、隊員達は、『否っ!』と声を揃えた。
「不退転侵略部隊は、もとよりレギオンレイドに戻らぬ覚悟であった」
「ならば、ゲートなど不要」
「このグラビティ・チェイン溢れる地球を支配し、太陽神アポロンに捧げるのだ」
「太陽神アポロンならば、この地球を第二のレギオンレイドとする事もできるだろう」
「その為に、我等不退転ローカストは死なねばならぬ」
「全ては、黙示録騎蝗成就の為に!」
「おぉぉぉ!」
狂的なまでに昂揚する不退転ローカスたちトに、指揮官ヴェスヴァネットも拳を振り上げて応える。
「これより、不退転侵略部隊は、最終作戦を開始する。もはや、二度と会う事はあるまいが、ここにいる全員が、不退転部隊の名に恥じぬ戦いと死を迎える事を信じている。全ては、黙示録騎蝗成就の為に!」
その言葉がときの声となり、闇の中で黒い影たちが、一体、また一体、誰も振り返ることなく己が戦場へと向かう。
そうして不退転の名を冠する者たちの、最後の戦いが始まりを告げた。
一同が到着するやいなや、セリカは居住まいを正し、一礼した。
「皆さん、先のローカスト・ウォーでは本当にお疲れさまでした。私もこの歴史的な勝利に微力ながらお力添えできたことを嬉しく思います! ただ、撤退した太陽神アポロンが不穏な動きを見せているようなんです」
笑顔で一同を労ったセリカの顔がにわかに曇る。
「今回、彼はヴェスヴァネット・レイダー率いる不退転侵略部隊を捨て駒として使い、『黙示録騎蝗』の為に大量のグラビティ・チェインを集めようとしているみたいなんです。
この不退転侵略部隊は、一体ずつ別々の都市を襲撃し、ケルベロスに殺される直前まで人間の虐殺を続けます。予知にあった場所の住民を避難させれば、他の場所が狙われるため、残念ながら被害を完全に抑える事は不可能です。
しかし、不退転侵略部隊が人間の虐殺を行うのは、太陽神アポロンのコントロールによるものであり、決して彼らの本意ではありません。
ですので、不退転侵略部隊のローカストに対して正面から戦いを挑み、誇りある戦いをするように説得する事が出来れば、彼らは人間の虐殺を止め、ケルベロスと戦う事を選択してくれるでしょう。
不退転部隊のローカストは、その名の通り、絶対に降伏する事は無く、死ぬ直前まで戦い続け、逃走する事もありません。
激しい戦いになると思いますが、彼らを打ち倒し、人々への被害を最小限に抑えて欲しいんです」
真剣な面持ちでセリカが書類をめくる。
「今回戦場となるのは大阪・京橋のオフィス街です。敵は全身を金属化したような外見のギンヤンマ型の不退転ローカスト単騎で、鎌状に変化させた羽で切り裂く、羽をこすり合わせて音波を放つ、鋭い牙を突き立てるといった方法でこちらに攻撃を仕掛けてきます。
また、この敵は高い攻撃力と卓越した敏捷性を誇り、縦横無尽の空中機動からの一撃離脱を得意としています。ですので、戦闘の際は相手の機動性、特に空戦能力をどこまで抑えられるかが勝敗の鍵となります」
そう言ってセリカは手にした書類をぎゅっと胸に抱き、
「太陽神アポロンは何か危険な企みのために大量のグラビティ・チェインを求めています。彼の企図が成就すればどれだけの災厄が人々に降りかかるか判りません。そうならないために、皆さんのお力をお貸し下さい」
恭しく皆へと頭を下げた。
参加者 | |
---|---|
クリームヒルデ・ビスマルク(自宅警備ヒーラー天使系・e01397) |
イブ・アンナマリア(原罪のギフトリーベ・e02943) |
不破野・翼(参番・e04393) |
アイオーニオン・クリュスタッロス(凍傷ソーダライト・e10107) |
アリス・クルス(なんちゃってサキュバス・e22380) |
ヴァルカン・ソル(龍侠・e22558) |
井関・十蔵(羅刹・e22748) |
響命・司(霞蒼火・e23363) |
●兵の目覚め
昼下がりのオフィス街、汗ばむ人々でごった返す交差点。
喧噪で賑わい、夏の暑さに辟易としながらも、みな平和を謳歌していた。
少なくとも、この時までは。
最初の異変は音だった。
小型のプロペラ機が滑空するような鈍い風切り音。
同時に鋭い光が駆け抜けーー赤が撒き散らされる。
「え……」
熱い液体浴びた感触と、目の前で倒れたサラリーマンの姿を見て若いOLが呆然と立ち尽くす。男性が倒れ伏した道路には見る見るうちに赤い液体が広がり、
「きゃああああ!!」
悲鳴と共に通りは混乱の坩堝と化した。
叫びながら逃げまどう者、血を流しうずくまる者、もはや動かなくなった者。
突如として引き起こされた惨劇に人々は恐慌し、急停止した車から狂ったようにクラクションが鳴り響く。
「お、おい、見ろ……!」
男性の一人が中空を指さす。
大型のトンボをベースにした人型のシルエット、返り血に赤く染められた銀に輝く体躯、そして目にするだけでも感じることのできる圧倒的な力。
飛翔しながら空に静止する怪人は神の名を冠する絶望そのものだった。
「デ、デウス、エクス……」
無慈悲な神の光臨に人々は次々と膝を屈する。
「……」
神ーーデウスエクス・ローカストが翅を震わせ、破壊的な音の波動が悲鳴満ちる虚空へ染み出し始めた、その時。
「ーーーー」
突如として歌声が響いた。
高らかに歌われた旋律に人々は恐怖さえ忘れ、反射的に声が聞こえてきた方向ーー上空を振り仰ぐ。
「あれは……」
逆光の中で見えたのは、たなびく銀の髪とそこに咲く黄緑がかった桜の花弁。
天上を思わせる調べとともに降臨した天使か女神がーー
「はいはーい、そこのローカストさ~ん、尋常に勝負勝負ー! あ、一般人の皆さんはオフィス街からなるべく遠くに離れて下さいねー」
ではなく何かゆるいお姉さんことクリームヒルデ・ビスマルク(自宅警備ヒーラー天使系・e01397)が『明日本気出す』Tシャツを華麗に翻し着地した。
「……」
銀の怪人は突如として現れた妙な人物を警戒するように翅を擦り、怪音波を発する。そこへ、
「しゃらくせえ!! かあっ!!」
「させぬ!」
両肌を脱ぎ、着物をはためかせた井関・十蔵(羅刹・e22748)と真紅の鱗を輝かせたヴァルカン・ソル(龍侠・e22558)裂帛の気合いとともに迫り来る破壊の音波を弾き飛ばした。人々は何が起こったか判らず目を白黒させるばかりだったが、
「待たせたな、皆! 俺はケルベロス、響命司! 俺たちがこいつを引きつけてる間にとっとと逃げろ!」
キィンと鳴り響く甲高い音とともに告げられた響命・司(霞蒼火・e23363)の言葉で全てを理解した。
「……!」
遠間からの攻撃を防がれた怪人は、擦り合わせていた翅を高く打ち鳴らし旋回。逆方向へ向かい、特に混雑している場所へと強襲する。同時、強い着地音が響き、小柄な人影がまっすぐ怪人の目の前へと躍り出た。
「!」
怪人は即座に反応し、刃と化した翅を突きつけ、人影は走りながら拳を繰り出す。
交差気味に衝突する寸前、拳と翅はぴたりと互いの手前で静止、人影ーー不破野・翼(参番・e04393)が真っ直ぐに怪人を見上げた。
「俺はただのケルベロス。姓は不破野、名は翼。不転の覚悟と共にある気高き魂と一度手合わせ願いたく、此処に参上いたしました」
翼の名乗りに、怪人は値踏みするような視線を一同に向ける。そこへ情感の乏しい、しかし、鋭い声が投げかけられた。
「そんな悪あがきみたいな戦いするなよ。どうせなら正々堂々、戦って散れ。キミたちだって、誇りある騎士だったんじゃないのかよ」
降下してからずっとケガ人の手当をしていたイブ・アンナマリア(原罪のギフトリーベ・e02943)が立ち上がり、透徹した目で周囲を見回す。
倒れ伏し動かない人々に、おびただしいまでの血溜まり。それは正に惨状と言う他なかった。
「……」
怪人は何も言わず、ただその言葉を受け止める。
「あ、あのさ、戦う理由は誰かに決められるものじゃなくて、自分自身の心が決めるものなんじゃないかな! キミはいま、どうしたいの?」
揺れる怪人の心を見て取り、ぴょこんと前にでながらアリス・クルス(なんちゃってサキュバス・e22380)が首を傾げた。
「……承知した。一人の兵(つわもの)として汝らの相手をしよう」
しばしの沈黙の末、今まで機械的な光しか宿していなかった複眼に初めて感情らしきものが浮かぶ。それを見て取ったアイオーニオン・クリュスタッロス(凍傷ソーダライト・e10107)が感嘆とともに口を開いた。
「ローカストには、あなたみたいな戦士もいるのね。なら此方も正々堂々応えなきゃね。数は卑怯だなんて言わないでね。あなた、名前は?」
「ない。我らは軍にして群、我は一人の兵。栄誉も報償も不要。ただ、不退転の名を冠し、戦うのみ……!」
絶対的な確信と自負、それが闘気となり一気に存在の密度が膨れ上がる。
「あくまで兵として徹するか。それもまた戦士の在り方だ。よかろう……我が名はヴァルカン、勇者の種族、ドラゴニアンの末裔なり! お主を一人の武士(もののふ)と見込んで全力でお相手いたす!」
膨大な闘気の波動を正面から受け止め、ヴァルカンが咆哮を上げる。その叫びとともに戦いの火蓋は切って落とされた。
●空の兵
「参る……!」
宣告と同時、銀色の身体が弾丸と化した。
空気の壁を突き破り、音さえも置き去りにする突撃。
それを真正面からヴァルカンが迎え撃つ。
「受けて立とう、益荒男よ! 行くぞ! 炎による守護、其の精髄を見よーー!」
深く研ぎ澄まされた呼気とともに吐き出された炎を紅蓮の壁として纏い、ヴァルカンが銀の身体を受け止める。
「見事……!」
攻撃を防がれた瞬間、銀の身体は高速で離脱、旋回。今度は翅を大きく広げ、ガラス張りのビルを背に立つクリームヒルデへと襲いかかる。
「フッフッフ、後がないのに本気出すのは明日! これこそ自宅警備員の本気!」
迫る怪人に薄い胸を張りながらクリームヒルデが自信満々に告げる。
瞬間、銀の怪人の真下から謎のエネルギーが噴き出し、銀の身体を飲み込もうとした。
「なんの……!」
正面が壁に阻まれているため、速度を上げて回避することができない怪人は咄嗟の判断で上昇、攻撃の範囲外へと脱出する。そこへ間髪入れずイブが矢を放った。
「逃がさないよ。僕は、意地悪だからね」
「……!」
妖精の加護を得た矢が執拗に怪人を追尾し、飛行の軌道を乱す。その様子を目の当たりにした十蔵が老獪な笑みを浮かべる。
「そろそろ頃合いってとこだな……テメエら、一花咲かせろや! ーーそぉら、よっと!」
パァンッと合掌するように打ち鳴らされた柏手の音が響くと同時、どこからともなく菊の花弁が舞い落ち、一同を包み込む。
「ふふ、君のハートを射抜いてあげる!」
「くっ……!」
菊花を鏃に宿した矢がまっすぐに怪人の心臓へと突き進む。その攻撃に危険を覚えた怪人は強引に身体を捻り、紙一重で回避。その動きを注意深く見つめていた翼が拳に溜めていたオーラを解放する。
「その速度、封じさせてもらいます!」
飛行の要たる翅を狙う一撃。絶対に喰らうわけにはいかない、しかし、執念深く喰らいついてくる闘気の弾丸は態勢を崩した状態でかわすのは正に至難だった。故に、怪人は別の選択をとった。
「やむを得ん……!」
羽ばたきを止めた翅がカミソリのごとく閃き、オーラの弾丸を切り裂く。だが、それにより速度と高度の低下を余儀なくされる。
「ちっ、鬱陶しい……だが、同時に羨ましい強さだな。ーー切り裂いてやるよ、テメェの『傷』をな!」
僅かな落下に生じた隙を突くべく、司がすっとナイフの刃を撫で、ぎらつく刀身を怪人に見せつける。
「……!」
反射的に相手の武器を見てしまった怪人の目に、有り得ざる鏡像が映し出される。
累々と築かれる仲間たちの屍。自らの無力さの結果。それを目の当たりにし、一瞬だけ怪人の表情に悔恨がよぎる。そこへ無慈悲な言葉が囁かれた。
「過去に浸るのはかまわないけれど、現実はもっと冷たいわよ」
「……不覚!」
怪人はすぐさま我に返り、翅を羽ばたかせる。だが、相次ぐ攻撃により制限された態勢でアイオーニオンが放った光線を完全にかわすことはできなかった。
結果、光線は銀の腕を貫き、バランスを崩した怪人が街路の梢へと不時着する。
「速いわね。でも、少しずつ封じさせてもらうわ。そうやってね」
冷たく銀の怪人を見上げながらアイオーニオンが告げる。
「空戦で我が一杯喰わされるとは……成る程、難敵だ。だがーー」
動きを確認するように怪人が手を開き、握る。そして、
「我とて、歴戦経し『空の兵』! 簡単には、墜ちぬ!」
再び翅を広げ、空へと飛び立った。
●夢の跡
激しくグラビティが入り乱れる中、両者は正に一進一退の攻防を繰り広げていた。
怪人は相次ぐ攻撃により高度を徐々に下げ、その身体には少なくない傷が刻まれている。だが、同時に怪人も迅速にこちらの連携へと介入し、なおも陥落を免れていた。
「……行くぞ!」
「ドラゴソ、前の皆を治してあげて! クリームヒルデさん、防御の強化お願い!」
敵と味方の姿を瞳に広く映しアリスが戦線を維持するべく指示を飛ばす。
「キュー!」
「ああ、こんな小さい子にお願いされるなんて、まるで一児を持つ父のようーーよーし、パパがんばっちゃうぞー!」
なにやらテンションが青天井になったクリームヒルデが光で描かれたキーボードとタッチパネルを目の前に展開させる。その動きに感づいた怪人が牙を剥き殺到する。
鋭く尾を引く銀の残影がクリームヒルデを捉えたかに見えた。しかし、突如彼女の姿が残像とともに掻き消える。
「!?」
「カカッ、ようやく誘い込めたぜ! 手こずらせやがって!」
悪党の笑いをあげる十蔵。周囲を見回し、その意味に気づいた怪人が舌打ちする。
ビルに囲まれた細路地。そこは空を飛ぶ者にとってあまりに限定された空間しかなかった。
「ほら、チャンスだよーーぼくの快楽エネルギーあ~げるっ!」
すかさずアリスが霧状に快楽エネルギーを拡散、意識の活性により皆の潜在能力が解放される。
「小癪……!」
相手の不穏な動きを感じ取った怪人が音波を放つ。
「ゆずにゃん、頼む!」
「ニャオ!」
司の声に応えたウイングキャットが翼を一打ち、怪音波が阻まれる。
「残念だ。勝つにしろ負けにしろ、此処で俺達はお別れだもんな。もちろん、負ける気はねえがな!」
「くっ……!」
司の足下から迸る炎を避けるべく、怪人が狭く区切られた空へと上昇する。しかし、限定された動きをすでに読んでいた者がいた。
「余り動かないでね。余計なところまで斬っちゃうわよ」
冷厳とした口調とともに、虚空から氷のメスが次々に生み出され、瞬く間に銀の身体を切り裂く。更に、その傷口から見る見るうちに霜が広がる。
「ぐっ……?」
翅を半ば凍てつかされた怪人は急速落下しーーついにその膝を地に着けた。そこへ、
「うっひょー、こんな裏技があるとは!! さっそく皆に拡散拡散!」
一連の動きには全く我関せずにネットを巡っていたクリームヒルデが、手に入れた攻略情報を謎のエネルギーに変換、癒しと守りの力となり皆の身体を光で包み込む。
「皆の助力ありがたく受け取った! ……そろそろ決着と行かせてもらうぞ!」
「やってみろ! 不退転の生き様、しかとその目に焼き付けるがいい!」
怪人が凍りついた翅を強引に動かし、同時に疾走を開始。両手に刀を携えたヴァルカンと正面から交錯した。
ヴァルカンの鱗が切り裂かれ、怪人の翅にヒビが入る。しかし、銀の怪人は再び翅を打ち鳴らし、なおも疾走を続ける。
「正に、不退転……その信念、確かに見届けました。貴方には敬意の証としてーー不破野に伝わる終の型をお見せいたします」
満身創痍の、しかし尽きぬ戦意の怪人を迎え撃つべく翼は構えた拳と足に闘気を充溢させ、解き放つ。
「これが、終の千鳥です……!」」
左右両手足による一瞬四撃の攻撃が狙い過たず銀の身体を捉え、ヒビの入った翅を打ち砕いた。
「見、事……だが、まだっ……」
翅を失いながらもなおも立ち上がる銀の怪人。そこへイブがふわりと舞い降りた。
「キミは皆を愛して、皆のために死ぬんだね。でも、今はひとりぼっち。いいよ、僕がキミを愛してあげる。皆が愛するように、皆を愛するように。だからーーこの歌がきみと、きみの愛する人に届きますように」
淡々と言葉を告げ、イブが歌声を上げた。
それまでの彼女からは想像もつかない膨大な感情ーー親愛が込められた歌が聖譚曲のごとく高らかに鳴り響く。そして、
「終わり、か……」
優しい旋律に包まれながら銀色の身体が徐々に塵へと変わり始めていた。
「あの……貴方の名を聞かせてください。決して、忘れませんから」
消えゆく戦士を前に翼が声を震わせながら手を差し出す。
「言ったはずだ。兵に名は不要。ただ夢の跡を残すのみ。だがーー」
怪人は首を横に振り、拳を突き出した。
「良い戦いだった。さらばだ、ケルベロスたちよ」
「は、はい、さようなら……!」
相手の意図に気づいた翼が怪人の拳に自分の拳をぶつける。瞬間、銀の身体は完全に崩れ去り、野辺の煙のように上空へと飛んで行った。皆しばしその光景を見つめていたが、
「なんでい、あんだけ手こずらせたくせに結局名無しの権兵衛かよ。ま、らしいっちゃらしいがよ」
肩を竦めた十蔵の悪態を皮切りに、それぞれ事後処理を始める。
「さって、壊れたトコとか直さないとね! ドラゴソも手伝ってよ」
「キュー」
「コンビニでカップ焼酎とおつまみを買いたい気分ですけど、私も手伝いますよ~。癒し系おねーさんは天使☆だからね」
いそいそと建物の修復に取りかかるアリスとクリームヒルデ。そこに大音声が響いた。
「我が名はヴァルカン、勇者の種族、ドラゴニアンの末裔なり! 貴様の生き様しかと記憶した! さらばだ、名乗る名もなき、しかし誇り高き強者よ!」
ヴァルカンが叫びとともに黄金の瞳で去り行く者を見送る。
「あばよ、名も無き戦士。悪い、ゆずにゃん。ヒールは任せた」
竜の戦士とは対照的に司はひっそりと告げ、煙草を咥えながら手近な石段に腰掛ける。ふと視線を向けた先に、イブが立っていた。
「ーーこの歌がきみと、きみの愛した人にも……届きますように」
イブは横たわる人々の傍に寄り添い、再び歌い始めた。鎮魂の想いを乗せた、親愛の歌を。
「ままならねぇなぁ……」
怪人が消えた跡と物言わぬ人々を交互に見つめ、司は紫煙をくゆらせる。
「皆、優しいのね……」
一同の様子を一瞥だけし、一人アイオーニオンはその場を後にした。
作者:長針 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年7月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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